【凍結】麻賀禮(まがれ) 作:あらやだ
不定期更新
あけましておめでとうございます
橙子から忠告を受けた後、あてもなくのんびりと歩きまわることにした藤乃と霧絵。バスや電車を使うという選択肢もあったがどこを歩いても目を輝かせる霧絵に配慮してエスコートする藤乃だった。なによりも天気も晴れて風も凪いでいる今日は絶好の散歩日和だ。
あれは何かしら? これは何? あっちに行ってみましょうと、好奇心旺盛でガンガンいこうぜな霧絵。それもそのはず。病室の窓から視える世界しか識らない霧絵にとって今現在は、心待ちにしていた理想であり未来だから。
「浅神さん。はやくはやく」
「そんなに急ぐと転んでしまいますよ」
「もうっ。子ども扱いしないっ」
「はいはい」
遠くの方で手招きしている霧絵に追いつくため小走る。
───願わくば、まったくもって平凡なこの日常がずっとずっと続きますように。
心の底からそう思った。
☆
心の底からそう思った。
思っていたのだ。
(わたしは呪われているのでしょうか。それとも幸運Eの星の下に生まれたのでしょうか。英霊としてのステータスではCだったはずなのに……ほんとうに)
「どうしてこうなった」
「おい、何か言ったか?」
「……いえ。見逃していただけないものかと」
「はあ? こんなトコに迷いこんできたウサギちゃんをよ、逃がすワケねーじゃん」
「ですよねー」
四人。男が藤乃と霧絵を取り囲むように陣取っていた。この時は知る由も無かったが、彼らは『痛覚残留』において浅上藤乃を凌辱していた不良たちだ。
二人がいるのは小汚い廃屋。ここに入る際にバー蜃気楼という名前の看板を辛うじて読み取ることができた。乱雑に置かれたパイプ椅子と一つだけ残されたビリヤード台が見えた。その台の上には散らばったボールとキューがある。
どうしたものかと思案していると不意に袖口を引っ張られた。霧絵が申し訳なさそうにこちらを見ていた。
「ごめんなさい。わたしが無鉄砲だったばかりに」
「安心してください。魔術師でもないただの不良に遅れをとる浅神藤乃ではありません。霧絵さんのことは必ず守ります」
「浅神さん……」
上目遣いで見つめられドキッとしてしまう。母親のときもそうだが同性に惹かれてしまう自分は魂の性が男性なのではないだろうか。生物としては種を繁栄させなければいけないのだが、自分が男と性行為をしている姿を想像すると吐き気がする。
よし。コロコロしちゃうぞ☆
「すいません。帰らせていただきますね」
藤乃が霧絵の手を引いて出口に向かうとそれを阻むように男が前に出る。残りの男も逃がさないように背後に回っている。
「おいおいおい。すんなり帰すと思ってんのかよ、オレたちと遊んでいけよ」
「───そうですか。それならわたしにも考えがあります」
「へー。どうすんの?」
「押し通らせていただきます」
「へ」
ゆったりとした足取りで男の目前に出ると、掌を相手の胸に押し当てて螺旋巻拳をお見舞いする。踏み込みもせず捻りも加えていないが威力は十二分。手加減はするが容赦する気は一切なかった。
次の瞬間、男は宙を舞って壁に叩きつけられていた。きりもみに吹っ飛んだそれはそのまま床に落ちて動かなくなる。これで一人減った。
「な───」
狼狽えた隙を見逃さずビリヤード台の方に走ると霧絵に隠れるように言い、ボールを手に取り近くにいた男の腹部に投げつける。もちろん。回転の技術を用いてある。
「ぐおおおぉぉ」
男は顔面蒼白になりその場に踞った。回転の効果により内臓を絞ったことにより腹痛に苛まれて再起不能だろう。これで残りは二人になった。
「調子に乗んじゃねえ!」
「っ!」
ガン。一人がパイプ椅子で殴りかかってきたが、回し蹴りの要領で螺子巻発条脚を放ったところ勢い余ってパイプ椅子を貫通してしまった。殴りかかってきた男は青ざめて呆然としているがその隙を見逃す訳もなく、渾身のレバーブローによりダウンした。バタン。貫通したパイプ椅子を振り払い落とす。
(ラストは?)
