私の生まれた理由   作:hi-nya

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あいのうた(後)

 

 僕は、とうとうみつけたのだ。

 

 

 ……今度こそ。

 

 

 

 

 

 美しいオレンジ色の夕陽にすっぽりと包み込まれた白い病院の屋上。ひとりたたずむ彼女は現れた僕の姿をみとめると大きくその眼を見開いた。

 

「花京院くん? な、なんで……?」

 

「それはこっちの台詞ですよ。なんですか、あの置き手紙……

 探さないで下さいって……勘弁してくださいよ。もう、ほんとうに……」

 

 心底の恨み節をぶつけると彼女から信じられない言葉が漏れる。

 

「え!? ご、ごめん。あれ? でも、これは違うか、ってそっちは捨てたはず……書いてたのに。『事情があって外出します。本日中には戻りますので心配しないでください』って」

「はぁ?!」

「他の、なかった? テーブルの上。湯呑を文鎮代わりにしといたんだけど」

「み、みて、なかった……」

 

 がっくりと全身の力が抜ける。迂闊だった。あの衝撃の一枚を先に発見しまったがゆえ、他のところなど目に入っていなかった。入るわけがないに決まっているだろう。

 彼女の性格をよく知る家族や仲間達はともかく、病院関係者達までもが慌てていないことを不思議に思っていたが、理由がやっとわかった。

 

 どうしてこのひとが絡むと自分はいつもこうなのか。

 格好悪いことばかりだ。……恋なんて。

 

 あまりの失態に顔を覆って密かに猛省しているうちに彼女に訊ねられる。

 

「どうしてわかったの? ここだって」

 

「え? ああ、なんとなく。ここかな……と」

 

 ありのままを答える。すると、こまったように……

 

「……もう。なんでだろう? なんでいつも……」

 

 ……でもすごく、うれしそうに、つぶやく。

 

「私、あの旅が終わったら行くって決めていたところがあって……それが、ここ」

 

 そうして、彼女はおしえてくれた。

 

 ここに来た『理由』を。

 

「このままじゃあ、駄目だとおもったの」

 

 遠くの空を仰ぎながらそういって首を振ると、まっすぐに僕の方へと視線を移す。

 

「はじめてふたりで話したとき、私あなたのこと、すごいなっておもった」

 

 もうずいぶん前のことになっちゃったから、忘れちゃったかもしれないけど。なんて苦笑しながら、こちらへと歩みを進める。

 

 そんなわけ、ないだろう。

 

 忘れるなんてありえない。あなたとの交わした言葉。表情も仕草も。どれだけ時間が経とうとそれだけがあざやかで。いつだってありありと想い浮かべることができる。

 

 そうだ。あの、さいしょの日。初めて一緒に並んで歩いた日。確かにそういっていた。そういってくれた。

 

 彼女は僕に。「すごいよ」と。

 

 敷き詰められた鄙びたタイルを確かめるように僕も一歩一歩踏みしめる。彼女の元へと。

 

「だって、私がずっとできていなかったこと……怯えて目を背けていたこと……ううん、もっと、比べ物にならない程の恐怖に、あなたは逃げるどころか自ら立ち向かおうとしていて……」

 

 ふたりの距離がなくなるたびにふわり、彼女のやさしい香りがはじける。胸が苦しくなるくらい甘美な感覚に全身が包まれていく。

 

「……そして、ちゃんと乗り越えた」

 

 およそ15㎝。僕のとても気に入っている、ほどよい身長差で彼女はたどり着いた僕をみあげる。

 

「私も、あなたみたいになりたかった。すこしでも近づきたかった。でも……」

 

 しかし、そこでぐっと唇を結び、くるしそうにうつむいてしまう。

 

「憧れて尊敬しているだけ。それだけじゃあ駄目だとおもった。

 隣に立つために……

 せめて、なにか一歩踏み出さなきゃって、じゃないと……」

 

 そして改めてこちらを見据えたかと思うと、深々と頭を下げた。

 

「避けたりして、ごめんなさい。

 こないだの、あなたの、ことば……

 うれし、かった……

 ほんとは、すごく、うれしかったの……」

 

 それをきっかけに、堰切ったようにあふれて零れてくる。

 

 彼女の想いが。

 

「でも……同時に、いいのかな、って。私はあなたをこんなにもながいあいだ……つらい、罪の意識に縛りつけて苦しめたのに。そんな人間が、あなたと……なんて、ゆるされるわけ、ない。そう、おもった……」

