私の生まれた理由   作:hi-nya

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メリークリスマスです!
諸事情あって大変お久しぶりになってしまいました……すみません。書けるって本当に素晴らしいですね。
とうとう最終回前編です。とても遅くなりましたが、よろしければ!


あいのうた(前)

「へい、らっしゃい!」

 

 カラカラと引き戸を開けて暖簾をくぐると威勢のいい掛け声に迎えられる。夕暮時の居酒屋はがやがやと仕事帰りの人間でごった返していた。店内をぐるり見回し、僕は目当ての人物達をみつける。

 

「おーい! 花京院! こっちこっち!!」

 

 同時に飛んできたその声に手を上げて応える。言われずとも一発でわかったが。そそり立つ電柱頭はこういうとき非常に良い目印である。

 

「やぁ、承太郎、ポルナレフ。すまん、遅くなった」

「いや、むしろ早かったな。先にやってるぞ」

 

 挨拶代わりにジョッキを掲げる承太郎。言う通りその中身は既に空っぽに近かった。

 

「ヤキトリうっめー! くーっ! なんでこんなにビールに合うんだ! 日本に来たらこれを食べんと始まらんな! うん!」

 

 その隣でポルナレフも口周りに白ひげのような泡をつけて大層ご満悦な様子だ。促され席に腰を落ち着けつつ、ふたりに訊ねる。

 

「あれから皆の様子はどうだい?」

 

「ああ。ガキどもはうちの実家だ」と、承太郎。ポルナレフがその子細を補足する。

 

「男同士、すっかり意気投合したみてーだ。仗助の持ってきたゲーム、エフメガ……だっけ? ジョルノのやつ静かにめっちゃツボったみたいでな。負けん気つえーのなんの! 超盛り上がってたぜ」

 

 ありありと容易に想像できてしまうその様子に思わず笑みを浮かべていると、さらなる追加情報がもたらされる。

 

「ちなみに明日はジョースターさんの引率でねずみの国に行くらしいぜ」

 

 すると僕の向かい側で承太郎もぼそりと呟く。

 

「……ふん、ちっとは父親らしいこともさせんとな」

 

「そうか……」

 

 楽しんでほしい。めいっぱい。ようやく始まることのできた父と子(ジョースターさんと仗助君)にも、長い間苛烈な環境で強く生き抜いてきた大人びた少年(ジョルノ君)にも。

 

「ああ、そうだな。それがいい」

 

 心から頷きながら、僕はその人物が場にいないことに気づく。

 

「あれ? でもそのジョースターさんは?」

 

「……説教中だ。ロリコン魔術師が」

 

「なるほど……」

「説得力ねぇなぁ、その二つ名……」

 

 とはいえ、お題目としてはそんなことを言いつつもあの往年の名コンビのこと。罵り合いつつ、あちらはあちらで杯酒解怨……結局は一献傾けて水に流しているのだろうということは想像にたやすいけれども。

 

「で、花京院よぉ、おまえこそどーだったんだよ? へへ、しっかり射止めてきたかぁ? チャリオーッツ! ……なんちて!」

 

 どうやらすでにほろ酔い状態らしい。ポルナレフが串で己がスタンドの突きを真似しつつおどける。

 

「……それが、じつは……」

 

 一方、僕はそれと対照的に、徐々に冷静さを取り戻すにつれ次第に重くなってきた口をどうにか開く。

 

「花京院、おまえ……」

 

「いきなり、それかよ……」

 

 返ってきたのは息のぴったり合った呆れ果てた声。半ば予想通りのそれに僕は改めて打ちのめされる。

 

「皆までいうな! いまや僕も自分でも、よくわかっている……でも、でも! 仕方がないだろう! 抑えられなかったんだ!!」

 

「……で、気がついたらプロポーズしていたってか?」

 

「ぐっ……!」

 

 彼女と僕の『感動の再会』。

 

 ……その顛末、だが……

 

 

 

 

 

「……僕と、結婚してください」

 

 

「ッ!? け、けっこ……へっ!? えっ!? えぇっ!? あ、え?! け、けっ……!? ふぇえっ!?」

 

 彼女の狼狽っぷりは、そりゃあもう、すごかった。

 

 瞬間湯沸かし器、例えるならばまさにあれだ。煙が出そうな勢いで首から上が耳たぶまで余すところなく熟したトマトの如く真っ赤になったかと思うと、そのまま一点をみつめて硬直してしまった。口から出るのはうわごとのように発されたそれらで、もはや言葉になどなってはいない声だけだった。

