私の生まれた理由   作:hi-nya

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病院編ラスト……のはずが、長くなったので分けま……以下略。またかい。
そして、今回またもや、へっちょい敵が出てきます。ご了承のほどを。
あと、拙作はやはり至極残念な出来のメルヘンやファンタジーのようです……。
え?そんなのよく知ってる?……ですよねー!



となりでねむらせて

 とうとう、この時をむかえた。

 

「じゃあ、外すよ」

 

 僕の眼の包帯を外す時が。

 

「……よし、ゆっくりと、眼を開けて」

「はい……ぐっ……」

 

 瞼を動かそうとするも鉛のように重い。それに抗うように持ち上げる。

 

「うっ! 」

 

(真っ白だ……これは……)

 

 瞬間のフラッシュバン。眩しくて思わず眼を閉じそうになる。

 そこへ、落ち着き払った医師の声が聞こえてくる。

 

「大丈夫だ、だんだん明るさに順応してくるから」

 

 そのとおり、少しずつ視界が安定してくる。

 自分の手、先生、看護師、そして……。

 

「……」

 

 不安そうな面持ちで僕をみつめる彼女の姿。

 

「ど、どう? みえる……? 」

 

「……はい」

 

 噛みしめるように、頷く。

 

「ほ、ほんとに!? じゃあ、これは?! 何本? 」

 

 手を後ろに隠して、そういう彼女。

 

「……指の本数のことを聞いているならば、手を出してくれなきゃあ、数えられませんよ? 」

 

(こういうひっかけめいたことが、意外と好きだよなぁ……このひと)

 

 出逢いのときを思い出し、おもわず笑みがもれる。

 

「み、みえてる! ……みえてるんだ! 」

「だから、だいじょうぶだって……」

「だって、あなたならほんとは見えなくたって、お医者さん簡単に騙せちゃいそうだもん! 」

「なんていいぐさだ……ひとを詐欺師みたいにいわないでくださいよ」

 

 そんな掛け合いをしていると、みるみるうちに潤みだす、碧色の瞳。

 

「よ、よかった……よかったよ……! 」

「もう、また……ひさしぶりなんだから、泣いてないで、わらってくださいよ」

「……! うん……! 」

 

 こうして数日ぶりに、無事、僕の眼はふたたび光を取り戻したのだった。

 

「おほん。邪魔をしてまことにすまんが、もう少し診せてもらってもいいだろうか……」

 

「「わっ! す、すみません! 」」

 

 

「……うん、問題ないようだ。

 傷跡はまだ目立つけど、だんだん薄くなってくるから心配しなくていいよ。

 あとは今日一日、一応様子をみて、大丈夫だったら明日の朝、退院していい」

「はい、ありがとうございます」

「じゃあ、また夕方くらいに確認しにくるから。

 それまで別に外出とかもしていいよ。ふたりで出かけてきたら? 」

 

 診察を終えた医師が言う。にやにやと、とんでもないことを。

 

「あ、でも、見えるようになったからって、彼女と激しすぎる運動はやめてね」

 

「し、しませんよ! そんなこと!! 」

「? 」

 

 一方、彼女はちっともわかっていないようで……。

 どうせ「そっか! 戦闘はまだ避けろってことね! 」……とか思っているにちがいない。

 まぁ、それでいいんだけれども。

 

「はは、ではまたね」

「よかったですね。じゃあ、朝食を持ってきますね」

 

 そうして去っていく医師。入れ違いに、看護師が笑顔でいう。

 

「お願いします」

「あ、そしたら私もごはん買ってくるね」

「はい」

 

 軽やかに部屋を出る彼女。その背中をみつつ、おもう。

 

(……そうか、もう、食べさせては……。

 いや、あたりまえじゃないか。なにを僕は……)

 

 

 

「ただいまー! 買えたよ! 今日こそは! 」

 

 にこにこという彼女。例の『コロッケパン』のことだろう。

 

「ふっ、おかえりなさい。よかったですね」

「うん。はいこれ、花京院くんのぶんね」

「おお! ありがとうございます」

「じゃあ、いただきまーす」

「はい、いただきます。……って、それだけ? 」

「うん」

「もっといろいろ食べなきゃあ駄目でしょう……」

「ええ? デラックスだよ? だいじょうぶだよ」

「あ! ここしばらく、ずっとそんなんだったんじゃないでしょうね!? 」

「う……。い、いや、そんなことないよ! 」

 

 ぜったい嘘だ。このひとは、何故こうも自分のことには適当かつ無頓着なのか。

 

(ひとのことには、あんなに一生懸命なくせに……。……そうだ)

 

 ひとつ思いついた僕は、自分の皿からひとさじすくって彼女の口元に差し出す。

 

「? 」

「はい。けっこう美味いんですよ。ここの食事」

「えっ!? 」

「いままで食べさせてもらっていたお礼です。さ、口あけて」

「うっ! そ、それはっ! 」

「いいから。冷めちゃいますよ」

 

 しばらく真っ赤なかおをして拒んでいた彼女だが、やがて観念したようで、遠慮がちにくちをあける。そこへそっとスプーンを差し入れる。

 

「……」

 

 何とも言えない、甘酸っぱい感覚が全身を駆け巡る。

 

「これ、なんというか……すごく、はずかしい、ですね……」

「……でしょ? 私の三日間のきもち、やっとわかってもらえたかな……? 」

「はい……。すみません」

「あ、違うよ! はずかしかっただけで……。い、いや、なんでもない! 」

「? 」

「でも、ほんと、おいしいね。ありがと! 」

 

