私の生まれた理由   作:hi-nya

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前回の続き。カイロに入りましたの回、後編です。


核心

 昼間でも、なお真っ暗な部屋。

 

 外部から、完全に隔絶されたその空間。開かれている様を見た者がいない、堅く閉ざされた、あかずの門。来るものすべてを拒絶するかの如く、周囲を取り囲む、高く頑丈な壁。天から降り注ぐ光すら届かぬ、打ち付けられたすべての窓。

 

 そんなある館にそびえ立つ塔の最上階。

 

 燭台の蝋燭の炎だけがぼんやりと照らしていた。天井の隅から縦横無尽にのびる、埃にまみれた蜘蛛の巣を。きらびやかな宝石のついた壺や、剣、古代の神々を象った像……ぎらぎらと輝く、いわくつきの秘宝たちを。

 

 そして、そこかしこにむごたらしく、無造作にうち捨てられた女の死体……うず高く積まれた、その山を。

 

 その首筋にはどれも、二つの穴。血の滴る、二つの穴……。

 

「……マライヤ、アレッシーもやられたか」

 

 あつらえられた玉座に腰を沈める、王の風格と邪心をその身にたたえた男。その『食事』のあとだった。変わり果てた女たちの顔に一様に浮かぶのは、恐怖でも苦悶でもなく恍惚、それそのもの。それが逆に、この場の底の知れぬ不気味さを醸し出していた。

 

「かまわん。わたしが新たな身体に完全になじむまで、あとすこし。そうなれば、すぐに終わる。

 ……皆殺しだ。ジョースター家の一族。そしてそれに加担する、愚か者はすべて」

 

 その傍らには畏怖に覆われたぎこちない笑みを張り付けた男がもう一人。

 

「あ、貴男様のお力なら、できますとも! 簡単に! 」

 

 それを鼻であざ笑うと、鋭い牙の垣間見える深紅の唇が獲物を定めるかのようにその名を羅列する。

 

「アヴドゥル、花京院、ポルナレフ……

 一度我と会いまみえる幸運に恵まれておきながら、何故理解できぬのだろうな。

 このわたしに逆らう者の末路など、唯、一つであるということを」

 

 熟れた葡萄酒が揺れるグラスを一気に傾ける。

 

「あとは犬と……」

「ど、どうされましたか? 」

 

 急に押し黙った『邪王』。男が嫌な予感を覚えた次の瞬間、不興を纏った地をはうような低音が彼を包む。

 

「ンドゥールがやられたというあの小娘のスタンド、決して脅威ではないが、少々目障りだ。

 そこで、おまえに勅命を与えてやる」

「わ、わたしに、ですか? 」

「あの女、こちら側に引き入れることができればベストだが……

 どうせ簡単には従わんだろう。逆らうようなら殺しておけ」

「こ……!? 」

「わたしの役に立ちたいと真に思っているならば『最低限の仕事』くらいはしてくれるだろう?

 さもなくば……わたしがお前を殺すぞ? 」

 

「は、はい、DIO、様……」

 

「くくく、そんなに怯えなくてもいいじゃあないか。わたしとおまえの仲だろう?

 あんな小娘ひとりどうにかするくらい、簡単な事だ。

 そんな簡単なことで、おまえには手に入るんだ。

 何事にも代えがたい『一生の安心』が。

 悪くない話だとは思わないか? 」

 

 

「なぁ……ホルホースよ」

 

 

 

*         *          *

 

 

 

(一睡もできなかった……)

 

 眠れるわけがなかった。一晩中、私のあたまのなかは昨夜の映像が何度もぐるぐるとかけめぐり、もう、ぐちゃぐちゃだった。

 

(……おとこのひと、なんだなぁ)

 

 彼は決断力も行動力もあって男らしいひとだ。もちろんそんなことわかっているつもりだった。

 でも、きっと本当は、ちっともわかっていなかったのだ、私は。

 

 そういうふうな意味で、彼はおとこのひとだ、ということを。

 

(あんなかお、はじめて……)

 

 熱く燃えるようなまなざし、こえ、体温……どきどきした。すごく。

 

 ほんとうは、もっとみていたかった、ききたかった、ふれてほしかった。

 ……はなれたく、なかった。

 

 もしも、あのまま、感情のまま、あそこにいたら……どうなっていたのだろう。

 

(……私、甘えすぎていたのかな)

 

 いつも、やさしい彼。やさしすぎる、彼に。

 

 いっしょにいられるのがうれしくて。

 ただただ、うれしくて。

 

 彼のきもちを、考えていなかったのかもしれない。

 

「……」

 

(嘘なんて、これっぽっちも、ついてない、か……)

 

 そして、どうしても考えてしまう。彼のことばの意味を。

 論理的に思考の矢印を進めていくと、ひとつの結論に達してしまう。

 

(……そんなわけ、ないよ)

 

(……そんなの、あるわけないよ)

 

 必死に打ち消そうとするも、何度も何度も津波のように押し寄せる。

 

 考えまいとしていたこと。

 

 憧れて、懼れていた、こと。

 

 しあわせと、そして……。

 

 

 この血の運命(さだめ)

 

 

 間近に迫ってくる。

 その圧力に、押しつぶされそうだった。

 

(もういやだ。考えたくない。逃げ出したいよ……)

 

 そんなわけにもいかない。朝になればまた彼と顔を合わせるのだ。合わせなければならない。

 

 あいたいのに、あいたくない。

 

(このまま夜が明けなければいいのに……)

 

 しかし、窓の外、彼方の地平線。月は私を置き去りにし、昇る太陽が私を追い詰める。

 

「そうだ! ちょっとからかってみただけ。それか……」

 

