【凍結】麻賀禮(まがれ)   作:あらやだ

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四捻り

   

   

『■□■■□■■■■□■□■■■■■■□□!』

 

「チィッ」

 

 突進とともに振り抜かれた巨腕を避ける! 鉤爪に掠り髪の毛が数本落ちる。あと少し遅かったら顔面は抉れてこの世からおさらばだっただろう。気を引き締める。

   

 熊は警戒しているのかこちらの様子を窺っている。さきの一撃で屠れる自信があったか。先手は奪われてしまったが後手で倒すことができれば問題はない。

   

(こんなデカイ的に外す道理はない!)

   

 投球。狙い通りに胸のど真ん中、心臓のある位置に吸い込まれるように当たった。回転の振動は確実に奴の心臓を麻痺させるはずだ。

   

   

 ───しかし、それは実に浅はかで悪手だった。

   

   

『■□■■■■■■■■□■■■■■■■■□!』

 

「なん……!?」

 

 鉄球の回転エネルギーは毛皮を徹すことができず、やがて力尽きるように回転が止まり地面に落ちた。

 

 いくら不完全な回転だとしてもまるで効果がないというのはありえない。だがその剛毛に傷痕がついていないのを見ると信じざるを得なかった。

   

 ───唖然としていたことが一番の悪手。

   

 その好機を逃す熊ではなかった。豪腕が目前に迫る。防御は間に合う筈もなかった。

 

(しまっ……!)

 

 どごん。宙に飛ばされる。意識も飛んだ。

 

 

               ☆

   

   

 誕生日はいつなのか。そう聞かれたのは先週の晩のこと。

 

 夕食の後片付けをしていた藤乃は皿を運び終えるとお祖父さんお祖母さんの方を向き直ると口ごもる。浅上藤乃の誕生日は五月二十日。今日は五月十三日。丁度一週間後だ。

 

 そう伝えるとお祖父さんは何か欲しいものはないかと聞いてくる。これが口ごもった理由。お祖父さんとお祖母さんは何かにつけて贈り物をくれるのだ。

 

 嫌いなわけではないが、特別な日でもないのにいろいろと物をくれる二人に申し訳ないのでやんわりと断りをいれる。気持ちだけでありがたいからだ。

 

 しかし二人も譲らない。遠慮しなくていいから何でも言ってと。結構食いぎみに聞いてくる。

 

 お花がいい。考え抜いた結果、特に買わずとも山に行けば採れるので花が欲しいと答えた。二人は藤乃に似合う綺麗な花を探してくるよと言った。

 

 初夏の候。この時季に咲く野花はリンドウやヨモギ、フクロソウ等だが藤乃に似合う綺麗な花とは……。申し訳ないと思いつつもやはり贈り物は嬉しいものだ。どのような花だろうと思いを馳せていた。色や形や香りや手触り。妄想に耽る。

 

 一週間後の今日は何の花を受け取っているのだろう。布団に潜りながら期待に胸を膨らませる。こちらも腕によりをかけてごちそうを作ろう。山菜の天麩羅や木の実の寒天なんかも試してみよう。きっと喜んでくれるはず!

 

 ───最高の誕生日になりそうだ、と思った。

 

 

               ☆

 

 

「──────────はは」

 

 ───ああ。夢をみていた。

 

 いつの間にか仰向けになっていた上体を起こす。

 

 五月二十日。本当なら今日は楽しい楽しい誕生日。お祖父さんお祖母さんと和やかに過ごしていたはずだ。だが、そんな未来は訪れなかった。

 

「いたっ」

 

 左腕が上げられない。肩も痛く左半身が痺れているようだ。鎖骨が骨折したのかもしれない。右手で左鎖骨に触れてみると腫れていて骨の位置に違和感があった。骨が折れている。

 

 現状を整理する。ここは崖下だろう。一度落ちたらことがあるから間違いない。体調は左半身以外は異状なし。鉄球の回転で体を硬質化させていたので怪我も最小限度に抑えることができた。もしそのまま攻撃を受けていたら死んでいたに違いない。運が良かった。

 

 鉄球はひとつだけしかない。熊は止めを刺しに下りてくるだろう。詰みだ。打つ手がない。お祖母さんの敵を討つことはできない。

 

 ──────────っ。

 

 悔しい。

 

 悔しすぎて涙が溢れる。

 

 死にたくない、生きて、いたい!

 

 

 ───藤乃。

 

 

 呼ばれた気がしてふと後ろを振り向く。

 

「っおじい、ちゃん……」

 

 そこには変わり果てたお祖父さんがいた。左腕が千切れ下半身がほとんどなくなっている。熊に襲われて食べ残されたのか、まだ人の形をしていた。

 

「──────────ぁ」

 

 お祖父さんの右手には花が握られていた。チシマギキョウ。濃い青紫色の大きな花。その花はどことなく藤乃に似ていた。

 

〝藤乃に似合う綺麗な花を探してくるよ〟

 

 お祖父さんは熊に襲われながらもこの花を手放そうとはしなかった。藤乃への大事な贈り物だからだ。

 

 お祖父さんに近づきその手に触れる。もう冷たくなっていた。指をほどき花を受けとる。大きな花は鐘状花で横向きに咲いている。

 

「……ありがとう。おじいちゃん」

 

 ───誕生日おめでとう

 

 

『■□■■■■□■□■■■■■□■■■■■!』

 

 

 熊が下りてきた。熊にとって己は絶対的な捕食者で人間は餌にすぎない。今この時も命を食らうためにやってきた。

 

 しかし、それは叶わない。

 

「きょうは、ぼくのたんじょうびなんだ……」

 

 徐に立ち上がる。致命傷はなくとも体力は限界に近い。正直に言って立っているだけで辛いし痛い。それでも立ち上がった。

 

「おくりものももらってね。すごくいいきぶんなんだ……」

 

 勝てる訳がない。齢十歳の女の子が熊と戦って勝てる道理なんてない。だが勝つつもりだった。

 

 藤乃の右手では最後の鉄球が回転している。ただの回転ではない。高速で回転しているそれは無限に続く渦巻き……『黄金の回転』! お祖父さんから貰ったチシマギキョウから「黄金長方形」の軌跡を読み取った。

 

 自然に敬意を払う。目の前の化け物に対してもだ。

 

 

「まけるきが、しない!」

 

 ───二回戦。開始。

   




 
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