 なにかを言いかけつつも、そう笑顔でお礼をいわれる。

 気にはなったが、そんなかおをみると、つい、どうでもよくなってしまう。

 そして自分もいただこうと、口を開けかけて、気づいてしまう。

 

「はっ!」

 

(こ、これはいわゆる間接……

 い、いや、やめよう。意識してはいかん)

 

 そんな僕の葛藤も露知らず、呑気な彼女。

 

「わぁ! さすがデラックス! おいしいー! 」

「……ふっ」

 

 

 

*         *          *

 

 

 

「準備できた? 」

「ええ」

 

 先生のお許しも得たことであるし、明日からの旅に備え、私たちは街に買い出しに行くことにした。久しぶりにいつもの格好、碧がかった学生服に身をつつんだ彼。

 

「じゃあ、いきましょうか」

「うん」

 

 病室をでて、まずはバス停に向かうため、ならんで歩きだす。

 

(やっぱりこの格好がいちばん似合うなぁ。パジャマ姿もよかったけど。

って、私、なんておっさんくさいことを……)

 

 そんなことをこっそりおもっていると、彼が急にこんなことをいいだした。

 

「そういえば、ありがとうございます」

「え? なにが? 」

 

 訊ねると、袖口をこちらに掲げる彼。太陽の光を反射し、金色のそれがきらりと輝く。

 

「ボタン。つけてくれたんでしょ? 」

「あ……! 」

 

 自分でも忘れていたが、そういえばそうだった。

 

「すごいな。裁縫も上手なんですね」

 

 しげしげと様々な角度で眺める彼。たまらずいう。

 

「あ、あんまりみないで! ほんと、つけただけだから!

 ゆがんでるかも。しかもすぐにまたとれちゃったりしたら、ごめんね! 」

「そんなことないですよ。助かりました」

「よかった……」

 

 少しは、役に立てたのだろうか。ほっと胸を撫で下ろす。

 

「料理も……、あなたのつくるものはどれも美味いしなぁ」

「そ、そんな! た、たまたま! たまたまだよ」

 

 いつか、ほめてほしい、とかおもっていたけれど、これははずかしい……が、やっぱり嬉しい。

 

「とくに、あの味噌汁とか。あれを僕は毎朝……はっ! 」

「? 」

「い、いえ。なんでもないです。

 そ、それにしても、ささっとあれだけのものがつくれるってすごいですよね」

「い、いえいえ! ほんとうにお粗末様でした。

 家族以外のひとに食べてもらうの初めてだし、緊張した。

 みんなのおなかを破壊したらどうしようかと……」

「ふっ、だいじょうぶ。誰のおなかも壊れてなどいませんよ」

「いつもとちがってたくさんの量作ったからとくに心配だったんだよね。

 でも……、楽しかったかな」

 

(じぶんのためじゃなく、だれかのためにつくる、っていうのは)

 

 思い浮かべる。仲間たちの顔。そして……

 

「ん? どうしたんですか? なにか顔についてます? 」

「ふふっ! ……ううん、なんでも」

 

 きっと、それが、たいせつなひとたちだったから、なおさら。

 

 

 

 

 

 バスにゆられること、約15分。たくさんの店が立ち並ぶ、商店街のようなところにたどり着いた。

 

「さて、なにから見ようか? 」

「まず、ひとつほしいものがあるんですが、いいですか? 」

「もちろん。なに? 」

「サングラスです。傷跡、結構まだ目立っちゃってるでしょう? 人前ではかけておこうかと」

「そう? 私は気にならないけど……」

 

(これはこれでワイルドでいい……とか、重症……私……)

 

「そ、そうですか? い、いや、あなたとふたりでいるときはいいんですけど。一応ね」

「そっか。了解。じゃ、いこう」

 

 

 

*         *          *

 

 

 

 その後、薬屋、衣料品店、雑貨屋、本屋などを巡っていき、必要なものを順番に買いそろえていった。

 

「こんなものですかね」

「買い忘れ、ないかな? えーと……」

 

 メモを取り出し、確認していく彼女。

 それを目の端に置きつつ、考える。

 

 僕は、今、悩んでいた。

 

(どうしたものか……。つい、買ってしまったが……)

 

 ポケットに入っているものの存在を確認する。

 

(こういうことをするのなんて、初めてだしな……。

 恋人でもない男がこんな……困らせてしまうだろうか)

 

 

 

*         *          *

 

 

 

「うん、だいじょうぶそう。……あれ? どうかした? 」

 

 なにかを考え込んでいる様子の彼。

 

「いえ。じゃあ、そろそろお昼にしますか」

「うん」

 

 ちなみに、今日の病院のお昼の分は、夜に出してもらって、私が片方食べる。そういうふうに彼がしてくれたのだ。

 

(過保護なんだからなぁ。もう……。あ、そうだ)

 

 お昼御飯を注文して待っている間に、先程つい買ってしまったものを渡しておこうと思い立つ。

 

「あの、これ」

「? 」

「おまもりなんだって。よかったら……はい」

「え!? ……ぼ、僕に? 」

「うん」

 

 あたりまえだろう。他にだれがいるというのか。

 

「……」

 

 すると、彼はまたも、なにかを考え込むように黙りこんでしまった。

 

(はっ! しまった! め、迷惑だった!? )

 

 

――(……これ……)

 

