NY。言わずと知れた大都会のど真ん中、マンハッタンのミッドタウンにて。エンパイアステートビル、ロックフェラーセンターをはじめとする、この国が世界に誇る、雲を掠めようかというほどの摩天楼の代表格。
立ち並ぶそれらを次々に素通りしながら僕と親友は歩いていた。すれ違う数え切れぬほどの人の波。その誰も彼もがそれぞれの目的を持って歩くその道を僕たちも同様にある場所を目指し進んでいた。
「……ここだ。花京院」
「……ここか。承太郎」
絢爛豪華たるエントランスをくぐり、超高層ビルにふさわしい……これまた超高速の直通エレベーターに乗り込み最上階まで一気に昇る。
一般的にはこの街の不動産業界を牛耳る大企業の会長。
とはいえ僕にとっては、親友の祖父であり、かつ、戦友。そのひとに会うために。
「よぉ、じじい、連れてきたぜ」
「御無沙汰しています。ジョースターさ、ん……?」
「オー! ノォーッ! 無理無理!
ダメに決まっとるじゃろ! そんなことッ!」
承太郎がノックもそこそこに会長室のドアを開ける。
すると、僕を迎えてくれたのは広々とした部屋に響き渡る大声、そして、その元凶……激しく口論をする二人の人間の姿であった。
「無理? 駄目? 業界の風雲児、ジョセフ・ジョースターの御言葉とはとても思えませんね。冒険心まで失ってしまったのですか? 貴方らしくもない。寄るなんとやらには勝てないものなのですかね? だから最近では貴方の考えは古いだなんて言われてしまうんですよ、ジョースター卿」
「ああ? なんじゃと!? このくそ生意気な若僧めが!」
片方はよく知るこの部屋の主。そしてもう一方は見知らぬ、実業家風の男性であった。
30代後半といったところであろうか? 細いシルバーフレームの眼鏡に、ワックスでパリッとセットされた髪型(洗練度合では僕の髪型も負けていない自信はあるが)。さらに、コーディネートの難しいブリティッシュスタイルのスーツをアスコットタイなんて合わせて、サラッと着こなしている。遊び心を忘れずに、だがビジネスパーソンとして相手に失礼に当たらない絶妙なフォーマル感を演出している……見事なものだ、などと、つい感心してしまっていた。
「ふん、その若僧に貴方は3年後必ず『すまん、おまえが正しかった』……というッ!」
「わしの十八番を微妙にパクるなッ!」
「さて、なんのことやらですね。まぁ、検討しておいてください。
本日はお客人に免じて、わたしの方から引いてさしあげます。
いいお返事を期待していますよ。では、失礼」
「ふーんだ! ばーか、ばーか!」
あいかわらず子供のような悪態をつくこの大財閥の会長(御年76歳)。
憤怒で赤い顔をした彼を尻目に、すれ違いざま整った涼しげな顔をこちらへ向ける青年実業家。
「やあ。お久しぶりです。空条君」
「ああ」
どうやら承太郎とは顔見知りのようで、軽く挨拶を交わしている。
「それと……」
それが終わると、今度は僕の方をじっと見る。
……まるで、観察でもするかのように。
「あの、なにか?」
「おっと、失礼……つい、ね。
君が『花京院典明』君、ですね」
「……なぜ僕の名を?」
「さぁ? なぜだろうね?」
疑問に思いそう訊ねるも、微笑を浮かべつつはぐらかされる。
「では、また」
「あ……」
追撃を試みようとするも、そんな隙を与えてくれず、彼は颯爽と出て行ってしまった。
「すみません、ジョースターさん。お仕事中に。
彼は? 日本人とお見受けしましたが……?」
「ああ。あいつはSPW財団の……」
「いいんじゃ! あんなやつ! エリートだかなんだかしらんが……
ほんっと、いけすかん! まったく! 血圧が上がってしまうわ」
まだ興奮冷めやらぬ、そんな様子で孫の言葉を遮る祖父。一息つくと頭をかき、にかっといつものように太陽の様に笑いながら言い直す。
「はぁ、変なところをみせてしまったな。すまんすまん。
あらためて、よく来た。花京院! ひさしぶりだな」
「ええ。おひさしぶりです。ジョースターさん」
そんな再会の挨拶もそこそこに、労い、および若干のあきれ声をいただく。
「聞くに、おぬしまたとんでもなく奇妙な事件に遭遇したみたいじゃのう」
「ふっ。まぁ、巡り合わせ、というやつでしょうかね」
「お疲れさん。まずは無事でなにより、じゃ」
「はい。ありがとうございます」
そして、一転真剣な顔つきになり、問われる。
「で、……だ。おぬし……本当にDIOの息子と……?
