カメンライダー   作:ホシボシ

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アマゾン、それは選択。



第7話 選択肢『√P』

 

 

「どういう事だ……ッ! だって、エグゼイドは――ッ、え!?」

 

 

唸る永夢。その時、ポッピーの拳が永夢の腹部を捉える。

 

 

「がはッッ!!」

 

「いや、そういうのいいから。やめて永夢。ぶち殺すよ?」

 

「ぐッ、ポッピー――ッ!?」

 

 

不思議なものだ。殴られた腹部よりも胸が痛いのは。

 

 

「永夢にはもうぜんぶ関係ないでしょ? 永夢はわたしだけを見てればいいの。あんまりふざけたこと言ってると喉潰すよ? それとも目を抉ってほしい? 大丈夫、どんな永夢でも愛してあげるからね。えへへへ……!!」

 

 

ポッピーはうずくまった永夢を撫でると、唇を軽く摘む。

どうしていいか分からずに固まる永夢。近くにあるポッピーの表情は、いつものような柔らかで見ていて癒されるものではなく、ただの無機質な――、仮面。

 

 

「!」

 

 

エンジン音が聞こえる。

ジャングレイダーが走り、停止する。乗っていたのは水澤悠。

マシンから降りた悠は、ヘルメットを投げ捨ててアマゾンズドライバーを腰に巻きつけてグリップを捻る。

 

 

「アマゾン」『OMEGA』『EVO・EVO・EVOLUTION』

 

 

ビリビリとした衝撃波が身を震わせる。

ポッピーが殺気を感じて振り返ると、オメガが咆哮を上げて走ってきた。

 

 

「チィ!」

 

 

チェンソーとブレードがぶつかり合い、火花を散らす。

弾かれあう中で理解する敵意。ポッピーは怒号を上げながら怒りに身を震わせた。どいつも、コイツも、気に入らない。

 

 

「ガァアアア! 邪魔すんなよ! わたしと永夢のラブラブタイムをさあ!!」

 

「うるさい! 少し黙ってろ!!」

 

 

オメガのブレードがポッピーの胴体を切裂さいた。

火花を上げて後退していくポッピー。オメガは追いかけるために走り出すが、永夢の前で一旦その足を止める。

 

 

「宝生先生。決めるのは、あなたです」

 

「………」

 

「食うか食われるか。食われるのをただ見ているだけか!」

 

 

オメガは拳を握り締める。

 

 

「ボクたちには力がある! どうかそれを、忘れないでくださいッ!!」

 

 

刹那、オメガの肩が爆発を起こす。

飛び散る血。その向こうでポッピーが銃口を向けているのが見えた。

 

 

「永夢を惑わせるなァアア!」

 

「惑わせてるのは、ゥオ゛前だろうがァア!!」

 

「黙れ! 永夢はアタシのモンだ! わたしの玩具だ! わたしだけが遊んでいいゲームなんだよ!!」

 

「人をッ、なんだと思ってる! ウ゛ォァアアア!!」

 

 

吼え、走り出すオメガ。

永夢はゆっくりと顔を上げる。

見えたのはアマゾンたちと戦うディケイド、カラス、ネオ。ポッピーと戦うオメガ。戦いだ。戦いがたくさんあった。

いや、そんなオブラートに包んだ言い方はやめよう。

 

そうだ、殺し合いだ。

 

オメガは言った。

食うか食われるか。命を懸けて、命を賭けて、奪うために傷つけあう。

やはり医療とはかけ離れた景色がそこにはあった。

 

 

「先生!」

 

 

起き上がったタケルは、頬を押さえながらもすぐに永夢のもとへ駆け寄る。

 

 

「大丈夫ですか先生――ッ!」

 

 

タケルは永夢の肩に手を乗せる。

 

 

「!?」

 

 

それは突然のこと。

永夢に触れた瞬間、永夢の過去や記憶がタケルの脳を駆け巡った。

 

 

『絶対にいかせない!!』

 

 

ココとは別の場所、時間、そして世界。

永夢がタケルの胸を何度も何度も押していた。

心臓マッサージだ。夕日を背に、心配そうに見つめてくる仲間達。

御成が泣いている。アカリも――。

 

 

『キミを、二度と死なせない』

 

『ボクは、ドクターだから』

 

「ありがとう……、大切にするよ、先生に救ってもらったこの命」

 

 

ポツリと呟いた。

記憶は鮮明ではないが、心の隅に残っている。

そう、そうだ、思い出してきた。タケルは頭を押さえ、より深い記憶へコンタクトを取る。タケルと永夢の記憶が交じり合い、様々な場面を映していった。

患者の笑顔を、取り戻す――……。

 

 

『ボクは、ドクター失格です』

 

『救ってるよ。永夢は10万人の命を救った』

 

『ボクはなんのためにドクターになったんだ……!』

 

 

そこにはタケルはいなかった。代わりにポッピーが永夢を励ましている。

そうか。そうだ。自分の知らないところでも永夢は悩んでいるのだ。当たり前の事に、タケルは気づかされた。

皆知らぬところで苦悩し、悩み、そしてそれを悟られないように笑顔の仮面を被る。

 

 

『変身できるとか――』

 

 

混ざり合う記憶。

タケルは見た。あのおぞましいレストランでの出来事を。

 

 

「ッ」

 

 

吐き気を覚え、タケルは両手で口を覆う。

そこで、記憶は途切れた。

 

 

「なにか、勘違いをしている」

 

「!」

 

 

向こうにいる本条が笑った。

その声は脳に直接響いてくるようだ。いや脳じゃなくて、まるで――、胸の中央。

 

 

「選ぶことはもはや許されない。なぜならば宝生永夢はドライバーの適合者ではなくなったからだ」

 

 

その体内にバグスターウイルスを全く宿していないため、抵抗力がまったくない。

ガシャットを使用しても、ただゲーム病になるだけだ。

 

 

「ましてや彼のゲーマドライバーは、僕の隣にいるパラゼイドが使用している」

 

 

つまり、変身できない。

エグゼイドにはなれない。

 

 

「なにより、キミの心は既に折れている。違うかい?」

 

 

戦う選択肢を選ぶことになんの意味がある。

ドライバーを失い、変身の資格を失った永夢はもはやライダーではない。にも関わらず戦う意味がどこにある。

 

 

「キミは閉鎖空間でドクターとして生きていればいい。世界の真理には触れず、愛するポッピーピポパポと愛を確かめ合っていればいいじゃないか」

 

 

ポッピーは永夢を拒絶はしないだろう。そう設定したのだから。

 

 

「戦え! 永夢!!」

 

 

だが、聞こえてきたのは否定の言葉だった。

怒号に永夢の肩が震える。叫んだのは、ディケイドだった。

 

 

「お前はなんのためにドクターになったんだ! なんのためにドクターライダーになったんだ!!」

 

「なんの、ために……」

 

「分かってるんだろ! コイツ等を放置すれば、これから何千、いや、何万! 何億の人が死ぬぞ!!」

 

「!」

 

「死に続ける! 恐怖の連鎖だ! 救いなんてないな!!」

 

 

強張る永夢の体。しかし本条は目を細めて笑みを深くする。

あくまでも余裕を貫くのは、それだけの理由があるからなのか。

つまりどんな言葉をかけても、永夢は先に進まないと見下しているからなのか。

 

 

「違う」

 

 

本条はディケイドの言葉を一蹴する。

 

 

「僕が与えるのは救済だ。ましてや――」

 

 

ディケイドは分かっているのだろうか? 今の発言がどういう意味なのかを。

永夢にとってはこれ以上ない残酷な言葉だ。命は尊いもの。それがドクターたる永夢たちが唱えること。

しかし人間を超越した怪人やライダーなどと言う存在は、その命の価値を軽くしていく。たった一つの命を大切に大切にしていく人を、アマゾンは簡単に食らう。

ライダーであるばかりに、ライダーになっているせいで。

ライダーなんてものがいるから。

 

 

「ハハハ。意味無いんだよ。ライダーの世界に、医者なんて!」

 

 

パラゼイドがそう言った。

永夢は、そうかもしれないと思ってしまった。

どれだけ助けても、頑張って救っても、怪人が簡単に殺してしまう。

頑張って戦っても、違う世界で怪人がたくさん殺す。この両手で守れる数なんてたかが知れてるじゃないか。

 

ああ、ああ、幻が見える。

指の隙間から、命が零れていく。

 

 

「違う!!」

 

「!」

 

「デタラメを言うな!!」

 

 

変身はできない。しかし武器だけは使えた。

タケルはガンガンセイバーを構えると、空中を浮遊してパラゼイドへと向かっていく。

 

 

「ライダーがいても、病気になる人はいるし、怪我をする人はたくさんいる! そういう人を助けてくれるのが、お医者さんじゃないか!」

 

「はあ? うぜぇな!」『ガシャコンパラブレイガン!』

 