 諫めてくれたのだ。きっと。いつものように。考えなしな私のことを。

 

「そう、きっとそう、だよ」

 

(意識したらだめ。いつもどおり、ふつうに……)

 

 

(きに、しない……)

 

 

 

*         *          *

 

 

 

 とうとう戻ってきた。我が街、カイロ市。

 

 この街の何処かにいるDIOを捜し出し、そして奴を撃つ。

 

 現在の奴の居所を突き止めるべく、陣取った宿の部屋でもう一度念写をする、と、ジョースターさん。おそらく各方面への連絡もしたいのであろう。全員それが終わるまで少し待機しておいてくれ。とのこと。

 支度を終え、ロビーに降りる。そこには既に仲間がほぼ揃っていた。

 

「おはよう。皆」

 

「……よお。アヴドゥル」

「おはよー、アヴドゥル! ……んでさぁ! 」

 

 煙草を咥え、新聞を読んでいる承太郎、

 懲りずに近くにいた旅行者と思しき女性たちに声をかけているポルナレフ。

 そして、珈琲を片手に窓の外を眺める、昨日戦線復帰したばかりのこの男の姿があった。

 

「おはようございます、アヴドゥルさん」

「やぁ。花京院。目の調子はどうだ? よく眠れたかい? 」

 

 荷物を床に置きつつ、声をかける。

 

「ええ。ありがとうございます。……目は、問題ありません」

 

 すると、珍しく歯に物が挟まったかのような物言いをする。

 

「と、いうことは眠れなかったのかい? 」

「……。病院のベッドに慣れちゃった所為でしょうかね」

 

 苦笑いを浮かべつつ、そんなことをいって首をすくめる。その普段とは異なる消沈した様子が気になり尋ねようとしたときだった。

 

「……はっ! 」

 

 何かに気づいた男の視線を辿る。そこにはこれまた昨日、幾日かぶりに合流を果たした彼女の姿が見えた。

 

「おはようございます」

「ああ、おはよう」

 

 普段通り、丁寧にぺこりと朝の挨拶をする彼女。その様子が彼の一声で一転する。

 

「……仁美さん」

 

「はっ! か、か、か、花京院くん! おおおおお、おはようっ!! 」

「お、おはよう、ございます。あの、きのうは……」

「っ! そ、それ以上いわないで! 」

「い、いや、でも……」

 

「……やだ!! ききたくないっ!! 」

 

「……っ! 」

 

「あ……、ご、ごめ……! あの……

 わ、私、さ、散歩してきます!! すみません! すぐ戻りますから! 」

 

「お、おい! 」

 

 そういって踵を返し、外へと駆けていく彼女。

 

「どうした? めずらしいな……喧嘩でもしたのか? 」

「……」

 

 本当に、めずらしいことだった。このふたりの仲睦まじさは、今さら言うまでもないことである。加えて別行動……彼の目が回復するまで、彼女が護衛をする、という、ふたりで支え合った期間を通じて、その気真面目さゆえか、晴れて恋人に、とかそういう具体的な進展はなかったにしても、その絆はより強く固いものになっているように感じた。

 そもそもが思慮深く互いを想い遣る、穏やかな性格をもつふたりのこと。じゃれ合う程度の小競り合いはよく見かけたが、このように本気ですれ違っている様をみるのは初めてだった。

 

 ポルナレフも気づいたのか、首を傾げつつ問う。

 

「おいおい、どうしたよ。あれ? しかも花京院おまえ、追いかけねーの? 」

 

「……いや、いいんだ。

 まだ、時間がかかりそうだね。じゃあ、一旦僕も部屋に戻るよ」

 

 それだけ言い残し、立ち上がるとふらりと階上に消えていく。

 

「あ! おいっ! 」

 

 そんな男の背中を呆然と見送りつつ、承太郎までもがこの異常事態に目を丸くする。

 

「どうしやがった? いつもだったら、すごいスピードで……

 あいつのことほっとくとか、また偽者か? 」

「さぁ……? 」

「いや、偽者だったらまたあの娘が気づくだろう」

「それもそうだな」

 

「あ! もしかして昨日の夜なんかあったんだったりしてっ!?

 はっ! ま、まさか、あいつ無理矢理!? 」

「……ねーわ。あいつがそんな真似、するわけねぇだろ」

「へっ、わかってらー。冗談だよ。

 ほんと、どーしたんだろーな……」

 

 腕を組み思案顔の男二人。そこへ心当たりを口に出す。

 

「まぁ、昨晩と言えば、全員であいつをからかい過ぎた感は否めないが」

 

「……ありゃ? もしかして、間接的にオレたち、やっちゃった? 」

「……かもしれん。が、知るか。あいつらの問題だろ」

 

 冷たく言い放ちつつ、新たな煙草を一本箱から取り出し火をつける承太郎。

 その、ある様子に気づいたポルナレフ。あきれたようにいう。

 

「承太郎……。煙草、さかさまだぜ……」

 

 

 

「……うーむ」

 

 会話の感じから、昨日あれからふたりの間になんらかの事案があったことは確実だろう。

 

「しかたがない。ここはわたしがひとつ、あの娘の様子をみてくるかな」

 

 腰を上げる。

 

「あん? ったく、あいかわらずおせっかいが好きな野郎だぜ! 」

「ふっ、アヴドゥル。そんなこといいながら、おまえ自分が気になるだけだろう? 」

 

 待ってました。そんな心の声が聞こえてくるかのようだった。

 

「おいおい、おまえらだって、だろう? 代表して行ってやるんだよ。わたしは」

 

 背中にそう投げかけつつ、手を振りながらわたしはエントランスへと向かった。

 

