私の生まれた理由   作:hi-nya

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 『死神13』戦、長くなりすぎてしまったので分けました。前編です。


夢の中であいましょう

~♪

 

(……音楽が聴こえる……幼い頃よく聴いたような……どこでだろう? この、コミカルな……)

 

(……でも、どこか、なぜか不安を覚えるような……)

 

 オギャアー……。オギャアー! オギャアー!!

 

(赤ん坊……? )

 

 

 

「……はっ! 」

 

 BGMはポップで不気味なメロディーと赤ん坊の泣き声。そして不快な振動を感じながら僕は目覚めた。

 

 なにか乗り物……ゴンドラ、のようなものの椅子に自分は座っているようだ。正面と背中側にはくりぬかれた窓がある。

 

「なんだ……? 」

 

 窓からは青い空が見えた。警戒しつつ顔をのぞかせ、下を眺めてみる。ここは……

 

「遊園地? ……の観覧車か……? 」

 

(どこの遊園地だろう? なぜ観覧車なんかにのんきに乗っているんだ?

 僕たちはラクダに乗ってサウジアラビアの砂漠を旅していたはず。

 みんなは……? いない……。僕一人か……)

 

「クウーン」

 

 自分の心の声に呼応するかのように、鳴き声が聞こえた。驚きながらもそちらをみると、そこには一匹の犬がいた。

 

「犬……知らない犬だ。……ん? 」

 

 ふと見上げると空にひとつ赤い風船が浮かんでいるのに気づく。それはフワフワとこちらへ漂ってきた。よく見ると何かがくくりつけられているようだ。窓から手をのばし、それをつかむ。

 

「これは……ッ?! 」

 

「タロットカード! 『死神(デス)』のカード!! ハッ! 」

 

 カードには大きな鎌を持ったピエロのような外見の死神の絵が描かれている。

 

 その、絵が、なんと……!

 

「う、動いているッ!? 」

 

 カードの死神はみるみるうちに大きくなり、3D映画さながらに飛び出し実体化して、こちらに襲いかかってきた。

 

「うわあぁー! 」

 

 死神はためらう様子もなく、大鎌でこちらを横一文字に切りはらってきた。

 僕はとっさに後ろに倒れこみ、手を切られながらも間一髪攻撃をかわす。

 

「きゃいん!」

 

 そして空を切るかに思われたそれは、無残にも犬の頭を横まっぷたつに切り裂いた。

 

 飛び散る鮮血、つぶれた眼球、はみ出る脳……

 衝撃的なそれは、僕に叫び声をあげさせるには十分すぎた。

 

「うわぁぁああぁぁー!! 」

 

 

 

*         *          *

 

 

 

「……うあああー!! 」

 

 

「花京院! おい! 花京院! 」

「ハッ! 」

「どうしたんだ? エクソシストみてーにベッド揺らしながらうなされてんじゃねーよ。びっくりするわ……」

「こ、ここは……? 」

「ここは? じゃねーよ。この村でセスナを買って、それで砂漠を越えるんだろ。まだ寝ぼけてんのか? 」

「そ、そうだな。そうだった……」

「早く起きろよー。みんなはもう飛行場にいる。今日これから500キロは飛ぶ予定らしいぜ」

 

(……ゆめ。夢だったの、か……)

 

 

「今日もいい天気だ! 暑くなりそうだな」

 

 ポルナレフはカーテンを開けながら、いつものように陽気な調子でそう言った。朝日がまぶしい。

 

 しかしそれとは裏腹に、まだ悪夢の余韻で僕の心は暗く、重かった。

 

「ふう……。恐ろしい夢をみた。……本当に、恐ろしかったんだ……。

 君に起こされて、助かったんだよ……」

「恐ろしい夢? なになに? どんな夢?? おせーておせーて! 」

 

(……どんな……? )

 

 そう言われ、先ほどの夢を思い浮かべようとするが、どうしても思い出せない。

 

「……それが、忘れて、しまったみたいだ。とにかく恐ろしかった……」

「ふーん。ま、よかったじゃん。夢で。さ、早く支度しろよ」

「ああ。……ん? 」

 

 ふと手を見ると、切り傷がある。しかも切ってまだ間もないようで、傷口からは血がにじんでいた。

 

(どこかで切ったのか? いったいどこで……? )

 

「おい、早く! みんな待ってるぜ」

「あ、ああ、すまない」

 

 

 

 身支度を済ませ、ポルナレフとともに宿の外に出る。すると一人の少年の泣き叫ぶ声が聞こえてきた。

 

「うわー! ぼ、ぼくの犬が! こ、殺されている! なにかに切り裂かれて、殺されているッ! うわーん! 」

 

「! 」

「……ありゃー、かわいそうに。ひどいことするやつもいるもんだぜ。

 しかし、オレたちにはかまっている時間はねぇ。気の毒だがな」

 

(……犬? 犬の死体をつい最近もみたような……。どこでだっただろう? )

 

(……思い出せない……)

 

「ほれ、行こーぜ」

「ああ……」

 

 

 

 

 

 飛行場に着くと、なにかトラブルでもあったのか、ジョースターさんとセスナの持ち主がもめているようだった。

 

「話が違う! 昨日わしらにそのセスナを売ってくれると言っただろうが! 」

「状況が変わったよ。この赤ん坊が熱だした。39℃もある。早く町の医者に連れて行かないといけない。村の他のセスナは出払ってるから、これで行くね。あんたらにはこれが戻ってきたら売ってやるよ。明後日まで待ちな。」

「なんだと! その赤ん坊も大変なのはわかるが、こちらも人命がかかっておる!こんなところで2日も足止めを食うわけにはいかんのだ! 」

「どんな理由か知りませんが、それを優先してこの赤ん坊を見捨てろというんですかい? 」

「うっ……」

 

(……? 赤ん坊……赤ん坊の泣き声も、どこかで……。あ)

 

