魔剣物語外伝 英雄ではない者の話   作:凡人エルフ

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 帽子を被った子供が後ろから邪竜の首に短刀を突き刺す、これで九体目。

 その時、仲間の死骸を踏みつけながら突撃してくる十体目の邪竜の懐へと髪の長い子供が飛び込む。邪竜がそれに気づいた時には、既に胸に短刀を突き刺されて絶命していた。

 慣れた様子で短刀を引き抜きながら髪の長い子供は辺りを見渡し、気配を探る。辺りには静けさだけがあり、これ以上の脅威は感じない。もう安全だと判断した長髪の子供はホッとしたように一息ついた。

 

「この辺りのは大体片付いたね。前田、大丈夫だった?」

「はい、乱兄さん。兵士級だけだったのが幸いでした」

 

 前田と呼ばれた帽子の子供は、顔についた返り血をぬぐいながら兄である乱に頷く。お互いに傷はほとんど無いのを確認し、安堵する。このぐらいの敵ならばどうにかできるけれども油断が出来ないのも確か。何しろ今は兄弟二人しかいないから尚更だ。

 それに二人が今いるのは人里離れたところで、道に迷ってしまった為に帰り道も把握できていない。おまけに戦闘していたせいで日がすっかり暮れてしまっている。

 だけどこんな事は慣れっこの為、二人は慣れた様子で野宿の場所を探そうと話す。

 

「それじゃ二人っきりで寝られる場所を探そうか」

「分かりました。邪竜の気配に気をつけて探しましょう。幸い食料の備蓄はまだ残っていますから、そちらの心配はいりません」

「余分めに買って正解だったね。安く売ってくれたあのおじさんに感謝しなきゃ!」

 

 前に立ち寄った村で食料を売ってくれたおじさんの事を思い出し、にっこり笑って喜ぶ乱。

 そう話す兄の姿を見て、前田も当時の事を思い返す。可愛らしいフリルがついたミニスカートを違和感一切無く着こなし、腰まで伸ばした金色の髪を揺らし、愛らしい顔立ちで上目遣いで子供と女の合間ぐらいの雰囲気で、安く売ってほしいと強請る愛らしい少女の姿にしか見えない我が兄の値切っていた光景を。

 

「……あの人、絶対兄さんが男だって気づいてませんでしたよね?」

「そこは気にしたらダ・メ・だ・よ?」

 

 前田の疑問に乱は人差し指を自身の唇にあてながら、気にするな、と告げるのだった。

 これ以上口にしたら喧嘩になると前田は悟り、追及することをやめる。自分が気づいた時には兄はとっくに手遅れだったから諦めともいえる。

 だから話はここで切り上げ、二人は暗い夜道の中、野宿が出来る場所を探して歩き出す。

 幼い兄弟がそれぞれ唯一の武器である短刀でしとめた十体の邪竜の死骸を後にして。

 

 

 前田藤四郎と乱藤四郎の兄弟はかつてある国にて、父と母と四人家族で暮らしていた。

 決して裕福な暮らしではなかったがそれなりに幸せではあった。千五百年以上も続いてきた戦争にて紅玉の瞳が作り出した僅かな平和の中、もうじき戦争は本当に終わるのだという話を父から聞いていた二人は無邪気にその時が来ると信じていた。

 それまでは体の弱い母を支えたり、国で兵士をしている父の休みに手合わせを願ったりして、過ごしていた。

 

「二人は強いなぁ。どこからやり方を覚えたんだ?」

「んー、なんとなくかな?」

「相手の動きを見てたら、どう動いてどの速さで動くのか分かりますからそれより早く動けば倒せるだろうと思って動いてみました」

「あ、ボクも同じ! でも前田、あんなに素早く動けたっけ?」

「そこは魔法を使いました。兄さんに追いつくにはこのぐらいやらないと難しいので」

「だったらボクも次から使おうっと! 今度は負けないよ!」

「はい、僕も負けません!」

「元気なのはいいこった。でも……お父さん、とっても自信無くした」

「え、どうして?」

「実の我が子に瞬殺されて、その後は二人の模擬戦を座って見てる事しかできなかったから……」

「お、お父さんしっかりしてください!」

「そんなに落ち込まないでー!?」

 