 

 

 外に出て久方ぶりの懐かしい街並みを眺めつつ、彼女の走り去った方向に目をやる。

 すると遠目に、川べりにひとり、こちらに背をむけて佇む彼女の姿を発見した。

 

(おお、いたいた)

 

 まったく世話の焼ける弟子だ。まぁ、ときにこうしてすれ違うのもまた青春。

 なんと声をかけようか。本職の腕のみせどころだな。

 

 ……などと吞気にも考えていた。その矢先だった。

 

「な、なにィッ!? 」

 

 わたしは目撃することとなった。

 

 比べ物にならない『緊急事態』が発生する、その瞬間を。

 

 

 

*         *          *

 

 

 

 ひとりになりたくて、部屋に戻ってきた。

 ベッドに横たわり、天井をみつめる。

 

 原因は雨漏りか。濃淡さまざまのくすんだ染みが、元々のデザインでは決してないであろうマーブル模様を創り出していた。

 

(昨日の『あれ』で、僕のきもちに気づかない……わけはさすがにないだろう)

 

 自らに対する自らの評価が驚くほどに低い彼女。元々の謙虚な性格に加えて、あの過去の辛い体験が重なって、というのが根底にあるからに違いない。それ故に、他人の心の機微にはとても敏感なくせに、信じられないくらい、そういうふうな……己に向けられる想いには鈍感なのだ。

 

 そう、おもっていた。

 実際、それは正しいのだとは思う。

 しかし、本当に、それ“だけ”なのだろうか。

 

「……」

 

 周囲の部屋にはもう誰も残っていないのだろう。しんとした静けさが、我が身を包む。

 

(……『わけわかんない』そして『ききたくない』か)

 

 わかってしまった……気がした。

 

 彼女は気づいていないふりをしている……

 いや、気づかない、ようにしている……

 知りたく、ない……

 

 ……のかもしれない、と。

 

 僕のきもちに。

 

 なぜかって?

 そんなの、簡単なことだ。

 

 困るから。

 迷惑だから。

 彼女の想うひとは……

 

 僕ではないから。

 

(……そういうこと、だよな)

 

 もしや自分は、どこか別の惑星にでも瞬間移動してしまったのだろうか?

 そんなありえない考えが浮かぶくらい、息苦しく、全身が重苦しかった。

 このままベッドに、地面に、沈みこんでしまうかと思う程に。

 いっそそうなれば、もうなにも考えなくてよいのか。

 

(そうだ。もう、考えるまい。そもそもが、間違っていた。

 こんなことなどに、心を乱されている場合ではないのだから……)

 

「……」

 

 それでも、目を閉じれば浮かんでしまう。

 もう、自分には二度とむけられることなどないのかもしれない。

 

 あの、花のような……。

 

 

 

「ハッ!? 」

 

 荒々しくドアが叩かれる音で我に返る。

 

「おいっ! 入るぞ! 」

 

 言うが早いか部屋に駆け込んでくる男。

 

「なんだよ、ポルナレフ。

 返事する前に開けるんじゃあノックの意味ないだろう……」

「うるせえ! それどころじゃねぇ! 」

 

「た、大変だ! ……あいつが! 」

 

「な、に……? 」

 

 

 

*         *          *

 

 

 

(どうしよう……かおが、みれないよ……)

 

 彼の顔をみた途端、否が応なしにおもいだしてしまう。浮かんでしまう。

 

 昨日のこと……これから(・・・・)のこと。

 

(いつもどおりって、どんなのだっけ……? )

 

 もう、どうしていいのか、わからなかった。

 

 

 いつのまにかホテルをとび出て、川沿いにまで来てしまったようだ。さらさらと澄んだ水が、とめどなく流れていく。

 川べりに腰を下ろし、うつむいて水面をながめる。そこには情けないかおをした自分のすがたが映っていた。

 

(……。それにしても、なんて、態度を……)

 

 彼に一瞬うかんだ、あの、かなしそうな……

 

(……最低だ、私……)

 

 水面の自分のかおが、ゆがんで、にじむ。

 

「……っ! 」

 

 一粒の雫が、水の中のみたくもない、自分を消してくれた。

 しかしそれは一瞬で、消えても、また、すぐに現れる。

 まるで、こういっているかのようだった。

 

 『逃げても無駄だ』と。

 

(……。そうだ。だめだ、こんなの、ありえない。

 早く、戻ろ……)

 

「!? ……えっ!? 」

 

 しかし、立ち上がろうとした私の視界は唐突に……

 

 一面、真っ白なものに覆われてしまった。

 

 

 

*         *          *

 

 

 

(いた! ほ、本当に『予言』どおりだ! しかも都合よく、独りじゃねーか)

 

「……わりいな、お嬢ちゃん」

「!? ……えっ……!? 」

 

 背後から気配を消して近寄り、持っていた大きな袋をかぶせる。

 

「えっ!? な、なにこれ!?

 ちょっと! 誰ですか!? 出してッ! 降ろしてーッ!! 」

 

(へへ……これで、オレは……! )

 

 

 

*         *          *

 

 

 

 袋のようなものに入れられ、車で運ばれていく私。

 いつ何時攻撃されてもいいように、ガード姿勢をとっていたが、幸いそれはなかった。

 およそ10分くらい揺られていただろうか。どこかに下ろされる感覚がし、袋の口が開く。

 

「ぷはっ! 」

 

 すぐさま顔を出し袋から出ると、そこは殺風景な部屋のベッドの上。

 そして、一人の、見覚えのある男が私を見下ろしていた。

 

「……よお。お嬢ちゃん。久しぶりだな」

 

「あ、貴男は! 」

 

 忘れもしない、あの、師匠を傷つけた男だった。たしか、ホルホース、といっただろうか。

 

「こ、ここは!? 」

「ここはオレの隠れ家さ。誰にもみつかりはしねえ。絶対にな」

「ど、どうして私を? 」

「DIOの命令でな。ジョースターたちを殺るにはちとあんたが邪魔なんだとさ」

「!? 」

 

 予想通りの解答ではあったものの、こうもはっきりと宣言されると一瞬たじろいでしまう。

 

「で、だ。お嬢ちゃん。聞いとけって言われたんでな。一応聞くぜ。

 あんたもDIOの、配下になら……」

「御断りします」

「……はええよ。長いものに巻かれるのが人生成功の秘訣だぜ?

