【凍結】麻賀禮(まがれ)   作:あらやだ

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三捻り

   

 目前に迫るジャバウォック。結界により退路を断たれているため敷地内からの脱出は不可能。礼装を着ていないため亜光速移動(ゼロシフト)は使用不可。同じく鉄球を所持していないので黄金の回転も使用不可。状況は芳しくない。

 

 ちらりと後ろの美沙夜を見遣る。この状況を理解できていないのかはたまた理解することを拒んでいるのか周章狼狽といった様子。隠れているように云ったのだが聞こえなかったらしい。無理もない。美沙夜の性格上こういった荒唐無稽な出来事は信じられないし信じたくもないだろう。

 

 ───はっきり言って黄路美沙夜は足手まといだ。彼女は魔術に触れていない一般人。こんな化け物を相手に美沙夜を庇いながら戦えるほど藤乃は実戦馴れはしていなかった。美沙夜に隠れるようもう一度伝えようと思ったが困惑している彼女には酷な話だろう。

 

 ジャバウォックはこちらの動きを待っているのか唸り声をあげて威嚇している。観察してみると開いた口から炎が溢れていた。火を吹けるのならかなり不味い。飛び道具を持っていないこの状況では一方的になぶり殺しにされてしまう。どうしたらいいだろう。考えろ。考えろ。考えろ。最善の策を───

 

「■■□■■■□□■■■□■■□■■■■□!」

 

「っ!」

 

「ひゃあっ」

 

 弾丸のように突進するジャバウォック。美沙夜を米俵のように肩で担いで跳躍する。一先ず旧校舎に逃げる。結界が張られているということはこの内部のどこかに基点があるはず。それを破壊することができれば結界は維持できなくなる。荒耶さんの受け売りだけど。

 

 圧倒的に不利なため狭い室内で戦闘になった場合は脱兎の如く逃げるしかない。取り敢えず美沙夜を安全な所まで連れていって身を隠してもらいあの怪物のことに専念しようと考えた。

 

 荷物が置いてある空き教室に入るとしっかりと施錠する。怪物にとって意味はないだろうけど精神衛生上、鍵が閉まっているというだけで安心できるのだ。

 

 いや、敵があのジャバウォック一体だけということを前提として、藤乃がジャバウォックを相手している際に美沙夜に結界の基点を探してもらった方が効率はいい。ただ、美沙夜は魔術のマの字も知らない一般人。探し当てることができるだろうか?

 

 ……でもこちらの方が可能性がある。

 

「あの美沙───」

 

(みな)まで言わなくても分かります。私はどう見ても足手まとい。浅神さんがあの怪物を引き付けている間にこの旧校舎のどこかにある発生源を見つけてほしい、と」

 

「美沙夜さん……。はい。どうかお願いできますか?」

 

「まあ、適材適所というやつね。私では無様に殺されるだけでしょうけど浅神さんはあの怪物に対抗しうる術があるのでしょう? ……今でもまだ信じられないけれど、だからといって何もしないというのは黄路の沽券に関わりますから」

 

「あまり無茶はしないでください。危ないと思ったらすぐに逃げてわたしを───」

 

「あら、信用がないのね私。でも心配しなくて結構よ。こんなところで死ぬつもりなんて毛頭ありません。それに浅神さんの方こそあまり無茶をして私を困らせるものではなくてよ?」

 

 ……ぐうの音も出ない。

 

 ある程度時間を稼いだら鬼熊の時と同様。螺子巻拳を駆使して接近戦に持ち込もうと思っていた。行動心理は読めないが攻撃手段はある程度予想できる。受け流して迎撃するのが好ましいだろう。

 

 屋外であれば奥の手のひとつやふたつどうにでもなるがあまりにも博打なため自分でさえ躊躇ってしまう。成功すれば起死回生。失敗すれば絶体絶命。鬼が出るか蛇が出るか。

 

「……善処します」

 

「……約束はしてくれないのね」

 

「……すいません」

 

「……まあいいわ。お互い頑張りましょう」

 

 ぱん、とハイタッチを交わして作戦は決行された。

 

 

               ☆   

 

 

「ところでよく結界に発生源があると分かりましたね」

 

「そう? 幻想文学では割とポピュラーじゃないかしら。冒険小説とかでもよく見かけますが」

 

「読まれるんですね。そういうの」

 

「空想と割りきってしまえば案外面白いものです。……現実に起こっている以上、割りきれないのが悔やまれますが」

 

「うふふ」

 

「───先に言っておきますが、寮に戻ったら一から十まで洗いざらいお話してもらいますから覚悟なさい」

 

