私の生まれた理由   作:hi-nya

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☆新章です。いよいよ三部後の話に突入……とかいいつつがっつり59話の続きです。ちなみに今回登場する新キャラの容姿はシーザーの黒髪2Pカラーで脳内補完していただけると幸いです。それでは宜しくお願いします。


第7章 BLANK DAYS
ROOTS


 妹が、ながい眠りについた。

 

 突然、何を言っているのか、わからないと思う。

 かくいう俺自身も、訳が分からなかった。

 

「仁美ね、あの娘、もう……起きないん、だって……」

 

 大学生活もあとわずか。卒業間近のある日、寒い……そう、とても寒い冬のある朝のことだった。

 早朝、部屋中に鳴り響く電話の呼び出し音でたたき起こされた俺は、受話器から流れこんできた母の言葉で寝耳に水、いや、氷水をぶっかけられた……そんな思いだった。

 

 死んだわけではない。

 でも、もう、二度と目覚めもしないのだ、と。

 

 無我夢中で下宿を飛び出し、両親の待つ病院に向かった。

 ……正直このあたりは、はっきりと思い出せない。

 

 そして、両親の口から一通り聞いた事情も、まるでどこか別世界の夢物語のようで……

 

 知ってはいた。

 

 我が家に伝わる……もうずっと長いこと、妹に絡み付いている……血の事情。

 

 母はこうもいった。

 

 これは、あいつの運命。

 がんばったのだ。と。

 ほめてやってくれ。と。

 

 ……なにをいっているのか、わからなかった。

 

 なにが運命だ。

 そんな言葉で、すべて片付けていいのかよ。

 まだ、生きているんだろう? 

 なんで、あきらめるんだよ。

 たとえそれがあいつの意思だとしても……あきらめないで、くれよ。

 

 その言葉は、生まれて初めて目にした、気丈に振舞おうと必死な両親のすがたを前に吐き出される術を失った。

 

 たったの六カ月ぶり。白いベッドの上、再会した妹は何も変わっていないように見えた。

 昔から昼寝が好きで、その寝顔もガキの頃となんら変わっちゃあいなかった。

 

 なのに、その身体には機械へとつながる沢山の管が伸びていて……

 

 まざまざと突き付けられた気がした。

 

 これは、現実なのだ。

 これが、現実なのだ……と。

 

 

 自分も、諦めざるを、受け入れざるをえないのか……

 

 失意のまま、実家へと戻ってきた。

 

 そんなときだった。

 

 我が家のインターホンが鳴ったのは。

 

 

 

 

 

 *         *          *

 

 

 

 

 

「探し出す! ……かならず!」

 

 彼女の病室にて仲間たちと決意を固めた。そのあとのことだ。

 

「ただ、ひとつだけ、問題があってな……」

 

 

 ため息をつきながら、言いにくそうに眉間に皺を寄せるジョースターさんを僕は促す。

 

「問題、とは?」

「うむ。彼女の御両親と先日話ができたのだが、難色を示しておるんじゃ……延命処置、冷凍保存に」

「えっ!? そうなんですか……」

「ああ。ありのまま、そのままでいさせてやりたい、と。もしものことがあったとしても、それが、運命。悪戯に時を延ばすのは彼女の本意ではないと」

「そ、そんな!」

「御二人はすごく、落ち着かれていたよ。わかっていた、と。むしろ、逆に痛々しいほどだった」

 

「……」

 

 その言葉にじくじくと再び胸のあたりを蝕み始める痛み。それを抱えつつも考える。

 彼女の家系、護る一族。伝わる血脈。そこに、あの日彼女が懸命にひた隠しにしていた『秘密』。その答えがあるのだろうか……いや、それ以前に、だ。

 

「もう一度説得してみるが……」

 

 僕は訊ねる。

 

「ジョースターさん、ご家族は、今?」

「ああ。一度、家に戻ると。実家の方に」

 

 ある、想いを込めて。

 

「……僕が、行きます」

 

 全員が息を呑む音が聞こえた。

 

「行って、お話してきます」

「……花京院……」

 

「……僕が、行かなければ」

 

 

 

 

 

 そうしてやってきた彼女の故郷は、決して都会ではないがのんびりとした風情のある港街だった。

 

(……ここの、話も、よくしていたな)

 

 ──なーんにも、ないとこだよ。魚がおいしい。それくらいかな。……でもまぁ、私はすきだけど──

 

