【凍結】麻賀禮(まがれ)   作:あらやだ

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五捻り

   

      

 目が覚めると自室のベッドの上だった。布団と毛布が二重でかけられており玄霧先生が運んでくれたのだと理解した。机の上の時計を確認するとまだ六時にもなっていなかったので二度寝をしようかとも思ったが、朝食の仕込みがあるので起きることにした。

 

 仰向けの状態で手を組んで腕を伸ばす。息を吐きながら何秒かキープして脱力する。続けて四つん這いになって猫のように背伸びをして大きく深呼吸をして完了。起き上がって衣装箪笥からデフォルメされた蝸牛が描かれたエプロンを着けると部屋を出る。

 

 うがい手洗いを済ませダイニングキッチンに向かう。誰も居ない。玄霧先生はまだ寝ているようだ。冷蔵庫の中身を確認するとほとんど空っぽで今日は買い出しに行かなければと決める。余り物をもう一度確認して材料を取り出す。

 

「フレンチトーストにしましょう」

 

 ボールを取り出し卵を二つ割って溶く。続けて砂糖と牛乳を入れてかき混ぜバニラエッセンスを加えてさらにかき混ぜる。できあがった液をバゲットに浸して何回かひっくり返しながら漬け込む。この時軽くフライ返しで押すことで染み込みを手助けする。

 

 フライパンに火をかけバターを溶かす。同時にドリップケトルに水を入れて沸かしておく。フライパンにバゲットを並べ入れ弱火でじっくりと焼いていく。外側がこんがりと焼き色がついたらお皿に盛り付け蜂蜜をトッピングして完成だ。おっと。丁度よくお湯が沸いたのでコーヒーを淹れる準備をする。その前に───

 

「玄霧先生ー。朝食ができましたよー」

 

 玄霧先生に声をかける。ただいまの時刻は六時二十分。起床の頃合いだ。玄霧先生はいつも着替えてから出てくるので少しまだ時間がある。もう一品拵えられるかな。

 

 再び冷蔵庫を開いて絹ごし豆腐と豚バラ肉を取り出す。豆腐を水切りしてキッチンペーパーでも軽く拭い八等分にする。切り分けた豆腐に薄く片栗粉をつけ豚肉を巻いていく。このとき巻き終わりの内側に片栗粉をつけることで焼いたときに剥がれにくくなる。

 

 フライパンにごま油を入れて豚肉がカリっとなるまで両面を焼いていく。滲み出た油をキッチンペーパーで吸いとり醤油・みりん・砂糖・豆板醤・酒を合わせたたれを投入する。たれがとろっとしたら火を止めてお皿に盛り付ける。白ごまを振って完成だ。

 

「おはようございます。浅神君。今日も美味しそうな朝食ですね」

 

「おはようございます。丁度いま作り終えたところですよ。本日のメニューはフレンチトーストと肉巻き豆腐ですっ」

 

 おお。と玄霧先生の口から感嘆の声が漏れる。当初は栄養さえ摂取できればいい、と食事の楽しさを理解していなかったがその発言がわたしの忌諱に触れてしまい、本気で料理をしたところ即堕ちした。以後は三食きちんと食べるようになったのだ。

 

 ───余談ではあるが玄霧先生はその一件で舌が肥えてしまいすべての料理をわたし基準で量ってしまうようになり、嬉しさ半分恥ずかしさ半分といった心境である。

 

「コーヒーはブラックでよろしかったですよね?」

 

「はい。ありがとうございます」

 

 ペーパードリップで抽出したコーヒーをマグカップに注ぐ。今回使用した豆はニカラグア産のミディアム・グロウン。苦味が苦手な藤乃が飲むことができる、すっきりとした酸味とほんのりとした甘味が特徴の品種だ。といっても藤乃はこれに温めた牛乳を交ぜてカフェオレにするのだが。

 

「いただきます」

 

 両の手を合わせ唱える。食事を始める際の挨拶。食材となったすべての命に対する感謝の念だ。前世でも現世でも来世でもこの言葉は忘れないだろう。わたしたちのからだはわたしたちが食べたもので出来ているのだから。

 