 またも頭の片隅に、なにかひっかかるような感覚を覚える。

 すっきりしないそれを抱えながらも周囲に目をやると、少し離れて諍いを見守っている仲間の姿が目に入った。

 ふたりは僕に気がつくと声をかけてくれた。

 

「おせーぞ。やっと来たか」

「おはよう、花京院くん。……? 」

「承太郎、保乃宮さん。おはようございます。すみません、遅れてしまって。……何かあったようだね」

「ああ。聞いてのとおりだ……」

 

 言い争いは平行線のようで、収束する気配がない。

 そこへ一人の女性が割って入っていった。赤ん坊の母親だろうか。

 

「あの、このセスナは5人乗りですが、赤ちゃんくらいは乗せることが可能です。

 どうでしょう?この人たちに赤ちゃんをお任せして、お医者さんのところへ連れて行ってもらうというのは……」

 

(赤ちゃん……)

 

 理由はわからないがどうしても赤ん坊に向かってしまう、そんな僕の目は捕らえた。

 

(はっ! い、今この赤ちゃん、笑ったような……?

 しかも牙のような……もう歯が生えているのか……? )

 

 もっとよく見ようとカゴに手をのばす。

 

「オギャーオギャー! 」

 

 その瞬間、烈火の如く赤ん坊は泣き声をあげ始めた。

 

「うっ! ……すみません……」

 

 セスナの持ち主が呆れたように母親に言う。

 

「いいのかい? こんなやつらに任せて。あんたはそれで……? 」

「ええ」

 

「ちょ、ちょっと待て! それは困る! この赤ちゃんが危険だ! 」

 

慌てるジョースターさん。

 

「いいじゃねーか、ジョースターさん。オレは大賛成だぜ。上空を百キロ以上のスピードで飛ぶセスナに追いつけるようなスタンドなんかいねーだろうしさ。車とか船がスタンドってこともあったけど、この飛行機がスタンドってことは……ほら、なさそうだぜ! 」

 

 ポルナレフがセスナに蹴りを入れながら言う。

 

「他のみんなはどう思う? 」

 

 それを受け、ジョースターさんが意見を求める。

 

「赤ん坊の母親の意見をとるしかなさそーだな。……おれはスタンドよりじじいの操縦の方が心配だがね。人生で2度も墜落するのは御免だぜ。……じじいは4度目か……」

 

 と、承太郎。

 

「……それはたしかに、不安かも。でも逆に、さすがに4度目はないんじゃあ……」

「や、保乃まで! う、うるさい、うるさい! だいじょうぶじゃ! 」

 

「花京院は? 」

「僕は……」

 

 ポルナレフの言葉をきっかけに、皆の視線が、僕に集まる。

 

(ひっかかる。……何かが。……しかし、反対する明確な理由もない……)

 

「……しかたがないと、思います。連れていってあげるしか……」

 

(なぜ……なぜこんなに、不安なのだろう……? )

 

「……」

「よし、決まった! 」

 

 

 

 

 

「……だいじょうぶ? 」

 

 皆でセスナに乗り込む準備をする中、心配そうな面持ちで僕にこう尋ねるひとがいた。

 

「……仁美さん」

 

「いや、体調悪いのかな、って。顔色もよくない気がするし。

 それとも……なにか、あった? 」

「! いえ、だいじょうぶですよ……」

 

(……気づいてくれていたのか……)

 

 心遣いが嬉しい反面、そんなにも自分は憔悴しているのだろうかと不安にもなる。

 彼女はそんな僕のかおをのぞきこむと、眉間にしわを寄せながらいう。

 

「……ほんとに? 嘘ついて、無理したら……怒るよ! 」

「……ふ、それは、嫌だなぁ」

 

(怒られても、全然怖くなさそうだが……)

 

 おもわず笑みがこぼれそうになる。そんなことは露知らず。彼女は続けた。

 

「だったら、ちゃんと言うこと! で、どうしたの? 」

 

 普段は、僕の方が無理をしがちな彼女を諫める方が多いのに、今日は逆だ。めずらしくお姉さんらしいことを……と微笑ましい気持ちになる。

 そういえば彼女は二つ年上であることを久しぶりに思い出した。

 

「いえ、本当にたいしたことではないんですが……」

 

 こんなことを気にするなんて、気の小さい男だと思われるだろうか? という不安が一瞬よぎったが、彼女の真剣なまなざしに、そんなふうに思うようなひとではなかったな……とすぐに打ち消す。

 それに、もう言わねばこのひとはひいてくれないであろう。それも確実であった。

 

「今朝、ひどく嫌な夢を見てしまったようで……それで」

 

「夢? そっか、それでかぁ……いつも朝、早い方なのにめずらしいなって思ってたんだ。

 嫌な夢みると起きたとき相当疲れてるもんね」

 

 自らも経験があるのか顔をしかめつつ、しかし得心がいったとばかりに頷く彼女。

 

「……どんな夢だったの? 」

 

 そしてやはりというか、先程のポルナレフと同じ疑問をぶつけられる。

 

「それが……。全く思い出せないんですよ。内容を。ただただ、すごく恐ろしかったということしか……」

「全然? それだけ恐い夢なら印象に残って、少しは覚えていそうなものなのにね。不思議だね」

「はい……」

 

「夢……。夢かぁ……」

 

「おい!みんないいぞ。乗れ!」

 

 そのとき、ゴーグルをつけて、準備万端な様子のジョースターさんが声をあげた。

 

「……はい! では、いきましょうか」

「うん。……ごめんね。無理矢理聞き出したのに、ぜんぜん役に立てなくて……」

「そんなことないですよ。話したらけっこう楽になりましたから」

「そう? だったらいいけど……。くれぐれも無理しちゃダメだよ。

 なにかあったらひとりで抱えないで、ちゃんと言ってね? 」

 

「……はい、ありがとうございます」

 

 

 

*         *          *

 

 

 