 

斧を持ち、振り下ろされた剣を受け止めるパラゼイド。

 

 

「だからぁ、ちっぽけな命なんていちいち救うのがバカらしいと思わないのかよ!」

 

 

斧が剣を弾いた。

しかしタケルは叫び声をあげて、怯まずにパラゼイドへ向かっていく。既に死んでいるからと言う安心感はある。

だがなによりも今目の前にいるパラゼイドが気に入らなかった。

永夢を馬鹿にしているコイツに、むかっ腹が立って仕方なかったのだ。

 

 

「いいかクソガキ!」

 

 

パラゼイドは体を捻り、タケルの剣を回避。

 

 

「ライダーがいればライダーがいない世界よりも死ぬ人間は当然増える。それこそがパラドックスなんだよ。ドクターライダーなんざ前提がおかしいんだ。人を救いたければ、ライダーなんか消すのが一番だ!」

 

「それでもッ、待ってる人がいる! おれがそうだった!!」

 

「は?」

 

「救われた人が確かにいるんだ!!」

 

 

タケルは覚えている。

一度心臓が止まったとき、永夢が必死に心臓マッサージをしてくれた。

だからタケルは死なずにすんだ。誰のおかげだ? 決まっている。

 

 

「諦めないお医者さんがいたからだ!」

 

「チッ!」

 

「人を食う化け物が増えても! 人を襲う化け物が増えても! 命の重さが軽くなっても! それでも誰だって死にたくない!!」

 

「目障りだ! 消えろ!」『イチ!』『ニ!』『サン!』『ヨン!』『ゴ!』『ロク!』

 

「だから命は大切と言ってくれる人が、必要なんだ!」

 

 

斧が再び剣に打ち当てられる。

すると凄まじい衝撃が六つ重なってタケルに襲い掛かった。

 

 

「グアァアアアアァア!」

 

「アホが」『6連打!』

 

 

タケルは倒れ、地面を滑る。血は出ていないが衝撃が全身に響いているのか、立ち上がれないようだ。

一方で永夢は、ゆっくりと顔を上げる。士の言葉は、タケルの言葉は、しっかりと永夢に届いていた。

なんのためにドクターになったのか。ボヤける思考の中で、必死に思い出す。

 

そう、そうだ、笑顔にしてもらったからだ。そして、笑顔にしたいと思った。

自分にしか救えないと思ったからゲーマドライバーに手を伸ばしたんじゃないか。

当たり前だ。それは医者であろうが、医者でなかろうが関係ない。ただ救いたいと思ったから掴み取ったんだ。

だからあの時だってタケルの心臓が動くようにマッサージを続けたんじゃないのか?

たとえもうダメかと思っても、諦めなかったのは、タケルを笑顔にしたいから。

 

あのままで終わらせたくなかったからだろう?

じゃあ、なぜ笑顔に拘る? それは――、笑顔だということは、楽しいからだ。

楽しくて、嬉しくて、希望があるから人は笑う。辛くて辛くて心が痛いなら、人は作り笑いしかできない。

そう――、笑顔の仮面しか被れない。

そうだ、幸せだから本当に笑うんだ。

 

 

『永夢。わたし――、幸せだよ』

 

 

いつか、どこかで、欠片の日々でポッピーがそう笑っていた。

夕日の田んぼ道を少し先にいく彼女は、本当に楽しそうで、そんな彼女をいつまでも見ていたいと思った。

 

 

『永夢とずっと一緒にいたい』

 

 

たとえ、それがウソでも。軽くても。愛の檻だったとしても。

嬉しかった。

 

 

『永夢は幸せ?』

 

 

永夢は、その質問に――

 

 

「!」

 

 

聞こえるのは雑音ばかり。殴る音、爆発音、肉を立つ音。地面にも多くの血の痕が見える。

それはやっぱり医療とは程遠い現場で。けれども永夢は汚れた白衣を翻しながら立ち上がった。

 

 

「ボクの名前は――」

 

 

もちろん余裕ではない。

額には汗が浮かび、言葉も震えている。しかしそれでも、永夢は目だけは逸らさなかった。

アマゾンとディケイド達の向こうで余裕の笑みを浮かべている本条達を、激しくにらみつけた。

 

 

「ボクの名は――ッ、医師神永夢じゃない。宝生永夢だ!!」

 

「……馬鹿が」

 

 

バカ? そうかもしれない。だが永夢は拳を握りしめ、否定するように大きく腕を振るった。

 

 

「ボク"が"エグゼイドだ! パラゼイド、お前じゃない!!」

 

 

パラゼイドは大きな舌打ちを零し、目をそらす。

 

 

「ッ、なんで……!」

 

 

オメガと組み合っていたポッピーがふと、永夢を見る。

 

 

「永夢ッ、なんで? なんで! なんでぇええぇッッ!!」

 

「ポッピーごめん! ボクは――」

 

 

何度も、諦めたい時はあった。

いやもしかしたら諦めたのかもしれない。

たとえばそれは仲間を救えなかった時だとか。目の前で誰かが死んだ時だとか。何もできなかった時だとか。

大切な命を食材として扱われたときだとか。

でも、それでも前に進んだのは。

 

 

「ボクがッ、ドクターで、ライダーだからだよ」

 

「ッ! 理解できないよ永夢!」

 

 

ポッピーは上ずった叫び声をあげてオメガを突き飛ばす。

ワナワナと手を震わせ、どうしていいか分からないと言った様子で忙しなく体を動かしていた。

虚構の心からこみ上げるのは不快感と敗北感。あとは嫌悪感。

 

 

「どうしてわたしを選んでくれないの!? わたしがエムに取られてもいいの? 永夢は、永夢は――ッ! あぁあぁああぁ!!」

 

 

地団太を踏み、ひたすら地面を踏みつける。

仮面で顔は見えないが、声の震え方で、泣いているのがイヤでも分かった。

 

 

「全部、思い出が汚されちゃうよ!? わたしが全部エムに取られちゃうよ!?」

 

「――ッ」

 

「永夢はわたしが……ッ、大切じゃ、ないの!?」

 

「大切だよ!」

 

「!」

 

「ボクはポッピーを――ッ、愛してた!!」

 

 

だから指輪を用意した。だからキスをした。だから強く抱きしめた。

全部愛しているから行った事だ。多くの記憶が戻って来た今でも、その想いは変わらない。

だがだからこそ、前に進まなければと思った。

 

 

「覚えてる? ポッピー」

 

「え……?」

 

「キミは、言ってくれたんだよ?」

 

 

いつか、言ってくれた。これはハッキリと覚えている。

 

 

『みんなを笑顔にしてくれる貴方が、本当に好きだよ』

 

 

まだ、何が起こっているのか。何が起ころうとしているのかは分からない。

だってそれを知るためには前に進まなければならないから。そしてその鍵を持っているのは、永夢なのだ。

なによりも士は言った。このまま本条達を放置すれば、多くの犠牲者が出ると。

 

それは永夢でも分かる。

現に、多くの人間がアマゾンに食われた。

アマゾンたちを否定する事はできない。生きるために必死な面はあるのだろう。

だが、それでも、それでも――。

 

 

「ボクは、ドクター! 人を助ける医者なんだよ!!」

 

 

だから、戦わなければならない。

人間を守るんだ。たとえすぐに消えいく命だったとしても、それを守るのが医者の役目だ。生きたいと思う人を助けることが使命なのだ。

たとえ何度、甘いと言われようが、愚かと言われようが、綺麗事だと言われようが、それでも苦しんでいる人を助ける。

助けて、笑顔に変える。健康でよかったと、生きれて良かったと思ってほしい。

それが永夢が思う。究極の治療。

 

EX-AIDの形なのだ。

 

 

「そしてッ、キミはそんなボクが好きだって言ってくれた!!」

 

「ッ!」

 

「だから、ボクはキミに嫌われないために、戦うんだ! エグゼイドとして!!」

 

 

永夢の目から、涙が零れた。

動きを止めるポッピー。すると背に焼け付くような痛みが走る。

振り返ると、オメガが刃を押し当てているのが確認できた。そしてオメガは、ドライバーにあるレバーを捻る。

 

 

『VIOLENT・PUNISH』

 

 

腕の刃が強化され、オメガはそのまま引き裂くように腕を振るう。

 

 

「ウガルァアアアアアアアアアア!!」

 

「ぎゃぁああぁああああぁあああ!!」

 

 

血のように火花が吹き出た。

凄まじいダメージから、ポッピーの変身が解除され、そのまま地面にうつ伏せに倒れる。

 

 

「フンッ!」

 

 

オメガは落ちたイナンナケージのガシャットを踏み潰すと、跳躍でディケイド達のほうへと合流していく。

一方で取り残されたポッピーは永夢の背中をじっと見ていた。拳を強く握り締め、歯を食いしばりながら。

 

 