 そんなふうに、けなしながらもどこか誇らしげに話す、彼女のことをおもいだす。

 

 説得。そして、聴きたかった……御両親に、僕の知らない彼女のことを。

 

 だが、それとは別に、僕には重要な目的があった。『それ』を、果たさなければならない。

 

 真冬の海から吹きすさぶ潮風が僕の頬を激しく撫でつけていく。

 

(覚悟は、している。僕はそのために、来たのだから……)

 

 

 

 港が一望できる小高い丘の上。そこに彼女の実家はあった。

 丁寧に手入れされていることが窺える、今は葉を落としている季節の木々たちが休む庭の小道をくぐり抜けると、『保乃宮』……彼女の苗字の書かれた表札が見えた。

 扉の前に立ち、大きく深呼吸をしたのち、意を決して、呼び鈴を押す。

 

「はい。どちらさま……あっ!」

 

「こんにちは。突然の訪問、申し訳ありません。

 僕は、花京院典明と申します。

 お嬢さん……仁美さんのことでお話があって、参りました」

 

 そこまで言い、顔をあげて驚いた。

 

「あ、貴女は……!」

 

 そこにいる女性には見覚えがあった。半年前、初夏に出会った御婦人だ。あの……飛ばされた帽子の。

 

「……やっぱり、貴方だったのね」

「え……?」

 

 複雑な表情を浮かべつつも、微笑みながらいう。

 

「そうだろうと、おもった。あのときは、ありがとう」

「い、いえ……」

 

 お母さんの不思議な言葉、及び通常では起こり得ないであろう、奇跡的な偶然に戸惑いを覚えつつも、なぜかどこかすごく納得をしている自分がいた。

 

 いつかうちの母が言っていた『美味しいケーキ屋の一生懸命な可愛い店員さん』は、やっぱりあなただったのか、と。

 

 

「ごめんなさい、少し待っていてね」そういいながら、仁美さんのお母さんは家の中に戻って行った。

 改めて見たら、よく、似ていた。何故初見でわからなかったのか。髪の色こそ違えど、顔立ち、そして雰囲気がそっくりだった。

 将来、彼女もあんなかんじになるのかな、などとぼんやり想像する。『将来』。そのワードにまたしても胸の痛みをおぼえてしまいながら。

 

 そのまま待っているとほどなくして、お母さんがひとりの男性を連れて戻ってきた。

 お父さんだ、と気づき、アスワンの病院で彼女とした話をおもいだす。どれだけ先の話だ、などとあのときはまさかこんなに早く対面することになるなんて、それこそ夢にも思わなかったが。

 

「初めまして、花京院君。仁美の父です」

「は、初めまして……」

「立ち話も、なんだ。どうぞ。あがって」

「あ、ありがとうございます。お邪魔します」

 

 拍子抜けしてしまうほど、お父さんの態度は平静そのものにしかみえなかった。正直、門前払いをくらっても、と思っていたほどだったのに。

 

 居間に通されたところで、だれかが階段を降りてくる足音が聞こえた。

 

「……おまえ、か……」

 

 低い声で呟く。年の頃は20代前半で、背格好は僕よりすこし高いくらいだろうか。

 

(お兄さん、だよな……?)

 

 旅の途中、何度か話題にのぼった事のある彼女のお兄さん。彼は、黒髪で目鼻立ちがはっきりしており、どこへいっても、女性の目をひきそうな、整った容姿の男性だった。

 彼女がいっていた。なるほど、このひとはクォーターといわれたら、すぐわかる。

 

 お兄さんは僕を睨み付けながら、いった。

 

「なにを、しにきた……?」

「……お話をしに、きました」

「言い訳でもしにきたって、いうのかよ?」

 

 鋭い眼光。それを、しっかりと真っ向受け止める。目をそらすわけにはいかなかった。

 

「いえ。釈明の余地など、ありません。彼女が……あんなことになったのは、すべて、僕の責任です」

 

 深く、頭を下げる。

 

「……申し訳、ありませんでした」

 

「な、んだ、と……!」

 

 瞬間、左の頬に衝撃が走り、僕はふっとばされていた。

 

「……ッ……」

「おい!?」

「あっ!」

 

「何か……何か、弁解してみろよ! 頼むから! 

