【凍結】麻賀禮(まがれ)   作:あらやだ

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七捻り

   

「これでよし、と」

 

 美沙夜のサーヴァント───重華は毒が回って身動きが取れない藤乃を背負うと落としてしまわないよう紐でしっかりと結んだ。緊張の糸が切れたのかいまは眠っているが藤乃の容体は芳しくない。早く治療をしなければ命に関わる。

 

 美沙夜は藤乃の頭をそっと撫でた。その額は熱い。高熱に苛まれているのだろう。さっきまであんなに元気だったというのにその片鱗は見えない。そのまま頬を伝う汗を指で拭った。

 

「───行きましょう。聖杯戦争についての詳細は理解しました。まずは協力関係を結べる陣営を探します。他のサーヴァントの気配は分かっているのよね?」

 

「はい。西南西の方角から微かですが魔力を感じます。クラスは判りませんがおそらく───()()

 

 剣士(セイバー)弓兵(アーチャー)槍兵(ランサー)騎兵(ライダー)魔術師(キャスター)暗殺者(アサシン)狂戦士(バーサーカー)。その七騎の内の二騎がいる。重華のクラスが判らないため絞り込むことはできないが解毒ができそうなキャスターがいればありがたい。美沙夜たちは再び森の中を進んでいった。

 

 ……藤乃に残された時間はそう長くない。

 

 

「──────────────────────────────────────────」

 

 残虐。一言で表すのならその二文字が相応しい。

 

 重華に手を借りながらも森を踏破した美沙夜が目にした光景は()()()()()()()()()()()()()()だった。

 

 ばらばらの手や足は数が多すぎて正確な人数が数えられない。食い散らかされた骨には僅かに肉がこびり付いていた。強烈な腐敗臭の中を袖口で鼻を覆いながら慎重に進む。

 

 小規模な村だったのだろう。折れた材木と砕けた石材がかつて家だったものだと推測された。この村もあの大蛇に襲われたのだろう。

 

「誰か! 誰かいませんか! 誰か! 誰か!」

 

 生き残っている人はいないのか。必死に村を駆け巡る。いる可能性がないなんて解っていた。それでも探さずにはいられなかった。

 

「、返事を、、返事をして、誰か、、、」

 

「マスター……」

 

 つい先日まで普通の女子学生だった美沙夜にこの惨状は劇毒だ。魔術のマの字も知らぬ日の当たる場所に住んでいた美沙夜。そんな彼女が現実に耐えられようはずもなく。

 

「うっ」

 

 こみ上げる吐き気を抑えられずにその場で嘔吐した。重華は何も言わずに背を丸め縮こまったその背中をさする。両膝をついて胃の中のものをすべて吐き出した美沙夜は呼吸を整えようと小さく深呼吸をした。

 

「ここに生存者はいない様子。ならば長居は無用です。一刻も早く先へ進みましょう」

 

「……ええ。そうね」

 

 

「ほお。()()()()()()か。まあ俺と遊んでくれよ?」

 

 ────────────────────────────────────────!

 

(どこからか声が……!)

 

「っマスター!」

 

 轟。

 

 大地が爆ぜた。直感で美沙夜を抱えて離脱していた重華は土煙の向こうの爆心地を睨む。

 

「ふっはっはっはっはっは! 今のを避けるとはな。こいつは戦い甲斐がありそうだ……!」

 

 先ほどの声と同じ。渋みのある重い声色……老年の男性だ。土煙が晴れるとそこにいたのは鎧武者。直立して先のとがった紅蓮の角の兜に紅蓮の鎧に身を包んでいる。得物は槍? だけど腰には刀を差している。

 

 日本の英霊だろうか? 重華から降りて咳払いをすると美沙夜は目の前の鎧武者に尋ねる。

 

「お待ちください。私たちに敵対の意思はありません」

 

「うん?」

 

「私たちは同盟を───」

 

「話の途中だが、そりゃあ無理な相談だ」

 

「っなぜでしょう……?」

 

「それはな……!」

 

「!」

 

 がきん。鎧武者が振り下ろした槍は美沙夜の頭部を貫くことなく重華が二刀の剣で受け止めていた。鎧武者は不敵に笑うとさらに力を入れる。

 

「うちの総大将(ますたあ)(みなごろし)をご所望でな。まあ諦めな」

 

「そんな……」

 

「くっ。マスターたちは下がっていてください! 守りながらでは厳しい! 早く!」

 

 紐をほどいて藤乃を背負うと言われたとおり遠くへ走る。後方から聞こえる剣戟の音が戦いの激しさを物語っている。邪魔にならないようにもっと遠くへ逃げなければ!