「永夢ッ、永夢――ッ! どうして……! どうしてぇええぇえ!!」

 

 

地面を引っかくようにガリガリと爪で削る。

強い力なのか、爪が剥がれ、しかしそれでもポッピーは爪を動かす。

気づけば、視界は濁っていた。歪んだ世界じゃなにも確認できない。

だから今ではなく、過去が見えてきた。

 

 

アマゾンレストランにて、永夢は命の価値が分からなくなった。

 

 

「さっきの虫まみれの肉、元は誰か知ってるかい?」

 

 

本条は永夢の耳元で囁く。

それは、永夢が過去に治療した男の子の名前だった。

 

 

「料理されるために男の子を救ってあげたんだね、先生」

 

 

永夢は、何も言わなかった。

それが引っかかったのか、サケアマゾンが永夢の肩を叩いた。

 

 

「先生? 宝生先生?」

 

「―――」

 

 

永夢はただ虚空を見つめるだけだった。

焦点が定まってない。ただ呆然とし、その場で固まっている。

 

 

「もーしもーし?」

 

「―――」

 

「あちゃあ、壊れちゃったよ」

 

「フッ、まあ無理もない」

 

 

血が入ったワイングラスを放り投げる本条。

頑張って人を救うことを生業にしてきた男が、アマゾンにとっては貴重とはいえ、人間視点ではゴミのように命が扱われるのを見たのだから。

 

 

「ねえ、本条くん。永夢はどうなっちゃったの」

 

 

ポッピーが心配そうに永夢を見る。

 

 

「壊れたんだよ。昔の患者が料理されちゃったのが、相当ショックだったんろうね」

 

「た、食べていいですか!?」

 

 

ウズウズとした様子のサケアマゾン。

 

 

「うーん……、まあいいかな」

 

「やったぁ!」

 

 

舌なめずりをし、サケアマゾンは口をあけて永夢の頭に――

 

 

「まって!」

 

 

だが、それをポッピーが止めた。

 

 

「お願い。わたしに頂戴。ねえいいでしょ? 本条くん」

 

「……なぜ?」

 

「ほしいから」

 

「フッ! まあいいか。サケアマゾン。永夢から離れろ」

 

「は、はあ」

 

 

ポッピーは、永夢をおぶって持って帰った。

そして家の椅子に座らせ、様子を伺う。

 

 

「ねえ、永夢! 起きてる!?」

 

「………」

 

 

永夢は何も答えない。目は開けているが、完全に反応は無かった。

 

 

「永夢? ねえ永夢ってば! 本当は起きてるんでしょ?」

 

「………」

 

「えむえむえむえむえむえむえむぅー!」

 

「………」

 

「ポッピーだよ! ポッピーだよ! ポッピーだよだよ!」

 

「………」

 

「宝生くん! 呼ばれたらお返事しなさい!」

 

「………」

 

「こちょこちょこちょこちょー!!」

 

「………」

 

 

なにを言っても、なにをやってもダメ。

ポッピーは諦めたのか、壁を背もたれにして体育座りをしながらずっと永夢を見ていた。

こうして一時間が経ち、もう一時間が経つ。

 

 

「あ」

 

 

すると反応があった、自然現象だった。

永夢は失禁していた。椅子の下に水溜りができる。

それだけではなく、目からは涙も零れてきた。当然だ、心は死んだが、体は生きている。

 

 

「も、もー! 永夢ってばおもらしなんて、いけないんでちゅよー! 待っててねぇ、今綺麗にしてあげまちゅからねぇ!」

 

 

ポッピーはタオルで床を拭くと、永夢を綺麗な服に着替えさせる。

 

 

「よ、よし! これでキレキレイできまちたねー!」

 

 

頭をなでる。

当然、反応は無かった。永夢はただ一点を見つめ、動かない。

 

 

「永夢……」

 

 

ポッピーは眉を八の字にして、少し沈黙する。

しかし決意に満ちた表情になると、永夢を抱き起こし、ギュッと、強く抱きしめる。

 

 

「大丈夫だよ。大丈夫だからね」

 

 

次の日から、ポッピーと永夢はずっと一緒だった。

 

 

「ねえ、永夢。ごはんは食べようよ」

 

 

食べやすいように雑炊を作ってみたが、いくら口に近づけようとも永夢が食べる気配はない。

だが体は生きているので、当然栄養を取らなければ死んでしまう。

だからポッピーはご飯を作ったのだが、動かない永夢と、冷め切った食事。

 

 

「そうだ」

 

 

いつか、そうした。

ポッピーは雑炊を口に含むと、そのまま永夢にくちづけをして強引に口の中へ送り込んでいく。

口移し。ある程度奥の方へ食材を送ると、永夢はちゃんと飲み込んでくれた。

 

 

「やったぁ! ようし、じゃあ――」

 

 

同じ様にポッピーは食事を永夢の口に送り込んでいく。

かなり時間は掛かったが、永夢はちゃんとご飯を食べることができた。

 

 

「永夢はおなかいっぱいだし、わたしはキスできるし、一石二鳥だね!」

 

 

その後は一緒にシャワーを浴びて、一緒に眠った。

 

 

「………」

 

 

いつもは夜、寝る前にお喋りをしていた。

お泊りの時はベッドの中で、離れている時は電話で。

でも今は、どんなに喋りかけても、なにも答えてくれない。笑顔のひとつもかえしてくれない。

明日になれば、明後日になればとか、一週間経てば直っているとか、思っていても、そんなワケもなく。

 

気づけば、空虚な時間ばかりが過ぎた。

 

その日、ポッピーは永夢を車椅子に乗せて公園に散歩をしに出かけた。

外に出れば気分がよくなるかもしれない。しかしそんな想いはむなしく、永夢はただ俯いているだけ。

 

 

「ごめんね、永夢。あんなとこっ、連れてかなきゃよかったね!」

 

「………」

 

「だけど、ごめんね、本条くんの命令は絶対だから。そう、絶対。じゃないと、わたしが消されちゃう」

 

「………」

 

「あ、でもでもっ! 永夢はわたしが守るからね! ちょっと酷いこともしちゃうと思うけど、それは全部永夢を守るためで……、だから……、ゆるしてね? 嫌いにならないでね。ぜったい、そう、ぜったいだよ?」

 

「………」

 

「永夢、永夢……、えむぅ」

 

 

一緒に映画を見てもダメ。

一緒にお花をみてもダメ。

ゲームのコントローラーを持たせてみてもダメ。

抱きしめても、キスをしても、性をチラつかせても、全部ダメだった。

永夢はなにも答えない。なにも話さない。ポッピーを見ようともしない。

 

 

「……えむぅー」

 

 

永夢は座っていた。座るか、寝転ぶくらいしかしてくれなかった。

ポッピーはその前で体育座りをしている。家の壁には永夢と一緒に撮った写真がいっぱい貼り付けてあった。

その中にいる永夢は楽しそうに笑っていて。隣にいる自分(ポッピー)も頬を赤くして満面の笑みを浮かべていた。

 

 

「さみしーよー」

 

 

笑ってみるが、全然楽しくなかった。

 

 

 

 

期待はしてみたが、どれだけ経ってもダメだった。

だからある日、ポッピーは本条にコンタクトを取った。

 

 

「宝生永夢を元に戻してほしい?」

 

 

白い壁、白い家具、白い床。

本条の家はなにも色が無かった。だからポッピーのカラフルさがより強調される。

一方で同じ部屋にいた医師神エムは、小さくため息をつく。

 

 

「ポッピー。ちょっとおいで」

 

「え? なになに?」

 

 

エムはポッピーの前にたつと、優しく肩を叩いた。

 

 

「ッシュ!」

 

「!」

 

 

そして、思いきりポッピーの頬を殴りつける。

大きく髪を乱して床を滑るポッピー。

 

 

「アホかよお前は。永夢があんなんだから、計画が順調に進むんだろうが!」

 

「だ、だって……!」

 

 

大きく腫れ上がった頬を押さえながら、ポッピーは震え始める。

一方で足を組んで椅子に座っていた本条。読書中のようで、本から視線を外すことなく言葉をはなつ。

 

 

「なぜ永夢を戻してほしい? 彼は我々の計画にとって邪魔な存在だ。心を戻せば、また歯向かってくる可能性があるだろう?」

 

「なによりアイツは、ディケイド側が送り込んだ刺客だろ!?」

 

「そう。内部より僕らの計画を破壊しようと企む気だった。違うかい?」

 

「だ、だけど本条くん。貴方が永夢に新しい役割を与えれてくれれば――」

 

「確かに理論上はそれで永夢はおしまいだ。しかし彼はあくまでも仮面ライダー。ライダーというヤツは時に、厄介な奇跡を起こす可能性がある」

 

「で、でもでも、それは今の状態でも一緒で――」

 

 

ポッピーは言葉を止めた。

エムが思い切りポッピーの腹部を蹴ったのだ。

 