「え」

 

 

               ☆   

 

 

 秘密を開示するよう要求された藤乃は渋々ながら了承した。遅かれ早かれこちら側に来る運命だったのかもしれない。囮になるため廊下に出てジャバウォックを探す。美沙夜はジャバウォックが藤乃に注目している隙に二階の探索をする手筈になっている。

 

 ……………………………………………………。

 

 どこか妙だ。室内に気配がない。警戒を怠らず慎重に前進する。壁に背をつけてそろりと玄関を調べる。やはり気配がない。消えた? そのまま反対側に渡ろうと壁から離れる。

 

 次の瞬間。玄関が崩壊した。

 

「■■■□□■■■□■■■■□□■■□■■!」

 

 砲弾が着弾したかのような爆音と爆風、爆煙。一体何がと考える時間を与えずに鞭のように振るわれた尾の一撃が藤乃を襲った。轟。壁を突き抜けて校舎裏まで飛ばされる藤乃。砂まみれになりながら転がっていき受け身を取ってすぐに立ち上がった。

 

 ずきん。強化の魔術を掛けたのだが脇腹に激痛が走る。肋骨にもろに当たったため少なくとも肋軟骨が骨折しているだろう。頭もぶつけたからか額から冷や汗と血が混ざった液体が滴った。

 

 一度心を落ち着かせて冷静に分析する。

 

 恐らくジャバウォックは校庭から校舎まで文字通り一瞬で()()()きたのだ。煙の中から自分の全長より大きい翼を広げたジャバウォックの姿を確認した。藤乃の姿を捉えて直ぐに飛翔したのだろう。ロケットもかくやと云った推進力だ。

 

 とてつもない運動エネルギーのそれは質量兵器のようなものだ。弾丸の代わりに己を撃ち出す。玄関が木っ端微塵になるのも頷ける。直撃していたら十七分割じゃ済まなかった。

 

(自分自身が砲台であり弾丸だなんて。愚鈍そうな見た目とは裏腹になんて出鱈目な速さなんでしょう。原作知識に頼りきりではいずれ足元を掬われかねませんね)

   

 心の奥底で過小評価していた自分を戒める。命に別状はないと云っても窮地に陥っていることに変わりない。さあ、どうしましょうか?

 

 歪曲の魔眼でねじ曲げることができればいいが避けられたり仕留め損なえば二度と当たってはくれないだろう。これは某光の巨人のほにゃらら光線と同じでトドメに使うべきだ。うん。

 

 ──────────。

 

 左右の手を胸の前で広げて見つめる。

 

 ……そう、前世の子どもの時にロボットアニメに登場した。両手両足にタービンを装備していてその回転力を利用して必殺技を繰り出すスーパーロボット。

 

 ……大きな電池が動力の主役ロボットでそういえば母親におねだりして玩具を買ってもらったっけ。自分はかっこいいと思うのだけれど友だちからの評判はあまりよろしくなかった。

 

 ……おっと。話が脱線するところでした。

 

(タービンとは、回転式の原動機。だから歪曲の魔眼で回転軸を固定できれば実現できる……)

 

 回転軸を腕周りに固定したままでいられれば───それは何よりも強固な盾となる。そしてそれは拳闘士のように打撃を強化する拳鍔でもある。咄嗟に思い付いたが腕ごと巻き込んでしまえば両腕は前衛芸術作品に早変わりだ。ミンチよりも酷いことになる。

 

 最悪を想像して躊躇してしまう。

 

「それでも、やるしかない……!」

 

 落ち着け、落ち着け、落ち着け、落ち着け、落ち着け、落ち着け、落ち着け。歪曲の魔眼を起こして両腕を見つめる。回転軸を左右別にするのではなく両方とも同じ方向にする。出来るのか? いや出来なければならない。そうでなければ万策尽きる。

 

 ……よし、やるぞ。

 

「■■□■■■■□■■■■□□■■■■■□!」

 

「ま、凶れっ」

 

 振り下ろされた豪腕。大地をも粉々に砕くその一撃。両腕を交差して防御をする。さっきまでの藤乃のか細い腕ならぐちゃぐちゃになっていただろうがこれからの藤乃の腕は一味違う。

 

「成功、した」

 

 両腕を見えない渦が取り巻く。さながらそれは超高速で回転するタイヤのようだ。腕を振り払ってジャバウォックを突き飛ばす。これなら何とかなるかもしれない。よし。制服の裾を破いて腰の位置で結んで動きやすいように加工する。下着が見えてしまうかもしれないが回転に巻き込まれた方が危険だからだ。

 

「───ぶっつけ本番と行きましょう」

 

 半身の構えを取る。怒り狂ったジャバウォックは両腕を組んで横凪ぎに払った。轟。藤乃がいた空間はごっそりと削り取られたが当の藤乃は天高く飛び上がっている。そこから位置エネルギーを利用した攻撃を行う。今度は両足に回転軸を纏わせ重力に身を任せた。狙うはジャバウォックの脳天───!

