魔剣物語外伝 英雄ではない者の話   作:凡人エルフ

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 ウィリアムの印象は『理解不能な奴』から変わった事はほとんど無い。

 戦争が終わったら漸く見えるんじゃないだろうかと推測するしかできないほど、あいつのエルフらしい姿を全く見ていないのも理由の一因だ。

 だけど一つだけ理解不能ではない部分を知った。これを知った時、俺はちょっとだけ嬉しかった。理解不能じゃない部分を持つ英雄も俺と同じエルフなんだと思えたから。

 

 その切欠になったのは一つの好奇心からだ。

 エルフの英雄であるあいつの妻は同じエルフではなく病弱なハーフエルフ、しかもかなり人間に近い風貌だったのを見た時は驚いたものだ。

 その奥さんの存在でハーフエルフ達が俺達の仲間になったから良い事とはいえど、あれだけエルフ達の未来を考えてる奴なら奥さんもエルフにするのが当たり前じゃないかと思っていた。友人達は一目惚れか好みの肉体だったか物好きだったんじゃないかと好き勝手に語っていて、俺も概ね同じ事しか思い浮かばなかった。

 だが相手はウィリアムだ。エルフ同士でも本当にエルフかと疑うような、いや、疑うを通り越して理解が一切出来ない脳内思考と行動力を持つ我等が異端児な英雄なのだ。だから俺達が思い浮かぶような理由では決して無い、という事だけは理解できた。

 なので、本人に尋ねる事にした。

 当然ながらウィリアムからは望んだ答えが返ってこなかった為、もう一人の本人である奥さんを狙う。

 幸いにも俺はある程度の信頼と地位は貰っている為、彼女に接触する事は普通に出来た。「何の意味があるのか」と聞かれた時、言い訳に「混じりについて詳しく知りたいから」というのはちょっと厳しかった気がする。一応その後、ウィリアムと相性良いなら頭も良さそうとか色々付け加えたけど、結構苦しかった気がする。ただそれが良かったのか、何とか納得はしてくれた。……というよりは俺を通しても大した問題にはならないだろうと判断されただけだろう。この損得や問題の有無で判断するところは何とか把握できてきたけど、何故いつもその考え方なのかは相変わらず分からない。

 

「あなた、エルフに危害をくわえる気一切無いでしょう?」

「はい、仰るとおりです」

 

 俺は話の種にと思い、ここに来る時の事を簡単に話してみた結果、目の前の女性ウィリアムの妻であるクリスは意図も容易く看破した。

 病弱なのも納得な細い体つき、俺達と似た部分を探す方が難しい人間に近い風貌、けど赤く長い髪の下にある表情をあまり揺るがせない顔は中々美人さん。一目惚れ説もあながち間違ってないんじゃないかと、ウィリアムにあるまじき事を考えてしまった。

 けど彼女は頭の回転が中々早くて俺の抱いてた疑問を一瞬で解き、解説までやってくれた。

 

「あの人はエルフの事を考えて動き続けている。もしも少しでも障害が起きる事があると予測したら彼はとっくに防いでる。でもあなたが私の下に行かせた、という事は決してそうはならないと判断したと見てほとんど間違いない。そこから推測してみたんだけど、合ってるかしら?」

「正解です、奥方殿。俺、じゃなくて私は彼の不利益になる事はもちろん、エルフ達のマイナスになる事はしないと決めてますので。……分かりやすかったでしょうか?」

「あなたが憶測をたくさん言ってくれたからね。それから言いづらいなら無理に敬語は使わなくていいよ」

「……ありがとう。ウィリアムの奥さんに無礼な真似はしたくなかったんだけど、慣れない口調はちょっと大変だったんだ」

 

 許可を貰ったので口調を戻す俺。仕事の都合上、色々出る機会は多いから敬語できないわけじゃないけど堅苦しいから苦手だったんだ。ただこれがあるか無いかで相手への受けは変わるし、俺達の英雄で王様の奥さんが相手なので自分から使ってたんだが幸いな事にその辺を気にしない人のようだ。

 すると向こうは俺の態度を見て、何か疑問が湧いたらしく一つ尋ねてきた。

 

「ねぇ、もしかしてあなた、ハーフエルフの事、嫌っていない?」

「あぁ。あなた達の半分は俺達と同じエルフで今は共に戦う仲間だからな」

 

 この思考は変化を嫌うエルフの中で少数派と言われている。半分とはいえ同じエルフの血を受け継いだ者を仲間として見たいし、俺が無意味に誰かを傷つけるのが嫌いなのが理由なんだがこの辺を正直に言うと友人達からも否定多めの賛否両論を良く受ける。

 クリスは表情をほとんど変えなかったけど彼女の中で腑に落ちたのか、それ以上の追求はしてこなかった。……メディアから俺の事を聞いていたのだろうか。

 さてと、俺はここで本題に入る事にした。短い僅かな時間を雑談で潰すのも悪くないけど、それで一番の好奇心を潰すのは勿体無い。

 