 

「そもそも『逢えなかった時間』が、あなたの中での私を美化してしまっているんじゃあないかって。実際の、私たちの一緒に過ごした期間なんて二ヶ月足らずで……ほんとうの私なんて知られたら、嫌われちゃう、幻滅されちゃうって……こわかったの……」

 

「もともとそんななのに、それに加えて、7年も過ぎていて……。

 あなたはもうすぐ社会人で、まえよりさらにもっと……すごくすてきに、なっていて。

 私なんて大学に戻れるかもわからない。なにも、ない。

 あなたに、私は……ふさわしくない。そう、おもった」

 

「きっと、そんなことないって、あなたはそういってくれるとおもう。

 あなたは、とてもやさしいから。

 でも……いいえ、だから、いやだった。そんなの私が、耐えられない。

 これからも罪悪感や責任感の鎖で、あなたを縛るなんて……」

 

「断らなきゃって。それがあなたのためだって、わかってたけど……

 でも、あなたを、あきらめることも、できなくて……

 だから、逃げてた。

 あなたにまた甘えて、嫌なおもいをさせて……ごめんなさい」

 

「……」

 

 沈黙。

 

「……でも、いや……」

 

 そのしばしのあと、強くかぶりをふりながら彼女はとうとう打ち明けた。

 僕はようやく聴くことができたのだ。

 

「……やっぱりいや!!」

 

 

 彼女の『はじめてのわがまま』を。

 

 

「あなたとはなれるなんて、私には、できないッ!」

 

「私、がんばるから……! まだ、全然至らないところばかりだけど、がんばって、だれにもまけない、あなたにふさわしいひとに、なるから! いままでのぶんも、いっぱい、いっぱい……しあわせに、するから!」

 

「罪悪感でも思い込みでも責任感でも勘違いでも、なんでもいい! 

 わたしのこと、すきでいて! 

 わたしの、そばにいて! 

 ずっと、いっしょに生きていきたいの……あなたと!!」

 

「御願い……っ!」

 

 

 

「……ばかだなぁ。ほんとうに、ばかだ……」

 

 自然とそんな言葉が自分の口をついて出た。

 いっぱいになったなにかが僕の奥底から波の様に押し寄せて溢れてしまう。

 

「どうして、そんなふうに、おもうかなぁ? まったく……

 やっぱりあなたは、ちっともわかっちゃいない」

 

 おもわず漏れ出る。くすりと、笑う。

 

「……気づいたんです。僕は。

 わかったんです。僕は『わかっていなかった』」

 

 きょとんとしている彼女を尻目に僕は相棒……法皇を呼び出す。

 

「これ、みえますよね?」

 

「うん、もちろん。

 ひさしぶり、なのかな? ハイエロファント……」

 

 僕の意図はわからないまま、でもそう呼びかけると、彼女はあたたかなまなざしをむけ『友だち』の頭をそっとなでる。

 

「そっか、『成長』したんだよね。

 ふふ、あなたも、もっとかっこよくなったね」

 

「……そう、いうとおもった。

 いや、やっぱり、それ以上……かな」

 

 いつもそうだ。このひとは僕の予想の延長線上をかるく超えてくる。

 

「おぼえていますか? 僕は、ずっとこう思っていた。

 『法皇の緑(ハイエロファント・グリーン)』がみえないものとわかりあえるはずなどない、と」

 

「……うん。おぼえているよ」

 

 すこしだけさびしそうに頷く彼女。それを制し、いう。

 

「……それは、まちがっていた。関係ないんだ」

 

「え……?」

 

 今度はこちらの番だった。吐露する。ながいあいだすこしずつ、鍾乳石みたいに沢山積もり積もったそれを。魂に刻み込まれたかのような慕情。みつけたこたえ。この胸にずっとつかえていた熱いかたまり。

 

 

 僕の想いを。すべて。

 

 

「だって、わかっているつもりだったけれど……わからないことだらけだから。

 僕は……あなたのこと。

 そして、わかっていない。あなたも……僕のこと。

 わかっているけど、わかってないんだ。全然」

 

「でもね、あたりまえなんだ。それでいい。いいや、それが、いいんだ……」

 

「わかりあいたいのに、わからない。

 そのために、想って、悩んで……。

 だからこそ、ほんのすこしだけでもわかりあえたら、それは奇跡みたいに尊くて……」

 

