私の生まれた理由   作:hi-nya

19 / 82
『運命の車輪』戦。前編です。


正面衝突

 乾いた砂埃を立てながら、ごつごつした岩で構成された荒野を一台の四輪駆動車がひた走る。

 

 移動用にランドクルーザーを調達した僕達一行。聖地ベナレスからデリーを経由。そこから北上し、現在はインドとパキスタンの国境付近の山岳地帯を移動していた。

 

「インドも北部に来るとヒマラヤも近いせいかさすがに肌寒いな」

 

 ハンドルを握るポルナレフが身震いをする。上着なしのタンクトップ一枚ではそりゃあ寒いだろう。真夏ばりの気温の際も我慢をして冬の学生服を着続けてきてよかった。

 

「パキスタンへの国境も近いからな」

 

 ジョースターさんが応える。

 国境……その言葉から浮かんだ思いを口にする。

 

「しかし……インドとも、もうお別れですね」

 

 思い出す。この国に降り立った時のあの衝撃。自分たちを取り囲む大勢の乞食や物乞い。財布もすられ……散々だった。

 しかし、なぜだろうか? 今やあの雑踏が非常に懐かしく感じられた。

 

 ――これがいいんですよ! これが!!――

 

 彼の言っていたことを、今更ながら少しだけ実感した気がした。

 

(……アヴドゥルさん……)

 

 怪我の具合はどうだろうか。完治には10日ほどと聞いた。まだ入院中だろう。

 闘いの最中にある仲間たちと離れ、回復をただ待つしかない……それはどんなにもどかしいことか。

 熱き正義の心をもつ、彼のことだ。なおさらだろう。

 

 すると、同じ人物に対しての感慨を抱いたのか、ポルナレフが決意をこめた言葉を発する。

 

「オレは帰ってくるぜ……アヴドゥルの、墓をきちっとと作りにな……」

 

「……」

 

 だれもなにも言わなかった……余計なことを口走らないように。とくに隠し事が大の苦手である彼女は、複雑なかおでただひたすら窓の外を眺めていた。事情を知っているものからみればバレバレなその表情に、ついこぼれそうになるものを押し込める。

 

 

 

 そんな僕らを乗せ、なおも車は走り続ける。針葉樹の林を抜け、曲がりくねった峠道に差し掛かっていく。

 

 ふと隣をみると、彼女がうつらうつらしているのに気づく。

 このひとも寒いのか、今後、街で使うこともあろうかと用意したチャドル(これから入るパキスタンはイスラム教……すなわち女性が肌を露出することは禁止されている。そのためにすっぽりとかぶる黒いローブのようなものだ。しかし、当の本人は呑気な調子で、「だいじょうぶだよ、私、帽子かなんかで髪さえなんとかすれば女にみえないと思うし!」とかなんとか、本気なのか謙遜なのか……そんなすっとぼけた、非常に理解に苦しむことをぬかしていたが)を毛布がわりにし、くるまっている。

 冬は苦手。と、以前話していたのをおもいだす。寒いから。という至極わかりやすい理由らしいが。

 

 ミラー越しにポルナレフもその様子に気づいたようで、声をかける。

 

「おーい! 眠いなら寝てていいぜ。」

「ハッ! す、すみません。だいじょうぶです。」

 

 必死に頭を振りながら答える。変に古風で真面目なこのひとのことだ。運転してもらっておきながらそんなわけにはいかない……などと考えているに違いない。

 しかし、抗おうとするその心意気も虚しく、あざ笑うかのように強烈な睡魔が彼女に襲いかかっているようだ。数分も経たないうちに、再びこくり……こくり……と彼女の頭が上下し始めた。まさに、舟を漕ぐ。ほんとうに先人はよくいったものだ。次第に首が正常ではありえない方向へ傾いていく。

 

(……。すごい角度になってきだが……)

 

 彼女が移動中にうたたねをするのは初めてではない。というか、実は割とよくあることだ。このままではまた、あとで首が痛いだのなんだの言いだすことは過去の事例からも明らかである。

 というかそもそも、なぜ僕がこんなにハラハラしなくてはならないのか……釈然としない。

 

「……う、……ん……」

 

 車自体の揺れが強いことも相まってか、その動きはガクリと大きくなっていき、非常に寝にくそうだ。

 

(あぁ、もう……)

 

 傍観することに限界を感じた僕。

 

 チラリ……と仲間の様子を見る。

 運転手は前をみている。当然ながら。その他二人も窓の外の景色に目を向けているようだ。

 

(……今だ!!)

 

 気取られぬように、かつ、速やかに……。

 静の動きで彼女のあたまにハイエロファントを伸ばし、そっと自分の肩に寄せる。

 

「すや……」

 

「ふぅ……」

 

 幾分か安らかな寝息が聞こえてきたことに満足する。

 山の澄んだ、冷たい空気に……肩に感じる彼女の重みと温もりが、ほのかにとどく彼女の香りが……なんだかやたらと心地よかった。

 が、うっかりその感覚に集中しきっていた。そんな僕は気づいていなかった。

 

「……ぷっ……」

「くくく……」

「おい、笑うな……みてないふりをしてやれよ。ぷっ」

 

 一様に、なにかを言いたげに、にやにやと薄笑いを浮かべている仲間たちに。

 

「……な、なんだよッ! みんな、言いたいことがあるなら言えよッ!」

 

 

 僕のその抗議の声はあっさりと無視され、ランドクルーザーはさらに進む。

 

「しかしこの辺りは道幅の狭い山道が多いな」

 

 すぐ横は切り立った崖に囲まれ、ぎりぎり離合できるかできないか。その上、どこまでも続く悪路。そんな道だ。

 にもかかわらず、行く先を一台の車が遮っていた。

 

「前の車チンタラ走ってんじゃねーぜ……」

 

 確かに、安全運転を越えた、ノロノロ運転だった。

 それが出す排ガスにむせつつ、不快感を露わにするポルナレフ。

 

「追い抜くぜ!」

 

 我慢しきれなくなったのか、いいつつ、無理矢理急ハンドルで狭いスペースから追い越しを図る。

 その乱暴なアクセルワークと急ハンドルは激しい揺れを引き起こし、同時にスキール音が鳴り響き、土煙が舞い上がる。

 

「……ん……?」

 

(ハッ! いかん!)