「あのさ、クリス。あなたとウィリアムはどういう理由で結婚したのか聞いてもいいかな? あいつこそハーフエルフより純粋なエルフを妻に選びそうだと思ってたから気になってさ。……一目惚れとかそういうの?」

「違うよ。森の少数派を仲間にしたかったのが理由。私を選んだのは彼にとって一番都合が良かったから」

 

 無いだろうなと思いながらの質問は予想通りすぐ否定され、逆に俺では決して思い浮かばないだろうがウィリアムならば納得が行く愛が欠片も見当たらない答えが返ってきた。

 何もかもが手段になっているエルフの英雄にある意味感心していたら、クリスから尋ねられた。

 

「彼にも聞いたの?」

「愛してるかと聞いたら『分からない』って言われたよ。そのまますぐ仕事の話に変わったからそれ以上は聞いてない」

「そう。彼らしい」

 

 彼女は怒る事も悲しむ事もなく、普通に受け止めていた。それが少し引っかかった。

 話を聞く限り打算と政治的な目的しかない結婚で、選ばれたのもウィリアムの都合でしかなく、愛してるかどうか分からない、と聞いたのに、彼女の態度はどうも可笑しい。諦めているのかと思ったが、それも違う。俺をきちんと観察していて、投げやりな態度は一切無い。寧ろその逆で、俺と話しているクリスから感じるのは、俺達エルフよりも今ここに生きている者であるという妙な印象だった。

 だからなのか、俺は思わず普段の俺からは考えられないような事を確認を彼女にしたんだ。

 

「……もしかしてウィリアムはあなたの事をとても愛している?」

 

 一瞬、クリスが驚いた顔をした。初対面の男にウィリアムの事でこんな指摘をされるなんて思っていなかったんだろう。俺だってこんな事頭に出てくるなんて思わなかった。

 

「どうしてそう思ったの?」

「クリスを見てたら自然と出てきた。……あんな理由で結婚したにしては、あなたはあまりにも堂々としていて余裕がある。そういう心の余裕は誰かに愛されていないと生まれないものだから、もしかしてと思ったんだ」

 

 そう言いながらも俺の中では半信半疑ではあった。彼女だけ見れば納得はいくのだけど、相手はあのウィリアムだ。エルフの為に何でもやっていくあの英雄が、安易にハーフエルフを愛するような男とは思えなかった。

 もしも俺が彼女の立場なら、道具みたいな扱いにとっくにキレているか泣いている。でも彼女はどちらでもなかったし、『分からない』というウィリアムの返事にも予想通りといった態度を見せた。それは少なくともあいつの事を分かってないと出てこないし、分かってたとしても何かしらの確信が無ければ不安になるものなのに微塵もそんな気配は無かった。

 だから気づきにくいだけで、彼女とあいつは本当は凄く愛し合ってる夫婦じゃないかと思ったんだ。

 

「彼には言わないでね。色々考えてしまうだろうから」

 

 彼女からの口止め依頼で、俺の推測は当たったと理解する。

 ……言わないでほしいというのは何時死ぬか分からない病弱さが理由なのかどうかは分からない。ただ、態度にあまり見せないが自然と素直に夫の事が出る辺り、彼女の愛が如何に綺麗かは分かった。

 

「それは構わないけど、いいのか?」

「えぇ。もう証はもらったから」

 

 愛おしそうに腹部を撫でている彼女。その仕草だけで俺の質問はかなり無粋の代物だったと理解した。こんなとびっきりの愛の証、思い合っていないと残せない。

 それを見ていたらなんだか俺は嬉しくなって、つい笑みがこぼれてしまった。クリスは唐突に感じたようで尋ねてきた。

 

「急に笑って、どうしたの」

「いや、とても良い事を知れたなと思ったんだ。あなたもあいつも愛し合っているんだな」

「……ありがとう」

 

 思ったままに言うと彼女は礼を口にする。分かりやすく赤くなったわけではないが、少し柔らかく嬉しそうな声になっていた事でこのささやかな言葉がどれほど嬉しかったのか察するのは容易かった。美人のこういう顔は悪くない。ウィリアムは末永く爆発しろ。

 当初の目的も達成したし、そろそろ仕事を与えられそうなので俺はお暇する事にした。

 部屋から出ようとしたところで彼女に呼び止められた。

 

「リンク。最後に一つだけ質問していい?」

「何だ?」

「あなたから見たウィリアムを教えて」

 

 何だ、そんな事か。お安い御用だ。俺は彼女に振り返ると、自信を持ってあの英雄の事を伝える。

 

「俺達の未来を誰よりも考えているエルフの英雄だ。あんたの旦那さんのおかげで俺達もハーフエルフ達も綺麗な明日を目指していける。少なくとも俺はあいつの味方で居続けたいと思っているよ」

 

 あいつは俺達エルフを纏め上げ、ハーフエルフ達も仲間に加えて、目まぐるしい勢いで進んでいっている。

 今はまだ大した成果を見せていないけれどあの手腕と行動力、そして今後の予測を立てれる思考は大したものだし、少しずつだがあいつのおかげでエルフにとって良い方向に進み出しているのは分かる。