 二人は幼さとは裏腹に武勇と魔力に恵まれ、優れ、強かった。それこそ自分達よりはるかに大きい体をしていて尚且つ戦闘経験もある父を赤子のようにあっさり倒せるほどだ。

 その後、父の勧めで二人は父よりも強い戦士との手合わせを何度か行う事が出来た。相手が変わる度、新たな戦法を覚える事が出来た為に二人はその事を喜んでいた。

 兄弟共に小柄で幼い為、使える武器は短刀ぐらいであったもののそれは彼等にとってハンデにはならなかった。寧ろ自らの手足のようにあっさりと使いこなし、如何にして攻撃回数を減らし、勝利を収めるかを極める方向性で育っていった。

 二人の戦法は実に良く似ていた。違いをあげるとすれば、二人の自己申告となるが兄の乱が武術に優れ、弟の前田が魔術に優れているそうだ。しかし凡人から見れば、両者共に武術も魔術も常人よりもはるかに凌駕していた。

 だから父を含めた戦士達がこの二人がどういう存在なのかすぐに気づく事が出来た。

 

『乱と前田の兄弟は生まれついての英雄だ』

 

 この時、幼い兄弟にとって幸運だった事が複数あった。

 一つは乱も前田も幼い子供で、二人とも良い子で自身の力の使い方を理解していた事。

 一つはこの頃の国には十分英雄がいるから、慌てて二人を確保する必要が無いという事。

 一つはもうすぐ魔剣が破壊される為、長い戦の歴史が終わるから二人が大人になる頃には平和になるだろうと皆が考えていた事。

 故にこの事は王の耳に入っていたものの、今対処する事では無いと後回しにされた。幾ら才能があるとはいえども、幼い子供を軍に入れるような非道はこの時、されなかった。

 兄弟も自分達が英雄といわれるほどの力を持ってる事は知らされたけれど、大人達の良心のおかげで自分達の力を正しく使う事を覚える事に専念できた。

 

 ただし、それは魔剣が折れて人類を滅ぼそうとする三大魔王が出現するまでの短い間の話だった。

 

 兄弟のいる国は最前線で魔王ジャンヌ・ダルク・オルタの進軍を抑える事になった。国にいたほとんどの英雄が出撃し、戦場で命を散らしていった。

 それでも進軍を少しでも抑える為、多くの兵が募られた。使える者は呼ばれていった。乱と前田はそれでも後回しにされていたのだが、父が邪竜との戦いで命を落とし、現実に耐え切れなくなった母が病死した事を切欠に彼等も戦場へと赴いた。

 二人は幼かった為、最前線に配置される事は無かった。それでも持ち前の才能を生かし、兵士級や司祭級の命を刈り取っていった。最前線で戦う大人の英雄がとりこぼしたものか、戦意を失って怯える兵士達を襲う邪竜を優先的に選び、少しずつ確実に倒していった。

 それでも決して戦況は良くなったといえなかった。悪夢は変わらず、終わる気配も見えなかった。強いて言うならば、無残に消える命ばかりが増えていた。兄弟が気づいた時には、英雄は自分達二人だけになっていた。

 

「に、逃げる気は無いのかい?」

 

 ある日、兄弟はペンウッド王に呼び出された。人払いされた三人だけの空間で訪ねられた。

 おどおどした態度はいつもの事であるが、普段よりもずっと顔色は悪く、以前よりも痩せている王の姿は痛々しい。それでもこの王は残ってしまった幼い英雄の事を気遣っていた。

 

「ありません。この国は僕らの生まれ故郷で、大事な人達がたくさんいます。そこにいる人々を守れる力があるというのに、何故逃げなければいけないのですか?」

「絶望的な状況なのは分かるけど、赤薔薇王の援軍が来ればどうにかなるかもしれないんでしょ? だったらそれまで戦うぐらいならボクらでもできるよ。それにここでいなくなって、みんながもっと死んじゃう方がやだなぁ」