 ちっとは考えてみりゃあいいのによ……」

「そうなんですか? だったら私、失敗人生でいいです」

「けっ! まぁ、わかりきってたことだけどよ。じゃあ、こうも言われている。

 従わなければ、殺しておけ、ってな」

 

 銃。スタンドのそれを出現させ、こちらへと向ける。

 

「……そうですか。

 でもまだ、私はこんなところで、むざむざ殺されるわけにはいかない」

 

「おいおい! そんなこええ顔すんなよ。可愛い顔が台無しだぜ?

 話は最後まで聞きなって。オレはお嬢ちゃんと敵対する気なんざ、これっぽっちもねーんだ。

 前にも言ったが、オレは女を傷つけない主義なんだよ」

 

「……貴方にはなくとも、必要ならば、私は闘います」

 

 一刻も早く、ここから脱出する。その算段を立てるべく、頭をフル回転させる。

 相手の動向を警戒しつつも、周囲を観察する。部屋には、開け放たれた窓がひとつ。しかし、それは御丁寧に鉄格子で覆われていて、とてもではないが人が通れるとは思えなかった。そして、扉が、ひとつ。この人がここにいるということは、まだ鍵はかかっていないのかもしれない。

 

(とりあえず、隙をみて逃げるふりするかな。

 そのまま逃げられたらそれでいいし、撃ってきたら……)

 

 あのスタンド銃。弾丸の軌道が変わる、と聞いた。

 

(なら、対応は……)

 

「……」

 

 そんな話もしたな、と、ふと思う。

 そのかおをうかべると同時に先刻を思い出してしまい、胸の辺りをずきりと痛みが走る。

 

 また心配をかけてしまっているだろうか。いや、さすがに、今度ばかりは愛想をつかされているかもしれない。当然だ、あんな……

 

(……いけない)

 

 そんなことを考えるのはこの局面を切り抜けてからだ。にじんできた何かを必死に振りはらう。

 

「はは、威勢がいいな。お嬢ちゃんが闘う? 一人で?

 さ、笑えねぇ冗談はそこまでにしておきな。

 ここでやつらの闘いが終わるまで、しばらくおとなしくしといてもらうぜ」

 

「……」

 

「なに、たかだか3、4日だ。

 お嬢ちゃん、こりゃおまえさんのためでもあるんだぜ?

 いいことを教えてやる。ジョースターたち、ありゃあ、ぜったいに勝てねえ。

 DIOの野郎、あいつは化け物だ。誰も勝てるやつなんていねえ。皆死ぬぜ」

 

 相変わらず、癇に障る物言いをする人だ、と思った。しかし、それはおそらく、敢えて。わざと、だ。すなわち『挑発』。彼のきびしくもやさしい、あの忠告をおもいだす。そんなものに乗って冷静さを失うわけにはいかない。必死に乱されそうになった呼吸と気持ちを整える。

 

 すると、会話の端から、あることに気づく。

 

(ん……? この人もしかして、DIOの能力を知っている? )

 

 自らが軽率な行動をとったが為に敵にみすみす捕まってしまうなど、皆に申し訳ない気持ちでいっぱいだった。だからこそ、このせっかくの状況。せめて情報くらい何か持ち帰れないものだろうか。

 

「ここは、館の中なんですか? DIOは近くに? 」

 

 とぼけたふりをして、聞いてみる。

 

「おいおい。さっき、オレの隠れ家っていっただろう?

 残念ながら館はまったく逆。反対方向さ」

「そうなんですか。では会えないんですね。

 私はDIOを実際に見たことがない。だから想像がつかない。

 一体どんな、『化け物』、なんですか? 」

 

 私の質問を受けて、答えが返ってくる。

 

「……ちがうんだ」

「は? 」

「スピードが、とか、パワーが、とかそんなもんじゃねぇ……」

 

 おもわず聞き返してしまうような、今までとは打って変わった消え入りそうな弱々しい声音で。

 

「そうだ。……『次元』が、違う。

 上手く言えねぇが、そんな感じを、肌に受けた……」

 

 常に不遜な態度を崩さなかった、その顔に明らかに怯えの色が見えた。

 

「そ、そんな。お、大げさじゃあないですか? 」

「……気づかなかったんだ。オレは。ちっとも」

「え? 」

「オレは確かに隙だらけの奴の後頭部に銃口を向けていた。

 だが、次の瞬間、奴はオレの後ろに立っていた。

 しかも、そこらかしこに張り巡らされた蜘蛛の巣を一つの糸も壊さずに、だぜ? 」

「な!? 」

「奴の能力がなんなのか、なんて見当もつかねぇ。

 ……が、そのときにこれだけはわかった。痛感した」

 

 それが、全てを物語っているようだった。

 

「完敗だ。こいつには逆らっちゃあなんねぇ。絶対に、ってな」

 

 唖然としていると、すぐに取り繕うかのように饒舌になる。

 