 

 今の刺激によって、彼女が目を覚ます気配を察した僕。瞬時に、何事もなかったかのように、肩の上のあたまを素早く押し戻す。

 

「お、おい、ポルナレフッ! 運転が荒っぽいぞッ!」

「……そういうおまえは、顔が赤っぽいぜ。花京院」

「ぬぁ!? じょ、承太郎!? 気のせいだ! それか寒いからだ!!」

「……むにゃ……。……?」

 

 上手いこというな。当人は幸いまだ寝ぼけているのか、よくわかっていないようだが。

 

「そうか? やたらとあったかさを堪能していたように見えたがな。くくく……」

「……目の錯覚だ」

 

 一方徐々に覚醒してきたらしい彼女は焦った様子で前方にむかって叫ぶ。

 

「……あれ? 私、寝てた!? ご、ごめんなさい、ポルナレフさん!」

「いーよ、べつに。それは枕に言ってやりな。へへ……」

「まくら……?」

「いらんじゃろぉ! やつは自ら枕となることを選んだんじゃからな……にしし」

 

(ぐっ……こいつら、そろいもそろって余計なことばかり……!)

 

 そしてやっぱりさっぱりわかっていないひとが約一名。

 

「? どういうことですか? 意思のある枕……? 前世が人間の枕……? そんなのあるんですか? ……スタンド?」

「さぁのう」

「くくく……花京院に聞いてみろよ」

「はぁ!?」

 

 キラーパス、再来す。

 

「え? 知ってるの?」

「しりませんよ! そんなのあるわけないでしょう! も、もう! そんなこといいんですよ!

 ポルナレフ! おまえ、ちゃんと前見て運転に集中しろ!」

「ぷっ! へいへい。オレにあたんなよなぁ。

 大丈夫、大丈夫。しっかし、さすがの四輪駆動よのォー! 荒地でもへっちゃらさっ!」

 

 若干調子に乗っているドライバー。それを諫めるジョースターさん。

 

「おいおい、ポルナレフ……ほんとに頼むぞ。

 さっきだって、あの車へ小石はね飛ばしてぶつけたんじゃないのか?

 事故やトラブルは、今、困るぞ……。

 わしはベナレスで医者殺しの無実の罪で指名手配されてしまっているんじゃからな……。

 無事に国境を越えたいわい……」

 

 その台詞が終わるか終わらないか……といった時だった。

 

「ゲッ!」

 

 悲鳴とともに急ブレーキを踏むポルナレフ。

 

「ひゃっ!」

「……うわっ!」

 

 慣性の法則にのっとってなだれこんでくる彼女の身体を受け止める。

 

「……ご、ごめんっ……!」

「い、いえ……!」

 

 真っ赤なかおをして謝りながら、あわてて離れる彼女。

 

 重ね重ね、今日、隣がじぶんでよかった……なんてことおもって……ない……

 ……はずなのだが。なんだ、さっきからこの動悸は。

 

 そんな僕をよそに、何故かあっけにとられているポルナレフに向けて皆が叫ぶ。

 

「ど、どうしたんですか?」

「なんだ? いきなり?!」

「ううっ、事故は困ると言ったそばから! よそ見してたのか?!」

「ち、ちがうぜ! み、見ろよ!あそこに立ってやがるッ! し、しんじられねぇッ!」

 

 分岐点の立札にもたれかかり、佇む一人のヒッチハイカー。

 

「あ、あれは……!」

「……やれやれだぜ」

 

 全員がそちらを注目する。そして驚きの声とため息とが入り混じる。

 

「よっ! また会っちゃったねッ! 乗っけてってくれるーッ!」

 

「アンちゃん!?」

 

 

 

 *         *          *

 

 

 

「な、なんでここに! どうやってここまで……??」

「君はシンガポールでおとうさんに会うはずじゃあなかったのか?」

 

「うそにきまってんじゃん、そんなの。ただの家出少女よ。あたしは!」

 

 それが当然かの如く、流れるような動きで車に乗り込みながらアンちゃんはいった。

 

「おい待て! 誰が乗せるといった!」

「ダメだ! おろせ! 足手まといだし、この子の身が危険だ!」

「いいじゃない、これインドでかっぱらったエロ写真。ほしいでしょ?」

「コラ! 子どもがなんちゅーもん持っとるんじゃ!」

「早くつまみ出せ! ……あ、ちゃんと写真は没収しとけよ!」

「それにしても、ひとりでよく……すごい生活力のある子だなぁ」

「いいから、降りなさいっての!!」

「やだやだー!! 一緒に行くー!!」

「だめじゃ!」

「おねがいよぉ! つれてってー! いっしょに、つれてってぇー!!」

「だめじゃだめじゃだめじゃ……!!」

「つれてってぇー!!」

「ダメダメダメ……ッ!!」

 

 もはや混沌の渦と化した車内。

 とても収集がつきそうもないところへ、このひとの一喝が入る。

 

「……やかましいッ! うっとおしいぜッ!! おまえらッ!」

 

 それは絶大な効果を発揮。一気に場が静まり返る。

 