 

 そんな彼女を現世に呼び戻すかのようにコンコン、という音が実内に響き渡る。

 

「お、おほん……、失礼します。おほん、無事意識が戻られたと伺いました。非常ッッに申し訳ないのですが、異常がないか簡単な検査をさせて下さい」

 

 咳ばらいを繰り返しながら、ばつの悪そうな表情で入ってきたノックの主は沢山の医療機器をひっさげた医師と看護師だった。

 

「いやです。……なんて、そんなわけにはいきませんね。では仁美さん、今日のところは僕はこれで。この人たちは信頼できるお医者さんたちなので、安心してしっかり診てもらってくださいね。じゃあ、また明日」

 

「あ、ちょっとまっ……!」

 

 そうして、彼女の制止もきかず僕は鼻歌まじりにスキップで病室を出た。

 

 ……出てきてしまったのだ。

 

 有頂天。自分でも異常なくらいにテンションが上がっていた。

 だってしかたがないだろう? 

 

 うれしかったんだ。本当に。

 

 しかし己のいいたいことだけをいって満足してしまい、そのまま帰ってきてしまうとは……なんて男だ。別にあのときの仕返しをしたわけではない。断じて。

 

 彼女の戸惑いと混乱はいかばかりか。よく考えたらそうなのだ。

 いきなり7年間もあなたは眠っていた、とかいわれ、挙句の果てにいきなり恋人でもない男から結婚を申し込まれる、という。

 

「こんなはずでは……ちがうんだ! いや、そう想っていることにみじんも嘘偽りはないけれど……きちんと段階を踏む予定だったのに!」

 

「だから、無理すんなといっただろう」

「まぁ、気持ちはわかるけどなぁ」

 

 友人達(承太郎とポルナレフ)の呆れと叱咤と憐憫を背中に一斉受けつつ僕は、行き場のない懺悔と後悔を拳に込めて壁に向けて打ち付ける。

 

「やっぱり僕、もう一度行ってくる」

 

 耐え切れずおもむろに立ち上がりかけた僕を彼等はまたもそろって制す。

 

「よせ。今日はもうやめとけ」

「そーだぞ。ちょっとはあいつにもひとりで考える時間ってもんを与えてやらにゃ」

 

「……そうかな? そうだよなぁ。あぁー!」

 

 成す術なし。ぐらり崩れ落ちそのままテーブルに突っ伏し唸り声を上げる僕にポルナレフがやっぱり軽ーい感じで、だが真理を突く。

 

「つーか、べつにいいんじゃねー? どーせそのうちいうことだろ。おんなじじゃん」

 

 そして、承太郎も。

 

「だな。ったく、やれやれだぜ。だいたい今までに比べたら、んなもん些細な悩みだろうが。せいぜいそれも楽しみな」

 

「っ! そうか……そうだな。ほんとうに、そうだ……」

 

「「……よかったな、花京院」」

 

「ああ。ありがとう。承太郎、ポルナレフ……」

 

 ふたりが差し出す杯に、グラスを軽く合わせる。

 

「さ、のもーぜ!」

 

「ただ、あのボケ女、変に馬鹿で真面目だからな……ああ、そのあたりそっくりだな、おまえら。くくく、おもしれーことになんなきゃいいな」

 

「や、やめてくれよ……」

 

 承太郎の予言はよく当たる。

 

 それもやはり昔からちっとも変わってはいなかった……

 

 

 

 *         *          *

 

 

 

 一睡も、できなかった。

 

 まぁ今まで散々、私は眠っていたらしいので全く問題無いだろうけれど。そもそも体調的には何も異常を感じなかった。むしろ調子が良いくらいだ。

 

「すごい、なぁ……」

 

 白い天井に向け、手のひらを掲げ、結んで、開く。

 

 あの日、漆黒に呑み込まれ、失ってしまったはずの左腕。

 

 完全に元に戻っていて、驚いた。何の違和感も無い。

 

(世の中にはすごいスタンド使いさんがいたんだなぁ……)

 

 と、思いかけて、気づく。胸の疼きとともに。

 

(いや、ちがう。きっと、必死になって、さがして、みつけてくれたんだよね……)

 

 

 

「おはようございます。検査の時間ですよ」

 

「はい、おはようございます」

 

