【凍結】麻賀禮(まがれ)   作:あらやだ

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十余り四捻り

   

 睨み合っていたのは一瞬だったか、はたまた数刻程だったか。

 

 斯くして闘いの火蓋は切られた。

 

「、静慮(じょうりょ)

 

 像がぶれたと同時に唱えた。千々に散った気配はその何れもが荒耶に殺気を向けているが荒耶にとってはくだらない(まやか)しだった。張り巡らせた結界により本体の居場所を正確無比に捉えていたからだ。今度は此方からだとばかりに更なる結界を発動させる。

 

 腰を落として言霊を紡ぐ。

 

「、僧訶(しんは)

 

 それは下界ではなく内界に対しての結界。向こうが目にも留まらぬ速さで動くというのならこちらも()()()()()()()だけのこと。単純な話だが実行するにはそれなりの負荷がかかる。心臓が激動し血液が煮沸寸前まで高まっている。人体の(たが)を無理矢理に外している代償だった。

 

 踏み込んで大地を砕く勢いで蹴る。

 

「、降魔(ごうま)!」

 

 上段から手刀を振り下ろす。その軌跡は後光となって有象無象の魔を祓い退ける。一、十、百と幾つもの残像を切り裂いた後光は予期していないラトナの眼前に迫った。

 

 最高速で地を駆けていたラトナはその攻撃を回避不可能と判断し直ぐ様迎撃に移った。両の手の爪を刀剣状に変化させ下段から振り上げた。

 

 拮抗する刃と刃。だが押されていたのはラトナだった。咄嗟の判断故に勢いが足らず徐々に後退させられていた。大地に後ろ脚を食い込ませ耐えていたが、遂ぞ光に押し負けて飲み込まれる。

 

 好機。間髪入れずに継の一手を繰り出す。

 

「、応供(おうぐ)っ」

 

 口から血が零れる。それは身体から発信された警告を無視し続けた反動。荒耶はその状態から更に内界へ結界を作る。後光で表面を覆い下界の一切を遮断する。元より人の身には過ぎた力。荒耶は堪らず血反吐を吹き出した。

 

 刹那だった。

 

 

「───惜しかったですね」

 

 

 ほんの一瞬の間に接近していたラトナは荒耶の喉首に爪を掻き立てた。結界を貫くことこそ敵わなかったが荒耶はつんのめてしまう。姿勢を崩されたという悪手は覆らない。

 

 撃刎(げきふん)。ラィカオン時代の異名。音も無く一撃で対象の首を刎ねることから付いたもの。その一撃を我が身に受けた荒耶は意識を飛ばしそうになるが歯を食い縛って必至に保つ。

 

「ぐ──────────!?」

 

「ばうっ」

 

 どごん。がら空きとなった腹部に跳び膝蹴りがはいる。大地を踏み抜いた勢いの蹴りは衝撃波となって荒耶の背面を貫通した。結界を徹した一撃は内臓を揺さぶり嘔吐感を齎す。

 

 このままでは不味い、と自ら後方に飛び退き間合いから離脱する。接近戦では向こうに一日の長がある。調度良い間合いを探さねば勝ちの目は出てこない。

 

 それに時間制限も迫っている。魔術師とはいえただの人の身に覚者の力を扱えるわけがない。表情に出していないだけで荒耶の肉体は既に限界を突破していた。

 

(だが負ける訳にはいかん……)

 

 あれは気紛れで拾った女童だった。

 

 あれは目的のための道具だった。

 

 あれは根源に至るための生け贄だった。

 

 ───そのはずだった。

 

 甲斐甲斐しくも世話を焼き、まるで実の父親のように敬い、愚直にも自学研鑽に励み、突拍子のない行動を取っては手の掛かった娘だった。

 

 藤乃との思い出が走馬灯のように駆け巡った。僅か四年ばかりの付き合いは荒耶が忘れていた人間らしさを思い出す程の濃厚な歳月だからだ。

 

 事実。藤乃の前では口が裂けても言えないが本当に我が子のように愛していた。

 

 

 ───ならば私は勝たなくてはならない。

 

 

 大地を踏み締めて制動する荒耶。余裕の表れかラトナは自然体で待ち構えている。こちらが死に体だということを察したのだろう。慢心している。

 

 それは好都合。一歩踏み出すだけで爆発寸前の荒耶は先手を譲ることにした。後手で仕留める。

 

 再度印相を組む。体面を覆っていた後光を仏舍利を埋め込んでいる左腕に収束させる。防御を全て攻撃に回す諸刃の剣。確実にここで倒すという決死の覚悟。

 

「成る程。それが最後の一手という訳ですね。ならば私もそれに応じましょう」

 

 ラトナは両の腕を前に突き出す。それは宛ら捕食者の上顎と下顎のようだ。再び爪を刀剣状に変化させ咬合力は計り知れない。

 

「これで、幕切りだ」

 

「ええ」

 

 疾風、閃光。

 

 先手の爪牙、後手の鉄拳。

 

 ───覇界(/hElvEn)

 

 ───、浄刹(じょうせつ)

 

世界から音が無くなり、色も消え去った。

 

 

               ☆   

 

 

「────────────────────」

 

 荒耶さんの霊圧が消えた……?

