ある日ハルトとショーコが喧嘩をした。それを聞いたサキとキューマとライゾウは、己の"ジャック"の力を使って、二人を仲直りさせようとするのだが……。
ドルシア軍の巧妙な作戦による、怒涛なる追撃を乗り切った時縞ハルト達。
ただしその代償は大きく、この戦いに置いて山田ライゾウと犬塚キューマの二人がヴァルヴレイヴのパイロットとなった。
当然ハルトからしてみれば、これ以上犠牲は増やしたくないと考えていたため、この結果は納得のいかないものであった。
彼ら咲森学園の作戦指揮官となったエルエルフならば、こうならずとも済む結果を作ることもできたはず。
だがエルエルフは今後の戦況の事も予測し、この事態をわざと利用し適正のあるヴァルヴレイヴのパイロットを選出したのである。
紆余曲折を経て、モジュール77こと新生ジオール、咲森学園の学生達はもうすぐ目的地である中立地帯の月が見え始めた。
「ハルトのばかーーー!!」
――それは、総理大臣選挙が始まる少し前の話である。
「なに? 指南と喧嘩した?」
ある日、やたらと落ち込むハルトが同じヴァルヴレイヴのパイロット――神憑きの仲間の元へとやってきた。
そのハルトの様子を見てキューマが話を聞くと、なにやらハルトは幼馴染の指南ショーコと喧嘩をしたらしい。
「それで、どんな喧嘩をしたの?」
そう聞くのは、神憑きの仲間である流木野サキ。神憑きの中の紅一点である。
彼女の愛機はヴァルヴレイヴⅣ――火ノ輪。高機動型の緑色のヴァルヴレイヴである。
彼女はその名称が嫌いでカーミラと名付けているため、皆の間ではそちらの名称で通っている。
そんな彼女が神憑きとなった理由は、彼女自身がより有名となり、世間に自分の存在をアピールするため。
それだけ聞けば単なる目立ちたがりと思われがちだが、彼女にはきちんとした理由がある。
それは彼女の過去に由来する。彼女は元アイドルであり、とある理由で干されこの学園に無理やり入れられたという悲惨なもの。
それ故に、自分を捨てた者たちを見返すという、野望あっての契約であった。
「その……とてもくだらない話なんだけど……」
そう言葉を濁すハルト。
時縞ハルト。咲森学園の生徒であり最初の神憑きとなった少年。
彼の愛機はヴァルヴレイヴⅠ――火人。赤い色をした、他のヴァルヴレイヴのオリジナルとなった機体である。
そんな機体のパイロットである彼は、とにかく勝負事に弱い性格であった。
ヴァルヴレイヴでドルシア軍と戦っている時は良いのだが、仲間内でのもめ事等ではいつも負けていた。
今回のショーコとの喧嘩も、散々言い負かされてノコノコ引きさがったらしい。
「いいから、話してみろって」
ハルトに優しく接し、力になろうとするキューマ。
犬塚キューマ。この学園の生徒であり他の生徒より一つ上の先輩である。
彼の愛機はヴァルヴレイヴⅤ――火打羽。防御に特化した青色のヴァルヴレイヴである。
彼が神憑きとなった理由は、かつて恋心を抱いていた後輩の櫻井アイナが、ドルシア軍の強襲によって命を失ったことによるもの。
最初は復讐だけでパイロットになることの愚かさを説いていたのだが、同じ同期でパイロットになろうとする山田ライゾウに叱咤され、パイロットとなる覚悟を決めた。
普段は金にうるさいが、後輩のハルト達からしたらとても頼りになる。そんな優しい先輩である。
「実は。またショーコが変なTシャツ来てたから、それやめた方がいいよって忠告したら、そこからあれやこれやで喧嘩になって……」
そう、ハルトは小さくなりながら喧嘩の内容を皆に話した。
指南ショーコは時より変なセンスのTシャツを着ている事がある。
それは個人の趣味の範疇なのだが、その明らかなダサさは学園中の皆が思っている事。
だがショーコの中ではとてもセンスがいいと思っているため、全然心配していないのである。
