私の生まれた理由   作:hi-nya

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EPIC DAY

「状態は良好。解凍による悪影響はないようです。諸数値、冷凍前のデータと変化なし。バイタルも安定しています」

 

「そうですか。よかった……」

 

 SPW目黒支部直轄の総合病院の一室にて、受け取った医師の言葉にひとまず安堵の溜息をつく。

 

 僕はついに『再会』を果たしていた。

 

 ベッドの上、低温装置から解放された彼女は、なにひとつ変わらぬ姿そのまま。やっぱり、ただ、眠っているようにみえた。

 

「では我々は一旦これで。別室で控えていますので、終わりましたらまた御連絡ください」

 

 ジョースターさんから連絡を受けた支部長より、子細はすべて僕達に任せるよう仰せつかっている、とのことだった。無論、術前術後の管理をはじめとしたバックアップは任せておけとも。近未来の上司の配慮に感謝しつつ退室していく医師団に礼をする。

 

「ありがとうございます。よろしくお願いします」

 

「成功をお祈りしています。それでは」

 

 扉が閉まり、部屋には僕と彼女だけが残される。

 

 ほんとうに、あのときのままだった。

 

 時は、止まっていた。

 

 シーツに揺蕩(たゆた)う綺麗な黒髪。固く瞑られたままの瞼。透きとおるような白い肌にふっくらと浮かぶやわらかな桜色の唇は果実の様に瑞々しくつやめいていた。

 

 硝子細工に手を伸ばす子どものように、薔薇色の頬にふれる。指先からあたたかさが伝わってくる。

 

「……」

 

 幾星霜幾星霜、夢に見た。夢だった。夢に過ぎなかった……今日、この日までは。

 

 ながいあいだ待ちわびた瞬間が来るかもしれないというのに、自分でも驚くほど落ち着いている。そんな気がした。まだ実感が湧かない。そのせいかもしれない。

 

「あ……れ?」

 

 が、己の手をみて初めて気づく。それが震えていることに。

 

 自らが抱える漠然とした不安に。

 

 彼ら、仗助君とジョルノ君の能力を信じていないわけではない。しかし、やはりどこかでその思いが拭えないのか。

 

 ほんとうに、目覚めるのか……

 

 ……成功したとしても、彼女は彼女のままなのか。

 

「……ッ!」

 

 払拭するかの如くそれをぐっと握りしめる。

 

(僕も、あいかわらず、弱い……)

 

 この果てしなく長く感じられた歳月で、自分も少しは強くなったつもりでいたが。

 

 彼女のことが絡むといつもこうだ。

 

「まったく、あなたのせいですよ……仁美さん?」

 

 返事はないとわかっていながら、つい、恨み言をこぼしてしまう。

 

(……そうだ。考えるな。もうすぐだ。もうすぐで、あなたに……)

 

 

「……ハッ!」

 

 室内に響き渡るノックの音で我に返る。

 次いで返事も待たずドアが開き、そこから見慣れた顔が長身を屈めて入ってくる。

 

「……よぉ」

 

「承太郎!? 来てくれたのか!」

 

 ついネガティブな方向に陥りかけていた思考に歯止めをかけてくれたのは、親友の思いがけぬ来訪だった。

 

「かきょーいーん!」

 

 加えて、大きな親友の影から飛び出してくる。小さな幼い少女が。

 

「じょ、徐倫ちゃん!?」

「……すまん。来るといってきかんかった」

 

 父のその台詞に、まるでドングリを詰め込んだ小動物のように頬を膨らましつつ訴える。

 

「だって! このまえパパ、かきょーいん、おうちにつれてきてくれるっていったのに!! きてくれなかったんだもん! またひとりだけずるい!」

「ああ、そういえば……」

 

 例のジョースターさん暗殺騒動のゴタゴタのため、結局空条家へ顔を出す、というあの約束を僕は反故にしてしまっていたのであった。

 

「ごめんごめん。久しぶりだね。また大きくなって」

「えへへ……!」

「文句ならおれたちじゃなくて、じじいに言え……」

 

 少女のお団子頭を撫でつつ、正当な主張をぼやく承太郎に訊ねる。

 

