私の生まれた理由   作:hi-nya

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Shooting Star

 寒い。

 

 

 

 

 

 身体が、冷たい。

 

 

 

 

 

 僕は……やられてしまったのか。

 

 

 

 

 

 そう思った。

 だが、それは間違いだったようだ。

 

「はっ!?」

 

 瞬きすらしたつもりはなかった。にもかかわらず、気がつくと水浸しで天を仰いでいた。ぐしゃぐしゃに破壊された貯水槽に己が半身を晒していることに気づく。

 

 攻撃を受けたのか? 何故急にこんなところに?

 何が起こったのかさっぱりわからない。そんな中、唯ひとつだけわかったことがあった。

 

 視界の端に僕を覆う薄桃色の光が映る。

 

「セシリ、ア……? 仁美さん……」

 

 僕は、護られたのだ。

 

 彼女への感謝を噛みしめつつも、その一方僕の頭の中は『奇妙な疑問』で占められていた。

 

(僕の、『法皇(ハイエロファント)の結界』は触れるものが手にとるようにわかる……)

 

 ──張り巡らされた蜘蛛の巣を壊さずに──

 

 その言葉にヒントを得た。

 察知能力に優れた、法皇の触手で形成した『結界』で取り囲めば『世界(ザ・ワールド)』に関して何かわかるのではないか、と。

 破られる可能性が高いこと。危険が伴う……命懸けの行為であることはわかっていた。

 しかしひきかえに、たしかに得た。

 

 この、『奇妙な疑問』。

 

(だが、今『結界』はDIOに全部一度に、同時に切断された……)

 

 唯一の突破口を。

 

(なぜ一本一本ではなく、少しの時間差もなく、一万分の一秒の差もなく……

 半径20mの結界は『同時』に切断されたのか? なぜ……?)

 

 あの日、ホルホースから彼女が聞き出してくれた、もうひとつの鍵が頭をよぎる。

 

 ずっと頭の片隅に何故かひっかかっていた、あるワード。

 

『次元が違う』

 

 次元。

 零次元空間とは、点、で表される。

 同様に一次元空間は、線。二次元空間は、面。三次元空間は、立体。そして……

 

 ……四次元。

 

(少しの時間差もなく……四次元空間……)

 

 DIOの『世界』の未知の、能力。

 

 真実に繋がるふたつの糸。

 それは、手繰り寄せると繋がっていた。

 

(……時間……)

 

 辿り着く。

 一つの答えに。

 

 

(……『時』!!)

 

 

(わ、わかったぞ! な、なんてことだ……それしか考えられない)

 

 

(『時間』だ! やつは『時』を止められるのだ……!)

 

 

(つ、伝えなくては……このことをッ!! この恐ろしい事実をみんなにッ!)

 

 すぐさま立ち上がり、一歩踏み出す。

 雨でもないのに地面に溜まった水滴がぴしゃりと跳ねる。

 

「花京院くん!!」

「花京院ッ!」

 

 いきなり『ふっとんでいた』僕の身を案じてくれたのだろう。血相を変えてこちらへと駆け寄ってくる彼女とジョースターさんに告げる。

 

「ジョースターさん! 仁美さん! 

 こいつの『世界』の能力は……時を、止められるということです!」

 

「えッ?!」

「な、なんじゃとッッ!?」

 

「止められるといってもおそらく数秒ほど。しかも、連続しては不可能……ッ!?」

 

 焦燥と高揚に押されそこまで一気にまくし立てたところで背筋に悪寒が走る。

 

 

「……やるじゃあないか、花京院」

 

 

 いつのまにか立っていた。正面のビルの屋上に。

 真っ赤な唇がにやりと不気味に吊り上がる。背後の宵闇と青白い月明かりがそれを一層際立たせていた。

 

「小娘もだ。褒めてやるよ。我が絶対なる『世界』の中において、なおその能力を如何なく発揮するとはな……ククク」

 

 発せられたその言葉に動揺しつつも確信する。先程、起こったであろうことを。

 

 DIOは『世界』で時を止めて僕を攻撃したが、彼女のセシリアがそれを阻み、通らなかったのだろう。DIOの言う通り、時の止まった中でも護れるとは……先読み、かつ自動防御、という特性ゆえだろうか。セシリアの優秀さに改めて感心してしまう。

 

 奴は続けた。嘲るような調子で、しかしぎろりと突き刺さるような視線が彼女に向けられる

 

