【凍結】麻賀禮(まがれ)   作:あらやだ

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十余り三捻り

   

 ───姓名判断とは、名前からその者の運命を診断する方法。姓名が人間の先天的ないし後天的運気と密接な関わりを持つという考えから姓名を調べてその者の運命、吉凶を判断し運勢を占うことをいう。

 

 図書室で乱雑に積まれた本の塔を、一人の少女が作り上げていた。背筋をぴんと伸ばし一項一項を丁寧に捲りながら本を読んでいる。その少女の名は浅神藤乃。魔術使いである。

 

 藤乃は礼園の図書室で狼にまつわる伝説、神話を読み漁っていた。何故ならば、前回請け負った自称森の人の改名を考えなければいけないからだ。

 

 エジプト神話、ギリシャ神話、北欧神話……。

 

 蔵書の数なんと三十七冊。藤乃は気になった文章に付箋を貼り付けながら作業の不便さを嘆いていた。パソコンがあれば簡単に検索ができるのに、と。

 

 1994年にはパソコンの出荷台数が増えたとはいえ台頭しているのはワープロぐらいだ。そのワープロも礼園には普及していない。無い物ねだりしていても仕様がない、と嘆息する。

 

 ───この年代に全文検索エンジンが開発される。言わずと知れた頭文字Yの運営企業である。

 

 三十七冊全ての蔵書に付箋を張り終えた藤乃は脱力して背もたれに寄りかかった。辛い、草臥れる、骨が折れそう。余った付箋を指で弄りながら現実逃避をする。

 

 ……土曜日。今日は折角の休日だというのに何をしているのだろう。佳織は被服部の活動に行ってしまい、金星と炎は申請を出して部屋でボードゲームに励んでいる。その他の生徒も各々学院内という制限があるなか伸び伸びと過ごしている。

 

 こうなったらとことん調べてやろう、と躍起になったのだが予想以上の蔵書量に動揺した藤乃。意欲が低下したがお願いを反故にするほど薄情ではなかった。

 

 エジプト神話のアヌビス、ウプウアウト。

 

 ギリシャ神話のレートー、カピトリウスの牝狼。

 

 北欧神話のゲリとフレキ、スコールとハティ。

 

 エトセトラエトセトラ……。

 

 篩に掛けたおかげで二桁あった本も一桁に減った。ここからラィカオン=オーマに代わる相応しい名前を考えなければならない。藤乃のセンスが問われる重大な仕事だ。

 

 ……とびっきりの良い名前を考えよう。

 

 藤乃はノートにペンを走らせて黙々と作業を続行した。

 

 

               ☆   

 

 

「まったく。派手にやったな」

 

 見るも無惨な射撃場で佇んでいる女性がいた。クレー射撃部の顧問、大沢迦南だ。今回はブラウンのスーツではなく練習用のユニフォームを着ていた。

 

 防護壁から顔を覗かせた部長が心配そうに尋ねる。

 

「せ、先生。こ、これはいったい」

 

「あー。施設の老朽化か違法建築が原因か。とりあえず危ないから入ってこないで。今日は部活動は中止で、他の子たちにもそう伝えて」

 

「は、はい」

 

 お先に失礼します、と部長は部員たちを引率して寄宿舎に帰っていった。迦南は手を振って見送る。

 

 生徒たちを解散させると周囲を見渡して比較的損傷のないレーンに歩いていき百米ほど離れた的に狙いを定める。

 

 三発の銃声。

 

 ベレッタ M93R 1st。

 

 腰の後ろから取り出した機関拳銃から硝煙があがる。迦南は手慣れた動作で銃をホルスターに仕舞った。

 

「しばらくお預けかな」

 

 ポケットから取り出したのは煙草───ではなく、スティックシュガー。それを飴のように咥えて踵を返す。

 

 残された的の中央には三つの穴が開いていた。

 

 ───週始め、射撃場は使用停止となり夏から秋にかけて工事を実施すると通達があった。礼園のとある生徒はその通達を聞いて申し訳なさそうに俯いていたという。

 

 

               ☆   

 

 