 爽やかな朝にぴったりな眩しい笑みを携え担当の看護師さんがドアから顔を覗かせたため、自分も挨拶を返しむくりと起き上がる。

 今日も一日かけていろいろな検査が行われるらしいが、おそらくなんの問題も見つからないと思う。しかし、死にかけてずっと植物状態だったわけだし冷凍保存関係のこともある。自分で言うのもなんだが大変レアなケースであろうし、データの採取等も必要なのだろう。これでも元々一応理系の大学所属(長い休学で現在は除籍になっているかもしれないけれど)で研究員を志している身でもある。科学の進歩というものに少しでも貢献できるなら勿論協力したい。

 そして改めて自覚及び感謝をする。たくさんの人達の力のおかげで、自分が今、生かされているのだ、という事実に。

 

「次は、心電図をとりますね。楽にしていてください」

「はい」

 

 こういうときいつも思うが、楽に、といわれると、逆に緊張してしまうのは何故なのか。

 

「……」

 

 とはいえ、だんだん慣れてきて、また物思いにふけってしまう。

 

「……きゃあぁーッ!!」

 

「あっ! ちょっ! どうしたんですか!? は、波形が! 急に! 心拍が! 計測不能にッ!」

「ハッ! い、いや、な、ななな、なんでもないんです! ご、ごめんなさいッ!」

「もう……落ち着いてね。はい、もう一回はじめからー」

「は、はい、すみません、看護師さん……」

 

 

 また、おもいだしてしまった。

 

 

 ──……一生そばに……僕と、結婚……──

 

 

 夢の、つづきをみているのかとおもった。

 

 しかし、考えてしまう度、目の前が滲んできてしまう。まるで、海の底にいるみたいに。

 

 こんな調子では『再検査』になってしまうのではないだろうか?

 

 『情緒不安定』そんな理由で。

 

 

 

 全方位、多種多様に渡る検査が終わるころには、すでに窓から西日が差し込む時間になっていた。

 

 採血後の腕の絆創膏を撫でつつ病室に戻ると、ずっと会いたかったひとの姿があるのに気づく。

 

「お兄ちゃん……」

 

 その顔を見た途端、また鼻の奥の方がツンと痛くなってきてしまう。おもわずうつむくと、くしゃりと頭を撫でられる。

 

「馬鹿が。皆に心配かけさせんじゃねーよ」

 

「……ごめん」

 

 

「父さんと母さんは?」

「今こっちに向かっている。ぬか喜びさせちゃいかんと思って、おまえが起きてから知らせたからな」

「そうなんだ。もうすぐ、会えるんだ……」

「ああ」

 

 兄義経と久しぶりに積もる話に花を咲かせていると、ふいにノックの音が響いた。

 

「はい……っ!?」

 

 その姿をみた瞬間、石になってしまったかと思った。

 

「こんばんは」

「よう! 来たぜー!!」

 

「おお、花京院にポルナレフ!」

 

 昨日も思ったが『いつのまにか』どうやらすでに全員顔見知りらしい。二人を見た兄の顔が綻ぶ。

 

「仁美さん、どうですか? 調子は」

 

「うっ!」

 

 対極的に私はというと、彼の視線がこちらに向けられた途端、稲妻に打たれたかのような衝撃が全身を駆け巡る。どうしようもなく、眼を合わせることすらとてもできず、瞬時におもわず布団をかぶる。

 

「う、うん。だ、だいじょうぶ……」

 

 どんな顔をしていいのか、さっぱりわからなかった。

 

「お、おい! 仁美、おまえ!?」

 

「……いえ、お邪魔していまいましたね。出直しましょう。また来ます」

 

「か、花京院!? ちょ、待て!」

 

 制止の声と、ドアを開ける音。足音が遠ざかっていく……

 

「ありゃまぁ。照れちゃってんのかねぇ?」

「いや。こいつ……」

 

「……」

 

 圧し潰されそうな胸を抱えつつ、そろそろと顔を出して様子を窺う。

 

「……にゃッ!?」

 

 瞬間、ガツン、と頭に衝撃が走る。

 

「いった……! な、なにするの?! おにい……っ、兄さん!」

 

 何年かぶりに受けた、兄からの鉄拳制裁。我が家伝統『戒めの拳骨』だ。

 

「それはこっちの台詞だ。なさけねぇ……」

 

 ずきずきと痛む頭を押さえながら衝撃に星が飛び出たあとの目を白黒させている私を睨みつける。

 

「これ、覚えてるよな?」

「そ、それは!」

 

 兄が取り出したのは一通の封筒だった。

 

 あのとき、私が家族に宛てた『手紙』。

 

「笑い飛ばしてやろうと思って、持ってきた」

 