 別行動中、とある露店で、ひとつの首飾りが目にとまった。

 黒い革紐に通されたひとつの天然石。

 シンプルなデザインのそれが、なぜかすごく気になった。

 

「そこのお嬢さん。この石が気にいったのかい? 」

 

 ついじっと見つめていると、店主さんらしき綺麗でかっこいいお姉さんが声をかけてくれた。

 買い物、ぼーっといろんなものをながめて歩くのは好きだ。が、店員さんに話しかけられると走って逃げ出したくなってしまう。気になるくせに、いえ、やっぱりいいです……と、つい本当に逃げてしまうこともざらだ。そうして、あとで、もっとみておけば……とか、よかれと思って声をかけてくれたであろうに……とか、自己嫌悪に陥る、と。

 いつもはそうなのだが、今日は少し違った。

 

「あ、はい。なんというか……とても心を魅かれてしまいました」

「だろう? それは御護り、さ。

 自分で身に着けてもいいが、たいせつな人間にあげるともっといい。

 そばにいないときでも、あんたのぶんまで、いつでもそいつを護ってくれるはずさ……」

 

「……買います」

 

「……だろうね。しかたがない。特別に安くしといてあげるよ。

 この石も、あんたのとこに行きたがっているようだから」――

 

 

 

 なんだか不思議な雰囲気を纏った女性だった。そう言われ、即、買ってしまったわけだけれども……。

 

(そ、そうだよね。

 よく考えたら、友だちからもらうには、お、重すぎるよね……。

 あ、あああ……しまった!! )

 

「あ! あの! い、いやだったら、無理しなくていいから! ご、ごめん! 」

 

 あわててひっこめようとする。

 と、あちらからもあわてた様子で答えが返ってくる。

 

「い、いえ、ちがう! そうではなくてですね……」

 

 そう言って、覚悟を決めたかのように、ポケットから何かを取り出す彼。

 

「……では、僕も、これ。……どうぞ」

「え? なにこれ? 」

「……あけてみて、ください」

「うん。……あ!? こ、これ……! 」

 

 差し出された包みを開けると、そこには一対のイヤリングが入っていた。

 結晶のような綺麗な石で表された、薄桃色の小さな花がモチーフの……。

 

(こ、これは! )

 

 先ほど立ち寄った雑貨屋さんでみかけたものだった。

 

「さっき、可愛いって、みていたでしょう?

 だから……、その、よかったら……」

「い、いいの? 」

「ええ。かなり遅くなったけれど、クリスマスプレゼント、ということにでもしてください」

「う、うん……」

 

(どうしよう……うれしい……)

 

「……つけてみても、いい? 」

「もちろん。……つけてほしくて、あげたんだから」

 

 どきどきする。なんでこうもこのひとは……。

 

「えっと、これでいいのかな? 」

 

 たどたどしくも、なんとかつけてみる。自分の不器用さが恨めしい。

 

「……どう、かな? 」

 

「……いいね。すごく、かわいい。……似合うよ」

 

「あ、ありが……とう……」

 

(いけない……はずか死ぬ、いや、うれ死ぬ……かもしれない。私)

 

 それって、ある意味一番幸せな死因かもしれないけれど。

 

 

「僕も、これ、つけていいですか」

「うん、もちろん」

 

 そうして、私の渡したおまもりをかけてくれる。

 石をつまんで、ながめる彼。

 

「いい色だ。深めの赤。僕の好きなアレに似ている」

「でしょう? じつは私もそうおもって。

 あ、でも、だからって、レロレロしちゃあ、ダメだよ? ……なーんて」

「……っ! さ、さすがにしませんよ……! 」

「ふふ、じょーだんだよ」

「ま、まったく……

 ああ、でもたしかにすごくよさそうだ。舌触りも。

 すごく手によくなじむ」

 

 そういって掌にそっと包み込む。

 

「それ、お護りの効果のあるパワーストーンなんだって。

 古代エジプト、ローマ時代から持つ者を護ってくれると信じられてきたもので、昔からエジプトで破邪の護符として用いられているらしいよ。

 あの『十字軍(クルセイダース)』も、これを身に付けて戦いに臨んだとか。

 情熱と、揺るぎない信念のもと、努力が実る、成功と勝利をもたらす……

 そんな意味もあるんだって」

 

 あのあとお姉さんに教えてもらった逸話であった。

 

「へぇ! そうなんですね」

「御利益があるといいんだけど……」

「ありますよ。きっと。……ありがとう。たいせつにします」

 

 いいつつ、石をそっと胸元にしまってくれる。

 なんだか、くすぐったい。

 

「……うん。私こそ、これ、……ありがとう。

 すごく、うれしい……。ずっと、たいせつにするね」

「……はい」

 

 

 

 食事が終わり、お腹も、そして、こころも……なんというか満ち足りたところで、店から出る。帰りのバスまでまだ時間があったので、もう少しぶらりとすることにした。

 

 たわいもない……のに、なぜかたのしい……話をしながら、歩いていると、公園らしき場所にたどり着いた。

 平日の昼下がりらしく、人気は少なく静かだった。

 そんな中、端にある大きな木の根元で、たくさんの絵画を売っている露店をみつけた。

 

「あ、絵がたくさんあるよ! 」

 

 風景画、人物画、動物画、抽象的なものまで、その種類は実にさまざまだった。

 

「本当ですね。ふーん、構図がどれも変わっているなぁ」

 

 と、彼。さすが美術部。着眼点が私とは違うのかもしれないなぁなどと思う。

 

(……すごい。どれも上手だなぁ)

 

どの絵も綺麗で、細かく描き込まれていて、じっと見ているとおもわず……

 

(……吸い込まれて、しまい、そう……)

 

 

 

*         *          *

 

 

 

「ひ、仁美さん!? どうしたんですか!? ちょっと!! 」

 

 絵をみていたと思ったら急に崩れ落ちるように倒れた彼女。

 

(息は……あるが、意識が……ない? 眠っている……? )

 

「ふ、ふはははは……かかったな……」

 

 露店商の男が不気味な笑い声をあげる。

 

「!? き、貴様!? まさか! 」

 

「そのとおり! わたしのスタンドの暗示は芸術を司る、『プタハ神』のカード!

