【凍結】麻賀禮(まがれ)   作:あらやだ

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十余り二捻り

   

 

「っ!」

 

 身体中を舐め回されたような不快感を感じ辺りを警戒した。しかしそれらしき気配はなく感じた気配も次第に薄れていった。

 

 それは淫欲や劣情というものではない。人間が持つ三大欲求が一つの食欲。喰らい、貪る獣のもの。凡そ人間に向けるべきものではないその願望は確かに自分に向けられたものだ。

 

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 花も恥じらうこの礼園女学院でなにやら無粋なことを企むものがいる───?

 

「どうしたの? 藤乃ちゃん」

 

 不審に思った佳織が尋ねる。本日の課業が終了し食堂へ行こうとしていたところで歩を止めたからだ。この様子だと佳織は気づいていないようだ。

 

 気配の主が動く気配はない。とりあえず食事を摂って英気を養ってから動くとしよう。なんでもないです、と誤魔化して食堂へ向かった。その夕食の献立も味も今回は楽しむ余裕はなかった。

 

 

 部屋に戻った藤乃は急いで制服から尼僧服に着替えると鉄球を持って窓から飛び出した。寮監の目を盗んで寄宿舎から出るにはこの方法しかなかった。人目に付かないよう木の枝から枝へと飛び乗って移動する。その様子は宛ら忍者のようだ。

 

 亜光速移動(ゼロシフト)で人気のない森の奥深くに走る。礼園の生徒たちを巻き込んでしまわないためだ。暫くするとアスファルトで舗装された道と建物を取り囲むように作られた防護壁に到着した。もしかしてこれが迦南先生が仰っていた射撃場なのでは───

 

 

 ─────────────────────!?

 

 

 亜光速移動で真横に飛び退くと防護壁が粉々に砕け散った。粉塵が舞い上がる。壁は半ばから壊され内部の鉄筋まで綺麗に切断されている。回避しなかった場合は身体が上下に別たれていたことだろう。

 

 次いで二撃目が藤乃を襲う。亜光速移動で回避しつつ歪曲の魔眼で敵を捉えようと粉塵の先に狙いを定める。

 

(まが)れっ」

 

 二つの螺旋は粉塵を掻き消すが───

 

「いない!?」

 

 そこに敵の姿はなく動きを止めてしまった。刹那。意識の外側から三撃目が放たれ、藤乃は射撃場の壁を突き破って屋内に転がりこんだ。回転しながら受け身を取り反動を利用して瞬時に立ち上がる。頭を打ったのか軽く目眩がした。

 

 薄暗い屋内は視界が悪い。視覚を補うために聴覚と触覚を余すことなく利用して四周を警戒する。

 

(強い……!)

 

 動きが読めないどころか姿が見えない。これでは対処の仕様がない。先ほど攻撃された箇所は尼僧服のおかげで傷さえ付いていないものの何発も食らえばどうなるか分からない。

 

 一か八か。全身の筋肉をねじらせて構えを取る。捻りの力を限界ぎりぎりまで溜め込み、そう遅くない好機を待つ。

 

(疾っ!)

 

 殺気を感じて四撃目が当たる直前に解放。螺旋巻発条拳の一撃を叩き込む───! 音も光も巻き込む引力。回転エネルギーを小さく練って小円まで鋭く尖らせた自慢の拳。

 

 迎撃成功。曲者は射撃場のフィールドに吹き飛んだ。凶れ、凶れ、凶れ、凶れ。繰り返す凝視。連発する螺旋。対象が止まっている内に始末をつけなければならないと確信する。

 

 ───現に、作られた回転軸は敵を見失い空回りしていた。

 

 これは不味い、と藤乃は舌打ちをする。

 

 亜光速移動よりは遅いとしても藤乃が辛うじて知覚できる速度。このままでは嬲り殺しに遭うだけだ。神経を研ぎ澄ませて敵を探るが四方八方から殺気をぶつけられ判断がつかない。

 

 常に機先を制され後塵を拝することしかできない。先のような螺旋巻発条拳(カウンター)も二度目は当たらないだろう。汗が噴き出て止まらない。呼吸をする隙さえ与えてはくれない。

 

 五撃目、六撃目、七撃目と三連続の暴力。尼僧服を纏っている箇所は通用しないと理解したのかむき出しの顔や手足に狙いを絞っている。咄嗟の判断でその場に伏せるが、髪を一房ばっさりと切られてしまった。判断が遅かった場合は頭が切断されていただろう。こめかみから血が伝う。危なかった。

 

 亜光速移動でその場から離れて壁に背を付ける。万事休す。今の手札には敵を倒せるものはない。鬼熊の時と比べ遥かに成長した藤乃だったがそれでも曲者には届かなかった。ぎりと歯軋る。

 

 なんて無様───。あれから幾年も経ったというのに依然として窮地に立たされている。八つ当たり気味に壁を力の限り殴る。コンクリートが砕け散り埃が宙を舞った。手の皮が破れ血が滴る。

 

「っ、荒耶さん」

 

 ぼそりと此処にはいない義父の名を呟いた。

 

 

「アラ……ヤ……」

 

 

 向けられていた殺気が霧散する。意図が掴めない行動に面食らう藤乃。捕捉できなかった気配が一ヶ所に集束するのを感じる。向こう側の壁の際に、何かがいる。

 

 ───────────────────。

 

 闇から現れ出たのは白金の毛並みの犬だった。

 

 いやそれは犬と呼称していいものか。肩高一米、体長二米の巨大な狼だった。最も広く分布しているとされるハイイロオオカミ全体を平均すると体重は四十瓩だが、調査では体重八十六瓩もの固体がいたとされている。だがこの狼は体重二百瓩は優に超えてそうだ。

 

(この狼が曲者───?)