どうなんだ? 危険は……?」
「ええ。会いました。しかし、全く問題はないと思います」
「ああ? 何を根拠にだよ。まだガキなんだろう?」
あっさりと言う僕に対し、訝しげに呟く承太郎に返す。
「根拠かい? あるよ、もちろん。
確かに感じた。
彼……ジョルノ君の眼の奥に、君たちに宿るものと同じ……
ジョースター家の、黄金の光を」
黒ではない。白のなかにいるという、あの、懐かしい感覚。
そして……
「……それになにより、『いいやつ』でした。彼は。
なので、なんの心配もいりませんよ」
「……ふん」
「……そうか。ま、おぬしがそういうなら、そうなんじゃろう」
「はい。ポルナレフも同じ印象を受けたようでしたし……『どーせちょこちょこピザ食べにイタリアには行くし、まぁ、任せとけ!』……とのことでした」
「ふっ、あいつらしいのう」
「ただ……イタリアンマフィアで、スタンド使いが組織化して動いているファミリーがあるようで……その方が僕には気になりました」
「ふむ……財団に調査を依頼しておくとしようか」
「頼みます」
「ところで、じゃ。花京院おぬし、もうすぐ大学院を卒業するんじゃろ?」
「ええ。その予定……です」
言われて、そういえばここ数日怒涛の展開でそれどころではなく(とかいったら教授にぶちのめされかねないので言わないが)、メールチェックを怠っていたことに気づく。そろそろ投稿した論文の結果報告が届いているかもしれない。
「やはり、あの話はダメかのう?」
「ここに就職ってお話ですか? 有難いお話ですが、全くの専門外ですし……」
そう。再三、ジョースターさんからは事業の一旦を任せたい、という旨のお誘いをいただいていた。
「それに……やはり、僕は日本に居ようと思います」
アヴドゥルさんのお姉さんのお告げ。そして、ボインゴ君のスタンドに現れた、予言。
先日のお兄さんとの訪問で、彼女のおじいさんはやはりイタリア出身で『シーザー』さん……という名前であることが判明した。今後はお兄さん曰く、地道に足取りを辿っていくとのことだったが。
まぁ、そもそも、そうほいほい彼のことを知っている人物がその辺にころがっているべくもない。一回の訪問であれだけの情報が得られただけでも奇跡的であると言えよう。
兎にも角にもお告げの隠れた繋がり、ミッシングリンクの国がイタリアを指し、そしてそこでみつけたジョルノ君が一人目の金髪の少年だと仮定する。
とすると、もうひとりの黒髪の少年は日本にいるはずなのだ。僕と彼女に一番関わりの深い国……とくれば、そりゃあ日本、ということになるだろう。
無論、今までも長い年月、ただ何もしないで手をこまねいていたわけではないが、残念ながら空振りばかりだった。しかし、そうと決まればまた本腰を入れて……と決意を新たにしたわけである。予感という程度のかすかなものだが、現状それにすがるしかない状況だった。
「そうか。まぁ、いつでも待っとるからな」
「……ありがとうございます」
離れていても全く変わらず、こうして気にかけてくれる……このひとの面倒見のよさとあたたかい厚情に改めて感謝の念を抱いていた。
「ゴホッゴホッ!」
そんな中、急に咳き込みだすジョースターさん。慌てて訊ねる。
「大丈夫ですか?!」
「あ、ああ……大丈夫じゃ。
実は最近、あまり体調がすぐれんでな。さすがに歳かのぉ……」
「なんですって!? 病院へは?」
「う……」
ばつが悪そうに口ごもる彼の代わりに孫が答える。
「行けっつってんのに、行きゃしねぇ。嫌いなんだと」
「はぁ!?」
呆れた声をあげる僕に、しどろもどろと言い訳を始める。
「だ、だってさぁ、医者なんて、何かあったらすぐ切るとかいうし、
あれをするなこれをするなってすぐ怒るしさぁ……」
そんな様子に孫とため息をつく。
「やれやれ……。ほらな。知っているだろう?」
「はぁ……そうだったな、そういえば」
あの旅の道中、ベナレスでの一件をおもいだす。
(さがした……なぁ……)
街中を駆け回って、ちゅみみーん……敵の寄生型スタンドに襲われていたこのひとと、彼女を。
さがしまわってばかりだ。当時から、そして……いまも。
(はっ、いかんいかん……)
想い出にふけりそうになってしまった頭を呼び戻す。
「駄目ですよ! あのときだって、ぎりぎりまで放っといたからあんな目にあったんでしょう?
