居間に続くふすまを開けると座椅子にゆったりと腰掛けて英字新聞を広げながらくつろぐそのひとをみつけた。
「おはようございます、ジョースターさん」
「おはよう、花京院」
来日された彼を囲んで、昨晩は久方ぶりに承太郎と三人で飲み語りしたのだ。
気づいたら明け方近くだった、かつ、さすがに高校生が堂々と酩酊状態で帰宅するわけにもいくまい(学校関係者に見つかりでもしたら、今度こそ停~退学、よくても反省文に追われる羽目になるだろう)。ということで、折よく連休に突入したところでもある。僕も空条邸にお世話になったわけだ。おはよう、というには遅すぎる。もう、こんにちは、というべき時刻ではあるのだが。
「どうじゃ、よく眠れたか?」
「ええ……。おかげさまで。ありがとうございます」
本当に。こんなにも深い睡眠を得ることができたのは久方ぶりのことであった。感謝の意を伝えるとジョースターさんは一瞬目を細め、宙を仰いだかと思うと己の腹部をさすりながら僕にこんな提案をした。
「……ううむ、ちと腹が減ったのう。ホリィもおらんし。おぬし、なんか買うのに付き合ってくれんじゃろうか?」
「ああ、はい。構いませんよ。行きましょう」
「いやぁ、日本の店員さんはキュートでいいのう。あの素敵なスマイルが0円というのがまた……!」
某ハンバーガーショップで買い出しを済ませた帰り道。御機嫌な様子のジョースターさんにいう。
「ふっ、たしか日本はお嫌いじゃあなかったんですか?」
「昔の話じゃ。プリチーなおなごはどこの国でも共通して愛すべきものよ! にしし!」
「まったく……」
調子がよくて、にくめない……そんな相変わらずの愛すべき様子に苦笑し、肩をすくめてみせる。
するとそんな彼がもう一言、ぽつりと付け加える。
「それに……」
「ん?」
「日本人じゃからな。君も。……あの娘も」
「……」
「なつかしいな……」
そうして、さしかかる。
あの石段のある道に。
「……少し、寄り道をしよう。もうちょっと付き合ってくれるか?」
「……はい」
息せき切ってかけのぼったそれを、一段一段、今度は二人でゆっくりと上がっていく。
「……」
のぼりきったその先の景色は、『あの日』と、まったく同じで。
『なにもかわらない』ように、みえた。
「……ここで、僕は……」
「……」
「……ずっと……考えていたんです……」
目を閉じる。
「……僕と出逢わなければ……」
おもいだす。あのときを。
「そうしたら……いまも、きっと、彼女は……」
猫と遊んでいた、あの、たのしそうな……。
「変わらぬ、日常を……」
壊したのは……ほかのだれでもない……
僕だ……と。
「……」
そのときだった。
背中に衝撃が走った。
「痛っ! な、なにをするんですか!? ジョースターさん!!」
「勘違いするな。今のはわしがやったのではない」
「は?」
「代理じゃ。彼女の、な」
「……なっ!?」
「ほんとうに、なにをいっておるのか。おまえさんは。
出逢わなければ……か。では、そうならば……」
「……しあわせ、だったというのか? あの娘は」
「……っ……!」
息が止まる。
そのとおりだ。事実なのだから。
肯定すべきだ。認めなければならない。
なのに、僕の口はその言葉を、どうしても発することができなかった。
堅く口をつぐんだままの僕の眼をまっすぐにとらえ、ジョースターさんは続ける。
「そして……花京院。おまえも、だ」
「っ!」
「そのほうが、よかったと?