 セスナは轟音をあげながら、大空へと飛び立った。

 なかなかの振動だ。三半規管に自信のない私は少し不安になる。

 

(酔わないといいなぁ……って考えたらダメなんだよね。なにか別のことを考えよう)

 

 と、膝に乗せたカゴの中にいる赤ちゃんをみる。

 

(何か月くらいかな? まだ、熱が高いみたいだけど……)

 

 うつむいていると、余計酔いそうだ。操縦席や助手席、自分の前方の席にいる仲間たちを見る。

 

「ふふふー! 腕がなるわーい! 昔を思い出すのー。わしゃ、パイロットになるのが夢だったんじゃ! 」

「……いいから。たのむから。集中しろ……」

 

 ご機嫌で操縦桿を握るジョースターさん。一方、助手席の承太郎くんはやれやれといった表情で祖父を監視している様子だ。

 

(確かに、もう墜落はごめんだもんね……。船は沈むし、車は大破。

 ……この旅、乗り物に縁がなさすぎでしょ……)

 

「あー。なんか眠くなってきた。ジョースターさん、すまんが、30分くらい寝かせてくれ」

 

 ポルナレフさんはそういうと、背もたれと窓に身体をあずけ、居眠りをはじめた。

 その隣の席にいる彼も、眠そうだ。

 

(……花京院くん。……夢のせいで眠れなかったみたいだもんね。

 ほんとにだいじょうぶかな…?

 さっき、ああは言っていたけど……)

 

 先程の会話と、いつになく、力なく微笑む彼の様子を思い出す。

 

(なにかあっても、きっと自分で、なんとかしようとしちゃうからなぁ……

 器用になんでもできちゃうから、余計にそうなのかも……)

 

(……でも……、いつか、なにか、あったら……? )

 

「……ッ!! 」

 

 背筋が凍りつくような感覚に身震いする。

 想像だけでこのざまだ……もしも、もしも、そんなことになってしまったら…

 

 ……いったい自分は、どうなってしまうのだろう……。

 

「はっ! 」

 

(なっ! なにを、縁起でもない! もう! )

 

 自らのうしろ向き極まりない想像を必死にかき消す。

 

(……はぁ。もっと力に、なりたいのになぁ……)

 

 無力さとはがゆさを感じながら、眠っている彼の横顔をみつめる。

 

 その彼が今まさに現在進行形でとんでもない目に遭っているなんて、これっぽっちも知らずに……。

 

 

 

*         *          *

 

 

 

~♪

 

「ハッ! 」

「なんだー? ここは? うわ! 」

 

 僕は再び目覚めた。いや、目覚めたという表現は正しくない気もするが……それどころではない。

 

「こ、ここは……! 続きだ! 今朝の、夢の続きだ!! 僕らは夢の中にいるんだッ! 」

 

 この音楽。遊園地……例の観覧車のゴンドラに僕は戻ってきてしまったようだ。あの犬の死体もそのままだ。

 

「夢? なーんだ夢か。ならいいや。夢ならこんな死体、怖くないもんねー!

 夢ってのは怖いと思うから怖いんだぜ。リラックスしろよ、リラックス! 」

 

 先ほどと異なる点として、今度はポルナレフも一緒だった。

 が、なぜこいつはこんなにも呑気なのか……。

 

「ちがう! 夢だが、ただの夢じゃあない! ふたりして同じ夢をみるか?! 」

「それもそうだな……でも夢だし。そんなこともあるんじゃあないの? 」

 

 そのとき、ポンッという軽快な音と煙とともに、ポルナレフの手に、ソフトクリームがあらわれた。魔法のように。

 

「おおっ! これは便利! ほら、このとおり! 夢ってのは楽しいと思えば、楽しくなるんだよぉ」

「なるかッ! ……この犬が今朝、宿の外で死んでいるのをみただろう!

 あの犬は僕と同じ夢をみていて、夢の中で殺されたんだ! そして実際、現実でも……。

 この手の傷も、そのときにつけられたんだ! 」

「あー?誰にだよ?」

 

「敵のスタンド……『死神(デス)』の暗示をもつスタンド使い……。

 ここはきっとそいつの創り出した夢の世界なんだ! 」

 

「はぁ?おまえスタンド使いに襲われる夢なんてみてたのか? もっとリラックスしろよ」

「ちがうッ! 『スタンドの夢』じゃあなくて、『夢のスタンド』なんだ!! 」

 

 ポルナレフは変わらず呑気に、ソフトクリームなんか舐めながらこう言った。

 

「そうだよー。だから、これは夢なんだろ」

 

「……わからんやつだな!! 」

 

 我慢しきれず壁を殴る。

 

(くそっ! どうやったらこいつに理解してもらえるんだ……僕の説明がわるいのか?! )

 

 

 すると、どこからともなく、声がした……

 

 

「……ラリホー! ……ほんっっと、頭の悪い野郎ダゼ……」

 

 

「!? なんだと?! 」

「! 違う、僕じゃあない! 」

 

「……理解の遅い脳みそだ、こう言ったンだよぉ! ポルナレフ~!! 」

 

「い、犬の死体がしゃべ……!? 」

 

 不気味な声の発信源はなんと犬の死体だった。

 頭の切り口がグチャグチャと嫌な音を立て始め、何かが出てくる!

 

「か、拡声器?!」

 

「花京院のいうとおり! おまえたちは、コノ『死神13(デスサーティーン)』の創り出した、『悪夢世界(ナイトメアワールド)』にいるんダヨ~! 」

 

 犬の頭……だったものから、さらに何かが出てくる!

 

「なんだ! なにが出てくるんだ?! 」

「ポルナレフ! 闘いの姿勢をとれッ! そいつがデスサーティーンだ!! 出てくるぞッ!! 」

 

 瞬間、ポルナレフの持つソフトクリームが、ミミズの大群に変わった。

 

「ぎゃー!! ペッペッ!! 」

 

「ラーリホぉー!! 」

 

 それと同時に……僕を今朝襲った、大鎌を携えたあのピエロが、姿を現した。

 

「うわあー! 」

 やつはポルナレフの首を掴み、釣り上げる!

