私の生まれた理由   作:hi-nya

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LOVE PHANTOM

 『闇の呪術医(ダークプリースト)』が消えて行った上階に向け、僕は螺旋階段をひたすら駆け上がっていた。

 

(アヴドゥルさん、イギー……)

 

 送り出してくれた仲間の顔が頭によぎる。

 

(……必ず!)

 

 永遠に続くかに見えた階段は終わり、最上階に辿り着く。

 つきあたり、立ちはだかる荘厳な観音開きの扉を押し開けるとそこは教会のような場所で、どこかある種、神聖で厳かな雰囲気を醸し出していた。

 そしてすぐに、正面の祭壇に立ち尽くす目的の人物の姿を発見する。

 

「動くな! もう逃げ場はない!」

 

 法皇(ハイエロファント)の結界で周辺を取り囲みつつ、勧告する。

 

「観念するんだな! ジョースターさんにかけた呪い……スタンド攻撃を今すぐ解除してもらおう!」

 

 ゆっくりと振り向く『闇の呪術医』。その口がぱくぱくと動く。

 

「……くい……」

 

「は……?」

 

 まるで機械人形のように。

 

「……ジョースター家、にくい……ジョースターのせいで……

 ジョースター……ジョースター……わたし……ジョースター……わたしの……」

 

「お、おい……?」

 

「……あああ……! わたしの! わたしの……せいで!! 

 わたしわたし……すべてわたしのせいで! あのひとが……!! 

 あああああ!!」

 

「こ、この女性は、すでに……!?」

 

 焦点の合わぬ、空虚な目。こちらの呼びかけに応えることなく、わけの分からないことを喚き散らすその姿……追い詰められ精神を病んでしまっている、まさにそれだった。

 

「あああああ……! アアアア……あああああ! ……ああ、ああ……あ……」

 

 ぷっつりと何かが切れたかのように崩れ落ちる。

 

「いけない!」

 

 駆け寄ろうとした瞬間、気づく。

 

「とうとう完全に壊れたか」

 

「はっ!?」

 

 背後から降りかかる、冷徹な声に。

 

「意にそぐわぬ……愛娘を贄にする所業に耐えきれなかったとみえる」

 

 鮮やかに彩られたステンドグラスの天窓を透して差し込んでくる一筋の陽光。

 同時にそれと対称的な……真っ黒なシルエットがひらりと舞い降りてくる。

 

「残念だ。この女もBeyond the regret……後悔の一線を越えることはかなわなかったようだな」

 

 目元から上を黒き仮面で覆い、同じく黒のライダースーツに全身を包んだ、長身瘦躯の人物であった。

 低く響く声があたりを静かに震わせる

 

What’s done cannot be undone(してしまったことは元に戻らない). それが絶対的な真実にもかかわらず、な」

 

「貴様は何者だ? 一体何が目的でこのようなことを!!」

 

「おれか? そうだな……『ZERO』とでも呼んでもらおうか」

 

(……ZERO!?)

 

「小者の依頼もこの女の事情も正直どうでもよかったのだが……あのDIOを倒したジョースター一味には少々興味が、な」

 

 口の端でにやりと笑いつつ、答える男。

 

「……ッ!? 貴様、DIOの関係者か?!」

 

「さぁな。そうともいえるし、そうでないともいえる。なんにせよ、お前たちの噂はよく知っている。ぜひとも手合わせ願いたい」

 

「……なに?」

 

「強き者との邂逅……それこそが我が目的。血沸き肉踊る闘争こそ、我が美学」

 

 それを聞いた瞬間、頭に、そして全身に……熱く血液が循環していく感覚が駆け巡る。

 ゆっくりと静かに煮えたぎるその感情を言葉にする。

 

「貴様……なにを言っているか、わかっているか?」

 

「無論」

 

「……そんなことのために? 事情など推して知るべくもない。こちらにとっては是非善悪などいわずもがなだ……しかし、あの女性には確かな深い傷と理由があった。それだけはわかる。貴様はそのような心を利用したのか? なんの罪もない娘さんまで巻き込ませて……そして、そんなことのためにジョースターさんを?」

 

 

「僕の、たいせつな仲間に……無粋な手出しはやめていただこう!」

 

