魔剣物語外伝 英雄ではない者の話   作:凡人エルフ

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 俺の目から見たウィリアム・マサチューセッツの事を一言でまとめるなら『理解不能な奴』だった。

 最初に会った時、何をそんなに焦っているのだろうかと思った。こんな乾いた戦争で死にたくないから頑張ってるのか、と考えていた。妻がハーフの病弱な女性がいたと聞いたから、色恋沙汰が理由かと今思えば全く見当違いな事さえ考えていたぐらいだ。

 だっていくら人間達が凄いといっても、寿命ならば俺達の方がずっと上なのは良く知っていた。だから英雄がどれだけいようとも、俺達が生きていれば寿命の違いで俺達が勝つからそれまで皆を守りきればいいだけだと思い込んでいた。

 けれどもそれは違うのだとウィリアムと話していて、漸く理解した。

 

「何でそんな焦って頑張ろうとするんだ? 人間と俺達の寿命は全く違う。人間達が死ぬのを待てば、俺達はそれで勝ちじゃないか」

「その死ぬまでとやらに“人類最強アリーシャ・ディフダ”や“無敗将軍ペンドラゴン”以上の怪物が生まれない保証はどこにある?」

「…………」

 

 本人曰く毎回誰もが黙る同じ答えを出されて、俺もまた例外なく言い返す事ができなかった。

 帝国はもちろんだが、様々な人間の国にはそれぞれ英雄がいるのは俺も流石に知っていた。そいつらが万が一こちらに剣を向けてきたらエルフの勝ち目が薄いというか無いのも分かっていた。そうなったら俺は全力で戦う気でいるけれど、守りきる自信は全く湧いてくれなかった。

 だから恐らくエルフの中で一番人間に対する危機感があるだろう彼についていけば、怪物達から皆を守れるんじゃないかと思って俺は彼の下につく事にした。

 

 それからは色々と大変だった。心底大変だった。

 乾いた戦争中だというのに呑気な思考をしていた俺にとって、ウィリアムが王になってからは目まぐるしい日々だった。

 武芸者だった父から数多の武器を教え込まれていた俺は、側近の魔女とまでは行かなくても相当使われた。剣とか弓とか爆弾とかその他諸々全部使わされたって言い切れるぐらいには他の奴よりかは多く戦ってきた。いざという時、家族や友達を守れるかもしれないから覚えておこうと思った技術を全て活用できたのは誇らしかったがその反面、使う時のタイミングが中々えぐい時のが多かったので複雑な気分になる事も多かった。

 けど戦う事以外で頭を使うのは苦手な俺は、彼を信じて戦えばエルフは大丈夫なんだと信じて戦い続けた。相手が大物だとしても、俺達エルフにも英雄がいるのだと思えば勇気が湧いてきたから頑張れた。

 ただ、この時の俺がやってしまった失敗は間違いなく一つあった。

 

 エルフの英雄になったウィリアム・マサチューセッツは、俺達が思っているよりもずっとずっとエルフらしくないエルフという事を忘れてしまっていた事だ。

 

 突如現れ、帝国と多くの英雄を滅ぼした復讐騎……いや、魔王との決戦中、俺は生まれて初めて現実というのを疑った。

 ウィリアムが復讐騎から魔剣を奪い取り、第二の魔王となった。

 これだけで「何やってんの、あいつ!? 馬鹿なの!? ウィリアムなの!?」と人生最大最高レベルで心臓飛び出す勢いで驚いたというのに、あの男は復讐騎のようにはならなかったからもっと驚いた。部下に頬を抓ってもらったけど、他の傷のが痛くてあんまり分からなかった。

 もし同じようになってしまっていたらエルフの英雄の変貌に耐え切れず、俺の心はその瞬間折れていただろう。だけど同時になってくれていた方がまだマシだったのかもしれないとも思った。そう考えてしまうには十分な戦乱が、少なくとも百年は続いてしまったから。

 それでも俺は戦った。エルフ達の境遇は過去に比べればマシになっていたのは事実で、ウィリアムがエルフの為に頑張っている事だけは辛うじて俺も理解していた。だから今後も戦い続けていけば、エルフ達の幸せはあるんだと信じて、またやれる事をやり続けていった。

 俺達エルフの方が寿命は長い。

 魔剣のおかげで俺達は昔よりもずっと強くなった。

 怪物達の半分以上は復讐騎のおかげで死んだから、殺される心配も相当減った。

 だから後は終わるまで皆を守り通せばいい。

 そう自分に言い聞かせて、武器を奮ってきた。だけども長生きの筈のエルフだというのに俺は、終わりが見えなかった。

 

 ある日、その終わりがただの妄想でしかない事を俺は知る。

 部下達が捕まえた人間の女一人に……乱暴をしているのを見つけ、見るに見かねて止めた時の事だ。

 言葉にしたくない程に無残に穢されてしまった女は従属した国の者。どうやって手に入れたと部下に聞いたら、その国から買った、という酷い理由だった。自分達の方が偉いから、という理由にすらならない動機を言われた時は頭が痛かった。当然そいつ等は減給、被害者の女は俺が引き取って世話をする事にした。そのぐらいはやらないと女があまりにも可哀想だった。

