【凍結】麻賀禮(まがれ)   作:あらやだ

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四捻り

   

 

               ☆   

 

 

(浅神さんの言う通り、あの怪物が『鏡の国のアリス』のジャバウォックであるのなら怪物退治の剣が存在する。ジャバウォックの首を撥ねたとされるヴォーパルの剣が───!)

 

 それはブリテン諸島に伝わる石に刺さった剣よろしく木材タイルの床に深々と突き刺さっていた。罠が仕掛けられていないか慎重に剣に近づいた美沙夜。そっと柄に触れてみるが何の反応もない。意を決して両手で柄を握り締め力一杯引っ張るが……。

 

「───っんん!」

 

 まるで樹木のように根を張り巡らせているかのようだ。びくともしない。前に後に右に左に揺さぶろうとしても相も変わらず。引いて駄目なら押してみなとばかりにのし掛かるが結果は言わずもがな。

 

(駄目だわ……。一ミリだって動いていない。ここは浅神さんの怪力で引き抜いてもらうしか)

 

 轟。突然校舎が揺れて姿勢を崩してしまう。辛うじて立ったままでいられた美沙夜だが藤乃のことが心配になり廊下に走り出て窓から下を見下ろした。そこには一方的に嬲られている藤乃の姿が見えた。

 

「浅神さん!」

 

|ジャバウォックは豪腕で藤乃を潰さんと振り下ろし地面を砕く。藤乃は小刻みにステップを踏んで(すんで)の所で回避。同時にジャバウォックの巨体を足場に大きく跳躍し間合いを取った。

 

 分が悪いため強張った表情の藤乃。よく見ると目の色が変わっている。惹き込まれるような綺麗な紫色。いや赤色、緑色だろうか。まるで宝石のようにきらきらと輝いている。あれが対抗しうる術なのだろう。

 

 苦戦している中で助けを呼ぶのは難しい。こちらはこちらで対処せざるを得ないようだ。教室へ戻りもう一度ヴォーパルの剣を調べてみることにした。見落としているものがあるかもしれない。

 

「あら? 何かしら……筆記体のようだけど。名前?」

 

 刀身に文字が刻まれているのを見つけた。膝を曲げて腰を落とし体を斜めに傾ける。指先で一文字ずつなぞっていった。

 

 

「クオン、ジ?」

 

 

 このときの美沙夜は知る由もなかったが───それは魔法以上に魔法に近い使い魔を使役する生粋の魔女。その血統の名だった。

 

 

               ☆   

 

 

「破っ!」

 

 螺子巻発条脚がジャバウォックの顎を撃ち抜いた。しかし手応えがなく逆に脚を掴まれて体が宙に浮く。不味い、と感じた時には既に遅かった。ハンマー投げのようにぐるぐる回転するジャバウォック。体に掛かる遠心力と風圧で呼吸ができない。

 

「■■■□■■□□■■■■■■■■□■■□!」

 

 暴。最高速度に達した瞬間放り投げられた。校舎の窓を突き破り更には壁を突き抜けて教室へ叩きつけられる藤乃。通常の強化魔術しか付与していないため足の骨が折れたのかなかなか立ちあがることができない。

 

 どすん。

 

 顔を上げるとジャバウォックがこちらを見下ろしている。飛んできたのか状況は最悪だ。徐に豪腕が振り上げられる。死が目前に迫っているからかその動作がゆっくりに見える。豪腕が藤乃を挽き肉に変える寸前、横合いからの衝撃で吹き飛ばされる。

 

 ───美沙夜だ。間一髪、藤乃を抱き抱えて教室を転がった。肩を貸して藤乃を立たせると一目散に逃げ出す。それをみすみす逃すジャバウォックではない。ゆっくりとした足取りでしかし確実に二人に迫っていく。

 

「美沙夜さん……どうして?」

 

「後輩が無茶をしているというのに先達が無茶をしない訳にはいきません。こうなった以上は一蓮托生。どちらかがなんて弱音は吐かず二人で生きて礼園に帰りましょう」

 