 DIO様のために、貴様らの命、頂戴する! 」

 

(やはり敵か! しまった、迂闊だった……! )

 

「……貴様! 彼女に何をした! 」

「くくく、その絵をよく見るがいい」

「!? こ、これはッ……!?」

 

 彼女が見ていた絵をみる。するとそこには驚くべきものが描かれていた。

 

「……仁美さん!? 」

 

 緻密に描き込まれた風景画……その中にいるのは確かに彼女だった。

 

「絵に心を奪われたのだよ。その女は。

 わたしの『プタハ神』は、その絵に感動、感心したものの心を捕らえ、閉じ込める。

 『守護者(ガーディアン)』……厄介な存在と聞いていたが……この女が素直な性格で、助かったよ」

 

「くっ……! 」

 

「予定では、花京院、おまえも絵にしてやるはずだったのだが……」

「……僕はこの程度の絵など、見慣れているからね」

「ふん、まぁいい」

 

 敵が指を鳴らす。すると、絵の中の虎が、なんと実在化した。

 

「グルルルル……」

「くくく、とらえる、だけではない! 描いた『実在する生物』を取り出すこともできるんだよ!

 そいつは今腹がペコペコでね。さぁ! エサの時間だ!! くくく……」

 

「……。貴様を倒せば、彼女は元に戻るのか? 」

「無論。倒せれば、の話だがな! 死ねッ!! 」

 

 虎が鋭い牙をむけてこちらへ襲い掛かってくる。

 

「……それだけ聞ければ、十分だ」

 

 敵上方の木に張り巡らしていたハイエロファントの触手から、無数のエメラルドスプラッシュを発射。雨のように敵に浴びせかける。

 

「な、なにィ! ……ぐふぁあ!! 」

 

 敵が気を失うと同時に虎も消えた。

 

「……すでに、いつでも貴様を攻撃できるようになっていたのだ。

 『プタハ神』……厄介な能力だが……きさまが迂闊な性格で、助かったよ」

 

 

 

「はっ! 」

 

 ほどなくして、彼女が意識を取り戻した。

 

「……あ、あれ? 私……? 」

「だいじょうぶですか?! 」

「う、うん。なんだったんだろう……。なんか気がついたら変なところにいて」

 

 目を瞬かせる彼女の様子を確認しつつ、状況を説明する。

 

「よかった……。あなたは、敵の能力で絵の中にいたんですよ」

「絵!? あ、あれ、絵の中だったんだ……。

 向こうから、こっちが窓みたいに見えるんだけど、動けなくて……。気持ち悪かった……」

「もう、心配いりませんからね」

「あれ? ほんとだ。もうやっつけちゃってる。すごい! 」

 

「……」

 

(たしかにこんなに素直なのも、問題だよなぁ。……でも)

 

 自分には厳しく謙虚なのに、他者に対しては、よいところを素直にみとめ、尊重する……

 

 そんな彼女を僕は尊敬している。

 

「ごめんね……」

 

 返事の代わりに、微笑んで頭を撫でる。

 頬を染め、はにかみながら彼女はいう。

 

「……たすけてくれて、ありがとう」

 

 これから先も、このひとのそういうところにつけこむ輩が現れるかもしれない。

 

 でもそんなときには、こうして僕が護ってみせよう。

 

 だから、どうか願わくば……

 

「ああっ!! 」

「うわっ! な、なんですか……」

 

 我ながら、こっぱずかしいことを考えているときに急に声をあげられ、焦る。

 

「……はげしい運動、戦闘とか、ダメだって! 先生にいわれていたのに……!

 どうしよ! だ、だいじょうぶ? 」

 

(やっぱりか……)

 

 前言撤回。すこしくらいは、かわってくれないと、そのうちまずいことになるかもしれない。

 

(まったく、こまったひとなんだから……)

 

 

 

*         *          *

 

 

 

 夕暮れ時。干していた洗濯物を回収し、部屋にもどる。

 

「ただいま、花京院くん……。あ……」

 

(寝てる……)

 

 どうやら彼は本を読みながら、眠ってしまったようだ。

 

(久々に歩きまわったし、闘いもしたし、疲れたよね)

 

 街から帰って、先程先生の診察を受けた。敵スタンド使いとの戦闘になってしまったので心配していたが、どうやら傷の様子は問題ないとのことでほっと胸をなでおろした。

 

(よっと)

 

 起こさないようにそっとタオルケットをかける。

 

(それに、昨日やっぱり眠れなかったのかも。『むかしばなし』、失敗だったかなぁ……)

 

 そういえば、自分もあの話をきいた後はむしろ眼が冴えておばあちゃんを困らせていたことを思い出す。

 

(でも、他にきもちを紛らわせる方法が、思いつかなかったんだよね……はぁ)