 翌日、日曜日。藤乃は昨夜も眠らずに改名を考えていた。死んだ魚のような目で図書室に居座る。疲労困憊ここに極まれり。

 

 二日間を消費して、たったひとつだけ候補が作れた。

 

 朝食の量が少ないこともあって藤乃は限界だったのか。ごん、と鈍い音を立てて机に突っ伏して動かなくなった。

 

「藤乃ちゃんっ」

 

 たまたま図書室を訪れていた佳織が心配そうに駆け寄る。あわあわしていて混乱している佳織に対し、忍びなく思ったので顔だけ上げる。

 

「……ご心配なく。少し寝不足なだけですので」

 

「少しじゃないよっ。目の下に隈できてるよっ」

 

「……やだなあ、わたしはパンダじゃないですよ」

 

「そんなこと一言も言ってないよっ」

 

「……あれは、おばあさん?」

 

「帰ってきてっ! 藤乃ちゃんっ!」

 

 等と適当に受け答えをしていると慌てて佳織はポケットから取り出したチョコレートを藤乃の口に押し込んだ。二糎四方の小さなチョコレートだが藤乃の意識を覚醒させるには十分な糖分だった。

 

 藤乃の目が蘇る。口の中のチョコレートはあっという間に溶けてしまった。もっとください、と目で訴えるが首をぶんぶんと振って手持ちがないことを伝える佳織。

 

 ……本当は図書室での飲食禁止です。

 

「ありがとうございます。助かりました」

 

「もうっ。あんまり無茶したら駄目だよ? どうしたのそんなに本を広げて」

 

「あはは……。なんというか狼───犬の名付け親になってくれないかと頼まれまして。格好いい名前をご所望でしたので調べものに精を出していました」

 

「狼犬ってオオカミとイヌの交雑種の? 藤乃ちゃんのお家で飼うの?」

 

「いえ。知人が飼うそうで」

 

「ふうん」

 

 机の上の本を手にとってみる佳織。クリスチャンである佳織に基督教以外の宗教観は新鮮なのか珍しそうに読んでいく。

 

「このフェンリルっていうのは? 強そうだよ?」

 

「縁起も担ぎたいそうなので魔物はちょっと……」

 

「そっか……。あ。そのワンちゃんって男の子なの? 女の子なの?」

 

「えっ」

 

「だから性別。男の子か女の子かでだいぶ話が変わってくると思うけど」

 

「───どっちなのでしょう?」

 

「いや、私に聞かれても」

 

 部屋に戻ったら聞いてみよう、と藤乃は部屋の日向で丸くなっている小型犬を思い浮かべた。

 

 死徒としての吸血衝動も血を嗜む程度で満足し、太陽光も眩しいと感じる程度で克服しているらしい。

 

 ……二十七祖入りできるのではなかろうか?

 

 

「で、あなたはどっちなんですか?」

 

「えっ。女性ですけど」

 

 正解は、(おんな)

 

 昼食を終えて帰ってきた藤乃は窓際で微睡んでいたラィカオンを叩き起こして質問した。

 

 こんなにも色っぽいのに、と悲しむラィカオン。いや、狼の色っぽさとか全然分かりませんので。悪しからず。

 

 ……というかこの狼。人の布団を涎まみれにしてるし。

 

 ため息を吐いて布団カバーを取り外す。幸いにも布団にまで染み入ってないのでカバーだけ洗濯すればいいだろう。

 

「ところで名前の方は決まりましたか」

 

「……まあ、候補がひとつだけ」

 

「ほほう。聞かせていただけますか?」

 

「あまり期待しないでくださいね……」

 

 ────────────────────。

 

 ────────────────────。

 

「……なんと、素晴らしい。〝森の人〟に相応しい高貴なる名だ。ありがとう、藤乃」

 

「気に入ってもらえてなによりです。では私は少し仮眠をしますので起こさないでくださいね」

 

「承知しました。藤乃。おやすみなさい」

 

「はい。おやすみなさい」

 

 ぼふん、と布団に沈み。

 

 すやあ、と意識は遠のいた。

 

 

               ☆   

 

 

 藤乃が仮眠にはいってから僅か十分。コンコン、と部屋のドアがノックされた。寮監だ。

 

