【凍結】麻賀禮(まがれ)   作:あらやだ

16 / 35
   
   不定期更新   
   


七捻り

   

「良かったです。無事に仲直りすることができたのですね」

 

「はい! 玄霧先生のおかげでちゃんとお話しすることができました!」

 

「そうですか。それはよかった」

 

「ところで先生」

 

「はい。なんでしょうか」

 

 

「どうしてわたしは正座をさせられているのでしょう?」

 

 

 そう。

 

 わたしはリビングにて正座していた。背筋をピンと伸ばしてそれはそれは素晴らしい正座だった。

 

 おまけに統一言語で固定されているのでうんともすんともいわなかった。

 

「おやおや。報連相を怠った浅神君は怒られる謂れがないとでも?」

 

「すいませんでした……」

 

 弁明の仕様がない。

 

 お母さんとの和解が成功し帰ろうとしたのだが、今日くらいは一緒にいてくれてもいいじゃないと無茶を通されそのまま浅上の家で過ごしたのだ。

 

 しかもお母さんと同じベッドで。

 

 この体になってから女体というものに耐性が付いたと思ったが、自分以外の女性の身体には意味を為さなかった。

 

 隣で寝ているお母さんの匂い、吐息、仕草に心拍が増えて平静を保つのに苦労した。抱きつかれたときに声をださなかった自分を褒めてあげたいほどに。

 

 結局、心の安全装置が作動して意識を落としたので事なきを得たが実の母親に上擦ってしまうなんて禁忌もいいところだ。

 

 朝御飯までご馳走になり今度こそ帰ろうとしたのだが、買い物に付き合って欲しいというお母さんのお願いを断ることはできず一日中付き合うことになった。そして、藤乃は着せ替え人形の如く衣装替えをを行い二桁を優に越える私服を手に入れた。

 

 両腕が紙袋でいっぱいになるなんて初めてだったので、柄にもなくはしゃいでしまう。それは親子で買い物に来ているからということでもあるだろう。

 

 その日の夜はわたしが料理を振る舞った───といっても新玉ねぎのまるごとコンソメスープとアボカドとサーモンのポキ、そしてフライパンで作ったローストビーフの三品だけ。

 

 お母さんは舌鼓を打って喜んでくれた。それと同時に対抗心を燃やされ料理対決をすることになった。母親としての意地らしくまだまだ勝ちは譲れないそうだ。この時代にはまだ広まっていない調理法を用いたためわたしは不正しているようなものだが。

 

 

 そんなこんなですでに四日も経っていた。

 

 

 我に返ると時すでに遅し。

 

 汗腺が一気に開き焦燥感に囚われた。

 

 お母さんに事情を説明すると名残惜しそうにしていたが、約束を違えることを良しとしなかったので渋々と了承した。別れ際の最後まで見送りしてくれたので後ろ髪を引かれそうになったが涙を呑んで実家を後にする。

 

 そのあとはお決まりのパターンだ。

 

 玄関を開けた瞬間に統一言語で身動きを封じられた。

 

 そして冒頭に至る。

 

「期日は設けないので帰ってくる際に一報いれること」を忘却して帰ってきたので全面的にわたしが悪い。

 

 報告、連絡、相談もしていないので殊更に悪い。

 

(確実に怒ってらっしゃる!)

 

「まあ後押しした私にも責任がありますし、今回は特にペナルティはありません」

 

 ───え?

 

「どうやら浅神君は最善を為すことができたようですね。浅神君の表情を見れば分かります。ならば私からはもうこの事に対して追及することはありません」

 

 【あなた」「は」「うごける】と固定を解除してもらったわたしは痺れた足を庇いながらその場に立った。

 

「浅神君が本当にやりたいことをやれたのならそれでいいのです。迷った生徒を正しい方向に導くことが先生なのですから」

 

(く、玄霧先生……! なんていい人なんでしょう。これは聖職者といっても過言では───)

 

 

「というわけなので、今から遅れた分の勉強を行います。覚悟しておいてください」

 

 

(過言でした……)

 

 わたしは五月の終わりまで遠出を禁じられてしまい、お出かけをすることなく春は過ぎていった。

 

 燕の囀りを遠くから感じながら。

 

 

               ☆   

 

 

 六月某日。ジューン・ブライド。

 

 自然の緑が色濃く深まりつつある今日。

 

 リビングでわたしと玄霧先生は衝突していた。

 

 テーブルを挟んで相対する。

 

 わたしはキッと玄霧先生を睨み付けているがとうの本人は普段の柔和な表情を崩さない。

 

「騙していたんですか……」

 

 玄霧先生は答えない。

 

「先生のことを信じていたのに……」

 

 玄霧先生は答えない。

 

「いままでのことはなんだったんですか……」

 

 玄霧先生は答えない。

 

 ──────────!