 俺は、俺はッ……! ……くそっ!!」

 

「待ちなさい、義経ッ!! ちょっと! か、花京院君、だいじょうぶ!?」

 

 お母さんの制止も聞かず、行き場のない怒りを抑えられない。そんな様子でそのままお兄さんは部屋から出ていった。

 ふっとばされた僕を、お父さんが起こしてくれようと手をさしのべてくれる。

 

「……すまないね。息子が。どうもあいつは血の気が多くて。誰に似たのやら。大丈夫かい?」

「はい。構いません……」

 

 どうやら切れているらしい。動かすたびに口腔内に広がる、錆びた鉄の味。同時に、胸中に広がる思い。

 

 そうだ。これこそが、当然の反応だ、と。

 

「……僕は、そのために……ここへ来たんですから」

 

「……」

「……。わたし、救急箱取ってくるわね」

 

 立ち上がるお母さんを見送り、なにかを考え込むように押し黙っているお父さんにむけていう。

 

「お父さんも、どうか……責めて、ください。僕を……」

 

 しかし、極あっさりとした物言いで彼からは予想に反した答えが返ってきた

 

「責める? ぼくが君を? ありえないね」

「どうして……ですか? 僕は、娘さんを……」

「花京院君、間違えてはいけない。おそらくいろんな人に何度も言われていると思うけれど、ぼくも敢えて言わせてもらう。悪いのは、君と娘を傷つけようとしたやつだ……君ではない」

「……それでも……」

「それにね、ぼくは、君のきもちをわかってあげられる数少ない人間のひとり……かもしれない。もちろん、すべてではないけれど」

「え……? どういう、ことですか?」

 

「その前に。さ、傷をみせて。しみるわよ」

 

 救急箱を手に、僕の傷の手当てをしてくれる。そんなお母さんを指し、お父さんは言った。

 

「なぜなら、ぼくも以前、命を救われたことがあってね……このひとに」

「えっ!」

「懐かしいわねぇ……ふふふ」

「ふふふ、じゃあないよ。まったく。ひきかえに、だかなんだか、このひとは生死の境をさまよう羽目になってね……」

「え……!?」

「ひどいのよ。このひとったら、目を覚ましたわたしのこと、怒鳴ったんだから。

 ……あなたがわたしに怒ったのは、あのときが、初めてだったわね」

「そりゃ怒るさ。当たり前だろう……。聞けば、この一族、代々たいせつな存在を護ってそんなことになっているんだってさ。亡くなった方も大勢いるそうだ。そして極めつけに、それを良しと皆おもっているっていうね……」

「そ、そうなんですか……!?」

「護る一族だかなんだかしらないけど、こまったひとたちさ。護られるほうはたまったもんじゃない。こっちの身にもなれって話だよな。……あんな気持ち……」

「……!」

「と、いうわけで、ぼくは君を責めるつもりなど、毛頭ない。むしろ、申し訳なく思う。娘の行動が結果的に君を、ものすごく苦しめて……つらかっただろう?」

「……ぼ、くは……」

 

「……まったく……ほんとうに……、馬鹿な、娘だ……」

 

 一筋の涙がお父さんの頬を伝う。

 

「……く……っ……!」

 

 そうして、僕も泣いた。涙があふれて、とまらなかった。

 

 

 

「……恥ずかしいところを、みせてしまったね。すまない」

「い、いえ、こちらこそ……。すみません」

 

「来てくれて、よかった。実は、ぼくたちは君に言っておかなければいけないことがあるんだ」

「なんでしょうか?」

 

 お父さんは、目を伏せ、僕に告げる。

 

「……娘のことは、忘れるんだ。気にせず、君は自分の人生を生きなさい」

 

「なっ!?」

「そう。貴方には、貴方の人生がある。娘に縛られる義務は……ないわ」

 

「……いやです」

「……。さっきも言ったが、君が責任を感じる必要はまったくない」

 

「無理です……」

 

 脊髄反射の如く、言葉が勝手に溢れ出す。

 

「そうだ……できない! 