「奥さんも一緒に日本に?」

「ああ、シャルは今実家だ。おふくろといる」

「あのね! ママね、ホリィママといっしょに、じょりーんのおきもの、えらんでるの! みっつになったおんなのこがきるんだって!」

 

 娘がたどたどしくも父の少ない言葉を補足してくれる。

 

「三つ? 着物? ……ああ、七五三か」

 

 自分には縁遠いそのイベントに、この時期そんなのもあったな、と思い至る。

 

「うん! ジャパンのきもの、とてもきれいですてきね。でも、たくさんありすぎて、ちょっとつかれちゃった……」

「ああ。着せ替え人形、御苦労なこった。こいつの体はひとつだってーのに何十枚も家中に広げ回して、大変なことになっている。しまいには本人ほっぽらかして、奴等だけがはしゃいでやがる始末だ」

 

 やれやれだぜ。言外にそういうかのように、帽子をかぶり直す承太郎。

 ホリィさんとシャーリーンさん。女性同士、色とりどり華やかな反物に囲まれて、あれやこれやと楽し気な様子がありありと思い浮かぶ。

 

「ふふ。それは、非常にいいことだね」

 

 談笑していたら再び扉が開く。と同時に今度は明るい声が飛び込んでくる。

 

「よう! わしらも来たぞ!」

「うす! どうもっす」

 

 ジョースターさんが、その息子……待ち人その1を連れてきてくれたようだ。

 

「やぁ、仗助君。わざわざすまないね」

「いえいえ。東京観光できて、おれ的にはラッキーって感じなんで」

 

 非常に彼らしい。そんなふうに思わせないナチュラルな気遣いに少しばかり気分が軽くなる。

 

「……ジョセフグランパーっ!」

 

「おうおう! 徐倫ちゃん! 今日も可愛いのう!」

「グランパ、おひげがくすぐいー」

 

 隣では飛びついてくる曾孫の身体を受け止め、抱擁と頬ずりをする……そんなご満悦な様子の翁。

 

「……」

 

 そこに注がれる、それを儚く吹き飛ばすかのように向けられる無言の圧力と刺すような視線。

 

「はっ! じ、承太郎ッ!! え、ええとね、あのね……」

 

 どうやら例の件、釈明をまだ彼には済ましていなかったようだ。相も変わらず辛辣な孫は取り繕おうとする祖父を厳かに突き放す。

 

「おれは知らん……が、これだけはいっておく。

 もちろん、おれは全面的におばあちゃんの味方をする。以上だ」

 

「ぐうっ!」

 

「あれ? どーしたの? グランパ、ないてるの? じょりーんのハンカチかしてあげよっか?」

「ううっ……! わしの天使……!!」

「グランパ、いたいー」

 

「よお。空条承太郎、だ」

「ち、ちわす。東方仗助っす……」

 

 失意の祖父をそのまま放置しつつ、承太郎はその威圧感に圧倒されぎみな仗助君に声をかける。

 

「おまえの、……甥だ」

 

「……まじすか」

 

 そういえば戸籍上はそうなるのか……奇妙な人間関係に困惑していたら、またも勢いよくドアが開き陽気な声が響く。

 

「よーお! ひっさびさー! お待ちかね! 連れてきたぜぇ!」

 

「おー! ポルナレフ!」

「よっ! ジョースターさん! まだ生きてたんだな! へへ……」

「ったく……口の減らん! おまえも元気そうでなにより、じゃ」

 

 やはり相も変わらぬ調子の男。

 その傍らには、もうすっかりあの黄金の髪が馴染んだ少年の姿があった。

 

「こんにちは、花京院さん」

 

「やぁ、ジョルノ君。遠くまですまないね」

 

「いえ。言ったでしょう? 別に貴方のためではない。借りはさっさと返したい主義なだけだと」

「ふっ! そうだったね」

 

 こちらもあいかわらず、のようだ。

 

「……」

 

 そんなジョルノ君をじっと見る承太郎。

 

「……なんでしょうか?」

 

「……ジョルノ、だったな。おまえの父親を、おれは……」

 

「ああ。それ以上言わなくてかまいません。問題ない。

 ぼくはぼく……だ、そうなので。ね」

 

「……そうか」

 