 

「……いい眼だ。期待できそうだな」

 

 

「法皇……」

 

「出ろ。『影舞者(シャドウダンサー)』」

 

「……」

「……」

 

 どちらが機先を制するか……双方伺い合い、睨み合う。

 相手から否応なしに伝わってくる。不気味さ、そして、底の知れなさが。強力かつ凶悪な能力の持ち主であろうことは容易に推測できた。明らかに『何か』を狙っていることも。(実のところそれはお互い様なのだが)そして、奴の能力の発動条件が不明な以上、こちらから動くことは命取りになりかねない……本能がそう告げていた。

 じりじりとした、数分が数秒のことに感じられるような時の中、静寂を切り裂くが如く勢いよく扉が開く。

 

「花京院! 大丈夫か!?」

「ガウッ(生きてっか、変態!)」

 

「アヴドゥルさん! イギー!」

 

「ぬぅ! 貴様が黒幕かッ!!」

 

 一目見て状況を察したのであろう。『ZERO』に攻撃を仕掛けようとするアヴドゥルさん。

 

「……魔術師の赤(マジシャンズレッド)ォォ!!」

 

 怒りに燃える、深紅のスタンドの猛突。

 しかし、それに少しも動じる様子なく、『ZERO』は不敵に言い放つ。

 

「くくく、おまえからか? ならば……」

 

「……いけないッ!」

 

 

「後悔と……踊れ」

 

 

 魔術師の赤のつま先から伸びる影が急に大きく広がり、アヴドゥルさんの全身をすべて飲みこんでしまった。

 

「うわぁあああ!」

「しまった!」

 

 やられた、そう思った。

 

「あ、アヴドゥルさん!」

 

「……」

 

 しかし『影』から解放された彼には、これといって変化はないように見えた。

 

「だ、大丈夫ですか!?」

「バウッ(おい!)!」

 

 だが、それはあくまで、『見かけ上』だけだったのだ。

 

「……すまない……わたしの未熟故……おまえに……。……ああ……」

 

 心ここに在らず。まさにそれを体言したような様相で、なにやら呟く。

 

「アヴドゥルさん!? な、なにを!?」

「ワン(あ、アヴドゥル……?)」

 

 必死に呼びかける僕達の声は虚しく響くだけだった。

 

「き、聞こえていない……のか?」

 

 普段とは全く異なる虚ろなその眼は『ここにはいないなにか』を見ており、その口から発せられる言葉は『ここにいないなにか』にむけられているようだった。

 

「……わかった。おまえが、そう望むなら」

 

 そして、おもむろにそう言うやいなや、ゆらりと懐からナイフを取り出し、己が首筋にあてがう。

 

「な、なにぃ!?」

「グウゥ! (まずい! 『愚者(ザ・フール)』ッッ!!)」

 

 すぐさまイギーがスタンドで間一髪、壁に押さえつける。

 

「ぐ、ぐぐぐ……」

「バウッ! (チッ! おれが抑えとくから、さっさとどうにかしろ!! 花京院!!)」

 

「くそッ! エメラルド……ッ!?」

 

(しまっ……!)

 

 しかし、不覚にも動揺の最中、敵の姿を見失ってしまう。

 

「……遅い。貴様も……」

 

「ハッ!」

 

 背後から、轟く不気味な声。

 

「後悔と、踊れ……」

 

「!?」

 

「ガウッ(花京院!?)」

 

 刹那、浸食してくる黒……ブラックアウト。視界が暗転する。

 

 

 が、それは一瞬のことだった。

 一面覆いつくしていた闇が緩やかに、そして完全に消失していく。

 

 そして、気づく。

 

「ッ!? あ、あなたは……!!」

 

 

「……かきょういんくん」

 

 

 目の前に現れた……『あのひと』の姿に。

 

 

「え……!?」

 

「かきょういんくん……」

 

「そ、そんなはずは、ない……。あるわけ、な……」

 

 戸惑う僕を置き去りに、『彼女』は言葉を紡ぐ。

 僕が長い間渇望していた、あの……そのままの声音で。

 

 残酷すぎる、言葉を。

 