 

「うっせーなマジでお前は。ダメだっつってんだろうが!!」

 

「ゴハゥ! ガハッ! ゲホッ! お、おなかだげはやべで……! 永夢の赤ちゃんがいるかも――じれないのにッッ! ガハッ!」

 

「アァ? アホかよ! いるわけぇねぇだろうが! テメェはエロゲのバグスター! 化けモンなんだよ! 人間の精子で孕むワケねぇだろうがクズ!」

 

「その通り。医師神くんの言うとおりだ」

 

「ほうら、だってよ。とことん気持ち悪い奴だなテメェは。見ているだけでムカついてくるぜ」

 

「なるほど。"バグスターに対して嫌悪感を抱く"。いい兆候じゃないか。それはキミがバグスターを倒すヒーローに近づいているからだ」

 

 

本条はそこで本を閉じ、倒れているポッピーを、哀れみの目で見る。

 

 

「まあ、だが、しかし、いいだろう」

 

「え……? ほ、本当!?」

 

「ああ。オリジナルを敬うのは大切だからね」

 

 

笑顔に変わるポッピー。

対してエムの表情が歪んでいく。

 

 

「いいのかよ」

 

「ああ。オリジナルは他にも管理下においている。一人くらい増えたところで、問題はない」

 

「でもよ!」

 

「希望は高く積み上げれば、崩れたときのショックも大きい。ましてや対等である事が、お話を盛り上げる条件だ」

 

「……ッ」

 

「なによりも。たとえ記憶が戻ったところで僕らには勝てない」

 

 

そう、本条側はライダーに完全なる勝利を収めている。それは今も、この先もかわりない。

 

 

「それは――、まあ、そうか」

 

「そういうワケだ。ポッピーピポパポ。明日の朝、キミが目覚めれば新しい舞台が用意され、永夢は元に戻っている」

 

「本当! 本当に、ほんとう!?」

 

「ああ。しかし分かっているね。君はあくまでも僕ら側だ。宝生永夢が覚醒し、僕らに敵対するような事があれば、責任はとってもらう」

 

「う、うん。それは分かってる。全力で永夢を止めるよ」

 

 

とはいえ、ニヤけているポッピー。

それが気に入らなかったのか、エムはポッピーの髪をわし掴みにすると、床に引き倒す。

 

 

「え? え?」

 

「ムカつくんだよ、お前のそのニヤけ顔が!!」

 

 

拳がポッピーの顔面に突き刺さった。

エムが拳を上げると、鼻から血を出したポッピーが、ワケが分からないという表情を浮べている。

 

 

「なあ、いいよな本条!」

 

「ま、ご褒美は平等に与えるのが一番だからね」

 

「っしゃ! ノーコンテニューでクリアしてやるぜ!」

 

 

エムはポッピーに馬乗りになると、両手の拳を握り締める。

 

 

「ゲームスタート!」

 

「ゴフッ!」

 

 

思い切りフックが決まった!

 

 

「オラッ! クソが!」

 

 

HIT! HIT! HIT!

 

 

「ガッ! ぎぃ! やめで!!」

 

「うるせぇえ! オラオラオラ!」

 

 

打撃音が聞こえる。

本条はなんの事は無く、読書を再会していた。

 

 

「顔だけにしておいてくれよ。治すのが面倒だ」

 

「わーってるよ! オラァア! 化け物退治だ!!」

 

「グッ! ぐフッ!」

 

 

 

 

 

 

 

「たッだいまぁー! えむぅー!」

 

 

家に帰ってきたポッピーは待ちきれないと言った様子で廊下を走る。

そして扉を開けると、永夢の前に滑り込んだ。

 

 

「永夢! 元に戻るんだって! また一緒にお喋りできるね!」

 

 

永夢の両手を持つポッピー。

 

 

「本条くんが、永夢を戻してくれるんだよっ!!」

 

 

頬や左目の周り、顔のいろんな場所に青アザが浮かび上がっており、鼻や口の周りは血の痕で酷く汚れている。

髪もボロボロで汚れており、一部は引きちぎられた痕があった。

しかし、それでも、ポッピーは笑みを浮かべていた。

涙を流していたのは、喜びからだ。

 

 

「永夢! 永夢ぅ! 楽しみだね! また一緒にいられるよ!」

 

 

楽しみで眠れなかった。

でも朝が近づくと、意識が自然にブラックアウトする。

目が覚めると、顔の傷はウソのように治っていた。そして家がアパートに変わっていた。間取りも、家具も変わっていた。

頭には情報が入っていて、診療所を開いていることになっていた。

もちろん、そんな事はどうでもいい。大切なのは、隣でムクリと起き上がった人がいることだ。

 

 

「おはよう、ポッピー」

 

「――えむ?」

 

「そうだよ。ふふ、どうしたの? そんなの、あたりまえ――」

 

 

頭をなでてくれた永夢。

笑ってくれた永夢。

ポッピーは涙を流して永夢にしがみ付いた。

 

 

「ど、どうしたのポッピー!」

 

「ううん、なんでもない。なんでもないよ。ただちょっとだけ怖い夢見ちゃって」

 

「そっか。怖かったね。でももう大丈夫だよ」

 

「うん。でも今日は永夢の傍にずっといるね。ずっとおててを繋いでいてね。トイレ行く時も一緒だからね。絶対だよ。絶対だからね」

 

「えぇ?」

 

「イヤ?」

 

「……ポッピーがそうしたいなら、いいよ」

 

「じゃあ、そうする!」

 

 

ポッピーは満面の笑みを浮かべる。

すると、永夢は満面の笑顔を返してくれた。

なのに、なのに――。

 

 

「アァァァアアァアァアァアアァアアァアアァア!!」

 

 

現在に戻る。悲しみと焦燥に叫ぶポッピー。

強引に永夢を取り戻そうとしたのが失敗だった。彼女は愚かで、哀れだ。

 

ただ、茶碗一杯のお茶を笑顔で頂ければ、それで良かった。

それで永夢は二度と立ち上がる事はできなかったろう。

苦しみを知った永夢が、それでも前に進むことを選んだのは、ポッピーが笑顔じゃなかったからだ。

 

仮面をつけていては、表情なんて分からない。

だけど真実はある。みんなを笑顔にしてくれる貴方が好き。

そう――、言われた。

 

 

(諦めていては、キミに愛されない)

 

 

永夢は、だから、立った。

 

 

「士くん。タケルくん。ありがとう」

 

「!」

 

「ボクは、エグゼイドだ! 仮面ライダーエグゼイド!!」

 

 

ディケイドが、タケルが、笑みを浮かべる。

一方ポッピーは理解した。永夢はもう向こう側だ。遠い向こう側にいるのだ。

だからポッピーは立ち上がり、バグヴァイザーの銃口を自らの右太ももに押し付ける。

そして、フルパワーで銃弾を撃った。

 

 

「ギィァァァアアァアァ!!」

 

「!!」

 

 

光弾がふとももを吹き飛ばし、ポッピーの右脚が体から分離した。

バグスターとはいえ、データが入っているのか、大量の血を撒き散らしながらポッピーは地面に仰向けに倒れた。

 

 

「グッ! ギッッ!!」

 

 

ポッピーは歯を食いしばり、上半身を起こす。

そして持っていたバグヴァイザーにありったけの力を、バグスターウイルスを注ぎ込んだ。

回転を始める刃。ポッピーはそれを右のわき腹に押し当てる。

 

 

「アァァアァアアアァァアア!!」

 

 

肉が飛び散り、肋骨が切れる音が響く。

 

 

「ポッピーッッ!!」

 

 

叫び、走りだす永夢。

ポッピーは回転する刃を、次は首に押し当てる。引きちぎれていく神経や肉。

みるみる顔が青ざめていく。しかし永夢が迫るのを見ると、バグヴァイザーから光弾を発射して永夢の足元を撃った。

 

 

「ぐあぁあ!」

 

 

爆風で倒れる永夢。怪我はないが、背を撃った衝撃で星が散る。

その間に、ポッピーはバグヴァイザーにありったけの力を込めていた。

するとバチバチと火花を立て始めるバグヴァイザー。力が溢れているのだろう。画面に、本体に亀裂が走る。

 

 

「ダメだ! ポッピー!!」

 

 

永夢がなんとか体に起こす。

すると、笑顔のポッピーと目が合った。

 

 

「永夢、ばいばい」

 

「ポ――ッ」

 

 

爆発が起こった。

バグヴァイザーが破裂し、それを持っていた左手が消し飛ぶ。さらにその衝撃から左肩も吹き飛んだ。

大量の血と肉片を撒き散らし、ポッピーはゆっくりと後ろに倒れていく。

 

 

「ポッピィイイイイイイッッ!!」

 

 

上ずった叫びをあげ、永夢はポッピーのもとへ駆け寄る。

 

 

「………」

 

 