 いいつつ、私の傍にそれを投げ落とす。

 

「『にているけれど、ちがう』か。まったく、その通りだな」

 

 そして、言い放つ。

 

「仁美、おまえなんかとは……花京院(あいつ)は全然ちがうよ」

 

「……ッ!」

 

「あっ! おい! 義経兄ちゃん!!」

 

 そのまま勢いよくドアを開け、出ていく兄。

 

「……」

 

 奥歯を噛みしめたまま言葉を発せない私にこのひとの声が届く。

 

「やれやれ。ほんとーの兄ちゃんは厳しいねぇ」

 

「……ポルナレフ兄さん」

 

「ったく、実は可愛くてしかたねーくせにな。ほんっと過保護」

 

「え?」

 

「いーや、なんでも。おまえとの久々の再会をゆっくり祝いたかったんだがな……しゃーねーからオレは手のかかるダチ達んとこに行くわ。おまえはちっとのんびりしな」

 

「……はい」

 

「ただ……『にーちゃん代理』からも、ひとつだけな」

 

 私の頭をぽんぽんと叩きつつ、微笑む。

 

「我慢しなくていーんだぞ? 

 おまえに『ぜったいにいえない』ことなんか、もう、なんもねーんだから」

 

「あ……」

 

「じゃーなっ」

 

 そうして背中越しに手を振りながら部屋を出る、もうひとりの『兄さん』。

 

 ゆっくりと扉が閉まる。

 

「……っ!」

 

 ひとりきり。

 

「……っく、ひっく……」

 

 はばかることのなくなったそれは、次から次へとあふれて、とまることはなかった。

 

 

 

 

 

 翌日。私があんな態度をとったにもかかわらず、彼はまたもや来てくれた。

 

「仁美さん、おは……」

 

「うっ! あ、あの! わ、私ッ……! ご、ごめん!!」

「あっ!」

 

 昨日も考えて、覚悟は決めた。

 

 ……つもりだったが、本人を目の前にすると駄目だった。

 

 コントロール不能な心と体を抱えたまま、夢中で駆け出し辿り着いた屋上に逃げ込む。

 

「はぁ……」

 

 いい天気だった。私のぐしゃぐしゃな心とは裏腹に。たくさんの洗濯物やシーツが風にはためいていて、とても気持ちよさそうだ。

 溜息をつきながら、よろよろとどうにか見つけた端っこのベンチに腰掛ける。

 

(ああ、もう……。なにやってんだろう、私……)

 

 自己嫌悪で窒息してしまいそうになりつつ、膝を抱えてうずくまっていた。

 

 そんな私に背後から厳かなる呆れ声が投げられる。

 

「……なにやってんだ。おまえは」

 

「はっ!? じょ、承太郎君!?」

 

 まったく気配を感じなかった。相変わらずだ。

 

「よぉ。久々だな。おまえと話すのも」

「うん。ひさしぶり……って、私の感覚的にはたったの3日ぶりなんだけどね」

「ああ。そうだったな」

 

 おそるおそる、気になって仕方がないことを聞く。

 

「あの、か、花京院くんは……?」

 

「帰らせた。今は話したくねーんだろ? おまえ」

 

 人ひとり分空けた隣に腰掛けつつ、今度は承太郎君が黙り込む私に訊ねる。

 

「で? どうしたよ? なに逃げてんだ?」

「なんでだろう……ね?」

「チッ! いいじゃねぇか。惚れた男に迫られてんだから。何を拒んでんだよ……わけがわからん」

 

「……」

 

「……」

 

 永遠かに思われる沈黙に音を上げるように、根負けした私はとうとう『自白』する。

 

「……花京院くんって、かっこいいよね」

 

「あん? まぁ、そうだろうな」

「外見もだけど、中身は、もっと……」

「……惚気てんのか? おまえ」

「モテるよね。ぜったい」

「ああ。実際、激しくモテていた。

 高校の卒業式では女子の集団から華麗に逃亡していたな。ハイエロファントまでつかって」

「ぐっ! そうだよ、ね……」

「自分で聞いといてへこむな。ほんと、なんだってんだよ、おまえは……」

 

「……」

 

「……」

 

 再び訪れる長い沈黙の果て、ぽつり零す。

 

「……承太郎君、『吊り橋効果』って、知ってる?」

 

「はぁ?」

「心理学の、危機を乗り越えた男女の間には……ってやつ」

「……ああ。知っている」

 