 そんなこと、僕には不可能なんです」

 

 気づいたら、ただ、叫んでいた。

 

「彼女を忘れて生きるなんて、そんなの……僕にとっては、死んでいるも同然だ!!」

 

「花京院君……」

「……すみません。でも、それだけは……お願いします。

 どうか、僕から……彼女への想いを、とりあげないでください……」

 

「……」

 

 暫しの沈黙のあと、お父さんはぽつりと呟いた。

 

「……だよねえ」

「……は?」

 

 懐から一通の封筒を取り出し、彼は続けた。

 

「ここに娘が書いた手紙がある。君たちには見せるなと書いてあるので、見せるわけにはいかないが……おおまかに、内容は家族への感謝と、謝罪。それと、『たのみごと』だ」

「い、いいんですか? 僕が聞いても……」

「言うな、とは書かれていないわ」

「……」

 

 お母さんはしれっとそういった。おもわず絶句する。

 

「その、『たのみごと』のひとつめは、『君と仲間たちを責めないでほしい』ということ。これはいいんだ。もとからそんなつもりないからね」

「むしろ、みなさんには旅ですごくよくしてもらったみたいで。特に、花京院君、貴方には。とても楽しくて、幸せな旅だった……って。むしろ感謝しても、しきれないわ。あの子が、こんなにだれかといることを喜んだのは、初めてだったし……」

「……」

「問題は、もうひとつの……

『君に、自分のことは気にしないで、忘れるように言ってくれ』というものだ」

「え……!?」

「きっと、貴方はやさしいから、ずっと自分を責めるだろうと。

 それはどうしても、耐えられない……って。

 貴方に自分の存在なんかに縛られないで、幸せになってほしいからって」

 

 その一言により『コロンボ承太郎』の推理は、見事的中していたことがわかったのだった。

 

「可愛い娘のたのみだからね。一応言ったけど……無理だよなぁ。本当に、馬鹿な娘だよ……」

 

「あのひとは……。ほんとに、まったく……。

 もっと、自分のことを考えろって、いったのに……。

 こんなときまで、やっぱりひとのこと、ばかりだ……」

 

 また、目の前がぼやけてきてしまう。

 

「花京院君、ありがとう。

 娘を、そんな風に想ってくれたこと、本当に感謝しているよ」

「あなたに出逢えて、あの子は、だれよりもしあわせだったはずよ。本当にありがとう。それだけで、もう、十分。あなたはまだ、若いわ……今すぐに、とは言わないから、ゆっくり……年月をかけてでも、自然に思い出にしてくれたら、それでいいんだからね」

 

 やさしい、僕のことを心底考えてくれている……そんな言葉たちに包まれる。この親にして、この子あり。まったく、その通りだ。

 しかし、それをのむわけには、いかない。いや、のむ気なんて、さらさらなかった。

 

「僕も、お二人に伝えておきたいことがあるんです」

「なんだい?」

 

「……過去形に、しないでください」

 

 彼らが息をのむのがわかった。わかっていた。が、やめるわけにはいかなかった。

 

「僕は、あきらめません! 彼女の目を覚ます方法を、みつけてみせます。雲を掴むような話で、手がかりもなにもない。いつみつかるかも、わかりません。でも、僕は、決して、あきらめない。たとえ、何年、何十年かけても、必ず……!」

 

「しかしね、花京院君……」

「あの娘は、それを……」

 

「これは、彼女のためでも、なんでもない。僕自身のためなんです! だから! ……お父さんとお母さんだって、ほんとうは……!」

 

 そうだ。押し殺していることはわかりきっていた。それをこじ開けるのが彼らにとってどんなにつらいことかも。それでも。

 

「どうか……、御願いします……!」

 

「……」

 

 長い長い沈黙。

 

 そのあとで、ゆっくりと、ふたりは顔をみあわせ、微笑む。

 その目には、光るものが浮かんでいた。

 

「……そうか……そうだね。ありがとう。期待して、いるよ」

「ごめんなさい……ありがとう。ほんとうに、しあわせものだわ、あのこ……」

 

 目頭を拭いながら、お母さんは、加えていう。

 

「でも、貴方自身の生活を犠牲にするのだけは駄目。

 学校や他のことをちゃんと優先したうえで、ね。それは約束して? 