 そして、こちらに向けて言う。

 

「ふん……。花京院、てめーの言ってたことは本当らしいな」

 

「……だろう?」

 

「はっ!」

 

 そこで何かに気づく翁。

 

「どうしたー? ジョースターさん?」

「そ、そうか。ジョナサンじいちゃんの……ってことは、ジョルノ君、君……わしの……。い、いや、なんでもない……」

 

 どうやら奇妙な関係には、さらに上があったようだ。

 

 実はこれにとどまらない、さらなる奇跡のような縁、がこの場に集結しつつあるわけれども。

 

 開け放たれたままのドアから次に顔をのぞかせたのはこのひとだった。

 

「やあ! まにあったか!」

 

「アヴドゥルさん!」

 

「えへっ! ぼくもいるよ!」

 

 ……いや、このひとたち、だった。

 

「ち、千那! ついてきたのか!?」

「ぼくだけじゃあないよ! ほら!」

 

「ワン(おれ様の鼻を誤魔化そうだなんて100年はぇぇぜ)!」

「ウォン!」

 

 そろって吠える、二匹の獣に慌てる保護者、アヴドゥルさん。

 

「い、イギーにアセナまでッ! こ、ここ病院だぞッ!」

「バフ(かてーこというんじゃねーよ、アヴドゥル! いっつもてめーはよ)!」

「千那! こら! ダメじゃあないか! 連れてきたら!」

「えー、だって、とうとう! なんでしょ? イギーが超行きたがってるから、なんとかしてやってくれってアセナが……」

「ガァウ(う、うるせー! 言ってねぇよ! ばーかばーか!!)」

 

 続けて少女はこちらにむけてにやにやと言う。

 

「それに気になるじゃん。ちゃんと見届ける義務があると思うんだよね。占った身としてはさ。あんなにも(変態的に)愛する彼女が目覚めたとき、花京院がどんな反応すんのかさ……ふふ」

 

「ぐっ……。よ、余計なお世話だ……」

 

「おいおい、だれだよ? この娘。かわいーじゃん!」

 

 そこへ乱入してくるポルナレフ。

 

「えへっ! かわいーだって! 貴方、見る目あるねっ!」

「へへ! だろー! オレ、そこには自信あんだよね」

 

 早くも意気投合したようだ。

 

「で、君は……?」

 

 その問いに応え、改めて少女は元気よく自己紹介をする。

 

「初めまして! この度アヴ様に弟子入りすることになりました。占い師見習い氷室千那、17歳でーす。よろしく! 住む所もお店のお隣に無事決まりました。ほんとうはアヴ様と一緒に住みたかったのに、それはダメだって……」

 

「……わーっ!」

 

「「「「な、なにぃッ!?」」」」

 

 一同に衝撃走る。慌てて少女の口を塞ぐ彼に向け、続けざまに仲間たちから冷ややかな視線が贈られる。

 

「アヴドゥル、おまえ、未成年をそんな名目でかどわかして……」

「犯罪だろ。常識的に考えて……」

「ロリコン占い師、爆誕……ですね」

「安心しろ、留置場の居心地は意外と悪くない」

 

「ノーっ! ちがーうっ!」

 

 

 

「しかし、ずいぶん集まったもんじゃの……」

「……部屋がせめぇ」

 

 そりゃそうだ。特別性の個室とはいえ、すでに総勢10名(+2匹)……狭いに決まっている。

 

「あの……もう始めてはいけませんか?」

 

 控えめに、ジョルノ君……この場でもしかしたら最もしっかりしているかもしれない少年(齢9歳)が手を挙げる。

 

「い、いや、もう少し待ってほしい。肝心の身内が……」

 

 僕が口を開きかけた、そのときだった。

 

「すまん! 花京院、遅くなった!」

 

 息せき切って一人の男性が駆けこんでくる。

 

「義経さん!」

「おお! 義経兄ちゃん!!」

 

 そう。もちろん僕はこのひとにも報告をしていた。

 

「本日は妹の為に申し訳ありません。俺が家族代表で見届けさせていただくことになりました。宜しくお願いします」

 

 皆の方に向き直り、深々と頭を下げる。

 その真摯な様子を見た途端、様子がおかしくなった人物が約一名……

 