 

 すると美沙夜たちの横を何かが通り越していった。何かは家に激突すると木っ端と瓦礫を巻き上げた。

 

「───重華っ!?」

 

 それは自分のサーヴァントだった。全身切り傷だらけだが両手に握る剣を手放していないということはまだ戦えるということなのだろう。剣を杖代わりに立ち上がると鎧武者に斬りかかるが簡単にいなされてしまう。鎧武者はまるで子どもをあしらうように重華の連撃を防いでいく。 

 

「どうしたどうした? てんで戦い方がなっちゃいねえじゃねえか。まるで()()()()()()()()()()()()みたいになぁ!」

 

「! ぐぅ!?」

 

「はあ……。なんだよ折角出張(でば)ってきたってのにちっとも面白くねえ。そうだな───そこの寝ている娘を殺したら少しは頑張れそうかぁ?」

 

「────────────────────。うおおおぉぉぉぉぉ!」

 

 吠える重華。太刀筋は荒くなったがその分威力は増している。真正面からではなく俊敏さを活かした攻撃に切り替えた。鎧兜の死角からの斬撃は流石の鎧武者も驚いていたがその表情は喜びへと変わった。

 

「そうだ! 持ち味を活かせ! もっと殺気を込めろ!」

 

「巫山戯た事を……!」

 

「ふはは。面白くなってきたところだが───お開きだ」

 

「なっ!? ───ごふ」

 

 鎧武者は槍を手放して腰の刀を振り抜くと重華の肩から胸にかけて袈裟斬りにした。続けて槍を横に薙いで重華を美沙夜の下まで弾き飛ばす。重華は立ち上がろうとするが剣を落としてしまった。

 

「重華!」

 

「逃げて……マスター……!」

 

「そんな」

 

「おおっと。逃がさねえぞ。心配するな背中のお友だちと一緒に仲良く殺してやるよ」

 

「っ」

 

 万事休す。重華は戦闘の継続は不可能、藤乃は再起不能、美沙夜は戦う術を持たない。ここまでか……と誰もが諦めかけたその時だった。

 

 ───雷が落ちた。一度や二度じゃない。三、四度と眩い光とけたたましい轟音が響く。

 

「うおっ!?」

 

 落雷は鎧武者を狙って降り注いだ。雷を避けていく鎧武者は美沙夜たちから離れるよう誘導されていた。この雷は人為的なものだ。おそらく魔術だろう。

 

『そのままお引き取り願おうか()()()()()()。貴様の目的は達成されたはずだ。欲を掻くと後悔することになるぞ?』

 

 頭の中に直接声が聞こえる。男なのか女なのか、大人なのか子どもなのか分からない独特な声。鎧武者───バーサーカーと呼ばれた男だけでなくこの場にいる全員に聞こえているようだ。鎧武者は美沙夜たちを始末しそびれ苛ついている。

 

「ほお。魔術師ごときが随分と舐めた口を利くじゃねえか。おまえさんが相手をしてくれてもいいんだぞ?」

 

『冗談を。魔術師ごときが狂戦士に敵うはずがないだろう。まあ、それなりに痛手を負わせることはできるが』

 

「…………………………………………………………………………………………………………」

 

『どうする?』

 

 沈黙するバーサーカー。呆れたようにため息を吐くと刀を納め槍を下げると踵を返して歩いていった。肌を刺すような殺気も霧散して美沙夜は重華に寄り添った。

 

 おい、とバーサーカーの大声に振り向く。

 

