昼間、案の定というのもなんだが、敵方から差し向けられた刺客……看護師に化けて病院に潜入し襲い掛かってきた女性のスタンド使いをどうにか無事退けた私達。
ほっとしつつも、まだまだ油断など出来るべくもない。気もちを新たに引き締め直したその夜。互いに寝る準備を終えた後、ふいに、彼にこんなことをきかれた。
「そういえば、あなたは家族にこの旅のことを伝えているんですか? 連絡とか、してます?」
「……? うん」
ほんのすこしだけ、いつもとちがう声音で。それに私は僅かなひっかかりを覚えつつも答える。
「出発前に実家に電話したよ。もちろん、そんなに詳しいことは言っていないけど。
しばらく旅行してくる、って。
うちは、母さんが、いろいろわかってるから。
どんな事情か、たぶん、なんとなく察してくれていると思う。
父さんはちょっと心配性だから、母さんに上手く言ってもらってる。
男のひとと旅してるなんて知れたらひっくり返っちゃうかも。ふふ……」
「そ、それは僕的にはあまり笑えませんが……」
なんとなしに窓から外を見上げる。夜空は広く薄雲で覆われていた。どうやら昼間よりも天気が崩れ出しているらしい。それでも、うっすらとかかる雲、無限に続くかのようなまっくらやみのなか、ぼんやりと、でも確かに星々は煌めいていた。
今はずいぶん遠くにいる家族に思いを馳せる。
「元気かな? 言われてみればここしばらく電話してないなぁ」
「してきたらいいじゃないですか。あ、でも今は夜明け前ですね。日本」
「そうなんだよね。時差でいつもタイミング逃しちゃって。また明日かな。……そっちは? 」
実は、密かに気になっていた。
彼がどこかへ電話をしているのを見たことがなかった。この旅の、一ヶ月の間、いちども。
もちろん私が知らないだけだと思っていたのだが。
「僕は……、実は何も言わずにきたので。たぶん今頃大騒ぎです」
「ええっ!? な、なんで!? ご両親、すごく心配されてるんじゃ……」
彼の口から発された衝撃の事実につい、大きな声になってしまう。
「その、無用な心配をかけたくなかったんですよ。
そもそも、うちの親はスタンド……僕のハイエロファントのことも知らないんですから」
「そ、そうなの!? 」
(じゃあ、今まで……このひとは、ずっと……?)
手元にあったタオルの端をおもわずぐっと握りしめる。
「まぁ、僕には普通とは違う。なにか秘密がある、ということには気づいているでしょうけれど。
今までも散々それで心配をかけてきましたから」
一方、彼は淡々と語る。押し殺したその静かな声が部屋の空気を震わせる。
「……心配、って? 」
おそるおそる、訊ねる。
「……小学生のときの、教師と母の会話で……」
――花京院さん。お宅の典明くんは友だちをまったく作ろうとしません。
嫌われているというより、まったく人とうちとけないのです。
担任教師としてとても心配です――
――それが、恥ずかしいことですが……
親である、わたしにも……なにが原因なのか……――
「……それからは、目立って孤立しないよう適当に周りとは付き合ってきました。
しかし『友だち』は、やはりひとりもいなかったので……。
両親は心配していた……いや、今もしていると思います」
「……」
すぐにことばがでなかった。でるわけがない。
……原因。……そんなの、きまっている。
でも、ひとつだけ、ききたかった。
わからないわけでは、たぶんなかった。
きかなければいけない。
なぜだろう。そんな気がした。
「……ハイエロファントのこと、ご両親に、話そうと思ったことはないの? 」
「あるわけないでしょう。みえないんですよ?
みえないものを信じろっていうのが無理な話ですよ。
そんなことをしても、また無駄に、変な心配を増やすだけだ」
「でも、家族なのに……」
「……たとえ血がつながった家族であっても、わかりあえないものはわかりあえない。
仕方がないことなんですよ」
彼はいう。すべて諦めているように。
……いや、ちがう。
彼は、『あきらめたい』のだ。きっと。
仕方がない……まるでじぶんに言い聞かせているようだった。
(ちがう……。ちがう! )
「……そんなこと、ないよ! 花京院くんのご両親は、そんなことない!
