【凍結】麻賀禮(まがれ)   作:あらやだ

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六捻り

   

 移動をはじめてから早三時間。大蛇の襲撃があったこと以外は特に異状なく麓まで辿り着くことができた藤乃と美沙夜。麓を目指したわけは山の下に人里があるだろうと想定してのことだ。しかし人の気配はおろか形跡すら見当たらない。そのまま下っていくと森林が見え川が流れていた。水分はありがたい。川辺で二回目の休憩を取る。

 

 手を器代わりに水を飲む。美味しい。これが本当の天然水か。なんて巫山戯てみるが虚しいだけだった。とりあえず川沿いを歩いていけば人里があるのではないか。折角の水源だ。農耕や運搬等で利用しない手はないだろう。川沿いは平野で山道と違って比較的歩きやすいので足の疲労も軽減するだろう。

 

「水がひんやりとしていて気持ちよかったわね。河川は文明の拠点とも言いますしこのまま進んでいけば必ず人はいるでしょう。気楽にいきましょう」

 

「いえ。いつあの大蛇が現れるか分かりませんから細心の注意を払っていなければいけません。ご心配なく。美沙夜さんには指一本触れさせませんので」

 

「そう───ね。ええ。お願いするわ……」

 

「? ええ。任せてください」

 

 三十分ばかり涼んでから出発する。周囲を警戒しながら歩いているが大蛇の襲撃は一度だけだった。このまま来ないのでは、と思ったが油断は禁物。気を抜いたら頭から食べられてしまう。それに美沙夜を守らなければならないので気を引き締める。

 

 ───美沙夜がそのことを苦痛に感じているとは露知らず。

 

 

               ☆   

 

 

 しばらくすると煙が上がっているのを見つけた。二人は足早に向かうと川辺に人が集まっていた。すぐさま声を掛ける。よかったとほっとしつつ言葉が通じないことに固まった。しまった。言語の壁を考えていなかった。日系人はいるはずもなくジェスチャーを交えて会話を試みるがお互いにちんぷんかんぷんだった。

 

「─────? ──────────。─────」

 

「──────────。─────?」

 

「───────────────? ─────」

 

「? ──────────? ─────」

 

 ふと彼らの容姿に注目した。肌が白くて彫りが深い。体全体をすぽっと隠したワンピースに似た衣装。女性はさらに顔をスカーフで覆っている。この特徴は中東系だろうか。そうならば二人の格好はとても奇異に見えて目立つだろう。コミュニケーションができない以上どう伝えたものか。

 

 ズズン。

 

 ────────────────────!

 

 あの時の揺れだ。大蛇が地中を掘り進んでいる。どうしよう。ここには村人がたくさんいる。この数を守りながら戦うのは不可能だ。かといって見捨てるという手段はなかった。どうにかして彼らを逃がさなければ!

 

 ……Spin/ON

 

 呪文を唱え魔眼を開眼させる。さて大蛇はどこから出てくるか。出てきたところを一撃で潰せば被害は皆無に抑えられる。問題は何体出てくるのかということだが───

 

「Giagiagiaaa!」

 

「Giaaaaa!」

 

「Giaaagiagiagia!」

 

「Giagiagiagiagia!」

 

「Giaaagiaaagiaaagia!」

 

 ……五体。その姿は全部視界に収めていた。

 

 

(まが)れ」

 

 

 ()()()()()()()()()()。頭が割れるほど痛いがこの程度なら安いもの。村人に襲いかかる前に地表から出ている大蛇を全部ひき肉へと変えた。もはや断末魔の叫びをあげる間もなく一瞬の出来事だった。村人は頭上から降り注ぐ肉片と体液とで大混乱に陥っていた。

 

「っ」

 

「浅神さん!」

 

 ぐわん。脳が揺れたような感覚で膝から崩れ落ちる藤乃。とっさに美沙夜が抱き留めるが不快感は治まらなかった。思っていたよりも脳の負担が激しかったらしい。ぽたぽたと鼻血まで垂れる始末。いまので相当なエネルギーを使ってしまった。得意の肉体言語も満足に使えるかもあやしい。

 

 ……不味い。第二波が来たら対処できない。

 

 さっきまでの藤乃とは思えないほど弱々しい力で美沙夜の肩を掴んだ。次の回転に備えるために。

 

「っお止しなさい。これ以上その眼を使っては浅神さんの体が持たないわ。ここは逃げるべきです」

 

「でも、まだ、、あの人たちが、」

 

「他人の心配より自分の心配をなさい!」

 

「、くっ」

 

 

               ☆   

 

 

 美沙夜は藤乃の肩を担いで森林へ逃げる。こうなってしまったら連絡手段なんて言っていられない。生き残ることだけを考えて進まなければ。美沙夜は疲弊した藤乃に視線を向ける。罪悪感と背徳感の入り交じった複雑な目を。

 

(私が戦えていたら浅神さんがこのような目に遭わずとも済んだのに。どうして私は無力なの……!)