 何を考えてるのかは分からないがあいつについていけば最悪を回避できる事だけは分かった。そしてそれは遠い未来ではないのもなんとなく思えたから、俺はあいつについていって力になるのだと決めたんだ。

 俺が誇らしげに笑って言うと彼女は先ほどと大して変わらないクールな様子で、こう言った。

 

「そっか。……がんばってね」

「あぁ」

 

 応援をそのまま素直に受け取った俺は部屋から立ち去る。

 この時の俺は良く分からない男の唯一分かったところを知って有頂天になっていた部分がある。それに元々頭を動かす作業は得意じゃないし、必要以上につっこむのも好きじゃない。だからか俺の中でクリスとの会話はここで終わっていた。

 

「本当に向いてない」

 

 故に去り際、扉を閉める直前に聞こえた彼女の独り言は俺の耳には届かなかった。

 

 

 

 昔に比べるとはるかに少なくなった休憩時間。一度きりの邂逅を思い出して笑っていると、同じく休憩を取っていたメディアが眉をひそめた。

 

「何をニヤニヤしているのよ、リンク。仕事のしすぎで頭狂った?」

「違う違う。ちょっとクリスと会った時の事、思い出してた」

 

 俺がクリスと対話できたのはあの時の一回きり。彼女は子供を産んで、間も無く亡くなった。その子供は誰も知らない遠くへと捨てられた。その存在を知る者は数少なく、ウィリアムも己の子を追いかける素振りは無い。

 その数少ない存在を知る者同士であるメディアが相手なので、俺は隠す事無く背伸びしながら話す。

 

「今凄くしんどいけどさ、どっかであの二人の子供が生きてたらいいなーと思って気合入れてたんだ。どうせすぐ働かされるから気分転換に想像してた」

「どう考えるかはあなたの勝手だけど……凄く入れ込んでるわね。あなたの子供じゃないでしょうに」

「あぁ。けど我等が英雄の子供だ。愛さない理由が無い。それにそう考える方が、何か嬉しいだろう?」

 

 元々俺はエルフの仲間や女子供を守る為に戦う事を決めた身。その中にあの二人の子供が入るのは俺にとって当然の事だ。

 この乾いた戦争時代では楽観的にも程があるかもしれないけど、ささやかな空想は俺にとっては良い活力となる。

 

「俺の頑張りが少しでも早く戦争を終わらせるものになればさ、未来の子供達は平和に生きられる。ウィリアムの子供も例外じゃなくて、もしそうなったら親子の感動の再会とか出来るかもしれない。ほら、頑張る気力になる」

「……その単純さ、別けてほしいわ」

「お前が馬鹿になったら大変なので断る」

 

 呆れ返ったメディアの皮肉は正面から断った。そしたらため息をつかれた。……彼女の方がウィリアムに近いとはいえ、そこまで変な事言っただろうか。種族の未来と言ったらそういうものだと思うんだけど。

 

「でもさ、流石のあいつでも自分の子供と再会できたら良い笑顔を浮かべて凄く喜ぶんじゃないか?」

「彼がすると本気で思ってるの?」

「……思ってたけど、メディアの中じゃ無い?」

「無いというより想像できないわ」

「……確かに」

 

 試しに満面の笑みを浮かべたウィリアムを想像しようとしたら、何かすっごいあくどい事を考えてるウィリアムしか頭に出てこなかった。

 まぁ、でももしかしたら見れるかもしれないので、この想像はその時に上書きできる事を祈ろう。

 こんな時代だ。愛しい人との子供と再会できたら流石のあいつでも、凄く嬉しい事になるだろうから。

 俺はそんな未来になるよう、戦おう。




リンク
以前の話に出てきた決して英雄ではないエルフの戦士。
彼は決して英雄ウィリアムの事を理解することは出来ない。かの英雄は妻と愛し合っていた事だけは知れたからそれで満足してしまっていたから余計に。
それを糧の一つにして自分の信じる未来に繋げる為に戦い続ける。
僅かに対話したクリスはそんなリンクの人となりと無理解をすぐさま把握し、改めてウィリアムは王に向いていない事を察した。

ステータス
武勇:82 魔力:47 統率:9
政治:37 財力:6 天運:11
・リプレイの方に習って合計220以内のものを採用と思って振った結果、一発で出たのがこれでした。
・イメージでは色々な武器が使える器用万能。ただし総合して82であって、武器一種類になると英雄には負ける。
・指揮官や将軍としての才は無い。本人的にも何かしらの指示がある方がやりやすい。
・基本的な役回りは何でも出来る事を生かした斥候や工作員、場合によっては一般兵や準英雄級との戦闘を担当。
・ウィリアムの指示ならば間違いないと信頼しすぎている部分がある為、ウィリアムから見たら便利な手駒なところがある。
・彼はウィリアムに子供がいるのを知っているが、その子供がどこにいるのか、誰なのかは一切知らない。

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