ディケイドはそれを確認すると。ウシの角を掴んで右へ投げ飛ばした。

敵が地面を転がっている間に、ディケイドはカードを装填。ファイズショットを出現させて、右手に装備する。

そして発動したカードはそれだけじゃない。アタックライド・ファイア。アタックライド・ビート。

ディケイドの右腕に炎が集まり、強化されていく。

 

 

「ま、待ってくれ! 家族がいるんだ!」

 

「そうか。それは悪かったな」『ファイナルアタックライド! ファファファファイズ!』

 

「に、人間を食ったのは悪いと思ってる! でもそれは仕方な――」

 

「うるせぇ」

 

 

炎を纏ったグランインパクトがウシの顔面を捉えた。

ディケイドの紋章が浮かび上がると、エネルギーが爆発。

ウシの上半身が消し飛び、下半身だけのウシは火に塗れるとその場に倒れて動かなくなる。

なんだか焼肉の匂いがしてきた。

 

 

「あなた!」「お父さん!!」「パパーッ!!」

 

 

家族を失い、絶叫するアマゾンたち。

ショックで動きが止まった。だから、キノコアマゾンの腹部に風穴があくのは当然の事だったのだ。

 

 

「ングォ!」

 

 

腹部を突き出た足。後ろでは、カラスアマゾンが立っている。

 

 

「んぶぉ! ごぼぉぉお!」

 

 

キノコアマゾンの口から大量の血が流れ出ていった。緑色で、ヘドロのような血が。

一方でカラスアマゾンは伸ばした足を、迷わず上に振るい上げた。肉を、骨を破壊しながら一気に肉体を突き進む足。

キノコアマゾンの顔が裂ける。脳をぶち抜き、カラスアマゾンはサマーソルトキックを完了させる。

 

 

「♪」

 

 

黒い羽が舞い落ちていき、血を噴出しながら倒れたキノコアマゾンに振り落ちていく。

その中で、カラスは歌を歌っていた。星の歌だ。そして死体に一瞥もくれることなく歩き去っていくのだった。

 

 

「………」

 

 

一方、オメガは掴んでいた『腕』を放り投げる。

前には泣きじゃくりながら逃げているブタアマゾンが。

父を失い、母を失い、自らは両腕を失い、フラつく脚でオメガから離れていく。

 

 

「ごめんね」

 

 

オメガは、跳んだ。

側宙でブタの前に回りこむと、着地前に爪で目を潰す。

悲鳴を上げるまえに踵落としで脳天を叩くと、その場で回転して腕の刃で喉を抉る。

大量の血が飛び散るなか、オメガはさらに爪を振るい上げてブタアマゾンを宙に打ち上げた。

空中に浮き上がるブタと、その背後に着地するオメガ。

捻るレバー、そして同時に飛び上がり、足を突き出す。

 

 

「ウオ゛オ゛オ゛オ゛オ゛ッッッ!!!」『VIOLENT・STRIKE!』

 

 

唸り声と共に繰り出された飛び蹴り。

当然、脚にも鋭利な刃が備わっており、ブタアマゾンの肉体を引き裂いていく。

着地するオメガと、二つに分離して地面に落ちたブタアマゾン。

 

 

「ヒィィイッィイィィ!」

 

 

また家族が死んだ。

トリアマゾンは頭を抑えて絶叫していた。狂っているのか、ひたすらに涙や涎を垂れ流し、その場で暴れまわる。

すると破裂音が聞こえてきた。トリの眼球に、ネオが発射したニードルが突き刺さったのだ。

再び絶叫が。その中を走るネオ。

 

 

「ウォオオオオオオオオオオオオ!!」

 

 

大きく腕を振るう。青い爪痕が残痕を残す。

ネオは体を大きく前に出し、連続でトリアマゾンを切裂いていった。

そして跳躍。高さを加え、腕を大きく上から下に振り下ろす。

 

 

「DIE――ッッ!!」

 

 

声を放ち、ネオは攻撃のタイミングを合わせる。

次は両手の指を絡ませ、アームハンマーでトリアマゾンを空に打ち上げた。

 

 

「SETッ!」

 

 

レバーを操作し、ブレードを強化させる。

 

 

『a・m・a・z・o・n・s・l・a・s・h』

 

 

そして腕を振るい上げるように、跳ぶ。

 

 

「DOWNンンンンンンンンッッ!!」

 

「ギェエエエエエエエエエエエエエエエエ!!」

 

 

下から上へ爪を振るいながら上昇。

それに巻き込まれたトリアマゾンは羽毛を散らしながら、空へ昇っていく。

そして地面に着地するネオと、肉片になって落ちていくトリアマゾン。

唯一生き残ったサケアマゾンは、情けない声をあげて本条のもとへ逃げていく。

 

 

「た、助けてくれ! ヤツらには勝てない!!」

 

「ま、だろうね。アマゾンズだけならばまだしも、敵のリーダー格であるディケイドまで来た。面倒な連中だよ」

 

 

顎で『行け』と合図を送る本条。

サケアマゾンは叫び声を上げると、本条達を通り抜けて走り去っていった。走る先には本条が生み出したオーロラがあり、それを使って空間移動を行う。

 

その一方、入れ替わりでオーロラから出てきたものが。

黒服の上に赤いロングコート。両手に剣を持っていることから、普通の人間ではないことくらいすぐに分かった。

なにより、その腰にあるバックル。そこには大鷲が刻まれている。ライダー達にとっては最も見たくないマークであろう。

 

 

「お前たち! サムシングは足りてるか!?」

 

「アイツは……!」

 

 

集まるディケイドたち。

その前に向かうのは、『ショッカー首領三世』。文字通り、ショッカーのリーダー格である。

 

 

「悠、翔太郎達にこの状況を伝えてこい」

 

「分かりました……!」

 

 

頷くオメガ、後退していき、ジャングレイダーに飛び乗ると、すぐに走り去った。

 

 

「千翼、イユ、気をつけろ、アイツは結構強いぞ!」

 

「了解。ターゲット変更」

 

「あッ、イユ! 置いていかないで!」

 

 

走り出すカラスとネオ。ディケイドも剣を構えて走り出した。

 

 

「フフフ、消去してやる!」

 

 

二本の剣を振るい、同じく走り出す三世。

 

 

「う――ッ!」

 

 

再び戦いが始まった。タケルは体を起こして加勢しようと試みる。

だがすぐに膝が折れ、跪く。衝撃がまだ体の中に残っているのだ。当然か、パラブレイガンの攻撃を生身で受けたのだから。

血は出ていないし、傷もないのは――、死んでいるから。

だが痛いものは痛い。タケルは歯を食いしばり、呼吸を荒げる。

 

 

「!」

 

 

ふと、横を見る。

少し離れているところで、地面にへたり込む永夢が見えた。

 

 

「先生……」

 

 

永夢は泣いていた。

彼の前には、血まみれのポッピーが倒れている。

片腕はもう消し飛んだ。永夢は残っているほうの右手を取ると、包み込む様に握り締める。

 

 

「ポッピー……!」

 

 

震える声で、なんとか名前を呼ぶ。

するとポッピーは虚ろな表情で永夢を見て、そして確かに微笑んだ。

 

 

「ごめんね永夢」

 

「どうして、どぉして――ッ!?」

 

「だって、こうして惨く死んじゃえば、いつまででも貴方はわたしを忘れないでしょ? ずっと覚えててくれるでしょ? トラウマみたいになって。ふふふ」

 

 

カラフルな衣装が全く目立たないほど、彼女の全身は赤く染まっていた。

チェンソーを押し当てた部分は肉が抉り取られており、肋骨がむき出しになっている。

首からは今もおびただしい程の血が流れており、もはや手の施しようが無いことは医者じゃなくても理解できた。

それでも永夢は動く。ポッピーの首を押さえて、血を止めようと試みる。

だがその努力をあざ笑う様に、咳き込んだポッピーの口から血が溢れてきた。

 

 

「ねえ」

 

 

とは言え。

こんな状態であってもまだ意識がハッキリとして、喋ることができるのは、彼女が結局のところ人間ではないことの証明であった。

 

 

「永夢ぅ、どうして泣いてるの?」

 

「だって、ボクは――ッ! ボクは!!」

 

「……ごめんね、永夢。全部ね、全部、ウソなんだ。ウソだったんだよ」

 

「ッ?」

 

 

永夢と過した二種類の日々は、ウソだった。

あれは仮想世界。偽りの恋人生活。愛の檻。

 

 

「今のわたしは……ッ、性的な趣向を満たすゲームのバグスターだから、性行為以外では何も感じない。味覚もないし、物を食べるという行為はわたしにとってはただのアクション。おいしいなんて感じないし。アイスが好きっていうのもウソ……」

 

「それは――ッ、でも!」

 

「引きこもりもウソだし、ネットアイドルになりたいのもウソ。全部ウソ。全部全部ウソばっかり。それを信じて、リアクションをしてくれるなんて、永夢は間抜けだね」

 