 

 ぎりと歯を噛み締める美沙夜。負い目と引け目その両方を感じるようになったのは旧校舎での出来事からだろう。その時は素をさらけ出すことで誤魔化したが今回は誤魔化せない。自分は藤乃の枷になってしまっている、と。

 

 露わになった感情は止め処がない。悔しくて、悲しくて、切なくて、妬ましくて、情けなくて涙が零れる。

 

 どうして私には力がないのか。どうして。どうして。

 

(───、力が欲しい)

 

 じわと()()()が熱くなった。草か枝で切ったのだろう。気にせずにそのまま歩いていく。藤乃をどこか安全な場所で休ませなければ命に関わる。こんな時くらいしか先輩らしさを見せられないのだから弱音なんて吐いていられない。靴擦れで腫れているだろう踵の痛みを無視して突き進む。

 

 だんだん顔色が良くなっていく藤乃。だけど疲れが顔に表れているため無理はさせられない。ぜえぜえと息を切らして前へ前へ。しかし木の根に躓いて二人揃って倒れてしまった。

 

「きゃっ」

 

「あぐ……! ごめんなさい。浅神さん……」

 

「へ、平気です。もう。一人で歩けますから」

 

「っ。……無理をしては駄目よ。私が肩をお貸ししますから」

 

「大丈夫です。だいぶ楽になりましたから。それを言うなら美沙夜さんの方が無理を、」

 

 

「私は無理などしていません!」

 

 

 残響。美沙夜の怒号が森林に木霊する。しまった、と思ったが時すでに遅し。藤乃は驚いて固まってしまった。美沙夜も顔を背けて黙りこんでいる。

 

 自分の無力さを棚に上げて八つ当たりをしてしまった。それは精一杯の強がり。これ以上藤乃に迷惑をかけることを良しとしない美沙夜の吐いた嘘。

 

 そうですか、と藤乃は小さく呟いて立ち上がった。藤乃は何か別の言葉をかけようとしたがその言葉を呑み込んだのは分かっていた。美沙夜はまた気を遣わせてしまったことに自分を恥じる。美沙夜も無言で立ち上がって藤乃と目を合わせずに歩きだした。藤乃もその後をゆっくりとついて行く。

 

 しばらく二人の間に会話はない。

 

 あまりの静寂さに美沙夜は心が押し潰されそうだった。

 

 

 ……美沙夜さんを怒らせてしまった。どうしましょう。

 

 藤乃は美沙夜に怒鳴られたことをずっと気にしていた。美沙夜の矜持を傷つけないように注意していたはずなのに地雷を踏み抜いてしまった。

 

 ……どう謝ればいいのでしょうか。言葉が見つかりません。

 

 戦う力がないことを気にしているのなら藤乃がなんと言おうが逆効果になるだろう。どんな言葉を並べようがそれは強者が弱者に対する言い訳に過ぎないのだから。

 

 無言。ただただ無言が続く。

 

 そういえば村人たちは無事に逃げることができただろうか? 出現した大蛇は全てねじ曲げたが増援が来ていたらひとたまりもない。話すこともできなかったが村人たちの安否を祈った。

 

 ズズン。

 

 ────────────────────!

 

 ズズズズズン。

 

 ……大蛇だ。それに数が多い。急がないと……!

 

 広いところへ出なければ。考えていることは同じようで視線が交差すると二人は頷いて走りだした。以心伝心。仲違いしていてもそれは変わらなかった。

 

 後方から木々が薙ぎ倒される音が迫ってくる。大蛇の群れは木の根を噛み砕いて潜航しているのだ。走る。走る。ひたすら一直線に走っていく。

 

 ……明かりが見える。出口だ!

 

 森林を抜けた先は草原だった。遮蔽物が一切ない真っ平らな平地。接近戦を行うには都合のいい場所だ。歪曲の魔眼は一時使用停止させ得意の格闘で仕留める!