「カッコいい! しびれるぅ……!」

 

 アンちゃんには逆効果だったようだが。

 

「近くの飛行場まで乗せてやれ。

 そこで国に……香港だったか。送り返せばいいだろう」

 

 全員を差し置いて、最も影響力、発言力を持つ……そんな高校生の鶴の一声で、今後の方針があっさり決まったところで少女はずいっと私の隣に腰掛ける。

 

「お姉さん! ひさしぶりっ!」

「……あはは、ひさしぶりー……。一回消える、って、そういうことだったんだね……」

「てへ。大成功っ!」

 

 ぺろりと舌を出したあと、こそっと耳元で尋ねられる。

 

「(……ところでさ、ちゃんと承太郎のこと見張っててくれた?!)」

「え? ……全然」

「えー! ひどい!」

「いや、だって、無理でしょ……」

 

 覇王の行動を掌握するなんて。あいにくそんな能力は持ち合わせていない。

 

「もうー!」

 

 そんなやる気のない私に、不満の声を上げた後、またもこの娘はごにょごにょととんでもないことをいいだす。

 

「(……あ、じゃあさぁ、花京院さんとは? なにか進展ないの??)」

「はぁあ?! な、なななな、ないないないないないッ!! あるわけないでしょーー!!」

「(もうキスくらいした?)」

「するかッ! するわけがないッ!!」

 

 周囲に、特に本人に聞こえていないことを祈りつつ、全力で否定する。

 

「ちぇっ、つまんないのー! まったく、お子様なんだから」

「……。14歳にお子様言われた……」

 

 道中、終始このように車内の中心に陣取り、相変わらずの調子で彼女はぺらぺらと語り続けた。

 

「だってあたし女の子よ。

 もう少したてばブラジャーだってするしさ。男の子のために爪だってみがくわ。

 そんな年ごろになって世界を放浪するなんてみっともないでしょ。

 今しかないのよ、今しか!」

 

(よくしゃべるなぁ……もはやみんな聞いてないし……)

 

 アンちゃんのワンマンショーをぼーっと聞きつつ、景色を眺めていた。

 

 しかし、そんな中にも、気づかぬうちに、不穏な気配は確実に近づいてきていたのだった。

 

 

 

 

 

「ん……?」

 

 いつのまにか一台の車が、私たちの車の後ろにピッタリ張り付いている。俗に言う、煽られている……というやつである。

 

「さっき追い越した車だ……。急いでるよーだな」

「ボロ車め!トロトロ走りやがったくせに……ピッタリ追いすがりやがって。

 何考えてんだ?」

 

 するとさすが年長者、落ち着いた様子でジョースターさんがいう。

 

「ポルナレフ、片側によって、先、行かせてやりなさい」

「ああ……」

 

 走行ラインを道の端ぎりぎりに寄せ、窓から手を出し『お先にどうぞ』の合図を出すポルナレフさん。しかし……。

 

「……おいおい!どういうつもりだ? またトロトロ走り始めたぞ。

 ゆずってやったんだからどんどん先行けよッ!」

 

 またもや先ほどと同じく行く手を阻む。

 まるでいやがらせみたい……なんて思っていたら花京院くんがこんなことをいう。

 

「……ポルナレフ。君がさっき荒っぽいことやったから怒ったんじゃあないですか?」

 

 たしかに。運転していると気が荒くなったり大きくなったりする人はけっこういるそうだ。交通マナーを巡ってのトラブルが原因で暴行事件に発展……といったニュースもよく耳にする。さっきの車の人も、そういう性質のドライバーだったのかもしれない。

 承太郎君がポルナレフさんに尋ねる。

 

「……運転していたヤツの顔は見たか?」

「イヤ、窓がホコリまみれのせいで見えなかったぜ」

「お前もか……まさか追手のスタンド使いじゃあないだろうな」

「気をつけろ、ポルナレフ」

 

 そのときだった。前方の車の運転席の窓ゆっくりと開いた。

 そして、腕……いかにも腕っぷしに自信があります……といった風貌のそれが出てきてクイクイっと前後に動く。

 

「プッ、先に行けだとよ。

 どーやらてめーの車のスピードが長続きしねーのを思い出したらしいな。

 初めっからおとなしくこのランドクルーザーのうしろ走ってろや! イカレポンチがッ!」

「ポルナレフ、おまえが悪いんじゃぞ。挑発するからじゃ」

 

 先に行け。そういわれて横にはみ出た時だった。

 

「なにィ!!」

 

 対向から大きなトラックが猛スピードで走ってくる!

 

「うわあああ!! トラック!バカな!」

「だめだッ! ぶつかるッ!」

 

 とっさに相棒を呼び出す。

 

「セシリア!!」

 

 双方の車の間にシールドをはる。

 間一髪、どうにか間に合った。

 反作用……コマのようにはね返しあい、道路外の壁にぶつかりお互い停止する。

 しかしこちら全員、そしてあちらのドライバーにもだれも怪我人はいないようだ。胸をなでおろす。

 

「あぶねぇ……あのままぶつかってたら即死だったぜッ!」

 

 あわてて皆で車から降りる。

 

「野郎! 何者だッ! あの車はッ!」

「どこじゃ? あの車はどこにいるッ!」

 

 先ほどの車を探すも、すでに影も見えなかった。

 見果てぬ道の先をながめつつ、承太郎君がいう。

 

「どうやら、あのまま走り去ったらしいな……。

 どう思う? 今の野郎……

 『追手のスタンド使い』か……それとも、ただの悪質な難癖野郎……か……?」

 

「追手に決まってるだろーがよぉー! オレたちは殺されるところだったんだぜッ!」

 

 ポルナレフさんが怒りを露わに、叫ぶ一方、疑問を浮かべる花京院くん。

 