 

「ごめんね」

 

(せめていまはゆっくり……)

 

 そう、明日からは、また、激しい戦いに身を投じることになるのだから。

 

(それにしても……)

 

 あらためて、こうやって無防備なところをみせてもらえると嬉しくなる。

 

(……かわいいなぁ。ふふ)

 

 だいすきなひとの寝顔をこうして堂々と眺めていられるなんて。

 

(うー、なんて役得なんだろ。ジョースターさん、ありがとうございます……! )

 

 そのとき、一陣の風が吹き、開け放された窓から一枚の葉が舞い込むと、彼の髪の上にひらりと落ちる。

 

(あ、葉っぱが……)

 

 とってあげようと、手を伸ばす。

 

「……」

 

(……さっき、かわいい、とかおもったけど。……そう、なんだけど……)

 

 まだ傷跡が痛々しいが、端正なかおは寝顔もやっぱり端正で……

 

(……どうしよう。……かっこいい……)

 

 どきどきしながら葉っぱをとる。

 髪にふれてしまった、ゆびが熱い。

 

(ねてる、よね……?今度こそ、また、実は起きてるとか……ないよね? )

 

 目がはなせない。もっと、ちかくでみたい。

 長いまつげ、すっととおる鼻筋。うらやましくなるくらい綺麗な肌。大きめの口……。

 

「……」

 

(……くちびる……)

 

 あの『夢』を、思い出す。

 忘れられるわけがない……あの。

 

(……夢と、おなじなのかな……)

 

 たしかめたい。ふれて、みたい……

 

 彼の頬にそっと、手を添える。

 

(こんなこと……ダメ、だよ、ね……でも……)

 

 まるで魔法にでもかかったかのように、とめられなかった。

 

 

(すき、だ、よ……花京院くん)

 

 

 吸い込まれるように唇を近づけていき、……眼を閉じる。

 

 

 

 ……そのときだった。

 

「いらっしゃいますかー? 」

「はっ! 」

 

 ノックの音と看護師さんの声に、すんでのところで我に返る。

 

「は、ははははは、はいっ!! 」

「お電話かかってきてますよー」

「は、はい! 行きます! ありがとうございます! 」

 

(わ、私っ!? い、いま、なにを、しようと……!? )

 

 己の行動が信じられなかった。

 

(わぁぁああ! 私の、ばか! えっち! 変態ーッ!! )

 

 

 

*         *          *

 

 

 

(……。いまのは……なんだ? なんだったんだ……?)

 

 ゆめうつつ。僕はまだ覚めきっていない頭で、ぼんやり考えていた。

 いや、ぼんやりしているのはそのせいだけではないかもしれない。

 

(……キス……してくれるのかと、おもった……)

 

 頬にやさしくふれられ……彼女のかおが、近づいてきて……

 

(……夢か。……そうだな)

 

 僕はふたたび、まどろみの中に身を投じた。

 

(つづきがみられたら、いいのに、な……)

 

 

 

 

 

 夕食も終わり、彼女の淹れてくれた食後の珈琲もいただいた。

 カップを洗う彼女の横顔を気づかれないようにみつめる。

 髪の隙間からのぞく耳には、昼間僕があげたイヤリングが揺れていた。

 とてもうれしそうなかおで、わらってくれた……それがすごく、うれしかった。

 

 

 ずっと、考えていた。

 

 一昨日の『あれ』は、そういうふうにとってよいものなのか。

 

 彼女も、僕のことを……想ってくれていると。

 

 わからなかった。

 心底おもってくれているのは事実だとして、それははたして……

 

 ただの、友人としてなのか。

 ……それとも、男として、なのか。

 

 わからなかった。

 たとえば、もし、ここにいるのが、僕じゃあなくて……承太郎やポルナレフだったとしても……

 怪我をしている相手には、こうやって、面倒をみてくれていただろう。

 孤独にさいなまれた相手には、ああやって、あたたかい言葉をくれていただろう。

 

 きっと、そうだ。

 

 ……そんな風に想像するだけで、くるしくて、しかたがなかった。

 

 彼女は、やさしいひとだ。そんなところもすきだ。

 でも……、いや、だから、わからなかった。

 

 わからないなら、きけばいいじゃあないか。とも思う。

 だが、きいてどうなるというのか。

 もしも望むようなこたえだとしても、自分は中途半端なことしか、今はいえない……なのに。

 

 おもってくれているだけでも十分じゃあないか。なにをつまらないことを……。とも思う。

 

 だけど、我慢できなかった。

 

 そんなふうにみるのは、僕だけであってほしかった。

 僕だけを、想っていてほしかった……。

 

(なんてやつだ。僕は……)

 

 自分でも驚いていた。こんな独占欲の塊が自分のなかにあるなんて。

 しかもどんどん大きくなってきている気がする。

 

(……ぼくのもの、なんかじゃ、ないのにな……)

 

「花京院くん? どうしたの? そんな難しい顔して……」

 

 そんな僕の気もしらずに、また、このひとは、笑顔をくれる。

 

「……いいえ。なんでも」

 

 そういえば、今日はほとんど一日中(……といってもわかるのは僕の眼がみえるようになってからだが)ずっと、こうだった。にこにこと、楽しそうで、嬉しそうで……。

 可愛さ余って、ちょっと意地悪を言いたくなってしまう。

 

「そういうあなたは、ご機嫌ですね。明日、やっとみんなに会えますもんね」

「え? そう? あ、そっか! またイギー先輩をもふもふできる! やった……! 」

 

(もふもふ……。くそ……。よく考えたらあいつもオスか……)

 

 犬に嫉妬……というのも情けないが。自分にも毛皮があればって、馬鹿か、僕は……。

 

「そういえば、こないだから気になっていたんですが、なんですか? イギー『先輩』って……

 というか、よく彼を手懐けましたね。いったいどうやって? 」

「手懐けるなんて人聞きの悪いッ!