「ときに小娘……先程のドライブは大層興があるものだったと思わないか?」

 

「思いません。思い出すだけで吐きそうです」

 

 少しの間も置くことなくきっぱりと言い放つ彼女。再び楽しそうにDIOは唇を歪ませる。

 

「ククク、口の減らん。……だが、反抗的な態度もそこまでだ。すぐに従順な犬になる」

 

「な、なんだと……?」

「一体……?」

 

「そのまま返すと……思っていたか?」

 

「ま、まさか……!?」

 

 忌々しい記憶が甦る。そうだ。僕もそ(・)う(・)だ(・)っ(・)た(・)。最初の数か月はな(・)ん(・)と(・)も(・)な(・)か(・)っ(・)た(・)。

 

 ある日、脳内に響き渡った『言葉』。

 

「……目覚めろ、小娘」

 

「ッ……え? あ……」

 

「そして『我を護れ』。ククク……」

 

「あ、……あ、あああああッッ!!」

 

 彼女がその『命令』を皮切りに頭を抱え、その場に苦しそうにうずくまる。

 

「ひ、仁美さん!」

 

「……」

 

「仁美さん……?」

 

 そして暫時の後、無言ですっと立ちあがり、恭しく礼をする。

 

「仰せのままに……DIO様」

 

「なッ!?」

「保乃!?」

 

 呆然としつつもジョースターさんが苦々しい表情で叫ぶ。

 

「くそ、しまった!! やはり埋め込まれておったのだ! 肉の芽ッ! あのときに!!」

 

 

「……月の影が、私に囁く」

 

 

 僕達があっけにとられているうちに、おもむろに彼女は両の手を天に掲げ、高らかに諳んじる。

 

「無数にある仮面を手に取れと。

 居並ぶ中から選び取り、私はそれを被るのです……裏切者の仮面を。

 生まれ変わるのです。恐ろしき娘に!!」

 

「ッ!?」

 

「あなたもいかがですか? とてもよい気分ですよ。最高に……ふふ」

 

「ククク。よし。さぁ、こちらへ来い、小娘。手始めにこのわたしが直々に血を吸ってやる。

 名誉あることだぞ。クク、ククククク……」

 

「そ、そんな! 駄目だッ!! 仁美さん! 行くな! 行かないでくれ」

 

「……」

 

「目を、覚ましてくれ……ッ!!」

 

 僕の呼びかけは虚空に響くのみで、その背中は遠ざかっていくばかりだった。

 

「くそッ! ……させるかッ!! エメラルドスプラッシュ!!」

 

 彼女が1m程の幅を軽く飛び越え、奴のいる隣のビルに移った瞬間、耐え切れずDIOに碧色の礫を放つ。

 

「……セシリア」

 

 しかし、それらは全て薄桃色の障壁に阻まれてしまう。

 

「クク、ククク……フハハハハ! 素晴らしい。我は最強の盾を手に入れたのだ」

 

「お誉めに預かり、光栄に御座います」

 

 勝ち誇るかのように仁王立ちをする奴の傍らにひざまずく彼女。

 

「フハハ! フハハハハ……ん?」

 

 しかし、高笑いもそこまでだった。

 

「ハッ!」

「な、なにィ!」

 

 気づく。奴の大腿に何かが突き刺さっていることに。

 

「こ、小娘、貴様ァッッ!!」

 

 苦し紛れに振り回された強烈な拳をセシリアが防ぐ。

 

「な、にを!? なにを注射したッ!?」

 

「……」

 

 その質問に彼女が答えることはなかった。

 

「く、そ……このわたしを……たばかると、は……」

 

 ふらふらと揺らぎ、怨嗟を唱えた後、その場に倒れ臥す。

 

「おやすみなさい……『DIO様』」

 

 

 

「はぁ……まったく」

 

 溜息をつきながら、僕もビルを飛び越え彼女の元へ歩み寄る。

 

「ど、どーゆーこと? や、保乃、おまえさん、だいじょうぶなんか……?」

 

 恐る恐る目を瞬かせながらも僕に続くジョースターさんに説明する。

 

「大丈夫ですよ。彼女は……操られてなどいません」

 

「え!? わ、わかっていたのか? 花京院」

「ええ。途中から、ですが。僕にだけ伝わる『メッセージ』があったので」

 

 すぐにわかった。思い出す。先日、ジョースターさん達と合流する直前、ルクソールで小さな淑女(レディ)たちに彼女とやらされた。『リアルおままごとver3:奪われる男』。