「だが、今のところ『スタンド』らしい攻撃はぜんぜんありませんでしたよ……」

 

 結局答えは出らずじまいだった。

 

「エンジンは異常なさそうだぜ。どうする?」

「とにかく、用心深くパキスタン国境へ向かうしかないじゃろう。

 もう一度あの車がなにか仕掛けてきたら、そいつが追手だろうと異常者だろうとブチのめそう」

 

 

 

 警戒しつつも、しばらくまた山道を走ったところで、一軒の小さな出店を発見する。

 

「街道の茶屋か……少し休んでいくか。

 ゆっくりいけばあの車にも会わんで済むかもしれん」

 

 車から降り、ひとつ伸びをする。

 ずっと同じ姿勢でいたため、どうしても身体が凝り固まってしまっていた。申し訳ないことに、うっかりうたたねなんてしてしまったのでなおさらだろう。

 

(あれ……?)

 

 ふと気づく。

 車のみならず、列車にしても船にしても、何かしらに乗っているときに眠たくなってしまうのは自分にはよくあることだ。が、その欲望に身を任せてしまうと、必ずあとで痛い目にあう……寝違えて、首が回らない……というのはしょっちゅうだ。

 しかし、今回は平気だ。なぜだろうか……。

 

 短時間だったからか? それにしてもやたらとぐっすり寝てしまった気がする。

 うやむやにされてしまったが、みんなが言っていた、スタンド枕(仮)のおかげなのか……。

 疑問は果てなかった。

 

「どうしました?」

 

 立ち止まって考え込んでいる私にこえをかけてくれるのはやっぱりこのひとだった。

 

「あ、花京院くん。いや、さっき、よく寝ちゃったなぁって。

 乗せてもらってる身で……駄目なんだけど。」

 

 人に運転してもらっておいてなんて無礼な……と、再び反省をする。

 

「でもね、……なんか、すごく、きもちよかったんだよね。」

 

 しかし、あのふわふわした感覚をおもいだし、つい笑みがこぼれてしまう。

 

「そ、そう、ですか……。それは、よかった……です、ね」

 

「あ、そうだ! しかも、今回首が無事なんだよ!」

 

 いつも、性懲りもなく首の痛みを訴え、そのたびこのひとから、変な姿勢で寝るからだ……と、心配、かつお叱りの言葉をうけていたため、きちんと歓びを報告しておいた。

 

「ふふ……私もとうとう、うたたねレベルがあがったのかな?」

「なんですか、その上がってもしょーもなさそうなレベルは……。

 まぁいいや。なら、そうなんじゃあ、ないですか?」

 

 そういってふっとわらう。

 

(うっ……)

 

 それをみた途端、これまた性懲りもなく上がってしまう、心拍数。

 それを誤魔化すため、ちょうどいいので、もう一度聞いてみることにする。

 

「で、でさ、あの、さっきのまくらの……」

 

「……さあ、いきますよ」

 

「ええ!?」

 

 が、しかし、いいかけた矢先にその言葉は遮られ、急にさっさと歩きだしてしまう。

 

「ま、まって! なんで……?」

 

 

 なんとか彼に追いつく。

 皆がのぞいていた店先を自分もみてみると、そこでは何かを絞った汁を売っていた。

 その正体を疑問に思い、眺めていると店員のおじさんが教えてくれた。

 

「サトウキビジュース、飲む? おいしいよ!」

「……うむ、そうじゃな。……はっ!! なにッ!」

 

 財布を出しかけたジョースターさんがなにかに気づき振り向く。

 

「や、やつだッ! あの車がいるぞッ!」

 

 その声に驚き振り向くと、確かにあの、先程から尽く私たちの行く手を阻んでいた車があった。

 

「おやじッ! あの古ぼけた車のドライバーはどいつだ?!」

「さ、さぁ……」

 

 私たち以外のお客さんは三人の男性……さっき見たのは腕だけで、これでは区別がつかなかった。

 

「どうします? 名乗り出てきそうもないですね……」

「フザケやがってッ!」

「しょうがない、どいつがあの車のドライバーか。

 そしてそいつが追手かどうかはっきりせんことには安心して国境を越えられん……

 この場合、やることはひとつしかないな? 承太郎……?」

「ああ、ひとつしかない……無関係の者はとばっちりだが」

 

「……全員ブチのめすッ!」

 

「「えっ?」」

 

 とんでもない言葉が聞こえてきて、おもわず耳を疑う。

 そしてそれを忠実に実行に移し、お客さんたちに掴みかかる三人の仲間。

 あわててそれを止める花京院くん。

 

「お、おいッ! 無茶なっ! 承太郎、やめろ!

 ジョースターさん、あなたまでッ! やりすぎです!!」

 

 私も必死に、どうにか思いついた案を提言する。

 

「あ、あの! そんなことするより、まだ車自体を攻撃した方がいいんじゃあ……?」

「……あ! そ、そうだ! そのとおりだ!

 おい! みんなやめろ! ほら! 撃つよ! エメ……」

 

 緑色の礫が放たれようとした、そのときだった。

 

「「「えッ!」」」

 

 急発進し、走り去っていく、例の車。

 

「お、オレたち、ひょっとしておちょくられたのか……?」

 

 あんぐり口を開けたまま、皆で唯一残された、立ち昇る排気ガスを見つめる。

 

「や、やつはいったいどういうつもりだ?!