 

 二人はその優しさを受け止めながらも、国を見捨てる気はなかった。

 前田も乱も決して楽観的に状況を受け止めているわけではない。自分達が戦っている敵の強大さ、圧倒的な力の差、絶望の比率を正しく理解している。前線で多くの英雄達が死んでいったことも、殺された兵士達の中には父がいた事も理解している。

 彼等は引こうと考えない。ここには守るべき国があり、自分達には弱い人を守れるだけの強い力がある。自分達に力の事を教え、正しい使い方を教えてくれたまま散っていった大人達のように戦いたいと願う。例えそれが負け戦だとしても、それが次に繋げられるかもしれないから。

 幼い兄弟はこんな絶望的な状況の中にいるというのに、未だに希望の光を消していなかった。

 だから目の前にいる王の顔が更に暗くなり、苦渋の表情を浮かべた事に前田は驚いた。

 

「主君? どうなされました? 気に障ることを口にしてしまいましたか……?」

「…………ぼうや達は今、何歳だったかな?」

 

 ペンウッドが震える声を必死に絞り出し、尋ねてくる。乱は指で自分の年を確認してから二人分答えた。

 

「ボクが九歳で前田が七歳だよ」

「そうか、十にもなってなかったのか。……シンジはそのぐらいの年の頃、赤薔薇王の話を無邪気に何度もねだってたんだ。でも同じ話をすると怒ってね、ほかにもあるだろって言われて困ったよ。そ、それから計算問題が全部できた時、誇らしげにしてたんだ。あの頃は今よりもとても素直で可愛かったよ」

「シンジ王子、かーわいい! その時の王子に会ってみたかったなぁ」

 

 幼い頃のシンジの話を聞いた乱は目を輝かせ、当時の彼の事を思い浮かべて楽しそうに笑う。

 一方で前田は唐突にシンジの昔の話を出されても意味が分からず、首を傾げている。

 

「でもその話が僕らと関係あるのでしょうか……?」

「あるとも。子供というのは、大人よりも些細な事で喜んで怒って誇る小さいもので、大人が守らなきゃいけない大事なものなんだ。だ、だから、君達が邪竜と戦える事が出来るからといって、急ぎ足で英雄になる必要は無かったんだ。幾ら必要に迫られたとはいえ、子供が戦に出るのはな、やってほしくなかったんだ」

「王様……」

「も、もちろん今、君達の力が必要であることも、それ以外の手段が無いから私も命じるしかない状況なのも分かっている。だけど、酷い地獄に幼い子供を放り込み続けるろくでもない大人にもなりたくないんだ。だから、逃げる気は無いかと聞いたんだ」

 

 言葉を詰まらせながらも、ペンウッドは目の前にいる子供達に彼にとって大事な事を伝えた。

 現状からして使わなければいけない、だけど人としては嫌だという彼は王としてどう評価されるのかは二人には分からなかった。ただ言わなくてよかったことをあえて口にして、子供だから逃げてもいいのだと教える姿は誠実で、きちんとした大人だというのは分かった。

 だから前田と乱は困惑と迷いを隠す事が出来ず、すぐに答える事ができなかった。

 

「気持ちは嬉しいのですが、それをしてしまったら国の皆さんが……。……乱兄さんはどうですか?」

「うぅん、ボクもすぐには言えそうにないかも。王様の気持ち、どっちも分かるから……。ごめんなさい、王様」

「構わないよ。こちらこそ答えにくいことを聞いてすまない。ただ、その道もあるという事を頭に入れておいてくれ。それから……」

 

 言葉を区切ると王は幼い兄弟と目線を合わす。目の下にはクマができており、疲労がたまった酷い老人の顔であるが二人にとっては大事な王様であり、優しい大人の顔だ。

 

「君達をそんな風にしてしまった私を許さないでくれ」

 

 前田は不安を隠せないまま、乱は真っ直ぐに、王の心からの後悔を受け止めるしかなかった。

 その後はもう遅いから、と二人は家へと帰された。本来ならば王を守らなければいかなかったのかもしれない立場なのだろうが、その判断力を取り戻すほどの冷静さについては未だ未熟だった事とここに来て子供扱いされた事もあって、素直にもう二人しか住んでない家に帰った。