 ラィカオンは藤乃を起こさないでと頼まれたことを思い出し、藤乃の姿に変身して対応を試みた。

 

「はい」

 

「浅神さん。保護者の玄霧皐月さんからお電話です。至急ロビーまで来るように」

 

「分かりました。ありがとうございます」

 

 それでは後ほど、と寮監は去っていく。藤乃本人だと思われたようで疑いの念を持たれていなかったことに安堵するラィカオン。

 

 部屋から出る際にちらりと藤乃にいってきます、と言葉をかける。聞こえてなどいないだろうが。道行く人に挨拶をしながら無事にロビーに到着した。

 

 電話機を取ると玄霧皐月と名乗る人物から声がかかる。

 

『もしもし。浅神君、度々申し訳ないね』

 

「どうかしましたか?」

 

『浅神君の持っていった尼僧服のことなのですが、荒耶が一度回収をしたいと』

 

「───そう、なんですか」

 

『はい。荒耶が直々に受け取りに行くそうなので尼僧服を忘れずに持ってきてください。場所は観布子市の森林公園です』

 

「分かりました。荒耶さんに宜しくお願いします」

 

 では、失礼します。

 

 通話を終えると部屋に戻っていく。

 

「観布子市の森林公園、か」

 

 ラィカオンは獰猛な笑みを浮かべる。

 

 笑顔とは元来、攻撃的なものであり動物が牙を剥く行為が原点であると真しやかに囁かれているがラィカオンの表情はそれだった。

 

 礼園は許可を得られなければ外に出られない。だが、ラィカオンは礼園の生徒でないため出ることができる。

 

 ……すぐにでも抜け出そう。

 

 ラィカオンは扉を開けて直ぐ様、小型犬の姿に戻ると藤乃の布団の中に潜り込んだ。

 

 ……今夜にでも抜け出そう。

 

 

 夕方。藤乃が食堂に行った隙を狙って尼僧服を拝借すると、尼僧服を風呂敷のように首に結んで部屋を飛び出した。寄宿舎から離れて人気のない場所に出ると小さな影が巨大な影に変化する。本来の狼の姿に戻ると闇に紛れて姿を消した。

 

 観布子市内に入る頃には景色は既に夜に切り替わっていた。目的地に近づくに連れて人の気配もだんだんと少なくなっていく。

 

 空を見上げると見事なものだ。今宵は満月。月夜に輝く白金の毛並みはより一層の神秘を纏って闇を照らしている。

 

 それはさながら暗黒を断ち切る希望の光。幻の獣だ。

 

 森林公園と思しき場所に到着すると再び藤乃の姿に変身する。尼僧服を畳み直して抱き抱える。荒耶の気配を感じられないので当て所なくさ迷う。公園と云えども結構な広さなので詳細を聞いておけばよかったと後悔していた。

 

 人の気配なんて感じられないからだ。

 

 ───!

 

 そう。感じられない。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()

 

 歩を止めて声を何気なしに声をかけた。

 

「お久しぶりです。荒耶さん」

 

「ふん。間抜けめ。漸く気づいたか」

 

 何もない空間から黒ずくめの男が姿を現した。仇敵である荒耶宗蓮が自らの前にいる。獣は仕返しするのをぐっと抑えて何年ぶりに会う親類の如く声をかけた。

 

「非道いじゃないですか。気づいていたなら早く声をかけてくださいよ。心細かったじゃないですか」

 

「ふん。鍛練を怠けているからこの程度のことも理解できんのだ。まさかここまで不精しているとはな」

 

「感動の再会だというのに浪漫の欠片もないなんて……」

 

「戯けが。何を寝惚けたことを。さあ、尼僧服を寄越すがいい」

 

「はいはい」

 

「───待て」

 

 尼僧服を渡そうと距離を詰めるが、あと三歩のところで待ったがかけられた。既の所で躓きそうになり驚く。

 

「おっとっと。今度は何ですかっ」

 

「今宵は随分と大人しいと思ってな。いつもなら軽口を叩いて人を呆れさせていたというのに」

 

「なんだそんなことですか。わたしだって成長しているんですよ。大人の対応だってできます」

 