 奇襲してくるでもなく……戦いをいどんでくるわけでもない……

 頭のおかしいドライバーのようでもあり、追手のようでもある……」

「おいかけてとっつかまえるぞ! さっきのトラックとのうらみもあるしなッ!」

 

 頷き、皆で車に乗り込む。

 

 

 

 追いかけ始めてからものの数分。再びあの車を見つける。

 

「野郎ッ! ……次のカーブでぜったいとらえてやるぜッ!」

 

「あっ!!」

「ば、ばかなッ! 行き止まりだッ!」

 

 しかし、その先に道はなく、崖。それしかなかった。

 

「やつがいない! 曲がったとたん消えやがった?!」

「まさか、墜落していったんじゃねーだろーな……」

 

「はっ!」

 

 すると、急にドォーンという大音量とともに、後方からなにかがぶつかってくる凄まじい衝撃をうけた。

 

「なにィィーッ!」

 

 振り向くと、またもあの車だった。

 

「やつだッ! やつがうしろから!」

「し、信じられん……も、ものすげー馬力で押して来やがるッ!!」

 

 じりじりと押し出され、すでに崖は目前だ。

 

「つ、突き落とされるぞッ!」

 

 前輪が落ち、どんどん車体が傾いていく……。

 

「うおおっ! もうだめだ! みんな! 車を捨てて脱出しろッ!」

「あッ!」

 

 いち早く車外に飛び出ようとドアを開けるポルナレフさん。あっけにとられる皆。

 

「ポルナレフッ! ドライバーがみんなより先に離れるか……普通……?!

 誰がこのランクルをふんばるんだ?」

「えっ……ごっ、ごめーん!! わぁーッ!!」

 

 花京院くんのツッコミとポルナレフさんの絶叫とともに、寄り切られた私たちの車は、崖を落下していったのだった。

 

 真っ逆さまに、落ちてゆく、車。

 

「うわああぁああぁっ!!」

 

(……全員、護ってみせる……!)

 

 衝撃に備え、セシリアを構えたときだった。

 

「……ハイエロファント!」

 

 花京院くんが相棒を上方に放つ。

 

「花京院ッ!やめろッ!

 おまえの『法皇(ハイエロファント)』は遠くまで行けるが……

 ランクルの重量をささえきるパワーはないッ! 体がちぎれ飛ぶぞ!」

 

「……ジョースターさん、お言葉ですが。僕は自分を知っている……バカではありません。」

 

 すると、ハイエロファントはガチャリと、こちらを見おろすかのように崖の上に佇んでいた例の車に何かをひっかけた。

 同時に、停止する私たちの車。

 

「止まった!」

「おおッ! この車のワイヤーウインチをつかんで飛んでいたのか!」

 

「フン! やるな……花京院。

 ところでおまえ、相撲好きか? ……とくに、土俵際のかけひきを!」

 

 そして、近距離パワー型、承太郎君のスタープラチナがワイヤーを掴み……

 

「手に汗にぎるよなあッ! ……オラァッ!」

 

 反動をつけ、思い切り引き上げる!

 

『ギャオーッ!』

 

「着地!」

 

 見事崖の上に復帰を果たす。

 ついでに強烈なパンチをお見舞いし、今度はあっちの車を崖下に突き落とした。

 

「ええ……相撲、大好きですよ。

 ……だけど、承太郎。相撲じゃあ拳で殴るのは反則ですね」

「……ふっ」

 

(ふふ……)

 

 絶妙に息の合ったふたりのやりとりに、おもわず笑みがこぼれてしまう。

 

 

 

「しかし、スタンドらしき攻撃は全然なかった。頭のおかしい変質者だったらしいな……」

「ああ、どっちにしろこの高さ。もう助かりっこねーぜ。ま、自業自得だ」

 

 あの車が落ちていった崖下を皆で窺う。

 そして、先程からずっと抱いていた疑問を口にする。

 

「でも、一本道でしたよね? 私たちの先を走っていたのに、いつの間にか後ろに回られていました。なぜでしょう……?」

「不思議だよね……」

 

 頷く、アンちゃん。

 すると、聞こえてきた。どこからともなく……。

 

『……少しも……不思議じゃあ……ないな……』

 

「え?」

「く、車のラジオから?!」

 

 開け放したままの私たちの車の中から、確かにその音声は聞こえてきた。

 

『スタンド、だから、できたのだッ!ジョースター!!』

 

「なにィ!!」

「わしの名を! ……ということは、スタンド使いの追手!!」

「どこから電波を?! 今落ちていった車じゃあないだろうな?!」

「バカな! メチャクチャのはずだぜ!」

「いや、車自体が『スタンド』の可能性がある。

 前に出会った『(ストレングス)』……

 オランウータンのあやつる船それ自体がスタンドだった。

 その同類ということは大いにありうる」

 

『『運命の車輪(ホウィールオブフォーチューン)』これが……我がスタンドの……暗示』

 

「『運命の車輪(ホウィールオブフォーチューン)』!?」

 

 ゴゴゴゴゴという音とともに地面が振動し始める。

 

「なんだ……この地鳴りは?」

「なんか、やばいぜ……」

「みんな車にのるんじゃ……」

「いや!乗るなッ!車から離れろッ!」

 

「……地面だッ!!」

 

 その言葉と同時だった。

 

 私たちの車を上空に吹き飛ばしながら、地中からあの車が飛び出す!

 

「うおおおあああっ! オレらの車が!」

「バカな!地面を掘ってきたァーッ!!」

「承太郎の言うとおり、これで完全に車自体がスタンドということが十分わかったぜッ!」

「本体のスタンド使いは中にいるようだッ!」

「これからは我々をひとりひとり順番に殺すつもりだぞ……

 こいつが我々を今までトラックにぶつけたり、ガケから突き落としたのは、全員一挙に殺すためとみたほうがいいッ!」

 

 続けざまに驚くべき光景が目に入る。

 

「めッ! メチャクチャの車体がッ!」

「なおっていくッ!!」

「まるで、生物だ!」

 

 唸るようにエンジンをふかしながら私たちを威圧する、その姿はまるで巨大な闘牛のようだった。

 

「変形したッ! ……襲ってくるぞッ!」

「君たちは下がるんだ! アンちゃんを頼むぞ。」

「はい!」

 

 

 

 

 

 今にも突撃してきそうな車スタンドと睨み合うスタープラチナ。

 

「フン! パワー比べをやりたいというわけか……」

 

「やめろッ! 承太郎! まだ闘うなッ!