「し、しし、ししし……ししししし……!」

 

 目を見開き、ありえないものでも見たかのように固まるそのひとに怪訝な顔で孫と共に声をかける。

 

「じじい……?」

「ジョースターさん……?」

 

 

「……シーザぁーぁぁーあぁ!?」

 

 

「「え?!」」

 

「ゆ、ゆうれい? 地縛霊か!? な、なんまいだー!」

 

「はぁ!?」

 

「な、なんじゃ? そのまっ黒い髪は! 死んじまったショックでか? それともあの世ではそういう規則でもあるんか……? ええい、すまん! とにかくわしが悪かった! 迷わず成仏してくれ!」

 

「お、落ち着いてください! ちがいます! 俺、死んだことないです! ほ、ほら、足もありますって!」

「こ、このひとは仁美さんのお兄さんですよ! というか……」

 

 混乱の中、たしかに僕はこの耳で聞いた。それをどうにか彼に確認する。

 

「じ、ジョースターさん、今、『シーザー』って……貴方、『シーザー』さんのことご存知なんですか?!」

 

「ご存知もなんも、シーザーはわしの親友じゃ。花京院、おまえさんには何回か話したことあるじゃろう?」

 

「じ、じゃあ、あのジョースターさんの『失くしてしまった親友』って……?」

 

「ああ。シーザー・A・ツェペリ……まさにそのひと、だ」

 

 義経さんはそれを受け、僕と顔を見合わせ、頷く。

 そして、しっかりと、たしかめるようにジョースターさんに伝えた。

 

「……『シーザー』は、俺とこの妹の、祖父です」

 

「な、なんだと!? 君とこの娘の!? 

 ということは、ま、まさか……」

 

「はい。死んだと思われていたようですが、祖父は生きています。

 ……生きて、いるんです」

 

「し、シーザーが!? ああ、ほ、本当に、ほんとうなのか……?!」

 

「ええ。本当です」

 

「あ、会えるのか!? 会わせて、もらえるだろうか?」

 

「もちろんです。あ、しかし……その、実は記憶が……」

 

 その経緯を簡単に説明する義経さん。

 

「記憶が?! 

 ああ、それで、か……。

 生きているなら、わしに知らせてくれぬわけがないものな……」

 

 納得したように呟くジョースターさんに、言いにくそうに、続ける。

 

「貴方のことを……祖父は、わからないかもしれません」

 

「……かまわん。そんなもの、かまうものか! 

 会わせてくれ、会わせて、ほしい……! あいつに……!」

 

「……はい! こちらこそ、是非、お願いします!」

 

 

「……ッ! シーザー……」

 

 

「おやじ……」

 

「もう、グランパはほんとうになきむしさんなのね。はい、ハンカチ」

 

 

 

 

 

「よし、では……今度こそ、よろしいでしょうか?」

 

「ああ、頼むよ」

 

 僕がそういうと少年たちが一歩前に出る。

 ふたりは目を見合わせると、互いに向けていう。

 

「君の能力については聞いています」

「おれも聞いてるっす」

 

「……すげーっすね!」

「……素晴らしい能力だ」

 

 ふたつの声が綺麗にユニゾンする。

 

「「……ふっ!」」

 

「よかった。君となら、なんだって治せそうだ」

「ああ……同感だ!」

 

 どうやらこちらも息ぴったり、のようだ。

 

「では、安心したところで、はじめるとしましょう、仗助君!」

「おお! 行くぜ、ジョルノ!」

 

(……ああ……)

 

 いよいよ来るのだ。この時が。

 

 期待と不安の入り混じった高揚で、心臓が激しく脈打つ。

 祈るような気持ちで見守る。

 

 

「ぼくが『創り』……!」

 

「……おれが『戻す』ッ!!」

 

 

 ジョルノ君と仗助君が幽波紋(スタンド)を出し、彼女に向けて拳を放つ。

 

 

「「……無駄ァ/ドラァアッ!!」」

 

 

 瞬間、彼女の体がまぶしい輝きに包まれる。

 

「……よっし!」

「……終わりました」

 

(は、早い……)

 