早期発見、早期治療というやつです。さっさと行ってください!」
「はいはい。ふっ、まったく、口うるさいやつじゃ。かわらんのぉ……」
「おあいにく様です。ちゃんと、御自愛してくださいよ。ほんとに……」
「わかった、わかった。ありがとうな」
「失礼いたします」
そんな中、再び部屋にドアがノックされる音が響く。
「やや! 体調がお悪いとお伺いしました。お加減はいかがででございますか? 会長!」
へこへこしつつ入ってきたのは中年の小太りの男性だった。
「スコレットか。あいかわらず早耳じゃのう……」
「お気をつけくださいね! 貴方様あってのこの会社なのですから! あ、こちら手土産です」
掌を高速ですり合わせる。摩擦で指紋がなくなるのではないか……そんな勢いで。
そんな僕たちの視線を感じたのか、おっさんは気づいて言う。
「おっと! お、お客様がいらっしゃいましたか。
そ、それではわたくしめはこれで……」
「へーい」
軽くあしらうジョースターさん。
そそくさと退出していく男を目の端に置きつつ、気を取り直して、といった様相で僕に微笑む。
「さて、花京院。今日はうちに泊まるといい」
「え? いいんですか? 急な訪問になってしまったのに……」
「なにを言っておる! 遠慮するな! 水臭い!」
「ふっ、ではお言葉に甘えさせていただきます」
「承太郎も来るじゃろ?」
「そうするか。ああ、そうだ、花京院。
徐倫のやつが、おまえを連れてこいとうるさい……。
なので明日はうちに来い」
「ふっ! はいはい。光栄です。よろこんで」
「よし、そうと決まればもう、今日は仕事終わり! かーえろっと!」
「い、いいんですか? そんな適当な……」
「いいの、いいの! じゃ、行くぞ」
そして、その日はまるでお城のような豪邸、ジョースター邸で互いの近況や懐かしい話に花を咲かせつつ、これまた豪勢なディナーをいただき、眠りについた。
その、夜更けのことだった……
──ジョースターさんッ!! ──
「……はっ!」
あのひとのこえが、きこえた気がした。
(今のは……ま、まさか!!)
部屋を飛び出る。
と、そこでドアを開けようとしていた承太郎と鉢合わせる。
「……花京院!」
「承太郎! どうした?!」
「……じじいが……倒れた」
「あなた、しっかりして! あなたっ!」
すぐさまBGたちの手により、病院に運びこまれたジョースターさん。
奥さん……スージーQさんが縋り付きながら必死に呼びかける。
「おばあちゃん……おちつけ」
それにそっと寄り添う、承太郎。
「……うう……」
「一命は、取り留めました……が、今なお危険な状態です。
ご家族の方は、こちらでお待ちください」
担当の医師が沈痛な面持ちで告げる。
集中治療室で管理をしつつ、検査の結果を待つ、とのことだった。
「おばあちゃん、なにがあった?」
待合室で、少し落ち着くのを待って、承太郎がやさしくたずねる。
「お風呂から出た後……あのひと、もう一仕事片づけて自分は寝るから、さきに寝ていてくれ。って……」
とぎれとぎれにだが、スージーQさんは状況を説明してくれた。
「言われた通りに、わたし、先に休んでいたんだけど……
しばらくして、ガタンって……物音がしたから……ベッドから飛び起きて書斎に行ったの……
そうしたら、あのひとが倒れていて……! ああ……」
「くッ……」
(体調がすぐれない……とは聞いていたが……くそっ!)