そしてそのTシャツのセンスをハルトは前回もダサいと指摘したことがあり、しかもそれが大事な告白を濁したこれまた重要なタイミングだった。
それらの過去をぶり返されたこともあってか、今回の喧嘩はいつも以上に大きいものとなってしまったのである。
「ま、確かに指南のTシャツはセンスないよな……」
その内容を聞いたキューマも、それはハルトに同意した。
「つか、くだらねぇことで女に口喧嘩で負けるとはなさけねぇな。お前それでも男か? えぇ!?」
そうハルトに激昂するのはライゾウ。
山田ライゾウ。咲森学園きっての不良。通称:サンダー。
彼の愛機はヴァルヴレイヴⅢ――火神鳴。近距離と遠距離においては右に出るものなどいない、黄色のヴァルヴレイヴである。
彼が神憑きになった理由は、親友にして舎弟であったノブという男がドルシアの奇襲によって殺されたからである。
大切な仲間の敵を討つため迷うことなく人間をやめてしまった。だが後悔など一切しない、男の中の男である。
「ごめん、山田くん」
「サンダーだ!!」
ちなみにライゾウはこのサンダーという名称をいたく気にいっており、山田と呼ばれる度に訂正している。
「しかしあれだな、喧嘩したままじゃハルトの調子も上がらない。こんな時にドルシアに攻めてこられちゃやってられないだろうしなぁ」
「ま、あたし達これでも仲間だし。仲直りを手伝ってあげるのも悪くないわね」
「しゃあねぇな。今度ドルシア野郎が攻めてきた時、いつも以上に張りきれよな」
キューマとサキは乗り気で、ハルトとショーコの仲直りを手伝ってくれると意気込んでいる。
ライゾウも仲間を大切にするという己に誓った想いがあるためか、嫌がることなく手を貸してくれるらしい。
仲間ってなんてすばらしいものなんだと、ハルトは内に感動すら覚えながら、三人に感謝する。
「ありがとう三人とも!」
「ははっ。先輩というのは後輩にかっこいいところを見せるもんだぜ」
「何言ってんだか……」
調子のよいことを言うキューマに軽く呆れるサキ。
こうして、ハルトとショーコの仲直り作戦が始まった。
「それで、仲直りって具体的にどうするつもりなんですか? 犬塚先輩」
「ふふん。そこはきちんと考えているぜ」
そう問うハルトに、何やら名案があると自信満々のキューマ。
「俺的には、今のハルトがそのままごめんと謝りに行っても、言い負かされた挙句変なことを言い返してさらに悪化するだけだと思う」
「そ、そうですよね……」
「そこでだ。俺たちにはその状況を打破できる"能力"がある。そこまで言えばわかるだろう?」
そうもったいぶるように言うキューマ。
それを聞いて、サキがなるほどといった感じでその答えを口にした。
「"ジャック"ね……」
サキが口にしたジャックという単語。
彼らヴァルヴレイヴと契約した神憑きには、共通した能力が存在する。
それがジャック。相手の体に噛みつくことで相手の体を乗っ取ることができる能力である。
どうしてこのような能力が使えるかは解明されていない。だが、彼らにはその術が存在する。
「で、いったい誰をジャックするんですか?」
そうハルトが聞くと、キューマはハルトの肩に両手を乗せあたりまえのように答える。
「誰って、お前をだよハルト」
「えぇ!?」
「要は口下手なお前じゃだめなら、誰かがお前になってショーコに近づき、仲直りすればいいんだ」
キューマが考える作戦はこうである。
キューマ、サキ、ライゾウの誰かがハルトに乗り移る。
そしてそれぞれが考えた作戦通りにハルトを演じ、ショーコの機嫌を取り仲直りをする。
といった神憑きらしい作戦である。
「なら、最初はあたしに任せてもらおうかしら」
作戦が決まると、いち早く前に出たのはサキ。