ちゃんと話したほうがいいよ。全部じゃなくても、少しでもいいから。
みえなくても、ご両親はハイエロファントのこと、わかってくれる……信じて、くれるよ! 」
おせっかいかもしれない、余計なことかもしれない……彼を、傷つけてしまうかも、しれない……。でも、とまらなかった。いいたかった。つたえたかった。
「……そんなわけ、ない……」
「あるよ! だって、花京院くん、ご両親のこと……
お父さんとお母さんのこと、すごく、すきでしょう?
大切に、おもっているじゃない! 」
「っ!? そんなこと、あなたになんでわかるんですか!? 」
彼が息を呑むのがわかった。口調が変わるのも。
「前に言っていたよね? 」
――将来は……そうですね。父とおなじように……――
――まったく、母はおっちょこちょいなところがあって目が離せないんですよね――
ありありと想いうかべることができた。両親のことを語る、彼の姿。そして、容易に想像もできた。
「……あのときの、花京院くんのかお、やさしかったもん。それくらい、私にだって、わかる!
だったらきっと、いや、ぜったいに……
同じようにご両親も、あなたのことを深くおもっている!
それなのに、信じてくれないわけ、ないよ! 」
「……ッ! 」
彼の動きが止まる。
まるで時が止まったかのように、静寂が夜の部屋を包んだ。
* * *
永遠に感じられる沈黙の時……実際は一瞬だったのだろうが。
それを経て、僕はようやく重い口をひらいた。
「……そうですよ。僕は、彼らのことを、大切に、おもっている……。
でも! だから……だからこそ! 言えない! 言いたくないんだ……。
……ふたりに拒絶されてしまったら……僕は……! 」
(そうだ。……僕は……こわかったんだ。……それが……)
津波の如く押し寄せ、喉をせり上がってくる言葉を……感情を抑えることなどもはや不可能だった。
そんな僕に、なにもかもを見透かすかのように彼女はいう。
「……でも、わかって、もらいたいんでしょう?
……ほんとうのじぶんのこと、知ってほしいんでしょう?
じゃないと、あなたが……! 」
彼女の言葉はどこまでもまっすぐに、僕の心を貫いていく。
そこに僕が創り出した、頑強な、なにか、が剥がれて崩れていく気がした。
もはや継ぎはぎだらけになってしまったそれに、なおも必死に縋りつく。
「……ほんとうの僕なんて、誰も知らない。
……わかるわけが……わかってもらえるはずがない! 」
「そんなことない! ……ないよ! 」
そして、言葉とおなじ、曇りのないまっすぐなまなざしで、僕を今、彼女はみつめているにちがいない。閉ざして、隠しておいたのに、むき出しになってしまった……
こんなに臆病で、卑屈で、醜い……僕を……。
(や、めてくれ……みないでくれ……あなたに、だけは……)
みられたくなかった。こんな、どうしようもない自分の姿なんて。
もう、耐えられなかった。
おもわず、僕はさけんでいた。
「くっ! ……あなたには……ぜったいにわからない!
僕と、あなたは、ちがう!!
あなたには、もともとすべてを受け入れてくれる……
やさしい、家族がいるのだから……」
「僕には……誰も、いない。
僕は……ひとりだ。
今までも、そして、きっと……これからも……」
「……か……」
「……もう、この話はおしまい。寝ましょう。おやすみなさい」
チクタクと時計の秒針が時を刻む音だけが闇夜の部屋に響く。
どのくらいの時間が経ったのだろう?