 明日に控えている終わらない戦いに備える為、食事と睡眠をとらなければいけないと頭では分かっているものの、二人とも王に言われた事が胸に引っかかってしまっていた。

 乱は古びたソファに寝転がった状態でため息をつき、ペンウッドの言葉を口にする。

 

「……子供だから逃げてもいい、かぁ。あんな言い方ずるいよね」

「はい。……幼いこの身が恨めしいです」

 

 向かい側の椅子に座った前田はそう言うと重く複雑な気持ちのまま、両手を膝の上で強く握り締める。

 それでも戦う意欲を失っていない弟の言葉を聞き逃さなかった乱は寝そべったまま確認をする。

 

「前田は戦うつもりなの?」

「そのつもりです。……負け戦なのは確定だとしても、少しでも多くの人を守れるのなら戦いたいです」

「あ、よかった。負け戦は分かってたんだね。勝つ気でいたならゲンコツするところだったよ」

「やめてください、兄さん。そのぐらいの差は僕も分かります」

 

 前田の言葉に乱は安堵する。物騒な事を言われた弟は冷や汗を流しながらも、兄弟の見解が同じである事を共有させる。

 二人が投入されたのはかなり後期とはいえども、何度も邪竜と戦ってきたのだ。それでも向こう側の数は減らず、圧倒的な力の差によってこちらの兵士の命は散っていて英雄は自分達二人しかいない。民も先の見えない悪夢に耐え切れなくなっており、不安と恐怖で苛まれていっているのも何度も見てきている。

 だからこれで勝てるとは思えなかった。精々出来たとして、足止めがギリギリといったところだろう。実際に今行っているのも足止めでしかないと二人は見ている。

 

「恐らく赤薔薇王を筆頭に他の国々は僕らが食い止めてる間に兵力を整えたりして今後に備えてるんだと思います。そして主君もその事を理解した上で、魔王を相手にがんばっている。でないと援軍が来ない理由が成立しません」

「ボクもそう思う。この国、大を救うための小になってるよ。それにここで他所の国が援軍を出してくれたとしても、魔王達の強さを考えると死人を増やすだけで終わっちゃう。……うっわぁ、詰んでる。そりゃ王様も逃げろっていうよ」

 

 城の中では口にできない状況分析をして、改めて現状が絶望的である事を思い知る。

 ここで自分達を見捨てている赤薔薇王に怒りを抱かないのは、数だけで考えれば彼の判断は間違いでは無いと分かる事と人類の未来の為に命を散らしていったこの国の英雄達の気持ちを知っている事、そして先ほどのペンウッドからの言葉が胸にあるからだ。

 だがそれはあくまで自分達二人だけの話であり、他の人も同じように悟っているかどうかは分からない。もし分かっていたとしても、それは希望に繋がっていない可能性のほうが高いだろう。

 

「これに気づいてる人、どれだけいると思いますか……?」

「少なくともシンジ王子は助けが来ない事に気づいちゃってる。でなきゃあんなに荒れてない。酷い八つ当たりしてなきゃいいんだけど……」

「心配なのですか?」

「うん。だってボク、シンジ王子好きだもの。恋愛対照的な意味で……ね」

「……………………は?」

 

 兄からのとんでもない告白に前田は自分の耳を疑い、寝そべっている兄の顔を見る。そこには密かに恋する乙女の顔があった。

 今の今まで戦争に関する真面目な話をしていた筈なのに斜め上の回答を出されてしまい、衝撃で頭が追いつけない前田が出来たのは分かりやすい根本的部分へのツッコミだけだった。

 

「え、えーと……乱兄さんも王子も同じ男ですよ……?」

「前田、恋に性別も年も身分も関係ないんだよ」

 