 

「ありがとう。わかってくれて」

「ほんと、意外と演技派なんだから」

「そっちの方が迫真の演技だったと思うけど?」

「そりゃあ……」

 

 そうだ。わかっていた。演技だなんて。

 信じていた。彼女のことを。

 それでも、しかたがないだろう。あんな、他の男の元に歩みを進める彼女の背中を見せつけられたのだから。

 言えるわけがない。白い首筋に牙を立てられるその姿を想像してしまい、嫉妬の炎に焼かれて狂いそうになった、だなんて。

 

「い、いいんですよ、もう」

「?」

 

「しかし、何を注射したんじゃ?」

 

 ジョースターさんの質問に、どこに隠していたのか彼女は一本の茶色の薬瓶を取り出す。そのラベルには『劇薬』の文字。

 

「プロポフォール……鎮静効果のある静脈麻酔薬です」

「ど、どこでそんなもの……って、病院か!?」

 

 ジョースターさんの言葉に頷く彼女。

 

「はい。こないだ私、ホルホースさんに変な薬かがされたじゃあないですか。あのあと、後遺症がないかとか調べてくれたんですよ。花京院くんが。町の図書館で」

「そうですね。あなたが結局あの時も病院行きたがらなかったからですね」

「だって病院嫌……。と、ともかくそのときに本で見た麻酔薬の名前の中にあったなって目について。もしかしたらなにか役に立つかもと、拝借させていただいていたのですが」

 

 先程の彼女の台詞の意味をようやく理解する。

 

「『前科一犯』、ね」

「ちゃ、ちゃんと弁償して戻しておくから……だ、だめかな?」

「わしがやっとくよ。そんなもの。あとでいくらでもな」

 

「……車に同乗させられた時、刺されそうになったんです。肉の芽」

 

 そして、彼女は当時の状況を僕達に語り始めた。

 

「けれど、脳に達する前にセシリアが護ってくれたんです。こっそり包み込んで排出してくれた。で、思いついたんです。ああ、このまま刺されたって思わせておいた方が後々いいかもしれない、と」

 

「それにしたって……わしらには言っといてくれてもいいだろう?」

「だ、だって、危険だからって、止められると思いましたし……」

 

 当然の恨み節に焦りつつも彼女があっけらかんという。

 

「それにジョースターさん、言っていたじゃあないですか。前にポルナレフさんに。

 敵を欺くには、まず味方からって」

「……おまえさん、誰かに似てきたんじゃあないのか? まったく、一本取られたわい!」

 

 からからと翁が笑う。少しだけ弛緩した空気のあと、全員が表情を引き締める。

 

「が、安心するのはまだ早い」

「はい、とりあえず一番太い注射筒めいっぱいに入れてみましたが……いつまで効果があるか。血管に入ってないかもしれないし、『吸血鬼に対しての至適使用量』なんて説明書には書いてなかったので」

「当たり前でしょう。うーん、日の出まで持つとは到底思えませんね。……しかたがない」

 

 思い立ち、彼女に訊ねる。

 

「仁美さん、『あれ』できます?」

「あ、あれね。うん」

「と、とりあえずちょっと離れんか? こやつ、いつ起きるかわからんし……」

「そうですね」

「では……ハイエロファント!」

 

 念のため距離をとり、元居たビルの方に戻ると、法皇の触手を伸ばす。

 

「仁美さん」

「うん!」

 

 ハイエロファントを建物全体にはりめぐらせ、限りなく細くした触手をヤツの近くに出し、その足首に絡み付かせる。加えてむき出しの部分をセシリアでコーティングする。

 

 補縛の技として考えた『鎖』であった。

 

「この鎖で僕達が拘束していますので。ジョースターさんは承太郎達を連れて来てもらえますか?」

 

「ああ、わかった。急いで行って来よう」

 

 

 

 そうしてジョースターさんが『隠者の紫(ハーミットパープル)』の茨をロープ代わりに夜の町へと飛び去った。

 そのすぐあとのことだった。

 

「あ、いけない。忘れるところだった」

 

 おもむろに彼女がポケットから何かを取り出し、こちらに差し出す。

 

「花京院くん、これ……ありがとう」

 

 赤く輝く石。僕がアスワンで彼女にもらった、『御護り』だ。

 

 ──いつ何時も、この石は心に想うその相手のことを護ってくれるだろう──

 

 願掛けではないが、せめて、と気づかれないようにそっと今朝、会話を交わした際に彼女のポケットに放り込んでおいたのだ。いつのまにか気づかれていたらしい。

 