 

「ポルナレフ!チャリオッツで闘うんだ! ハイエロファント! 出てこい! 」

「う、ぐ! チャリオーッツ……! 」

 

 しかし、呼び声むなしく、僕らの相棒は、姿を現してはくれなかった。

 

「チャリオッツが……出ねぇ……」

「ハイエロファントが出てこない! 出せない……!? ここが夢の世界だからか?! 」

 

「ラリホー! ……夢の中で死ねるなんて……ロマンチックだと思わナイかい? 」

 

 ポルナレフの口に大鎌をあてがい、デスサーティーンは言った。

 鎌が一気に引かれようとする!

 

「ぐっ……」

 

「ポルナレフーッ!! ……?! 」

 

 その刹那……ポルナレフの姿が、煙のように、消えた。

 

「チッ……誰かポルナレフのやつを起こしやがったな……運のいいヤツだ。

 ……まぁいい。起きたところで記憶は消えているんだカラな。また眠ったところを殺ればイイのさ……」

 

「さて……」

 

 こちらへと振り向き、死神が不気味に笑う……。

 

 

「……おまえからダ……花京院!! 」

 

 

 

*         *          *

 

 

 

 飛び立ってしばらく経ってから、私は赤ちゃんから異変を感じた。

 

「……なんか、臭いますね。」

 

「ああ、赤ちゃんじゃな。ポルナレフ! おい、ポルナレフ!! 起きろ! 」

「ん? ……あー? 」

 

 そして、ジョースターさんはまだ寝ぼけまなこのポルナレフさんにむけ、こう言った。

 

「おまえにやることができた。赤ん坊のオシメを替えてやってくれ」

「え! ジョースターさん! わざわざ起こさなくても……。私、やりますよ」

 

 おもわず申し出ると、言いにくそうにこんなことを言われてしまう。

 

「いやー、その子は坊っちゃんじゃろぉ? レディに頼むのもなーって。

 おまえさん、その、見たことないじゃろ? ……あれ」

「なっ! な、ないですけど……。こんな小さい子ですよ! だ、大丈夫ですよっ! もうっ! 」

「やっぱねぇのか……」

「うッ! ちょっとそこの隣の孫!! うるさいっ!! 」

 

「あーもう、わかったよ。オレがやりゃいいんだろぉ」

「お、お願いします……」

 

ポルナレフさんに赤ちゃんを渡す。

 

「うひゃー、すっげぇしてる……ったくよー。

 ……ほい、ほら、これでいいだろ? 」

「ポルナレフさん、布の巻き方めちゃくちゃじゃあないですか……」

「だってよくわかんないんだもん。別にいいだろ。巻けてりゃ」

 

 そんな私たちのやり取りを見かねたのか、にゅっと前方から伸びてくる、手。

 

「…貸せ。」

「え? ……はい」

 

 すると、承太郎君は鮮やかな手つきであっという間にオシメを巻きなおした。

 

「すごい……」

「おまえ、なんでそんなに上手いの……? 」

 

(……あ! )

 

 なんとかさっきの仕返しをしてやれないものか……ということで、ひとつ思い立った私は軽い気持ちでこう言ってみた。

 

「承太郎君……もしかして、どこかに隠し子とかいるんじゃないの~? 」

 

「ぎくぅ!! 」

 

 しかし思いがけない所から思いもよらない反応が返ってくる。

 

「え? なんでジョースターさんがビクッとするんですか? 」

「ななななな、なんでもないわい! 承太郎! おまえ高校生のくせに……! 」

「……んなわけあるか。ポルナレフがほどくのをみていたからな。元に戻した。それだけだ……。

 なんでそれぐらいできねぇんだよ……」

「できねぇよ、ふつう……」

 

「あと、ヤスに言っておく。おれはガキができるようなヘマはしねぇ……。

 てめーこそ、うっかりだれかさんのガキ、孕まねーように気をつけな! 」

 

「!? くぁwせdrftgyふじこlp!? 」

 

(は、はら……ッ!? )

 

「ななななな!! あるわけないでしょぉー!

 ってか、だ、だ、だれかさんって誰よぉー! 」

 

「なんてやつじゃ……」

「フン! にやり……」

 

(しまった、完全に喧嘩を売る相手を間違えた……)

 

 がっくりと項垂れる。なんと浅はかだったのだろうか。例えるなら絶対無敵のイージス艦に近所の公園の池に浮かんでいるアヒルさんボートで立ち向かうようなものだ。速攻撃沈することなんてわかりきっていたであろうに。

 

(それにしても……)

 

 だれかさん……自分の頭にうっかり浮かんでしまった相手を、なんだか申し訳ない気持ちでこっそりみる。さきほどの会話を絶対に聞かれたくはなかったので、その点は良いのだが……。

 

(……こんなにうるさい中、まだ寝てる。なんか変じゃない? ……って、えっ!? )

 

「うわあああー!! やめろッ! やめてくれッ!! 」

 

 突然、花京院くんが暴れ始めた。……眠ったまま。

 

 まるでなにものかと、争っているかのように。

 

「か、花京院くん!? 」

「どうした、花京院! 」

「な、なんだ?! 」

 

「うわぁー、やめろぉーッ! 」

 

「お、おちつけ! か、花京院ッ! 」

 

 ポルナレフさんが必死におさえようとする。……が、如何せん狭い機内である。暴れる花京院くんの足が、とうとうジョースターさんにクリーンヒットした。

 

「いてっ!! あっ! し、しまった! 操縦桿が! 」

 

 制御を失った機体はあっという間にきりもみ回転を始め、みるみるうちに高度をおとしだす。

 

「お、おい……ひょっとして、墜落するのか? ……このセスナ」

「花京院! いったいどうしたんだ! またうなされてるぜッ! 今朝もこうだったんだ! 」

「ポルナレフ、早く花京院をおとなしくさせろッ! 」

「ジジイ! それより早く操縦桿を何とかしろ! 」

 

 

 

*         *          *

 

 

 

 追い詰められ、必死に抵抗する僕だったが、『スタンドは、スタンドでしか倒せない』。通用するはずもなかった。

 

 デスサーティーンはそんな僕の体を掴み、壁に押し付けていく!