倒れている男は三人。あと一人。しかし辺りを見渡しても誰もいなかった。逃げたのだろうか。ならば此処には用はないので霧絵を呼び戻してさっさと脱出しよう。そうしよう。
「このアマ。よくもやってくれたな!」
「あ、浅神さん……」
「巫浄さん……」
ビリヤード台の影から探していた男が現れた。その手にはナイフが握られていて霧絵の首に突きつけていた。人質だ。霧絵の安否が最優先のため回転も螺旋巻拳も使えない。見るからに霧絵が怯えている。早くなんとかしないと。
「……ナイフを下ろしていただけませんか」
「オイオイオイオイ。こっちは仲間をやられてんだ。オトシマエはつけてもらわねえとな」
「といいますと」
「そこで脱いでもらおうか、ホラ」
「あなた、最低です……!」
下衆の極み。不潔極まりない。
頭に血が上る。怒りがこみ上げてくる。
落ち着け落ち着け落ち着け落ち着け落ち着け落ち着け落ち着け落ち着け落ち着け落ち着け落ち着け落ち着け落ち着け落ち着け落ち着け落ち着け落ち着け落ち着け落ち着け落ち着け。
───自分のせいで藤乃に危害が及んでしまった、そう感じた霧絵がいたたまれなくなり叫ぶ。
「浅神さん! この人の言うことなんて聞かなくていいです! わたしは大丈夫ですから!」
「オマエは黙ってろ」
「あうっ」
霧絵の首筋から血が伝う。抵抗したため薄皮を切ってしまったらしい。恐怖で涙目になる霧絵。
怪我をした。誰が? 霧絵が。
───藤乃はキレた。
グツグツと頭が沸騰しているようだ。
歪曲の魔眼が開眼する。憎悪と憤怒が渦巻く螺旋の奔流。
藤乃は殺意をこめた目で睨む。
「その手を放しなさい」
「な、なんだよその目は!? オラ、このナイフが見えねえのか! 変なマネすんじゃねえ!」
「
右回転と左回転の螺旋がナイフを捉えて歪曲させる。
バキン。ナイフは根元からねじ曲がり刃は折れてさらにバラバラに砕けた。
「あ、、ひいいいい……!!」
「浅神さんっ」
恐怖したことによりようやく霧絵を解放する男。不可思議な現象を前に下卑た思想は霧散したようだ。しかしながら、降参したとしても許す気はない。
震える霧絵の頭をそっと撫でて安心させると淡々と男に迫る。
「どうしました。落とし前をつけさせるのではないのですか?」
「く、く、来るな! 来んじゃねえ!」
可哀想に尻餅をついて後退る男。目は血走り、鼻水を流し、涎を垂らし、汗をかき、歯を震わせ、尿を漏らしている。
無様にビリヤード台の裏に這いつくばって隠れるが、そんな行為は徒労に終わる。この目の前では。
「
ただ発音するだけ。雑巾絞りよりも手軽い。ビリヤード台はミシミシと断末魔をあげてねじ折れ、プレス機や破砕機にかけられたように粉々に砕ける。からん、とキューが弾かれて床を転がる。
舞い散った粉末で視界が遮られた。逃げられないよう直ぐ様回転の技術の応用で空気を循環させる。木っ端と埃にまみれた憐れな男は腰が抜けたのか、その場でバタバタとのたうつ。
あは。小さく笑うと不意に後ろから抱きつかれる。
「浅神さん、もう十分ですから、そのくらいで」
「……巫浄さんは優しいですね」
「わたしのために怒ってくれたのでしょう。もう大丈夫だから」
「分かりました。では最後に」
(とびっきりのホラーで締めましょうか)
コツンコツン。わざとらしく音をたてて歩み寄る。
男は金縛りに遭ったように動かない。荒い呼吸だけが男に許可された行動だった。まるで閻魔に判決を言い渡される罪人のようだ。
「闇に惑いし哀れな影よ」
下す。処す。
「人を傷つけ貶めて」
咎め。戒め。
「罪に溺れし業のたましい」
購い。償い。
「いっぺん、死んでみる?」
「──────────」
ブクブクと蟹のように泡を吹いて気絶する男。やり過ぎたとは思わないがこれを機に改心してほしいと思う。一応木っ端を枕代わりに差し込み気道を確保させた。殺したかっただけで死んでほしくはなかったからだ。
念のため他の男たちも生きていることを確認し二人は廃屋から出ていく。戦闘の間、思わず魔眼を使ってしまったが魔術は使っていないので事後処理はしなくてもいいだろう、と楽観的に考える。その実、面倒臭かっただけなのだが。