「でも、たいてい、そんなの……思い込みや、勘違い……なんだよ? そんなので、私は、彼を……」

 

 握りしめた小刻みに震える拳に一粒の涙が落ちる。

 

 その瞬間だった。

 

「……黙ってきいてりゃあ、いい加減にしろよ」

 

「え……?」

 

「くだんねーこと、グダグダと……。おまえいつからそんな、うっとーしい女になったよ? ああ?」

 

「……ッ!」

 

 静かに落ちた雷にぎくりと心臓が跳ねる。

 

花京院(あいつ)は7年間、本当にずっと……あきれるくらい、おまえのことばっか考えていたぜ。ありがたく思いな。おれたちは一応、おまえのいうとおり、ちゃんと見張っててやったからな」

 

「あ……」

 

「そばでみていたおれたちには、よくわかる。よく知っている。だから、なんもしらねーおまえに、あいつの想いをそんな風にいわれりゃ……おれも、腹が立つってもんだぜ」

 

 帽子のツバの下、窘めるように真っ直ぐにこちらを見据える、蒼き双眼。

 

「くっ……わ、私だって! 好きでなんもしらねーわけじゃあ……」

 

「そりゃそうだがな。それ以前の問題だ。ひとのことばっか、あーだこーだいいやがって……じゃあ、じぶんはどうだってんだよ? ああ?」

 

「じ、ぶんの……?」

 

「おまえもあの馬鹿に、起き抜けにいろいろぶっとんだこといわれて混乱してるんだろーからな……ちっとは同情するが、しかし……」

 

 それが、ふっとゆるむ。

 

「……だいじなもん、見失ってんじゃねーよ。てめえの命も惜しくねぇってくらい、おまえ、あいつに惚れてんじゃあねぇのかよ?」

 

「あ……」

 

「よくかんがえろ、馬鹿が……じゃあな」

 

 

 

 

 

「……はぁ……」

 

 目を閉じてから、どのくらいの時間が経ったのだろう? 

 

 静寂の中、冴え切った空気を吸い込んで、吐く。

 

 まどろみすら、今夜もどうやら訪れてはくれなかったようだ。

 

 宵闇の中、ぐるぐると、あたまをめぐる。

 

 反芻する。

 

 皆がくれた、ことば。

 

 

 ──おまえはあいつとは、全然ちがうよ──

 

 

 ──だいじなもん、見失ってんじゃねーよ──

 

 

 ──ぜったいに、いえないことなんて──

 

 

(……私の、きもち、か……)

 

 サイドテーブルの引き出しから取り出し、握りしめる。

 

 兄のもってきてくれた『手紙』。

 

 ……想い出す。『あのとき』を。

 

 そして、彼がくれた、たくさんの……

 

「……」

 

 ゆっくりと、目を開ける。

 

 起き上がり、カーテンを開き、窓の外を臨む。

 遥か山際がだんだんと白くなってゆき、紫がかった雲が細くたなびいていた。

 

 

 夜が、明けていく。

 

 

 

 *         *          *

 

 

 

「……いない!?」

 

 

 しばらくは、そっとしておけ。

 

 皆そろって、口々にそう言われた。

 しかし、やっぱりまたここにきてしまった。足が勝手に……いや、嘘だ。

 

 彼女の混乱が落ち着くまで少し距離を置く。確かに、その方がいいのかもしれない。そう頭では理解しようとした。が、無理だった。

 

 逢いたかった。どうしても。

 

 今日も面会開始時間きっかりに病院に突入した僕。逸る気持ちを抑えきれず、今なら競歩で金メダルが獲れるのではないか、そう錯覚するほどのスピードで彼女の病室に向かう。

 

 ナースステーションを横切ろうとした時、そんな僕を見咎めたのか看護師に呼び止められた。

「病院内は走らない」そう怒られたら、「走ってはいない」と答えよう。そんな一休さんのトンチめいたことを呑気にも考えていた報いだろうか。

 

 僕の耳に飛び込んできたのは「彼女ならいませんよ」そんな思いもよらぬ、瞬時に背筋が凍りつくような一言だった。

 

 耳を疑いつつも、もはや我慢などできるわけがない。彼女の病室に駆け込む。

 すると、ベッドはもぬけの殻。唯一目に入ったのは屑籠の横にぽつんと佇む、くしゃりと潰され丸まったメモだけだった。

 

 拾い上げ、恐る恐るそれを開くと、さらにとんでもない一文が目に入りサッと血の気が引く。

 

 

『探さないでください』

 

 

