私の生まれた理由   作:hi-nya

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THE TIME

 僕には友人がいない。

 

 

 ……いや、いなかった。

 

 

 ずっと、ひとりだった。

 

 それでかまわないと、おもっていた。

 

 うまれたときからそばにいた、相棒。

 その存在を、ずっと隠して。

 

 ほんとうの自分など、だれにもみせずに。

 

 ずっと、そうして生きていくのだ。

 そう、おもっていた。

 

 卑下など、しているつもりはなかった。

 むしろ誇らしくおもっていた。

 

 その、はずだった。

 

 しかし、こころの片隅で、ほんの、かたすみで……

 

 やはり、引け目に思っていたのかもしれない。

 

 自分が、異能者であることを。

 

 

 どうして、僕だけ、と。

 

 すきでこんなふうにうまれたわけじゃあないのに、と。

 

 

 そして、DIOに出会った。

 

 なんという不運、そして、皮肉だろうか。

 密かに、確かに、『いつか』と心の奥底で求めてしまっていた、初めて『みえる』相手が、こんな怪物だったなんて。

 

 ──恐れることはないんだよ。友だちになろう──

 

 僕は自分を呪う! 

 それを聞いて僕はホッとしたんだ。

 正直いって心の底から安心したんだ。まだまだ生きられるんだ! そう思った。

 

 しかし、屈辱だ。ゆるせない。

 これ以上の屈辱はない。

 自分がゆるせなかった。

 ヤツに精神的に屈した自分を呪った。

 

 あの瞬間、僕は、失ったのだ。

 誇りを。『己』を。

 

 取り戻したかった。

 ……乗り超えたかった。

 

 そう誓って、同行を決めたこの旅で……

 

 僕はみつけたのだ。

 

 はじめて、気持ちの通じあう、仲間を、友を。

 

 この世にただひとりの……

 

 ……運命の女性(ひと)を。

 

 

 そうしてようやく現在(いま)……

 

 

 僕はここに立っている。

 

 

 

 *         *          *

 

 

 

 DIOの得体の知れない底のなさ。

 改めてそれを痛感した僕らは、承太郎の意見を採用し三隊に分かれて行動することにした。

 

「くそ、やつめ! 飛び道具を覚えおったか!」

 

 ジョースターさんがバックミラーを憎々し気に睨む。

 

 承太郎とポルナレフ、アヴドゥルさんとイギーが各々行動を開始するため路地裏に消えた。それを見送ったのち、僕達が乗り込んだ車も発進してまもなく、DIOとの『鬼ごっこ』は再開した。

 路上に停めてある自動車、バイク、道路標識、郵便ポスト、ドラム缶……細大問わずあらゆる物が後方から勢いよく飛んでくる。

 こちらの動きを牽制する目的か、いや、ただ『射的』を楽しんでいるだけかもしれない。これは狩り(ハンティング)なのだ。罪もない野生動物に銃身を向ける金持ちの道楽狩人(ハンター)にでもなった気分なのだろう。まず、足を奪う。その定石を辿るつもりなのだ。先程体験した、『世界(ザ・ワールド)』のあの未知の力。その気になれば僕達を仕留めることなど本来容易なはずなのだから。奴にとって僕達はいつでも捕まえられる籠の鳥なのだ。

 

(ん……?)

 

 そこで、ひっかかった。なにかが。

 

「任せてください!」

 

 しかし僕が思考を巡らせている間にも脅威は次から次へと迫ってくる。させるものかと彼女が車体をセシリアで覆い、飛来物から護る。

 

「……また来る!」

「あ、あれはッ!」

 

「う、うわぁあぁああああーーーッッ!!」

 

 だが、次にそのスタンドが掴み放り投げてきたのは『生きている人間』だった。偶々奴の目に留まっただけであろうに。救急車のサイレンのようにドップラー効果を伴い、悲哀に満ちた甲高い叫び声が猛スピードで接近してくる。

 

「いけない! ……ッ! ご、ごめんなさい!」

 

 彼女がそれをおいそれと見捨てられるはずもない。とっさにセシリアの保護対象をその人物に移行する。が、このままではトラックとの衝突は避けられない。

 