 あと絶対に、危険なことはしないで。

 何かあったら、貴方の御両親に申し訳ないし……それに、あとで、仁美に怒られちゃう」

 

「ふっ……そうですね。わかりました。お約束します。ありがとうございます」

 

 

 

 

 

「それでは……今後の詳細はまたご連絡させていただくことになると思います」

「わかった。すまないが宜しく頼むよ」

 

 玄関先、御両親に見送られていると再び低い音で辺りに声が響く。

 

「……おい」

「あ……」

 

 いつのまにか、お兄さんが柱の陰に立っていた。

 

「さっきは、すまない。……わかっては、いるんだ……」

「……はい」

 

 頷く。こちらこそ、わかっていた。無理もないことだ。

 

 ──うーん、どうなんだろうね。自分ではわからないなぁ──

 

 いつか教えてあげたいものだ。お兄さんとの仲を訊ねた時、そんな風に何故だか渋い表情でうつむいた彼女に。

 残念ながら僕には兄弟姉妹はいない。羨ましいな、と思っていると。ぽつりと彼は呟いた。

 

「俺も……探す」

 

「……え?」

「所詮、俺は一般人にすぎない。できることなどたかがしれている。そうかもしれん……」

 

 ゆっくりとこちらに歩みを進めると、ざっと一歩踏み出す。

 

「が、しかし! 諦めん! 

 たったひとりの妹だ……諦めてたまるか! 

 俺も俺なりに力を尽くす。だから……!!」

 

 そして、まっすぐな視線で僕を見据える。

 

「……妹を……あの馬鹿を、ぜったいに叩き起すぞ!」

 

「はい、必ず……!」

 

 彼女とそっくりおなじ、美しく輝く光を秘めたその瞳で。

 

「じゃあ、これで、手打ち、ということで」

「……ちっ」

 

 そうして、僕が差し出した手を、お兄さんはがっしりと握り返してくれた。その手はとても熱く、力強さに満ちていて……

 

 千人の味方を得た、そんな気分だった。

 

 

「ふふ、仲直りの握手……だね」

「よかった、すっかり仲良しね! ふふ」

 

 そんな僕らにお父さんとお母さんが似たような顔を並べて言う。さすが夫婦というところか。

 

「な、なに言ってんだよ。そ、そもそも親父とおふくろだって悪いんだろ!? 俺が独りでどれだけ……って、聞いちゃあいねぇ……」

「あ、でもあんまり二人が仲良しだと、仁美妬いちゃうかも! もう! 兄さんだけずるいッ! って。そういえば、あったわよね! ほら、あの娘が飼っていたハムスターが……」

「ああ。世話をしている本人にはちっともなのに、遊んでいるだけの義経にばかり懐く! って、あれだろう? 懐かしいなぁ。あのときは泣いて拗ねて、大変だったなぁ」

 

「へぇ……!」

 

(なんだそれは……そんなの、かわいすぎるだろう……)

 

 とってもそれらしい、幼い彼女の姿を想像して、つい口の端が緩んでしまう。

 

 彼女もここにいたら……

 

 同時に感じてしまったそれをどうにか胸の奥に押し込めながら。

 

「うるせえよ! いつの話だよ! ……ったく! おまえもなんか言ってやれ!」

 

 そう言っていただけたので、言ってやることにする。

 

「だいじょうぶです。御心配には及びません。

 お兄さんは確かに素敵な方ですが……僕は娘さん一筋なので」

 

「花京院、おまえもか!! ちげーよ! そういうことじゃあねーよ! ハムスター扱いすんじゃあねぇって……ああもう……くそ、なんで俺の周りはこんなやつらばっかなんだよ!!」

 

 そして、このお兄さんもどうやら非常にからかいがいのある人のようだ。さすが兄妹。

 

「ふーん、そうなのかい? それはいい心掛けだ」

 

 しかし、そんな僕にむけて、お父さんがにやりと笑う。

 

「でも、お嫁には、やらないよ。……まだ、ね。ふふふふふ……」

「うっ! い、いやその、僕たちは、ま、まだ、そういう関係では……」

 

「まだ……ね」

「……はい。まだ」

 

「もう! なに言ってるのよ、お父さん!」

 

 そして、お母さん……

 

「できすぎているお婿さんじゃない! あの娘にはもったいないわ! 

 あんなボケ倒した、貧乳な娘をもらってくれる……そんな奇特でこんな素敵なひと、もういないわよ!」

 

「い、いえ……」

 

(な、なんだろう……なんか、やっぱりちょっとずれて……)

 

 天然もどうやら遺伝するようだ。確実に由来はこの方な気がする。

 

「それに、彼女のは実際のところ、そんなに貧しくなんて……ハッ!」

 

 つられて、うっかり口がすべる。

 

「……実際……?」

 

「うっ!?」

 

「……ほう? 花京院君、どうして君はご存知なのかな? 