 すぐさま皆に連絡するも、空振りばかりだった。

 

「はぁ? 消えた?」

「そ、そっちに行ってないか!? 承太郎ッッ!!」

「来てねえよ。まぁ、一応探してみてやるが……ほっといても、そのうち戻ってくんだろ。つーか、花京院おまえ、またあいつんとこ行ったのかよ。ちっとは落ち着け」

 

 承太郎だけではなく、他の仲間も一様にそんな反応だった。彼女の御両親にも電話してみたが……

 

「こっちには来ていないけれど……」

「そ、そうですか。いったいどこへ……」

「だいじょうぶよ。心配いらないわ。どうせあの娘のことだから、またくだらないことでも気にしてるんでしょ。落ち着いて、待っていて。なにかわかればすぐ連絡するから」

「お、お願いします」

「ごめんなさいね。まったく、本当に馬鹿な娘なんだから」

 

 今度は皆そろって、「落ち着け」である。

 

「……落ち着いてなど、いられるかっ!!」

 

 逆に問いたい。この事態を受けて何故そのように心穏やかでいられるのか。

 

(ええい!)

 

 しかし、闇雲に探しても見つかるわけもない。必死に心当たりを模索する。

 

「あ……」

 

 すると、たったひとつだけ、僕の頭の片隅にその可能性が浮かぶ。

 

「まさか……!」

 

 

 

 *         *          *

 

 

 

 新幹線、高速で流れていく車窓の景色をぼんやりと見つめる。

 

(せめて誰かに直接言ってからの方がよかったかな? でも、止められるだろうし……)

 

 だが、どうしても行かなければいけないのだ。あの場所に。そして、一刻も早く決着をつけなければならない。誰にも頼るわけにはいかない。これは私自身がどうにかしなければ意味のないことだった。

 

「あ……」

 

 手が震える。嫌な鼓動が胸をつく。

 

 それでも……

 

 もう、逃げたくなかった。

 

 

 

(変わってないなぁ……)

 

 いくつもの在来線を乗り継ぎ、最寄りの駅に到着する。

 もう二度と、この地に足を踏み入れることは叶わないかもしれない。

 そんなふうに思いながら自分が逃げ出すようにここを発って以来、実際かなりの年月が経ってしまった。にもかかわらず、記憶に刻み込まれている風景とあまり相違ない……変わらぬ街並みを眺めながら、目的地に向けて噛みしめるように歩みを進める。

 

(……寒い……)

 

 二重の意味でぶるりと身を縮こませる。本日、この地域は快晴……も、とっても早めの、今季最大の真冬並みの寒波到来。新幹線内で見た流れるニュースにて、そんな寒がりにとっての超絶悲報を受け嫌な予感はしていたが。

 

 沿岸部のこの街。行く手を阻む、潮風を含んだ冷たい木枯らしに立ち向かいつつ、たどり着いた目的地……『病院』の前。

 

 まだ、ここに『あの娘』がいるかなんてわからない。いや、普通に考えて、いない確率の方が高いだろう。しかし、だからこそ、ある意味これは賭けだ、と思っていた。

 

 今日、もしも自分が彼女達に会うことができたなら。そうしたら……

 

「……セシリア、お願い」

 

 相棒を呼び出し、頼む。

 

「……あれ?」

 

 だけど予想に反して飛び立った彼女が羽根を休めたのはほんのすぐ近くで……

 

「あ、あんた、もしかして……!?」

 

「え……?」

 

 驚いたように自分を呼び止める声に振り返り目を見張る。

 

「あ……!」

 

「……ひさしぶり」

 

 

 そこには、私が会わなければならない、『ひとりめ』の女性が立っていた。

 

 

 

 ──なにを、しにきたの? ──

 

 

 

 思い出す。

 傷付いた友人のため、露わにした……ぶつけられたあの感情。

 

 冷たい、怒りに満ちた、あの眼差し。

 

 すぐにわかった。

 面影はそのままの小学校時代のクラスメイトのその姿。

 

(……あ……、あ……!)