 

そういう背景を作っただけだ。全ては本条が仕掛けたウソだった。

ポッピーは仕掛け人。永夢はまんまと騙されて虚無の時間を過してきた。永夢は自分がビーコンだということを忘れて仮初の記憶を仮初の住人として過していく。

 

しかも二回も。

一回目はCRのドクターとして、明日那を助けた記憶。

二回目は心が折れたあと、小さな診療所のドクターとして働いていた記憶。全ての忘れて間抜けに笑っていた。平和そうに笑っていた。

 

 

「バカみたいだった。永夢は、本当に、バカ」

 

「ッ」

 

「……でもね、一つだけ、本当なのがあるよ」

 

 

ポッピーは青白い顔で、今にも壊れそうな笑顔を浮かべる。

 

 

「わたしはね、あなたの事が、本当に好きだったんだよ?」

 

「ポッピー……! グッ! うぅぅぅ!」

 

「でゅくし!」

 

「!」

 

 

右手を動かし、ポッピーは永夢にデコピンを。

 

 

「ごめん。これもウソ」

 

「そ、そんな」

 

「騙されすぎだよ。永夢は。毎回毎回。少しは疑わないと」

 

 

ポッピーは永夢の頬を抓ると、強く引っ張って、自分の顔に近づけた。

 

 

「―――」

 

 

唇を重ねる。ポッピーは舌で強引に永夢の唇をこじ開けると、永夢の舌を舐める。

何が起こっているのか。永夢は理解できずにしばらく固まっていた。

ポッピーの口内は血塗れ。だから舌にも大量の血がある。にも関わらず、血の味はしなかった。

所詮データの血だからか。とは言え、永夢はすぐに我に返ると、反射的に唇を離す。

 

 

「なにを、して」

 

「キスなんて、唇を押し当てればいい。こんなの簡単だよ」

 

 

咳き込む。また大量の血が溢れた。

 

 

「ポッピー!!」

 

「いいよ、もう、別に」

 

「どうして!」

 

「だって、どうせ死んでたし」

 

 

永夢は立ち上がる選択を取った。それは本条としては面白くない事だ。

その事態を巻き起こしてしまった原因であるポッピーは、確実に本条に処分される。

どうせ死ぬのならば、自分で終わらせようと思っただけだった。ただそれだけ。

 

 

「でも、そんなの分からないじゃないか!!」

 

「分かるよ。本条くんは、そういう存在だから。永夢も勝てない」

 

 

口にはしなかったが、続きがある。

勝つとか、負けるとか、そういう次元にはいないから。

永夢もこの先に進めばそれを理解できるだろう。彼は、きっと、勝てない。

 

 

「でも(あらが)うことなら、できるかも……」

 

 

永夢は、何かが地面に落ちた音を聞いた。

そちらに視線を移すと、ゲーマドライバーが地面にあった。

 

 

「あれは……」

 

 

その光景を本条も見ていた。

視線を移動させ、目を細めている。

一方、ポッピーは永夢の頬に触れる。

 

 

「永夢は、なんのためにドクターになったと思う?」

 

 

ドクターパックマンの時は答えられなかったが、今は分かる。

ポッピーは微笑み、腕をゆっくりと降ろす。

 

 

「みんなの笑顔を、取り戻すためでしょ?」

 

「!」

 

「あなたは医師神永夢? 違うでしょ、宝生永夢なの」

 

 

だから。

 

 

「人のために、行って、永夢!」

 

 

ポッピーは真っ直ぐに永夢を見て、叫んだ。

だから永夢は上を向く。でなければ零れてしまう。

そして首を大きく振ると、ポッピーをただ、優しく、ただ優しく抱きしめる。

僅かな沈黙があった。ポッピーは少しだけ手を動かしたが、永夢の背に腕を回すことはしなかった。

 

 

「アぁあァアアァあァアァアぁぁアァあアァあアア!!」

 

 

全ての感情を込めた叫びをあげながら、永夢は目を見開いた。

立ち上がり、ポッピーから離れると、地面に落ちていたゲーマドライバーをつかみ取る。

 

 

「なぜだ! アイツのゲーマドライバーはココにあるってのに!」

 

 

怯むパラゼイド。

しかし隣にいた本条は冷静のようで、静かに呟いている。

 

 

「言っただろ、ライダーは時に厄介な奇跡を起こす」

 

「だ、だけど! ヤツは適合者の資格を失った! 変身はできない!」

 

 

ゲーマドライバーを装着する永夢。

そして、ガシャットを起動させる。

 

 

『マイティアクションエーックス!』

 

 

背後に広がるゲーム画面。

エナジーアイテムが周囲に射出されていき、永夢は右手に持ったガシャットを左前に突き出す。

 

 

「人間の――! そしてライダーの運命は! ボクが変えるッッ!」

 

 

両腕を大きく旋回。

左手を開いて前に、その後ろにガシャットを構える。

 

 

「変身ッ!」『ガシャット!』

 

 

振り下ろすようにしてガシャットを装填。

 

 

『レッツゲーム! メッチャゲーム! ムッチャゲーム! ワッチャネーム!?』

 

 

同時に回転するキャラクターアイコン。

永夢は、手を前に突き出し、エグゼイドを選択した。

 

 

『アイム ア カメンライダー!』

 

 

たしかに『宝生永夢』は仮面ライダーエグゼイド、レベル1へと変身を完了させた。

 

 

「な、なぜだ! なぜ変身できる!!」

 

 

うろたえるパラゼイドだが、本条は理解した。

永夢の後ろで、コチラを見て笑っているポッピーが目に付いたのだ

 

 

「あの女だ」

 

「何ッ?」

 

「あの時――」

 

 

ポッピーが永夢の口の中に舌を入れたとき。

ポッピーは人間じゃない。唾液や血はデータで、あくまでも再現しているにしか過ぎなった。その本質、パワーの源はなんだ?

そう。ライダーは、敵と、同質。それが概念。

 

 

「ポッピーは永夢に口移しでバグスターウイルスを送り込んだ。それが抗体となり、永夢は再び適合者になったんだ」

 

「ッ、だが! ウイルスが送り込まれたならヤツはゲーム病になるはずだ!」

 

「ポッピーはあれでも僕が用意した特別製だ。先程はウイルスを送り込むことで、バグヴァイザーを暴走させていた。つまりウイルスの抑制やコントロールはできると言う事だ。永夢のなかに送り込んだウイルスを安定化させることで、人体に悪影響が出るまえに、抗体として練成したのだろう」

 

 

いや――ッ!

いや、違う。そうじゃない。違う。本条は大きく首を振った。

それは、違う。

 

 

「それらは設定でしかない。この世界で大切なものは、そんなシステムではなく"概念"だ」

 

「だったら、つまり――」

 

「そう、そうだ。医師神エム。理解したな。ヤツは宝生永夢だ。分かるな。医師神永夢ではなく、宝生永夢なんだ。だからエグゼイドになれる。当然の事だ」

 

「クソ!」

 

「まあ落ち着きたまえ。それのどこに問題が? もともとキミはヤツを椅子から引きずり出すために用意したんだぞ」

 

「……なるほど。ああ、そうだな」

 

「期待しているよパラゼイド。キミはエグゼイドではないが、仮面ライダーである事にはかわりない」

 

「オッケー。任せな本条。宝生永夢は、このおれが攻略してやる!」

 

 

一方のエグゼイドはレバーを倒す。

 

 

「大変身!」『ガッチャーン!』『レベルアーップ!』

 

 

パワーゲートが発生し、ずんぐりむっくりとした体で走り出す。

ゲートを通り抜けると、ゲームエリアが展開し、周囲の景色がまるまま変わっていく。

青い空に平原のステージ。道中にはドーナッツやらマカロンやらがアイテムとして浮かんでいる。

 

 

『マイティジャンプ!』

 

 

突き出した拳に宿るエネルギーエフェクト。

 

 

『マイティキック!』

 

 

突き出した足がエネルギーを拡散する。

 

 

『マイティマイティアクション!』

 

 

装甲が弾け飛び、レベルワンの頭部からニュッと手足が生えるように出てくる。

両手両足を広げているエグゼイドは、一度体をちぢこめて、直後大きく伸びを行った。

 

 

『エーックス!!』

 

 

突き出す右手を天に突き上げ、右ひざを曲げてポーズ。

消失するゲームエリア。エグゼイドはそのまま地面に着地を決めた。

 

 

『ガシャコンブレイカー!』

 

 

武器を手にし、エグゼイドはそこで足を止める。

 

 

「………」

 

 

振り返りそうになる。

なる――、が、エグゼイドは振り返らなかった。

後ろに倒れていたポッピーは寝返りをうち、横向きになった。

見つめるのはエグゼイドの背中。そう、背中だ。レベルワンの頭部が見える。目の部分は黒く染まっている。

 

 

「え――」

 

 

唇を噛む。強く、強く、噛み千切らんばかりに。

ポッピーピポパポは、言葉を殺した。

だからエグゼイドは、振り返らずに走り出した。

 

 

「それで、いいよ……」

 

 

ポッピーは笑う。

 

笑う。

 

笑う……。

 

 

「―――」

 

 

つい先程の会話が頭に過ぎった。

 

 

『わたしはね、あなたの事が、好きだったんだよ?』

 

『ポッピー……! グッ! うぅぅぅ!』

 

『でゅくし!』

 

『!』

 

『ごめん。これもウソ』

 

『そ、そんな』

 

『騙されすぎだよ。永夢は。毎回毎回。少しは疑わないと』

 

 

ポッピーはその時のことを思い出してつい笑ってしまった。

笑う。つまり、笑顔だったが、どうしてだろうか? 笑顔なのに目からはボロボロと涙が零れてきた。

堪え様と思っても無理だった。しゃくりあげる声が漏れる。

 

 

「うっく、ひっく……!」

 

 

違う。違う! 違う――ッッ!

