【凍結】麻賀禮(まがれ) 作:あらやだ
不定期更新
六月。梅雨入りもそろそろかと肌に張りつく服の感じで読み取れた今日。この時期に結婚式を挙げると幸せになれるとかいう
───とある二人を除いては。
その二人は礼拝堂にてせっせと作業していた。汚れないように袖を肘の高さまで捲りあげ邪魔にならないよう髪の毛を束ねている。二人はただ黙々と礼拝席の座の布を取り外していた。元々は明るい緑色だったのだろう布は日焼けで退色して色褪せていたり解れていたり破けていたりと状態がかなり悪かった。
それを芒草で編まれたバスケットにどんどん入れていく。ざっと三百はあるだろうか。満タンになったバスケットを交換して新しいバスケットを持ってきてはこの作業を繰り返していく。一時間掛かって布の取り外してを終えて二人は最後のバスケットを出入口まで運んで一息ついた。
しかしながら実はまだ作業が残っている。
場所なら既に分かっているでしょう、とシスターからの血も涙もないお言葉により二人だけで取りに行くことになった。佳織たちは手伝おうとしてくれたのだがこれまたシスターの手伝ってしまったら罰則の意味がないでしょう、のお言葉により叶わず。
「どうします……?」
「どうしますもなにもやることなんて決まっているでしょう。こんなところで油を売っている暇があるのならさっさと旧校舎に行って布を取りに行きます」
「そうですね。シスターの手伝いもこの仕事で終わりのはずですしさっさとやってしまいましょうか───終わりですよね?」
「不安を煽ることを言うのは止しなさい。口は災いの元。何の因果か不幸を招くことになり兼ねない。ほら、行くわよ」
もう用はないとヘアゴムを外し礼拝堂を出る美沙夜。彼女のその棚引く艶やかな髪にほんのわずか目を奪われた藤乃。間が空いて足早に美沙夜の後に続いた。藤乃は束ねた髪が名残惜しくそのままにして。
☆
「そういえば。布って段ボールいくつ分なんでしょうか」
「くっ。考えたくないから口にしなかったというのに!」
「ああ、ごめんなさい……」
「まあいいでしょう。一箱に四十枚梱包よ。それが三百枚必要だから……そうね、八箱でしょう」
「……あの、用事を思い出したので帰っても」
「ええい! 嫌なのは私とて同じことです! ですがこれも因果応報。淑女らしからぬことをした私たちの罰なのですから」
「うふふ。やっぱり美沙夜さんは真面目ですね。好きです」
「はいはい。私も好きよ、浅神さん」
「ちょっとぞんざいじゃないですか? わたしの扱い」
「気のせいです」
☆
愚痴を言い合いながら歩くこと二十分。旧校舎に到着した。あとは空き教室にある段ボールを持ち帰るだけ。寮監から預かった鍵で玄関を開けて扉を開放して物が運びやすいようにする。けほ。風が舞い込んで埃が吹き上がる。縁や桟に積もった埃がしばらく誰も入っていないことを証明していた。
「旧校舎と言えどもかなりの大きさ。ここは分かれて探すことにしましょう。……まったく、どの教室に置いたのか覚えていてほしいものです」
「まあまあ。いくつもある荷物なら上の階には運ばないはずです。わたしは左側を探しますので美沙夜さんは右側からお願いします」
「ええ。荷物を見つけたらお互い呼びましょう」
「わかりました。では」
二人はとりあえず手分けして荷物を探すことにした。日中とはいえ木々に囲まれて薄暗い旧校舎だ。電気が止められていて蛍光灯も使えないこの状況はなんというかお化けでも出そうだ。
童謡でも歌って気を紛らわそうとするが以前、夜の廊下を歌いながら歩いて同級生たちを怖がらせた前科があるので躊躇ってしまう。ちなみにその時の曲はかごめかごめ。佳織曰く、洒落にならないらしい。
ひとつひとつ教室に入って中を確認する。教壇も机も椅子も全て当時のまま置いてある。初等部のものだけあって小さくてかわいらしい。当時の名残なのか狐なのか猫なのか犬なのかよく分からない落書きが微笑ましかった。おっと、いけない。荷物を探さなくては。
……違う。ここも違う。ここは───あった!
四つ目の教室。段ボールが何段も重なっているのを発見した。やはりというか段ボールも埃まみれでとても汚い。荷物を持ち帰ったら洗濯をしないといけないな、とため息をひとつ。
「美沙夜さーん。こちらに荷物がありましたー」
分かったわー、と返事が聞こえた。とりあえず玄関にいくつか運んでおこう。よっと。一気に二箱分を抱えあげて教室を後にする。重さにして何キロぐらいだろう。美沙夜さんは持てるだろうかと心配する。
ぎい。
……………………………………………………。
木の軋む音。上の階から聞こえた。聞き間違い?