手のひらをぐっと握りしめる。隣で承太郎がスージーさんに聞く。
「……じじいのやつ、そんなに悪かったのかよ?」
「少し、調子が……とは言っていたけれど。そこまでとは……」
躊躇いつつも僕も重ねて質問する。
「あの、スージーさんが駆けつけられたときには、もう意識が?」
「え? いいえ、まだ……。あ! そうだわ!」
何かを思い出したように目を見開く祖母に孫が問う。
「どうした?」
「ひとつだけ、気になることが、あって……。
あの人、言っていたの、苦しそうに……」
「……なんて?」
「ほかにだれも、いなかったのよ。もちろん。なのに……」
「……『なんじゃ、こいつらは』……って」
「「……なにィ!?」」
ICUで、横たわるジョースターさんをガラス越しにみつめる。
その身体からは、たくさんの管がのびていて、それは機械につながれていた。
命を、つなぎとめるための機械に。
否応なしに、『あの光景』をおもいだしてしまい、二重に胸が引き裂かれそうになる。
様々な検査を行っても、原因となる異常はみつからなかったらしい。ただ、心臓、肺、脳、肝臓、胃腸……といった多数の臓器の機能が異常なほど低下している。それだけで……
まるで『呪い』でも、かけられたかのようだ、と。
そして……
──なんじゃ、こいつらは──
その言葉が示す、意味。
「承太郎……」
「ああ……頼む」
(……みつけて、みせる……!)
調べる。相棒、
「……」
脳裏に浮かぶ。あの、いつかの石段の上での……彼の力強い言葉と笑顔。
──あの娘の花嫁姿をみるまで……わしは──
「……」
(……逝かせなど、するものか……!)
(……僕が、護る!!)
「ッ! ……これは!」
夜半……静まり返った特別集中治療室。機械的な電子音のみが規則的に響く。
「……貴方に恨みはありません。でも……」
それを切り裂くように、音もなく現れた、ひとりの女が呟く。
「ごめんなさい、さようなら……ジョセフ・ジョースターさん」
ゆっくりと生命維持装置のスイッチにその指が触れようとする。
そのときだった。
「させるか!!」
「スタープラチナ・ザ・ワールド!」
────
「こ、これはッ!」
ハイエロファントが、みつけた。
微かな、痕跡。何者かのスタンド攻撃の。
邪悪な、エネルギーの欠片、を。
「きまりだな。やはり、スタンド使いの刺客……」
「ジョースターさんの暗殺を目論んで……?」
「おそらくな」
「自立型、遠隔操作型、か……?」
「わからん……が、じじいは生きている。まだ」
「ああ。来るだろうな、……また」
「ああ。そこを……捕らえる!!」
────
そのあとすぐ、承太郎とともに、僕は病室に潜んで『待ち人』を待っていた。
すると予想通り、『やってきた』わけだ。
「はっ!」
(……ああ、止まっていたのか)
久方ぶりに味わった『時止めの世界』から帰還すると、既にふんじばられた女性がそこに横たわっていた。
「あぶなかった……」
「今、この女……」
「ああ、なにもないところから、現れた……よな?」
「とりあえず気を失わせて縛っておいたが」
「まさか、この女性も、時を? しかし、そうであれば……」
「ああ。ちがう。なら、こんな回りくどいことせんでも、とっくにじじいはあの世行きだ。
しかも確かにこいつも止まっていた。つまり別の能力があるってことだ」
「そうなるな……」
「とりあえず、こいつにはいろいろ情報を吐いてもらわにゃならん。起こすか」
「そうだな。何を隠し持っているかわからん。用心しろよ」
「ああ。……おい、起きろ」
承太郎が気絶している女性の頬をぺしぺしと叩く。
「はっ!」
目を開ける女性。すぐに様子に気づいて騒ぎ出す。
「きゃー! 捕まってしまいましたの!? なんてこと!? 不覚ですわ!」
「起きたか……」
「わ、わたくしをどうするというのですか!?」
響く金切り声と対称的に、承太郎が厳かに問う。
「いろいろ喋ってもらうぜ。
てめーは何者だ? スタンド使いだな?