 うん。おいしい。一口サイズに切ってフレンチトーストを食べる。やさしい風味が口の中に広がる。表面のかりっとした食感と中のふんわりとした食感がいい。次回作るときはシナモンを加えてみたり一晩浸したりしたらもっとおいしくなるのではないかと思案する。

 

 塩気が欲しくなり肉まき豆腐をぱくり。うんうん。しっかりめの味付けなのだが豆腐のおかげで味の濃さと豚肉の油っぽさを軽くする。そしてボリュームも出る。個人的には少し重く感じたのでサラダ菜で巻いて食べたらいい組み合わせかもしれない。

 

 玄霧先生は表情こそ変わっていないが食事を楽しんでいるのが雰囲気でわかる。これこそ料理人冥利に尽きるというものだ。まあ、将来その道に進むことになるかは不明確だが。

 

 おいし。

 

 

               ☆   

 

 

「ごちそうさまでした」

 

 お腹いっぱいで満足だ。あっという間に朝食を終え、さっさと後片付けようと立ち上がる。

 

「浅神君。少し座ってください」

 

「えっ。はい」

 

 玄霧先生に待ったをかけられ再び席に着く。

 

「昨夜の件ですが」

 

「ぅ」

 

(無断外出のことかー。有耶無耶に終わったからお咎めなしだと思ったのにー。そんなことはなかったかー)

 

 外出禁止かなーと諦観する。

 

「蒼崎橙子の所在は把握しているのですか?」

 

「無断外出をしたことは悪いことだと反省していますのでなにとぞ外出禁止だけは───へ?」

 

「ですから、蒼崎橙子の所在です」

 

「い、いえ。まだ、です」

 

「だと思いました」

 

 玄霧先生はポケットからメモ帳を取り出すと藤乃に差し出す。

 

「彼女の住所です」

 

「! ど、どうしてですか?」

 

「どうして。それは私にもよくわかりません。そうですね。仮に理由をつけるならがんばっている貴女を応援したい、といったところでしょうか」

 

(く、玄霧先生が仲間になった! ようやくわたしのがんばりを認めて───)

 

 

「それに駄目だといって素直に言うことを聞く浅神君とは思えませんし」

 

 

 ────────────────────。

 

 ぐうの音も出ない。

 

 事実。外出禁止を言い渡されたとしてもあの手この手で家を脱け出していた自信があるので何とも言えない。

 

(最悪の場合は力づくで押し通っていたかもしれませんし)

 

 身体能力で言えば藤乃の方が強い。統一言語を発する前に無力化することも可能ではある。でもこれは最後の手段だ。これを実行に移すのは退っ引きならぬ状況が起きたときに他ならない。

 

「ですが気をつけてください。私と違い彼女は万能で一流の魔術師です。そして貴女が赴くのはその魔術工房。戦闘になった場合。浅神君に勝ち目はないでしょう」

 

 蒼崎橙子。時計塔の頂点である「冠位」を持ち協会から封印指定を受けたトップランクの魔術師にして卓越した人形師。蒼崎が生んだ天才。非の打ち所のない才能の塊等とと評されている。

 

 そんな彼女に戦いを挑もうとは思わない。

 

 藤乃がしたいのは交渉。そう、ビジネスだ。

 

「ご心配には及びません。わたしは事を荒立てるつもりはありませんし、蒼崎橙子さんとは仕事のお話をしに行くだけです。渾名を呼ぶなんてこともないので安心してください」

 

「……浅神君が真面目な性格でしたら何の心配もしないのですが、前例がありますので」

 

「あら。そうでしたっけ」

 

 痛いところを突かれとぼける。交渉の席に着いてもらうためのとっておきはある。あれらに興味を示してくれるかは分からないが出たとこ勝負であわよくばといったところか。

 

 ───ああそうだ。

 

「このことは荒耶さんはご存知ですか?」

 

「いいえ。彼には知らせていません」

 

「よかった。内緒でお願いしますね」

 

「時と場合によります」

 

「ぐぬぬ」

 

 展開によっては荒耶さんに告げ口されてしまう。それだけはなんとしても阻止しなくては!