なにやらいきなり作戦を完遂してしまいそうな、自信たっぷりな意気込みである。
「る、流木野さんが?」
いきなり自分の身体を使うのが女性であるサキであることに、ハルトは戸惑いを見せる。
「だめ? これでも前に一度あなたをジャックしたことがあるんだけど……」
「そ、そうだったね」
それはサキがカーミラと契約した直後の事。
サキは自身に宿った能力を実験すべく、ハルトを騙して体を乗っ取ったことがあった。
それによってサキは半分面白がって、先輩である二宮タカヒを誑かしたり、ワイアードを勝手に操作し好き勝手な情報をでっちあげたりした。
「あ~。あの時のなめこの伝道師事件はそのような裏があったんだな……」
「女ってこえぇな……」
その話を聞くと、男であるキューマとライゾウはそう呟いた。
「したら四の五の言ってられないわよ、ハルト!」
「ちょ、ちょっと待って! 心の準備が……」
「がぶりんちょ!」
「アッーーーーー!!」
躊躇するハルトを押しのけ、サキはハルトの首筋をがぶりと噛みついた。
すると特殊な力が働き、ゆったりとサキ本体が気絶。
そしてすうっと、噛まれたハルトの様子が変わる。
「だ、大丈夫かハルト?」
そう心配するキューマに、ハルトは……。
「ぷはぁ! やっぱり変な感覚ね、男の子の身体って……」
そう女言葉で体のあちこちを触るハルト。
すでにジャックは完了しており、現在ハルトの中にはサキがいる状態に。
「おぉ、こうなるのか。すげぇなこの力」
「そういえば山田は初めてだったな、これ見るの」
「サンダーだっつってんだろうが……」
ジャックの能力に驚きながらも、ライゾウはその訂正だけは忘れなかった。
一方、ハルトの身体を乗っ取ったサキは、さっそく行動に移そうとしていた。
「さてと行くわよ~。女の子口説き落とすの楽しいし~」
「……つか、思ったんだがよ。お前男の身体に入ってなにも感じねぇの?」
いざいかんと、張り切るサキにライゾウはそう尋ねた。
その質問には、キューマ共々サキが首をかしげる。
いったいこの質問にどんな意図が隠されているのか、真相はすぐに分かった。
「どゆこと?」
「いや、こう男の身体乗っ取って、"ナニ"もやらないっていうのはおかしいなってよぉ」
「……あの、もう少し直球に言ったらどう?」
「いやだから、男のナニをさわってみるとk」
「流木野パーンチ!!」
ライゾウの卑猥な発言に、サキはハルトの身体のままライゾウに全力のパンチをお見舞い。
意外な破壊力に、ライゾウは殴られた頭を抱え蹲る。
「いってぇな! なにしやがんだごらぁ!?」
「あんたこそ女性に対してなに言ってんのよ!?」
「なにって、ナニを……」
「言わんでいい!!」
これでもまだ言おうとするライゾウにサキが全力で止める。
このやり取りには、キューマもどう弁護していいかわからず、悩みを顔に浮かべていた。
「あっはっは……。そりゃ山田が悪いわ」
「う……。てかサンダーだって」
「まったく。てか……やっばい今あたし超気にしてる……? 男の子……の……うぅ~!! そういえばあの時は浮かれてて全然気にもしてなかった!!」
今になって、女性である自分が男に乗り移るということがどういうことか、思い知ることとなったサキ。
ちなみに、男二人はそんなサキを見てこんな話をしていた。
「ってことはよ、俺ら女に乗り移ったら……ぐへへぇ」
「おいおいサンダー。そりゃおめぇ……って想像しちまうじゃねぇかよば~かやろ~う」
「……二人とも、なに話してるのかしら?」
「「いえ、なにも!」」
サキがハルトを通して見せた鋭い眼光に、年頃の男二人は恐怖のあまりそう即答した。
色々あったが、ようやく流木野サキによるハルト仲直り作戦がスタートした。
***
学校の屋上から降りて、学校の廊下へ。
