前回投稿させて頂いた番外編と雰囲気が違い過ぎるってばよ……
「ふぅ……」
溜息と共にベッドからむくりと起き上がる。
氷塊舞う地下下水道でイギーと彼女ともに僕達が鳥のスタンド使いを撃退したその夜のことだ。
流石は敵の本拠地。連日に渡り絶え間なく敵の襲撃がある中、無論疲労も蓄積している。休めるときに休んでおかねばと早めに横になったものの、神経が昂ってしまっているようで到底眠れる気などしなかった。少し外の空気でも吸おうと思い立ち、部屋を出る。
世界中に自分しか存在していないのではないか。そんな壮大な勘違いをしてしまうほど静かな、物音ひとつしない廊下を僕の足音だけが響く。それでもまっしろい螺旋階段を上りきったところでカーテンの揺れる硝子窓のむこう、バルコニーにたたずむひとつの影をみつけた。
「……仁美さん、どうしました? 眠れないんですか?」
そこへと続く扉をゆっくりと開け放ち、その背中に声をかける。流れ込んでくる清廉で神聖な香りを纏った空気に心が洗われていく気がした。
「あ、花京院くん。うん、そうなの。だから……」
はにかみ、うなずいたのち、上を向く。
「星、みてたんだ。きれいだよ」
「……ほんとうだ」
自分もみあげると、まさに一億の星。それが今にもこぼれおちてきそうな圧巻の夜空だった。深い藍色の空一面に様々な光度、様々な光彩で散りばめられた無数の星が煌めいている。
そんな美しい星空の下でカイロの街が眠っていた。ほのかな光をいっぱいに浴びて石畳は星明りに白々とのびている。街灯なんていらない。夜道を星の光だけで歩けそうなほどだ。
「それに、ほら」
「ああ……」
輝く星々。これだけでも既に充分絢爛で眩暈がするほどなのに、なおも続きがあるらしい。
彼女が指したそれは空の高いところでひときわ明るい光を放ちながら、星と雲の間をゆっくりとあるいていく。
溶けてしまいそうに柔らかく、しかし星影が霞むほどの鮮やかな月光を放つ満月。きもちよさそうに空を泳ぐそれに導かれ僕の頭にもぼんやりとひとつある考えが浮かぶ。
それを口に出そうかどうしようか。豪華な夜空に気を取られているふりをしながら、ちらりと隣をうかがいみると、躊躇しているその隙に僕はまんまと先回りをされてしまう。
「……『今夜は、月がとても綺麗ですね』」
月の光が彼女の綺麗な黒い髪を伝い、白く滑らかな頬を、つややかな唇を、滑る。
「えッ……?」
「……」
「い、いまのは……?」
「……ん? ことばのとおり、だけど?」
すこしだけ顔をのぞかせたかと思うと、それはすぐに微笑と共に雲のすき間に隠されてしまう。
「それは、もしかして……っ!」
しりたくて、つかみたくて、しかたがなかった。
しかし、月明かりの下にさらそうと投げかけた僕のことばはかき消されてしまう。
「あ、流れ星!」
「あ……」
視線の真っ直ぐ先、流星が長く輝く光の尾をたなびかせながら、虚空を斜めにおりていく。
瞬間の儚い発光は月明かりにも勝るほどだった。目を凝らすと、細かく、でもたしかに存在する
「御願い! 願いごとしなきゃ! ほら、もういっかい来そう!」
促され、彼女にならい、目を閉じる。
願えば叶う、そんなのおとぎ話だけの世界だ。そんなことはもちろんわかっていた。
けれども心に決めた、確固たる想い。それをかたちにしたくて、一心不乱に祈った。
切なる、心からの願いを。
静寂がとおりすぎたのち、ゆっくりと瞼を持ち上げ、問いかける。
「……なにを御願いしたんですか?」
「もちろん、ひとつはみんなが無事、目的を達成できますように。
それと、もうひとつは……秘密。そっちは?」
「おんなじですね。一個目は。もうひとつは……僕も秘密です」
ふわふわとくすぐったい感覚を胸にひそかに忍ばせながら、こたえを告げ合う。
「叶うと、いいな」
「叶いますよ。叶えて、みせる」
「……うん。かならず」
淡くまわりを取り巻くすべてに背中を押され、僕は彼女にひとつ提案をすることにした。
「ああ、そうだ。御願いといえば……
僕、あなたにずっとまえから御願いしたいことがあったんですよね」
「そうなの? なに?」
そう切り出すと、なぜかとてもうれしそうに、空のそれらに負けないくらいその瞳を輝かせる彼女。