じじいに何しやがった? そもそも、なぜ、じじいを狙う……?」
しかし……
「承太郎……、聞いていないみたいだよ……」
「ま、まさか……! 今からわたくしにあんなことやこんなことを……!?
わたくしにそんなことをしていいのは
やるならやってみなさい! このけだものども!
そんな行為にわたくしの心は、決して屈しません!!
なにをぼさっとしているのですか? やるならひとおもいに!!
さぁ、早く!!」
「「……」」
「承太郎、やってあげれば? 僕、席はずすからさ……」
「やるかよ。おれには妻子がいる。……し、めんどくせぇ。
いくら体と顔は良くても、うっとーしい女は嫌いなんだよ……知ってるだろ?」
「知っているさ。冗談に決まっているだろう」
そんな僕に反撃とばかりに口を開きかける承太郎。
「なら、おまえが……」
「僕だって嫌だ」
言い終える前にきっぱりと言い放つ僕に呆れたように呟く。
「早えよ……」
「無理だ。死んでも御免だ。……知っているだろう?」
「ああ……そうだな。よく知っている。
つーか、自分が嫌なこと、ひとにやらせようとすんなよ……」
そんな風に僕達が変な押し付け合いをしているうちに、敵の女性の妄想は果てしなく広がっているようだった。
「ああ……なんてことでしょう……!
このいかがわしい二匹のオークにメチャクチャにされてしまうなんて……
可哀想なわたくし……」
そんなことを言いつつも、陶酔するその眼はぎらぎらと輝いている……ように見えた。正直恐い。
誰がオークだ……という反論をすることすら躊躇っていると承太郎が言った。
「おい。『放浪者』とやらは、そんなにいい男なのか?」
「もちろん! まぁ、あなた方もオークにしては、見られるほうかもしれませんわね。
でもそんなの足元にも及ばない、高貴で他に類を見ない宇宙一の殿方ですわ!」
「ほぉ……どんなところがすげーんだ?」
「ミロのヴィーナスも真っ青なほど整われたそのお顔立ちも。慈悲深く、全知全能、わたくしのことをなんでも理解して下さるその御心も。その、秘めたるお力も。それに、ベッドでのテクニックも……きゃっ、言ってしまいましたわ!」
「「……」」
再びドン引きしつつも、承太郎の意図を察し、僕も援護する。
「ほお。なんと、そんなに素晴らしい男性がこの世に存在するとは……。
一度お会いしてみたいものですね」
「駄目ですわ! 彼にはそんな趣味はありませんから」
(……僕にだってないってーの……)
そんな言葉を必死に飲み込みつつ続ける。
「……で、どんなお力を秘めていらっしゃるんですか?」
「ふふ……聞いて驚くがいいですわ! 彼のスタンドにかかれば……」
鼻高々。そんな様子で言い放つ。
「どんなスタンドも、閉じ込められて役立たず、ですわ!」
「……ゲコーッ!!」
「!?」
「はっ!」
核心を突いたまさにその瞬間だった。
「なにッ!?」
窓の隙間から一匹のカエル……が飛び込んでくる。
「これは!?」
「『スタンド』!!」
「ケロちゃん!!」
「ケロッ!!」
女性の元に降り立つと、ケロちゃん(仮)は器用にも咥えていたナイフで拘束する縄を引きちぎった。
「……ああ『放浪者』様! 助けにきてくださったのですね。
いつだってあなたはわたくしの白馬の王子様……!
いますぐ、愛しきあなた様のもとへ参りますわ!