 

 後片付けを手早く済ませ支度をする。荷物が大きすぎるためボストンバッグがはち切れそうだが問題ない。藤乃にとっては荷物置きのスペースを奪う邪魔な物でしかなかったのでいい機会だった。集めた張本人だが。

 

 玄霧先生に買出しを頼み目的地へ向かう。

 

「めざせわらしべ長者!」

 

 

               ☆   

 

 

「───なんだって? おまえ、執行者じゃないのか?」

 

 影絵の魔物を螺子で押さえつけた状態で会話が始まった。

 

 尼僧服のお陰で傷ひとつないが精神はかなり磨り減っている。目にも止まらぬ早さで攻撃をしかける魔物を避け続け、部屋に張り巡らされたルーン魔術の罠を掻い潜り、一切の反撃をせずに逃げ回ることかれこれ一時間。

 

 こちらから攻撃しないことを不思議がった橙子さんが攻撃の手を休めてくれたおかげでようやく一息つくことができた。魔物の本体である幻灯機を真っ先に破壊しようと考えたが、避けられない速度ではないしゼロシフトの練習にもなるのであえて壊さなかった。

 

 あとで弁償することになるかもしれないし。

 

「わたしは。仕事の依頼に。来たものです」

 

「なんてことだ」

 

 橙子さんは頭を乱暴に掻きそのまま頭を抱えてしまった。不幸中の幸いか戦闘を行っていたのは一階の廃墟のためその他の階には影響はないが酷い有り様だった。

 

 時間切れで投影した螺子が消滅すると魔物は幻灯機の中に戻り、幻灯機も静かに停止した。橙子さんは深いため息を吐くと指を鳴らす。すると抉られた壁や折れた柱が復元した。

 

 なるほど。魔術師にとって工房とは研究室であり要塞でもある。やってくる外敵を確実に処刑するためのものでもあるわけだ。生き延びることができた自分は幸運だろう。

 

「基本的に私は自分から依頼を受けることはしない。自分から売り込むことはあるがね。まあ折角ここまで来たんだ。話だけでも聞いてやる」

 

「ありがとうございます。よいしょっと」

 

「……先ほどから気にはなっていたがその大荷物は何だ? まさかここに泊まるなんて言わないよな」

 

「───その手がありましたか」

 

「莫迦か。信用に足らんやつを工房に置くわけないだろうが」

 

 わたしはぱんぱんに膨れたボストンバッグを縦にしてリュックサックのように背負っている。重量自体はそこまででもないが重心がずれてしまうのでいまいち機動性に欠けていた。それに胸が圧迫されて苦しい。

 

 冗談を軽くいなされ橙子さんの後を着いていく。四階まで階段を上がりオフィスに案内される。適当に座っていいぞと言われボストンバッグをテーブルに乗せソファーに腰を下ろす。

 

「ふう」

 

「んっんん」

 

 乱雑に積まれたパンフレットやブラウン管テレビの山を見てレトロな雰囲気に呑まれそうになったが橙子さんの咳払いで現実に引き戻された。橙子さんは眼鏡を着用して性格を切り替えていた。椅子にどっしりと構えこちらを見据える。

 

「それで? 私に依頼があると言っていたけどそれはこちら側の依頼ということでいいかしら?」

 

「はい。人形師である蒼崎橙子さんに友だちの新しい身体を作ってもらいたいんです」

 

 うーん。橙子さんは煙草に火を着け一口吸う。煙草の銘柄は「煙龍」という高価な代物らしい。一般の煙草より臭いが渋くて思わずむせてしまった。

 

「あー。ごめんなさい。未成年だったわね」

 

「いえ、お気になさらず」

 

 眼鏡を掛けた橙子さんは穏やかで優しい。酷薄で冷淡なペルソナとのスイッチの切り替えができるのは識っていたが、実物を見てみると空気ががらりと変わるのを肌で感じて吃驚した。

 

「お友だちの身体、ね……。その子は病気か、それとも五体のいずれかが欠損しているのかしら?」

 

「癌です。既に全身に腫瘍が転移していて治る見込みはないそうです。そこで───」

 

「私にその子の容れ物を作ってほしい、と」

 

 はい、と頷く。橙子さんは吸い終わった煙草を捨てると困った表情を浮かべた。予想はしていた。

 

「五体満足の身体を作れるか否か、と言ったら作れるわ。でもね、あなた───お金はあるの?」

 