「……僕の……」
息をすいこむ。僕のそれにつられるかのように、天でも星がもうひとすじ、ながれる。
「絵の……モデルになってくれませんか?」
「……―ッ!!」
「そ、そんなに緊張しなくても……。別に動いても喋ってもだいじょうぶですから。
はい、とりあえず、ちゃんと息はしましょう」
「……ぷはぁっ! は、はい……」
「いいんですよ、僕が描きたいのはそのままのあなたなんだから。意識しないで、リラックスしていてください」
「そ、そういわれましても……」
「ふっ、まぁ、それもそうか」
こういうことにはてんで不器用な彼女を微笑ましくおもいつつも、対策に頭を捻らせる。このままでは2ビットな彼女に仕上がってしまうのは確実だ。それはそれで、らしくていいのかもしれないが。
「では……、そうだ」
そして、ほどなくして僕はおもいついた。最高の名案を。
「なにかすきなもののことでも考えていてください。
もふもふな犬や猫と戯れている、でも、
発売したてのシリーズ最新作のゲームをプレイしている、でも、
休みの日の朝に二度寝をする瞬間、でも
推理小説の犯人当てに見事成功した、でも
極上の巨大苺パフェを目の前にしている、でも……なんでもいい」
「すきな……もの?」
「ええ」
「……わかった」
目論みは、どうやら成功したらしい。
彼女はうかべる。
僕の描きたくてしかたがなかった、その表情を。
闇に包まれた夜だなんて、到底思えない。
だって僕の目に映るすべてが、あまりにもまぶしくて、あまりにもあざやかに彩づいてみえるから。
けれど、きっとそれは、月のせいでも、星々のせいでもなくて……
しあわせ、だとおもった。
こんなふうに、
ひとりじめをして……
ただ、みつめて……
……ずっとこの瞬間が、続いたらいいのに。
「……っ、くしゅん!」
「ご、ごめん」
「おっと! 寒いですか?」
「ううん。昼間のアレにくらべたら、全然」
絶対零度に包まれたあの瞬間を思い出すみたいに身震いしたかとおもうと、あっけらかんとそれを吹き飛ばす。
「そりゃあそうでしょうけど……。もう戻りましょうか」
「だいじょうぶだよ。どっちかというと、空気が澄んでてきもちいいから」
「そうですか?」
改めて空を見やると、澄みきった空気が冴え冴えとした星を幾分近くに感じさせていた。
「まぁ、たしかに。だから……星もくっきりとみえるのかな」
「うん」
星空に彩られたしんしんと冷たい空気は吸い込むたびにどこか晴れやかな気分をもたらしてくれるようだった。頬にぴりりと吹きつける風ですら何故かすこし心地よい。
「日本も今寒そうだね。真冬だもんね。今日……1月の15日か。
そういえば、ジョースターさんが言っていたんだけど、承太郎君、誕生日らしいよ。もうすぐ」
「へぇ、そうなんですね」
「その日はサプライズパーティーしようって。皆で」
「おお! それは実にいい案だ。あいつのびっくり顔なんてめったにお目にかかれませんからね」
「ふふ、そうだね!」
驚きといっしょに彼の顔に浮かぶにちがいない。
ぶっきらぼうなそれでも到底隠しきれない、満面のよろこびが。
その瞬間を想像してこちらまで笑みが漏れてしまっている僕に彼女がにこにこと訊ねる。
「花京院くんは夏だっけ? 誕生日。たのしみだね」
「はい。まぁ、まだまだ先ですけどね。
というか、この歳にもなって……。もう別にそんなにたのしみでもないですよ」
「ええ? そうかな? 私はたのしみだけど」
「やっぱり。こどもなんだから。
ふっ。それも、とてもあなたらしいけど」
ほほえましさにおもわずさらに表情が緩む。
「ち、ちがうよ。『自分の』が、じゃあなくて、その……」
しかしそれに対し首を振ると、彼女はたどたどしくも懸命に訂正する。意外な箇所を。
「……『あなたの』が」
「あ……」
「お祝い、するね」
「……そうか。なら、僕も……すごく、たのしみになってしまったかも、しれない」
こちらが逆光でよかった。そう心から感謝し浮き立つように湧き出る想いを覆い隠していると、彼女はさらに僕に対してとんでもない宿題をだそうとする。
「じゃあ、なにがほしいか、考えておいてね?」
「え……?」
(……僕が、ほしいもの……?)