 

「か、身体がめり込んで……!? 」

「おい、花京院、おとなしくしろッ! テメーが暴れるせいで墜落しそーだ。

 墜落したらボクの本体もいっしょに死んじまうじゃあねーか。ねぞーの悪いヤツだ」

「なッ! き、きさまの本体は、あの赤ん坊だったのか!?

 し、信じられん! 生後半年くらいなのに……」

「11か月だ! イレブンマンス!! 天才なんだよ、天才!!

 オシメの中にうんこはするが、おまえらよりずっと物は知ってるゼ。ラリホー!! 」

 

 そう言うと、やつは空虚な眼窩から無数の眼球を零し、押さえつけている僕の口を、塞いだ。

 

「うぐぐっ、おうええ……! 」

「これで、叫び声を出せなくなったナ! 」

 

(夢の中のスタンド……! 目が覚めても記憶は消えているし、ここではハイエロファントは出せない……。しかし、なんとかしてこのことをみんなに知らせなければ……)

 

「!? 」

 

 僕は、護身用の……持っていたナイフを取り出し、自分の腕に刃を立てた。

 夢だなんてとても信じられない……リアルな痛みが僕を襲う。

 

「ぐうう! 」

 

 

 

*         *          *

 

 

 

「なにをやってるんだ、ジョースターさん! 」

「早く立て直せ! 」

「おちつけ! さわぐな! わしはパニックを知らん男! 今やっとるだろーがッ!! 」

「ううううう……」

 

 

 

*         *          *

 

 

 

「ううう、目が覚めないッ! 」

 

「ラリホー! そんな小さいナイフで切っても誰も気づくどころじゃないようだナ……」

 

「それに、夢の中ではいくら自分で自分を痛めつけても決シテ目は覚めない!

 外で誰かがお前を起こしてくれんかぎり、この世界から逃れるコトはできん!

 眠っているかぎり、おまえの精神エネルギーはこのデスサーティーンの支配下なのだ」

 

 

「つまりデスサーティーンは眠りという無防備の精神の中に入り込むスタンドなのさ! 」

 

 

 

*         *          *

 

 

 

「お、おちる! 」

「もうダメだー! 」

 

「おおおおおおー、『隠者の紫』で操作するッ!!」

 

 ジョースターさんが操縦桿に向けて自らのスタンドを発現させた。

 

 すると機体は急に安定し、地面すれすれをかすめながらももう一度舞い上がり始めた。

 

「あ、あぶねー」

「やったーっ! 間一髪、立て直しましたッ! 」

 

 

 

*         *          *

 

 

 

「フゥ、あぶねーやつらだ。どうやら墜落はまぬがれて、助かったようだな」

 

 死神はおどけた調子で汗をぬぐう真似をする。

 

 そして、僕の左胸を指さし、うって変わって低い声色でこういった。

 

「……さて、きさまはコノ心臓をつぶして殺すとするか……

 ジョースターたちに怪しまれず、心臓マヒだと思われるようにな……」

 

「……死ねッ、花京院! 」

 

「くッ!! 」

 

 ここまでか…そう思った瞬間、意識が、切り替わった。

 

 

 

*         *          *

 

 

 

「みんな見たかーッ! どんなもんですかいィィ! わしの操作はよぉー!! 」

 

「ふぅ、よかった。……って、ちっともよくないっ! 」

 

(こんな騒ぎになっても起きないなんて、ぜったいおかしいよ! な、なにかあったんだ、きっと!! )

 

「花京院くん! 花京院くんっ! 起きてッ!! お願いっ!! 」

 

 この状況で起きないのに、自分がゆすったくらいで起きるのだろうかとも思うが、やらないよりましだ。半泣きになりながらも祈るような気持ちで後ろから彼の身体を揺さぶる。

 

「ハッ!」

「お、起きた……! 」

「ひ、仁美さん……? 」

「よかった……! だいじょう……」

 

 ほっとしたのも束の間。承太郎君が叫ぶ。

 

「おい、ジジイっ! まえ見ろ、まえッ!! 」

「あっ! 」

 

 ゴシャッ……!!

 

「な、なんで、こんなところにヤシの木があるの…? 」

 

 セスナは砂漠にポツンと、しかし立派に生えていたヤシの木とみごとに正面衝突した。

 

「やれやれ……やはりこうなるのか……」

 

 そして機体は、みるみるうちにまたもや急降下し始めた。

 

 前方不注意。ジョースターさん、……そして、私も。

 

(しまったー! 全っ然、前みてなかったっ! )

 

「せ、セシリアーッ!! 」

 

 

 こうして、私たちは人生二度目(……ジョースターさんは四度目……)の墜落を経験する羽目になったのだった。

 

 

 

*         *          *

 

 

 

「どうにか死なずにはすんだが……

 こうなったのはおまえのせいだぜ、花京院! どうなってるんだ! 」

 

 砂漠のど真ん中に僕たちは墜落した。

 

 仁美さんのセシリアの力で、全員無傷ではあるが、セスナは衝突の影響で前方が大破。

 とても再び飛び立てる状態ではなかった。

 

「す、すまない……。わからない、わからないんだ……」

 

(恐ろしい夢をみたような気もするし……目が覚めたとき死ぬほど疲れているし……。

 ……僕は、おかしくなったのだろうか……? )

 

「元気を出せ! きっと疲れすぎているんじゃ。日本を出てすでに約一か月がすぎておる。

 敵はその間連続で襲ってきているのだからな……」

 