「あまり役に立ちませんでしたね……」

「ううん。私が今こうしてここにいられるの……たぶんこれのおかげだから」

 

 言いつつ彼女はなにかを思い浮かべるかのように目を細める。

 

「というか、だめじゃない。これはあなたを護ってもらうためにあげたのに。なので、今更だけどお返しさせていただきます。はい」

「いえ。もう少しあなたが持っていて……」

 

 固辞しようとした僕の言葉を遮るようにドスの効いた声が響く。

 

「……じゃあ、投げる」

 

「だ、だめですよ! わ、わかりました。わかりましたから……」

 

 甲子園のエースさながら振りかぶる彼女に本気を感じ、慌てて止める。しぶしぶ受け取り首にかけながら、ずっと気にかかっていたことを僕はとうとう口に出していた。

 

「その……だいじょうぶですか? って、そんなわけないですよね……すみません」

「え? なにが?」

「なにがって……。そりゃあ……その、身体の調子と、腕……痛いだろうし、えっと、不便だろうし……」

 

 何と言っていいのかわからず、ついしどろもどろになってしまう。もっとうまく気のきいたことをいってあげられたらいいのに。もどかしい。

 

「ああ。痛いのは痛いけど、点滴のおかげかもうずいぶん楽になったから。血の気も戻ってきたし。ありがと」

 

 しかし、気にする様子を微塵もみせず、彼女はそういって、微笑を浮かべる。

 

 無理なんてしていない……そんなわけがない。

 

 無力感に苛まされていると、彼女は少しの間をおいて、こう続けた。

 

「不便かぁ。それが別に、いまのところ。

 歩きにくいのも慣れてきたし。まだ正直、実感がないのかもね」

 

「そう、ですか……」

 

 むしろ、敢えて実感させるようなことを僕は言ってしまったのかもしれない。そう後悔したが、遅かった。

 

「あー、でも、ひとつ、思いついた……かな」

 

 すると、ぽつりと呟く彼女。

 

「……なんですか?」

 

 躊躇いつつも訊ねると、あちらからも躊躇いがちに答えが返ってくる。

 

「ん……? もう私、結婚できないなぁ……って」

 

「は? なんで?」

 

 片腕があろうがなかろうが、彼女は彼女だ。なんの関係もない。

 

 そんな当たり前のことを想っていた。

 

 しかし、どうやらそういう意味とは異なるものだったようで、意外な答えが返ってきた。

 

「……だって……指輪」

 

「え……?」

 

「左手の、薬指。

 もう、ないから」

 

「あ……」

 

「なんて、ね。……ごめん、なにいってるんだろうね、ほんとに。ふふ……」

 

 目を伏せ、乾いた声でわらう。

 

 胸が、痛い。

 

 彼女自身も自覚していない、深いかなしみが、伝わってくる。そんな気がした。

 なんとかしたくて、おもわず、突き動かされるように言葉を発していた。

 

「……まったくだ。なにいってるんですか。

 どうでもいい。そんなの」

 

「え? ど、どうでもいいっていうのは、ちょっと、ひどくない……?」

 

「……右手の薬指だって、足の指だってあるし、腕輪にしたっていいし……なんでもいい」

 

 怒濤のように溢れ出す。

 

「あんなの約束のしるし、ってだけで……

 だいじなのは、ふたりのきもち、なんだから」

 

「……っ!」

 

 目をみはる、彼女。

 

「そっか……そうだね。本当に、そうだね」

 

 そして、ほほえむ。

 

「そんな心配しなくても、そのうち買ってあげますよ。

『僕がもうすこし、おおきくなったら』ね」

 

「え?! そ、それって……!?」

 

(しまった。また……)

 

 つづきはまだ、いえない。僕はそっぽを向く。

 

(あと、えーと、7、8年くらいか。

 就職して、経済的に安定するまで。くそ、意外と長いな……)

 

 そう、僕は実は全部おぼえていた。

 

 あの、『ちいさくなっていた』ときにあったこと。

 

 わすれるはずなんてない。

 

 ──もしも……いまとおなじ、気持ちだったら……そうしたら──

 

(この気持ちが、変わることなんて、あるわけないだろう。

 おおきくなろうが、ちいさくなろうが)

 

 それにしても、なんてませた子どもだったのか。我ながら恥ずかしくなる。

 そして、うらやましくも。

 なんて素直に表現できていたのだろう。己の気持ちを。

 