 チッチッチ! そんなだから怒っているのだよ、先輩は」

「そ、そうなんですか……? お、怒られた……。

 ってか、アヴドゥルさん? ……やっぱり似てない……」

 

 彼女の似てないモノマネ、アヴドゥルさん編。

 これで一応コンプリートか。

 ……見事に全員似てなかったけれども。

 

「そうだよー。あのときね……」

 

 

 

 

 

――「イギーさん、ですよね」

「……」

「御挨拶が遅れてすみません……私、保乃宮仁美と申します。以後、宜しくお願い致します」

「……」

「お近づきのしるしに、これを……」

 

 コーヒーガムを差し出す。

 

「フン……(……ちっとはわかってるじゃねーか、新人)」

「いえ、まだまだにございます」――

 

 

 

 

 

「……って」

「……。それ、ただ、モノで釣ってるだけじゃあないですか……」

「ち、ちがう! 続き! 続きがあるの!! 」

 

 

 

 

 

――「グゥ……(なんでおれの言ってることがわかんだよ……変な女だな)

「そうですかね? よくいわれますが。最近」

「クゥ……(……おまえの、どんなんだ? )」

「ああ、はい」

 

 セシリアを出す。

 

「キュウ……(ふぅん。まぁまぁだな……

 だが、まだまだだ。精進しな。ちゃんと扱えるようになってきたのは最近だろ? )」

「すごい! なんでわかるんですか? 」

「ワン(ふん、俺がこの道何年だと思っていやがる。キャリアがちがうんだよ)! 」

「わぁ! じゃあ、イギー先輩、ですね」

「……(……ちっ、まったく……本当に変な女だな……)」

「……? 」

「ふぁぁーあ……(眠くなってきた。膝貸しな、後輩)」

「はい、どうぞ、先輩。……もふもふですね! きゃー!! 」

「……(あんま、なれなれしくすんじゃねーよ。……まぁ、少しだけなら……ゆるしてやる)」

「ふふ! やったぁ! 」

「ぐぅ……(まったく人間どもめ。ちっともわかっちゃいねー。

 まぁ、俺のことを道具としか思ってねーからな。あいつらは)」

「……そんなことないですよ。

 たしかに人間の中には、嫌な人もいますけど、あそこにいるみんなは、……いいひとです。

 先輩にも、そのうちわかりますって」

「フン……(後輩のくせに生意気だぞ。ったく……。

 まぁ、この寝心地の良さに免じて、ゆるしてやるか……)」――

 

 

 

 

 

「なるほど……。たしかに、僕らの勝手な都合で、彼は連れてこられているわけですもんね」

「そうだよ。ほんとは先輩、男気のある、面倒見のいいひと……じゃなかった。犬なんだから」

 

「しかし……あなた、なんで犬の言葉がわかるんですか……? 」

 

 もういっそ、つっこむまいかと思ったが、一応聞いておく。

 

「え、いや、なんとなく……」

「なんとなくって……。ふつうの犬とか猫のもわかるんですか? 」

「そんなわけないじゃない。メルヘンやファンタジーじゃああるまいし」

「……」

「だから、たぶん、先輩がすごいんじゃあないかな。うん」

 

 ということはスタンド能力の一環なのか、なんなのか。

 

「しかし本当に好きですよね……動物。

 そういえば実家では何か飼っているんですか? 」

「ううん、今はなにも。昔、一度だけハムスター飼ってたけど」

「へぇ……なんか意外ですね」

「飼いたい気持ちはあるんだけど、父さんが駄目っていうんだよね」

「お父さんは動物が苦手なんですか? 」

「ううん、父さんも好きなんだよ。すごく」

「じゃあどうして? 」

「ん? ……動物ってさ、どうしても……いつか、先に、いなくなっちゃうでしょう? 」

「ああ、そうですね……」

「そのときに、私が、泣くのをみるのが、もう、いやなんだって。

 ふふ……過保護でしょう? ……まったく……」

「そうか。ああ、なんとなく、わかる気がしますよ……」

 

(おとうさんの、そのきもちは、とても……)

 

 

 

 

 

「明日、朝早いから、今日こそ早く寝なきゃね」

「そうですね」

「じゃあ、先に、シャワー、どうぞ」

「いえ、あなたが先に……レディーファーストで」

「そう? じゃあ、お先に」

 

 そうして用意をはじめる彼女。

 

「……あ、あの……、えっと、ごめん。

 しばらく……、あっちむいててね」

「ハッ! あ、ああ。はい……」

 

(そ、そうだった……)

 

 この部屋、見えるようになってみると、想像とちがって意外と簡素だったのだ。

 シャワーあれども脱衣所はない。そりゃあ、そのへんで着替えざるもえないことが、自分にもやっと理解できたのだった。

 

(し、しかし……、これはまた……)

 

 毎晩の苦しみ(と悦び……)、プラス、今は、少し振り向くだけで……。

 

( 「みちゃえよ! 気づかれやしないって! 」 )