それも、"ウソ"なんだ!!

 

 

(いかないで――ッ!)

 

 

ウソ。そうだ。だって本当は好きじゃなかった。永夢のことは好きじゃなかった。

 

 

(本当は、大好きだったんだよ。愛してたんだよ!!)

 

 

ポッピーは、永夢を愛していた。

たとえ神が違うと言おうが、ポッピーはそれを否定できる自信があった。

確かに永夢を、永夢だけを! 愛して、いたんだ。

 

 

(おねがい、行かないで――ッ! 戻ってきて! わたしのそばにいて……!)

 

 

もちろん、声には出さない。絶対に出せない。

だからポッピーは必死に笑みを浮かべながら泣いた。

手は伸ばさない。右手はもう痛くて動かすこともできないし、左腕は吹き飛ばした。

だがそれでよかった。でなければ、必ず永夢にむかって手を伸ばしてしまう。

 

 

「う――ッ! ぐすッ! ひっく!!」(いかないで! 手を握ってよ永夢!!)

 

 

確かに、傷つけてしまった。

でもそれは、永夢は優しいから、強引な手を使えば絶対に言うことを聞いてくれると思ったんだ。

 

そうすれば本条にも怒られないし、永夢だって折れる。

事情は後で説明すればいい。永夢はきっと分かってくれる。

そうすれば、そうすれば、そうすれば、ずっと一緒にいられる筈だった。

ずっと、笑顔で、愛し合えた。

 

 

(えむぅ、痛いよぉ、辛いよぉ、怖いよぉ……!)

 

 

流れる血。痛み、ダメージ。

ポッピーの体にノイズが走る。徐々に肉体が粒子になって剥がれていき、存在が透けてくる。

 

 

「ゥオオオオオオオオオ!!」

 

「ハハハハ!」

 

 

視線の先では剣と斧がぶつかり合っていた。

次々に二人の周りに浮かび上がるHITのエフェクト。しかし呼吸を荒げるエグゼイドと、余裕そうに笑うパラゼイド。

力の差が浮き彫りになってくる。

 

 

「レベルが違う!」

 

 

コマンド2Cによる振り上げが決まり、エグゼイドが宙に浮き上がる。

ジャンプキャンセル。エグゼイドに並ぶパラゼイド。

 

(5A)(5A)(5C)、コマンド技41236Cによるワイドスラッシュにてエグゼイドを撃ち落す。

地面に倒れたエグゼイドを下弱(2A)で拾い、(B)で固定、コマンド技623Bによるビクトリーロードで上に持っていき、追加コマンド2Cで撃ち落す。

さらにボタン連打は忘れずに。

 

 

「ぐあぁああああ!」『7連打!』

 

 

衝撃に包まれてエグゼイドは悲鳴をあげる。

パラゼイドは倒れているエグゼイドを蹴り飛ばし、仮面の裏で恍惚の表情を浮べた。

そしてボタンを押して斧の向きを変えて、銃に変える。

視ろ。見ろ。ミロ。倒れ、呼吸を荒げているのはエグゼイド。そしてエグゼイドをそうしたのはパラゼイド。

そうだ、パラゼイドなのだ!

 

 

「死ね!」『ズ・ガーン!』

 

「まだだッ! まだだァアア!」『ゲキトツ! ルォボッツ!』

 

 

広がるタイトル画面が銃弾を次々に防ぐ。

さらに画面からロボットゲーマが出撃。パラゼイドに突進を決めると、エグゼイドの方へと戻っていく。

パラゼイドが怯み、後退している間にロボットゲーマは口をあけてエグゼイドを食べるように装着された。

 

 

I got you(アガッチャ)!!』『ゲ・キ・ト・ツ! ロボッツ!!』

 

 

全速力で走り、赤い拳を振るうエグゼイド。

ポッピーはそれを見て歯を食いしばった。永夢がいればそれでいいと思っていたが、やり方を間違えた。そうだ、ポッピーは、選択肢を誤った。

セーブはできない。ロードはできない。だってこれはゲームじゃない。そうか、そうだ、当たり前だった。

永夢は、人間なんだ。ゲームじゃないんだ。なのにたった一つの選択肢を間違えてしまった。

 

 

『ジュージュゥーバーガー!』

 

I got you(アガッチャ)!!』

 

『バァ~ガァーッ!(ドュッドュッ) バァ~ガーッ!(ドュッドュッ)』

 

『ジュージュー! バァーガー!』

 

 

レベル4となったエグゼイドはローラーブレードで地面を疾走して弾丸を回避していく。

しかし左右ジグザグに動いていたつもりでもパラゼイドにとってはルートを割り出すことができたのか、次々に肩や腰に光弾が命中していく。

文字通り、焼けるような痛みが走った。その時に永夢の脳裏に浮かぶ選択肢。

 

 

A:今すぐにポッピーのところに戻り、慰めてもらう。

 

 

「ガアアアアアアアアアアアアア!!」

 

 

エグゼイドは叫んだ。なんて、ああなんて。

 

バ カ な 妄 想 だ !

 

 

(ボクは――ッ! 戦うんだろう!? みんなのために! ビーコンとして!!)

 

 

だから、それは、永遠の夢でいい。

だから、止まらなかった。ローラーブレードが壊れたならエグゼイドはその足で走った。

そう。それはもしかしたら人類にとっては、世界にとっては、仮面ライダーにとっては、ましてや宝生永夢にとってはベストな選択肢だったのかもしれない。

けれどもポッピーにとっては、地獄のようなバッドエンドだった。

みるみる永夢が、離れていく。

 

 

(キスをして――ッ、そばに来て、抱きしめてよぉ)

 

 

しかしそれでもポッピーは目を閉じた。

絶対に言葉は出さなかった。

 

 

(怖い、怖いッ、怖いよ永夢。わたし、死ぬのかな? 死んじゃうのかなぁ……!)

 

 

なぜか? なぜポッピーは声を出さないのか。

 

 

(やだ……! やだやだやだ! 死にたくないよ!!)

 

 

決まっている。永夢を――、愛しているからだ。

彼を振り返らせぬため、苦痛を仮面で隠した。彼女自身が分かっている。永夢はココにいてはいけない。縛られてはいけない。自由でなければならないと。

 

 

(もっと生きたい。永夢と、生きて――ッ、いろんな場所に行って!!)

 

 

所詮、そんな物は夢でしかない。彼女にとってもそれは永遠の夢。

あなたは覚えていないのでしょうね。きっと。わたしを自転車の後ろに乗せてサイクリングに行ってくれたことなど。

わたしの料理を手伝って、逆に失敗してしまったこと。

パンダを一緒に見に行ったことなど、覚えていないのでしょうね。

 

そうだ。

だって、永夢はそんな道を選べない。

永夢が取るのはポッピーの手ではなく――。

 

 

『ドラゴナイトハンターッ! Z!』『ガシャット!』

 

『ガッチョーン! ガッチャーン! レベルアーップ!』

 

『マイティジャンプ!』

 

『マイティキック!』

 

『マイティマイティアクション! エーックス!』

 

I got you(アガッチャ)!!』

 

『ド! ド! ドラゴナナナナーイトゥッ!』

 

『ドラッ!』『ドラッ!!』『ドラゴナイトハンタァアアアアア!』

 

『ゼェエエエエエエエッッッッッッッット!!』キュピーン☆

 

 

永夢が取ったのは、ガシャットだった。"戦う道具"だった。

 

 

「ウォオオオオオオオ!!」

 

 

翼を広げて飛行。

ブレードとガンでパラゼイドを抑えると、そのまま背後にあるアパートに突っ込んでいく。

場所は二階。永夢とポッピーが住んでいた場所だった。

 

 

「ウァアアウッッ!」

 

 