「はん! ジョースター家のやつら、本当に運のねえことだぜ

 一族の因縁だか何だか知らねーが、あんな最低最悪の野郎に先祖代々付け狙われるなんてよ。

 偉大なるひいおじい様? だっけか? 殺されて身体まで乗っ取られたんだってな。

 勝てるわけがないんだから、せめてこそこそ隠れてりゃいいのによ。

真っ向、むかっていくなんざ、頭悪いんじゃあねーのか? 」

 

「……ぐ……っ! 」

 

 奥歯を噛みしめる。こらえろ。そう必死に理性が本能を抑えつける。

 

「残りの連中はもっと、だがな。

 少し考えりゃあわかるだろうによ。どっちについた方がいいかなんて。

 ポルナレフ、アヴドゥル、花京院……そろいもそろって、馬鹿ばっかりだ。

 プライド? 笑わせるぜ。たいした力もないくせにイキがりやがって。

 まぁ、近い将来この世とおさらばする瞬間に後悔するだろうぜ。己の浅はかさってやつをな」

 

「……っ! ……そんなこと、あるわけがない!

 みんなは、まけないッ! 決してッ!! 」

 

 が、それも長くは続かなかった。限界だった。

 気がついたら、叫んでいた。

 

「お嬢ちゃんもだ。もう、やめとけよ。

 アンタこそ、そもそも、そこまでして闘う理由なんてないだろう?

 今なら間に合う。賢く生きなよ。その方が楽だぜ」

 

 息巻く私に向けられる……すぐにわかった。同情を装った、その実、街角に打ち捨てられた塵でも見るような熱の無い冷やかな視線。

 

「これも前に言ったが、もう一度いう。

 お嬢ちゃん、オレと組もうぜ。オレのものに……なりなよ」

 

 飾りだけの言葉に便乗して、男はその手をこちらへ伸ばしてくる。

 

「! 嫌!! 」

 

 それをセシリアではじきとばす。

 

「うげっ! 」

「……触らないでください」

「いってぇ! フン、いつまでそうして強がっていられるかね」

 

(……今だ! あの扉から、逃げる!! )

 

 しかし、足を踏み出そうとした瞬間、制される。

 

「……おっと! 動くなよ。動けば撃つぜ?

 あんたを、じゃあねぇ。あのタンクローリーを、だ」

 

 窓から眼下に見える、鉄格子越し、雑踏の中、圧倒的な存在感を示しながら佇むそれを銃で指す。

 

「どうなるか、なんて、わかるよな?

 あたりは火の海。まわりの人間、皆死ぬぜ? 」

 

「……。どうぞ」

 

「は? 」

「撃っていいですよ」

「な?! 正気か? 」

「はい。……どうぞ」

 

 私の反応が予想外だったのだろう。しびれを切らし、いらついた調子でいう。

 

「お嬢ちゃん……オレをなめんなよ。本当にやるぜ? 」

「だから、撃てばいいと言っているでしょう? 」

「後悔すんなよ?

 あーあ、かんけーない善良な一般市民の方々が、優しい優しい嬢ちゃんのせいでなぁ。

 気の毒に。ま、あんたをびびらしとくのも、わるかねぇか」

 

 男が引き金に指をかける。

 

(……セシリア! 御願い!! )

 

「……おら! ……っ!? なにィッ!? 」

 

 そのタイミングを見計らい相棒を勢いよく銃口に飛び込ませる。

 

「うぁっ!! 」

 

 発砲されるはずであった行き場を失った弾は、銃の暴発を招きはじけ飛ぶ。

 巻き起こる小規模な、爆発。

 

(……『軌道が変わるなら、変化前にたたけばいい』。

 これも野球の、変化球打ちのセオリー、だったよね。花京院くん……)

 

――野球じゃあ、投げる前に投手ごと打つのは反則ですけどね。いうまでもないけれど――

 

 ……そんなこえが、きこえてきてくれたらいいのに。

 

 

「ぐわぁッ!! 」

 

(今度こそ! )

 

 すぐさま扉に駆け寄り、ノブをひねる。

 

「なっ!? 」

 

 しかし、それは開くことはなかった。外側から施錠されてしまっているのか、押しても、ひいても。セシリアをぶつけてみても、パワー不足かびくともしない。

 

「あ、開かない!? 」

 

「……残念だったな。その扉は開かねぇよ。手順があってな」

 

 モタモタしている間に、男が立ち上がってきてしまう。

 

「くっ!? 」

 

「ちっ、やりやがったな。もう、容赦しねぇ。

 これを……見な」

 

 鬼のような形相で男が取り出したのはライターと香炉のようなものだった。

 

「今から、これに、火を点す。

 中には特別な香油が入っていてな。その煙を吸えば、あっというまだ。

 日本でぬくぬくと育ったお嬢ちゃんでも、聞いたことくらいあるだろう?

 まぁいわゆる、媚薬……催淫剤……そういうやつだ」

 

「……なっ!? 」

 

 おぞましいこと極まりないその薬を私に見せつけるように掲げる。

 

「正常な判断なんてもうできやしねぇ。理性なんざ、雲の彼方にすっとぶ。

 すべてが、どうでもよくなって……残るのは、快楽だけだ。

 そのうえ、即効性、常習性はお墨付き。アンタはこの薬とオレの、虜になるのさ。

 もう、離れられないぜ……」

 

 淡々と語る、ざらざらと耳障りな男の言葉が流れてくる。

 背中に寒いものが走る。嫌な動悸がする。

 

「しかたねぇよな。あんたの『能力』が、オレはどうしても欲しい。

 それさえあれば、オレは、ずっと『安心』して、生きていられるんだ……」

 

 遠くを眺める狂気に囚われた濁った瞳。

 

「オレだって本当はこーいうのは趣味じゃねえ。

 だからさ、おとなしく従えよ。

 そしたら薬なんかなくたって、十分イイ思いさせてやるからよ。

 せっかくだから、ゆっくりここでオレと楽しもうぜ? ……なぁ? 」

 

 にたにたと下卑た薄笑いを浮かべる男。

 

「……嫌です! 寄らないで! 嫌だ……ぜったいに、嫌! 」

「……いいじゃねーか。優しいぜ、俺は」

 

「触るなといっているでしょう! 」

 

 再び、今度は男の身体ごとセシリアで思い切り弾き飛ばす。すると舌打ちとともに思いも寄らぬ質問が飛んでくる。

 

「ちっ! つーか、なんでそこまで頑なかね?