( 「うるさい! そんな破廉恥なことできるか! 」 )

 

 僕のなかの天使と悪魔が言い争いを始めたことはいうまでもない。

 争いはこう着状態のまま、声がかかる。

 

「ありがと! もうだいじょうぶだよー」

 

(は、はぁ、はぁ……疲れた……)

 

 僕は、己に勝った。勝ったのだ。そう思った。

 

 ……が、しかし、こんなの、長い……僕にとっては本当に長かったこの夜の、ほんの序章に過ぎないことを僕は後に痛いほど知るのであった。

 

(とりあえず、彼女のシャワーが終わった後、また同じように耐えねばならんのか……

 てか、今だってその気になれば………って、や、やめろ……ぐぁぁああ……! )

 

 

 

「……はい、オレンジでよかった? 」

 

 交代して、僕がシャワーを浴びている間に彼女はジュースを買ってきてくれたようだ。

 それも飲み終え、ふたりならんで歯磨きをしつつ、思う。

 

(そうだ……よく考えたら、僕もどこかに行っていればよかったんじゃ……)

 

 思いつかなかった……いや、実は僕の深層心理があえて思いつかないふりをしていたんだったらどうしよう。

 

(……というか……)

 

 ちらりと彼女をみる。

 

(ぱ、パジャマ、か……)

 

 あたりまえだが、目にするのははじめてな……。

 

(……。……かわい、すぎるだろう……)

 

 おおきめのパーカーを羽織っているとはいえ……ちらちらと見え隠れする、ストライプの、それ。

 いや、その取り合わせがまた、いい。

 

(ハッ! いかん!

 だ、だめだ! ……ちょ、直視しては! ……危険だッ! )

 

 そこかしこに容易に理性のコントロールを奪われかねない、魅惑のトラップが張り巡らされている。ここは一体いつから紛争地帯の激戦区になってしまったのだろうか。

 

 しかし、結局、このすぐあと、僕は自ら進んで一面の地雷源に足を踏み入れてしまうのだった。

 

 

 

「さ、さて、では寝ましょうか」

 

 これ以上、エマージェンシー極まりないきもちを抱いてしまうまえに、寝てしまうに限る。もう手遅れである気もするが。

 

(そうだ! いっそ、彼女のことを他のだれかだと思うのだ)

 

(よし……

 ……ポルナレフ……

 ……承太郎……

 ……アヴドゥルさん……

 ……ジョースターさん……)

 

(……。

 ええい! 無理がありすぎるわ!! )

 

 心中、密かにそんな徒労を僕がしているなどとは夢にも思っていない彼女。

 

「うん。そうだね。じゃあ、おやすみなさい。」

 

 そういいつつ、毛布を持ってソファーに座る。

 

「は、はい。……って、え? 」

 

 そして、またもようやく気づく。

 

「……そこで? っていうか、三日間、そうやって寝てたんですか? 」

 

 この部屋、想像とちがって……以下略。

 

(ソファー……? )

 

 あるのは堅そうな椅子がひとつだけ。

 

「え? うん、そうだけど……」

 

 彼女は少しバツが悪そうに頷く。

 

「そんなんじゃあ身体、休まらなかったでしょう……」

「い、いや、だいじょうぶだって。意外と寝やすいんだから、この椅子……」

「じゃあ、今日は僕がそっちで寝ます。あなたはベッド使ってください」

「はぁ?! ダメだよ! 怪我が治りたてのひとはゆっくり寝てください! 」

「ほら! そっちじゃゆっくり寝られないんじゃないですか」

「うっ! あ、あげ足とらないでよ! 」

「事実でしょーが。いいからあなたがベッドで寝なさい! 」

「い、や、だ! そのベッドは花京院くんのでしょー! 」

「病院のだ! 僕のではないッ! 」

「そ、そっか……じゃあ、えっと、今はお金を出してるジョースターさんの……?

 い、いやいや、やっぱり、患者さんの、花京院くんのですーッ!! 」

「そうであれば、逆に所有権をもつ僕に使用者を決める権利があるッ! 」

「ならば私は私の好きなところで寝る権利を行使しますッ! 」

 

 なんだかもうよくわからなくなってきた。

 

 そうしてそのまましばらく譲り合いの精神から成る不毛な言い争いが続く中、ついに僕はぽろっととんでもないことをいってしまう。

 

「……じゃあ、もういっそ、一緒にベッド使いますか!? 」

 

「……ッ!? 」

 

 目を見張ったあと、うつむく彼女。

 

(し、しまった! )

 

「……い、いや、いまのは……! 」

 

 慌てて取り繕おうとする僕に衝撃のことばが飛び込んでくる。

 

「……。……いいよ」

 

「え……? 」

「……その……えっと、そっちさえ……よければ……」

「ぼ、僕は、そりゃあ……で、でも……そ、それは!