 すぐに光は消え、見た目には大きな変化はない……というのは大きな間違いだった。

 

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「おそらく、もうすぐ目覚めると思います。左手も創っておきました」

「ついでに、骨折とか火傷のあととかそのほかのちっちぇー傷とかもぜんぶ治しときましたんで。あ、余計だったっすか?」

 

「い、いや、そんなことはないよ」

 

 淡々と語る彼らにあっけにとられつつ返答する。

 

 その刹那、だった。

 

 

「ん……」

 

 

 彼女のまぶたが、ぴくり、と震え、その眼が光を映し出した。

 

 

「あ……、花京院くん……」

 

 

 動き出したのだ。彼女の時が。

 

 

 実に7年ぶりのことだった。

 

 

 

 

 

「どうしたの? 花京院くん」

 

 ゆっくりと身体を起こし、二、三回瞬きをすると、小首をかしげ、ふわっとほほえむ。碧色の澄んだ瞳がこちらをみつめていた。

 

「ひ、とみ、さ……」

 

 ことばがすぐにでなかった。

 

(あ、あ……おきた……起きたんだ、ほんとうに……ああ……! ……いや、でも……)

 

 なにも変わっていないのか? 記憶は? 

 

 そんなふうに戸惑っていた。

 

「花京院くん? ええと……花京院くん、だよね? あれ……?」

 

 しかし、その一瞬の隙に僕の不安や感慨をぶっとばすようなことをこのひとはいいだした。

 

「ちょっとだけ、老けた……?」

 

「……はぁ?!」

 

「い、いや、だって、ほら! あのマリーアントワネットはフランス革命の時、逃亡の際に一晩でブロンドの髪が白髪になっちゃったりしたんだよ。そんな風にストレスって人間の身体をびっくりするくらい変えちゃうって……決戦の影響でそんなことになっちゃったとかじゃ……?」

 

「……。そんなわけ、ないでしょう……」

 

「ブッ!」

「ぶはぁ!」

「ぷっ! あははは……!!」

「くっ……くっくっく! はっはっは!!」

 

 どうやら全員、そこで我慢の臨界点に到達したようだ。場が爆笑の渦に包まれる。

 

「み、皆……! じょ、承太郎まで……!?」

 

 こいつがこんなふうに声をあげて笑うのは、あの旅以来、久しぶりじゃあないだろうか。

 

「こりゃあいい。安心したぜ。

 このボケ女、そのまんま……ボケたまんまだ」

 

 破顔一笑。おもむろに立ち上がると、自分の娘を抱え上げながら宣う。

 

「よし。全員、帰るぞ」

 

「は!?」

 

「そーじゃな」

「そうだな」

 

 驚きの声を上げる僕をよそに、頷きながらジョースターさんとアヴドゥルさんが呼応する。

 

「えー?」

「今からがいいとこ……」

 

「……うるせえ。いいから行くぞ」

 

「いってぇーッ!」

「は、はーいッ!」

 

 承太郎は上がりかけた抗議の声を電柱頭の尻にかましたローキックで文字通り一蹴したのち、僕の方を首だけで振り返る。

 

「……あんま、無理させんな。で、無理すんな、おまえも。またあとでな」

 

「……ああ。ありがとう、承太郎」

 

 

 

「あ! 仗助君、ジョルノ君!! 本当になんていったらいいか……ありがとう。また、あらためてお礼をさせてほしい」

 

「いいっすよ、そんなの。へへ! よかったっすね、花京院さん。じゃあ、失礼するっす」

 

「ふっ、これで貸し借りなし、ですね。では」

 

 ぞろぞろと出ていく皆。その中に、このひとの姿もあった。

 

「ちょ、ちょっと! よ、義経さんまで?!」

 

「いーんだよ。俺は親父たちに連絡したり医者に今後のことを頼んだりで忙しいんだ」

 

 慌てて引き留めるも、後ろ手を振りながら、そんなことをいう。

 

「……おまえに、まかせるよ。花京院」

 

「義経さん……」

 

 

 

 そうして、瞬く間に嵐は去った。

 

 

 ふたりきり。

 

 

 静けさを取り戻した部屋は急に広くなったような気がした。

 

「あれ……? お兄ちゃん? なんでいるの? 

