【凍結】麻賀禮(まがれ)   作:あらやだ

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十捻り

   

 私立礼園女学院の寮監室を、藤乃と彼女は後にした。

 

 

               ☆   

 

 

「なにやら大変だったそうね。入学時期を繰り上げるなんて」

 

 四月十一日、月曜日、早朝。

 

 藤乃の横で藤乃の案内を務める少女が心配そうに尋ねた。

 

 藤乃は彼女が下馬評で聞いてきたのではないと判断して、嘘は言わずにしかし本当のことも言わずに答える。

 

「それはもう。でもおかげで先輩とこんなにも早く再会できたのですからこれはこれでよかったと思ってます」

 

「あら。また随分と口説くのが上手になったのね。あと先に言っておくけれど入学したからには上級生に対して相応な言葉遣いをなさい。貴女だけ特別扱いしては不平がでます」

 

 藤乃たちは中等部校舎の廊下を歩きながら、まるでたまたま出会った知人のような親しさで会話をする。

 

 黄路家の次女。黄路美沙夜と。

 

 ───ああ、ついに彼のお嬢様育成学校に来たのか。

 

 隣に立つ美沙夜を見つめる藤乃。

 

 礼園は初等部と中等部、高等部そして大学部とあるエスカレーター制の学校だ。女学院のため生徒は全て女子。教師も現段階では女性しかいない。まさしく男子禁制の花園と言えるだろう。

 

 ……中身は男性なのだけど。

 

「こちらの教室が浅神さんの学ぶA組の教室になります。担任の教師は大沢迦南(かなん)先生。鷹揚な性格の人だからすぐに打ち解けられる筈よ」

 

 失礼します、と教室の扉を開ける。

 

 

「ああ、今日から編入する浅神藤乃か。話はマザー・リーズバイフェから聞いてる。ようこそ礼園へ」

 

「────────────────────」

 

 藤乃は息を呑んだ。なぜならその教師は礼園にはいない中性的な美人だったからだ。プラチナブロンドのショートポニーテール、中東系の褐色肌という彼女の魅力にあてられた。落ち着きのあるブラウンのスーツを着こなしている。

 

 礼園のアイドル間違いなしだ。男性的な言葉遣いや凛々しい顔つきは相当人気があるだろう。

 

「はじめまして、大沢迦南だ。迦南でいい。教科は保健体育を担当。一応、クレー射撃部の顧問をしてる。興味があるなら一度来てみたらいい、歓迎する」

 

「……はい。よろしくお願いします。迦南先生」

 

 藤乃の言葉に満足したのか迦南はよろしく、と握手をして藤乃の顔を覗きこんだ。距離が近い。

 

「───ふうん。珍しい色。宝石みたいでキレイだ」

 

「っ」

 

 迦南のこぼした言葉に驚く。魔眼は発動していないのに彼女は藤乃の目を───歪曲の魔眼の色をぴたりと当てて見せた。

 

 ……この人は、いったい。

 

「いい加減になさって、大沢先生。浅神さんが困っていますわ」

 

「ああごめん。ちょっと彼女に興味が湧いて」

 

「それと。いくらマザーの後ろ楯があるからと言って言葉遣いも粗暴そのものです。教師として生徒の模範となるよう気をつけてくださいと何度も申し上げているでしょう」

 

 はいはい、とおどける迦南。むむ、と美沙夜は口をへの字に曲げる。……どうやらこの二人は相性がよろしくないようだ。

 

「……私はもう戻ります。浅神さん。困ったことがあったらすぐに言ってちょうだい。力となります」

 

「あ、はい。いろいろとありがとうございました」

 

 では、ごきげんよう。はい、ごきげんよう。

 

 自分の教室へ帰ってしまった美沙夜。

 

 迦南はやれやれとかぶりを振った。

 

「あんなに肩肘を張って疲れないのか。気心の知れた友だちでもいたら変わるんだろうけど───そう思わないか?」

 

「……はい。美沙夜さんはがんばりすぎてしまうから」

 

 藤乃の返答に迦南は驚いたように目を開いた。それは短時間で美沙夜の内を識っていたことに対するものだった。

 

「なんだ。いるじゃないか。そっか。あいつと仲好くしてやってくれないか。ちょっと融通の利かない頑固者だけど悪いやつじゃないんだ。私じゃダメだったけど。おまえならきっと」

 

 ……この人は、いい人だ。

 

 黄路の娘としての黄路美沙夜ではなく、生徒としての黄路美沙夜のことを見ている迦南。得体の知れなさに警戒していた藤乃はすぐに考えを改めた。

 

「わたしは美沙夜さんの友だちですよ」

 

 きょとんとした目で藤乃を見つめる。

 

 そっか、と嬉しそうに頷いて笑った。

 

「じゃ、まずは自己紹介しよう。藤乃」

 

 迦南は先ほどから物音をたてずにこちらを伺っていたA組のクラスメイトを指差して言った。

 

 こちらを観察しているクラスメイトたちはやはり編入生に興味があるのか、整った顔をしている藤乃に期待しているのだろう。

 

 一言も発していなかったので気づいてもいなかった。藤乃は今後苦楽を共にする仲間たちに笑顔で応えた。

 

 

               ☆   

 

 

 自己紹介を終えて教室の一番窓側の席に座る。丁度お日様の光が当たってぽかぽかとしているので眠くなりそうだ。

 

「あの」

 

 隣の席の子に話しかけられる。

 

 髪を襟首あたりの所で切り揃えて額が前髪で隠れないほどに短い。おでこが可愛らしい。あと困り顔。

 

 それがその子を見て感じた感想だった。

 

 ────────────────────?