「くっ! ジョースターさんッ!」

「うむ!!」

 

 瞬時に彼女を抱え、『法皇(ハイエロファント)』の触手を伸ばし車内から辛くも脱出する。

 それにすぐさまジョースターさんも続く。同様に『隠者の紫(ハーミットパープル)』の薔薇の花のつるの様なそれを絡ませて近くの建物に飛び移る。

 

 激突の衝撃で独楽のように弾き飛ばされ、乗っていたトラックは壁に激突した。

 一方僕達はそのまま上方に移動しひとつのビルの屋上に降り立つ。

 

「すみません、ジョースターさん……ごめんね、花京院くん」

 

 抱えていた彼女を下ろした途端、しゅんと小さくなり頭を下げる。

 

 なんで謝るんだろう。そんな必要などないのに。

 歯がゆくてしかたがない。

 

 そもそも自分の方がよっぽどつらいだろうに。どうして他人のためにばかり無理をするのだろう。もっと自分のことだけ考えていてほしいのに。

 

 このひとはいつもこうだ。

 

 その憔悴しきった、悲痛な表情をそれ以上みていられず、視線を移す。

 炎が上がり、まっ黒い煙が立ち昇る車。

 それへとゆっくり歩みを進めてくるDIO……因縁のその相手を眼下にとらえる。

 

「……セシリア、戻って」

 

 何が起こったかわからないまま、走り去る投げ飛ばされた男の無事を確認し、彼女がスタンドを戻す。

 

 羽を休める、薄桃色の美しい鳥。

 

 ずっと頭に渦巻いていた考えが急速にまとまっていくのを感じた。

 

「花京院くん……?」

「行こう。とりあえず距離をとるぞ! ……? 花京院?」

 

 それを、口に出す。

 

「……思いつきました。……ヤツの能力を、見破る方法を……!」

 

「……!?」

 

「……いってきます」

 

 二人が息を呑み、目を見張る。かまわずそれだけを言い残し、背をむけ飛び去ろうとした。

 

「……」

 

 しかし、裾をひかれる。

 

 彼女だった。

 

「……いかないで」

 

「ッ!」

 

 握りしめるその手に、震える指先に力が籠められるのがわかった。ぐっと胸が締め付けられる。

 いわれるとおもっていた、いや、正直にいうと、いってもらいたかったのかもしれない。その言葉。

 

「……とか、いわない」

 

 だが、ちがった。続きがあった。

 

「でも、なら……ついていく。私も」

 

 とんでもない提案が。これもそうだ。いつだって彼女は、僕の想像の斜め上を行く。

 

「なっ!? だめに決まっているだろう! 危険だ!」

「……そんなの、自分のほうが、でしょう? 

 私だって、そんなのひとりで行かせない」

 

 思わず声を荒げるも的を射た反論で返り討ちにあってしまう。

 

「はなれないでっていったの、あなたじゃない。

 私、はなれないから。ぜったいに」

 

「くっ……しかしッ! だれかが、やらなければならないんです! 

 血路を開かなければ!! このままでは……いずれ全員がッ!!」

 

「だめ。ぜったいにさせない……」

 

 綺麗な碧色の双眸が放つ、まっすぐな光が僕を貫く。

 

「……あなたひとりに、そんな役」

 

「ぐっ……」

 

 有無を言わせないちからを感じた。つよい、意思の、ちから。

 いつのまにこんなにも彼女はつよくなってしまったのだろうか。今日は本当に、そればっかりだ。

 たじろいでいる隙に、横から強烈な援護射撃まで飛んでくる。

 

「わしもこの娘と同意見じゃ、花京院。ひとりでなど行かせんよ。危険すぎる」

「ジョースターさん……」

 

 まくし立てるように畳みかけるように必死に彼女が言葉を紡ぐ。

 

「代案が、あればいいんでしょう? ジョースターさん、敵はジョースター家の方の気配を頼りにこちらへ向かってくる。ならばそれ以外の人間……私や、花京院くんの位置は、わからないはずですよね?」

「うむ、みつからなければ、大丈夫なはずだ。だが、近寄った状態で気取られたら終わり、そう思え」

「じゃあ、ジョースターさんは予定通り前方でDIOの注意をひきつける。

 あと、なにかあったときのバックアップをお願いします。

 私は花京院くんの近くに隠れていて……護る。

 それで、どうでしょう?」

 