 うちの娘の、あれ、が、実はそんなに貧しくもない……ということを……」

 

 まずい。お父さんの戦闘力の急激な上昇を感じた。まずい。

 

「お、おやじッ……! ちょ! おちつけ!!」

「ち、ちがうんです! けっして意図的にというわけではなくッ! 

 その、幸運な偶然が重なって、というやつでッ……!! 

 と、とにかく……すみませんッ……!」

 

「ぷっ……!」

「くっ……!」

「ふっ……冗談だよ」

 

(はぁ、はぁ……殺気で死ぬかと思った。ほ、ほんとに冗談か? 

 お父さんから、さっき一瞬、『なにか』が見えた気がしたけど……

 気のせいだよな……?)

 

「……よかったよ。娘の『相手』が、君みたいな男で。

 もしも、誰かに娘をやらないといけないとしたら……やっぱり君がいいな」

 

「お父さん……」

 

「また……来たまえ。ひとりででも。もちろんふたりででも」

「すまんな、本当に……」

「いつでも待ってるからね」

 

「……はい。またきます」

 

 

 

 こうして僕は、彼女の実家をあとにした。決意を新たに。

 

(仁美さん。あなたのご家族は……あたたかかったよ。

 あなたが、あなたである理由……)

 

 彼女の、ルーツ。

 

 それが、なんとなく、わかった気がした。

 

 

 

 *         *          *

 

 

 

「……非常にきもちのいい、素晴らしい青年だったね、花京院君は」

 

 縁側、ひとり冷たい夜風に吹かれ佇む妻の背中をショールで纏いながら声をかける。

 

「ええ。さすが我が娘。見る目だけはあるわね。ボケていて胸は貧しいけれど」

「……そこは譲らないんだね、きみは」

 

 苦笑する。彼女は僕から再び背を向けると、冴えた空気により一際輝きを増す満月に目を遣りながら、ぽつりと吐露する。

 

「ねぇ、あなた? わたしは、ひどい母親ね」

「どうしてだい?」

「あの娘のこと……わかっていたのに、止めなかった」

「……」

「止めたかった……でも、止められなかった……」

 

 俯く彼女の美しい金色の髪が月明りを反射し輝く。

 

「電話で聞いたあの娘の声、すごく、晴れやかで……」

 

 ──母さん、私も、わかったよ。

 母さんや、おばあちゃんや、ご先祖様……みんなの、きもち。

 帰ったら、聞いてね。

 話したいことがたくさんあるよ──

 

「……とめられる、わけがなかった!」

 

 闇夜に慟哭が轟く。

 

「それが、自分のしあわせ。そう思って自分もしたこと……

 それに、母親ですもの。あの娘のきもちは手に取るようだった。

 だから、それが、あの娘のしあわせだって、そう、じぶんにいいきかせて……ッ」

 

 涙と共に、とめどなく堰切ったように溢れ出す。『一番の理解者』。それゆえの深き、苦しみと哀しみが。

 

「でも、つらいものね……こんなに……

 ごめんなさい……こんな……あなたに、だまって……」

 

 そっと、ふるえるその肩に腕を回し包みこむ。

 

「わかっている、わかっているよ。

 ぼくこそ、すまない、きみひとりにそんなに……抱えさせて……」

「あなた……」

 

「でも、ひとつだけ。ぼくたちは、まちがっていた。教えられたね。息子に……彼に」

 

 ぶつけられた、熱く、まっすぐな想い。久しく忘れていた碧く美しいそれに、分別、理解、諦観……そんな言葉で封じ込めていたものを目覚めさせられた。

 諦めては、いけなかった。まだ、諦める必要なんて、なかったのだ、と。

 

「……信じよう。彼らを」

「……ええ」

 

 

 

もうすぐこのお話も完結です……が、性懲りもなく次回作も本作品にちなんだものにする可能性が高いです。どんなのだったら、また読んでやってもいいぜ? と思って頂けるでしょうか?

  • そのまま4部にクルセイダース達突入
  • 花京院と彼女のその後の日常ラブコメ
  • 花京院の息子と娘が三部にトリップする話
  • 花京院が他作品の世界へ。クロスオーバー。
  • 読んでほしいなら死ぬ気で全部書きやがれ!

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