 

 なんて。再び鼻がむずむずしていたため荒耶さんだろうと確信する。どこかで悪態でも吐いているのだろうか、やれやれ。

 

 ラィカオン改めラトナさんは散歩に出掛けたのか部屋にはいない。まあ見た目は子犬なので誰かに見つかっても野良としか思われず大事にはならないだろう。

 

 ……今日は冷え込むから湯たんぽ代わりに抱き付こうと思ったのに。残念そうに肩を落とす。

 

 ふわあ。もうそろそろ寝ようかな。

 

 明日から授業が始まるし、寝る子は育つとも言うからだ。

 

 ───でも、胸はこれ以上大きくならなくていいかな?

 

 この前のショッピングでサイズが合わなくなって新調した下着に思いを馳せて布団に潜り込む。

 

 女の子って大変だなあ、と考えて間もなく藤乃は眠りについた。深夜に某所で義父とペットが喧嘩しているとは露知らず。

 

 

               ☆   

 

 

 消失した世界がカタチを取り戻すと人影がひとつ浮かび上がった。その姿は満身創痍。前腕はひしゃげ尺骨が肉から突き出ている。おおよそ致死量の血を身体の各所から流していてとてもじゃないが生者には見えなかった。

 

 勝者は───荒耶宗蓮。代償として仏舍利が灰塵と化し戦闘の継続は不可能。破損した部位の修復をするよりも新しい人形を作った方が効率的だろう。玄霧に連絡を取って応急処置を頼むか、と今後の予定を立てる。

 

 

「いやあ、参った参った。よもやこれ程とはね」

 

 

 莫迦な。あり得ないはずの声を聞いて戦慄した。

 

 風が吹いたと思いきや光の粒子が人の形を作っていく。爆心地にいたのにも関わらずラトナは無傷。霊体に変化したことで難を逃れたようだ。

 

 これは、不味い。

 

「二回戦目は不可能だろう?」

 

 ラトナは不敵に微笑む。勝負に勝って死合に負ける。荒耶は達観した表情で彼女を見据えた。不意を衝かないということは何か理由があるのは明白だ。

 

「私に何を望む」

 

「直球ですね。でもその方が有難いな。なあに少しばかり助けてほしくてね」

 

「助けるだと?」

 

「ええ。協会や教会には広まってはいませんが魔術師ラィカオンが生きていたと分かれば追っ手が差し向けられるでしょう。そうなると厄介ですので荒耶のところで身を寄せたかったのです」

 

「ふむ。しかし〝たかった〟とは。過去形だが」

 

「いえいえ。現在藤乃さんのところにお邪魔していましてね。まあ一応保護者である荒耶の許可を取ろうと思」

 

 

「少し待て」

 

 

 今の言い方だと藤乃が死んでいないように聞こえたがまさか、相違ないか尋ねる。

 

「えっ。死んでいる訳ないじゃないですか我が改名の名付け親ですよ? 誇り高き〝森の人〟が恩を仇で返す筈がないでしょう」

 

「──────────」

 

「いやあ。近年まれに見るいい子ですね。荒耶が育てたとは思えないくらい心優しい人間だ」

 

「──────────」

 

「彼女ほど魔術師に向いていない人間はそうはいないでしょう。己が信念を貫く人格者といったところですか」

 

「──────────」

 

「荒耶も心配でしょう。愛娘に悪い虫がつかないかどうか。でもご安心を。このラトナ、藤乃さんの身の安全を保障しま───って、あれ? 先程からどうしましたか?」

 

 絶句している荒耶に近寄り顔を覗きこむ。彫刻のような顔は普段と変わらないが、はて?

 

 ……うん。

 

 ……うんうん。

 

 ……やばい。心臓が止まってる。

 

 訃報。荒耶死す。

 

 その後、ラトナが魔力を分け与えたことにより無事蘇生された荒耶だったがその胸中ではラトナの発言に対して訂正をしていた。

 

 

 一番の悪い虫は貴様だ、と。

 

   




   
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