 

 わたしは吼えた。

 

 

「まだ受験してないのに合格通知が届いてるのはどうしてですか!?」

 

 

 テーブルの上には一枚の封筒。

 

 宛て名は私立礼園女学院。

 

 それは乱雑に開封され、中身の合格通知と入学案内、パンフレット等が同じようにテーブルの上に置かれていた。

 

「───はあ。分かりました。答えましょう」

 

 黙秘することができないと悟った玄霧先生は深い溜め息を吐くとポケットから礼園とは別の封筒を取り出した。

 

 宛て名は浅上麻雪。お母さんからだった。

 

 ───内容としてはこうだ。

 

 ───浅上康蔵がわたしの生存を識っていて。独自に調べられていたということ。

 

 ───あまりにも杜撰な情報操作を浅上の力で大幅に修正を施したということ。

 

 ───広告塔にするために礼園在学中は浅上の名義を与えるということ。

 

 ───高等部の中途入学では遅いので今年の中等部の二年生から学校に通うということ。

 

 つまり、多額の寄附金を出資している浅上のご息女だから受験しなくても合格でいいということらしい。

 

(入試事前相談のようなものでしょうか───なんだか)

 

「やるせないです」

 

 つい言葉に出ていた。

 

 自分の力で合格を勝ち取るものだと思っていた。

 

 そのために玄霧先生に家庭教師として指導してもらっていた。

 

 でもそれは無駄になってしまった。

 

「確かにこれまでの受験勉強は無駄だったのかもしれない。しかし、これまでの努力は無駄ではありません」

 

「玄霧先生……」

 

「受験勉強がなければ私と浅神君は出会わなかったでしょうし、おそらく巫条霧絵を助けることもできなかったでしょう。青崎橙子を見つけることもできず、もちろん母親と再会することも」

 

「───あ」

 

「意味は有るのです。無意味なものなどありません。貴女の努力は私が良く識っています。仮に受験を受けていても確実に合格していたでしょう」

 

 ですからそんな悲しい顔をしないでください。玄霧先生は困ったようにハンカチを差し出す。

 

 頬に触れてみると水滴が伝っていた。知らぬ間に泣いていたようだ。ハンカチを受け取って悔し涙を拭う。

 

「この封筒は浅神君が実家に帰られている時に届いたのです」

 

 玄霧先生はおもむろに語りだす。

 

「失礼ながら先に中身を確認させていただきました。そして君に伝えるにはあまりにも非道い話だと伝えることを憚りました。ひた向きに受験勉強を頑張ってきた君には」

 

 それは藤乃のことを想ってのことだった。

 

「いずれは話さなければならない。だというのに君に見つかってしまうまで話すことができなかった。真実を識った君が傷つくことを分かっているから。いいえ、その優柔不断さが更に君を傷つけてしまった。問題を先延ばしにしていた私の落ち度です。本当にすみません」

 

 ───悪意がない。だから始末が悪い。

 

「……玄霧先生は悪くないです。わたしが浅神藤乃である限り付いて回る評価です。今回のことは寧ろありがたいことだと捉えることにします」

 

「というと?」

 

「浅上という後ろ盾を得られたからには行動の幅が広まったも同然。そして、お金について苦労することがないということ! つまり、食材のグレードアップを図れます!」

 

「ふふ、なるほど。それは頼もしい限りです」

 

 玄霧先生は朗らかに笑った。わたしもつられて笑ってしまった。

 

 これでこの件についてはお仕舞い。

 

 いままでの苦労は水の泡になったが決して無駄ではなかったのだ。

 

(それにやっと羽を伸ばせますし)

 

 その日の夕食はそれはそれは豪勢なものだった。

   

   

               ☆   

   

   

「どうでしょうか。似合っていますか?」

 

「ええ。とってもかわいいわ」

 

「ありがとうございます。来週から夢に見た礼園女学院で学校生活を送れるなんてとってもわくわくしてきました」

 

「勉強をがんばっていたものね。いろいろあったみたいだけど、何はともあれ合格おめでとう」

 

「うふふ。ありがとうございます。あ。お体の調子はどうですか?」

 

「おかげさまで『健康』そのものよ。調子が良すぎて困ってしまうほどに。……本当になんてお礼を言ったらいいのかしら。まるで都合のいい夢の中みたい」

 

「こちょこちょこちょこちょ」

 

「えっちょあっはやめ───!」

 

「これでも夢の中なんですか?」

 

「───っもう。分かったから! ちゃんと現実ですー!」

 

