【凍結】麻賀禮(まがれ) 作:あらやだ
“僕”はオレンジ色の世界の中にいた。
目に映るすべてのものがオレンジ色だった。
はて? どこだろう。
眠っていただとか呆けていたとかではなく意識ははっきりとしている。
はっきりとしているが、故に自分がここにいるのか、全く思い出せないでいた。
いや、記憶にない。
そうなると始末が悪いことこのうえない。
うーん。
見渡してみる。オレンジ色の正体は障子越しに射し込んだ夕焼けのようだ。
床一面に畳が敷き詰められ襖で仕切られているあたり和室だということがわかった。
とても広い部屋だ。日本家屋なのだろうか。
部屋には家具の類は何もない。
だからか、部屋が余計に広く感じる。
あるのはくまのぬいぐるみとままごとの玩具、それと僕が握り締めている彫刻刀ぐらいのものだった。
よく見るとその彫刻刀は湿っていた。
なんだか手のひらが熱いような気がする。
おそるおそる手を開いてみると、両の手は切り傷だらけで血が滲んでいた。
えっ。
傷口を認識すると激しい『痛み』が僕を襲った。
────────────────────!
驚いた僕は叫んでしまった。
部屋に叫び声が木霊する。
手を切ったことはおろか彫刻刀を握った記憶もないから尚のことだった。
たたた。
縁側から急いでこちらへ向かってくる足音がする。
現れたのは綺麗な女性だった。
女性は着物姿が似合っていて普段から着物を着ているのだろうとのんきに考えていた。
「っ! 何してるの! あなたはっ」
女性は僕が怪我をしていることに気づくと顔を青ざめ、持っていた彫刻刀を取り上げて怒鳴った。
「こんなにたくさん、血が……」
その声は震えていた。
僕の前に屈みこみ、優しく手を包んだ。
そして強く僕を抱きしめてくれた。
着物に血が付いてしまうのをためらいもせずに。
ぽんぽん。
頭を撫でられる。
「痛かったでしょう……」
その人の胸の中は暖かかった。
────────────────────ああ。
なにがなにやら分からない。
この状況を冷静に対処しようと先ほどからがんばっていたのに。
こんなに優しくされてはもう限界だ。
がまんできるはずもない。
────────────────────。
泣いた。
訳がわからず泣いた。
考えることを止めてただただ泣いた。
だから、女性の声が聞こえていなかったのだと思う。
「大丈夫ですからね」
僕のことを、何と呼んだのか。
僕はいったい、誰なのか。
僕は。
────────────────────藤乃。
僕じゃない。
けれど聞き覚えのあるその名前を。