「ねぇ、たすけて。かきょういんくん。

 どうしてかな? すごく、痛くて……つらいの……」

 

 己の失われた左腕、それをじっとみつめながら。

 

「……わたしのいる、ここは……どうして、こんなに……、暗くて、寒くて……さみしいの?」

 

 うつむく彼女の頬に一筋の涙が伝う。

 

「ねぇ、どうして? かきょういんくん……」

 

「そ、それ、は……ッ!」

 

 強大なみえないなにかに全身が圧し潰されるかのような感覚を受ける。

 

「……ごめんね。わたし、もう、たえられない……」

 

「え……?」

 

「……あきらめよう?」

 

「な……ッ!?」

 

「……楽に、なりたい。もう、終わりにしたいの。貴方の手で……終わらせてほしい」

 

 立ち尽くす僕に向け、一歩踏み込む。

 

「でも、独りは、嫌。恐いの……だから、お願い……」

 

 

「一緒に……逝って、くれるよね?」

 

 

「……ッ!?」

 

 

「……ねぇ? かきょういんくん……?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「後悔……犯してしまった過ちについて抱く負の感情。決して実現できないにもかかわらず、違う結果であれば、と抱いてしまう願望。誰しもが抱く執着。忘れられぬ過去、捨てきれぬ過去」

 

 どこかとおくを見ている男を前に、黒き仮面の騎士は滔滔と言葉を発する。

 

「それは、もっとも深く、そして強固な想い。その影を……決して逆らうことなどできぬ影を我がスタンドは引きずり出し、かたちにして、躍らせる……我が意のままに」

 

 そして、侮蔑ともなんともとれない笑みを浮かべ、問いかける。

 

「常人は己が罪を突き付けられ続けることに耐え切れず、その末路は自害か、はたまた発狂か。

 さて、おまえはどちらだろうな? もはや、この声届いてはいないか?」

 

 

「……なるほどね。やはりそういうスタンドか」

 

 

「何……!?」

 

 仮面の男……『ZERO』に向け、戻ってきた男……僕は、静かに言い放つ。

 

「き、貴様、どうやって……?!」

 

「……さすがは、僕だ」

 

「は……?」

 

「みためも、こえも……完璧だ。ほんものと、寸分の違いもない……」

 

 愛しいあのひと、そのまま。

 

「でも……ちがう」

 

 首を振る。しつこくまとわりつく『なにか』を断ち切るように。

 

「ちがうんだ……」

 

 

 ずっと、おもっていた。

 

 ……たすけて。……いたい。……くるしい。……つらい。……こわい。

 

 あのとき、そんなふうにいってくれたら……どれだけよかっただろう、と。

 

 いつも、ただ、わらって。ひとりで、すべて。

 

 そして……

 

「ぜったいに、いってはくれないんだ……あのひとは」

 

 

 弱い僕が、ずっと、心のどこかで欲していた言葉。

 

 

「……『一緒に死のう』だなんて。決して……」

 

 

 真実(ほんとう)はただひとつだけ。置いていった『手紙』。

 

 

「……だから、さっきの『あれ』は……僕の『願望』が生み出した幻にすぎない。

 だとしても……、だからこそ……! そんなものに従うわけにはいかない」

 

 

 ──しあわせに、生きてください──

 

 

「……僕は決して、あきらめない」

 

 

 動揺を隠しきれない『ZERO』に向けて、続ける。

 

「それにしても、貴様には礼を言わなければな。ありがとう。本当にひさしぶりに、とても『いいもの』をみせてもらったよ」

 

 大きく一歩、踏み出す。

 

「しかし、人の心を覗き込み、弄んだその罪……許すことなどできない! 