 

 悪夢のようなあの瞬間がありありと甦る。がちがちと全身が氷水でもかけられたかの様に震え出すのがわかった。

 

(ッ! ……でも……)

 

 瞳を閉じて、おもいだす。

 絶対なる恐怖。それに逃げることなく真っ向立ち向かって乗り超えた……

 

 あの、花京院くん(だいすきなひと)の凛とした姿を。

 

「わ、私っ……!」

 

 意を決し、見開いた目を相手にむける。

 

「……遅いよ」

 

 しかし、私を一瞥した彼女の口から漏れたのはそんな言葉で。

 

「……え?」

 

「やっと来たんだ。こっち」

 

「あ、あの……?」

 

「会いに、来たんでしょう? あのこに」

 

 

 

 

 

「ここで待っていて」そういわれて、病院内のロビーで独り待つ。

 

「……お待たせ」

 

 永遠かの様に感じられた十数分ののち、かけられた声に顔をあげる。

 すると友人に押される車椅子に座る、あの娘の姿があった。

 

 私があのとき『護れなかった』あの娘の。

 

(……後遺……症……)

 

 目の当たりにすると、また、ずしりとそのあまりの重さに押しつぶされそうになる。

 

 躊躇っている間に、彼女の方に先を越されてしまう。

 

「ひさしぶり」

「ひ、ひさしぶり……」

 

 目的を果たすべく、必死に振り払うようにどうにか言葉を発する。

 

「ずっと、あの、会いにこなくちゃって、思ってて……。

 私、貴女に、その、あやま……」

 

「……そうよ!」

 

「……っ!」

 

 しかし、それは言い終えることができないまま、遮られる。

 

「仁美あんた、なにも言わずに転校しちゃって……。

 わたし、怒ってるんだよ。

 ずっと、あんたに言いたいことがあったのに……」

 

「……。そうだよね……」

 

 深く息を吸い込み、あらためて覚悟をする。

 

 そうだ。私はそのためにここに来たのだから。

 

 逸らさぬよう、彼女の眼をまっすぐにみつめ、お腹に力を入れて構えていた。……が……

 

「……ありがとう」

 

「……え?」

 

「助けてくれて、ありがとう」

 

 しかし、彼女の口から私に放たれたのはやはり思ってもみない言葉だった。

 目を瞬かせている私に、彼女は続けた。

 

「あんた、あの時あたしを最後まで助けようとしてくれた。

 それに……一生懸命、護ってくれようとしたんだよね? 

 だから、その、お礼」

 

「……そんな! ちがう!!

 私は、なにもできなかった! ごめんなさい……」

 

 悔恨がありありと蘇る。唇をつよく噛みしめ、深く頭を下げる。

 

「なにいってんの。あんたがいなきゃもっとひどいことになってたって。電車に轢かれてバラバラ……もしかしなくてもこの世にいなかったかもね。なんて……やっぱり、気にしてたか。そうかなって。あんた、やさしいこだったし……」

 

 すると、彼女は穏やかな光を湛えた瞳をまっすぐにむけ返し、こう言った。

 

「こっちこそ、あたしのせいで嫌な目にたくさん……ごめんね」

 

 かぶりをふる。

 

「そんなこと……ない……だって……、私の、せいで……」

 

「……。ちょっと、みてて」

 

 そういうと、彼女は器用に車椅子の車輪を回し、廊下の壁際に移動する。

 

「……よ、いしょっと!」

 

 そして、手すりに捕まりよろめきながらも、しっかりとその両脚で、立ち上がってみせてくれた。

 

「あ……」

 

「……ほら。長い長い時間かかったけど、ここまできた。

 二度と、立つのは難しいって、諦めた方がいいって、言われたこともあるんだけど」

 

 にっこりと満面の笑みを、こちらに向ける。

 

「というか、そもそも別に全然あんたのせいじゃないじゃん。

 ……って、ただ言っても聞きゃしないだろうし。

 がんばったんだ。ちゃんとこうして、あんたにこういわなきゃいけないから」

 

「……あたしはだいじょうぶだから、きにすんな! って」

 

「っ! う……!」

「もうやっぱり泣いた……。やめてよ、もう……」

「ご、ごめん……」

 

 瞬間的に溢れ出してきたそれを懸命に拭っていると、もう一人……隣に黙って佇んでいた彼女の親友が、声を絞り出す。

 

「……ごめん! わたしが、あんな……ひどいこといったから!