「おまえたちを見逃すのは楽しみをふいにしたくないからだ。俺はいずれおまえたちの前に現れる。その時にはもう少し強くなっておくことだな。あばよ」

 

 バーサーカーは霊体化して消える。重華は気配が完全に感じられなくなってはじめて脱力した。赤色の着物は流れ出る血によって赤黒く変色している。早く治療しなければ重華も危ない。

 

『おい。そこのマスター』

 

「は、はい!」

 

『その二人を治療したいのだろう。だったら私と手を組め』

 

「……同盟を結んでいただけると?」

 

『ああ。私はマスターを持たない()()()だ。後ろの娘と契約すれば魔術の行使も容易になる。解毒や回復の魔術をな』

 

「っ。ですが浅神さんは───」

 

『その娘が目覚めるまで待っている時間はない。事後承諾という形になるが命には代えられないだろう。決めるのはお前だ』

 

「私が?」

 

『お前の仲間もお前のサーヴァントも決定権を持ち合わせていない。持っているのは生き延びている貴様だけだ』

 

 藤乃の命も重華の命も美沙夜に委ねられている。生殺与奪の権利は美沙夜が握っているのも同然。たまたま五体満足で生き延びているというだけで選ばれた美沙夜は決め(あぐ)ねていた。

 

(勝手に決めてしまってもいいのかしら……。素性も知らないサーヴァントと浅神さんを契約させてしまって万が一のことがあったら……。しかし浅神さんの容態がいつ急変するかも分からないのに……)

 

 首を回して藤乃を見る。背中から聞こえる荒い吐息はとても辛そうだ。美沙夜を庇ったときに浴びた毒。罪悪感は計り知れない。もしかしたら倒れているのは自分かもしれないから。

 

 マスター、と重華が声をかける。自責の念に苛まれる美沙夜だったがすぐに現実に引き戻された。重華は励ますのでも叱るのでもなくただ美沙夜の目を見つめていた。貴方の判断に従います。そう訴えていた。

 

「───分かりました。同盟を結びましょう」

 

『交渉成立だな。では我が工房へ案内しよう。使い魔の後を付いてくるがいい』

 

「使い魔? ───ひゃっ!?」

 

 空から降ってきたのは小さな黒いコブラ。あの大蛇と違って邪な気配がしないのでこのコブラが案内人ということだろう。チロチロと舌を出して愛くるしい。だが毒蛇である。

 

『すまない。驚かせてしまったか。その〝ナーガ〟が鍵の役割も果たしている。そう遠くではないのでそのまま歩いてきてくれ』

 

「分かりました。行きましょう、重華」

 

 

 小さな案内人の後を歩いていく美沙夜たち。村を出て数十分もしないうちにコブラがしゃーっと鳴き声を発すると景色が歪んで湖のほとりに到着していた。初めて魔術らしい魔術を見た美沙夜はほわと驚いた。藤乃が特別なだけだ。

 

「無事に着いたようだな」

 

 瑠璃のように輝く青髪に病的に青白い肌。齢は成人しているのかも怪しい少年の姿。上半身は露出していて何も身につけていないが手足の各所に蛇を模した装飾を身に付けていて腰から下は真紅の布を巻いており黄金でできた装具が脹ら脛を覆っている。しかし何よりも目についたのは───

 

「貴方、そんな怪我で私たちのことを……」

 

 首に深々と突き刺さった矢。それも見るからに不気味な気配を放っている。呪いの類いがかけられているのか矢尻から滲み出る黒い液体が胸元まで垂れていた。

 

「問題ない。痛覚は遮断している。しかし霊基の一部を蝕んでいて魔術の行使が十全にできていない。忌々しい呪いだ」

 

「呪い……。浅神さんと契約すればその問題は解決するのね?」

 

「残念だがそれは不可能だ。この呪いは()()によるものだろう。解呪するには宝具を発動したサーヴァントを倒すかあるいは()()()()()でもいれば話は別だが」

 

「では、どうして……」

 