 迷い無く即答した乱の真剣な顔を見て、前田は顔が引きつる。

 両親が気づいた時には普段からの衣服もスカートを筆頭に女物で固めた乱であるが彼の性別は男だ。いくら可愛らしい女の子にしか見えないといっても、これは前田の兄で男だ。しっかり男の象徴が生えているのを前田はこの目で見た事がある。

 だがまさか好きになる相手が女ではなく、男になっているなんて思わなかった。しかもお世辞にも性格が良いとは言えないあのシンジに惚れてるなんて想像すらしていなかった。

 衝撃が強すぎて最早固まったような状態の弟を見て、乱はソファから起き上がって惚れた訳について弟が尋ねていないにも関わらず語り出す。

 

「シンジ王子ね、初めて会った時から今の今までずーっとボクに対してただの子供扱いをずーっとするんだよ? 王子もそれなりに戦えるからボクの方が強いの分かってる筈なのに、それでも英雄じゃなくて子供と見続けて『戦争は遊び場じゃないんだ、邪魔だから引っ込んでろ』って良く怒るんだよね」

「僕もそれは言われた事があります。しかしあれはほとんど八つ当たりのようにも思えますが……」

「うん、半分ぐらいは八つ当たりだよ。でもね、こんな状況だっていうのに未だにボク等を子ども扱いするのって普通は無理じゃないかな? それなのに言えるって事はさ、自分が他人を守らなきゃいけない存在だっていうのを、強く思ってなきゃできない。……だからボクは臆病の癖に意地っ張りだけど、自分の大事なルールは変えない王子様を好きになったんだ」

 

 愛しい人の行動を推測し、その根っこを思い浮かべる乱は花のように可愛らしい笑みを浮かべている。

 前田はシンジの事を好んでいないが、乱の恋を否定する気にはならなかった。何せ彼の話したシンジの行動は先ほどのペンウッドと全く同じなのだ。

 現状、乱と前田の二人を子ども扱いしている者は少なくなってきている。表向きは英雄として頼っているけれど、如何せん幼い子供が邪竜を倒している姿を見ているせいでか、怪物を見る目が増えていた。昔のように才能がある子供として扱う者は先に死んでいる者の方が多い。それでも、と二人は国を守れるのならば英雄として扱われる事を受け入れた。怪物として見られていようとも、自分達の生まれ故郷を守ろうと全力を尽くす気でいた。

 だけど国のトップである王と王子は、残った英雄を子供扱いし、君達こそ守られるべき存在だと告げ続ける。

 その思いこそ尊いものであり、守るべきものだと感じた前田は明日の戦場への固めていく。

 

「……ここまで王達に思われているのなら、恩に報いたいですね」

「そうだね。でも前田、逃げる事、頭に入れておいた方がいいよ」

「王子はいいのですか!?」

 

 乱から出てきた思いも寄らぬ忠告に前田は目を丸くする。

 驚く弟を気にも留めず、乱は冷静に逃げる事を肯定した理由について話していく。

 

「国を見捨てたいわけじゃないよ。ボクも前田と同じで最後まで守りたい。そしてそれは王様も王子も同じ考え。……でもね、守り方は一つじゃないんだよ」

「それは、どういう……? 援軍は来ないと見てるのですが、もしかして本当は来るのですか?」

「そうじゃなくて、もっと最悪なもの……かな。ボクとしては凄く当たってほしくないんだけど、そうなった場合は今よりマシな結果になるのは間違いない。でもその場合、ボク等は何もかも置いて逃げないとダメなんだ」

 

 前田には乱の言葉の意味が理解できず、読み取る事も出来なかった。

 ただ戦うだけならば前田は兄にも劣らないが、より戦場に適した思考と策略を読み取れと言われた場合兄の方が圧倒的に上なのは知っている。兄もそこは把握しているから普段は前田にも分かるように説明してくれるのだが、今回はどうして意味深な発言を曖昧にぼかしながら伝えるだけ。

 不安と困惑が入り混じった表情の弟を見た乱は前田の隣の椅子に座ると彼の手をとり、心配させないように優しい微笑を浮かべる。

 

「もしそうなっちゃった時はね、ボクが前田を引っ張って走る。だから前田はボクを信じてついてきて」

 