 

 気合いを入れようとした矢先───藤乃はうつ伏せに倒れた。

 

「浅神さん!?」

 

「あ、れ? なん、で?」

 

 美沙夜に起こされるが足に力が入らない。視界もぼやけ口も痺れていて言葉を発するのもままならない。エネルギー切れ? いやそんなはずは。考えられることといえば……

 

「もしかして、毒……!?」

 

「、あの、、とき、」

 

 一匹目の大蛇を屠ったときに全身に血肉を浴びた。その時の毒がいまになって回ってきたのだ。危機的状況。絶体絶命である。

 

「しっかりして! 気を確かに持つのよ!」

 

「っ! みさや、さん」

 

「ほら。私の手を握って! こんなところで死ぬなんて赦しませんからね!」

 

「ありが───?」

 

 まるで靄がかかっているように視界が悪いが。ふと握った美沙夜の手の甲に怪我を見つけた。木に躓いたときにぶつけたのだろうか。()()()()()()()()()()()になっている。

 

 ────────────────────。

 

 そんな。まさか。

 

 だって。それは。

 

(令呪じゃないですか……!)

 

 美沙夜の手の甲に浮かぶ赤い刻印。それは聖杯に選ばれた魔術師に与えられる英霊への絶対命令権。()()()()()()()()()。サーヴァントを使役するマスターの証明。それが黄路美沙夜に与えられた。

 

 ───彼女は誰よりも力を欲していた。

 

 ───彼女は叶えたい望みがあった。

 

 ───彼女はどうしても守りたかった。

 

 だから与えられた。願望器によって。

 

(英霊が召喚できれば大蛇の群れを倒せる……!)

 

 窮地は好機に。助かる方法はこれしかない。問題なのは召喚儀式だ。魔方陣、詠唱、触媒そのどれもが欠けている。正規の召喚はできない。マスターとサーヴァントの間にどのような障害があるか分からないが迷っている時間はない。

 

「みさ、やさん。めいあんがあり、ます」

 

「っ名案?」

 

「つかいまを、しょうかんします」

 

「使い魔……」

 

「わたしがいう、ことばをふくしょう、して」

 

「───分かったわ」

 

 ズズン。

 

 ……間に合えっ!

 

 地面に手を着いて霊脈を探す。魔方陣は用意できないが霊脈から魔力のブーストをかけて強引に呼び出すしかない。この場合は美沙夜と相性のいい英霊が選ばれるはずだ。

 

「そに、ぎんとてつ。いしずえにいしと、けいやくのたいこう」

 

「素に銀と鉄。礎に石と契約の大公」

 

 

「ふりたつかぜ、にはかべを。しほうのもん、はとじ、おうかんより、いで、おうこくにいたる、さんさろはじゅんかんせよ」

 

「降り立つ風には壁を。四方の門は閉じ、王冠より出で、王国に至る三叉路は循環せよ」

 

 

「みたせ、みたせ、みたせ、みたせ、みたせ」

 

閉じよ(みたせ)閉じよ(みたせ)閉じよ(みたせ)閉じよ(みたせ)閉じよ(みたせ)

 

 

「くりかえすつどに、ごど。ただ、みたされるときをはきゃくする」

 

「繰り返すつどに五度。ただ、満たされる刻を破却する」

 

 

「───つげる」

 

「───告げる」

 

 

「なんじの、みはわがもとに、わが、めいうんは、なんじのけん、に。せいはいのよるべに、したがい、このい、このことわりに、したがうならば、こたえよ」

 

「汝の身は我が下に、我が命運は汝の剣に。聖杯の寄るべに従い、この意、この理に従うならば応えよ」

 

 

「ちかいをここに。われはとこよすべての、ぜんとなるもの、われはとこよすべての、あくをしくもの」

 

「誓いを此処に。我は常世総ての善と成る者、我は常世総ての悪を敷く者」

 

 

「なんじ、さんだいのことだまを、まとうしちてん、よくしのわより、きたれ、てんびんのまもりてよ」

 

「汝三大の言霊を纏う七天、抑止の輪より来たれ、天秤の守り手よ───!」

 

 ……見つけたっ!

 

 ありったけの魔力を地中に流し込み霊脈を抉じ開ける。そんなことをすれば大蛇の群れに気づかれるが構わない。とっくに見つかっているのだから今更場所がばれようが同じこと。

 

 盲点だったとすれば霊脈を抉じ開けるということは例えるなら温泉の源泉を掘り当てるようなもので。つまり───

 

 

 膨大な魔力が()()()()()()()()()()のだ。

 

 

「あとはうんまかせで」

 

「運任せなの!?」

 

 グバアアア。二人の足下を中心に周囲一帯が膨れ上がり隆起する。焼かれた餅のように膨れ上がった地面はやがて限界がくる。ピシッ。亀裂が入った音が合図となった。

 

 ドガアアアン!