 ジョースターさんはそういってくれた。しかし異常事態なのは明らかだった。

 

「花京院くん……」

「……」

 

 今は、彼女と顔を合わせるのが、つらかった。

 

 ……これ以上、軽蔑されたく、なかった。

 

「すみません。少し、ひとりにしてください……」

「……」

 

 

 

*         *          *

 

 

 

(気にしてるなぁ。……そりゃあそうだよね。なにか気の利いたことが、言えたらいいのに……)

 

(でも、なにを言っても、逆効果な気がして……

 今は、そっとしておくしかないのかな?あーもう、私、なんでこんな役立たずなんだろう……)

 

 泣きそうになるのをぐっとこらえる。今一番つらいのは、自分なんかではないのだ。

 

 彼のことは心配だが、せめてなにか他に自分にできることをしようと思いたち、赤ちゃんの様子をみてみる。

 

「……赤ちゃん、熱は下がったみたい」

「おお。無事でよかったわいッ! この無関係の赤ちゃんに何かあったら、わしはつぐなってもつぐないきれんことになったんじゃからな……」

 

 そういうとジョースターさんは慣れた手つきで赤ちゃんをあやし始めた。

 

「よちよーち、いいこでちゅね~!

 ……ふっ、ホリィの小さい頃を思い出すのぉ……」

 

 そのとき、壊れたセスナを調べていた承太郎君があいかわらず冷静にこう言った。

 

「じじい、無線機は壊れてないぜ。どうする? SOSを打つか?

 DIOのやつらにもここが知られることになるが……」

「やむをえん、この赤ちゃんのためだ。救助隊をよぼう」

 

 

 

*         *          *

 

 

 

(ああ……)

 

 どうしていいかもわからないまま、皆と少し離れ、適当な大きさの石に座って僕は途方に暮れていた。

 

「はぁ……。……ッ! 」

 

 すると、ふいに、腕に痛みを感じた。

 

(……腕に切り傷があるぞ。墜落のときに切ったのか……? はっ! )

 

「……なんだ……? キズが、文字になっている……?! 」

 

 まだ生々しい腕の切り傷は、二つの英単語をつづっていた。

 

(いったい、いつ……? どこで……? 『BABY』『STAND』と読めるぞッ!! )

 

「ど、どういうことだ? 僕の筆跡だ……! おぼえていないッ! 自分でキズをつけたのか!? 」

 

 ポケットからナイフを取り出し、傷と照らし合わせてみる。

 

「血はついていないが、このナイフで切ったキズのような感じだ……」

 

 

「……僕は、ものすごく大事ななにかを忘れてしまったのか?! 」

 

 

(……BABY……。はっ! )

 

 見ると、赤ん坊がものすごい形相でこちらをにらんでいる!

 

(なんだ、あの赤ん坊の今の目つきは……!

 それに今……僕と目があったとたん、意識的に目をそらしたぞッ! )

 

「『赤ん坊』『スタンド』……! 」

 

(ああ、僕の精神は、ほんとにどうかしてしまったのだろうか……)

 

「……僕は、この赤ちゃんが『スタンド使い』と思い始めているッ! 」

 

 

 

 

 

 赤ん坊に近寄り、掴みかかる。とたん、また赤ん坊は大声で泣き叫び始めた。

 

「びええー! 」

 

「おい、花京院! 何をしている! 」

「ハッ! 」

「おいおい、いきなり乱暴だぞ……首を絞めるように抱くなんて……どうかしている! 」

 

 言いつつ、泣き声を聞きつけたジョースターさんは僕から赤ん坊を取り上げた。

 

「ぐっ……」

 

「けけけ……」

 

 その死角で赤ん坊はほっとした表情をし、にやにやと気味の悪い笑みを浮かべ始める。

 

「さぁ、みんな、もう今夜は早く夕食を食べて寝るぞ。疲れをとろーじゃないか。寝袋で野宿だけど」

「うう……」

 

「おい、承太郎、保乃……。花京院のやつ、かなり精神がまいっているようだぜ……。

 これからの旅をつづけられんのかな……? 」

「……」

「……」

 

 

 

*         *          *

 

 

 

(……おかしい、ぜったいに……)

 

(いや、おかしいのは……そう思ってしまう僕の頭の方なのだろうか? ……はぁ……)

 

 与えられた夕食……非常食のスープを口に含むも全く味がしない。元からそういうものなのか、……それとも、自分はとうとう味覚を感じる器官すらも異常を起こしてしまったのか。

 

 もはや自分で自分が信用できない。

 疑心暗鬼に脳内を占領されつつ、そもそもの元凶の方を見やる。

 

「あ、あれは!? 」

 

 すると、通常なら有り得ないものが、己の目に飛び込んでくる。

 

 おもわず立ち上がり、声を荒げる。

 

「ジョースターさん、ポルナレフッ! 今のを見ましたか?! やはりこの赤ん坊普通じゃないッ! 」

「「え? 」」

「今、サソリを殺したんです! あっという間にピンを使ってサソリを串刺しにしたんですッ! 」

「花京院、ちょっと待て……何を言っとるんじゃ? 」

「この赤ん坊はただの赤ん坊じゃない! 一歳にもなっていないのにサソリのことを知っていて、そして、その小さな手で殺したんです!! 」

「サソリ……? どこに? 」

「そのカゴの中です! この中にピンで刺したサソリの死骸があるはずだッ! 」

 

 僕はカゴの中をひっくり返して探した。

 しかし、確かに存在するはずのそれは見つからなかった。

 

「い、いない……」

 

 二人の僕を見る視線は冷たい。

 

「ほんとうですッ! どこに隠したんだ! 服のどこかかッ! 」

「わかった! 花京院! もういい、やめなさい! 」

「ジョースターさん! 」

「やめるんだ……さっきも言ったが君は、つかれている!