「ですが足をやられてしまって……。わたしのことは放っておいて美沙夜さんだけでも……」

 

「そんなことできるわけがないでしょう! ()()を見捨ててまでも生き残るなんてことは絶対にしない。それとも、浅神さんには私がそんな人間に思えて?」

 

「っ……そんな言葉……ずるいです……」

 

「だったらしゃんとしなさいな。貴女の一番の魅力は底抜けな行動力と実行力でしょうに。弱気な言葉なんて似合ってなくてよ」

 

 男だったら惚れている。いや女でも惚れてしまうほどの気高さ。心がちょっと残念という評価を受けていた彼女だが実のところはなんと頼り甲斐のある先輩だろう。お姉さまと呼びたいくらいだ。

 

 逃げていると理科室が見えた。もしかしたらあれがあるかもしれないと美沙夜に頼んで理科室へ。幸いなことに棚に鍵は付いておらず実験器具も豊富にあった。目当てのものを探す。急がないとジャバウォックが来てしまう───!

 

「あった!」

 

「■■■□■■□■■■■□□■■■□■■□!」

 

 轟。吹き飛ぶ扉に散らばる破片、飛び散る器材。ジャバウォックが追い詰めたと言わんばかりに吼える。しかし藤乃の手にはあるものが握られていた。

 

 シュルシュルシュルシュルシュル。

 

「幼い頃にテレビで見たことがありました。それはいくつもの振り子が隣り合わせで並んでいる。運動量保存の法則と力学的エネルギー保存の法則の実験装置。わたしはカチカチ玉と呼んでいましたが」

 

 拝借したのは『ニュートンのゆりかご』又の名を衝突球。端の一つの球を衝突させると反対側の端の金属球のみが跳ね返る。その金属球が振り子の原理で戻ってきて再び球に衝突すると、初めに衝突させた球のみが跳ね返るというもの。それから球をいくつか外したのだ。

 

 手に馴染むのは鉄球。藤乃の手中で真球のフォルムが高速で回転している。藤乃の十八番である回転の技術が使用可能となった瞬間だった。

 

 ───しかもだ。

 

 

「器材を撒き散らしてくれたおかげで見えました。昆虫の標本……自然物が形作る『黄金長方形』が」

 

 

 ケースから飛び出して宙に舞う蝶の体。十センチ以上になる大型のタテハ蝶。紫色に輝く国蝶━━━オオムラサキ。

 

 そう。無限に続く渦巻きである黄金の回転。黄金長方形の軌跡で回転させることによって無限の力と可能性を引き出した!

 

「疾っ!」

 

 野球選手さながら理想的なフォームで投げられた鉄球はジャバウォックの中心にめり込んだ。黄金の回転は弛むことなくジャバウォックの身体を抉り続ける。

 

「■■□□□■□■■■□□■■□■■□■■!?」

 

 いくら再生能力を持っているとはいえ霊核を永遠に破壊し続ければ復帰することはない。黄金の回転により身動きさえも封じられたジャバウォックは仰向けに倒れ伏した。

 

 下した怪物を一瞥して安堵する藤乃。回転する鉄球は中程までめり込んで剥がれない。結界を解除するまでずっとここにいてもらおう。もう一度美沙夜に肩を借りて理科室を後にする。

 

「やりましたわね浅神さん! ヴォーパルの剣を使わずにジャバウォックを倒すだなんてまるで神話の英雄のよう! ああ、さしずめ私は囚われの姫君。またひとつ私のヒロイン力がプラスされてしまうのね! ではラストシーンといきましょう!」

 

 子どものように喧しくはしゃぐ美沙夜。空気が読めないというかなんというか普段から上品に振る舞っている反動なのか。適当に相づちを打ちながら美沙夜が見つけたという基点を見に行く。

 

 そこにあったのは見たことのない剣。これがヴォーパルの剣というものなのか。これといった特徴のない長剣。試しに藤乃もに引っ張ってみるが思いの外に強固だった。

 