 全て洗い流すがいい!!」

 

 

「エメラルド・デリュージュ!!」

 

 

 法皇の引き起こした碧色の洪水が漆黒の影を呑み込む。

 

「……くっ!」

 

 しかし、手ごたえはあったものの、在るはずの姿はすでにそこにはなかった。

 逆光に妨げられつつも見上げると、再び天窓にその姿を認めることができた。

 

「ふっ、貴様……やるな……」

 

 またも響き渡る重低音があたりを包む。

 

「我が求めるは強者。

 後悔を乗り越えることのできる、強き精神の持ち主。

 ……時がくれば、この縁、必ずやまた……」

 

 そうして奴の姿は、光の中へと消えた。

 

「……そんな時、こないことを祈るよ」

 

 

 

 

 

「アヴドゥルさん、大丈夫ですか?!」

 

 『ZERO』が去ると共に、倒れ臥した仲間の元へ駆け寄る。

 

「あ、ああ。大事はないようだ。

 すまない、花京院。ぬかってしまった」

「いえ、よかったです。無事で」

 

 そして信じられないものを見るような顔で訊ねられる。

 

「それにしてもおまえ、よく囚われずに……」

「ふっ、負けるわけにはいきませんから」

「ん……?」

 

「僕の方だけ、気づけないわけにいかないでしょう? 『偽者』に」

 

「……ああ。そうか、そうだった。あれはたしかシンガポールだったか……彼女の偉大なる『恋の力』に舌を巻いたのはあのときが初めてだったなぁ」

 

「ええ……」

 

 あざやかに浮かび上がってしまった胸の疼きをどうにか奥底に押し込めつつ、懐かしそうに目を細めている人に聞いてみる。

 

 はたと、思った。

 最もたいせつなひとの影。

 

「アヴドゥルさんこそ、どんな方の? 聞かせて下さいよ」

 

 大人なこのひとの、そんな『いいひと』の話をそういえば耳にしたことがなかった。

 

「ふっ、生憎だが、君の期待するような艶っぽい話にはとんと縁がなくてな。親友さ。とても古い、な」

「へぇ……」

 

 遠くをみつめる……その横顔に向けていう。

 

「それがもしも謙遜でないのならば……

 今まで貴方が出会った女性は総じて見る目がない方ばかりだった。

 ……そういうことですね」

 

「ふっ! まったく……!」

「ふふっ」

 

「さぁ、戻ろう。これでジョースターさんも元気になるはずだ」

 

 

 

 

 

 ほどなくして、ジョースターさんが昏睡状態を脱したとの知らせを受けた。

 体力も驚くほどメキメキと回復し、不自由な入院生活なんて耐え切れるか! と即、無理矢理退院してしまったそうだ。

 人騒がせなじじいだ。などと言いつつも、電話口から流れる心底ほっとしたような親友の声を聞き、こちらもようやく胸をなでおろした。

 

「よかった。リサリサさんも大丈夫かい? かなり『波紋』を使われたのだろう?」

 

「ああ? あいつなら……帰った。多分」

 

「は?!」

 

 予想通りまた来た別の刺客を文字通り一捻り(やれやれ、おれが残る必要なかったぜ……とは承太郎談)した後、ジョースターさんが『回復』したとみるやいなや、だったそうだ。

 

「こっちにはもうおらん。まぁ、いつもどおり、というやつだ。またどうせひょっこり現れる。なんか用があったらな」

「そ、そうなのか……」

 

「あと……じじいになんかあったときには、必ず、な……」

 

 神出鬼没。でも、そうやって見守っているのだろう。

 

「そうか……」

 

 母にとってはいつまでも、どうあがいたって、息子は息子なのだ。きっと。ずっと。

 

「まぁ、もうこんな事件無いのが一番ではあるけどね」

「ああ。そうだな」

 

 『ZERO』の正体や思惑。『闇の呪術医』……あの女性の事情。

 加えて『何か』ひっかかるような感覚。

 

 すっきりしない面が残るものの、とりあえず全員無事、一件落着とあいなった……

 

 

 ……そのはずだったのだが。

 

 

 

 承太郎との通話を終え、さぁ、ジョースターさんのところへ戻ろうと受話器を置く。

 

 もういらっしゃらないのか。少し聞いてみたいことがあったのに。丁度そう思ったところだった。

 

 

「……花京院」

 

 

 唐突に背後から呼ばれた。

 

「うあああああっ!?」

 

「波紋に興味が湧きましたか?」

 

「り、リサリサさん!?」

 

 振り向くとそこに在る、つい今しがた消えたと聞いたはずの姿に驚く(こんなところもひ孫……承太郎に脈々と受け継がれているようだ)。しかもどうやら全て御見通しらしい。流石は師匠の師匠(せんせい)。目を瞬かせつつも頷く。