「っ! そ、それは、僕ではなく、あなたが考えることでしょう?!」
考える余地なんてあるはずもなく瞬時に浮かんでしまったこたえ。
それを悟られないよう、どうにか誤魔化す。
「うん。でも……ちゃんと花京院くんの『ほんとうにほしいもの』を、あげたいから」
真剣すぎるそのまなざしから、すこしだけ視線を逸らして、心でそらんじる。
(いったら……くれるというのだろうか)
ならば、いつか、いってみようか。
僕はほしい、と。
世界中のほかのだれでもない。
あなただけが僕にあげることができる『それ』が。
「けど、それもそっか。じゃあ、がんばって考えるね」
「……はい。そうしてください。ちゃんとお返ししますから。数倍にして。
しかし……あれ? あなたの誕生日は……いつでしたっけ? そういえば聞いたことがなかったな……」
僕のその疑問に対し、よくわからないことをいう彼女。
「ほんと? うれしいな。
でも、もう、もらっているんだよね。私、実は」
「え?」
「あの日だったの。私の誕生日」
「あの日、って?」
「……みんなと、はじめて出逢った日」
「は!? ほんとに?」
「うん。ほんとに。噓みたいでしょう? でもほんとなんだ」
そういって僕に背をむけ、バルコニーの手すりをぎゅっと握りしめる。
「……だから、もう……じゅうぶん、かな」
まっくらな夜に呑み込まれてしまいそうなほど掠れた、今にも消え入りそうなその声を僕はあわててすくい上げる。
「……だめです」
「え?」
そして、跳ねのけてやる。
「全然足りない。そんなのじゃあ。
たのしみに、しておいてください。『自分の』も」
「……そっか。
っ……! たのしみ、すぎるかも……」
「……もう、なんで泣くかな」
「ふふ、なんでだろ? ……おかしいね」
「さ、わらって。
じゃないと、そのなきがお、描いちゃいますよ?」
「……うん」
目尻の雫を指先で拭い、月夜を仰ぐ。
それをみているとふと思い出した。虚空にぽっかりと浮かび、冴え冴えとした青い光を放つ
言いようもない焦燥と不安に駆られ、気付いたら僕は口にしていた。
「……帰っちゃわないでくださいね」
「……え?」
「月に」
輝夜姫なんかより、きっと、もっと、ずっときれいだけど。
もちろん実物を見たことなんてない。けれども僕には確信があった。
なぜなら僕にとってこれ以上にうつくしいものなんて存在しえないからだ。
「ふふ、もう、急になにいってるの? 帰らないよ、そんなところに。だって……」
おだやかでやさしい碧の瞳が静かに、まっすぐで強い光をはなつ。
「私は、日本に帰るんだもん。
ちゃんとぜんぶ終わってから。みんなでいっしょに……ぜったい」
まん丸の大きな月が僕らを護るように照らした。
『そうしたら』
その光に心を奪われて、つい零れそうになったことば。それを月と星たちの視線を感じ、どうにか呑み込むと代わりに絵筆を走らせる。
向かいに佇む教会の屋根に青白い月光が流れて美しく砕ける。
月光花。まるで、月の光に咲き出た一輪の花のようだった。
やわらかな月明かりを全身に浴びて、僕にほほえみかける彼女は……
やっぱり、しんじられないくらいに綺麗で。
そのすがたを、とどめるように、やきつけるように……夢中で描いた。
キャンバスだけではない、なにかにも。
「……よし、これくらいにしておこうかな。
ありがとうございました」
後ろ髪を引き続けるなにかを振り払いつつ、それをおくびにも出さぬよう努めながらいう。
「え? もういいの?」
「ええ。つづきは、また、で」
「わかった。また、ね」
「……はい、また」
そう己にもいいきかせながら。
「どんな感じ? みせて?」
いいつつ、僕の手元を覗き込もうとする彼女。
「……だめです」
させまいと、スケッチブックを高く掲げる。
「ええ? いいじゃない」
「ちゃんと、完成してからね」
「もう、ぜったいだよ?」
「はいはい。ぜったい、ね」
「さあ、あまり身体を冷やすのはよくない。そろそろ、もどりましょう」
「うん……」
「じゃあ……」
「……うん」
彼女の部屋の前。先程のお返しをしておくことにする。
「ああそうだ。さっきの……『返事』ですけど」
「ん? ……なんのことかな?」
とぼける彼女にはっきりと告げる。
「僕は、『もう、死んでもいい』」
「え!?」
「……じゃあ」
「ちょ、ちょっとまって!」
「なんですか?」
「そ、それって、もしかして……あ、あの……?」
「ふっ。さぁ? ……ことばのとおり、ですが?」
「っ!」
「じゃあ、おやすみなさい。また……あした」
「お、おやすみなさい……」
星も月も、示し合わせたのかとおもった。
まるで夢の景色の様な、それは嘘みたいにただひたすらに綺麗な夜空だった。
狂おしいほどせつなくて、どこかかなしくなるほどに。
奇しくもこの夜が、そうだったなんて……
そんなこと、知るべくもない。
しっていたら……僕は……。
決戦前夜。
僕たちが、DIOの館に突入したのは……この翌日のことだった。
もうすぐこのお話も完結です……が、性懲りもなく次回作も本作品にちなんだものにする可能性が高いです。どんなのだったら、また読んでやってもいいぜ? と思って頂けるでしょうか?
-
そのまま4部にクルセイダース達突入
-
花京院と彼女のその後の日常ラブコメ
-
花京院の息子と娘が三部にトリップする話
-
花京院が他作品の世界へ。クロスオーバー。
-
読んでほしいなら死ぬ気で全部書きやがれ!