「はい。よくできました」

 

「忘れているかもしれないけれどわたしのほうが年上なんですよ?」

 

「やだなあ。忘れてなんかいませんよう」

 

「尚のこと敬いなさいっ」

 

「あたっ。分かりました」

 

「分かればよろしい」

 

「うふ、うふふふふふふ」

 

「あは、あはははははは」

 

「それでは行きましょうか───巫〝浄〟さん」

 

「ええ。行きましょうか───浅神さん」

   

 その日。とある病院で一人の女性が息を引き取った。

 

 病魔に冒されいつ死ぬか判らない死の恐怖に怯えていたであろうその女性の最後の表情は、笑顔だったという。

 

 

               ☆   

   

   

 住宅地とも工業地帯とも取れる場所に建っている廃ビル。蒼崎橙子が営むアトリエもといよろず請け負い会社・伽藍の堂。そこの四階で女性が三人向かい合っていた。女三人寄れば姦しいということわざがあるが会話は至って静かであった。

 

 伽藍の堂の主・蒼崎橙子と依頼人・浅神藤乃が話す。

 

 なお橙子さんは最初から人情溢れる眼鏡モードだ。

 

「隠蔽工作は滞りなく済んだわ。後は新しい戸籍だけど……それは専門外だからあなたの実家の方でなんとかしてもらうしかないわね」

 

「ありがとうございます。それでしたらすでにお願いしてあるので問題ありません。あとこちらをどうぞ」

 

「え? 報酬はもう頂いていると思うけど?」

 

「完璧な仕事に対する正当な謝礼です。ご心配なく手に入れた骨董品を換金したものです」

 

「うーん。こんなに頂いちゃうのは心苦しいけど懐が寒いのも事実だし、ありがたく頂くとするわ」

 

「はい。また次の機会がありましたらよろしくお願いします」

 

「お得意様にでもなるつもり?」

 

 まあいいわ、と言いもう一人の女性に尋ねた。

 

「いいお友だちを持ったわね───巫浄霧絵さん」

 

「はい。わたしには勿体無いくらいです」

 

 全体的に薄い色合いの長くて綺麗な髪の少女。長い入院生活で痩せこけた姿ではなく程好く肉付きのいい健康的な姿だった。そして何より年齢が藤乃と同じくらいになっていた。

 

「事故にあった十年前に魂の成長が止まっていたのかしらね。精神を移し変えたら素体の方が若返るなんて予想だにしなかったわ……興味深いわね」

 

「ちょっと橙子さん?」

 

 冗談よ冗談、と手を振って否定するが興味があるのは間違いないだろう。藤乃もビデオの巻き戻しのように霧絵が若返るところを目撃して驚いたのだから。

 

 原作の両儀式も事故にあってから成長が止まったという描写があったので霧絵にも同様のことがあってもおかしくはない。

 

 荒耶に二重存在を与えられて能力に目覚めた彼女だが、素体に移ることによって変化が起きたのかもしれない。

 

(───起源に近づいている?)

 

 起源【虚無】。原作では両儀式、浅上藤乃、巫条霧絵の三人が該当する。中でも式は起源に近すぎるためその衝動に引きずられている。

 

 だが、この霧絵は荒耶に二重存在を与えられていないためどういった能力を秘めているのか未知数だ。

 

 『月姫』では、巫浄は巫女の家系。盲いることで向こうの世界を視えるようにする能力であり、儀式により感応能力を継承することができるというものだったはず。

 

(感応は自らの体力を分け与え、対象の生命力を増幅させる能力。共感はまた異なり、対象が傷を負うとフィードバックを受けるという欠陥があったはず)

 

 荒耶の魔術講座にてそのような授業があったなと思い出す。そういえば最近は連絡すら取れていないが元気にしているだろうか。玄霧先生の話によると相変わらずらしいが。

 

「あの、蒼崎さん」

 

「うん? どうしたの巫浄さん。それと橙子でいいわよ。名字で呼ばれるのは苦手なの」

 

「はい。橙子さん。わたしにも魔術って使えるのでしょうか?」

 

「使えるわよ」

 

「やっぱり無理で───え?」

 

「素体には平均的な魔術回路も作り込んでいたから問題なく使えるはずよ。ただ起動実験はしていないから最初は『開ける』こともままならないと思うわ」

 

「魔術回路を『開ける』?」

 

「あー。魔術の知識はもってないのよね。電化製品とかの電源スイッチのオンをイメージしてくれればいいわ。言霊とか型に嵌めてスイッチを入れるのが一般的かしらね」

 

 中には精神の昂りでスイッチするやり方もあるけど、と橙子さんは手近にあった懐中電灯を点灯させて説明した。なるほど分かりやすい。

 