 

「ええ……、まぁ」

 

「貴方の中に才を見ました。それに……」

 

 

「花京院、貴方はどこか似ている。わたしの一番優秀だった……愛弟子に」

 

 

 そのお弟子さんのことを思い出しているのだろう。表情がすこしだけ柔和なものに変わる。

 

「いつでも訪ねて来なさい。望むなら修行の方法を教えてあげてもいい。死ぬほど厳しく辛く苦しく、最悪本当に死ぬ。その上、会得できるか否かは貴方の努力次第ですが」

 

「し、死……」

 

 かなり恐ろしいことをそんな風にさらっと言ってのけると、リサリサさんは真っ赤なトレンチコートを翻し、風と共に去っていった。

 

 

「……よく無事に戻りました。ありがとう、花京院。JOJOを救ってくれて」

 

 

 最後の最後まで、やっぱり『つんでれ』のままで。

 

 

 

 

 

 そして事件から数日後、日本に帰国前のことだ。

 僕はジョースターさんから呼び出しを受け、その元へ馳せ参じた。

 

「やぁ、花京院。よく来てくれた」

 

 まだベッド上ではあるものの、顔色はもうかなり良いようだ。ほっとしつつ、訊ねる。

 

「一体どうしたんですか? 僕一人で来い、だなんて」

 

「ん? おまえさんに、改めて紹介したい男がおってな」

 

 そういうと、ドアが開く、と、同時に入ってくる一人の人物。

 

「こんにちは」

「貴方は!」

 

 初日にここを訪れた際、ジョースターさんと熱く口論をしていた男性だ。

 今日はシルクハットに蝶ネクタイ……といった出で立ちだったが、奇抜ともいえるその恰好が不思議ととても馴染んでいた。

 

 彼は帽子を取り、優雅な一礼とともに自己紹介をする。

 

「わたしは新留・D・スピードワゴン……SPW財団幹部の一員を担わせていただいている」

 

「スピードワゴン?!」

 

 驚きの声を上げる僕にジョースターさんが補足してくれる。

 SPW財団、創設者である初代スピードワゴン……彼は生涯独身だったが、世界を回った際に知り合った戦災孤児を何人か養子に迎えており、現在は彼の意思を継いだその子孫らの手で財団は運営されていているらしい。初代スピードワゴン死去後も遺言に基づいてジョースター家の闘いを陰から支える団体となっている、と。

 

「いつの時代も変わらずジョースター家の力になり続けてくれており、感謝の言葉もない」

 

 誇らしげに頷いた後、改めて彼を指す。

 

「で、こいつは初代の孫にあたる、日系イギリス人なのだ。ほんに生意気なのが玉に瑕なんじゃがな。まったく幼い頃から変わらん」

「ん? 歯に物を着せぬ物言いは昔からでしょう、ジョセフおじさん。貴方にいつまでも現役でいてほしいが故の叱咤、というやつですよ」

「よく言うわい……余計な『お節介』だっつーの」

「ふふ。それは我が一族の、血のつながりを越えた伝統的家訓……というものでしてね」

「爺様に性格は似ても似つかんがな。そのエリート風吹かす感じ。まぁ実際優秀なのがまた憎たらしいんじゃが」

「おや、貴方だって似ても似つきませんよ? 空条君の爪の垢でも煎じて飲んでみたらどうですか? あのフラットさは尊敬に値します」

「ぐぅ……っ!」

 

 どうやら、今回の舌戦も再びジョースターさんの完敗のようだ。

 

「さて、本題に移りましょう。わたしは出自から、現在、日本財団支部……目黒支部長を任されていてね」

 

 言いくるめられ歯噛みをする人をよそに、スピードワゴンさんはくるりと僕の方に向き直る。

 

「……率直に言う。花京院典明君、君を我が財団特別研究所の主任研究員に是非とも迎えたい」

 

「えッ!?」

 

「スタンドに関する知識や考察力、洞察力は皆からの折り紙付き。これほど適した人材はいまい……と実のところ以前から目をつけさせていただいていた。おじさんにずっとお願いしていたのだが……」