 ゆっくり休んであしたの朝、また落ち着いたら話をしようじゃないか……」

 

(……眠る? ……そんなことを、したら!! )

 

「……ダメです! 眠ったら、みんな殺されてしまう! 」

 

「! 」

 

「今! ぼくは確信したんです!

 どこにサソリの死体をかくしたか知らないが、そいつはスタンド使いなんですッ! 」

 

 全員、ひきつって青ざめた顔をしている。

 

(ダメだ! ……どうしたら、どうしたら信じてもらえるんだ? ……こ、これだ! )

 

「見てください、この腕の傷を! この文字を!

 これは警告なんです! きっと夢の中でついた傷なんだ! 」

 

「!! 」

 

「か、花京院、おまえ……ついに……」

「オーマイゴッド! 」

「……花京院……その腕の傷は、てめーが自分で……切ったのか? 」

「え……? 」

「ゴクリ……」

 

場が、凍り付いたかのように静まり返る。

 

(ハッ! しまった!

 ま、ますます誤解されてしまったのか……!? )

 

「もうダメだ。コイツ……完全にイカれちまってるぜ。

 そんな話、信じられるやつなんて、いねーよ……」

 

(そんな! 信じてくれ……! 信じてくれよ!!

 くそっ……! こうなったら、強行手段だッ!! )

 

 ハイエロファントで赤ん坊を攻撃する……みんなを護るにはもう、それしかない!

 

 ……そう思った瞬間だった。

 

「え? ちょっと待ってください!! 」

 

 ずっと沈黙を保っていたひとが、口を開いた。

 

「待ってください! ここにいます! 」

「……は? 」

 

 そのひとは懸命にその手を空の方向に伸ばしながら、いう。

 

「あの、はい! 私。……『そんな話信じられるやつ』、ここにいますけど」

 

 

*         *          *

 

 

「お、おぬし、今なんと……? 」

「え? はい。私は、花京院くんのいうことを信じています。って、言いましたが……」

「おいおい、まじかよ! 」

「はい、まじですけど……。なんでですか? 」

 

 ポルナレフさんとジョースターさんはそれこそ信じられないものでも見たかのような表情を浮かべ、私を取り囲むと、ひそひそ声でこういった。

 

「ひそ……お、お前、ダメだよ。いくら惚れた男の言うことだからって、なんでも鵜呑みにしたら……。思い込んだら~になっちゃあいかんよ」

「ひそ……そうじゃぞ。ときには間違いを正すことも愛情ってやつじゃぞ……」

 

「!? 」

 

(はぁーッ!? なにそれ!! ち、ちがうっ!

 た、確かに私がすきなのは、事実だけど……ってか、なんでバレて!?

 い、いや、今はそれどころじゃあない! それとこれとは話が別だしっ!

 すきだからっていうわけじゃないし!

 信じないとか……どうして? なんで……?

 意味わからないしッ!! むがーっーー!! )

 

 正直、図星な部分もあった……が、しかし、本当にそれだけではなかった。

 

 そっちこそ何を言っているのか。私たちは仲間ではないのか……。

腹が立ってしかたがなかった。

 

(……だ、ダメ、落ち着いて。ここは感情的になってはいけない。

 それこそ恋に溺れた女の戯れ言と思われてしまうッ! )

 

(……ここは退けない。……退かないッ!!

 自分はともかく、花京院くんの名誉のために!

 ぜったいにッ!! )

 

 頭に上った血液を逆に利用して、フル回転させようと試みる。

 

(考えろ、……考えろ! みんなを説得するために、合理的に、考えるんだ! )

 

 

「……」

 

可能な限り冷静に。深呼吸をしてから、私は再度、皆にこう問いかけた。

 

「……すみません、みなさん。もうすこし、聞いていただいてもいいでしょうか? 」

「あー? なんだよ? もういいよ」

「ふたりとも疲れているんだよ。早くゆっくり休みなさい」

「……まぁ、いいじゃねえか。聞いてやれば。なんだ? 」

 

承太郎君に感謝しつつ、続ける。

 

「これまで、私たち……長い時間と、距離を旅してきましたよね。

 その間、たくさんのスタンド、たくさんのスタンド使いと、出会いました。

 飛行機の乗客に本体がまぎれこんでいたタワーオブグレー。

 チャーター船の船長に成り代わっていたダークブルームーン……」

「そうじゃな……」

「その次はエボニーデビル……あの人形にはひどい目にあわされたぜ! 」

「ひとり、ぬけてるぜ……ひとり、と、言っていいのかわからんが……」

「そう! そのとおり!! ストレングス……!

 船全体がスタンドというのにも驚きましたが……なにより! 」

「はっ! 」

「猿でしたよ! 本体! 猿ッ!! だとしたら……! 」

 

「赤ちゃんがスタンド使いでも、なにも不思議ではないはず……人間、ですからね。

 生来のスタンド使い、この場にすら二人もいるんですよ」

 

「小さいからっていうのは、敵でない理由にはなりえません。本人にその気はなくても、スタンドの力が暴走しているのかもしれないですし、あるいはDIOに力を見出されて上手く利用されているのかもしれない。私はDIOのことを直接知らないですけど、みなさんのお話を聞くと、それくらい簡単にできそうなイメージですが。肉の芽とかありますし。逆に、無垢な赤ちゃんを支配下に置くのなんて、文字通り、赤子の手を捻るようなものなのでは? もしくは超天才児…ってこともあるかもしれない……いずれにせよ、どの可能性も否定できないと思います」

 

「それは、……たしかに」

 

「加えてッ! スタンドについても!