 金銭面。浅上の家なら札束をどんと出せるのだろうが残念ながら今の自分は浅神だ。大金を用意できるはずもない。荒耶さんに頼めば或いは、いや、無理だろう。

 

「お金は、ないです」

 

「ほらね。こっちも慈善事業じゃないのよ、その子のために私の居場所を突き止めて遥々と足を運んだことには感動するけど、やっぱり先立つものがないとね」

 

「はい。なので物々交換でお願いします」

 

「ええっ?」

 

 驚愕というよりは困惑といった表情の橙子さん。根は人情深くてロマンチストと噂の橙子さんはしばし黙っていたが、見てからもう一度考えるとのことで第一関門を突破した。なお、冒頭の戦闘は予期していなかったため関門の内には数えない。

 

 

               ☆   

 

   

「こちらになります」

 

 ボストンバッグから動物の頭蓋、拉げた金属、千切れた縄、赤い虫の入った瓶、蛇の脱け殻と見るからにがらくたなそれらを卓上に広げた。

 

 がたんと椅子が倒れた。橙子さんが勢いよく立ち上がり身を乗り出したからだ。目を見開きがらくたを凝視する。

 

「───はは。これは驚いたわ」

 

 眼鏡の位置を直すと藤乃を見つめる。

 

「妖怪の骨に日緋色金、菩薩が持つ羂索の切れ端、これはまさか酒虫かしら? 四本足の蛇……蛟の脱け殻まで!」

 

 興奮を隠しきれておらず目が充血している。

 

「いかがでしょう。依頼を受けてくださいますか?」

 

「魔術的な意味のある骨董品をこれだけ見せられてノーとは言えないわ。いいわよ。あなたの依頼を受けましょう」

 

「っ! ありがとうございます!」

 

 第二関門突破。交渉が成立した。いやあ、修行中にいろいろ拾ってきては荒耶さんに捨ててこいと言われ厳選に厳選を重ねた代物だ。これで断られたら体で支払うしかないかなと思っていた。

 

「よくもまあ集めてきたわね。大変だったんじゃない? こんなに集めてくるのは」

 

「修行をしにそういった秘境や魔境に赴くことが多いのでそのついでにといったかたちですね。本来は倍の数があったのですが、お義父さんに不要だ、と勝手に捨てられたりしたので」

 

「なっ!? 勿体ないわねー。価値の分かる魔術師に売れば喜んで大金を積んでくるでしょうに」

 

「お義父さんはそういったものには興味ないので」

 

「ふうん。つまらない人ねあなたのお父さんって」

 

 どこかで荒耶さんはくしゃみでもしているのでしょうか。荒耶さんの蔑みで大いに盛り上がること盛り上がること。

 

「あ。そういえばあなたの名前を聞いていなかったわね」

 

「そう言えばそうですね。では改めまして、わたしは浅神藤乃といいます。へっぽこの魔術使いです」

 

「私の仕掛けた罠の悉くを逃れたくせにへっぽこだなんて自己評価が低すぎじゃない? ん。浅上……?」

 

 顎に手を当て、思い出したかのように立ち上がり本棚からファイルを取り出す。目当ての書類があったのかそれを抜き取り戻ってきた。

 

「浅上藤乃。長野県諏訪鐘市出身。浅上建設の令嬢」

 

「よくご存知で……」

 

「随分昔に新聞に載っていたのよ。行方不明の少女を捜しているっていう記事をね」

 

「えっ」

 

 

 

「あなた、誘拐されたことになってるわよ?」

 

 

 ……………………………………………………。

 

(荒耶さ──────────んんんッ! え? あなたを、犯人です? というか事後処理してなかったんですか! そういえばそのまま出ていきましたね! はい!)

 

 速報。わたしは誘拐されていた。

 

 疑問さえ抱かなかったがそういうことらしい。衝撃の事実。お母さんと十年近く連絡を取っていなかったため世間でどういった扱いになっているのか全く知らなかった。

 

(一度、会いに行った方がいいのかもしれませんね)

 

 ───浅神藤乃。帰郷を決意する。

 

 

               ☆   

 

 

「ところであの妖怪の頭蓋ってどこで手に入れたのかしら?」

 

「子供の頃に自分で退治しました」

 

「えっ」

 

「えっ」

   




   
お読みいただき有難うございます。 
   
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