【凍結】麻賀禮(まがれ)   作:あらやだ

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四捻り

   

「……………………………………………………」

 

「……………………………………………………」

 

(き、気まずい!)

 

 状況は変わらず。両者とも閉口したままで部屋は静まりかえっている。あまりの静かさに心臓の音が顕著に聞き取れた。冷や汗が背中を伝う。この状況を打開する術を模索する。だが───

 

「言えない、ということですね。仕方ありません。少々強引に聞き出させてもらいます」

 

「え、ちょ」

 

【あなた」「は」「うごけない】

 

 ──────────!?

 

(禁じ手でしょう、それ!?)

 

 金縛りにあったかのように全身が硬直する。手足の指一本に至るまで自力で動かすことはかなわない。

 

 生物が生命を営むために起こる体のはたらき、生理現象は対象外なのか呼吸は自然に行うことができる。

 

 統一言語。神話に伝わるバベルの塔で神に乱される以前の力ある言語。根源の渦を通して魂に効果を及ぼす強力なテレパシーのようなもの。

 

 現代で唯一それを話すことのできるモノが、玄霧先生であり、他のモノはこの言語で言い返せないので強制的にこの言語に従ってしまう。

 

 言語絶対。万物に共通する最高の催眠術。玄霧先生の言の葉はそのまま真実になるのだ。

 

 統一言語によって逃げることも誤魔化すことも封じられてしまい万事休すな藤乃。これに打開する術などない。

 

「浅神君のことは荒耶から聞いていました。奇想天外な子だと。隔たりがないようでどこか浮いている、近しいようでずっと距離がある。まるで、そう、存在がずれているみたいだと」

 

 ────────────────────!?

 

「本来であれば自衛手段でしか使わないのですが致し方ありません。私も浅神君には興味が尽きない。この際なので君の過去を採取します。荒耶との契約を違えないよう、君の望みを叶える形でね」

 

 狂気を含んだ歪な笑い。下卑た笑みではなくまるで子どものように目を輝かせた表情。ちょっぴり怖い。

 

 心拍数が上昇する。自分が前世の記憶を持っているということ。この世界の行く末を識っているということは誰にも知られてはいけない。まあ、王手をかけられた状況ではどうにもならない。

 

 ぽい。全力で匙を投げる。

 

「さあ───君の記憶を再生しよう」

 

 玄霧先生の声を見つめ続けることしかできないから───

   

   

               ☆   

   

   

 子どもの頃の夢を見た。

 

 わたしがまだぼくであった頃、お祖父さんとお祖母さんと暮らしていた頃の、懐かしい思い出を。

 

 その日は東京でイギリスの有名なロックバンドの来日公演があると片田舎の村にも報せが届いていた。

 

 前世でも町中でよく流れていたので耳に覚えがある。特に充足感を意味する曲はサイケデリックでセクシーだった。

 

 何気なく口ずさみながら家事を行っているとお祖母さんに驚かれたのは記憶に残っている。藤乃は外国語が話せるんだねえ。しまった、と感じたときにはもう手遅れであれよあれよと村中に広まった。

 

 平成初期。携帯電話やパソコンなんてものもなく、ましてやテレビもあまり普及していない田舎では英語なんてものは宇宙人の言語並みに未知のものだった。

 

 買い物の度にこれは外国語で何と言うのか外国語で話してみてくれ等と囲まれ、揉みくちゃにされながら対応に徹していたのはあまり思い出したくない記憶だ。

 

 気をつけなければ。前世の記憶を持っているのはとても便利なことだが、今世の人にとっては異端の知識だ。何気ない一言でどんな影響を及ぼすか身に染みた。

 

 縁側に腰掛けて空に浮かぶ星を視線で結んでいく。人工の明かりのない田舎の夜は天然のプラネタリウムだ。名前の知らない星を眺めながら口笛を吹いた。

 

 きらきら光る小さな星、君は何ものなんだろう。

 

「こらこら。夜に口笛吹くと蛇が来るぞ」

 

 ぐるんと首を回すとお祖父さんがいた。お祖父さんはぼくの横に座り同じように星を見上げた。

 

「悩みごとか?」

 

「うん」

 

「外国語のことか?」

 

「うん」

 

「そうか」

 

「うん」

 

 お祖父さんはそれ以上聞かなかった。ふわりとそよ風が冷たい。そろそろ部屋に戻らないとお腹を冷やしてしまう。その前に、ぼくは弱音を吐いた。

 

「みんなはしらないけど、ぼくはしってたんだ。みんながわからないことを、ぼくはわかるんだ。でもそれはすごいとかじゃなくて、ぼくひとりだけちがくて、みんなはおなじなのに、ぼくはおなじじゃないんだ。それがさびしくて、こわくて」

 

「んー。べつにいいんじゃないか? それに皆だって同じじゃないじゃろ」

 

「えっ」

 

「藤乃は藤乃じゃからな。平の倅みたいにいたずらっ子じゃなし、深山の娘さんみたいに引っこみ思案でもないじゃろ。金居や丸羽の子と比べてもぜんぜん違うわい」

 

「ぼくは、ぼく」

 

「まあ、今回はわしも婆さんも藤乃が外国語を話せるって聞いてすごいと思ってな、村中に言いふらしたからのう。藤乃がそれで困ってるなんて知らんでな、すまんのう」

 