 

「だって、花京院にはうちの会社に来て欲しかったんだもーん。ちぇーっ! しかし……いい話じゃろう?」

 

 ウインクとともに僕に投げかける、ジョースターさん。

 

「……でも、僕は……」

 

 躊躇いつつも口を開くと、意外な言葉が返ってきた。

 

「ああ、勘違いしないでほしい。言い方が悪かった。

 優秀なスタンド使いだ……と、いう点はもちろんなのだが、それは正直二の次……わたし個人としてはどうでもよいことであったりする。今回改めてわたしが勧誘に来た理由は別にあるのだ」

 

 『僕がスタンド使いであること』。それ以外に思い当たる節もなく首を傾げていると彼は続けた。

 

「本来ならばこれは秘匿事項なのだが……どうせ近日中に知らせが行くし、もう構うまい。君の博士課程論文、世にも珍しい、一発アクセプトだ。おめでとう」

 

「は!? ど、どうして……?」

 

「どうやら傑作なことに、あの頭の固い上の連中でさえも誰も文句がつけられなかったらしい」

 

 僕の驚く顔を心底楽しそうに眺めつつ、彼はシルクハットを器用にくるりと回すと種明かしをする。

 

「何故知っているかって? 所縁あって、わたしも審査担当の一人だからさ。君の研究は、光の速度の観点から未知の見地に切り込み、量子力学分野に新たな一石を投じている……もしかしたら時間の因果率すら覆すことができるかもしれない……そんな夢のような可能性を秘めた、素晴らしいものだった。久方ぶりに鳥肌が立ったよ」

 

 意外過ぎる『正体』……僕とのつながり、を。

 

「君のような人間と共にふたたび夢を追いたい……恥ずかしながら、居ても立っても居られなくなってしまった、というわけさ。昔から、わたし自身も少しかじっている身でね。R・ストラトス……聞き覚えは?」

 

「その名は!?」

 

 これまたなんという謙遜。大学院で僕が専攻している、光化学……特に量子物性科学を志す研究者で彼の名を知らない者はいないだろう。若き頃から彼が築いてきた業績は数えきれない。

 

「有名知名というものは必ずしもよいものではない。余計なフィルターをかけられたくないのでね。研究界ではその名で通している。そして、ヤマムラ……君の現在のラボのボスだろう? 彼とはかつて同じ研究室の釜の飯を食った仲さ。彼からも君のことはよく聞いて知っている。大変前途有望な若者だ、と」

 

「あ……」

 

「我が財団は世界最先端の医学、理化学、考古学を始めとし、果ては超常現象の解明まで……様々な部門を専門として人々の生活と福利厚生の為に動いている。

 そして、創設者ロバート・E・O・スピードワゴンの誇り高き魂と志を受け継ぎ、その数多の専門知識と技術と物資、人脈……あらゆるツールを通じて、ジョースター家ならびに『黄金の精神』を持つ者たちの闘いを支え、見守っている……今も、そして、これからも」

 

 きらりと輝く光が込もった慧眼が僕を正面から見据える。

 

「花京院典明君。君ほど我が財団に相応しい人間は二人といまい。

 是非、我が研究室で、その才能をいかんなく発揮してほしいと願う。

 ……いかがだろうか?」

 

「……はい! ぜひ、前向きに検討させてください」

 

「ああ。ありがとう。嬉しいよ。いい返事を期待している」

 

 くしゃりと目元を細めながら、すっとその手を差し出す。

 それをがっちりと掴みながら、僕は初めて知る。

 

 ずっと続けていた、ひとつのことが認められる。

 

 それは、かくもうれしいものなのか……と。

 

 

「……目的は果たしました。

 スピードワゴンはクールに去るとします。

 では、また」

 

 

 

 

 

「よかったのお、花京院」

 

「……はい。ありがとうございます。ジョースターさん」

 

 紳士が宣言通り軽やかに場を去っていったあと、礼を言う。

 

「わしゃ、なーんもしとらんよ」

 

「ふっ……」

 

 するとやっぱりそんなことをいってはぐらかされる。いつもどおりだ。そして、逆に頭を下げ返される。

 