 わかってたのに! あんたのせいじゃないなんて……ごめんなさい……ッ!」

 

 嗚咽まじりに、頭を垂れる。その表情には強い後悔の色が滲んでいた。

 

「ううん。きもち、すごく、わかるから……」

 

 たいせつなひとが、傷付いたときのきもち。

 

 おもいだす。じりじりと照り付ける砂漠の太陽の下。己が身を焼かれたかの如く、いや、そのほうが遥かにましだとすら思えるような……

 

 彼の目が傷つけられてしまったときの、あのきもち。

 

 想いが強ければ強いほど、なにかにぶつけなければやりきれない。そんなきもち。

 

「ずっと、謝りに行く勇気がなくて……ごめんなさい……」

「ううん……。ううん! もう、じゅうぶん……だよ……!」

 

 私は、本当に、どこまでも浅はかだった。思いもよらなかった事実に唐突に気づく。

 元来、穏やかでおっとりしていた……そんな彼女だ。私に放ったあの一言に対し、きっと長い間、苦しい自責の念に苛まされてきたに違いない。

 

 わかってもらえるわけがない。

 

 そう、嘆く。そんなふうに殻に閉じこもって自分のことしか見えていなかった私が、だれよりも一番、わかっていなかったのだ、ということを。

 

「はいはい、ということで、仲直り仲直り。辛気臭いのなし!」

 

 どうやら明朗なのも相変わらずのようだ。車椅子に座り直し、彼女が涙ぐむその親友と私の肩を抱き引き寄せる。

 

「それに……実は、わるいこと、ばかりじゃあなかったんだよね……」

「え……?」

 

 はにかんで、私に向け左手の甲をスッと上げる。

 

 その薬指には一際存在感を示すシルバーの指輪が嵌まっており、先端ではダイヤモンドが誇らしげに輝きを放っていた。まじまじとみつめる私に彼女は言った。それよりもさらに美しい表情をうかべて。

 

「来年、結婚するんだ。

 相手は……この病院の、リハビリの先生」

 

「えっ!」

 

「……今、すごーく、しあわせ。

 だから、ね?」

 

「っ、うん! おめ、でとう……っ!」

「うん。……ありがと」

 

 そして、とうとうその目にも浮かんだそれ、および、照れくささを誤魔化すかのように、彼女は慌てて話題を変える。

 

「そ、そうだ! 仁美、あんたこそ。

 今日は、一緒じゃないの? あの人。彼氏さんでしょう?」

 

「かれ……し?」

 

 その発言に首をかしげる私と焦って止める彼女の親友。

 

「ちょっと! それ、秘密って……」

「あれ? そうだったっけ?」

「『僕が来たことは仁美さんにはオフレコで御願いしますね』って、言われたじゃない……」

「あ、そうだった。あはは……まぁ、いいじゃない!」

 

 からからと笑う彼女のフォローをするべく、その親友は私に教えてくれた。

 

「もう……。あのね、実は、聞いていたの。わたしたち。あんたが来ること。勿論まさか今日だなんて夢にも思わなかったけど」

 

「ええ?! どうして?」

 

「もう何年も前に、ここに、あんたの知り合いって人が来たんだ。前髪がふわっと長い男の人」

「あんたも事故かなんかで大変だったんだって? よかったね。目が覚めて」

 

「そのひとが……

 

『あのひとは、いつか、ここに来る。

 だから、そのときは……どうか、貴女たちの正直なきもちを話してあげてくださいね』

 

 ……って」

 

 

 

 

 

 ふたりと別れ、ひとり病院の屋上に佇む。

 

 小高い丘の上に建てられたこの病院。ゆえに、ここからはパノラマサイズの海が一望できた。

 

 空と海。一面に拡がる茜色。

 

『あのとき』とおなじ、その色そのままに、眩しくきらめいていた。

 

 いつのまにか。

 

 ごく自然に。

 

 どんどん自分のなかでおおきくなっていた、たしかなきもちにようやく気付いた『あのとき』と。

 

「……」

 

 あいたかった。いますぐに。

 

 ううん。ほんとうはもう、ずっと。

 

「……帰ろう」

 

 階段に続く扉の方へと振り返った……そのときだった。

 

「あ……」

 

 私の眼は映し出した。

 

 ゆっくりとひらいていく、それを。

 

 そして……

 

「……やっぱり、ここだった」

 

 いつかのように、輝く夕陽に包まれて……

 

 こまったようにほほえむ、あのひとのすがたを。

 

 

「……みつけた」

 

 

 

 

 

 

もうすぐこのお話も完結です……が、性懲りもなく次回作も本作品にちなんだものにする可能性が高いです。どんなのだったら、また読んでやってもいいぜ? と思って頂けるでしょうか?

  • そのまま4部にクルセイダース達突入
  • 花京院と彼女のその後の日常ラブコメ
  • 花京院の息子と娘が三部にトリップする話
  • 花京院が他作品の世界へ。クロスオーバー。
  • 読んでほしいなら死ぬ気で全部書きやがれ!
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