 未来(さき)のことを、憂うことなど、なしに。

 

 失われた誇りを取り戻して、相応しい人間になることができたなら。

 

『日常』に、戻ることができたならば……

 

 そうしたら……。

 

 駄目だ。考えない。今はまだ。

 そう、決めていたはずなのに。

 

 何度奥底に押し込めようとしても、抑えきれない。

 

 そのくらい本当は、強く心に描いている。そんな……未来。

 

 そのときがくるまで口にするべきではない。

 頭では理解しているのに。わかっているのに。

 

 このひとを目の前にすると、いつもこうだ。

 

 そうだ。やめよう。本当にあともう少し。もう少しなのだから。

 

 こんなの『おれ、この戦争が終わったら、故郷の婚約者(フィアンセ)と結婚するんだ』とかそういう、まさに映画等でよくある典型的なあれじゃあないか。

 

 そんな風に思ってしまったがゆえであろうか。

 

「……やるじゃあないか、小娘」

 

 またしてもいつのまにかぱっちりと開いていた。

 

「え……ッ!?」

「なッ!?」

 

 DIOの両目が。

 

「ん? これは『法皇』……くくく、なんのまねだ? こんなものでわたしの動きが止められるとでも? 

 脆弱な貴様のスタンドごとき、再び一瞬で断ち切ってくれるわ!!」

 

 咆哮とともに『鎖』に手をかけ一気に引きちぎろうとする。しかし、かろうじてその強度の方が勝ったようで、怒りを秘めた恐ろしき獣が自由を手にすることはなかった。

 

「なに? 動かん……だと?」

 

「だいじょうぶですか? 仁美さん!」

「うん! これくらいの範囲なら、このまま……なんとか」

 

 ひやりとしつつも想定内だ。自分に言い聞かせると共に彼女に声をかけ、改めてスタンドの制御に気持ちを込め直す。

 

「なるほどな。小娘の能力で補強してある、とそういうことか……」

 

 奴の能力が時を止めるのであれば、セシリアの力は好都合だ。

 時間が経過しなければ、強度が衰えることはないのだから。

 

 この鎖を切るのはやつといえども容易ではないはずだ。理論上は。

 にもかかわらず、不適な笑みを浮かべる奴の顔を見るにつけ、心にじわじわとわき上がる、不安。

 まだ何を隠しているかわからない。楽観などできるわけがない。

 

 ひとすじの汗が、僕の頬をつたい、落ちる。

 

 ジョースターさんが行ってから、何分が経過したのだろう? 

 10分? 5分? 

 

 一分、一秒がこんなに長く感じるなんて。

 

「仁美さん、油断、しないで……」

「もちろん……」

 

 奴の一挙手一投足も見逃さぬよう、立ちはだかるように、建物の端まで躍り出る僕。

 すぐ後ろで同様に全精神を集中しているであろう彼女。

 

 なによりも護り抜きたい……そんな存在。

 

 その想いとは裏腹に、この場で唯一光を感じる……そんな彼女の気配に背中を支えられて、どうにか立っている。情けない限りだが、正直そんな思いだった。

 

 改めて奴を見やる。

 先程と比較して微動だにしていない……ように見えた。

 しかし、否応なしに感じていた。

 離れていても肌を焼くように、じりじりと発される負のプレッシャーを。

 

 空には昨晩、みたものと同じ、闇夜にぽっかりと浮かぶ満月。

 

 そう、まったく同じもののはずなのに、まったくちがう。

 

 いつか聞いた『月』のカードの暗示。

 

 未知の『世界』への『恐怖』

 

 それを再び実感してしまいそうになるのをどうにか堪える。

 

 真下で月光を受け、やつの後方、高くにそびえる時計塔。

 普段は街のシンボルであったりするのだろうか? 

