METAL GEAR ONLINE.   作:ことこと茶碗蒸し。

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第一話

───内臓が持ち上がるような、或いは高所から落下した時のような奇妙な感覚で目が覚める。

愉快とは言えない体験に、顔を顰めながらも目を開けると先程見ていた景色とは一変した周囲の光景に少しばかり動揺する。しかしそれまで。先程の慣れない感覚で忘れていたが、今自分は仮想現実(ゲーム)の世界に居るというをことを思い出し、見知らぬ世界に放り出された動揺を押し殺す。

仮想現実(VR訓練)の世界を経験したこと自体はあるが、その何れもが無機質なポリゴンで構成された薄気味悪い世界であり、自分が今まさに体験しているものとはやはり毛色が違うのだとスネークは思った。

 

一旦思考を止めて周囲を見渡してみると、自分が何処かの街に居ることを認識する。街ゆく人が賑わい、活気に溢れていると一目で分かる。奇妙に思う程顔立ちが整っている人が多く、道を歩く彼らの頭髪が目が痛くなる程、色に溢れている事さえ除けばまさしく人の賑わう街と言えよう。

 

街に降り立っただけなのに軽く目眩を覚える心地で、今から自分はこの世界で過ごすのだと考えると、軽い頭痛がした。

 

「先が思いやられるな···」

 

こんな役ならオタコンの方がやはり適任だろうと、今は近くに居ない親友に恨めしい思いを馳せる。彼が『ナーヴギア』の機材やら何やらを弄っている時に彼が、全く君が羨ましいよ──とか、

本当なら僕も体験したい──とかなんとか言っていたのに、なら代わってくれてもいいんだぞと言うと、彼は苦笑しながら"サニーの面倒を見る人が居なくなるじゃないか、君は口下手だから彼女の話し相手をするには些か役不足だよ"と、そのまま押し切られたのを思い出す。

 

となると今頃彼は、料理の練習に励むサニーに賞味役としてこき使われているのだろうと、なんとなくそう思った。

 

行く末分からぬオタコンに、自分が巻き込まれずに良かったと思いながら首を掻くと、途端に違和感を覚える。

 

「──っ?」

 

首の方にあった手を胸の前にまで持ってくると、有り得ない状態の自分の手に大きく動揺する。

 

「馬鹿な、手が···」

 

既に朽ちたも同然だったシワだらけの自分の手が、別人の手かと見違う程に血色が良く、張りのある健康的な手のソレに戻っていた。

自分達が知り得る腕の良い医者達ですら、老化を防ぐ事さえも出来なかった筈なのに。

 

であれば自分の姿を写せるものがないか、周囲を見渡すと自分のすぐ傍に噴水がある事に気付き、駆け寄って水面に写る自分の姿を見る。

水面が写すのは、30代の半ばにさしかかろうとした男の顔。彫りの深い凹凸のはっきりとした顔付き、しかし何処か東洋人特有の雰囲気を纏うその顔は、日系の人間が多いこの街で違和感は殆ど無かった。

 

──見間違えようがない、これは数年前の自分の顔だ。

これも仮想現実(ゲーム)故か、最早元に戻る事は無いと思っていた自分の身体がここにきて、この仮想現実(ゲーム)の世界で数年前の精力溢れていた頃の身体を取り戻す事になろうとは。

水面に写る男の口角が上がる。なるほど、確かにこれは悪くない。たとえこれが仮初の若さだったとしてもこの世界では腰の痛みに悩まされる事は無さそうだと、思わず笑みをこぼしてしまう。

 

とはいえあくまでこれは仮想現実(ゲーム)でしかない、また現実に戻ればそこにあるのは老いさらばえる老人の身体だけ。少しだけ冷静に戻れば水面から顔を離し、噴水の脇に置いてあるベンチに座り込み、一人考え込む。

全くもって嬉しい誤算だった、仮想現実(ゲーム)の世界ならば身体能力や体力の面ではあまり気にする必要がないだろうと思ってはいたが、まさかこんな事が起こり得るとは思いもしなかった。自分の身体が本当に自分の身体なのかと疑ってしまう程に軽く、まさしく数年前の自分に戻ったようだと感じてしまう。

 

これならばこの世界での活動に支障はない、自分がどこまで動けるのかは未だ分からないが、この調子なら少し派手に動いても問題は無さそうだと直感で理解出来た。身体を動かせる機会があるならばその時にでも試してみるつもりである。

柄にもなく、予想もしない出来事に翻弄されるスネークは己を自嘲すると同時に、例えネットが世界を覆っても未だ世界は広いと思った。

 

噴水の水が上がっては落ちゆく様子を眺めつつ賑わう人達の姿に目を向ける。多様な姿かたちの人があれど、そこに在るのは間違いなくこの世界で生きている人達だった。単一ではない、国境を超えた人々が、繋がっていた。

 

仮想現実(ゲーム)という媒介を通じて距離や時間の壁を取り払われた事により、あらゆる人々が繋がるコミュニティの"輪"。

さながらこの仮想現実(ゲーム)が創り出す世界は、もう一つの"アメリカ合衆国"の様なものだとスネークは思った。

 

─────"お前は、ただのサムではない"

 

スネークの頭に奇妙なノイズがかった映像の様なものが映った。何処かのSome(誰か)の記憶が頭に入り込んだように、自分が体験した事の無いイメージが一瞬頭に浮かんで、泡が割れたかのように直ぐに消えた。

今のは何だったのだろう、疲れているのだろうか。一瞬だけ頭に浮かんだ黒髪の男は一体───────?

 

「──っ?」

 

不意に無意識の内に強く握り締めていた左手に違和感を感じた。先程までには無かった筈の何かが、薄く、固いものが掌の中にある。

左手を胸の前まで持っていくと微かに金属同士が擦れる音が聴こえた。恐る恐ると、折り畳まれていた指を一本ずつゆっくりと解いていく、

 

「これは····」

 

 

掌の上にあったのは、1枚ドッグタグだった。

 

「David?」

 

目に付いたのは、自分の名前が記されたドッグタグ。

鉄特有の薄い光沢感のあるドッグタグに小さく記された自分の"本名"を見て違和感を覚える。スネークの本名を知っている人間は限られている、自分の身の都合上から多くの知り合いや人間からは『スネーク』で通っている筈の自分の本名が何故このドッグタグに記されているのか。妙な事ばかりだと、自分の口から息が洩れた。

 

───────────To be Continued.


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