「誰だってそうなんだ。

 みえるとか、みえないとか……そんなの関係なかった。

 ひととひとが完全にわかりあうことなんて、本当は不可能なんだ」

 

「それでも……僕はあなたのことを、だれよりもわかっていたい。

 そして……だれよりも僕のことを、わかっていてほしい」

 

「だいじなことは、わかりあいたいとおもうこと。

 そのために、努力しつづけること……。

 それでいいんですよ。

 いいんだ。ぜんぶわからなくったって。

 わからないまま、でも、わかりあいたい、ずっといっしょにいたい。そう、願うこと」

 

「眼がみえなかった……僕が闇に包まれていたあの夜。

 あなたはいってくれた。僕とわかりあいたいとおもっている。と。

 僕もそうだ。あなたとだれよりもわかりあいたい。心の底からそうおもっている。

 僕は、ひとりじゃあないと……そうあなたが教えてくれたから、気づけた……」

 

 ただただ、だまって。でも熱を帯びた表情で。相槌を打つのも忘れるくらい静かに耳を傾けてくれているそのひとに、続ける。

 

「だいたい、ですよ? 思い込みや勘違いでこんな、7年以上も……逢えすらもしないひと、想いつづけていられませんよ。というか、そこまでいけば思い込みも本物な気がするけれど……」

 

 そこでおもいついて、すこしだけ意地悪をいうことにする。

 

「仁美さん……あなたこそ、どうなんですか? あの50日間の奇妙な冒険によって熱に浮かされた心の、ひとときだけの幻……あなたの、僕への想いこそ、そうなのではないですか?」

 

「はぁ!? そんなわけない! なめないで!! 私がどんなきもちで、あのときッ……!! ……あ……」

 

 瞬時に予想通りの反応をしたのち、しまったというかおをして口をつぐむ。爆発しそうにこみあげてくるどうしようもないほどの愛しさをどうにか呑み込みながら、ひとつひとつ、伝える。

 

「……そういうことですよ。まったく失礼な話だ。

 あなたこそ、僕を……この花京院典明をなめないでいただきたい……!」

 

「罪悪感や後悔……それはたしかに、あったよ。押しつぶされそうなほどだった。

 いっそ僕が死んでいたら……いっしょに死んでしまえたら……って何度も思った。

 ……でも、できなかった。

 なぜだと思う? 

 あなたはそれを望まない……わかりきっていたから。そんなこと」

 

「やりたいことをして精一杯生きてほしい……あなたは、そういった。

 ……だからそうした。

 唯一したいこと、そのために生きてきたんだ。

 ……あなたに逢いたい。

 ただ……それだけのために」

 

「たしかに苦しかった。長かった。

 でも、7年の間、つらかったこともひとつだけで……。

 罪の意識……とかそんなものではなく、

 あなたに逢えないこと。

 ただ、それだけだったんだ。

 だから僕のために、身をひく……なんて、とんでもない話だ。

 これ以上、さらに僕につらいおもいをさせるというんですか? あなたは」

 

「だいたい、ふさわしいとか、ふさわしくないとか……誰がきめるんです? 

 ほかでもない僕が、あなたがいい。あなたじゃなきゃだめだ。といっているのに?」

 

「あなたが眠っている間……たくさんのひとに出会いました。

 スタンド使いにも、そうじゃあないひとにも。

 いいひとも、そうじゃあないひとも……数え切れないほど」

 

「でも、ここ……いつもこの心のどまんなかには、あなたがいた。

 ……あなたしか、いなかった」

 

「……『ほんとうの私』か」

 

「出身はY県。東京都在住の……国立女子大在籍。専攻は生物遺伝子化学。

 誕生日は秋。11月22日……僕たちの出逢った、あの日。

 血液型はA型。おそろい。

 身長163cm、体重は45kg。推定。当たっている自信はある。

 ……というか軽すぎる。これからはもっと食べましょうね。

 嫌いなものは特になく、なんでも美味しそうに食べる。甘いものが好き。

 動物、とくに犬・猫が好き。子どもはちょっと苦手。

 冬、寒いのが大の苦手、かといって暑いのも。

 ……って、人間みんなそうだろうけどね。

 家族構成は両親と兄……家族のことが大好き。

 そしてあの旅の仲間のことも家族同様におもっている。

 よく知らない人と話すのは苦手。ひとりでいるほうが楽。

 ……でも本当は少し寂しかった。

 趣味は読書やらゲーム……あなたが眠っている間に、いいハードもソフトもたくさん発売されています。楽しみでしょう? 今度いっしょにやりましょうね。

 ぼーっとするのがすき。お昼寝もすき。旅の移動中はよく寝ていたね。

 そのくせ暴走車スタンドの突撃をよけるわ、崖から転げ落ちても、腕が千切れても割と平気だわ……女性にしては運動神経良過ぎ……傷の治り早過ぎ……。ずっと不思議だったけれど、波紋の力の一環かもしれないことが僕の中で先日判明。納得。