余談だが、藤乃の行いは数年後にこの辺りの都市伝説「ねじ曲げ女」として伝わってしまうことになる。
☆
「……………………………………………………」
「……………………………………………………」
すっかり日も暮れてしまった。白熱灯の光が道標となって帰路を照らしている。冬眠から目覚めた虫たちの鳴き声がリリリと響く。悪漢を懲らしめた藤乃は霧絵と一言も話せないでいた。
守るためとはいえ大立ち回りを演じたのだ。言葉で解決できなかったため暴力に頼ってしまった。そのことで霧絵に不快感を抱かせてしまったかもしれない。彼女は優しい人だから。
歩きながら霧絵を見つめているとふと目が合った。
「あの、浅神さん」
「あ、はい。なんでしょう」
「怒ってますか」
「───はい?」
「わたしが秘密基地みたいだ、と立ち入り禁止の地域に入ったがために危ない目に合わせてしまって」
「ああ、そのことですか」
「それに足手まといになってしまって」
「それは、仕方ないですよ。巫浄さんは普通の人なんですから」
「でも浅神さんは魔術は使っていませんよね」
「まあ、鍛えてますから」
「浅神さん」
「はい」
「わたしに戦い方を教えてくれませんか?」
「なのっ?!」
予期せぬお願いに素っ頓狂な声をあげる。伽藍の堂でも魔術を習いたいと言っていたのでそれは純粋に興味があるのだろうと流していたが、戦い方を教えてほしいというのは御淑やかな霧絵の口からは相応しくない言葉だった。それは他者から見れば藤乃にも言えたことなのだが。
「えっと、どうして」
「今回は浅神さんが守ってくれたけどいつも浅神さんがいてくれるわけじゃないわ。自分の身は自分で守れるようになりたいの」
「といいましても、わたし、誰かに教えたことなんて……」
「ええ。一朝一夕でどうにかなるとは思ってないわ。でも、ずっと守られているだけは嫌なの」
「巫浄さん……」
「お願い、浅神さん」
歩みを止めて向かい合うふたり。霧絵の目は真剣そのもので答えを保留にすること、況してや有耶無耶にすることはできなかった。藤乃は困ったように笑う。
ああそうだ。助けただけで導くことをしないのは非道い話だ。無責任だと思う。自分が地獄から救い上げたのだから尚更だ。藤乃は決心した。
「───分かり、ました」
「っ」
小さくガッツポーズをとる霧絵。そんなにも嬉しいのか手を広げて独楽のようにくるくると回りながら喜びの声を発している。その姿を可愛いなあと目に焼きつけている藤乃。眼福眼福。目の保養になる。
「ではさっそく明日にでも」
「あの、巫浄さん」
「? なにかしら」
「学校が……」
「───あ」
ピタ、と止まりゆっくりと手を下ろす霧絵。そう。藤乃が通うことになる礼園女学院に来週から編入学だ。特例であるため中等部の二年生から通うことになるが礼園は寮生活になるので基本的に寝泊まりは向こうになるだろう。浅上の特権により外出は大目に見てもらえるらしいが。
出鼻を挫かれるとはまさにこのこと。二人とも無言になる。どうにかして霧絵の願いを叶えてあげたいがかなり厳しい。
よし。玄霧先生に丸投げしよう。
「ま、まあ。とりあえず帰りましょうか」
「……そうね。またあとで話しましょう」
玄霧先生なら。玄霧先生ならなんとかしてくれるはず。藤乃は絶対の信頼を寄せている玄霧先生にすがることにした。
実際問題。なんとかしてくれるからである。
びゅう、と風が吹いた。季節は春だが夜は若干肌寒い。防寒着を羽織っていないので寒さが肌に突き刺さるようだった。
それは霧絵も同じで、藤乃の左横に来ると彼女の手を取ってお互いの指と指とを絡ませた。恋人繋ぎである。
「巫浄さん!?」
「冷えてきたから……暖かいでしょ?」
「はい。とても」
「行きましょうか」
ぎこちない足取りで進む。藤乃は胸が爆発しそうなくらいドキドキしているが霧絵は平気なのかと隣を見ると顔を真っ赤にしていた。藤乃もつられて赤面する。
寒さなんてちっとも感じなくなった。
百合の花を幻視する。いや塔かもしれない。礼儀正しそうなヘアピンの女の子が純朴に笑っているような気がする。
───女の子は女の子同士で恋愛すべきだと思うの。
(なにかきこえたっ!?)
お読み頂き有難う御座います。
ことしもよろしくおねがいします。