 どこぞに想う男でもいるのかい?

 ああ、もしかして、あの連中の中にいたりなんて……」

 

「……!! 」

 

「……図星かよ」

 

「……。そのとおり、です」

 

 大きく息を吸って、吐き出す。

 

「私の、こころにいるのは……たったひとり……!

 彼以外の男の人になんて、ふれられたくない……」

 

 

「……それくらいなら……死んだ方が、ましだ!! 」

 

 

 唯一絶対の、その存在をつよく心に抱きながら。

 

 

「……そうか。じゃあ残念だが、力づく、だな」

「嫌! 近寄るなと……え……? 」

 

 発された不穏で冷酷な言葉を負けじとはねつけようとしたときだった。

 突如自らの身体に訪れた異変に気づく。

 

「……あ、れ……? 」

 

(う、そ……)

 

 急激に下がった目線に、自分が床に崩れ落ちたのだとどうにか理解した。

 

 手足の感覚が、薄れてゆく。力が入らない。

 まるで他人のものかのように。

 

「やれやれ、ようやく効いてきたみてーだな」

 

「……え? 」

 

「こっちは時間稼ぎのフェイクだよ。

 そんな便利な薬なんざもっちゃあいねーが、袋の中にじわじわ効いてくる痺れ薬を少し、な。

 保険かけといて、よかったぜ」

 

 戸惑っている私をよそに例の香炉をあっさり投げ捨てる。無機質な金属音が辺りに響く。

 

「身体の自由を奪いつつも、感覚の方は残る。効果は半日ってとこだ。ちょうどいい薬だろう?

 アンタみたいな純情可憐なお嬢ちゃんに、いろいろ教えてやるにはな……」

 

 ギラギラした悪意。迫り来るそれをこんなにも身近に感じたのは初めてかもしれなかった。

 

「スタンドで抵抗しようったって無駄だぜ。いつまで続けていられるだろうな?

 知ってるぜ。そんなに『持続性』は高くなかったはずだよなぁ?

 諦めなよ。オレはしつこいぜ……」

 

「ぐっ……」

 

 嫌悪感でいっぱいになり、涙と吐き気がこみあげてくる。

 

(きもちわるい、きもちわるい、きもちわるい、きもちわるい、きもちわるいッ……!! )

 

「へっ、そんなに怯えるなよ。傷つくねぇ。

 ま、終わる頃には気も変わる」

 

 一歩一歩、こちらへとにじり寄ってくる、男。

 

「……さ、お楽しみの、始まりだ」

 

(……い、や……! たすけて……! か……)

 

 この場にいるはずのない、くるはずのない、彼のことを、想う。

 

 

 その刹那だった。

 

 

「……エメラルド・スプラーッシュ!! 」

 

「ぐげ! 」

「え……? 」

 

 激しい勢いで突然開いた扉。

 

 そのむこうには、私のこころから、とびでてきたかのように……

 

 彼が、いた。

 

 

 

*         *          *

 

 

 

 御膳立ては全て整った。

 捕らえたお嬢ちゃんを追い詰め、ようやくだと舌なめずりをした瞬間だった。

 

 開くはずのない(・・・・・・・・)扉が開け放たれ、その先にいたのは決しているはずのない(・・・・・・・・)男だった。

 

「え……? あ……? か、かきょういんくん……? 」

「なッ! な、なんでここに、おまえが……!? 」

 

「……黙れ。一生寝ていろ」

 

 静かながら焼き尽くされるかのような怒りに満ちた言葉と視線と共に、至近距離から緑色の集中豪雨を浴びせかけられる。

 

「ぐふあぁっ!」

 

(ち、ちくしょう……ちくしょう!

 なぜだ!? なぜ……? こいつがここに!?

 ……あと少しで! そんな……こんな、はずじゃあ……! )

 

 完全に油断していた。全身に激痛が走り、薄れていく意識。その胸中は疑問、焦燥、狼狽、悔恨、苛立ち、憤怒……あらゆる負の感情が混じり合ったもので満ちていた。

 

(……そうか。……おまえ……が、か……よ……)

 

 しかし不思議なことに、どこか妙にこの不測の事態に納得している自分がいた。

 

 花京院典明。

 

 そうだ。この男だ。

 

 思い出す。インド、カルカッタでの出来事を。

 あのときも思った。

 こいつはそうだ。……そうだった。

 

(けっ、お嬢ちゃん……。

 アンタ、なかなか……お目がたけぇじゃあねぇか……)

 

 

「……やり、おる……、ねぇ……」

 

 

 

*         *          *

 

 

 

 病院で、ぼくを助けてくれた、不思議なコロッケパンのお姉さん。

 

 まさか、と思った。

 DIO様の、敵。

 

 そんなの、ちっとも、しらなかったんだ。

 だって、あのときには、いなかった……。

 

 にっくき承太郎たち。やつらの仲間だったなんて。

 

 

 

 あいつ……ホルホースにつれてこられて、ぼくのスタンド、トト神の予言の書をみせた。

 

 大きな袋をもって川に行けば、お姉さんを簡単に捕まえることができる……そんな予言。

 

(やつらは、オインゴおにいちゃんのカタキなんだ! しかた、ないんだ……)

 

――「ほ、ホルホース……さん……、

   お、おお、お姉さんを捕まえてどうする気ですか?