 料理の腕もピカ一。あの味噌汁を僕は毎日飲みたい。

 一方絵は苦手……本人談。今度検証予定。嫌がろうとも描いてもらう……くくく……。楽しみだ。

 珈琲はミルクを入れる派。わかっていない。でも僕の煎れたものはブラックでも飲める……実はこれはかなり嬉しい。

 

 スタンドは女教皇の暗示……Guardian Cecilia of cosmos……通称セシリア。

 先を視せて『護る』スタンド……

 生涯一度だけ、たいせつなものの命を護るために必要な予知夢をみせてくれる。

 

 それに現されるように性格は保守的、思慮深い……そして、自己犠牲的。

 しないといけないことには真面目で向上心は高い。半面融通が利かないこともあり。

 困ってしまうくらい素直で、叱責や他者のアドバイスをきちんと受け入れる。

 知識欲もあり、途中から誰もが聞くことを諦める僕の蘊蓄も楽しそうに聴いてくれる……。

 他人のことには一生懸命。気を遣いすぎる。考えすぎる。

 なのに、自分のことは適当。意外とめんどくさがり。

 常軌を逸するくらい鈍感で天然……でもときどきびっくりするくらい鋭い。

 このあたりはよくわからないな……でもそんなところもおもしろい。

 底抜けにおひとよし。うっかり屋さん。よく階段を踏み外す。あぶなっかしくて目がはなせない。

 他者へのおもいやりや慈しみがあり……ほしいことばを、いつも僕にくれる。

 おだやかで温和だけれども、家族やセシリア、仲間……たいせつなものにはものすごく誇りをもっていて、これらをけなされたり傷つけられたりするのをなによりもきらう。

 その部分に関してのみ、短気で直情的。ああ、兄妹そっくりだね。

 おなじく、ふだんはふわっとしているのに、なにかを護るってときだけ、確固たる意志と信念を発動。頑固で譲らない。表情がかわる……。それがすごくきれいで……」

 

「……まちがっているところ、ありますか? なんならまだ挙げますが?」

 

「どうです? わかっていないとはいえ、なかなかわかってるでしょう?」

 

「いま挙げた、僕のよくしっている……これだって『ほんとうのあなた』だ。

 ほんの一部かもしれない、でも、それだけでも、7年以上、僕の心をとらえて、はなしてくれなかった。

 すきになるのに……すきでいるのに……それでじゅうぶんではないのかな?」

 

「まぁ、正直なところ、美化……たしかにそれは、あるのかもしれない。

 あなたがなにをしたって可愛く、愛おしくみえてしまうのは。

 でもそれは、僕のなかにひとつ。あなたへのゆるぎないきもちが、たしかにある。だからだ」

 

「事実、僕たちの共に過ごした時間は、少ない。

 さっきいった、まだしらないあなたの方が多い。そうかもしれない。

 でもそれをしるのも、しってもらうのも楽しみだと思いませんか? 

 僕はあなたの、いいところも悪いところも、たくさん知りたい。

 いいところを知れば、当然、もっとすきになるとおもうし……

 悪いところも、たいていは、しょうがないな、なんていいながら許容してしまいそうだけど……。

 なおしたほうがいいことは、一緒に努力して、あらためていけばいい。

 僕はそうおもう。あなたは、ちがうのかい?」

 

「そもそも……期間はけっして長くはなかったけれど、あの旅で培った僕らの絆はそんなに薄っぺらいものだっただろうか? いまでも一生のうちでいちばん濃厚な……50年分くらいの重みはあったと思うけど」

 

「だって、あの旅で僕は、たいせつなものをたくさん得たんだから。

 仲間、親友、誇り、強さ……。

 そして……かけがえのない『あなた』という存在を。

 失いかけたけど……ちゃんと、取り戻したんだ。僕は……」

 

「この空白期間は、たしかに、残念だった。

 申し訳ない。僕の力不足で……。

 でも、これだって、いくらでも取り戻せる。

 きっとこれからのための充電期間だったんだ。

 焦らなくていい。ゆっくりでいいじゃあないか。

 先はまだ長い。楽しみがたくさんある。

 まわり道したぶん、ふつうよりもっともっとたいせつにできる……そう、おもわないかい?」

 

「ええと……あとはなんだったかな? まだなにかあったっけ? 