ループ・ワープ・フープ!!」
そういいつつ、出現させたアマゾネス……女性戦士のようなスタンドとともに空中に指で円を描く。
「それでは……ごめんあそばせ、オークさんたち♪」
そして、完成した光る輪の中に飛び込むと、敵の女性の姿は瞬く間に消えてしまった。
「ちっ、もう少しあの女から情報を得られそうだったが……
敵の男の方はまだ頭が回るようだな。
あの輪っか……ワープのような能力が、あの女のスタンド能力か……」
「そのようだな。しかし、それ以上に気がかりなのが男の方だね」
「ああ。『どんなスタンドも役立たず』か。ちっ、厄介そうだな……」
「うむ……なんとなく想像はつく。互いに用心しなければな」
もうひとつの気がかりを言う。
「あと……」
「なんだよ?」
「『スタンドはひとりひとつずつ。その能力もひとつずつ』。
仮にその男がそういうスタンド使い、だとすると、
ジョースターさんを狙ったスタンド使いはまた別に居るということになる」
「いったい敵は何人いやがるんだ……」
「やれやれだね。……ってところかい?」
「……ちっ」
「さ、まぁ嘆いていても始まらない。
千里の道も一歩より、というじゃあないか。
……たとえ千人いても……どんどんやればいいのさ。時間もない」
「……ああ」
「じゃあ、そんなわけでさっそく行くかい? 親友」
「……は?」
一瞬怪訝な顔をする承太郎に、人差し指をみせる。
「ふっ……ああ、行くか」
「すまない。ぼくが頼りないばかりにきみばかりをこんな目に……」
「そんな! わたくしはあなたのためなら……!」
「きみと離れている間、わずかな時が幾千日にも感じられたよ……」
「わたくしもですわ……ああ、お会いしたかった……!」
「『
「『
「……」
「……」
たどり着いた先には人目をはばかることなく睦みあう、男と女。
物陰からその様子を見せつけられていた僕は、辟易しつつ隣に今後の方針を述べる。
「……よし。とりあえず『法皇の磔刑』で、いいかな?」
「おちつけ。居酒屋で生ビール頼むみたいに秘奥義をかまそうとするな。
……わりと同感だがな」
「いや、だってさぁ! ここ屋外だよ!?
自粛しろっての。自宅でやれよ! ステイホーム!
人に見られたらどうすんのさ! 実際僕たち見てるしさ……
見たくもない。目に余る! ギルティーだろ! どう考えても!」
「まぁ『誰かに見られたらどうしよう』。
それがさらなる興奮を生む……という話だがな」
「けしからん! 人前でいちゃいちゃと……」
憤慨する僕に言う承太郎。
「んなこと言いつつ、いつかあいつとやろう……とか思ってんじゃねーのか?」
「ああ? 思うわけないだろう。
彼女のそんなすがたをみていいのは僕だけだ。
……いや、まてよ。そういうシチュエーションで……
という仮定のみを採用したバーチャルプレイであればそのリスクなしに……」
「……」
「ん? どうした? 承太郎」
「いや。おまえの長年蓄積されまくった、そーいう衝動をすべて一身にうけるわけか……。目が覚めたら大変だな、あいつ」
「はぁ!? 人をそんな色魔のようにいうな!」
「……ま、自業自得、というやつだがな、あいつの」
なぜだか楽しそうににやりと笑う。
「さ、本格的に始まる前に……行くぞ」
「そこまでだッ!」
「あっ! お、オークさんたち!? どうしてここに!?」
「気づかなかったようだな! 僕の……その『紐』に」
「ハッ!」
よく見ると……きらりと光る。
髪の毛ほどの細い紐状の法皇の触手……『
「それを、辿ってきた。それだけさ」
「……追い詰めたぜ!」
「出歯亀かい? 趣味が悪いね。
人の恋路を邪魔するものは……って聞いたことないのかな?