 やつの『スタンド』の正確な能力が謎だ! それを見きわめるのだ!!」

 

 ジョースターさんが諫めようとする。

 その瞬間だった。

 

「……ガフッ!」

 

「えっ!?」

 

 なにかしらの攻撃を受けたのか、承太郎君の口から苦悶の声と鮮血がほとばしる。

 

「くっ……何だ今のは……何をどうやって撃ち込んできた……? み、みえなかった!」

 

『ヒャホアハァ! 今にわかるさ! きさまがくたばる寸前にだけどなぁ!』

 

「「承太郎ッ!」」

 

 かばおうと前に出るふたり。

 そんな三人に再び、あの見えない攻撃をしかけようとしてくるのがわかった。

 

「承太郎ッ! ポルナレフ! 花京院!」

 

 ジョースターさんが叫ぶ。

 瞬時に相棒を飛ばす。

 

「! セシリア! 三人の前に! 盾になって!!」

 

『ちっ!』

 

謎の攻撃……みえないが弾くことができたようだ。

 

「大丈夫か、承太郎!?」

「あぁ、心配いらん。……が、どんな技かしらんがコントロールはいいぜ……」

 

 

「セシリア、戻って!」

 

 相棒を呼び戻す。

 すると敵のヘッドライトが、ギロリと睨みをきかすかのようにこちらを照らす。

 

『……女……邪魔だな……お前から、ひき殺してミンチにしてやるわ!』

 

「! いけない!!」

「くっ……」

 

 どうやら私から仕留めることにしたらしい。こちらへ体当たりを仕掛けてくるつもりのようだ。

 

(こ、これは盾じゃ防ぎきれそうも……。)

 

 いろいろ試してみたところ、シールドモードは形態や範囲が自由に設定できるものの、だれか一人を指定し護ってもらうオートガードほどの防御力はない。それでも大概の衝撃からは護れるのではあるが。

 今回は普通の車ならばともかく……巨大なこのスタンドの車だ。先ほどの押し合いの際のパワーを鑑みると、おそらく突破されてしまうだろう。

 

(セシリアの対象を『私』、にして私がアンちゃんを……

 ……ダメ、だ……もしも、また……)

 

 背筋が凍る、あの感覚を思い出す。

 

「……」

 

 腹を括る。

 

「……セシリア、アンちゃんをよろしく……」

「えっ!?」

 

 アンちゃんをセシリアでむこうへと押しやる。そしてそのまま護るよう御願いする。

 

 猛スピードでこちらへとむかってくる、敵。

 狙い通り。

 

「なっ!?」

 

「だいじょうぶ、私は……」

 

『死ねぇーッ!』

 

 

(……今だ!)

 

 ぎりぎりまでひきつけ、勢いよく回転レシーブのように転がりながらなんとか攻撃をかわす。

 伊達に何度も車に轢かれているわけではない。そのスピードには多少慣れていた。

 そんなこと自慢にもならないと思っていたが、なにが役に立つかなんてわからないものだ。

 

(よし!)

 

『チッ!』

 

 しかし、かわせたことで、すっかり油断してしまった私は、やっぱり甘かった。

 

「……って……あれ? ……しまっ……」

 

 立ち上がろうと踏み込んだ崖っぷちの足場は、もろくも崩れ去り……

 

「きゃ……」

 

 私の身体は勢いよく転がり落ちていった。

 

 ……底のみえない崖下にむかって。

 

 

 

 *         *          *

 

 

 

(あ……?! え……?)

 

 何が起こったのか、一瞬よくわからなかった。

 ふらふらと歩み寄り、小さな悲鳴とともに彼女が落ちていった先をみる。

 

 そこは、ただ黒く、しんと静まり返っているだけだった。

 

「お、お姉さん、わ、わたしをかばって……!」

「「「な、なにィッ! や、保乃!?」」」

 

 仲間たちの彼女を呼ぶこえだけが、虚しく響く。

 

 そして……じぶんも……。

 

「……仁美さぁぁんッ!」

 

「か、花京院ッ!」

 

 気がついたら、飛び降りていた。

 

『フン、まずは、ひとり! ヒャーッハッハ、次は……どいつだ!』

 

 

 

 

 

 相棒を命綱にして降りつつ、ひたすら探す。

 

(ど、どこだ?! どこまで転がり落ちて……ちくしょう! どうか、どうか無事で……!)

 

 そして、ようやく、みつける。

 

(い、いたッ!)

 

 幸いなことに、少し平坦になっている場所で、どうにかひっかかり止まったようだ。

 

「……」

「ひ、仁美さん……仁美さんッ!」

「………………う……」

 

 呼びかけ、揺さぶると、顔をしかめ、わずかに反応があった。

 

「……よ、よかった……」

 

 痛々しいことに、その身体には至る所に擦り傷と青あざと……こめかみから血がしたたり落ちていた。

 そんなの当然だ。この高さ。生きているだけでも奇跡だろう。

 しかし、意識がない。頭を打っているようだ。油断などできるはずもない。

 

(とりあえず早く上に……!!)

 

 彼女を抱え、相棒に引き上げてもらう。

 

 

 

 元々の場所まで登ってきたが、皆も敵も、その姿はなかった。

 

(上か……? うっ……!)