 というか……承太郎君? みんなも、老けて……?」

 

 彼女は相変わらず見当違いな……いや、よく考えたら至極当然の疑問を浮かべながら、怪訝な表情のまま皆が出て行ったドアを呆然と見遣っていた。

 その横顔を盗み見つつ、一体何から説明したものやら、頭を抱える。

 

 いろいろ考えていたはずなのに、さっきの一言ですべてぶっとんでしまった。なんてことだ。

 

 というか正直に白状すると、本当にひさしぶりにすきなひとを目の前にして、僕は緊張……しているのかもしれなかった。

 

 『ほんもの』はこんなにもちがうのか。僕は思い知る。

 

 正視なんてとてもできやしない。彼女のながいまつげが揺れる。そのたび、たったのそれだけで心が躍るように飛び跳ねる。

 

 情けなくも僕がうるさく鳴り響く鼓動に邪魔され躊躇っているうちに、彼女が先に口を開いた。

 

「ごめんね。なんだか、すごくながい夢をみてたみたいで、まだ頭がぼんやりしてて……。ええと……あれ……そもそも、私なんで……? ここは……? あ……! そ、そうだ。私……! あ、あれから、どうなったの!?」

 

 どうやら眠る前の状況をようやく思い出したらしい。

 ひとつ深呼吸をし、覚悟を決める。

 

「……驚かないで、聞いてください。

 仁美さん、あなたは……眠っていたんです。7年間」

 

「えっ!?」

 

「ここは、日本のSPW財団の病院です。あのとき、DIOの策略によってあなたは高圧電流に撃たれ、心臓が停止して……その影響で、脳の機能が失われ、眠りについた。そして、命をつなぎとめるため、先程まで冷凍保存されていたんです」

 

 息を呑む彼女に言葉を探しながら少しずつ伝える。

 

「先日、ようやく仗助君とジョルノ君……さっきの彼ら、『治す』能力を持つスタンド使いがみつかって、やっと、今、めざめた……と、そういうわけです。急にこんな……信じられないとは、思いますが……」

 

「……そっかぁ。そうなんだ。7年……か」

 

 呟き、うつむく彼女。

 

(ショック、だよな。いきなり7年も経っているだの、心臓停止だの冷凍保存だの……そりゃあ……。

 くそ! もっと……早く……!)

 

 不甲斐ない自分に憤っていると、次の瞬間、彼女はバッと顔をあげると矢継ぎ早に僕に問うた。

 

「で、そんなことより! DIOは? ほ……、ホリィさんは!? 間に合ったの!? ちゃんと……、だいじょうぶだったの……?」

 

「そ、そんなことって……」

 

 あまりの言い草に思わず声を失いながらも、彼女の真剣なまなざしに押され、答える。

 

「はぁ……、だいじょうぶ。安心してください。

 DIOは、消滅しました。

 ホリィさんも、ちゃんと無事でしたから」

 

「そ、そうなんだ! 

 ……よかった! よかったぁ……!」

 

 ほんのすこしの涙と満面の笑みをうかべながら、心底ほっとした表情をみせる。

 

「……」

 

(……変わらない、な。

 このひとは本当に、すこしも、変わっていない)

 

 それを確信し、安堵する。……と同時に、ある感情がふつふつとわきあがってくる。

 

 

「……よかった……ですか?」

 

 

「はっ!! あ、あの……」

 

 そんな僕の様子に気がついたらしい。今度は彼女が、焦りの色を浮かべだす。

 

「どうして、あんなことをしたんですか? 

 あんな……、手紙までご丁寧に、残して……」

 

「そ、それは……。ほ、ほら、ただ、あれは、その……なにかあったときに、って……」

 

 しどろもどろ造られていく彼女の言い訳をぴしゃりと遮る。

 

「誤魔化さなくていいです。すべて、ききました。

 セシリアの真の能力『一世一代の予知夢』のこと。

 そして……あなたの一族に伝わる、『血の運命(さだめ)』のことも」

 

「ッ!?」

 

「わかっていた……というのか? 

 わかっていて、あんなことを……? 