   ひ、ひどいことは……」

 

「ああ? ガキはそんなのしらなくていい。大人の時間だからな。

 てめーも邪魔すんじゃねーぞ。へへ……」――

 

「……」

 

 いいからどこかへ行っていろ。そう言われて……

 重苦しい気分を抱えたまま、町の片隅で箱の中に隠れてじっとしていた。

 

 そんなときだった。

 通りの向こうから、あわただしい様子の集団がやってくるのに気づく。

 

「くそ、どこだ!? 」

「だめだ、闇雲に探しても……。一度落ち着……」

 

(ハッ! あ、あいつらは! )

 

 忘れるはずもない顔。お兄ちゃんをひどいめにあわせた敵。承太郎に、ポルナレフに……

 

 しかし、その中に、一人だけ、それとは別の理由でしっている顔があることに気づく。

 

(あ、あ、あのひとはッ……! )

 

 お兄さんだ。あの、緑色の服の。

 

 あのあと、病院で、みかけた。

 

 お兄さんと、お姉さん、いっしょで。

 とてもたのしそうに、わらっていた。

 

 ふたりは、きっと……。

 

 ぼくにでもすぐにわかった。

 だって、本の中の恋人同士が飛び出てきたのかと思うくらいだったから。

 

 

「……落ち着いてなどいられるか!

 こうしている間にも、彼女が……! 」

 

「……あ……」

 

 お兄さんの、くるしそうな、かお……。

 胸の辺りが、ずきずきと痛くなる。

 

――だいじなものとられたら、もっともっといたいんですよ? ――

 

 お姉さんのことばが、あたまのなかに、ひびく。

 

――自信、もってください――

 

「……」

 

 がたがたと震える足を、一歩だけ、まえに踏み出す。

 

「……お、おおお、お兄さんッ!! 」

 

「……? 君は……? 」

 

 

 

*         *          *

 

 

 

(どうして、あんな……! なにを、つまらないことを! )

 

(彼女がだれを想っていようが、そんなの、どうでもいい! 関係ない!

 いいじゃあないか、それでも……)

 

(……僕は……だれよりも……!! )

 

「ちくしょう、無事で、いてくれ!! 」

 

(それだけでいいんだ! それだけで、いいから……!! )

 

 アヴドゥルさんが目撃してくれた……彼女が連れ去られたという方向だけを頼りに街を駆け回るも、居所なんて見当もつかない。焦りで余計に頭が回らなくなっていた。

 

「くそ、どこだ! 」

「だめだ、闇雲に探しても……。一度落ち着……」

「……落ち着いてなどいられるか! こうしている間にも、彼女が……! 」

 

 そうだ、この瞬間にも……

 そんなふうに想像するだけで頭がどうにかなりそうだった。

 

 おぞましいそれを必死に振り払おうとかぶりを振る僕におずおずとかけられる声。

 

「……お、おおお、お兄さんッ!! 」

 

「……? 君は……? 」

 

 見たことのない、少年だった。

 

 そう。『見た』ことは……。

 

 なにかがひっかかった。

 そんな僕に、少年は続けた。

 

「お、お、お姉さんの居場所を、僕は知っているのです! 教えるのです! 」

 

「な、なんだってぇッ!? 」

 

 衝撃的なことを言い出した彼を、ポルナレフと承太郎が囲む。

 

「あーん? ガキンチョ、おめー。知ってるって……もしやDIOの!?

 けっ! そんなうめぇ話信じられっかよ!

 もうオレは女でも子どもでも騙されてやんねーからな!! 」

「その本……てめー、スタンド使いだな。

 ノコノコ出てきやがるとはいい度胸だ。殴られてぇみたいだな……」

 

「ひぃぃぃぃっ! ぼ、ぼ、ぼくを殴るなら、あとでいくらでも殴ればいいのです!

 で、でも今は、は、はやく行ってあげてほしいのです!

 お姉さんが、あ、あぶないのです! 」

 

「……」

 

「おねがいです! ……し、信じて!! 」

 

「……わかった。案内してくれ! 早く!! 」

 

「は、ははは、はいーっ!! 」

 

 

 

「あ、あそこなのです! あの、黒い屋根の……! 」

 

「……あそこだな! よし!! 」

 

 

 

 急ぎハイエロファントの触手を伸ばし窓から彼女の姿を確認した瞬間から、あまり記憶がない。

 気がついたら僕自身も突入していた。

 

 どうして彼を信じる気になったのか。

 藁にもすがる、それもあった……が。どこかで聞き覚えのある声……というか特徴的な口調だと思った。

 

 そして、ようやく思い出した。

 

 病院で彼女が助けた、あの虐められていた少年、だ。

 

 まさか、スタンド使い、しかも敵方の、だったとは。

 

 情けは人の為ならず。それをこれほど実感したのは初めてだ。

 

 間一髪。

 

 ハイエロファントを通じてとらえた会話。

 ここにたどり着くのがもう少し遅かったならば……

 

 ……考えたくもない。吐きそうだ。

 

 

 

「仁美さん! だいじょうぶですか?! 」

「う、うん。だいじょうぶ……。

 ちょっと、薬でしびれている、だけ、だから……」

 