 浅神さんの馬鹿力でも抜けないだなんて、と呟く美沙夜を無視して剣を観察する。何か手がかりがあればいいのだが。

 

「───ああそういえば。クオンジ、という名前に聞き覚えはあるかしら」

 

「久遠寺!?」

 

「ほらそこ。刀身の付け根に名前が彫ってあるでしょう。どうやらヴォーパルの剣はクオンジという方のものらしいのですが」

 

 ……本当だ。筆記体で文字が刻まれている。

 

 久遠寺。その名前が確かであればあのジャバウォックは使い魔は使い魔でも「童話の怪物」とも称されるプロイキッシャーというものだろう。略称はプロイ。

 

 純潔の魔女に伝わる秘儀、破格の魔術系統。

 

 インチキ臭い伝承防御と呼ばれる特性を有し、近代兵器は効かず生半可な魔術でさえも効かない。対抗するには元となった伝承・童話に基づいた弱点を突く必要がある。

 

(そういえば久遠寺有珠は礼園女学院に在籍していたって資料集に書いてあったような……ううん、思い出せない)

 

 何分(なにぶん)昔のことだからしょうがない。兎に角。本体はこの剣で間違いないとして材料は何なのだろうか。あんな強力な怪物を召喚するなんて三大プロイ(グレートスリー)でもない限り不可能だと思うが。

 

 顎に手をあてがって考える。ふと視線を自分の手にやると指先から糸のようなものが伸びていた。なんだろう。掴もうとしても空を切るばかりで掴めない。

 

 ……もしかしたら。

 

 魔眼を開眼した状態で糸を凝視する。その糸はヴォーパルの剣へと伸びていた。材料は旧校舎そして魔女本人(てきたいしゃ)といったところか。なんて恐ろしい。

 

 だとすれば能力は〝ぼくがかんがえたさいきょうのかいぶつ〟を結界内に登場させることだろうか。もしも藤乃が憎悪の想いを持つ破壊の魔王を想像していたら勝ち目はなかっただろう。反物質砲で結界内が焼け野原だ。

 

(近距離でねじ曲げてしまうと余波が恐ろしいですから一旦外に出てからごばーっとしてしまいましょう)

 

 ……後々の報復の方が恐ろしいけれど。

 

 所有欲が凄まじい魔術師の幻影に震える。今回は仕方ないので出会ったときに全力で謝ろうと誓う藤乃だった。

 

 

「ここでいいのかしら?」

 

「はい。あまり近いと魔力の暴発に巻き込まれる恐れがありますから念のため」

 

「そういうものなのね。それで、どうするのかしら?」

 

「校舎ごと破壊してしまおうと思いまして」

 

「えっ」

 

「えっ」

 

「……忘れているかもしれないけれど荷物はまだあの中にあるのよ。浅神さん」

 

「───あ」

 

 すっかり忘れていた。新しい布の入った箱が八つ。まだ旧校舎から取り出していなかった。今ねじ曲げてしまったら塵屑へ成り下がってしまう。

 

 ……ああ、急いで運び出さないと。

 

 再び校舎へ戻ろうと歩を進めた。その時だった。

 

 

「■■□■■■□□■□■■□■■■□■□■!」

 

 

 ──────────!?

 

 二階の壁を破壊して現れるジャバウォック。豪快に着地すると憤怒の咆哮が空気をも震わせる。黄金の回転から脱け出すなんてあり得ない。一体何が……。

 

 もう一度黄金の回転を放とうとポケットから鉄球を取り出して気づいた。振り子の糸が微妙に残っている。真球ではなく楕円球を投げたため黄金の回転に擦れが生じて不完全な回転になったのだ。

 

「くっ」

 

 鉄球を捨てる。予想外の展開だ。もう校舎へは戻れない。肩を借りている美沙夜を抱き締めた。どうやら絶体絶命の窮地に軽口を叩く余裕はないようだ。目尻に涙を浮かべている。

