【凍結】麻賀禮(まがれ) 作:あらやだ
不定期更新
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ここは……どこだ……。
「ぅぐっ」
藤乃は寝ている状態から半身を起こす。全身に激痛が走る。昨日の無茶の代償だとはいえ、日常生活に支障をきたすほどの筋肉痛は予想だにしていなかったので悶え苦しんでいる。いや、寧ろ筋肉痛で済んでよかったのかもしれないがそれでも痛いものは痛いのだ。
涙目になりながらも辺りを見渡す。真新しく火が焚かれている。地面が湿っていて空間が薄暗いので洞穴だろうか。誰かが助けてくれたのだと理解したがそれと同時に崖下にまで一体誰が助けてくれたのかと疑問を感じた。
「漸く、目覚めたか」
「!」
目の前に黒い外套の男が立っていた。いつの間に、と思うより先に本当に人間なのか、と思った。存在感はあるのに気配が希薄なあたりもしかしたら幽霊かもしれない。
まじまじと見ているとどことなく見覚えがあった。既視感。どこかで会ったことがあるようなないような……。うーん。唸りながら首を傾げる。取り敢えずは、だ。
「たすけてくれて、ありがとうございます」
「……………………………………………………」
無言。聞こえていなかったのかなと思ったが眉間に皺を寄せている様子を見るとそれはないだろう。男の反応を待つが微動だにしない。静寂に堪えきれず口を開いた。
「あのう」
「礼など不要だ。おまえを助けた訳ではない」
「えっ」
「これについて話してもらう」
男が取り出したのは鉄球だった。熊を倒してもまだ回転しているそれを見て『黄金の回転』は成功したのだと改めて確信した。男の手をよくみると回転している鉄球は少しだけ浮いていた。なるほど。直に触れていないから無事なのかと感心する。鉄球を受けとり逆巻きの回転をかけて回転エネルギーを止めると男はそっと鉄球を取り上げる。
「鉄球自体には機巧はない……ただの鉄塊。これが我が静止を突破し干渉するとは到底思えんが……とすれば」
「っと」
男は鉄球を投げ返す。藤乃はそれを難なくキャッチすると男がこちらを凝視していることに気づいた。その闇を内包している眼で視られ萎縮してしまうが要するに『黄金の回転』について興味があるということなのだと察した。
「えっと、かいてんはぶっしつのはんのうをしはいするぎじゅつ、です」
手を差し出し広げた掌の上で鉄球を回転させる。
「このかいてんエネルギーにふれたぶっしつはいろいろなはんのうをひきおこします。いきものにたいしてはきんにくのきんちょうとしかんをあやつれます。このはんのうをちょうせつすると───」
くしゃあ。腕が老人のように皺だらけになる。子どものぷるぷるの肌が一瞬の内に。これには男もほうと感心してみせた。
「にくたいのじょうたいをへんかできます。いたみやダメージはありません。もちろんもとにもどせます」
むちっ。ぴちぴちの肌に戻す。よくよく考えてみると技術という枠組みを大きく逸脱しているなあと思った藤乃。鉄球の回転は見てもらうよりも体験してもらった方がいいかもしれない。
「あー……。うしろをむいてしゃがんでもらってもいいですか?」
男は背を向け片膝を着き藤乃の言うとおりにする。屈んだ男のうなじに鉄球を宛がう。今から行うのは回転の技術の本来の使い方、肉体のリラックスと精神の鎮静。
「──────────むう」
男は身動いだ。未知の体験に息を漏らす。もともとは暴れ狂う罪人を鎮めるためのものだがお祖父さんお祖母さんにもよくマッサージと称して行っていたので効能は折り紙付きなのだった。
五分くらい経ってから鉄球を離す。男は立ち上がると体の調子を確認している。絶好調に違いない。何せ信頼と安心の回転エネルギーなのだから!
「───理解した。魔術ではなく体術に近い。埋葬機関には秘伝の技法があると聞く。これもその類いか」
埋葬機関。男が呟いたこの言葉は知っている。知っているとも。聖堂教会が最高位異端審問機関。代行者の中の代行者が属する組織。超が付くほどの武闘派集団だ。
回転の技術も見知らぬ技法のひとつなのだと解釈したらしい。まあ強ち間違ってはいないので否定はしない。おおよそこの世界で知っている人間は浅上藤乃ただひとりだが。
「加えて、その目だ。魔眼とは極めて珍しいものを持っているな。能力の切り替えはできるようだが力の使い方がなっていないのか、魔熊の時に使えれば早々に始末できたものを」
「まゆう?」
「然様。おまえが討ち滅ぼした魔物の名だ。こちらでは鬼熊と妖怪としての名が高いか。熊殺しならぬ妖怪退治。何れにせよ童が為し遂げたには余る偉功だ」
男は微かに笑って答えた。藤乃は明かされた衝撃の真実にあんぐりとしている。それもそのはず、熊殺しでさえ信じてもらえない事実なのに妖怪退治なんて事実は認められすらしないだろう。
「……それと、翁の亡骸は回収した」
「っ」
「見つけ易い山道に伏せさせた。あとは行者か村人が見つけるだろう」
「ありがとう、ございます」
崖下にいるお祖父さんをどう連れて帰るか迷っていたので、男の対応は非常にありがたかった。村に帰ったらお祖母さんと一緒のお墓に入れてあげよう。
「武勲を為したおまえに褒美がないのは憂える。ならば私が讃えるまでのこと。見事だった」
藤乃を真実感嘆して誉める。胡散臭げな男の嘘偽りない称賛に照れてしまう。実のことただの敵討ちだったのだが。まあいいか。
「長居が過ぎたな。では往くか」
「はい!」
男は藤乃を担ぐと洞穴を出る。
───だが、この時の藤乃は知る由もなかった。
───この男が自分の師匠になるということを。
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