そう、おもうのか? ほんとうに?」
「そんなわけ……! っ……それでも……!」
決壊してしまった。堰き止められていたなにか、があふれ出る。
「……わかっていたんです! きっと、僕は……。
なのに、気づかないふりをしていた……」
ずっと、口にすら出せなかったそれが。
「じぶんでも、……矛盾している、と」
「彼女のことが、愛しくて、なによりもたいせつで……。でも……、ならば……! もっと早く、帰せばよかったんだ! 日本に……日常、に。彼女の性格も……何度も、痛いほどよくわかっていて……いつか、こうなることなんてわかりきって、いた……」
「僕には、覚悟があったはずなんです。生きて帰ることができないかもしれない。だが、それでもいい。奴を倒し、誇りを、強さを、取り戻すことができるならば。……と」
「しかし、……願ってしまった。
ともに、生きて帰りたい、と……
……そして……」
「離れたら、もう、それが、最期かもしれない……
こわかった。そんなの、いやだった」
「……そばに……いて、ほしかった……んだ……。
僕を……みていてほしかった。
ただ……いっしょに、いたかったんだ……」
「……やっぱり僕は……なんて弱い……。最低だ……」
「……」
「……」
僕の吐き出す懺悔をジョースターさんはただひたすら黙って聴いてくれた。そしてそのまましばしの沈黙が流れたあと、彼はゆっくりと語り始めた。
「……なぁ、花京院よ。
生きていく、というのは、なかなかにしんどいものじゃなぁ。
……もしかしたら……死ぬよりも」
ここではない、とおくの
「出逢いがあるぶん、別れがある。
なにかを得るために、なにかを失う……そんなのもザラじゃ。
わしも伊達にながく生きとらん。数え切れんほど、経験したよ。
……なかでも……ひとつ……。
こころの中、お天道様みたいにひときわ煌めきながら、影になっとる……そんな魂の記憶もある」
胸に手をあてながら、いう。
「あれが最期になるなんてなぁ……。
……だったら、もっと……。
……後悔した。……いや、今も、している」
「それでも……わしはあいつと出逢えて……
よかったとおもうとる。……心から」
「……」
(……僕、だって……)
瞼の奥、ふかく。
まぶしいほどに、きらきらと。
輝いて。やきついて。
「人は皆、求めてしまうものなんだよ。例えそれがいつか哀しみにかわってしまう。そうわかっていたとしても。でも、だからといって、すべてを諦める。それが、『しあわせ』か?」
こちらをみて、やさしく、微笑む。
「その答えはもう、おまえさんには……よーくわかっているじゃろう?」
「ジョースターさん……」
「……彼女も、じゃ。
じぶんらしく、生きたかった。
なによりもたいせつな……花京院、おまえを護りたかった。
ただ、それだけじゃよ」
「……」
「……ここで……か」
相変わらず言葉を発することができない僕をよそに、あたりをみまわし、ジョースターさんはさらに続けた。
「だいたい、おまえがそんなこといったら、わしも同罪……いや、もっと重罪じゃ。旅の仲間として彼女を勧誘に行こうと言い出したのは、そもそもわしなんじゃからな。彼女の能力を利用しようと……」
目を伏せて、俯く。
「にもかかわらず、結局、本来なんの関係もないはずの、あの娘だけが……。こんなおいぼれがピンピンしておるのに、な……」
「そんなこと……」
「いいや。……だが、……だから、か。決めたんじゃ。わしは生きるぞ」
そして顔を上げると、こちらにウインクをする。
「新たな目標が、できたからな」
「目標……?」
「……あの娘の、花嫁姿をみるまでは、わしは死なん。……死ねん」
「……ッ!」
「花京院、おまえも共犯だ。だから、おまえが……」
「その隣に立って、『しあわせ』に、してやるんじゃろ?」
「っ! ……はい……!」
こぼれないように、空を見上げた。
景色は、やっぱり、なにもかわってはいなかった。
それでも、たしかに、この胸には吹きぬけていった。
黄金色の風が。
「……おせぇよ……」
「てめぇら、買い出しにどんだけ時間かかってんだよ……冷めてんじゃねーか。ったく」
すっかり冷たくなってしまったポテトをつまみながら、承太郎がいう。
「いやぁ、すまんすまん」
「ちょっと、寄り道、をな」
「ええ……寄り道、をね」
「ふっ……やれやれだぜ」
もうすぐこのお話も完結です……が、性懲りもなく次回作も本作品にちなんだものにする可能性が高いです。どんなのだったら、また読んでやってもいいぜ? と思って頂けるでしょうか?
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読んでほしいなら死ぬ気で全部書きやがれ!