 藤乃は魔眼とともに魔術回路も一緒に活性化させるためやや毛色が違うが、概ね説明通りの方法だった。それは『Fate』の衛宮士郎の呪文が格好良かったからそれを真似たというのもなきにしもあらず。

 

「言霊?」

 

「自己暗示みたいなものよ。スタートとかセットアップとか……うん。百聞は一見に如かずね。浅神さんお願い」

 

「はい───Spin/ON」

 

 魔眼と魔術回路の活性化。両の目が歪曲の魔眼に切り替わり魔術を扱う擬似神経が励起する。

 

 投影魔術を使って六十センチはある大きな螺子を生み出す。螺子を選んだ理由は特にない。

 

「これがわたしのスイッチです。わたしの場合は魔眼のスイッチも一緒に入ってしまうのであまり参考にはならないかもしれませんが……」

 

「凄い綺麗な目……宝石みたい」

 

「ふふ、ありがとうございます」

 

 

「なんなんだおまえは」

 

 

「え?」

 

 橙子さんはやつれたような顔でこちらを見た。なぜか眼鏡がずれてしまっている。はて。何か粗相をしてしまったでしょうか。やはり螺子を投影したのは不謹慎だったかもしれない。この間使った武器がこれだったからでしょうか。

 

「ノウブルカラー……ランクは判らんが、なんて出鱈目」

 

「ノウブル、カラー?」

 

「魔術協会における魔眼のランク付けだ。他人の運命そのものに干渉する特権行為を持つもの───そういった強力な魔眼はノウブルカラーと呼ばれている」

 

「いえいえ、わたしの歪曲の魔眼は運命なんて大層なもの弄れませんよ。せいぜい物体を大きさや硬さ関係なしに曲げることができるくらいです」

 

「その魔眼がその程度なわけがあるか。いいか。国外に出るときはその魔眼を使わないことだ。魔眼蒐集列車の奴らに見つかったら文字通り目が無いからな。オークションで売られるやもしれん」

 

「ひっ!?」

 

「そうだな。名門の財力で数十億といったところか」

 

「数十億円……」

 

「いや、ドルだが?」

 

「────────────────────」

 

「とにかく、だ。気をつけろ。実力があるくせに知識が伴っていないおまえはこちらの世界を甘く見すぎている。教育を放棄した父親にも腹が立ってしょうがない!」

 

「は、はい」

 

 怒鳴られたことにより驚いて螺子を落としてしまったが、丁度時間制限により投影した螺子が飴細工のように砕けて消滅する。

 

 橙子さんは落ち着いたのか眼鏡をかけ直すと一息着いて煙草を取り出して火を着ける。

 

「私は心配だからこう言っているのよ。あなたは自由というか、何を仕出かすか分からないから」

 

 ───それは荒耶さんや玄霧先生に散々言われ続けたことだが、やはり橙子さんの目からみてもそう思うらしい。

 

(自分に正直に生きているだけなのに)

 

「あー。大分話が脱線しちゃったわね。人それぞれスイッチの入れ方は異なるからそれはまた追い追いね。今日はこのくらいにしてまた後日会いましょう。それでいいわね? ふたりとも」

 

 

               ☆   

 

 

 二人を事務所から追い出した橙子は窓辺から二人が敷地内から出ていったところを見届けると椅子に沈みこむように座った。

 

「退魔四家が浅神と巫浄か。とんでもないやつが舞い込んできたな。まったくどうしたものか……」

 

 そういえば奴は出会いからして異常だった。

 

 手を抜いていたとはいえ幻灯機の魔物を容易くいなし無力化するという予想の外をやってのけた依頼人。友人のためとはいえ神秘を内包した骨董品を躊躇いなく手放すそのあり方は、魔術師という生き物としては異質の中の異質だった。

 

「歪曲の魔眼か……。あの時は気づかなかったが、だが、どうにも腑に落ちない。あの瞬間移動はどう説明する」

 

 魔物の猛攻を一撃も食らうことなく避け続けたあの技術。本人曰く空間を歪めた反動で移動するという話だが。

 

 ───空間とは、そもそも概念だ。

 

 時間とともにあらゆる事象の根本的なカタチ。それ自体は全方向への無限の延長の表象。断じて物体ではない。

 

 それをいとも簡単にねじ曲げた。

 

「浅神藤乃……あいつは何者なんだ」

 

 正体不明。解析不能。

 

 

 浅神藤乃。彼女がこれからもっと厄介事を持ち込んでくるということを橙子はまだ識らない。   

   

 




   
お読みいただき有難うございます。 
   
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。