 

「あ、浅神さん」

 

「大丈夫です。問題ありません」

 

 安心させるように柔らかに微笑む。荷物は諦めるしかないが命は諦める必要はない。藤乃の歪曲の魔眼は()()()()()()()()()()()()

 

 ジャバウォックという砲弾が放たれる。一直線に藤乃たち目掛けて飛来する魔弾。当たれば死ぬ。だというのに藤乃は余裕の表情を見せている。死が怖くないのではない。死なないとわかっているからこその余裕。慢心ではない。

 

 ───こぼすは禍言。古より神の祟りを表す呪い。

 

 ───すなわち禍あれ。いざ災いを受けよ。

 

 ───凶事。その言の葉は。

 

 

麻賀禮(マガレ)

 

 

 世界の表層を切り取って目には見えない大きな手で、それを雑巾でも絞るかのような手軽さで。旧校舎は両端からねじ曲がり大地ごとめくれ上がる。理不尽で不条理で非合理。まるでわら半紙をクシャクシャに丸めて棄てるような気軽さで。

 

「■□□□■■□■□□■■□□□□■□□□」

 

 ジャバウォックの豪腕が藤乃たちに届く紙一重の僅かな差。旧校舎は崩れ去りただの瓦礫と土砂との埋立地に変えられた。ジャバウォックはあたかも存在していなかったように霧散して幻想へ消えた。

 

 童話の怪物は鏡の国へ。

 

 ……ほんとなんてわけがわからない(ジャバウォッキー)

 

 かつて旧校舎だった埋立地を見据えながら藤乃は大きくため息を吐いた。そして顔を歪ませる。

 

「あはは。どうしましょうか、これ……」

 

「どうにもこうにもなりません。礼園になんて言い訳するつもりなの? 超能力を使って壊してしまいました、なんて今どき子どもでも信じませんし……」

 

「施設の老朽化で……」

 

「流石に無理があってよ、浅神さん」

 

「ですよねー」

 

「はあ」

 

 ……ラトナさんにお願いしましょう。同居人のピンチに駆けつけなかった罰ということで。うん。そうしよう。

 

 どこぞの陽だまりの毛玉がくしゅんとくしゃみをした気がするが慈悲はない。これくらいの八つ当たりは大目に見てほしい。こっちは心身ともにぼろぼろなのだ。

 

 帰ってシャワーを浴びよう、と踵を返した。

 

 ごつん。

 

「──────────え?」

 

 結界が行き先を塞ぐ。なぜ? 基点は破壊したはずなのに。どうして結界が存在し続けているのだ。困惑する藤乃。荒耶に教わったことを振り返ってみる。結界の基点を破壊すれば維持ができなくなる。その基点は竜脈や宝石等の膨大な魔力タンクが用いられることが多いとされる。

 

 ……膨大な魔力タンク? そんなものが行き場を失ってしまったらどうなってしまうのだろう。ま、まさか。

 

「浅神さん!?」

 

 美沙夜の叫び声で振り向いた。旧校舎跡地から光が迸っている。それは竜脈から暴れ出る魔力の放出。血の気が引く。滅茶苦茶やばいことになっている。

 

 はわわ、と美沙夜が百面相している。逃げ場なんてない。これは言うなれば『壊れた幻想(ブロークン・ファンタズム)』。プロイキッシャーという神秘の塊が暴発しようとしている。

 

 ……………………………………………………。

 

「美沙夜さん」

 

「な、なんですの。何かこの場を切り抜ける策かしら?!」

 

「わたし礼園に帰ったら佳織さんたちとお茶会をするんです」

 

「不吉ぅ! お約束というやつでしてよ浅神さんっ!」

 

 カッ!

 

 結界内が白に染まり、世界に穴が空いた。

 

 薄れ行く意識のなかで藤乃はこう思った。

 

 

 爆発オチなんてサイテー、と。

 

   




   
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