 

「うみゃあああ!?」

 

「ぎにゃあああ!?」

 

 地面が光を伴う大爆発を起こして宙を舞う二人。地中に潜んでいた大蛇の群れもまとめて吹き飛んでいる。その数およそ十七匹。全て繋げ合わせると三百メートルに届くだろう。それらは空中で姿勢制御し藤乃と美沙夜目掛けて降下してきた。

 

 召喚したサーヴァントの姿は見えない。冬木のアーチャーよろしく全然違う場所に呼び出してしまったのだろうか。一番近くにいた個体が藤乃のことを丸呑みにしようと大口を開けて突進する。

 

 美沙夜は藤乃のことを抱き締めて庇おうとする。万事休す。その毒牙が届く直前、大蛇の額に()()()()()。えっ、と二人同時に言葉を漏らす。藤乃はよく見えていなかったが美沙夜には見えていた。大蛇の額に深々と突き刺さった剣を。

 

 

「───そのまま。じっとしていてください」

 

 

 ……え?

 

 アルトソプラノの凛とした声色。

 

 その声の持ち主は美沙夜を藤乃ごと担ぐと大蛇の額に跳び移って剣を引き抜いた。そして大蛇を踏み台にして大地に降り立った。衝撃を緩和させてゆっくりと美沙夜と藤乃を下ろすとその姿が確認できた。

 

 赤色を主体とした簡素な着物に二振りの中国剣を持ち、濡羽色の前髪を高く上げておでこを出して後頭部で纏めている。顔立ちは女性なのか男性なのか分からないほど整っている。だが一番惹かれたのはその瞳───両目に二つの瞳孔がある。その眼球は瓊玉と翡翠を半分こにしたような艶やかな色をしていた。

 

 中国系の英霊か? 藤乃が見たことのないサーヴァントだ。原作にはいない人物。真名が分からない。

 

「はじめまして。私は黄路美沙夜。貴方のマスター、というものになるのかしら? よしなに」

 

「ええ。はじめましてマスター。私の名は───」

 

 ずしゃあ。大蛇の群れが墜落した。なんとタイミングの悪い。彼(彼女)の名前が聞けなかった。サーヴァントは美沙夜たちに背を向けると二振りの中国剣を抜刀した。

 

「自己紹介は大蛇共を退治した後に。では!」

 

 地面を蹴るとすでに一番近くにいた大蛇の首を刎ねていた。そのままの勢いで二匹目、三匹目と草を薙ぐように軽々と切断していく。残り十三匹。

 

「Giagiaaa!」

 

「Giaaaaa!」

 

「Giagiagia!」

 

「Giaaagiaaa!」

 

 前後左右。四面楚歌。どうするのかと思いきや両手に持っている中国剣を左右の大蛇に投擲し二匹を先に始末し、挟み撃ちになる瞬間に空高く跳躍。二匹は正面衝突した。腕を振るうと投げた中国剣が手元に戻ってきた。糸のようなものを括っていたのだろう。再び投擲してもう二匹も始末する。残り九匹。

 

 ……二刀流の英雄。三国志の登場人物でしょうか? 中国の文献はあまり詳しくないので違う伝承かも……。

 

 中国剣を素振りして血を祓う。そして大きく振りかぶって中国剣を投擲した。それは大蛇には突き刺さることはなく糸で体躯に巻きつくと彼(彼女)は地から足を離しその大蛇を中心に回り始めた。そしてもう一方の中国剣を鎖鎌のように振り回して残りの大蛇をぶつ切りにする。とん。と着地すると糸を引っ張り大蛇を絞殺する。これで残りは───亡骸が八つしかない?

 

「Giaaaaaaaaaa!」

 

 地中に隠れていた大蛇は背後から食らいつかんとするが彼(彼女)が口笛を吹くとぴたりと止まり硬直した。彼(彼女)は焦ることなく静かに近づくと最後の一匹の首を刎ねた。これでお仕舞い。

 

 ……凄い。あれだけの数の大蛇を体術のみで倒すなんて。でもなんだろう。どことなく違和感がある。まるで力を扱いきれていないような……。

 

 思案に耽っていると彼(彼女)が帰ってきた。その装束には返り血なんてついておらず少しの解れもない。全くの無傷。これがサーヴァント。境界記録帯(ゴーストライナー)。人類史そのものから召喚する使い魔の性能なのか。

 

「戻りました。では改めて自己紹介を」

 

 彼(彼女)は剣を納めると人懐こい笑みを浮かべた。

 

「私の名は重華(ちょうか)。クラスは───」

 

 ……クラスは?

 

 

「分かりません! というか自分の名前以外覚えていないんですよねー。あはは」

 

 

 頬をぽりぽりと掻きながら照れくさそうにごちる。

 

 ……………………………………………………。

 

 えっ。

 

「ええええええええええええええええええええ!?」

 

 藤乃に代わって美沙夜の叫び声が轟いた。

 

 召喚儀式を省いた代償は記憶の欠落。それは聖杯戦争という死闘の中で致命的な障害だった。

   




   
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