「即席で工房を作成したがここは霊脈が弱い。先ほどの魔術を行使しただけでかなりの魔力を持っていかれる。バーサーカーに言ったのはハッタリだ。あと一回も行使できん。やはりマスターが必要だと判断した」

 

「……分かりました。浅神さんを貴方に預けます。ただし覚えておきなさい。浅神さんに何かあったらただでは置きません。必ずその報いを受けてもらいます」

 

「ふむ、仲間思いなのだな……。安心しろ、悪いようにはしない。それに私には聖杯に掲げる願いなんぞ持ち合わせてはいないからな」

 

「えっ」

 

 聖杯戦争とは、あらゆる願いを叶えるという万能の願望器───聖杯を奪い合う争い。参加者たるマスターは当然。サーヴァント自身にも叶えたい願いがあるため召喚に応じるもの。しかしこの少年は願いがないと言った。

 

「私が召喚されたのは()()だ。気づいたらこの森の中にいた。近くに召喚者(マスター)の気配もなく、パスの繋がりも感じられなかった。召喚システムの不具合だろうととりあえず舞踊を行っていたのだが───」

 

 

「ちょっと待ってくださる?」

 

 

 とりあえず舞踊。なかなか聞かない言葉に待ったをかける。この男は右も左も分からぬ中、気晴らし感覚で踊っていたというのか。踊りで連想するとインド出身なのだろうが。もしかしてメジャーな英雄なのかもしれない。だが少年はややむっとした表情を浮かべると待たん、と言い放った

 

「私は物事を中断されることが嫌いだ。質問や疑問は話が終わった後にしてくれ。続けるぞ───そこに大蛇の群れに襲われている人間たちが現れた。人間たちを襲っていた大蛇の一匹が私に牙を剥いてな。舞踊を邪魔されたことに腹を立てて一匹残らず殺してやった。人間たちは私のことを恩人だと祭り上げて自分たちの村に案内し、そこで気休め程度だが食事や睡眠を取り魔力供給をしていた」

 

 少年はそのことを懐かしんでいるのか染々と語った。子どもたちから花で作った冠をもらったことや女連中に大量の持て成しを受けて全て平らげたことなどまるで昨日のことのように。だがその表情に影が差して曇ってしまう。

 

「そんなある日、村がサーヴァントに襲撃された」

 

「……!」

 

「私は()()と大蛇の群れを一遍に相手していたのだが。宝具の展開に反応できずそのまま受けてしまった。()()は倒れた私を一瞥すると興味をなくしたのかそのまま立ち去り、残ったのは大蛇たちに全滅された村と私だけだった……。私は地に伏せながら霊脈から魔力を補給し消滅は免れたが簡易な工房を作成するのが限界だった。そこで現れたのが───」

 

「私たち、というわけですね?」

 

「そうだ。手負いとはいえどうやら腕の立つ魔術師らしいな。私のマスターに相応しい人材だ。それに」

 

「それに?」

 

「───いや、なんでもない。さっそくパスを繋いでしまおう」

 

 美沙夜の背から藤乃を預かるとそのまま草原に寝かせる。少年は藤乃の上体を起こして容態を診ている。

 

 実のところ。美沙夜は聖杯戦争のことは重華から聞きだいたい分かっているが、魔術のことはあまり詳しくない。そもそも令呪を持たない人間との魔力供給がどのようなものかも。だから少年が藤乃にした行為は衝撃的だった。それは口吸い。あるいは接吻、口付け、キスまたはベーゼと呼ばれるものだったからだ。

 

「な、な、な、な、な、な、な……」

 

 びしと突きだした指がわなわなと震える。顔だけでなく全身が紅潮して茹で蛸のように真っ赤になる。目の前で友人の唇が見ず知らずの異性に奪われたからであり小説や映画でしかその行為をしらない耳年増だからということでもあった。

 

 少年はそっと藤乃の唇から離れるが少年の口から糸のようなものが伸びていてかなりディープなやつだったのかと心拍数が上昇するお嬢様。見間違いでないのなら頭から湯気が出ている。

 

「……これで魔力のパスが繋がった。正規のマスターではないため懸念は残るがしばらくは問題ないだろう」

 