ハルトとショーコが喧嘩をしてからそう時間は経っていない。
ということは、ショーコの性格上、喧嘩したことを気にしてハルトを探しているかもしれない。
サキにはハルトとショーコが幼馴染ということしか情報がない。喧嘩の仲直り方法は自分なりに考えなくてはいけないのである。
「さてと、ショーコさんはどこに……」
廊下中を探していると、あっさりとそれは見つかった。
なにやらう~んう~んと頭を悩ませながら、廊下を徘徊するショーコがいた。
どうやら喧嘩したことを深く気にしているようだ。
「いたいた。ごほん……お~いショーコ~」
「は、ハルト!?」
ショーコはハルトと遭遇すると、先ほどの喧嘩による追い目か動揺する。
そして素直になれず、すこしむくれながらそっけない態度をとる。
「な、なによ。そんな簡単になんて許してあげないんだからね」
「はっはっは。さっきはごめんよ。俺が悪かったよ……」
「うん? なんかハルト様子おかしくない」
まだ邂逅して一言しかしゃべっていないのに、なんとショーコはハルトに違和感を抱き始めているではないか。
少しの声色の低さと一人称の違いだけ、たったそれだけである。
そこは長年の付き合いというべきか、それとも正妻の貫禄と言うべきか。
これにはサキも、小さくしまったと口にした。
「あ……あぁ~。そうかな? 俺……じゃなくて僕はいつも通りだぜ?」
「えぇ~? なんかいつもと違う。ハルトはそんなかっこつけたようなキザなしゃべり方はしないでしょ」
「(どんだけこの人ハルト好きなのよ……)ははは、僕だってたまにはかっこつけたくなるさ。それともなに? ショーコはこの世に『人が誰かの身体を乗っ取る力』みたいなのがあると思ってるのかい?」
「そんな力、存在するわけないでしょ~。ハルトはいつ中二病になったのよ」
ショーコはバカみたいと否定するのだが、実際にその力がごく身近に存在しているのだから世界所狭しというものである。
と、話は変わり。サキはハルトの身体のまま、急激にショーコに顔を近づける。
「ちょ、ハルト?」
そして壁に追いやり、あの時タカヒにしたように、壁に手をやり逃げられなくする。
「まぁまぁ。ショーコみたいなかわいい女の子が怒ってる姿なんて、男の僕としては見てられないもんだぜ……」
「ちょ、なによハルト。言葉使いだけでなく行動までなんかチャラいし!」
「たまには……男としてショーコを、無理やりしてやりたいって思ってたんだよね……」
そうサキは甘いマスクで、ショーコに迫っていく。
このままショーコを惚れさせれば、喧嘩なんてうやむやになるに違いない。
サキはそう考え、ショーコに迫るのだが……。
「ば、バカー!!」
そうショーコは叫びちらし、ハルトを思いっきりビンタした。
これにはサキもたまらず、ビンタの衝撃で吹っ飛んでいく。
「ほげら!!」
そしてサキをふっ飛ばした後、ショーコは顔を真っ赤にしてこう吐き散らす。
「は、ハルトのエッチ! 最低!! 死んでしまえーーー!!」
こうして、喧嘩の仲直りどころか、ショーコはさらに怒りを増すだけとなってしまった。
***
「う~ん、なんか頬がめちゃくちゃ痛いんだけど……」
「ごめんハルト。失敗したあげく悪化しちゃったわ」
ハルトの意識が戻ると、身に覚えのない頬の痛みが彼自身を襲う。
当然それはショーコにビンタされた痛みである。だがハルト自身にはその記憶がない。
「ま、さすがにあれはハルトのキャラじゃねぇな」
先輩としてハルトのキャラをよく知るキューマは、サキの結果に呆れ果てる。
「この女は駄目だとして、次は俺様が行くってかぁ?」
そうライゾウが、次は自分の番だと前に出ると……。
「いや、ここは俺がやる。これでも女の扱いには自信があるんでな」
そう名乗り出たのはキューマ。
キューマはよく他校の女子と遊びに行ったりしている。