 

 見上げると、衝撃的なものが目に入ってきた。

 なんとあの車スタンドが、ゆっくりだが、縦に……崖を登っているではないか。

 

(くそ……なんでもありか。あの車……)

 

 

 敵にみつからぬよう裏側からまわり、自分たちも絶壁をさらに登っていく。

 

「ジョースターさん!」

 

 ようやく頂上へとたどり着き、仲間と合流する。

 

「花京院! 彼女は?!」

「……息はあります……が、意識が……」

 

 そっと彼女をおろす。その様子をうかがい、ジョースターさんは言う。

 

「波紋で応急処置をしたいところだが……頭か……。

 ……できるだけ動かさず、医者に診せたほうがいいな……」

 

 ただの傷ならばよいのだが、頭部……脳や神経は繊細なもの。他者の波紋により悪影響を及ぼすこともあるため、その場合は迂闊に手をだせない……と前にも聞いていた。

 

「……やつは?」

「も、もう、すぐそこに……!」

 

 反対側の崖下を見おろしつつ、ポルナレフが言う。承太郎がそれにため息をつく。

 

「やれやれだ……。やり合うしかなさそうだな。みんな、さがってろ。

 ……やつはここに登り上がる時、車のハラをみせる……。

 そこでひとつやつとパワー比べをしてやるぜ」

「なるほど……」

 

 彼の意図を察する。

 

「ヤツがなにを飛ばしているか正体不明だが、

 ハラをみせたときならこっちから攻撃できるかもしれん……」

 

 全員固唾を飲んで見守る。

 

「来たッ!」

 

 宣言通り、車のハラに殴りかかる承太郎。

 

「おおおおおー!!」

 

 しかし、敵はそれをあざ笑う。

 

『フヒャホハッ! 元気がいいねぇ! 承太郎君! ……だがシブくないねぇー。

 冷静じゃあないんじゃないのか?

 まだ自分の体がなにか臭っているのに気づかないのか……?』

 

 その言葉から、あることに、気づく。この臭い……そして……車……。

 

「ああッ!」

「と、飛ばしていたのは……ガソリンだッ!」

 

 先刻、承太郎を射抜いた見えない攻撃の正体は、ガソリン……それを超高圧で少量ずつ、弾丸のように発射していたのだ。

 

「ま、まさか……ヤツの攻撃の意図は……!」

 

『気づいたか……しかしもうおそいッ! 電気系統でスパーク! 発火!!』

 

「ううっ!」

 

 放たれた火種は引火し、承太郎の全身を包んでいく。

 

「承太郎ッ!!」

「だ、だめだ! ジョースターさん! 貴方まで!!」

 

 孫を救うため近寄ろうとする祖父を必死に止める。

 

 その瞬間だった。

 

「え!?」

 

 薄桃色の鳥が現れ、炎の中へ飛びこんでいく。

 

「せ、セシリアが?! ひ、仁美さん……?」

 

 気がついたのかと彼女に呼びかけるも、やはり返答はないままだった。

 

「……さ……、な……い……」

 

 譫言のように呟く。ただそれだけで。

 

(い、意識がないのに……!?)

 

 燃え盛る炎は勢いを増していく。

 

『ヒャホアハァ! 勝った! 第三部完!』

 

 浮かれて勝ち名乗りを挙げる敵。

 しかし、そこに聞こえてきた。

 

「ほーお、……それで、だれがこの空条承太郎のかわりをつとめるんだ?」

 

 学ランを燃やし尽くし灰にしながらも、あの男の、声が。

 

「まさか、てめーのわけはねーよな!」

「承太郎!」

 

 その身はやはり薄桃色の光で護られていた。

 

『あ、あの女のスタンド!? な、なんで!?』

「オラオラオラオラオラオラオラオラーッ!!」

 

 そんな疑問に答えるべくもなく、間髪入れず、ラッシュを叩きこむ!

 

「ぐはぁ!!」

 

 そして、本体とおぼしき男が反対から飛び出した。

 同時に、ポンという音を立て、スタンドの車が普通の車に変わる。

 男は情ないその姿で、必死に命乞いをしてきた。

 

「……こ、殺さないでッ! 金で雇われただけなんですー!」

 

「……貴、様……それで、許されると……思うのか……?」

 

 目のまえが、あたまのなかが……すべてが朱色に見えた。

 

「ひ、ひぃぃぃぃ!」

「よせ、花京院!こいつの相手をしてもしょうがない……。

 早く彼女を医者に診せねば……」

「……っ……!」

「コイツはふんじばっておいて……。ぶっ壊れた車の代わりにこの車で行こう……」

 

 

 

 煮えくり返っていたはらわたをなんとかおさめ、急ぎ、車に乗り込み山を下っていく。

 腕のなかの彼女の意識は、依然戻らぬままだった。

 

 どれくらい走っただろうか……遠目に承太郎がみつけ、アンちゃんに言う。

 

「町だ。ちょうど飛行場もある。おめーはあそこから香港に帰すからな。」

「え! やだ! やだよ! あたし帰らない! いっしょに……」

 

「……いい加減にしてくれ!」

 

 聞いた瞬間、叫んでいた。我慢の限界だった。

 

「……君、まだ、そんなことを言うのかい……?」

 

「か、花京院!?」

「お、おい、おちつけ……!」

 

「……もう、わかっていると思うけれど、

 僕たちには……人と異なる力があり、敵に常に狙われている……。

 彼女には、自分を護るだけの力は、ほんとは十分にあって……。

 本来、こんなことには、ならないはずなんだ……。

 だけど、このひと……こういうひとだから。

 君がいたら、余計に、こうなっちゃうんだよ。

 わかるだろう……?」

 

「……! ごめんなさい……! ごめんなさい……!!」

「……」

 

(くそ!)