「だいたい、そりゃあわしの台詞じゃ。あらためて……ありがとうな、花京院」

「なんですか、もう。水くさいこと言わないで下さいよ、ジョースターさん」

「……そうじゃな。ふっ!」

「そうですよ。まったく!」

 

「あのとき……きこえとったよ。お前さんの声。……うれしかったぞ」

 

「うっ……」

 

 ──僕が……護る──

 

 思い出し、急に照れくさくなってしまった僕は、誤魔化すようにまくし立てる。

 

「そ、そもそもですよ! 貴方が波紋の鍛錬をサボらず続けていれば今回みたいなことには……」

「えー? だって、面倒だし、きついしさぁ……」

「はぁ? まぁ、そりゃそうでしょうが……」

「それに……」

 

 言い訳はそれだけではないらしい。ジョースターさんは一転、真面目な表情を浮かべる。

 

「……わしが歳をとれば、妻も歳をとる。

 それが、あたりまえのこと。そうあるべきじゃと……おもってな」

 

「ああ……」

 

(そうか。スージーさんと、ともに……)

 

「ほんとうに……貴方らしいな」

 

 今度はあちらが急に恥ずかしくなったのかもしれない。慌てて取り繕うジョースターさん。

 

「ま、まぁ、これからは健康維持程度には元通り鍛錬をするとしようかの。リサリサにまたしばかれるのこりごりだし。寝とってもわかるくらい痛かったわ。ピンシャンしたままぽっくり逝きたいしなぁ……」

 

「……ふっ! そうですね」

 

「しかし、本当にまいったわい。今度ばかりはもう駄目かと思ったよ。ジョースター家の男は皆短命。わしにもとうとうお迎えがきたか……ってな」

「はぁ、縁起でもない。そんなこと言うもんじゃあありませんよ」

「もう長く生きたほうじゃと思ったが、やはりあるもんじゃな、心残りが」

「そりゃあそうですよ。貴方になにかあったら、御家族や部下の皆さんがどれだけ……」

「いや、家族のことや、会社のこと……はそんなでもない。信じているからな。わしがおらんことを悲しんではくれるだろうが、まぁうまくやってくれるだろう」

 

 にっこりと微笑んだあと、俯して長く息を吐く。

 

「長い間わしの心に引っかかっておることが、3つある。

 ひとつめは、ずっと昔になくしてしまった……親友に投げた最後の言葉」

 

(ああ……)

 

 ──きもちの熱い、まっすぐな、いいやつじゃった──

 

 いつかジョースターさんが語ってくれた、あの『彼』のことだろう。

 

「ふたつめは……花京院、おまえと、あの娘のこと」

 

「……」

 

「そして、3つめ……」

 

 そこでなぜか、言葉を切るジョースターさん。

 

「……おまえさん、ききたいか?」

「なにをですか?」

 

「わしの、トップシークレット……じゃ」

 

「は?」

 

「承太郎ですら、知らん。頭の固いアヴドゥルのやつに知れたら大目玉を喰らうことが必至じゃ……」

 

「……それは、とても興味深い、というのが本音ですね」

 

「ならば、おぬしにひとつ、たのみがある……」

 

 

「……日本にいる『ある女性』の様子をみてきてほしいんじゃ」

 

 

 

 

 

「どうした? 花京院、浮かない顔だな?」

「い、いえ……」

 

 ある意味光栄ながら、とんでもない宿題をジョースターさんに出されてしまった僕。

 帰国の日、ジョースターさんと承太郎に暫しの別れを告げた後、アヴドゥルさんと飛行場に向かった。

 

「な、なんでもないんです」

 

 隣でいぶかしげに首を傾げている人に対し、どうにか誤魔化す。

 

(言えるわけない……)

 

 一応は男の約束。洩らすわけにはいくまい。

 ちなみに無論、あのあと小一時間、説教をくらわせておいた。

 おまえに言ってもじゅうぶん大目玉じゃったわい……とかなんとか恨み節をいわれたが、知らん。

 

 ──それでも……恋をしてしまったんじゃよ……──

 

 しかし、そんなふうにうつむいてポツリと呟く彼を前に、それ以上なにもいえず……結局引き受けてしまったのだった。

 

「そうか? なら行こう」

 

 難題にこっそり頭を悩ませつつ、アヴドゥルさんたちと共に出国手続きを終わらせ、ゲートをくぐろうとした。

 

 そのときだった。

 

「アヴ様ーっ!!」

 

「きみは……!」

「『氷の魔術師』!?」

 

「えー? やめてよ。もうその名前とはさよならしたの! 