 へたり込んでしまっている彼女。急ぎ駆け寄り様子をうかがう。

 笑顔を無理矢理作りながらも、その顔色は真っ青だ。そして、小刻みに震えている。

 

(……ああ……)

 

 薬のせい……それだけな、わけがない。

 

(いったい、どれだけの……)

 

 つよく抱きしめたい。そんな衝動がこみあげてくる。

 

(……っ! だめだ! )

 

 が、しかし、思い出す。

 彼女のつよいことばを……意思を。

 これも、さっき聞こえてしまった、あの……

 

 

――私の……こころにいるのは……たったひとり……――

 

 

(……そうだよな。

 なのに、何度も、僕は……。

 もう……ゆるされない、よな……)

 

 拳を握りしめ自分を抑えていると、うつむいたままぽつりと、彼女が零す。

 

「……だけど……」

 

 かおをあげ、僕をじっとみる。

 その瞳が徐々にうるんでくるのがわかった。

 

「……っ! 」

 

 それがあふれこぼれると同時だった。僕の胸に、ためらいがちに飛び込んでくる。

 

「……え? あ……!? 」

 

「……こわ、かった……こわかったよ……」

 

「仁美さ、ん……? 」

 

(……ゆるして、くれるのか……?

 僕は、あなたに……ふれても、いいのか……? )

 

 震える腕をまわし、おそるおそる、彼女を包み込む。

 

「……もう、だいじょうぶ。だいじょうぶだから」

「う、ん。うん……! 」

 

 そっと。壊してしまわないように、だいじに。

 

「っく、こわかったよ……

 ぜったい、いや、で……

 なんかいでもはねとばすって、きめ……

 でも、もう、だめなのかなって、やっぱり、ちょっと、おもっ……

 そしたら……

 どうして? ……いつも……

 たすけてっておもったら、ほんとに……

 ……私、あんなに……

 あなたに……さっき嫌な、こと……。

 ごめんね……」

 

 ことばにならないことばが、彼女の口から次々とあふれてくる。

 

「……もう、いいから。

 僕こそ昨日は……ごめん。

 無事で、よかった」

 

 抱きしめる力をつよくする。

 

「あなたになにかあったら、僕は……! 」

 

 なみだでぐしゃぐしゃのかおをあげ、また僕をじっとみる彼女。

 吸い込まれそうなその瞳から目がはなせなかった。

 

「……花京院くん……」

「……仁美さん……」

 

「……す」

 

 次のことばを僕が発そうとした、まさにその瞬間、ドアが開いた。

 

「花京院! いたか!? 」

「あいつは? 無事か!? 」

「はええよ、おまえ……」

「あ、ホルホース! またこいつか!

 うお、ボコボコじゃねーか。白目むいて泡ふいてる……。今度こそ再起不能だな」

「グゥウ……(チッ、またいちゃついてやがる。後輩のくせに生意気な……)」

 

 次々となだれ込んでくる仲間たち。

 

「……あっ! 」

「あっ……!」

 

 

「やー! スマンスマン。じゃ、どうぞ続きを……」

 

 そういって、後ずさっていくみんな。

 扉が閉まり、取り残される、僕らふたり……。

 

「……」

「……」

 

(続き……って……できるか!! )

 

「……も、もどりましょうか」

「う、うん」

 

「あ、そ、そうか。歩けない、ですよね?

 あの……、し、失礼します」

 

 いつかのように、彼女を横抱きに抱え上げる。

 

「ご、ごめ、ん……」

 

 遠慮がちに体重をあずける彼女。

 あたたかい、心地よい重みを感じる。

 

「花京院くん……」

 

 ようやく実感した安堵。それを噛みしめながら歩きだそうとしたところで、そっと、名まえをささやかれる。

 

「……ん? なんですか? 」

 

 訊ねると、こういって彼女はすこしはずかしそうに……でも、僕にくれた。

 

「……たすけてくれて、ありがとう」

 

 花のような、満面の笑みを。

 

(……ああ、そうだ。そうだった。僕は……)

 

 おもいだす。

 いつか、あの船の上、おもったことを。

 

 好きとか、恋とか、いったいなにか。そんな定義など、わからなかった。

 でも、いっそもう、どうでもいいんだ。そんなこと、と。

 

「どう、したの? 」

「……いいえ。さ、いきますよ」

「……うん」

 

 ……ただ、あなたがわらってくれるなら、僕は……

 

 それで、それだけで……。

 

 

 

*         *          *

 

 

 

(……)

 

 あたたかい、彼の腕の中で、おもう。

 

(……ほんと、ばか、だな。私)

 

 なにをうろたえていたのだろう。

 

 こんなにも、この心にははっきりとしたこたえがあったのに。

 

(……もう、懼れたり、しない)

 

 

 やるべき、こと。

 

 なによりたいせつな、もの。

 

 つらぬきたい、想い。

 

 

 ……私の、すべてをかけて。

 

 

 

 

 

 




全く原作に沿ってない上に、一人やたらとゲスくなってしまいすみません。これもひとえにポルナレフ氏の鼻の穴を護る……そのためなのです。……嘘なのです。またいずれ彼にはちゃんと挽回の機会が用意されているはずなので、どうかその銃をお納めくださいませ……。


もうすぐこのお話も完結です……が、性懲りもなく次回作も本作品にちなんだものにする可能性が高いです。どんなのだったら、また読んでやってもいいぜ? と思って頂けるでしょうか?

  • そのまま4部にクルセイダース達突入
  • 花京院と彼女のその後の日常ラブコメ
  • 花京院の息子と娘が三部にトリップする話
  • 花京院が他作品の世界へ。クロスオーバー。
  • 読んでほしいなら死ぬ気で全部書きやがれ!
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