そしてなにより櫻井アイナに恋をしていた分、そういった関係には慣れている。
「犬塚先輩なら、サンダーよりはるかにマシよね~」
「んだと!? 失敗した分際で何言ってんだこらぁ!?」
さりげなく馬鹿にされ、怒りを露わにするサンダー。
そんな二人のやり取りを横目に、キューマはハルトを励まし胸を張ってこう言う。
「ま、明日には仲直りしてるから。大船に乗ったつもりでいろよ。ハルト」
「犬塚先輩……」
***
翌日……。
「なによハルト。あんな破廉恥なことしようとして……」
「お、ショーコ~!」
昨日やられたことを引きづり廊下をさまようショーコ。
そんな彼女の元に、ハルトの身体を借りたキューマが接近。
「ハルト!? ふん! 許してなんてあげないんだからね!!」
「ごーめんごめん! 昨日はやりすぎちゃったよ、なはは!」
「……なんか様子がおかしい。昨日もそうだけど、今日のハルトはなんか軽いっていうか」
本日もショーコは、キューマが操っているハルトに違和感を覚える。
こう少しでもハルトらしくないだけで、ショーコの中のハルト像は崩れ落ちてしまうらしい。
「そんなことないぞ~! それにほら、こう暗いまんまじゃいつまでもショーコと仲直りできないと思ってさ。ショーコにも元気なってもらいたいって思ってさ」
「む……。そんなこと言われても……」
キューマは明るくショーコに接近し、笑顔になるよう促す。
だがショーコが追った傷は割と深く、中々許してくれそうにない。
「わかったわかった。だったらジャンケンしよう、ショーコが勝ったら改めて俺が謝る。ただし俺が勝ったらショーコが謝る。それでいいだろう?」
「なんか無理やり感がするけど……。そっか、ハルトらしいね。わざと負けて私に勝ちを譲ろうとしてる……」
ハルトはこの学園でも絶望的にジャンケンが弱いことで有名。
それはショーコもよく知っており、現にショーコがハルトにじゃんけんで負けたためしがない。
ここはショーコに負けてハルトが謝る。それで喧嘩両成敗。キューマはそう考えたのである。
「よ~し。絶対に謝らせるからねハルト~」
「俺だって負けねぇぞ~」
そう、二人が構えのポーズをとる。
そして互いに最初はグー、そして両者最善の一手を繰り出す。
その結果、ショーコはチョキ。キューマは……グーを出した。
「…………」
「あ、あれ? ははは今のは何かの冗談だって~。俺がじゃんけんでショーコに勝っちゃうなんてさ~」
そうキューマは誤魔化し、再度じゃんけんをし直す。
だが何回やっても、キューマはショーコに勝ってしまう始末である。
身体はハルト、だが中身はキューマ。当然ハルトの負け癖は解消されてしまっている。
しかしよりにもよってこの大切な場面で、空気一つ読まずキューマは容赦なくじゃんけんに勝ち続けた。その結果……。
「は、ハルトのくせに生意気ーーー!! 信じられない!! もうハルトなんて知らないーーー!!」
「ちょ、ショーコーーー!?」
***
「すまねぇ、もう少しで上手くいくはずが……」
「時の運は残酷なものね。大事な時ほどうまくいかないんだから……」
面目ないと、キューマはうつむき失敗を口にした。
サキはこの喧嘩両成敗の困難さを説き、ハルト自身は半場諦めかけていた。
「二人とも、ありがとう。あとは僕自身でやってみるよ」
そう感謝を口にした時、なにやら忘れ去られている一人が高らかに名乗りを上げた。
「おいちょっと待てや! 俺様を忘れんじゃねぇ!!」
最後の神憑き、火神鳴のパイロットである山田ライゾウ。
そういえばいたなぁと、三人が忘れていたといった目でライゾウを見る。
「ま、多分無駄だと思うけど。やるだけやってみれば?」
「なんだその傍から期待してないような物言いはよぉ!!」