 

 苦々しい思いでいっぱいだった。

 

 ……許せなかった。

 

 アンちゃんが? あの、敵が?

 いいや。ちがう。

 

 わかっていた。

 僕が心の底から怒りを抱いている……それはだれか、なんて。

 

 再び、目を落とす。

 

 その先にあるひとの瞳は、やはりかたく閉じられたままだった。

 

 

 

 *         *          *

 

 

 

 目を閉じて白いベッドに横たわっている。

 そんな彼女の横顔をながめつつ、ただ目覚めるのをひたすら待つ。

 既視感でいっぱいだった。

 いや、デジャヴというのは語弊がある。つい先日、実際におなじようなことがあったばかりなのだから。

 違うのは今いる場所と彼女に巻かれた包帯の量、それくらいだろうか。

 

 そうだ……。それに……。

 

「……ぅ、う……」

 

「……!」

「ん……。こ、こ、は……?」

「気が、付きましたか……」

 

 立ち上がり、備え付けの電話の受話器をとる。

 

「……。はい、目を覚ましました。お願いします」

 

「花京院くん……?」

「ここは、病院です。あなた……自分がどうなったか覚えていますか?」

「えっと、……いっ!……。あぁ、そうか……私、崖から落ちて……」

 

 ベッドから身を起こし……当然だが、痛むのだろう。

 一瞬かおをしかめるも、しかしそれを意に介さないかのように、やはりこんなことをいう。

 

「ハッ! アンちゃんは?みんなは……?!」

「……無事ですよ。

 今みんなは買い出しやらホテルの手配やらで、ここにはいませんが」

「そうなんだ……よかった」

 

 噛みしめるように呟く彼女。

 

「……」

 

 室内にノックの音が響く。

 ドアが開き、そこから担当の医師と看護師が入室してくる。

 

「ああ、目が覚めたようだね。どこか、痛むところは?」

「ええと……。

 いえ……なにもしなければ。動かすと右足が、少し痛いくらいです」

「そうかね。ちょっと診せてもらうよ」

「はい」

 

「……ふむ。これは?」

「少し、痛いです」

 

 簡単な診察と、問診をしていく医師。

 

「……よし。手足の捻挫と全身の打ち身、擦過傷は、処置を先ほどしていますので。

 頭も意識が戻ればもう大丈夫でしょう。

 ただ、今日は念のため入院してくださいね。では、お大事に」

 

 そう告げて、医師たちは退出していく。

 

「え!?」

「ありがとうございました」

 

 礼を言いつつ見送る僕にまたも彼女はこんなことをいう。

 

「ちょっ! 入院って! 私だいじょうぶだよ。早く先に進まないと……!」

「……今夜だけでしょう。どちらにせよもうすぐ日没です。

 くだらないこと言ってないで、おとなしくしといてください」

「……は、はい……」

 

 椅子に座りなおす。一呼吸し、努めて冷静に、尋ねる。

 

「……で、聞かせてもらいましょうか。なんで、あんなことをしたんですか?」

「え……?」

「崖から落ちる……前です。

 セシリアにアンちゃんを護らせて、あなたはどうする気だったんですか?」

 

 彼女の顔色が、変わる。

 

「え、だ、だって……とっさに、あれしか……。わ、私はよけれるかなって……」

「……違いますね」

 

 思い返す。あのときの彼女の、かすかな逡巡。

 

「あのときあなたの頭には様々な選択肢が浮かんだはずだ」

 

 そして、そのあとの、覚悟を決めたかのような、あの表情。

 

「しかし、あなたはアンちゃんだけが確実に助かる方法を選んだ。

 例え自分はどうなろうとも……ね」

 

「そ、そんなことない! わ、私にはそれしか思いつかなかっただけだって、言っているじゃない!」

 

「……あなたのその、へったくそな嘘が……この僕に通用するとでも……?」

「う……」

 

「……」

 

 無言で圧力かける。

 すると、俯き、黙ったのち、開き直ったかのように、呟く。

 

「……それが、当たり前じゃない。何が悪いの?」

 

「な……!」

 

 しかし、僕の二の句は、つづく彼女の言葉によって阻まれる。

 

 

「……だって、私は……! そうしなきゃ、私なんて……!」

 

 

 震える腕を交叉させ、その身を自分で支えるように抱きしめながら……まるで泣き叫ぶように、発されたそれに。

 

「……え……?」

「はっ……!」

 

 すると我に返ったのか、目を伏せ、笑顔をつくりながら、いう。

 

「い、いや、だって、そうでしょ?

 ね! ほら、アンちゃん、女の子だし!

 女の子の顔にキズでもついたら大変じゃない!」

 

 瞬間、僕のなかのなにかが、きれた音がきこえた。

 

 立ち上がり、彼女のうしろの壁を叩く。

 

「……っ!?」

 

 みひらかれる、その瞳。

 それをまっすぐにとらえ、告げる。

 

「……あなただって、おなじだろう!!」

 

「ッ!」

 

「……もう知りません。勝手に、すればいい」

 

「あ……。まっ……」

 

 

もうすぐこのお話も完結です……が、性懲りもなく次回作も本作品にちなんだものにする可能性が高いです。どんなのだったら、また読んでやってもいいぜ? と思って頂けるでしょうか?

  • そのまま4部にクルセイダース達突入
  • 花京院と彼女のその後の日常ラブコメ
  • 花京院の息子と娘が三部にトリップする話
  • 花京院が他作品の世界へ。クロスオーバー。
  • 読んでほしいなら死ぬ気で全部書きやがれ!
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。