【凍結】麻賀禮(まがれ)   作:あらやだ

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七捻り

   

 浅上藤乃は窮地に立たされている。

 

 前置きはない。一言で表すならピンチだ。

 

(くっ! 落ち着け、落ち着いて考えるんだ浅上藤乃! 魔熊のときだって乗り越えられたじゃないか。今回だって乗り越えられるはずだ。冷静になれ、冷静に───)

   

   

「何度も言った筈だが、この女童は私、荒耶宗蓮が貰い受けると」

   

   

(はい駄目でした──────────!)

 

 冷静になれなんてできるわけがない! 藤乃を助けた男の正体が魔術師で荒耶宗蓮だったのも衝撃的だったが荒耶が身寄りのない藤乃を引き取ろうとする方がより衝撃的だった。

 

 かいつまんで説明すると、村に帰ったら荒耶が藤乃を引き取ると宣言して村人たちに野次を飛ばされていた。かくいう藤乃も荒耶の発言を理解できていなかったが、村人たちがそのことに関して猛反対しているのを聞いてやっと理解した。

 

「だから、藤乃ちゃんは私の家で育てるって言ってるでしょ!? 親戚でもないあなたが引き取れるわけないじゃない!」

 

「無用だ。私が貰い受ける。この女童にはおまえは必要ない。必要なものはこの荒耶が与える」

 

「あんたもしつこいわね! 何様のつもりよ! 警察呼ぶわよ!」

 

「そのような威しで私が引き退がるとでも」

   

   

(荒耶パパ自重して! お願いだから!)

 

 

 この場の空気に呑まれてしまい縮こまる藤乃。このまま行くと本当に警察沙汰になってしまう。というか原作解離の事案が発生しているのでどう動けばいいのか迷っていた。

 

「藤乃ちゃんを助けてくれたことには本当に感謝してるわ……ありがとう。でも! それとこれとは話が別よ! だいたい人食い熊が現れた以上村から出ていくことは───」

 

「その熊なら、もう死んでいる」

 

「は、はあ?」

 

「おまえの言う人食い熊は死んだと言ったのだ」

 

 荒耶の言葉で村中が動揺する。先ほど山道でお祖父さんの遺体を発見したことで死者が四人になった。その犯人である人食い熊がもういないというのだ。信じられないのも無理はない。

 

「し、信じられないわね。だったら証拠持って来なさいよ! 人食い熊を殺したっていうのなら証拠をね!」

 

「承った。暫し待つがいい」

 

 荒耶は踵を返すと山に入っていく。藤乃はまさかと心配している。しかし、悲しいかなそのまさかがあり得てしまった。荒耶は十分もしないで村に帰ってきた。

 

 ───魔熊の首級を片手で鷲掴みにして。

 

 絶叫。村人がどよめく。おんなこどもは家に帰らされ残ったのはおばさんと自警団員だけだった。

 

 荒耶は首級を掲げて見せた。その頭部の大きさはいままで目撃したどの熊よりも大きく恐ろしい牙を生やしていた。その顔には固まった人の血と肉とが張り付いていて証拠としては十分すぎるくらいだった。

 

「これが証拠だ。殺された者の無念は果たされている」

 

 無造作に地面へ放り投げる。ずしん。重々しい音がした。べちゃりと断面から血が滴った。

 

「こいつが、夏蔵と午吾を……!」

 

「間違いねえ、こいつが人食い熊だ」

 

「もう怯えねえで済む」

 

「ありがてえありがてえ!」

 

 村人は手の平を返して口々に礼を述べていく。ただひとり、おばさんだけが納得いかないと言わんばかりに荒耶を睨み付ける。荒耶の方は何処吹く風といつもの仏頂面だが。

 

 その場が静まり返るまで睨み付けていたが、おばさんは深いため息を吐くと藤乃に優しく語りかけた。

 

「藤乃ちゃんは、どっちがいいの? おばさんの家で暮らすか、そこの黒助のところで暮らすか」

 

「ぼ───わ、わたしは」

 

 実際のところどうなんだ? おばさんの家で暮らしたらもう「浅上藤乃」ではいられなくなる。『空の境界』という物語から逸れてこれからどうなるか分からない。

 

 それは荒耶に引き取られても同じこと。原作では藤乃の異常を治したときに初めて邂逅しているがもう既に出会ってしまっている。あまつさえ藤乃に対して興味を抱いている。

 

 この世界で生き残るために修業はしていたが、別に自分が主人公になるつもりはなかった。ただ、自分という異分子が混ざったことで物語が進まなくなることを怖れただけだ。

 

 ぶっちゃけて言えば原作が始まったら役割に徹しようとさえ思っていた。不良に性的暴行を受けて両儀式と殺し合いをするまで───『痛覚残留』という「浅上藤乃」にスポットライトが当たるまで。

 

 

 ───それもいまはむかしのはなし。

 

 

 例え自分が物語の登場人物だとしても生きているということに変わりはない。自分は自分だ。浅上藤乃であって「浅上藤乃」じゃない。この世界に生きているひとりの人間なんだから!

 

 なまじ原作を知っているから抑止力だ世界の修正力がどうとかで諦めていたが、違う。そうじゃない。やりたいようにやればいいんだ。この先生きのこるために! 何より───

 

 

(性的暴行受けたり殺し合いしたり、視力が低下したりそんな未来は御免だ。世の不合理をねじ曲げてやる!)

 

 

 

 これが藤乃の本音だった。

 

 ───つまり。

 

「……あらやさんといっしょにいくっ」

 

「……………………………………………………そう。藤乃ちゃんがそう決めたのなら、おねえさんは何も言わないわ。───黒助、藤乃ちゃんに酷いことしたらただじゃおかないんだからね!」

 

「無論。我が名に誓おう」

 

 こうして藤乃は荒耶に引き取られることになり、この物語は正道から逸れて違う道を辿ることになる。はたして藤乃の判断は正しかったのか間違いだったのか、それは誰にも分からない。

 

 

               ☆   

   

   

「おまえは浅上藤乃というのだな。もしや退魔四家が浅神に縁のある者か? なれば特異な力にも合点がいく」

 

「えっ。いまさらですかおぼうさん!」

   




   
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