……僕が背をむけてから。
(……どうしてこんな……。あんなこと、いうつもりなんてなかったのに……)
図星だったからかもしれない。
彼女に言われたことが。
自分でもわかっている。
そうすればいいんだ。……そうしたいんならば。
うらやましかったのかもしれない。
似たような境遇なのに、彼女にはすべてをわかってくれる、あたたかい、家族がいる。
苦しくて、目をそらしたかった。眩しいくらいにまっすぐな彼女から。
そしてなにより………弱い自分から。
……もしかしたら本当は、わかっていたのかもしれない。こうなることなんて。
だって、そもそも、だったらどうして……
僕は彼女に、あんなことを尋ねたんだろう?
僕は彼女に、なんていってほしかったんだろう?
そうだ。そんなの本当は、わかりきっている。
背中を、押してほしかったんだ。
打ち明ける、勇気をもらいたかったんだ。
そして彼女はちゃんと、そうしてくれた。
僕のことを心底おもって、いってくれた。
……なのに……。
僕は、それに、甘えたんだ。
ひどいことをいってしまった。取り返しのつかないくらい、ひどいことを。
また泣かせてしまっただろうか? もう、許してくれないかもしれない……。
(あたりまえだ。あんな……)
ぐるぐると渦巻く螺旋階段を鍋底まで降りていく、そんな気分だった。
真っ黒で深い、それにすべて呑み込まれていく……。
その、寸前だった。
「……花京院くん? もう、寝ちゃった? 」
ガシッとその腕を掴み制止されたような感覚。
僕の耳にふいに、ささやくような、こえがきこえた。
「! 」
(ダメだ! 今は、まだ……。きっとまた、傷付けてしまう)
罪悪感を抱きつつも、寝たふりをすることにする。
「寝てる、か……」
「……」
「……ごめんね。あなたの気持ち、わかってないくせに勝手なことばかりいって……」
そして彼女は独り言のように、寝ている(と彼女は思っている)僕にぽつりぽつりと話しかけ始めた。
「……でも、私はやっぱり、ご両親とちゃんと話した方がいいと、思うんだ。
ぜったい、わかってくれると思うんだよね。
だって、……あなたの、だいすきなひとたちだから」
「……」
(僕だって……。できるなら……)
「……でも、もしも、もしもだよ?
あなたの恐れているような、そんなことに、なったとしても……」
(……? ……はっ! )
瞬間、気づく。
僕の手の上に零れ落ちる、ひと粒のしずくに。
(な、みだ……? )
「……『だれもいない』なんて……、そんなこと、ないよ」
「みんなが、いる……。
ジョースターさん、承太郎君、ポルナレフさん、師匠、イギー先輩……。
あなたには、みんなが、いるじゃない」
(……そ、れは……)
「……もし、みんなの気持ちだって、おまえにわかるのか、って、思うなら……」
「……? 」
「……私が、いるよ」
「私は、私だけは……
……たとえ、世界中の誰があなたのこと拒絶したって……。
……たとえ、あなた自身に、私が拒絶されたって……。
あなたのそばにいたい、あなたと心から、わかりあいたいと、おもってる」
「ずっとずっと、ひとりで、かかえて、過ごしてきたんだね。
……すごいよ。
でも……つらかったよね……。
もう、そんな必要、ないんだよ」
「あなたは、もう、ひとりじゃあないから。」
寝たふりをしていることなんて、いつのまにか頭からすっ飛んで消えていた。
僕は、おもわず、起き上がっていた。
* * *
「わぁっ!? お、起きて!? えぇー?! 」
「はい……」
「ど、どこから、きいて……?! 」
「……最初から」
(ぜんぶーッ!? )
寝ていると思い込んで、好き勝手なことをいった。
偉そうに、わかったかのような……。しかも……
(わ、私、なんてことを……! あぁーー!? )
とらえようによっては愛の告白にきこえる。いや、むしろそれ以上のことかもしれない。
そうとしか思えないような……そんなこともいった。たしかにいった……。いってしまった。
「ち、ちがっ! あっ、あ、あれは、その……」
「……ちがうん、ですか? 」
「!? 」
一瞬、目の前にいる、そう呟くこのひとが、儚く、消えてしまうかのような錯覚に襲われる。
(……いや! )
心臓を死神に掴まれたかとおもった。必死にかぶりをふる。
(だめ……。にげちゃ、だめ!