 否定してあげるよ。ことごとく。

 あなたが考える不安や、これから僕といられない理由なんて。

 いくらでも。これからも、いつだって」

 

「だって、僕はどうしたって、あなたといたいんだから。

 ……ずっと。いつまでも」

 

 ながいながい僕の『(うた)』。

 

「……花京院く、ん……」

 

 それをひとしきり聴き終えた彼女の口から愛しくてやまない音(僕をよぶこえ)がぽろりと流れる。

 

「先日の、僕のあのことば……

 あれは近い将来、あらためて、またいわせてもらうつもりだけれど。

 あなたが目覚めたのがつい、うれしすぎて……

 ちょっとぶっとびすぎたなと……反省したんですよ」

 

 目を閉じ、おおきく息を吸い込んで、ひとつ吐く。『覚悟』を決める。

 

「もっといま、ふさわしいことばがあると……そう、おもって。

 あと、だいじな……いいそびれたこともある。

 だから……いいなおさせて、もらってもいいですか?」

 

「……う、ん……」

 

 僕をみつめる。

 

 零れてしまいそうに潤んだ、エメラルドよりも美しく、きらきらひかる、みどりいろ……

 

 

 ……僕の、だいすきなその瞳。

 

 

 それをまっすぐにとらえつつ、告げる。

 

 

「保乃宮仁美さん。結婚を前提に、僕とお付き合いをしてください」

 

「……罪悪感でも、思い込みでも、責任感でも、勘違いでもなく……」

 

「ただ……あなたがすきだから。

 ただ……あなたと、いっしょにいたいから。ずっと……いつまでも」

 

「あ……!」

 

「……返事は?」

 

「っ! はい……! 

 よろしく、おねがい……します!」

 

「……はい。よろしくおねがいします」

 

 ふたりして、丁寧に頭を下げる。

 

 ……あのさいしょの日のように。

 

 これじゃあまるで、あのときからこうなることが決まっていたかのようじゃないか……

 そんなふうに想ってしまい、きっと彼女も同様なのだろう。おもわず互いに笑みがこぼれてしまう。

 

「……で……、ですよ?」

 

「ん?」

 

「……それだけ?」

 

「え? ……ああ! そっか。

 私もたいせつなこと、いいわすれるとこだった……」

 

「ほんとですよ。ひどいなぁ……やっぱり」

 

 そうして、どこまでもド天然で思わせぶりな彼女が紡いだのは……

 

 予想通り、期待外れなこの言葉。

 

「……私のこと、起こしてくれて、ありがとう」

 

「……。それか……。

 うん、まぁ……そうなんだけど、さ……」

 

「ふふっ、それと、……もうひとつ。

 私も……いわせてもらっても、いいかな?」

 

 加えて、期待以上の……

 

「……ずっと、ずっと……あなたに、いいたかったこと」

 

「……もちろん」

 

 

「……だいすきだよ」

 

 

「花京院典明くん、私……あなたがすき。だいすき!」

 

 

「ああ! 僕も、すきだ。だいすきだよ! 仁美さん……!」

 

 どれだけいいあっても、たりない。なんどもなんどもふたりで魔法みたいにくりかえして。

 どちらからか、なんてもうさっぱりわからない。それくらい夢中でつよく、痛いくらいに抱きしめあって、みつめあって、わらいあって、ゆっくりと瞳を閉じて……

 

 ……そして、僕たちは『はじめてのキス』をした。

 

 現実で、両者の合意の元……という意味で、『はじめて』。

 

 ……おかしなものだ。

 

 それは、とてもあたたかくて、やわらかくて、甘くて……

 

 ゆっくりと目をあけると、はずかしそうな……

 

 でも、とてもうれしそうにほほえむあなたがいて。

 

「……これだ……。これだよ……」

 

「……ん? なにが?」

 

「いいえ。……なんでも」

 

 夢とおなじ……

 いや、夢よりもはるかに素敵なものだった。

 

 全身くまなくすべて、隙間なく余すところなく満ち足りていく。やさしくゆるやかに手足のはしばしまでとろけていくかのようだった。

 

「ふふ……」

 