 花京院くんに化けていたイエローテンパランス。

 光のスタンドで鏡の世界にいるかのように思えたハングドマン。

 霧で町をまるごとつくりだしてしまうジャスティス。

 脳の中にまで入り込める、ラヴァーズ……もうなんでもありじゃないですか。

 夢……睡眠時の人の意識に関与するスタンド能力があっても、まったくおかしくはないですッ!! 」

 

カラカラな喉を叱咤しつつ、私はさらに続けた。

 

「この赤ちゃんに対して危害を加えるかはともかく……敵である可能性を考えて、注意、警戒をしておく意義は十分あると思うんです。花京院くんのいうとおり。気をつけ過ぎてもなんの損にもならないですし。逆に、本当なのに、このまま無対策、無警戒だった場合……私たちきっと、全滅ですよ」

「うッ……! 」

 

「……そもそも今まで私たち、この旅で幾度となく花京院くんの洞察力や機転に、助けられているじゃあないですか! 全員、思い当たるふしが、あるはずです」

 

「……」

「そ、それは……」

「そうだが……」

 

「今回も、いち早く危険に気づいてくれたのかもしれない……

 そして、……たったひとりで、何度も、襲われて、闘っているみたい、なのに……、

 ……すごく、苦しそうな、のに……っ! 」

 

「……どうして、助けてあげないんですか!? どうして……信じてあげないんですか!?

 おかしいですよ……私には、その方がよっぽど信じられないッ!! 」

 

「……仁美さん……」

 

「……」

「……」

 

 一気にまくし立てすぎて、上がってしまった息を整える……それ以外の音は消え、シンと静まり返ってしまった場を、このひとの一言が切り裂く。

 

「……わかった」

 

「承太郎!? 」

「半信半疑だったが……気が変わった。確かにこいつの言う通り、警戒しといて損はねぇしな。

 そもそも、おれたちは狙われている……救難信号を出した以上、敵にも居場所がバレているとみていい。そんな中、全員同時に寝るのは襲ってくださいと言っているようなものだぜ……」

「承太郎君……」

 

「三人交代で見張りすりゃいいだけの話だ」

「あ、そっか! なにか異常があったら、すぐみんなを起こせばいいんだよね」

 

「ふたりとも……」

 

「わ、わかったよ! オレも見張ればいいんだろ。正直とても信じられはしてねーが……

 そう、いわれちゃーな……」

「そうじゃなぁ……」

 

「いや、ふたりはまたなにかしらの運転があるかもしれんからな。むしろしっかり寝ろ」

「そうですね。私たちはいざとなれば昼眠れますから。ここは未成年組に任せてください」

 

「そうか……じゃあ、お言葉にあまえて、オレは寝かせてもらうぜ」

「では、わしも寝かせてもらうぞ。年寄りは運転で疲れたわい。若いもんに任せる」

 

 

 そうして場に残った私たち三人は話し合いを続けた。

 

「それじゃあさっさと、順番決めるか。」

 

 すると花京院くんが手をあげる。

 

「……最初は僕が見張るよ。そもそもの言い出しっぺだ。

 それに、昼間寝ていたから適任さ。……皮肉なことにね。」

 

「……わかった。任せる。

 そうだな……三時間経ったら起こせ、花京院。その次おれがヤスを起こす。いいな」

「ああ」

「うん」

「よし、じゃあおれは寝る。」

 

 首尾よくまとまったところで、承太郎君も寝袋へ向かった。

 

 とりあえず丸く収まったことにほっとしたのか、私も少し眠くなってきた。早朝の任務を達成するためにも今のうちにしっかり睡眠をとっておくべきだ。

 

「私も寝よっと。じゃあお願いね、花京院くん! 」

「はい」

 

 そう伝え、寝床を作ろうと立ち上がる私。

 

「あ、……仁美さん、あの……」

 

 そこへ、もう一度声をかけられる。

 

「ん? 」

 

「ありがとう、ございました……」

 

「え? なにが? 」

「……なにがって……」

 

 彼は驚いたような、不思議そうなかおをしたあとこういった。

 

「その、さっき、……僕のことを、信じて、くれて……」

 

「! え、と、いや、その……わ、私もそうした方がいいと思ったから……それだけ、それだけだから! 」

 

 半端なく優れた洞察力を持つこのひとに、自分の感情……秘めた心のうちが看破されるんじゃないか……ひやひやしながらもそう答える。

 

 すると、彼はうつむいて何かつぶやいた。

 

「……そうだとしても、うれしかった。本当に、うれしかったんだ……」

 

「……? ごめん、聞こえなかった」

 

「いえ、……いいんです」

 

 かおをあげると、彼はそういって、ふわりと微笑んだ。

 そのやさしい表情に思わず胸が高鳴ってしまう。

 

「ッ?!……じ、じゃあ、寝るね」

 

 これ以上話しているとぼろが出てしまうことは確実だ。踵を返そうとする私に彼はいう。

 

「あ、そうだ。ひとつ、試してほしい『おまじない』が、あるんですが……」

 

「……おまじない? 」

「ええ……。『いい夢』をみるための、ね」

 

「……耳貸してください。」

 

 そっと囁く彼。低くて心地好い、よく透る声が耳をくすぐる。

 

 うるさい自分の心臓の音に邪魔をされながらも、なんとかその声に耳をすます。

 

「……」

「……!! ……わかった。やってみるね。おやすみなさい」

「ええ。おやすみなさい」

 

 

「……また、夢で……」

 

 

 

 





〈どうでもよすぎる☆おまけ〉

「ねえ、花京院くん。どうして私のこと、ときどき名字で呼ぶの? 」
「ぐっ!? ……う、え、ええと、そ、それはですね……」

「?」

「そうだ! ……か、滑舌をよくするための鍛錬です」
「……おお! なるほどっ! 納得!! 」

「……」



……だそうです。

ちゃんちゃん♪



もうすぐこのお話も完結です……が、性懲りもなく次回作も本作品にちなんだものにする可能性が高いです。どんなのだったら、また読んでやってもいいぜ? と思って頂けるでしょうか?

  • そのまま4部にクルセイダース達突入
  • 花京院と彼女のその後の日常ラブコメ
  • 花京院の息子と娘が三部にトリップする話
  • 花京院が他作品の世界へ。クロスオーバー。
  • 読んでほしいなら死ぬ気で全部書きやがれ!
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