 

 狼はこちらに悠然と近づくと手から滴る血を舐めとる。べろべろと美味そうに藤乃の手を。なかなかにこそばゆい。舐め終わると後ずさって藤乃の目をみつめる。

 

 

「失礼。私の名はラィカオン=オーマ。魔術師だ」

 

 

 きりっ。理性は蒸発していますと言わんばかりの獰猛さから打って変わり、理性溢れる人語で会話を仕掛ける狼。話し掛けられた藤乃はというと───

 

(キェェェェェアァァァァァァシャベッタァァァァァァァ!?)

 

 ───絶賛困惑中だった。

   

   

 ……………………………………………………。

 

 ふむふむ。なるほどなるほど。

 

 つまりはあれだ。

 

「本当は荒耶さんに復讐するつもりなんて毛頭なくて、空腹を我慢して荒耶さんに会いに来たら限界が来た、と」

 

「お恥ずかしながら。何とか荒耶宗蓮のもとへ辿り着くまで理性を繋ぎ止めておこうと努力したのですがご覧の通り。本能に呑み込まれてしまったようです」

 

「は、はあ……。話を聞く限り荒耶さんのことを、その、殺したいほど憎んでいるのでは」

 

「ええまあ。殺したいとは思っていますが憎んではいませんよ」

 

「えっ」

 

「私が彼を殺したい理由は『人間でも畜生でもない半端者』だと人狼を侮辱したからです。赦せない! 誇り高き〝森の人〟を言うに事欠いて半端だと……!」

 

 巫山戯るな、と牙を剥いて唸り声を上げるラィカオン。毛が逆立ち目が血走って今にも襲いかかりそうだ。

 

 ……荒耶さんは直球ですから。思ったことをそのまま口にして激昂させてしまったのでしょう。まあ、煽ったというのも否定できませんが……。

 

「───ふぅ。いえ、確かに死徒となった私は反転してしまい本能の赴くまま暴虐の限りを尽くしました。その姿は〝森の人〟らしからぬ獣そのものだったでしょう。これ以上の醜態を曝す前に葬ってくれた荒耶には寧ろ感謝さえしているのです」

 

 ただそれとこれとは話が別です、と真っ直ぐな目でこちらを見る。

 

 ……うわあ。荒耶さんも厄介な人に絡まれましたねえ。どうするのでしょう、彼。放っておいたら荒耶さんのことを殺しに往きそうですし。

 

「えっと、ラィカオンさんはこれからどうするのですか?」

 

「とりあえずは腹拵えをしようかと───おっと。勘違いしないでくださいね。人間を食べようとは思っていません。まあ空腹時にはどうなるか分かりませんが。血を分けていただいたので今日はなんとかなりそうです」

 

「そういえば死徒になったのでしたね」

 

「ええ。吸血衝動は多少なりにもありますが、人肉を食べようとは思いません」

 

 誇り高き〝森の人〟ですから、と胸を張る。

 

 ───数時間前の自分の所業を忘れているのかこの魔術師は。滅茶苦茶になった射撃場を指差しラィカオンを睨む。

 

 くーん、と鼻を鳴らして誤魔化すラィカオン。おい、誇り高き〝森の人〟はどこへいった。

 

「とりあえず先生方には知らぬ存ぜぬを通しますが、あなたはとても目立ちます。仔犬の姿に変身とかできませんか?」

 

「勿論。なんせ」

 

「はいはい分かりましたから、どーぞ」

 

「むう。連れないですね」

 

 ぽん。小気味よい音を出してラィカオンは小型犬サイズの可愛らしい姿に早変わった。彼を受け止めて毛並みを確かめる。もふもふしている。もふもふ。もふもふもふもふ───

 

 

 堪能すること数十分。

 

 

「……ふぃー。では寮に帰りましょう。くれぐれも人前に出ないでくださいね?」

 

「よ、ようやく終わったのですね。あまりの快楽に腰を抜かしてしまいました……」

 

 だらんと舌を垂らしているラィカオン。息も絶え絶えでどことなく艶かしい。ぴくぴくと前肢が痙攣している。

 

 ……しまった。我を忘れてついもふってしまった。はわわ。色っぽい喘声を洩らしていらっしゃる。

 

 ───はっ! そろそろ戻らないと寮監にばれてしまう。自称森の人を小脇に抱えて全速力で走り去る。射撃場から急いで離れ跳躍して木に飛び乗ると天狗が如く木から木に移る。寄宿舎に到着すると自分の部屋の窓から帰還する。

 