「ほう。もう私のことを荒耶パパとは呼ばないと?」

 

「パ──────────!?」

 

 本気で言ってるのか、と内心穏やかではない獣。

 

 とんでもない爆弾を投げられた。

 

「も、もちろんですとも」

 

「ふむ。なるほど」

 

 吟味するように呟くと尼僧服を受け取ろうとこちらに手を伸ばして───手をぎゅうと握り締めた。

 

 

 粛。

 

 

 空間ごと押し潰した。地面が抉れて土煙が充満する。現在、風が凪いでいて煙はなかなかに晴れない。

 

「ばれましたか」

 

「あの娘から情報を聞き出していれば話は違っただろうがな。───いや、あの娘の真似など誰にもできまい」

 

「それは親莫迦ですか」

 

「事実だ」

 

 暴風。土煙が全て吹き飛ばされた。風の発信源には巨大な獣が荒耶を見下すように佇んでいた。器用にも前足で尼僧服を掲げている。

 

 魔術師ラィカオン=オーマ。人狼の混血。そして()()()

 

「よもやあの娘を下すとはな。愚鈍。己の詰めの甘さに嫌気が差す」

 

「えっ。下す? まあ、そうですね。お嬢さんはなかなかに良い子でしたよ。荒耶の義娘ならば納得です」

 

「……喰ったのか?」

 

「何度も云いますが私は誇り高き〝森の人〟。人肉なんて食べるわけが───でも」

   

 懐かしむように美食の所感を述べる気軽さで言い放った。

 

「嗚呼、あのお嬢さんの血は美味」

 

 

「粛!」

 

 

 怒号と共に空間を握り潰す。一拍の遅れもなく呟かれた結界術は眼前の獣を肉塊に変えた。

 

 変えた、筈だった。

 

 獣は提げた尼僧服はそのまま、不動のまま素知らぬ様子をしている。不発、ではない。獣の身に纏った神秘が己の神秘を上回っているだけのこと。

 

 ……認識を改める他ない。神代とまではいかないがこの獣の神秘性は一世紀は下らないだろう。凡百の魔術師では体毛を汚すことすら出来ず、現状の魔術基盤では殺すことができない。

 

 明々白々。勝率は皆無。

 

 今このとき、古敵は天敵へ成ったことを識った。

 

「なんとまあ容赦の無い。もう少しお話しませんか」

 

「妖怪変化と語らう気など無い。颯と去ね」

 

「それは叶えられませんね。次は私の順番ですから」

 

 ばさり。言うが早いか獣は姿を消した。

 

 尼僧服が落ちた音に反応して結界を張る。

 

 不味い、と知覚した頃には身体が後方に飛んでいた。不意を衝かれたのではなく獣の純粋な素早さが脳の伝達よりも早かっただけのこと。背面に結界を展開し制止する。獣の姿は見えず。

 

 だが、焦燥を感じなかった。

 

 藤乃の亜光速移動を見慣れていたお蔭である。転移と見紛うその技術は絡繰さえ分かればどうということではない。思考での防御ではなく反射での迎撃に転ずればよい。

 

(げん)

 

 掌を合わせ唱える。空間を仕切り幾重の層が己を取り巻く。二百年の歴史では千年を超える歴史を破ることはできないが、(そも)これは攻撃手段ではない。

 

 この結界は蜘蛛の糸であり巣である。獲物が掛かれば伝わる知覚の補助としての結界。魔術が通用しないのならば()()が手っ取り早い。

 

「破ぁ!」

 

 原始的手段が徒手空拳。鍛え上げた豪腕から繰り出された正拳突きは───背後にいた獣の顎を打ち抜いた。獣は放たれた矢の如く大木に激突してようやく止まった。

 

 生物としての構造は変わらない。脳を揺さぶれば意識を喪失できる。そう判断したまでだ。予想は的中。獣は焦点の合っていない目で此方を窺っている。

 

「この莫迦力……思い出しました。あの時もこうやって肉を切り、骨を断ったのでしたね。いやはや迂闊迂闊」

 

「どの口が云う。その程度の傷など完治していよう」

 