 千那だよ。ぼくのほんとの名前」

 

「ああ、そうだな。千那……どうした?」

 

 アヴドゥルさんが促すと、息せき切ってかけてきた少女、千那嬢は、改まった様子で言う。

 

「……お礼が、いいたくてさ」

「お礼?」

 

「二人がお願いしてくれたんでしょ? 

 ぼくのこと、ほんとは悪くないよって。

 おかげさまでこの通り、自由の身になれました。……ありがとう」

 

 ぺこりと頭を下げる少女。二人で顔を見合わせ、返す。

 

「さぁて……なんのことだか」

「ふっ……! ですね」

「ふふっ!」

 

「しかし……その荷物は……?」

 

 そこで、少女の背中に背負われている大きなリュックおよび手にした大型キャリーバッグに気づき、僕は訊ねる。

 

「ん? ああこれ? ぼくも、日本で暮らすことにしたから」

 

「「は!?」」

 

 アヴドゥルさんと仲良くハモったところで、おもわず重ねて問う僕。

 

「ひ、独りで……? 君、まだ中学生くらいだろう? 大丈夫なのかい?」

「はぁ? 失礼な! これでもぼく17歳だよ!!」

「え!? そうなのかい!?」

「まったく……まぁ、花京院、君にとっては例の彼女以外、誰もかれもカボチャみたいなもんなんだろうから仕方ないけどさー」

「ぐっ! め、面目ない……」

 

 的を射た呆れきった考察に反論の余地もない(しかし改めるつもりは毛頭ない)僕をよそに、千那嬢は続けた。

 

「母さまも、日本の財団縁の病院で看てもらえることになったし。今はまだ、外界に無反応なままだけど、生まれ故郷に戻ってゆっくりと心を癒してあげられたら。ぼくも一から出直して……そして、いつかこの力を困った人の支えにできたらって思って」

 

「そうか……そうだな」

 

 力づよく頷く、アヴドゥルさん。

 

「それに……父さまと弟たちを、捜したい。

 ぼく、一度だけ、みてしまったんだ。

 母さま、家族の写真を見て……あれはたしかに涙だった。

 きっと、自分から出て行ったのに、あわせる顔なんてないって……思ってる。でも、ほんとは……」

 

 うつむく、少女。

 

「会わせてあげたいんだ。

 そうしたら、母さまも、きっと……」

 

「……ああ。それがいい。これからはきみが、おもうように生きるんだ」

 

「……うん!」

 

 あたたかい瞳でやさしい言葉を投げかける彼に、躊躇いがちに頬を染めて少女は告げる。

 

「あのね、それで、さ……。あのとき、ぼくの後見人になってくれるっていったじゃない? 修行するなら……、えっと……ぼく、あなたのそばがいいなぁって……」

 

「なっ!?」

 

「……だめ、かな?」

 

「だ、だめではないが……」

 

「ほんと!? わーい! やったぁ! 

 よろしくね。アヴ様っ!!」

 

「あっ! こ、こら! そんなにくっつくんでは……!」

 

 

「……ふっ! やっぱりアヴドゥルさんもスミに置けないな!」

 

 仲睦まじい、ふたつの背中を眺めつつおもう。

 

(仁美さん……どうやら、あなたに念願の妹弟子ができたようだよ)

 

 

 

 

 

 

もうすぐこのお話も完結です……が、性懲りもなく次回作も本作品にちなんだものにする可能性が高いです。どんなのだったら、また読んでやってもいいぜ? と思って頂けるでしょうか?

  • そのまま4部にクルセイダース達突入
  • 花京院と彼女のその後の日常ラブコメ
  • 花京院の息子と娘が三部にトリップする話
  • 花京院が他作品の世界へ。クロスオーバー。
  • 読んでほしいなら死ぬ気で全部書きやがれ!
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