「あああ貴方!? 無防備なしゅ淑女の唇を奪うだなんてはは破廉恥なっ! 重華! 叩き斬ってしまいなさい!!」

 

「落ち着いてください、マスター。魔力供給というのは魂喰いと呼ばれる下法か先ほどのような肉体的パスを繋げるしか方法がないのです。まあ、説明が足りなかったのは事実ですが」

 

「む……。すまない、お前は魔術師ではないのだったな。ふむ……見たところサーヴァントとのパスが通っていないな。お前たちもやってみるといい」

 

「は、は、は……」

 

 破廉恥ですわー、と工房内に響き渡る美沙夜の叫び。なお死活問題なので血液を摂取させるというやり方でパスを通した。藤乃には申し訳ないがキスはまだ取っておきたいのだ。()()()()()()で眠っている藤乃に守れなくてごめんなさいと謝る。

 

 …………………………………………………………………………………………………………?

 

 安らかな表情? 高熱だった藤乃の体温は平熱に戻っており大粒の汗をかいていたのにもう治まっていた。今はすうすうと寝息をたてている様子。一体何が……。

 

「───ああ。パスを繋げる時に毒を吸い出しておいた。あとは失った体力を回復させるだけだ。普通の人間だったら致死量の猛毒だというのに大した魔術師だ」

 

「あ、ありがとうございます……?」

 

 本当に口吸いで吸い出していたとは……。手段が手段なので喜ぶに喜べない。藤乃が目を覚ました時になんと説明すればいいのだろうか。うん。素直に助かったことを喜ぼう。

 

「良かった……。浅神さん……」

 

「マスター、浅神殿は汗をかいて服が濡れてしまっています。私が湖で洗ってきましょう」

 

「ならば私が乾かそう。火の扱いには長けている」

 

 少年は手から火を出すと宙に浮かせて操ってみせた。暖かい。これなら直ぐに乾きそうだ。美沙夜は藤乃の制服を脱がして下着姿にすると重華に洗濯を頼んだ。自分にはない豊満な胸部を前に(むな)しい気持ちになる。敗北感がすごい。

 

 男二人にはこちらを見るなと命じた。いくら従者と言えど年端もいかぬ乙女の柔肌を見せるわけにはいかない。これ以上の狼藉は許すわけにはいかないのだ。火に当てた制服は一時間もかからずに乾いたので藤乃に着せた。洗剤も柔軟剤も使っていないので少しごわごわするが仕方がない。

 

 魔術で作ったという絨毯(じゅうたん)に藤乃を寝かせて休ませる。これで当面の危機は去った。あとは藤乃が目を覚ますのを待つだけだ。

 

「よし。処置が済んだところで今後について話し合おうか。私たちが戦わなければならない陣営───()()()()()()()()()のことを」

 

「邪王?」

 

「そう。お前たちも襲われたはずだ。この時代に存在するはずのない大蛇の群れに。あれらを召喚し無差別の魂喰いで魔力を得ているようだ。神秘の秘匿という観点から云えば目撃者諸供(もろとも)に始末しているから実践しているとはいえやり過ぎだ。このままではこの国の人間が滅ぼされてしまう」

 

「そんなことは許されません!」

 

「無論だ。どういうわけか()()()()()()()()()()()。このままだと多くの犠牲者が出るだろう。そうなる前に邪王を滅ぼし聖杯を手にいれなくてはならない。そう。過去が未来を変えてはいけないのだ。私たちは歴史の影法師。再び存在することすら禁忌なのだから」

 

 過去の偉人であり英雄たち。彼らは自分たちには到底成し得ることのできない偉業大業を遂げた人生の先達であり道標なのだ。善がいて悪がいる。人類史という一本のフィルムに焼き付いた登場人物たち。それが英霊という存在なのだ。

 

 見た目こそ子どもだが侮るなかれ(れっき)とした英霊のこの少年。彼の生涯も苛烈で壮絶なものなのだろう。あ……。

 

「そういえば自己紹介をしていませんでしたね。私は黄路美沙夜。魔術を使えない一般市民です。こちらが浅神藤乃さん。貴方のマスターである魔術師です。そして」

 