 どうしても視界に入ってしまう。

 

 その文字盤を滑る針は、それこそ止まってしまったのではないかと思える程、一向に進む気配がない。

 いや、実際幾度となくヤツは時間を止めていたのかもしれないが。僕たちはそれに気づくことができないだけで。

 

 気の遠くなるような時間の中、ふいに奴が声をかけてきた。

 

「……花京院、おまえにチャンスをやる」

 

「……は?」

 

「考え直さないか? もう一度、わたしの元に戻ってくるというのなら、おまえと……なんならその女も、生かしておいてやる」

 

「ッ!? なんだと!?」

「おまえは優れたスタンド使いだ。先程のわたしの能力を看破した洞察力といい……その小娘の能力も、非常に有用だ。ふたりとも殺すのは惜しい」

 

「黙れ! 寝言は寝ていえ!」

 

 吐き気がする。即時言い放つ。

 

 DIOにとってスタンド使い……いや、己以外の他人、すべては『利用する』。ただそれだけのものなのだろう。価値基準は能力。それが自分にとって有益か否か。それだけでしか図らない、図れない。

 それが、黒……悪の悪たる所以なのだろうが。

 

「小娘……おまえはどうだ? わたしのものになれ。

 我が崇高なる目的を遂行するため、歯車の一端を担うことを許そう。

 与えてやろう。わたしの子を産み、育てるという栄誉をな。女は皆、それを望む」

 

「なッ!?」

 

(子ど……ッ!?)

 

「他の女性がどうだかなんて知りませんけど、私は、死んでもお断りします」

 

 動揺する僕と対称的に、いつかのように、きっぱりという彼女。

 

「ふん、生意気な」

 

 言葉と対照的にくつくつと心底楽しそうなDIO。何を思い描いているのか想像したくもない。

 

「クク……ククク。本当によく笑わせてくれる。遥か昔に垣間見た『なにか』に似ている……小娘、貴様を見る度、そう喉に魚の小骨が刺さったような感覚を抱いていたが、ようやく思い出したよ。その眼、反抗的な眼……そっくりだ」

 

 遠くを臨むかのようだった目が一瞬にして見開かれ、一転鋭い眼光が注がれる。

 

「……いつぞやわたしが強引に唇を奪ってやった、あの田舎娘にな。

 そういえば、この身体の『もと』の持ち主……

 ジョナサン・ジョースターの、女だったかな……

 ククク。わたしに勝利できるものなど……いないんだよ」

 

 首筋の『星形の痣』。ジョースター家である『証』……それを奴は見せつけるようにこちらに示す。悪寒と嫌悪に堪えられず、思わず叫ぶ。

 

「いい加減にしろ! 反吐がでる! 

 そもそも、今、追い詰められているのはおまえの方……」

 

「……追い詰められている……? 

 わたしが、か……? く、くくく、くくく……」

 

 このまま朝が来れば終わり。もしくは吸血鬼の再生能力を上回る火力の攻撃を叩きこめば終わり。そんな状況であるはずのこの期に及んでもなお、余裕綽々といった奴のそのスタンスが崩れることはなかった。

 淡々と、だが地の底まで這い寄って伝わるかのような、おぞましい声が静寂に響き渡る。

 

「……もう一度言う。これが最後だ。

 ……もどってこい。花京院」

 

「……」

 

 目を閉じ、思い出す。

 

 そして……

 開き、言い放つ。

 

「僕は二度と、屈しない! 

 おまえにも、弱い自分にも!」

 

「花京院くん……」

 

「……そうか。残念だ。

 ……クク、ククク……」

 

 

 

 

 

「はっ!」

 

 目の前にナイフが突然『現れた』。

 

「あぶない!」

 

 念のため張っておいた結界からのスプラッシュで相殺する。

 

(時を止めDIOが投げたのか!? こんなものを隠し持っていたとは……)

 

 間一髪、奇襲を防げたことにほっとしたのも束の間、彼女が呟く。

 

「……ちがう! まだ、これだけじゃ……。はっ!」

 

 決死の叫びが闇夜に轟く。

 

「……だめーっ!!」

 

「ッ!?」

 

 同時に僕は彼女につきとばされ、ビルの屋上から落下する。

 

 

 いったい何が起こったのか、まったくわからなかった。

 

 

 落ちながらも僕は近くにあった結界……法皇の触手を掴む。

 

 

 

 次の瞬間、僕はみた。

 

 

 まばゆい光につつまれる、先ほどまで僕らのいた場所……

 

 

 ……そして、衝撃でふきとばされて、おちていく彼女のすがたを。

 

 

 

 

 

 

もうすぐこのお話も完結です……が、性懲りもなく次回作も本作品にちなんだものにする可能性が高いです。どんなのだったら、また読んでやってもいいぜ? と思って頂けるでしょうか?

  • そのまま4部にクルセイダース達突入
  • 花京院と彼女のその後の日常ラブコメ
  • 花京院の息子と娘が三部にトリップする話
  • 花京院が他作品の世界へ。クロスオーバー。
  • 読んでほしいなら死ぬ気で全部書きやがれ!
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