私がこのひとにもらったもの……私もこのひとにかえしたい!
いいじゃない……どう思われても……)
(私は……たしかに、そう、おもっているのだから! )
振り絞るように、声を出す。お腹の底から。心の底から。……魂の底から。
「っ! ……ちがわ、ない。
ちがわないよ!
……勝手なことばかり、いって、ごめん……。
でも、あれが、私の、そのままのきもち、だから」
言葉とともに、また涙があふれてくる。
「……私なんかじゃ、たりないかもしれない……。それでも……。」
泣きながら、必死に、手をのばす。
「……もう、ひとりだなんて、いわないで……! 」
消えてしまわないように、繋ぎ止めておきたくて……彼をだきしめた。つよく。
「わたしが、いる。……わたしが、いるから……」
この想いが、どうしたら、届くのか。どうしたら伝えられるのか。もうわからなかった。
ただひたすら泣きじゃくっていると、ゆっくりと彼の口が、動いた。
「……やめて、ください……」
「……っ! ……ごめん……」
(……そう、だよね……)
全身のちからが抜ける。
しかし、離れようとした、その刹那、腕を掴まれ、引き寄せられる。
今度は私が、彼にだきしめられていた。
「!? か、花京院くん……? 」
「……塩水って、傷に、悪いんじゃあないだろうか……」
「……え? 」
「……でも、まいったな。
とまらないんだけど……。どうしてくれるんだよ……」
「! 」
見ると、包帯でもおさえきれないほどの涙が彼の頬をつたっていた。
「……まったく……悪化したら、あなたのせいだ」
ゆびで、そっと彼の涙を拭う。
「……えー? 花京院くんがなきむしなのがいけないんだよ」
「……ふっ、あなたにだけは、いわれたくないな」
「ふふ……」
「……。……仁美さん? 」
「……ん? 」
「ごめん、さっき、僕は、あなたに……ひどいことを……」
「ううん。私こそ、余計な、おせっかいなこといって、ごめんね」
「そんなこと、ない。
すぐにすべては、無理かもしれないけれど……帰ったら、話したい。両親と。
僕のこと……。いままでの、こと……」
「うん……! 」
おせっかいついでに、もうひとつ言ってしまおう、そう思いたつ。
「でもそのまえに、とりあえず、無事だって連絡してあげなよ。
ご両親、きっと心配で眠れぬ夜を過ごしてるよ。
それで具合悪くなったりしたらいけないじゃない」
「う……。それはちょっと……。ぬか喜びさせたくは、ないから……」
すると彼には珍しい、歯切れの悪い返答。理由はわかっていた。その上で質問を投げる。
「……。どういうことかな? 」
「……まだ無事に帰れるかなんてわからな……。痛っ! 」
予想通りのその答え。言い終わる前におもいっきりデコピンをかましてやった。
「帰れるに決まってるじゃない! ……怒るよ! 」
「っ! 」
(そうだ……このひとは『帰らない』覚悟で……)
改めて、想う。
(でもそんなこと、させない……)
「あなたは私が護るから。
だから、安心して、無事だって……もうすぐ帰るからって、伝えたらいいの! 」
「……ふっ! ……はぁ、もう、かなわないな、まったく。
わかりました。そうします。」
「今すぐ! はい! 思い立ったら、ほら! 」
「だから、まだ今あっちは夜中でしょーが。明日ね。またあした」
「もう、ぜったいだよ」
「はいはい、ぜったい、ね」
(そう。……ぜったいに、させない……)
(私が……必ず、護ってみせる……)
もうすぐこのお話も完結です……が、性懲りもなく次回作も本作品にちなんだものにする可能性が高いです。どんなのだったら、また読んでやってもいいぜ? と思って頂けるでしょうか?
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読んでほしいなら死ぬ気で全部書きやがれ!