サキに馬鹿にされて憤慨するライゾウ。
しかし残された希望はライゾウしかいない。ならば最後の手段に全てをかけるしかないのである。
「山田くん。いや……サンダー。頼んだよ」
「お、おう。任せとけや時縞!! この学園の不良どもの争いをまとめて止めていたこの俺が、男女の痴話喧嘩一つどうってことねぇぜ!!」
こうして、山田ライゾウがハルトの身体を使い、いざ出陣。
その翌日。
「まったくハルトのやつ。どこまで私をバカにすれば気が済むのよ」
案の定、前よりも怒りを露わにしていたショーコ。
そんな彼女の元に、ハルトの身体を乗っ取ったライゾウが現れる。
「ぱらりらぱらりら~!! おぉうショーコ! 昨日はすまなかったなぁ~。一つ詫び入れさせてくれや~」
そう、髪をリーゼントにしサングラスをかけ、肌を露出したまま学ランを番長のように羽織るハルト。もといライゾウ。
明らかにハルトを演じるつもりもない彼の作戦だが、そんなハルトにショーコは……。
「バカーーー!!」
なんと会話の余地もない、出会いがしらで思いっきりパンチ。
「ぶほっ!」
「信じられない!! 私に許してもらえないからって不良まがいなことして、ハルトは優しい子だもん! そんなグレることなんかしない!! もう知らなーーーい!!」
こうして、ライゾウの作戦は一瞬で終わることとなった。
***
「ほんと、見る影もないわね……」
「正直サンダーひでぇわ……」
「だってよぉ~」
「えーん! 頬が痛いよ~!!」
結局三人によるジャック作戦は完全な失敗に終わった。
結果ショーコはさらに怒りを増すばかりで、ハルトには心身ともに大きなダメージを負うことに。
「こうなったら長く様子を見るしか……」
そう、サキが諦めかけていた時。
まだ策はあると、キューマがふふんと笑みを浮かべた。
「実はまだ考えがある」
「なに?」
「それはな……」
***
……さらにその翌日。
「ショ……ショーコさん?」
「なに? バカハルト……」
この日、ハルトは自分自身でショーコに謝りに行った。
だがここまで来ると、ショーコはそっけないどころか完全にハルトを見てすらいなかった。
どうしてここまで怒っているのか、身体を乗っ取っているハルトにはいっさい理解できない。
「そ、そんな怒んないでよ。僕が悪かったって……」
「ふん! チャラ男になったり急にジャンケン強くなったり、挙句の果てにはグレたり。もう知らないんだから」
そうショーコが、ハルトを無下に扱っていた時。
そんなハルトに、この喧嘩を仲直りするためのスペシャルな助っ人がやってきた。
「二人とも、まだやってんの~?」
「ま、マリエちゃん?」
そこへ現れたのは野火マリエ。
ハルトとショーコのクラスメートで、ショーコにとっては親友の女の子である。
「マリエ、どうしたの?」
「なんでもハルトとショーコが喧嘩してるっていうからさ、様子見に来たんだけど~」
と、この時ハルトにはとある違和感が生まれた。
ショーコはまだ気づいていないようだが、このマリエは何かがおかしい。
いつもはカタコト混じりののっぺりとした口調の彼女だが、いつもよりわずかにしゃべるスピードが速い。
ということは、考えられることは一つだけ。
「マリエちゃん、誰かに見に来るよう頼まれたの?」
「うん。"流木野さん"にね~」
これはうまく探りを入れたと、ハルト自身が思った。
そう、今マリエはサキにジャックされていた。隙を見てマリエに噛みつきマリエの身体を乗っ取ったのである。
「マリエって流木野さんと仲良かったっけ?」
「それなりにねぇ。流木野さんってかわいいし綺麗だし正直あたし尊敬してんだよねぇ」
「そうなの? てかマリエなんか様子おかしくない?」
「気にしない気にしない。ちょっとウルトラハッピーっていうか、ドントユニバーーース! ていうか~」