お代は高くつくよ。くくく……」
男はこちらをみると不敵に笑いつつ言う。『放浪者』は女性(どうやら『戦女神』と呼ばれているようだ。本名なわけないので暗殺集団によくあるコードネームというやつか)が先程目を輝かせつつしていた説明通り、整った顔立ちをしていた、が、恋の魔法のフィルターを除去すると、幾分頼りなさげな優男……といった印象だった。
「変化!」
男が言うと、掌に乗っていたケロちゃん、もとい先程のスタンドガエルが、みるみるうちにその形を変えていく。
「たしか、『スタープラチナ・ザ・ワールド』……だったよね?」
「!!」
「吸引ッ!!」
そして、壺のように変形した自身のスタンドを掲げつつ、言う。
「す、『
「なにィッ!?」
すると、なんと瞬く間に『星の白金』がその中に吸い込まれてしまった。
「ぼくのスタンド、『ポット・オブ・コルナゴ』……名前さえわかれば、そのスタンドを吸い込み、閉じ込め無力化することができる」
「しまった! あのときか……!」
「お手柄だよ。『戦女神』」
「いやん! やりましたわ!」
「くっ!」
「これで、君のスタンドは……ぼくに囚われ役立たず、さ……!」
「チャンスですわ!」
言いつつまたも女性とそのスタンドが円を描き、その中に消える。
「これで寡黙なワイルド風イケメンオークさんは戦力外!
あとはインテリ系中性的イケメンオークさんを仕留めれば!」
その褒めているのかけなしているのか定かでない枕詞はなんなんだ……というツッコミはさておき、姿無きまま、女性のこんな声だけが聞こえてきた。
「ふふふ! いつ、どこから攻撃してくるか、わからないでしょう?
その恐ろしさに戦慄するといいですわ!」
それに対し、感想を洩らす。
「ふむ。確かに貴女はある意味(異性に対する貪欲さといった点で)恐ろしいが……
その能力はそんなに恐ろしくはないかな」
「あら! いくらお顔がよろしくても……
大口叩くだけの見栄っ張りな殿方は女性にあんまりおモテになりませんことよ?
って……えッ!?」
異常に気づいた『戦女神』の焦った声が聞こえてくる。
「な、なんですの? 見えない何かが……う、うごけな……い……!?」
「御生憎様です。
実は僕、だれも気づくことすらできない……
そんな所に罠をはれちゃったりするんですよね」
慌てて姿を現した、動けぬままの女性に言う。
「先程『尾行紐』を辿っている間、貴女のスタンド能力を調査・分析させていただきました。
約3メートルごとにちょいちょい亜空間(?)から姿を現していた点から、それがワープ可能な限界移動距離なのでしょう。つまり貴女のスタンドは近接型。そして、わざわざジョースターさんの傍に姿を現したところをみると、狙撃系の能力はない……戦法は直接攻撃のみなのでしょう。消えた地点を中心に、それを半径とした僕方向への半球状に、ガードがてら罠を張り巡らしておく……以上で事足りる。簡単なお仕事でした」
「くっ……!」
悔し気な女性にもうひとつ重要な事柄を言っておくことにする。
「そうそう。それと、あまりモテなくとも、僕は一向にかまいませんよ?」
「僕がモテたいと想うひとは……この世で唯一、ただひとりだけ、なので」
「……女性を傷つける趣味はない。じっとしていてくださいね」
「あーん! キィー! ですわ!!」
こちらは勝負ありといったところだろう。歯噛みをする女性に勧告する。
「いけない! 『戦女神』! 今……!」
「おい……。よそ見すんな。おまえの相手はおれだ」
すかさずバックアップに回ろうとした敵の男の前に承太郎がザッと立ちはだかる。
「くっ! ……ふっ、ふふ、なんのつもりかな」
汗をかきつつも、動揺を抑えるかのように男は虚勢を張る。
「忘れたのかい?
『星の白金』は今ぼくの壺の中。
君はまったくの無力だってことを」
「フン……」
その男の言葉を受け、帽子を目深にかぶり直しつつ言う承太郎。
「やれやれだぜ。
……空条承太郎をなめんなよ?