 自分の命より、僕の……?」

 

「……」

 

 溢れ出したそれに押され、往生際悪く黙ったまま視線を逸らす彼女を僕はベッド後ろの壁と両腕で囲い込む。

 

「……どうして!? 

 僕が……ずっと、どんな……きもちで……ッ!」

 

「……っ! ご、ごめん! ごめんね……。

 でも……、私は……それでも……」

 

 零れだす。弱々しく。でも、強く。

 

「……だって、しょうがないじゃない。私にとって……

 私のより……あなたの命の方が、どう考えてもだいじだったんだから」

 

 そうしてまっすぐに僕をみつめる。あきれてしまうくらいに清々しく、晴れやかに。気高く美しく凛とした姿で。

 

「きっと、私はこのために生まれたんだって。

 だから……それで、本望だった」

 

「っ!! そんなの! 僕だっておなじだ!! 

 あなたを失ってまで、生きていたくなんて、ない!!」

 

 吐露する。心からの叫びを。

 

「……ひどい、ひとだ。ほんとうに。

 逆だったらどうか、とか、ちょっとは考えてみてくださいよ……」

 

「ぎゃ、く……?」

 

 しばしの沈黙のあと、笑顔とともに彼女の目からとめどなくあふれた雫が頬を伝い落ちる。

 

「あは、……ほんとだ……。ひどいね。

 ……ほんとうに……ひどい……ね……私……」

 

「……まったくだ。やっと、わかったか。

 僕は……とても、怒っているんですからね」

 

「……そうだよね。

 あの……、どうしたら、ゆるしてくれ……」

 

「ゆるしません」

 

「うっ……」

 

「……といいたいところですが『あること』を約束してくれるなら……とくべつに、ゆるしてあげてもいいかな。僕、今日とても機嫌がいいんですよ。なんせ、僕の積年のねがいが叶った日、なもので」

 

「ね、がい……? ……っ!」

 

 感情のまま、つよく彼女を抱きしめる。

 

「……ずっと、さびしかった。ただ、ひたすら……」

 

 永遠かに思われるような黒い闇。色彩の無い日々。

 

「あなたに、逢いたかった。

 あなたを、みつめたかった。

 あなたの、こえがききたかった。

 あなたに、ふれたかった。

 あなたの、ぬくもりを感じたかった。

 あなたを、抱きしめたかった。

 ……そして、とても……どうしても、いいたいことが、あって……」

 

 ながいながいあいだ、ずっと。

 

 ただただ、それだけ。

 

「それが、今日は……

 こうして、また、逢えて……

 みつめたら、みつめかえしてくれて……

 笑顔や、泣き顔を、くれて……

 あたたかい……なにもかわらない、あなたが、ここに……

 この腕の中に、いる……。

 やっと、伝えることが、できる……」

 

 五感すべてでその存在を実感する。かみしめる。

 

「……最高だ。

 やっと、叶うんだ……」

 

「花京院くん……」

 

「……だから、しかたがないので、ゆるしてあげます。

 ただし、ひとつ、約束してください」

 

「約束……?」

 

 こぼれてしまいそうにうるんだ瞳。

 

 それをしっかりととらえて、告げる。

 

「……一生僕のそばにいて。

 もう、はなれないで。

 いや、はなさない……ぜったいに」

 

 

 

「……僕と、結婚してください」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 





これで終わりじゃないぞ。もうちびっとだけ……げふうッ!

終わる終わる詐欺みたいで本当にすみません……いろいろ修正してたら長くなってしまって……誤算なのです! 計画性無しのアホでごめんなさいッッ!! あと残るは今度こそ、最終回(前後)とエピローグです。更新自体は次回その残り三話分ほぼ同時に行う予定なので……よろしければ最後までお付き合いしてくださると感涙です!

もうすぐこのお話も完結です……が、性懲りもなく次回作も本作品にちなんだものにする可能性が高いです。どんなのだったら、また読んでやってもいいぜ? と思って頂けるでしょうか?

  • そのまま4部にクルセイダース達突入
  • 花京院と彼女のその後の日常ラブコメ
  • 花京院の息子と娘が三部にトリップする話
  • 花京院が他作品の世界へ。クロスオーバー。
  • 読んでほしいなら死ぬ気で全部書きやがれ!

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