なんかというより明らかに様子がおかしい。
というのもサキ自体がマリエと大した話したこともないため、彼女のキャラをイマイチ理解していないせいもあった。
だがただの一般人であるショーコがジャックの力など理解できるはずもなく、少し疑いながらもショーコはサキをマリエだと認識した。
「そんなことより、いい加減喧嘩なんてやめなよぉ~」
「だってさ! ハルトが私を襲おうとしたりじゃんけんで勝ちまくって馬鹿にするんだよ!?」
(僕そんなことしてたのか……)
そうショーコは文句を言うが、ハルトは今までの事を何も知らない。
マリエを乗っ取ったサキの助けを借りても、仲直りはできそうにない。
と、その時。そこに新たな助っ人が。
「よ~ぉ。喧嘩なんてアホくせぇことやめろや~」
そう不良のような口調で話す人物。
間違いない、サンダーである。だが、そこにいたのは……。
「あ、アキラちゃん!?」
「へぇ~。この引きこもりアキラっていうのか。じゃなくて……そうだよアキラだ。アキラサンダーだ~」
ライゾウがジャックしたのは連坊小路アキラ。なぜかサングラスをかけている。
この学園の生徒であるが、過去のトラウマから学校の奥に作ったダンボールハウスに引きこもっている。
ちなみにどうしてライゾウがアキラをジャックしているかというと。
実のところ最初ライゾウはタカヒをジャックしようと目論んだ。だがタカヒが中々隙を与えず、ライゾウをゴミのようにあしらいジャック失敗。
その後ライゾウはこの学園の女性教育実習生である七海リオンを狙ったのだが、それもうまくいかず。
最終的にライゾウは、迷い込んだダンボールハウスの中にいたアキラを発見。
当然アキラは激しく拒絶しライゾウを追いだそうとしたが、迫りくるライゾウに耐えきれずアキラは泡を吹いて失神。
なにやら見ていてかなり悪い絵面になってしまったものの、失神したアキラに噛みつきライゾウはジャックに成功した。
「アキラちゃん、あのダンボールハウスから出られたの!?」
「おぉ~う。おめぇのために頑張ってダイナミック社会復帰してきたぜぇ~」
どうやらショーコはアキラがダンボールから出られたことへの驚きが勝ったのか、ライゾウが乗っ取っている事になんの疑惑も抱いていない。
「にしてもよぉ。どうせならおっぱいのでかい姉ちゃんの身体に入りたかったぜ。こんな貧相な身体じゃなくてよ、胸は……やっぱちいさずく!!」
「乙女の身体を気安く見るな! そして触るな!!」
ライゾウがアキラの身体をぺたぺた触っていることが嫌だったのか、サキはマリエのまま全力で頭を殴った。
「んだよこの女ぁ! さっきから容赦ねぇんだよ!!」
「あんたこそ本当に女の子の身体乗っ取るとか最低!! 神憑きの風上にもおけないわ!!」
どうにも相性が悪いのか、二人はまたも喧嘩をする。
その状況、事情を知っているハルトは理解できているが、ショーコにはマリエとアキラが普段とは違う様子で喧嘩しているという珍妙な風景に見えている。
こんなんじゃハルトとショーコの喧嘩が収まるどころか、新たな火種ができてしまっているではないか。
「くだらない喧嘩はそろそろおしまいだ」
と、四人の元に新たな人影が。
その人物、咲森学園の制服を着ているが、学生にしては目立つ銀髪。
そう、新生ジオール初の亡命者となった、エルエルフだ。
「ハムエルフくん!」
「エルエルフだ。"確か"そんな名前だったな」
ショーコに名前を間違われ、そう訂正するエルエルフ。
だが、確か……と少しおかしな単語を使うエルエルフ。
そこにいるのは間違いなくエルエルフだ。だが少し様子がおかしい。
「"犬塚キューマ"からお前を助けてやるよう言われた」
この時、ハルトは察した。
ここにいるのはエルエルフではなく、エルエルフをジャックしたキューマであると。