「……うむ」

 

 ──あきらめろ、花京院──

 

 親友の言葉が頭をよぎる。

 背中を、押してくれる。

 

「……わかった」

 

 ならば、と覚悟を決める。

 

「ただし、僕からもあなたに条件がある」

 

 そして、ひとつ伝えておく。

 

「……なに?」

 

 想い出す。

 あの茜色の空を。

 夜露に濡れた一輪の美しい花がその蕾が開くかのように……

 

 彼女が僕にくれた、あの笑顔を。

 

「……あの『約束』を護ること」

 

 彼女の睫毛がぴくりと震える。揺れるその瞳をまっすぐに捉える。

 

「わかりますよね? そうでなければ……僕だって、いかせない。ぜったいに」

 

 

「……うん、わかった」

 

 

 

 あなたは皆を護る。

 

 それはもう、揺るぎはしない。

 確固たる信念なのだろう。

 

 だったら、決まっている。

 

 

 そんなあなたのことを……

 

 ……僕が護る。

 

 

 

 *         *          *

 

 

 

 鉄塔からカイロの街を見下ろす。

 生温かい夜の風がゆっくりと僕の頬を撫でていく。

 

「……法皇、出ろ」

 

 彼を見て、僕は考える。

 

 半年前のあの忌まわしい夜と全く同じだった。

 相棒と共に眺めた、この街並みも、風の匂いも。

 

 しかし、ちがう。まったくちがう。

 

「……頼むな」

 

 語りかけつつ、その触手をめいいっぱい伸ばす。

 

 気づかれないように。すみやかに。どこまでも。

 

 張り巡らせる。真っ暗な夜空を彼の碧色で飾る。

 

 そう、まるで、『鳥籠』のように。

 

 

 いまなら、想える。

 

 真に。

 

 心から、想える。

 

 この能力を持ち、生まれてきて、よかった、と。

 

 

 法皇を通じて全員の気配を感じ取ることができた。

 

 南西の方角には燃えるような熱き雄大な赤き光と小さくとも誇り高き黄土色の光。

 南東の方角には軽薄そうでいてその実一途で実直な銀色の光と寡黙にしかし何よりも強い輝きを放つ白金の光。

 少し前方にはすべてを穏やかに包み支える紫の光。

 そして、すぐ近くでやさしくあたたかく灯る、薄桃色の愛しき光。

 

 僕を照らす6つの星たち。

 

「……ありがとう」

 

 そして、収束する。

 半径20m。

 必要最小限、ぎりぎりの範囲で。その分、濃い密度で。

 結んでいく。

 繊細に、緻密に、精密に。

 

『法皇の結界』。

 

 どんな些細な糸口も見逃すことのないように。

 

 

 ……かまわない。

 

 この身など、朽ち果てても、かまわない。厭わない。

 

 奴を倒し、自らの誇りを取り戻せるならば。

 

 彼らが、目的を達することができるならば。

 

 ……あのひとの笑顔を、護ることができるならば。

 

 

 

 

 

「……花京院……!」

 

 降り立つ、禍々しき『黒』。

 

「……DIO……!!」

 

 

 とうとう来たのだ。

 

 

 この瞬間(とき)が。

 

 

「……くらえッ! DIOッ! 半径20mエメラルドスプラッシュをーッ!」

 

 

「マヌケが。知るがいい。『世界』の真の能力は……

 まさに! 『世界を支配する』能力だということを!」

 

 

 

「『世界(ザ・ワールド)』!」

 

 

 

 

 

 

もうすぐこのお話も完結です……が、性懲りもなく次回作も本作品にちなんだものにする可能性が高いです。どんなのだったら、また読んでやってもいいぜ? と思って頂けるでしょうか?

  • そのまま4部にクルセイダース達突入
  • 花京院と彼女のその後の日常ラブコメ
  • 花京院の息子と娘が三部にトリップする話
  • 花京院が他作品の世界へ。クロスオーバー。
  • 読んでほしいなら死ぬ気で全部書きやがれ!

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