 八時。ベッドの上にラィカオンを下ろして尼僧服から制服に着替えを済ませる。タオルで汚れを拭き取り髪についた砂埃を払い落とすと勉強道具を抱えて自習室に向かう。

 

 自習室に入ると佳織がこちらに気づいて手招きをする。なんだろうと隣に座る藤乃。他の人の邪魔にならないよう小声で会話をする。

 

「随分遅かったけどどうしたの?」

 

「部屋で体力錬成をしてまして。熱くなりすぎてしまって気づいたらこんな時間でした」

 

「ふーん。藤乃ちゃんって運動好きなの?」

 

「好きというか習慣ですかね。体を動かすと気分もすっきりしますし」

 

「私は運動苦手だからなあ」

 

 他愛もない話をしていると消灯準備の放送が流れた。結局今日は勉強を何一つしていない。藤乃はしまったと後悔する。こうなったら部屋で復習だけでもしておこう。

 

 佳織に別れを告げ自室に戻る。部屋ではラィカオンが寝息をたてていた。遠路遙々日本に来たから疲れているのだろう。

 

 ……そこはわたしのベッドなのですが。

 

 まあいいか。備え付けのシャワーを浴びてから復習に取りかかる。理数系は不得手なのでその日の内に理解しなければ大幅に遅れをとってしまう。玄霧先生との勉強を無駄にしないためにも頑張っていい成績をとらなければ!

 

「───わふ? 帰ってきたのですか」

 

「あ。目が覚めましたか」

 

 息巻いたはいいものの出鼻はものの数秒で挫かれた。ラィカオンが目を覚まして藤乃の足元に近づく。こうしてみるとただの小型犬にしかみえないが歴とした魔術師である。

 

「どうやら自分が思っている以上に疲労が溜まっていたようです。一眠りしたら大分よくなりました」

 

「それはよかったです。なんでしたらもう少し血を飲みますか?」

 

「なんと……いいのですか?」

 

「空腹で暴れられても困りますから」

 

「では、お言葉に甘えて───」

 

 藤乃は先の傷口を爪で軽く抉る。薄く張った瘡蓋が破れ血が噴き出す。そこを絞るように力をいれた。生搾りの果実を啜るように藤乃の手を舐めるラィカオン。扇情的な舌使いがぞくぞくして恍惚の表情が浮かびそうになる。なにか危ない扉を開きそうな気がする。

 

 ありがとうございました、と礼を言われる。五分もしないうちに吸血行為が終わるとラィカオンは語り出した。

 

「魔術師ラィカオン・オーマは死亡したことになっています。死徒にその身を堕として荒耶宗蓮の手によって討滅されたと。このままラィカオン・オーマを名乗っていては魔術協会延いては聖堂教会まで乗り出して来るかもしれない。そうなれば今度こそ破滅です」

 

 代行者や埋葬機関が派遣されれば確実に排除される。それほどまで異端を狩る能力に特化しているのだ。人の範疇から外れてしまった者たちの天敵、それが聖堂教会だ。

 

「荒耶を懲らしめた後に協力をお願いしようと思っていたのですが、どうも間が悪かったようです。あなたに多大なる迷惑をおかけしたことを改めて謝罪します。本当にすまない」

 

 頭を下げるラィカオン。今の姿は丸っきり小型犬なので芸をしているみたいだ。当の本人は真剣みたいだが。

 

「もう過ぎたことですしそんなに謝らないでください。荒耶さんに会いたいのでしたら知り合いに聞いてみます。もっとも会えるかどうかは分かりませんが」

 

「おお……! それはありがたい。荒耶の匂いが途切れているので途方に暮れていたところだったのです」

 

 ……三重結界の効果かな。下界からの完全な遮断で追跡が不可能になったのでしょう。あれ? 携帯電話は繋がったような……まあ、細かいことはいいか。

 

「では、しばらくはここで大人しくしていてください。表立って動けませんがあと数週間もすれば礼園の外に出られます。その時に先生に相談すれば力になってくれるはずです」

 

「勿論ですともっ。この願ったり叶ったりの好条件っ。断る理由がありませんっ」

 

 ……ごめんなさい、玄霧先生。またお腹に優しい料理を作りますから許してください。本当に、本当にごめんなさい。

 

「───迷惑ついでに一つお願い事があるのですが、よろしいでしょうか?」

 

「乗りかかった船です。最後まで付き合いましょう」

 

(かたじけ)ない。汗顔の至りではあるのですが私に新たな(めい)を与えてほしいのです」

 

「新たな、名?」

 

「ええ。日ノ本では言霊や言代といった、名前に意味を付与するという(まじな)いがあると聞き及びました。異邦人の私に日ノ本の名を付けるのは異様ですので、私に見合う名をどうか考え、それを私に与えてくれないでしょうか?」

 

「……はあ」

 

 尻尾を千切れんばかりに振る自称森の人。

 

 なんとまあ、いけしゃあしゃあと図々しい。魔術師というのは奇人変人の集まりなのか。

 

 

 ───安請け合いしちゃったかなあ。

 

 

 後悔先に立たず。藤乃は天井を仰いだ。

   




 
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