「犬塚先輩が?」
「あぁ、エルエルフから台本を渡され……いや、なんでもない。このままお前がショーコと喧嘩していては今後の戦況に支障が出る」
ショーコがそう聞くと、エルエルフは相変わらず遠回しにそう答えた。
今のエルエルフを乗っ取ったキューマ、なにやら事情ありきのようだ。
それは、キューマがエルエルフを乗っ取ろうとした時までさかのぼる。
当然キューマの身体能力ではエルエルフの隙を作れない。なのであえて見つかり事情をうちあけるキューマ。
それを聞いたエルエルフは、先ほどのような今後の戦況なにがしを口にし、紙とペンを用意。
その紙には預言書が書かれており、今、キューマはその預言書に書かれている事をエルエルフを通して実行しているのである。
「う~。かといって素直に謝るのは……」
「ならば仕方ない。それにもうハルトはお前の物ではないしな……」
そう言って、キューマは予言書通りに、ハルトの肩を掴み壁に押し付けた。
「ちょっ! 犬塚……じゃなくてエルエルフ!?」
「ならば俺が指南ショーコの代わりをやればいいだけのことだ。今夜からお前は……俺のものだハルト」
「えーーー!?」
なんといきなりの大胆発言。
これにはサキも口に手を当て、ライゾウは意味不明のようにそれを見つめていた。
そして、ショーコはというと……。
「そ、そんな……」
「さてとハルト。二人で部屋に戻るか~」
「ちょっと! なんでこんなことになるの!?」
ハルトは事情を理解していても、どうしてこんなことになるのか意味を理解していない。
だが、この状況下で一番焦っているのは、間違いなくショーコだった。そして……。
「ちょっと待ちなさいよ!」
「どうした?」
「ハルトはそんな趣味なんて持ってない! ハルト行こ! そんな人の傍にいたらおかしくなる!!」
「え、えぇ!?」
そう鼻息を荒くして、ショーコはハルトを強奪。
そしてハルトの腕を引っ張り、奥へと行ってしまった。
なにはともあれ、ハルトとショーコは仲直り。それをキューマは安心して見送った。
「ふぅ~。なんとか仲直りは成功したな」
「てか、それあのドルシアの軍人が考えたプロセスなの?」
「よくわかんねぇけど、こうやったら間違いなく仲直りできるって言ってたぞ」
「……ドルシアってその"類"の集まりなのかしら」
こうしてサキの中には、ドルシアの変な印象が生まれてしまった。
***
「みんな。色々あったけどありがとう!」
「ま、お礼ならエルエルフに言ってくれ。ほとんどあいつのおかげだしな」
解決した後、ハルトは改めて皆にお礼。
しかしキューマ的には後半はエルエルフの予言だったらしく、あくまで自分の力はジャックだけであると、そう一歩引いた。
「でも、今回のでジャックの使用タイミングはある程度掴めたわね。あと……今後男子の女子へのジャックは禁止!」
「えぇ~。おめぇだって男にジャックしてナニをあぁしてずく!!」
「うるさい……」
ジャックの能力をそっちの方向へ持っていこうとするライゾウにサキは空手チョップを放つ。
「あはは、そうだね。なるべく女の子はジャックしないようにするよ」
「でもよ、ハルト~」
キューマはそう笑いながら、真面目なハルトに肝心なことを質問する。
「なんですか犬塚先輩?」
「お前よぉ。ショーコをジャックしようと考えたことはないのか?」
「え、えぇ!?」
その考えはなかったと、ハルトが激しく動揺する。
ハルトのその反応を見て、サキがぷっと吹き出し笑う。
「ほんとウブねハルト。そ~うだ、今度こっそりショーコさんをジャックしてハルトを誘惑しちゃお~うっと」
「そ、そんな流木野さ~ん!!」
こうしてハルトの仲直り作戦は幕を閉じた。
彼らのジャックによる悪ふざけは、もうしばらく続きそうである。