 

 あれ。この子、どこかで。

 

「お話、いいかな」

 

「……はい。ええと」

 

「佳織。橘佳織です。佳織でいいよ。私も藤乃さんって呼ぶから」

 

 橘佳織。『忘却録音』での犠牲者。敬虔なクリスチャンであり黄路美沙夜が妹のように可愛がっていた後輩。美沙夜が事件を起こす切っ掛けとなった少女だ。

 

「佳織さん」

 

「うん。ちょっと藤乃さんに聞きたいことがあって」

 

「聞きたいこと?」

 

 なんだろう。藤乃は首を傾げた。

 

「黄路先輩と知り合いなの?」

 

「はい。学校見学の際に案内をしてくださったのが美沙夜さんなんです」

 

「そうなんだ。黄路先輩と親しげだったのがちょっと気になって」

 

「はい。ちょっと素を暴きまして」

 

 ええ、と驚く佳織。姉のように敬っている美沙夜の素を暴いたと聞いて詰め寄る。

 

「黄路先輩の素ってどんな感じだったの?」

 

「とても女の子女の子していて可愛らしい姿でしたよ。普段とのギャップがある分より一層」

 

「そうなんだ。私はいつも真面目で優しい質実剛健な黄路先輩しか知らないから意外だな」

 

「……そろそろぼろが出ると思います」

 

「え?」

 

「いいえ。なんでもありません」

 

 その後も藤乃に対しての質問は続き、佳織と交流を深めた藤乃は会話の最中に今後起こるであろう事件について考えていた。

 

 ───橘佳織の死。

 

 理事長の弟である葉山英雄に援助交際を強要され身籠ってしまい、堕胎することも、懺悔することもできず、クリスチャンゆえに自殺もできず。火災の時に逃げずに焼死した。

 

 黄路美沙夜は橘佳織の復讐のために妖精騒動を起こすのだ。

 

(葉山英雄を再起不能なまでにねじってしまえば話は早いのですが、そう簡単にはいきませんよね)

 

 何か手はないのだろうか。

 

 藤乃は課業開始のチャイムが鳴るまでずっと物思いに耽っていた。

 

 

               ☆   

 

 

 午前中の課業が終了して昼食を食べようと席を立った。

 

「藤乃さん。ごはんに行こう」

 

 佳織に案内されて食堂にたどり着く。本日の献立はハヤシライスのようだ。ドミグラスソースの匂いが食欲を刺激する。藤乃はくうとお腹が鳴りそうなのを我慢する。

 

 食事を受け取り二人掛けの小さなテーブルに着くと佳織は両手を合わせた。そうだ。お祈りをするのでした。真似をして両手を合わせる藤乃。

 

「父よ。あなたの慈しみに感謝してこの食事をいただきます。ここに用意されたものを祝福し、私たちの心と体を支える糧としてください。私たちの主によって」

 

 アーメン、と十字を切る。祈る姿が様になっている。余程神様を崇敬しているのだろう。では、さっそく食事をいただく。このハヤシライスは全体の味が深い。これぞハヤシライスという感じだ。たぶん隠し味は赤ワイン。美味しい。

 

「ふふ。おいしそうに食べるね」

 

「家ではキッチンを任せられていて料理の心得があるので、このハヤシライスの隠し味を探っていたところです」

 

「すごい! 料理なんて作ったことないよ。家庭科の授業でクッキーを焼いたくらいで」

 

 焦げちゃったけど、と笑う。

 

 ……そうか。しばらく料理できないのか。調理部があるならそこに見学に行くのもいいかもしれない。

 

「佳織さんは部活動は何かなさっているのですか?」

 

「私は被服部だよ。自分の考えた洋服を作ってて、年に一回だけ展示会が開かれるの」

 

「それはファッションショーのようなものでしょうか?」

 

「ううん。マネキンに着せるだけだよ」

 

 流石お嬢様学校。部活動の規模が大きい。迦南が言っていたクレー射撃部といい、他にも珍しい部活動があるのだろうか。

 

 学校生活に慣れたら部活見学してみよう。

 

 藤乃は残りのハヤシライスを食べながらそう思った。

 

 

 きちんと食後のお祈りをしてから食堂を後にして、教室に戻ってきた。

 

 午後からの授業は玄霧先生とのスパルタ式勉強会で何度もやった範囲なので余裕で受けていた。今のところ藤乃に分からない問題はない。それもそのはず、藤乃が勉強した内容は高校レベルのものが含まれていたためである。

 

 玄霧先生は知ってか知らずか中学レベルに収まらず高校レベルの問題を出していたので、藤乃はひーこら言いながら愚直にもそれらを解いた。その甲斐があったのだ。

 