 

 

「爆砕! 重・落・下!!」

 

 

 ごしゃあ。本来であれば鉄をも砕く必殺技なのだが女子供である藤乃の重量では粉砕には至らずジャバウォックの頭部を凹ませるに留まった。堪らず呻き声をあげて倒れるジャバウォック。

 

「■■□□■□■■■□□■■■■■□■□□!」

 

 ……これならやれる。

 

 再び両腕に渦が取り巻き回転する。もっと。もっと。もっと。空気を振動させるほど回転する。すると渦のなかに雷が迸り火花が散り始めた。藤乃自身も独楽のように回転する。

 

 

「閃光! 雷・刃・撃!!」

 

 

 一掃。その言葉が相応しい。藤乃を中心に稲妻が放出され辺り一面が吹き飛ばされた。ジャバウォックも例外ではなく辛うじて防いだとされる両腕が黒ずんでいる。焼け焦がされ炭化した両腕は脆くなっている。ジャバウォックが両腕を下ろす前に距離を詰める。

 

(両腕に回転軸を纏わせられたということはあの技だってできる。風の刃を作り出す真空の竜巻を───!)

 

 両腕を前に突き出し、それぞれの回転軸を超高速で回転させることで両腕の間に真空状態の破壊空間を作り出す。そのふたつの拳の間に生じる真空の破壊空間はまさに砂嵐の小宇宙!

 

 とある誇り高き血統の物語に登場する石柱に眠る闇の一族。その中でも戦闘の天才と評された戦士が編み出した必殺技。その名も───

 

 

「闘技! 神砂嵐!!」

 

 

 ドォアアアン!!

 

 その威力はジャバウォックの豪腕を粉々に抉り取り、まるで絞った雑巾のような形に変えてしまった。直撃を受けたジャバウォックは全身を切り刻まれ苦悶の叫びをあげる。

 

 一番の脅威である腕を破壊できたのは重畳。お陰で勝機が見えてきた。片膝をついて俯いているジャバウォックは恐らく満身創痍。一気に止めを刺そうと一歩踏み出す。

 

 その時。

 

「■■□□□■■□■■■■□□■□■■□□!」

 

「───な」

 

 自己再生。瞬く間に裂傷と欠損した腕が復元され五体満足の状態で怪物が再起した。思わぬ展開に体が硬直してしまう。その隙を見逃すほど怪物は優しくなかった。

 

 暴。突き出された正拳が藤乃を小石のようにぶっ飛ばす。咄嗟に後方に飛び退いたとはいえ衝撃はかなりのもので意識を失いそうになった。間一髪間に合った両腕もじんじんと痺れてまともに力が入らない。

 

(なんて不覚……。ジャバウォックには不死の伝承なんてないけれど。驚異的な再生能力を持っていることを失念していました)

 

 ……あと、調子に乗ってました。

 

 それにしてもジャバウォックの強さは異常過ぎる。

 

 ジャバウォックがこの結界を張っていると思っていたが実はその反対で()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()のだとしたら? だったらこのままジャバウォックと相対していても何の意味もない。結界の基点を見つけ出さないと永遠にジャバウォックと鬼ごっこすることになってしまう。

 

「───美沙夜さん。どうかお早く」

 

 校舎内を奔走しているだろう頼もしい先輩に希望を託す。

 

 

               ☆   

 

 

 違う。違う。違う。

 

 藤乃がジャバウォックの気を引いている隙に各教室を隈無く探す美沙夜。だが今のところ当たりはない。乙女の勘と云えば胡散臭いが怪しげな物体も見当たらない。ならば───

 

「此処しかないわね」

 

 最初にジャバウォックが潜んでいた教室。扉は見るも無惨に吹き飛んでいて廊下からでも中の様子を窺うことができる。他の教室と同様。家具はすべて撤去されているがこの教室には他の教室と異なる点があった。

 

「───あった」

 

 部屋の中央に設置された無骨な作りの長剣。

 

 言わずと知れた致命傷を与える剣(ヴォーパルソード)である。

   




 
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