 ……その、あ、あなたは嫌じゃないんですか……? 」

 

「わ、私は……その、い、いやじゃ……ないよ……」

 

 真っ赤な顔でそう呟く彼女。

 

「うッ! 」

 

(そ、それは……僕と、そう……なってしまっても、よいと……

 そ、そういうこと……)

 

「だ、だって、あなたが私なんかに……

 その……へ、へんなこと、するわけないし。ねっ? 」

 

(……では、ない……か……。やっぱり……)

 

「へ、へんなことなんて、しませんよ! 」

「う、うん。だいじょうぶ……信じてるから」

 

「……」

 

(……すみません。僕には、じぶんがとても、信じられません……)

 

 

 

 そんなわけで、いま、壁のほうを向いて寝ている、僕の背中側には、彼女がいる。

 どうしてこんなことになってしまったのか。自ら蒔いた種ではあるものの……。

 

(やっぱり、このひと、僕のこと、男と思っていないんじゃあないだろうか……)

 

 信頼されているのは嬉しい気もするが……この状況は……つらい。

 

「はぁ……」

 

 今夜もまた、眠れない夜になりそうだ。

 

 

 

*         *          *

 

 

 

「じゃあ、おじゃまします……」

「ど、どうぞ」

 

 ベッドの端にそっと入り、横たわる。

 

 どうしてこんなことになってしまったのか。

 ……すきな男性と同じベッドで……なんて。

 

(と、父さん、母さん……ご、ごめんなさい! ち、違うんです……)

 

 そう、違うのだ。

 わかってしまった。いや、わかってはいたはずだったんだけれども。

 彼は、私のことを、異性として……そんな風にはみていない。まったく。

 じゃなければ、いえないだろう。

 

 ひとつのベッドでいっしょに寝よう、だなんて……。

 

 字面だけみると、語弊があるが、実際はまったく逆だ。哀しくなる。

 

(いいんだ。わかってたもん。そんなこと……)

 

 仲間として、友だちとして、すごくたいせつにおもってもらえている。

 それは、わかっていた。それで、十分すぎるとも。

 そう、おもっていた……はずだったのに。

 でも、これを、『哀しい』と、確かに感じている自分がいる。

 

(……そんなふうにみてもらいたいのかな、私)

 

 ひとりの女性として、自分をみてほしい……と。なんてことだ。おそれ多い。

 今日の彼のお昼寝中の出来事といい、自分で自分にあきれてしまう。

 こうして一緒に過ごす時間が増えたせいなのか、まったく、いつのまにこんなにも欲深くなってしまったのだろうか。

 

(そばにいられる。それだけで、いいじゃんね……)

 

 そうだ。こうしていま、いちばんちかくにいられる。それは、やっぱり……うれしかった。

 だったら、逆に、とことんこの状態を、幸せをかみしめてやる。そうおもった。

 ……半ば、やけっぱちだったことは認める。それでこその、この状況だ。

 

(はぁ。卑怯だな……私。

 でも、いまは、もう少しだけ、そばにいたい……だって……)

 

 そして、すっかり聞き流してしまっていたが(聞きたくなかったからかもしれない)、先日の偽看護師さんの一件で、とうとうはっきりしてしまったことがある。以前、インドへ向かう列車の中で師匠が言っていた、それが確信に変わってしまったのだ。

 

 彼にはやはり、だれか想うひとがいる、と。

 

 それを考えると、また鉛を飲み込んだようなきもちになる、わけで……。

 

(あー! もう! それは考えないって決めたじゃない! 関係ないって……)

 

(……彼がだれをすきでも……私は、すきなんだから)

 

(しょうが、ないよね……)

 

 迷惑にはなりたくないけど、許してもらおう。……いまだけは。

 

 しかし、いったいどんなひとなんだろうか。

 きっと、性格もみためもかわいくて、やさしくて、あたたかくて……

 ビューティホーでワンダホーでスマートで非の打ち所のない……。

 そんな、私には逆立ちしたってかなわないような、素敵なひとなのだろう。

 ……彼が選んだひとなのだから。

 

 彼に想われて、うれしくない女の子なんて、いるわけがない。

 きっと、そのひとも彼のことを……。

 

 どうしてだろう? なみだが、にじんできた。

 しあわせになって、ほしいのに……。

 それはほんとな、はずなのに……。

 

 せめて零れないよう必死に抗っていると、ふいにこえがきこえてきた。

 

「起きていますか? 」

 

「起きています……」

 

「なんか、その……もしかして、泣いてません? 」

「……泣いてなんか、ないよ。……そんなわけないじゃない」

 

 背を向けて、声もだしてない。なのに、なんでこのひとにはわかってしまうのだろう。

 可愛さが余りすぎて恨めしくなってきた。

 

 

「……ねえ? 」

 

「なんですか? 」

「いや、やっぱりいい……」

「はぁ? もう、ほんと、かわんないな……途中でやめないでくださいよ。

 気になるじゃあないですか……」

「じゃあ、その……」

 

 よせばいいのに。馬鹿だってわかってるけど、聞きたい衝動に勝てなかった。

 聞けば、諦めもつくかもしれない。……無理に、決まっているけれど。

 今夜はとことん、自虐めいたことをしたくなった。そうなのかもしれない。

 

 

「……すきなひとって、どんなひと? 」

 

 

 

 

 

 




……おい、へんなとこできるな……ですね。
すみません。そして、こんなところでいうべきことではないとはわかっていますが……

信じられません。信じたく、ありません……。
素敵なジョセフの声、ほんとうにありがとうございました。
ご冥福を、心よりお祈りいたします。



もうすぐこのお話も完結です……が、性懲りもなく次回作も本作品にちなんだものにする可能性が高いです。どんなのだったら、また読んでやってもいいぜ? と思って頂けるでしょうか?

  • そのまま4部にクルセイダース達突入
  • 花京院と彼女のその後の日常ラブコメ
  • 花京院の息子と娘が三部にトリップする話
  • 花京院が他作品の世界へ。クロスオーバー。
  • 読んでほしいなら死ぬ気で全部書きやがれ!
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