ぎい。
いや、聞こえた。上に誰かいるのだろうか。
玄関に荷物を運ぶと階段に目をやる。人の気配はない。もしかしてお化けだろうか。肝試しみたいだと何処と無く胸が踊る。すると美沙夜が合流した。
「もう運んでいるのね。私も手伝うわ」
「いえ、そのことなんですが。美沙夜さん。上の階から物音がしました。様子を見に行きましょう」
「ええ? 気のせいではなくて? 玄関は施錠されていましたし人がいた痕跡はなかったじゃない」
「念のためです。もしかしたらお化けかもしれませんし」
「……はあ、意外と空想家なのね浅神さんって」
よくてよ、と美沙夜の了承を得られたところで階段を上る。廊下を見渡すと一階と何ら変わりはない。今回は二人でひとつひとつ教室を調べていく。二階の教室は家具がすべて撤去されていて広々としていた。ネズミの糞や虫の死骸は見つかったがお化けは見つからなかった。
なら、あの音は一体───。
「これが最後の教室ね。だいたいお化けなんてあり得ない存在がいるわけないでしょう。そういうものは初等部で卒業するものです。幻想やおとぎ話ではないのですから」
「むう」
魔術も魔法もあるんですよ、この世界。
ごくん。言いたかった言葉を飲み込む。
それに原作の美沙夜は妖精なんて代物を操っている。まあ事件を未然に防いだことでこちらの美沙夜が関わることなんてないのだが。
びりっ。扉を開けようとしたら静電気に驚く。
がらっ。ばぁん!
そして閉めた。
「……美沙夜さん。見えました?」
「……いいえ。なにもみていません」
「いや、でも」
「わ、私は何も見ていません! 教室の真ん中で体育座りしている大男なんて見ていませんから!」
「ばっちりじゃないですか」
やだー、と現実逃避気味にごちる。
藤乃も混乱している。なぜ
……ふぅ。とりあえず、まあ。
「えっ。ちょっ、何を、降ろしなさい!」
美沙夜をお姫様抱っこする。魔術回路を起動させて身体能力を強化する。金剛の尼僧服ではなく礼園の制服のためあまり無理ができない。勿論。
出来ることはたったひとつ。
「口を閉じていてください。舌を噛んでしまいます」
「えっ」
地面を蹴るのと扉が吹き飛ぶのはほぼ同時だった。少しでも遅れていたらぺしゃんこだっただろう。後ろを振り向かずに出口へと急ぐ。階段を飛び降りて玄関を抜けた。校庭を突っ切るまであと数メートル───!
ごつん。何かに頭を打ち付ける。思わず手を離してしまい美沙夜の下敷きになってしまう藤乃。予期せぬ衝撃に頭がくらくらする。
「あんっ。だ、大丈夫? 浅神さん」
「え、ええ。大丈夫、です」
立ち上がった美沙夜に起こしてもらう藤乃。空間におそるおそる手を伸ばして理解した。結界だ。この様子だとたぶん旧校舎全体を包み込むように結界が張られている。不味い。流石に美沙夜さんを守りながら戦えるかどうか……。
がしゃん。振り返ると玄関が破壊されていた。大きさ的に通り抜けられなかったのだろう。無理矢理押し通ったのだ。砂煙が立ち込める。美沙夜を背後に庇う藤乃。
どしん。どしん。どしん。どしん。
砂煙の奥から大男が近づいてくる。いや、大男なんてものじゃない。確かに人の形をしているがその姿は異形だ。凶悪かつ強靭な気配。どうやって気配を消していたかは定かではないがあれは、正真正銘の怪物だ。
『───
総て弱ぼらしきはボロゴーヴ
かくて
「■■■□■■□■■■■■■■■■■■□□!!」
大地が、結界が、空気が鳴動する。
鬼熊なんて目じゃない。何から何まで神秘でできている。
巨大な顎、鋭い爪、爛々たる眼。
逞しい腕、強かな尾、魔的な翼。
『───荒ぶる思いで歩みを止めれば
燃え滾る炎を瞳に宿したジャバウォック
鼻息荒々しくたる時の森を駆け下り
眼前に嵐の如く現れる───』
……なんて悪い夢なんだろう。
狂戦士が如き怪物、ジャバウォック。Fate作品でナーサリー・ライムが召喚した使い魔。三騎士の二騎が相手であっても圧倒する力を有し、驚異的な再生能力を持っている。
あれを倒すにはヴォーパルの剣と呼ばれる概念武装が必要不可欠でありそんなものはここにはない。よって、持ちうる限りの魔術と技術で対抗しなければならないのだ。
「ば、化け物……!?」
「美沙夜さんは隠れてください。わたしがなんとかします」
藤乃は懐から鉄球を取り出し───
「あ」
しまった。制服のままだから鉄球を持ってきてない。黄金の回転も使用不可だ。
歪曲の魔眼と螺旋巻拳あと小技をいくつか。それを以て相対しなければならない。くっ、こんなことならラトナを叩き起こして連れてくるんだったと後悔する。
……ラトナさん! どうか気づいて!
主人の窮地の一方、従者は陽だまりで毛玉になっていた。
お読み頂き有難う御座います。