「重華です。召喚事故の影響で記憶が欠落していましてクラスは不明。今後ともよろしく」

 

 ミサヤ、フジノ、チョウカ……。覚えたぞ、と名前を何度か口遊んだ少年。彼は手を差し伸べて握手を望んだ。同盟の誓い。美沙夜はそれに応じいまここに同盟が締結された。

 

「キャスターのサーヴァント、メーガナーダだ。む。知らない? ならばインドラジットはどうだ? 羅刹王(ラーヴァナ)の息子にして天空神(インドラ)に勝った男。む。これも知らない? ……ラーマーヤナくらい読んでおけ」

 

 メーガナーダは己の知名度が低いことにショックを受けていたがすぐに思考を切り替えた。いくつかの単語には聞き覚えがある。たしかインド神話だったか。神々のせいで世界がやばいということしか分からない。ざっくりとした知識だがだいたい合っている。彼は魔王の息子。つまり王子様というわけだ。

 

「───さて。この聖杯戦争について調査したんだが……真っ当な催事ではない。いや、聖杯については真作なのだろうがシステムに至っては完全なる模倣に過ぎず儀式として間違いなく機能するかは不明と云ったところか。何しろ主催者が邪王だ。公平平等とは為らんだろう。うん? どういうことかだと? そのままの意味だ。この聖杯戦争は()()()()()()()()()()()()()()()予定調和の茶番劇ということだ」

 

 主催者が邪王。向こうの都合のいい展開で相手の土俵で戦うなんて勝ち目がなさすぎる。そんなものはただの出来レースではないか。美沙夜は憤慨する。

 

「私たちは数合わせというわけですか!?」

 

「そうだ。おそらくマスターなんて本来いないはずだったのだ。七騎さえ揃ってしまえば聖杯戦争は開幕する。邪王はなかなか数の揃わない状況に痺れを切らしてバーサーカーを嗾けたのだろうな。……これで分かることがひとつある。邪王は聖杯を自分の意のままに操れるというわけではないということ。システムをそのまま模倣してしまったばかりに不正をすることが難しいのだろう」

 

 だからこそルールの穴を突いて立ち回っている、とメーガナーダは言う。なるほど。バーサーカーの言っていた『やっと揃った』というのはこのことか。バーサーカーとキャスターは判明している。ならば重華を入れてあと四騎召喚されている。それが敵か味方かは分からない。だが邪王が接触するより早く会わなければ。こちらの戦力が足りなくなってしまう。

 

「此度の聖杯戦争。察しのいいサーヴァントはみな気配を消して隠れてしまっている。異常性に気付いたんだろう。霊体化されてしまっては私にも探しようがない」

 

「ではどうやって?」

 

「魔術師は魔術師らしく正攻法でいく」

 

 雷鳴の魔王子はにやりと嗤った。

 

 

         ☆         

 

 

「ったくどこなのよ此処は。マスターはいないし蛇は襲ってくるし散々だわ……。不穏な空気だし私に喧嘩を売ったやつに一発ガツンと決めないと気が済まないわ!」

 

「────────────────────────────────────────」

 

「んんっ。いいえ、少しお話がしたいと」

 

「────────────────────────────────────────?」

 

「は? んんっ。素手での説伏は封印しましたとも。ええ。どんな悪逆にも理由はあります。私はその者に話を聞き悔い改めさせたいのです」

 

「────────────────────────────────────────」

 

「はぁ? ケジメはつけさせるに決まってんじゃない。倍返しは当たり前でしょ?」

 

「────────────────────────────────────────」

 

「なに? 聖女が暴力はいいのかって? ……ぼ、暴力は肯定しませんわ。おほほほほほ」

 

「────────────────────────────────────────?」

 

「えっ。なんでおにぎり……いただくけど……。具は何? 梅干し? もぐもぐ。───なにこれおいしいじゃない! あんたの分はいいの? ───えっ。パン派? 嘘でしょ……」

 

 

         ☆         

 

   




 
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