 だけど女は俺が隙を見せた時、俺の武器を奪って殺しにかかってきた。

 昔に比べて強くなっていた俺にとっては簡単に防げるものだったから無傷で終わった。それでも女は半狂乱状態のまま、俺を憎悪していた。俺はこの時愚かにも理解できなくて「どうして殺そうとした」と尋ねてしまった。

 女は、この時代に生きる者達にとってあまりに当たり前の返答をしてくれた。

 

「エルフ達さえいなければ、この世界はとっくに平和だったのに」

 

 その呪詛で俺は漸くエルフは俺の守りたかったエルフではなくなっていた事に気づいた。

 翌日、女を俺が一番信用できる人間の下に送ると俺は国を去った。

 やばいと気づいた時にはすぐ動いて解決した方が良い、というのはあいつの下についてから良く分かったものだからこの時もそうした。……魔剣を手に入れる前から長く仕えてきたから、ちょっとは引きとめられるかと思っていたのだがそんな事は全く無かった。あいつは「そうか」とあっさり許可を出したからこっちが拍子抜けした。魔王になってやばくなったせいかと思ったけど、あまりに昔と変わらない様子だったから真意なんて分からなかった。

 その後、俺は少ない噂を頼りにハーフ達の隠れ里へと向かった。

 そこにはウィリアムの下を去った側近の魔女がいた。彼女もまたウィリアムについていけなくなり、国から去っていった人物だ。

 特別親しいわけではないが顔を合わせた事があった俺は彼女に里に住まわせてもらう許可を貰った後、一つ質問をした。

 

「メディア、一つ聞きたいんだけどいいかな」

「何かしら?」

「……ウィリアムはどんな国を作りたかったんだ?」

 

 あの男がエルフの為に頑張っている事は知っている。その為に何でもやってきた事も知っている。あいつは間違いなくエルフの英雄だと胸を張って言える。

 だけど俺はそれ以上の事を知らない。魔剣を手に取り、恐怖で世界を支配して、戦争を更に百年続けさせた事の真意を知らないまま戦ってきただけ。だから側近だった彼女なら、何か知ってるんじゃないかと聞いてみた。

 俺の質問に彼女は何も答えられなかった。

 辛くて悲しそうな顔をした彼女を見た俺が謝罪したら、彼女は「あなたが謝る事ではない」と言ってくれた。その時の彼女を見た俺は何を言えばいいか分からなかった。分かるとすれば、益々あの男の事が分からなくなった事ぐらいだった。

 

 それからの俺は隠れ里の防衛に徹する生活を送った。

 相変わらず戦争の終わる気配は見えなかったが、せめてここにいる連中だけでも守りたかったのでやれる事はやる事にした。時間がある間にやりまくる事のメリットについては、あいつのおかげで嫌というほど知っていたから。

 若い連中に戦い方を教えてやったり、敵が来た時に備えて罠を仕掛けたり、森の外を見回りにいったり、と慌しいけれども終わらない戦争をしてる時に比べればマシな日々だった。

 久しぶりの緩やかな時を得られた俺は「これが求めていた俺の終わりなんだ」とやっと分かった。

 エルフ全体の未来でもなく、世界の支配種族になる事でもなく、単に仲間達や子供達を怪物達がいなくなるまで守り通せればそれでよかったんだって。

 けどウィリアムが全部間違っていた、とは言わない。あいつがいたからエルフ達はここまで来れた、あいつほどエルフの事を思っていた奴はいない。そう断言できるぐらいには、あいつはエルフの為に戦い続けている。

 ……一体あいつの考える終わりは何処にあるのだろうか。どうすれば乾いた戦乱はエルフの平和に変わるのだろうか。

 疑問は浮かんだけど、ウィリアムの事を理解できない俺にそんなこと分かるわけがなかった。

 分かるまでの時間なんてなかった。

 分かる前に、三代目の魔王がやってきた。

 俺は使える限りのものは人も武器も知恵も技術もとにかく全部使って、里に三代目魔王を近づけないように戦った。

 ウィリアムを殺して魔剣を手に入れた復讐の女王の目的がエルフの絶滅なのは把握していた。だから俺はあえて最前線に出て、里に危害が及ぶのを少しでも遅らせようと立ち振る舞った。

 だが無意味だった。魔剣が相手では、英雄ではないただの俺の攻撃など通じるわけが無かった。

 気づいたらエルフの英雄が持っていたかの剣が俺の眼前に迫っていた。その時、俺の頭にこんな事が過ぎっていた。

 

 

 ――ここにいるのが俺じゃなくてウィリアムだったなら、里の連中を守りきれたのかな。

 

 

 そんな妄想に答えは無く、三代目魔王の魔剣によって一人のしがないエルフの生涯は終わったのだった。

 




決して英雄ではないエルフの戦士
エルフの仲間達や次の世代を守りたくて英雄についていった戦乱の時代を駆け抜けていった男。
森の王の事は全く理解できなかったが、彼がいたからこそエルフは今まで生きる事ができた事は理解している。実際彼の行動や戦い方を参考にした為、男は強くなって守る事ができていた。
だから三代目魔王に殺された時に思ったのも、かの英雄ならもっと上手く仲間を守れた、という気持ちだけだった。

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