 ……ありがとうございます。玄霧先生。

 

 藤乃は心からの感謝を述べた。

 

「藤乃さんすごい! 先生に当てられてもすぐに答えるんだもん。頭いいんだねっ」

 

「家庭教師の教え方が上手だったからです。わたしはそれに応えようと努力しただけなので。まあ、とても辛かったですけど」

 

「うわあ。私も勉強がんばらないと……」

 

「ファイトです」

 

 うう、と唸る佳織。勉強は得意ではないようだ。

 

 休み時間になると佳織以外のクラスメイトも藤乃とお話しようとやってきた。それは礼園に来る前に何をやっていたのか、ということや気になる部活動はあるのか、といったもので藤乃は終始圧倒されていた。まるで動物園のパンダの気分。

 

 だけど、佳織の他にも新しい友だちができた。

 

 星宮金星(ゆうづつ)は小学生だと言われても納得する幼い容姿をしているが、指導者としての能力が高く学級委員をしている。鹿羽(ほむら)は思い切りがよく男勝りな性格だが、星宮をとんでもなく可愛がっていて彼女の補佐をしている。

 

 なんと個性豊かな少女たちだろう。藤乃も人のことを言えないのだが。

 

「金星さんと炎さんは幼馴染みなんですね」

 

「おうよ。あたしとユヅはガキの頃からのダチだ。地元じゃあたしら結構有名だったんだぜ? 泣く子も燃やす───」

 

「こら炎! ここではその話はしないと言っただろ!」

 

「わ、ワリぃ。ユヅ……」

 

「?」

 

 泣く子も「黙る」ではなく「燃やす」か。女性暴走族(レディース)かな?

 

 ……詮索するのは止そう。地雷かもしれない。

 

「炎さん。言葉遣い戻っちゃってる。シスター・アインバッハに見つかったらまた怒られちゃうよ?」

 

「く。わーったよ。それで藤乃は部活決めたのか? まあ礼園じゃ部活やってるやつの方が珍しいが」

 

「うーん。特には……ああ。迦南先生のクレー射撃部の見学をしてみようかと」

 

「あーあれか。なんでも大昔に礼園からオリンピック選手が出たんだと。それでクレー射撃部がひいきされてるって話だ」

 

「まあ。品位のあるおしとやかな女性を育成するという礼園の方針とはそぐわないかもしれん。現に一部の生徒からは苦情が出ている。まったく。銃というだけで野蛮だとは───浅はかだ」

 

「だよなー。迦南先生なんか百発百中って感じでめちゃくちゃスゲーんだぜ。でも散弾銃なんかより拳銃の方が似合ってそうなんだよな……」

 

 ……確かに。迦南先生はベレッタとかが似合いそうだ。凄腕の傭兵とかやってそう。

 

「私と炎は委員会が忙しいから部活動に参加していないが、いつでも相談に乗るぞ」

 

 にぃっ、と笑う金星。なんとも無邪気なその顔は可愛らしい。炎が溺愛するわけだ。

 

 ユヅーユヅー、と頬擦りをしている二人を見て仲良しだなあと眺める。いいぞもっとやれ。

 

「被服部にもきてね。藤乃さんがきたら洋服のイメージが湧くと思うし、気に入った衣装があったら着てみていいから」

 

「えっ。本当ですか? ありがとうございます。佳織さんがデザインしたお洋服がどういうものか気になってたんです」

 

「そう言われると恥ずかしいな……」

 

 えへへ、と顔を掻いて照れる佳織。

 

 ……なんだろう。小動物的なかわいさだ。庇護欲が掻き立てられるというか。

 

 ───守らねば。礼園のみんなを。

 

 ───守らねば。小さな百合を。

 

 ───守らねば。大切な友だちを。

 

 立ち塞がる存在は。何であろうと誰だあろうと。

 

 全身全霊全肉全骨全血を以て。ねじ曲げよう。

 

 そう自分に誓って拳を強く握った。

 

 

               ☆   

 

 

 その頃、玄霧皐月と巫浄霧絵はというと───

 

「ええ、ですからそこにはこの式を代入して……」

 

「なら……こうですか?」

 

「正解です。括弧の計算から先にやらなければ誤った答えになってしまうので気をつけてください」

 

「はい。ありがとうございます」

 

 勉強をしていた。霧絵は中卒程度の学力で止まっているからだ。玄霧先生は予定通り二年後に礼園の教師として着任予定のため霧絵のお願いを聞いてあげていた。

 

 なぜ霧絵が勉強しているのか、それはいずれ分かるだろう。

 

「なら次は───おや? すいません。少々席を外します」

 

 着信があったため予想問題をいくつか与えてから席を立つ。

 

 相手はもちろんのこと───荒耶宗蓮だ。

 

「どうかしましたか?」

 

『変事が起きた』

 

「はい?」

 

『かつて討滅し損ねた化生が私を追ってきたようだ』

 

「化生、ですか……まさか」

 

 

『ああ。ラィカオン=オーマ。人間でも畜生でもないこの世ならざる紛い物───死徒だ』

  

 




   
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