スタープラチナがいねぇ……
そんなことにビビり上がるとおもうなよ……」
「ふふん! つよがりもほどほ……」
しかし、男のその次の言葉は途中でかき消された。
「ふぐあっ!?」
プロボクサーも真っ青であろう。インファイター顔負けのステップで懐に大胆に踏み込んだかと思うと、眼にも止まらぬ速さのボディブローが敵の男の腹に突き刺さっていた。
「……そんな、ば、かな……
な、生身で……」
崩れ落ちる男に上がる悲鳴。
「『放浪者』さま! はっ……!?」
「うるせぇ。もう一度、ねてな」
「きゃん!!」
そして、今度は素早く女性の背中に回り込み、当て身を首筋に繰り出す。
「……ふっ。さすが、『空条承太郎』だね」
スタンドがなくとも『やるときはやる』。
親友がそんな非常に頼れる男であることを改めて実感した瞬間だった。
「ジョースターさん!」
気絶したままの刺客の二人を改めて拘束し直し、急ぎ、病室に戻る。
「よかった。無事か……えっ?」
ほっとしたのも束の間だった。
「……いい御身分ね、JOJO」
背後から降ってきた女性の声にぎょっとして振り返る。
「なにィッ!?」
「ッ! あ、あんたは……!」
またしてもいつの間にか立っていた。また違う『見知らぬ女性』が。尾けられている気配など微塵も感じなかったのに。このような状況だ。最大限の警戒網を張っていたにもかかわらず。
ワンレングス、というやつか。長い黒髪の女性……年齢は20代くらいであろうか。服装は真っ赤なワンピース。首にマフラーを巻き、サングラス(なかなかのハイセンスだ。あの旅以来、サングラスをコレクションすることが趣味の一つとなってしまったこの僕が言うのだから間違いない)をかけている。
一体何者かなどさっぱりわからないが、唯一只者ではないことだけはわかった。実力者独特の威風堂々としたオーラのようなものがビシバシと伝わってくる。
「くッ! 新手かッ!?」
ジョースターさんを狙う一味の仲間か、と、瞬時に臨戦態勢を整える。
「花京院、違う。大丈夫だ。敵じゃあねぇ」
「え? そうなのか……?」
しかし、承太郎に制され、目を瞬かせながらも出していた法皇をひっこめる。
「やれやれだぜ……じじいはマジで死ぬかもしれんがな。別の意味で」
「は……?」
珍しいこともあるものだ。うつむきそう呟いて冷や汗を浮かべる親友及びあっけにとられる僕の横を、女性はつかつかとハイヒールを鳴らしながらさっさと通り過ぎ、ベッドサイドに歩み寄る。
「本来護るべき孫に逆に護られるなど……ふがいない。それでも波紋戦士の端くれですか」
女性はサングラスを外し、冷ややかな……例えるならまるで、養豚場の豚でも見るような目でジョースターさんを一瞥すると、同じくらい低温の嘆き節をぶつけながらおもむろに首のマフラーをしゅるっと取る。
「……さっさと起きなさい、JOJO」
先程からのこの女性の言う『ジョジョ』はどうやら承太郎のことを指しているわけではないらしい。そうか。そういえばジョースターさんも『ジョジョ』なのだ。というかもともとはジョースターさんの方が先に『ジョジョ』なんだよな……など、よく考えたら当たり前のことに今更気づいたが、それどころではなかった。
「ぐぇぇーッ!!」
女性は手にしたマフラーでジョースターさんをビシバシと殴り始めた。容赦などひとかけらもなく。躍動感に満ち溢れたそのマフラー捌きは、僕にまるでそれが生きているかのような錯覚を起こさせた。……が、感心している場合でもなかった。
「や、やめてください、病人になにを……ッ!」
止めようとするも承太郎に肩を掴まれ、再び僕の方が止められる。
「やめろ。ほおっておけ。近寄るな」
「は? なんでだよ、そんなわけには……」
言いかけたそこで、はたと浮かんだ疑問を先に口に出す。
「承太郎、いったい誰なんだ? この方は。知っているみたいだけど……」
「このばば……いや、このひとは……」
返ってきたのは、耳を何度疑っても足りないような答えだったが。
「……
「はぁーッッ!?」
もうすぐこのお話も完結です……が、性懲りもなく次回作も本作品にちなんだものにする可能性が高いです。どんなのだったら、また読んでやってもいいぜ? と思って頂けるでしょうか?
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