「いえいえ、やはり血は違えども親子なのだと確信しましたよ。あのお嬢さんも魔術が無理だと判った途端、肉弾戦に切り替えましたし、まさかあの荒耶が子どもを取るとはね」

 

「……ふん。奴の拳は痛かろう。骨身に刻まれたか?」

 

「一撃で神経を切り裂かれましたよ。打撃というよりは砲撃。凡そ人間が扱える技法ではないでしょうに。あの子、本当に人間ですか?」

 

「人間だとも。己が運命に必死に抗おうとする無知蒙昧な、正真正銘のただの人間だ」

 

「───驚いた。貴方もそのような顔をするのですね」

 

「む」

 

 口角が上がってますよ、そう冷やかされる。口元に手を添えるまでもない。口元を引き締める。

 

 おや残念、と獣は肩を竦めて嗤った。

 

「貴方が相手ではこの姿だと殺り難いですね」

 

 獣の姿が見る見るうちに変わっていく。それは伝承通りの人狼───いや、吸血鬼よりも古の起源。西欧の〝森の人〟と呼ばれる白金の毛並みを持つ幻獣種の姿に。

 

 大気中の魔力を吸収して変身したのだろう。やつはアストラル体()を変幻自在に形を変えることができるらしい。称するならば人工精霊と云ったところか。

 

 四足歩行から二足歩行へ。骨格が獣から人へ。

 

「お見せしましょう。〝森の人〟の真の力を!」

 

 狼の頭部と後ろ足、尻尾はそのまま残されているが殆どが人間のものだ。腕も、胸も、腹も。白金の鮮やかな体毛に覆われているが人間の形をしていた。

 

 

 ───そう、女の形を。

 

 

 ……………………………………………………。

 

「……ラィカオン。おまえは、女だったのか」

 

「うん? なんだ今更ですか」

 

 何か問題があるのか、という眼差しの獣。

 

 ……いや、化生であることに変わりは無い。乱れた精神を統一させる。人形(ひとがた)ならばやりようがある。人体の構造を熟知している己にとって対処し易い。

 

化物を倒すのは、いつだって人間だ。

 

(そう。あの娘(藤乃)がやったように───)

 

 普賢三摩耶印、大金剛輪印、外獅子印、内獅子印、外縛印、内縛印、智拳印、日輪印、隠形印。九つの印相を組む。

 

 天元行躰神変神通力。魔を祓う破邪の力を、釈迦如来の力のごく一部を借り受けてこの身に宿す結界術の応用編。左腕に埋め込んだ仏舎利により『覚者掌底』を限定的に再現する───。

 

 その名も「阿難手刀(あなんのしゅとう)」。古代印度武術(カラリパヤット)を復刻させる。

 

 重大な欠陥として甚大な過負荷が掛かるため御蔵入りとなっていた短期決戦の切り札。藤乃との組み手により思い至った奥義。

 

 ……まさか、使うことになろうとは思わなんだ。

 

「素晴らしい、荒耶! よくぞ諦めずに挑んでくれた。それでこそ我が仇敵です。まだそんな力を隠していたなんて」

 

「おまえに讃歌されても歓喜はしない。今度こそ滅びるがいい、ラィカオン=オーマ」

 

「嗚呼、違いますよ荒耶。ラィカオン=オーマという名はもう捨てた」

 

「なに……?」

 

「其は太陽であり月。最果てを超える円環───」

 

 

 不完全なる星の触覚、ラトナ=ヒュペルボレアス。

 

 

「こんなにも永い夜なんだ。存分に愉しもうか!」

 

「御免蒙る──────────!」

 

 ……娘の仇を討たせてもらうぞ。

 

 永い夜が始まった。

 

 

               ☆   

 

 

「へきしっ」

 

「どうしたの? 藤乃ちゃん。風邪?」

 

「いいえ……。たぶん、誰かが噂をしているのだと思います」

 

「うわさ?」

 

「ええ。たぶんお義父さんが」

 

 一方、藤乃はというと礼園に来てから日課となりつつある勉強に精を出していたのだった。

 

 ……勘違いが加速しているとは露知らず。

   




   
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