 まるで雲の上に乗っているかのような、ふわふわと身体が浮く極上の感覚に身を任せていると、ふいに今度は彼女がくすくすわらう。

 

「どうしたんですか?」

 

「ん? あの約束は、護れたな……って」

 

「……あの約束?」

 

 たずねると、そっと耳元をくすぐる天使の息吹。

 

「……おかげさまで。

 私の、はじめてのキスは……

 ……ちゃんと、だいすきなひとと、できました」

 

「……っ!」

 

 それだけいうと、くるりと身を翻して空と海の見える手すりの方へと駆けていく。

 隠そうとしても、バレバレである。

 耳まで真っ赤に染めた彼女の背中にむけて、きっと同じようなかおをした僕はささやく。

 

「……ああ。そうだね。僕もですよ」

 

 ほんとうは、とっくの昔に。

 

 あの旅の途中……夢の世界の観覧車の中で。

 

 そんな、僕だけがしっている秘密をいつか白状しなくちゃあいけないな。

 そうしたら、いったいどんなかおをみせてくれるのだろう? 

 

 ……なんて、たのしみが、またふえてしまった。

 

 はじまるのだ。ほんとうに。やっと。これから。

 

 じんわりと湧いてくる実感。こんなのとてもみせられっこない。こっそりと我ながらしまりがなさすぎるくらいにやけていると、遥か向こうの景色を眺めていた彼女が手招きをする。

 

「ねえ、みて! もう夕陽が、沈みそうだよ。海のむこうに……」

「ふっ、本当ですね」

 

 茜色に頬を照らされ無邪気にはしゃぐ愛しいひとの隣に立ち、指差す方向を臨む。

 

 澄みきった空気。海から吹く風が火照った身に心地よい。

 彼方の水平線に太陽がゆっくりとその身を沈めていく……

 

 その刹那だった。

 

「「……あっ!」」

 

 僕たちはたしかに、みた。

 

「あ、あれは! まさか……!」

「わぁ……!!」

 

 太陽が完全に隠れんとするその瞬間、まばゆい緑色の閃光を発し、瞬く様を。

 

「一瞬だったけど……すごかったね」

 

 信じられないものをみてしまい、あっけにとられたままの僕にふわりとほほえむ。

 

「……きれいな、みどりいろ。……そっくり」

 

 花が咲いたみたいだった。

 

 そっちほうが、よっぽどきれいだ。

 

 眩しさに目をほそめつつ、僕は誤魔化すようにいう。

 

「……『緑閃光(グリーンフラッシュ)』ですね」

 

「へぇ! 名前まで素敵……

 ふふ、なんだか、すごくあなたっぽい……」

 

 緑閃光……グリーンフラッシュ。その名の通り、太陽が緑色に輝くように光を放つもの。

 夕陽が完全に沈む直前、または朝陽が昇った直後に、一瞬だけみられる美しい自然現象だ。

 秋晴れの澄んだ空、積雪した山地や沿岸部、水平線や地平線、気温や空気の透明度など……場所や時期、さまざまな気象条件が合致しなければ滅多にお目にかかれない大変希少な光景である。

 

 それゆえか、とある地域にはこんな伝説があるそうだ。

 

 

 これを、ふたりみることができた恋人同士は、永遠に……

 

 

「……ああ。そうだ。僕も……もうひとつ……」

 

 たくさんの奇跡が重ならないと、決して起こらない……そんな事象。

 それを目の当たりにしたおかげで、たいせつな、伝えておきたかったことをおもいだす。

 

「ん? なに?」

 

「……こないだ、あなた、いったでしょう? 

 僕を護るため……そのために、あなたは生まれてきた……と」

 

「うん。……そうだよ。そうだもん」

 

「……ちがうよ、それは。全然ちがう」

 

「え?」

 

 

「……僕を愛して、僕に愛されて……」

 

 

「あなたは……僕と、しあわせになるために生まれてきたんだから」

 

 

 

 

もうすぐこのお話も完結です……が、性懲りもなく次回作も本作品にちなんだものにする可能性が高いです。どんなのだったら、また読んでやってもいいぜ? と思って頂けるでしょうか?

  • そのまま4部にクルセイダース達突入
  • 花京院と彼女のその後の日常ラブコメ
  • 花京院の息子と娘が三部にトリップする話
  • 花京院が他作品の世界へ。クロスオーバー。
  • 読んでほしいなら死ぬ気で全部書きやがれ!
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