 乱は前田を抱きしめた。

 大人に比べたら小さいけれど、前田にとっては少し大きな兄の温もりが心地良くて、前田はそれ以上何も言わず頷いた。

 兄が予測した展開が当たってもそれが国を守る事に繋がるのならば、兄を信じようと心から思った。

 それは見事に的中した。

 

 

 ――王子が王を殺し、人類の裏切り者になるという最悪の形で。

 

 

 シンジがペンウッドを殺した時、ジャンヌ・ダルク・オルタの意識がシンジに行った隙をついて乱と前田は打ち合わせ通り一目散に逃げ出した。振り返る事も止まる事も無く、戦場よりも全力で、敵に悟られないように、兄弟だけで国境目掛けて走っていった。

 そして国境付近で待機していたシェオール国の軍勢の下に辿り着いた時、故郷で起きた惨事を即座に伝え、自身の保護を訴えると瞬く間に受理され、兄弟はひとまずの安息を得られる事になった。

 だが『楽園の東』と呼ばれる事になる祖国を見捨てて逃げてしまった事は前田の心に深い傷を残した。

 あの地には守りたいと願った大事な人達がたくさんいた。平和を信じていたのに突如生えてきた悪によって傷つけられた人々こそ逃がさなければいけなかったのに、先に自分達だけが安心できる場所に逃げてしまった。王子の裏切りを見逃し、魔王の下に残してきてしまった。

 前田は悔しさと悲しみから三日三晩泣き続けた。その度に乱が『まだ終わったわけじゃない』と懸命に励まし続けてくれた。

 涙が漸く止まった四日目。前田はその日の内に赤薔薇王の下に向かい、戦わせてほしいと願い出た。

 

「赤薔薇王様、お願いします。どうか僕をあなたの下で働かせてください」

「……理由を聞いてもいいかい、前田藤四郎」

「三大魔王を倒して故郷を救い、もう誰も傷つかない平和を得る為です」

 

 曇り無き真っ直ぐな目で即答する前田の姿は凛としており、まるで輝きを放つ剣を連想させた。

 

「僕は故郷を見捨ててしまった事を後悔しています。幾らそれが最良だったと兄に言われても、僕は納得できませんでした。どんな形になるとしても、守りたい人々を見捨ててしまった事は覆せない事実だからです。それを『仕方なかった』という言葉で片付けてしまったら、僕は一生後悔すると思います」

「……なら、復讐の為に戦うと?」

「否定はできません。ですがそればかりを目的にしてしまったらペンウッド王の想いを踏みにじる事になります。あのお方はどうしようもない状況に追い込まれていたのにそれでも僕と兄に子供であってほしいと願える優しく強い主君でした。主君だけではありません、国の人々も僕ら兄弟を大事にしてくれました。……そのおかげで生きる事ができた僕が、子供である事を捨ててしまったら大人達を悲しませる事になります」

 

 前田は自身が幼い子供であったから兄と共に生き残る事が出来たのを知っている。大人達がそうして自分達を守り、愛してくれた事も良く知っている。だから怒りに身を任せず、悲しみに溺れず、ここまで自分達を守ってきてくれた人々の思いに応えたいと純粋に思えた。

 

「だから僕はその恩に報いる為に、世界に平和を取り戻そうと決めたのです」

 

 多くの大人の優しさと愛を受けた幼い子供は、純真ながらも勇ましく堂々と決意を告げる。

 その姿は小柄で小さいというのに、内にある心は正しく英雄だったとその場にいた兵士達は後に語る。

 

 そうして前田藤四郎はシェオール国に仕える英雄となった。

 後に話を聞きつけた乱藤四郎も急いで赤薔薇王の下に駆け込み、同じく英雄となった。

 

 

 それから二人は持ち前の才能が生かされる指令をこなす日々を過ごしている。

 今回の二人旅も新たに発見された人型の邪竜がどの範囲で活動しているかの調査であり、適時報告する事になっている。

 

「……以上、この範囲で確認できたのは従来の邪竜のみで人型は見つかりませんでした。明日、南方向を調査し終え次第帰還します」

 