「ううん。だいじょうぶだよ」

 

「確かに藤乃はこの村一番のべっぴんさんで他の子と違う思うかもしれんけどな、それは当たり前のことなんじゃよ。料理上手で家族思いで外国語が話せてお転婆で、わしと婆さんの自慢。それが藤乃なんじゃ」

 

「おじいちゃん……!」

 

 お祖父さんの膝に抱きつく。胸のしこりがすっと消えて晴れ晴れとした気持ちだった。転生して二年あまり。周囲との疎外感で頭がどうにかなりそうだったが、気にする必要はないみたいだ。

 

 ぼくはぼく。きみはきみ。わたしはわたし。あなたはあなた。

 

 皆違って皆良い。かの有名な童謡詩人も言っていたことだ。

 

 

 ……この時、わたしは決まっていたんだろう。浅上藤乃としてではなく、浅神藤乃として生きることを。

 

 

               ☆   

 

 

「おはようございます。よく眠れましたか?」

 

 夢から覚めるとそこはリビングでソファーに寝かされていた。体にかけられていた毛布を取り払い声の主を探す。するとキッチンから湯気の出ているマグカップを持って玄霧先生がやってきた。

 

「玄霧、先生」

 

「そう睨まないでください。ホットミルクを淹れました。どうぞ」

 

「……どうも」

 

 警戒心むき出しでマグカップを受けとる。熱っ。ふーふーと息を吹きちびちびと飲む。甘い。砂糖何個だろう。

 

 視線は決して逸らさない。妙な動きをしたら螺旋巻発条拳をお見舞いする予定だ。玄霧先生は苦笑いをしてソファーに腰をかけた。すぐ隣にいるため気を張る。

 

「結論から言いますと浅神君の記憶は読めませんでした」

 

「読め、ない?」

 

「記憶の再生とは、例えるなら私というレコーダーで記憶という磁気テープを再生させること。しかし、浅神君の記憶は磁気テープではない別の媒体で私というレコーダーに対応していないのです」

 

 あの統一言語を以てしても読み取ることができない。それは私が前世の記憶を持っているということと関係しているのだろう。

 

 記憶が読まれていないという事実に安心し気が弛む。ホットミルクでほっと一息。

 

 統一言語は魔法じみているが魔法ではない。魔術の域から脱しない限り藤乃の記憶は読み取れない。なぜなら藤乃のあり方は本来あり得ないもの───第二魔法に触れている。

 

「第二魔法、ですか」

 

「……!」

 

「口ずさんでいましたよ」

 

 なるほど、と玄霧先生は立ち上がると部屋の中をうろうろ歩きはじめた。無表情で歩き回っている姿はシュールでそろそろ止めようと思った。

 

「それなら合点がいきますね。浅神君」

 

 なにがだ。勝手に納得されても私困ります。

 

「君の不可解な行動も並行世界の自分の記録を追体験したのなら辻褄が合う。これから起こりうる厄介事の芽を摘んでいたのなら尚更だ。問題なのはなぜ君が追体験できたのかだが───」

 

 その話長くなりますか? 睡魔が……睡魔が……。

 

「君の起源は虚無。無からは何も生じない。いや、何もないのではなく何かがあるのか? 一時的に根源と繋がった? だとしたら並行世界の自分を同期させることも━━━」

 

 ぱちん。目蓋が落ちた。

   

   

               ☆   

 

 

 ごとん。

 

「───おや?」

 

 ソファーを見下ろすと藤乃が寝息を立てていた。空になったマグカップが落ちていて僅かに残った中身がフローリングを汚している。皐月はマグカップを手に取り布巾で汚れを拭うと洗い物を済ます。

 

「柄にもなく興奮してしまいました」

 

 ついでに顔を洗い熱を冷ます。統一言語に絶対の信頼を寄せていた皐月にとってそれが通用しないというのは脅威であり興味でもあった。いままで現れなかった未知の存在。

 

 それが浅神藤乃という少女だった。

 

「私もまた、魔術師ということか」

 

 利己的で自分勝手で人でなし。一般人から見て魔術師はそんな存在だ。皐月も自分の欲のために藤乃を害そうとした。正当防衛とは言い難い状況だ。愚かしいと自虐する。

 

 懐から電子音が鳴り響く。ポケットから携帯電話を取り出し通話しようとして藤乃が寝ていることを思い出すと玄関まで移動する。

 

 荒耶からの着信だった。

 

「もしもし」

 

『随分遅かったではないか』

 

「申し訳ありません。こんな夜更けに何の用です」

 

『藤乃が巫条の娘と接触したようだな』

 

「ええ。その件でお説教をしていたところです」

 

『あいつは何と?』

 

「友だち作り、と」

 

『……そうか』

 

「浅神君に何か言伝はありますか。よろしければ」

 

『不要。いや、呉々も貞淑にとだけ頼む』

 

「承りました。それでは」

 

 荒耶は変わった。きっかけは藤乃だというのは想像にかたくない。人生に絶望したはずの彼だが希望はまだ残っている。それが彼女なのだろう。

 

 その彼女を捨て駒にしてまでも根源を求めるという姿は傍目から見ても鬼気迫るものを感じる。だが、彼女は彼の思い通りには動かない。それだけは確かだ。

 

 ───まあ。多少のどんでん返しはあるでしょうが。

  




   
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