 前田は魔術を使った念話を通して、今日一日の報告を終える。

 その様子を見ていた乱は軽く拍手を送りながら、前田の事を褒める。

 

「何の道具も無しに、超遠距離念話できちゃうのほんっと凄いよねー。さっすがボクの弟!」

「乱兄さんだって出来るじゃないですか。それなのに僕にばっかやらせて……」

「こういう魔法を使った連絡は前田のが得意分野じゃん。それにボクはここを見つけたっていう成果があるからねー」

「全く……」

 

 小言を軽く聞き流しながら、乱は古く硬い木のベッドに腰掛けた状態で自慢げに笑う。前田はそんな兄に苦笑をこぼす。

 二人が今いるのは無人の古い木の小屋だ。散々歩き回って深夜に入りだした頃に乱がこの小屋を見つけ出し、二人はそこで一夜を過ごす事にしたのだ。

 防御結界を張った後、本国への定期連絡もたった今終えたので後は明日に備えて寝るだけだ。

 

「明日の任務、さっさと終わらせて帰りたいなー。お肌が荒れちゃう」

「真面目にやらないと怒られますよ」

「もー、このぐらいいいじゃん。前田こそその年でワーカーホリックになったら、将来大変だよ? 反動でどっかの賢老柱みたいに女性にお金貢ぐ為に王様にお金おねだりする人になっちゃっても知らないんだからね」

「そんな極論言われても僕には分かりません。さっ、明日も早いので寝ましょう」

「はいはい。それじゃ一緒に寝よっか」

「はい、乱兄さん」

 

 二人は軽い会話をかわしながら、一つしかない木のベッドに揃って横になる。

 お互いの温もりを感じながら目を閉じ、幼い兄弟は眠りにつく。

 今日、明日と自分達の働きを積み重ねていく事で、故郷と世界を救える事を胸に秘めながら。

 




最年少の英雄兄弟
十にもならない内から武勇、魔力、知恵、心意気とあらゆるもの全てが英雄としての才能と周囲の環境に恵まれた兄弟。
後に『楽園の東』と呼ばれるようになる国の出身であるが、シンジが人類を裏切った瞬間に逃走。
この事態を国境付近にいたシェオールの軍に伝えると、そのままシェオール国の英雄として仕えるようになる。
共に戦闘方法は速度重視で気配を消す事が出来る為、不意打ち、暗殺、一撃必殺といったものを得意とする。もちろん直接戦闘も可能。
現在の仕事は各地の邪竜状況に関する調査や早急な連絡を伝える為の伝令など、主に隠密系統を担当としている。
尚、未だ子供である彼等が戦場に出れるのは類稀なる才能がある事と使えるものは使わないとやばい戦況だからなのが理由としてある。

前田藤四郎
幼き英雄にして、乱の弟。逃亡時の年齢は七歳。
真面目で素直、忠義心が強い従者気質。自身が周囲に愛されて育った事を自覚している為、その恩を返す為にも戦う事を選んだ。
ペンウッド卿や赤薔薇王といった者達を主君として慕い、人類の敵となったシンジの事を忌み嫌っている。
現在は故郷を含めた世界を救う為、日々の努力を惜しまず忙しい毎日を送っている。
9.大天才(能力値二つに+30)※武勇と魔力に振り分け
【武勇:79】【魔力:102】【統率:40】
【政治:65】【財力:67】【天運:94】

乱藤四郎
幼き英雄にして、前田の兄。逃亡時の年齢は九歳。
明るく素直で可愛らしい性格であるが、家族が気づいた時には既に男の娘となっていた。ちなみに女に興味は無い。
弟よりも戦場に特化した才能の持ち主であり、いち早くシンジの企みに気づいて兄弟共々の逃走を成功させた。
それもシンジに恋している乙女(♂)である為、彼の事を良く見ていたのが理由にある。
4.天才(能力値二つに+20)※武勇と統率に振り分け
【武勇:96】【魔力:88】【統率:92】
【政治:50】【財率:37】【天運:53】

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