いつも一緒にご飯を食べていたリビングで、エグゼイドは剣を振るう。

パラゼイドがそれを回避すれば剣は、背後にあった壁を抉る。

飾ってあった写真やフォトフレームを引き裂き、それでもエグゼイドは止まらずに攻撃を続けた。

 

 

「逃がすか!!」

 

 

ガンから光弾が放たれる。

パラゼイドは床を転がることでそれを回避。一方で光弾はシンクに直撃し、水道を破裂させる。

吹き出る水と、にらみ合う両者。

 

 

「チィイ!!」

 

 

また光弾が飛んできた。床を転がるパラゼイド。花瓶が、時計が、ポスターが壊される。

壁が傍に迫っていた。前には走ってくるエグゼイド。ならばと斧でブレードを受け止める。二つのぶつかり合い、周囲にエネルギーが拡散して家具やフォトフレームがまた吹き飛んでいく。周囲の壁にヒビが入っていった。

 

 

「なんだッ、気迫だけはいっちょまえに!!」

 

 

パラゼイドは笑う。

気迫には怯んでしまったが攻撃を受けてみれば、なに、たいした事はないじゃないか。

やはりレベル99と5では、力に差は歴然だ。

すぐにブレードを斧で受け流すと、エグゼイドの背を切った。

 

 

「ぐあぁああ!」【HIT!】

 

 

吹き飛んだ先はベッドルーム。

ポッピーと一緒に寝ていたベッドを粉砕し、エグゼイドは床に倒れる。

 

 

「フッ!」

 

 

パラゼイドは斧を振り上げて追撃を仕掛けようとする。

しかしエグゼイドはファングから火炎放射を撃ち、パラゼイドの進行を妨害。動きが鈍ったところで、再び立ち上がると、翼を広げて突進を決めた。

 

 

「ハアアアアアアアアア!!」

 

「グゥゥウウ!」

 

 

パラゼイドをつれて天井をぶち破る。

屋根に転がるパラゼイドとエグゼイド。立ち上がったのは、同時だった。

 

 

『マイティブラザーズ! ダブルエーックス!』

 

『ダブルガシャット!』『ガッチャーン! レベルアーップ!』

 

 

新たなるガシャットを差し込むエグゼイドと、ダイヤルを回すパラゼイド。

 

 

『ウラワザ!』『ノックアウト! クリティカルスマッシュ!』

 

「オラァア!」

 

「うァアアア゛ッッ!!」

 

 

パラゼイドの発光する拳が、エグゼイドの巨体を吹き飛ばす。

エグゼイドは手足をバタつかせながら屋根から落下。パラゼイドの視界からフェードアウトする。

まだだ、追撃を仕掛けようとパラゼイドが前に出――

 

 

『ウィーアー!』

 

「!」

 

『マイティマイティブラザーズ!』\ヘイ!/『ダブルエーックス!』

 

 

オレンジと青緑のエグゼイドが手を突き出し、飛び上がってくる。

どうやら闘志は欠片も死んでいないようだ。

エグゼイドたちは再び屋根に着地すると、キースラッシャーとガシャコンブレイカーをそれぞれ手に持ってパラゼイドに切りかかっていった。

 

 

「ウォオオオオオオオ!?」

 

 

そして下では丁度、ディケイドが叫びをあげて吹き飛んでいるところだった。

空中を一回転し、背中から地面に叩きつけられる。

 

 

「うぅあぁ……! クソ」

 

 

ディケイドは気だるそうに起き上がるとうんざりしたようにため息をつく。

やはりさすがは首領なだけはある。今もディケイドの視界には切り刻まれて全身から火花を散らしているネオと、地面を転がっているカラスアマゾンが見えた。

 

 

「アァ、面倒くさいな!」

 

 

ディケイドは軽く地面を殴ると、重い腰を上げて立ち上がる。

奇しくも、近くにポッピーが倒れているのが見えた。

 

 

「………」「………」

 

 

目が合う。

 

 

「一緒だね」

 

 

ポッピーは少し意地悪な顔をして、自分の髪を指し示す。

 

 

「俺は、マゼンタだ」

 

「そう」

 

 

小さくため息をつくディケイド。

アタックライドイリュージョンを使用し、分身達を作ると、一勢に三世のもとへ向かわせる。

一方で本体は軽く伸びを行うと、その場に座り込んだ。

 

 

「いいのか?」

 

「なにが……?」

 

 

ポッピーはだいぶ透けている。時間は残されていない。

 

 

「仮面をつけたままじゃ、疲れるだろ」

 

「あなたがそれを言うの?」

 

 

ポッピーの言葉に、ディケイドは困ったように肩を竦めた。

 

 

「どういう意味だ?」

 

「本当はぜんぶ、貴方のシナリオどおりなんでしょ?」

 

「は?」

 

 

思えば、ディケイドはウシアマゾンと戦っていたが、時間をかけすぎていた。

ディケイドの力はポッピーも把握している。とても一般怪人に苦戦するとは思えない。

それにポッピーが自傷行為に出たときも、ディケイドならば容易に止められた筈だ。時間を止めるなり、加速するなりすればいい。

 

それをしなかったのは何故か。

決まっている。ディケイドは、あえて、動かなかった。

 

 

「――今まで、いろいろな世界を見てきた」

 

 

ディケイドは肯定も否定もしなかった。

ポッピーの言葉を無視して、自論を並べる。

 

 

「壊してきたし、繋いでもきた」

 

 

そして、気づいた。

 

 

「世界を動かすのは力じゃない。心だ」

 

「………」

 

「俺はあくまでもヒントは出せるが、結局決めるのは自分自身なんだよ」

 

 

だからこそ9枚のカードは力を取り戻した。

 

 

「心が死ななければ、終わりはこない」

 

「ウソ」

 

「本当だ。お前もそうだろ。譲れない想いがあったからこそ、最後に戦った」

 

「………」

 

「お前はもう退場だ」

 

 

退場。死ではなく、退場とディケイドは口にする。

 

 

「だからせめて最期くらいは仮面を取ってもいいんじゃないか?」

 

「どうやって取ればいいか、わかんないよ」

 

「簡単だ。なんなら取ってやろうか?」

 

 

ディケイドはカードを抜き、絵柄をポッピーに見せる。

カードを軽く人さし指でトントンと叩いてもみる。

 

 

「仮面をつけたまま死ぬつもりか? 仮面ライダー、ポッピー」

 

「……それは、イヤ」

 

 

ポッピーは、手を伸ばした。

激痛を耐えてまで、伸ばしたのだ。

 

 

「えむと、ずっといっしょがいい」

 

 

手が無くなった。

ポッピーはそこで消え去った。死んだのだ。

 

 

『マキシマム! クリティカルブレイク!』

 

『パーフェクトノックアウト! クリティカルボンバー!』

 

 

蹴りと蹴りがぶつかり合い、大爆発を起こす。

その衝撃で吹き飛ぶアパート。本条の周りには結界が張ってあるのか、爆風も瓦礫の破片も本条に触れる前に蒸発していく。

 

 

「ウグッ!」『ガッシューン……!』

 

「フフフ!」『オールクリア』『パーフェクト!』

 

 

地面に落ちた永夢は、血を吐き出す。

一方で着地を決めるパラゼイド。振り返り、笑みを浮かべる。

 

 

「一度折れた心は、そう簡単には戻らない。戻ったと思っていても、亀裂は残っているものさ」

 

 

本条は瓦礫の上に座ると、読書を始める。

 

 

(ましてやパーフェクトノックアウトはマキシマムマイティに勝利している。その事実を知っている神々の力が働いたか……)

 

 

一方のパラゼイドは競り合いに勝ったことに気分を良くしたのか。

すぐに止めをささず、両手を広げて自分をアピールしてみせる。

 

 

「どうしたエグゼイド! やはりお前はッ、おれには勝てない!!」

 

「ぐッ!」

 

「それに、見ろ! 見ろよ! ほら! ポッピーはどこにいった?」

 

「!」

 

 

振り返る。確かに、どこにもポッピーの姿が無かった。

拳を握り締める永夢。強く、強く、血が出るほどに。

 

 

「永夢!」

 

「!」

 

 

ディケイドが永夢の名を叫ぶ。

そして、手に持っていたものを放り投げた。

放物線を描いて飛んできたシルエット、永夢は反射的にそれをつかみ取ると、正体を確認する。

 

 

「これって……!」

 

「アイツの残存データで俺が作った。最期の……、形見だ!」

 

「!」

 

 

 

永夢は目を見開き、濁る視界でその『ガシャット』を見つめる。

強く、強く、握り締めた。ポッピーは死んだのだ。だが最期にガシャットを残した。それはつまり、永夢の力になりたいと望んだからだ。

やはり、彼女は――。永夢はただただ強くガシャットを握り締める。

 

 

「終わりだ。消えろ、エグゼイド! お前が死ねば――」『デュアルガシャット!』『キメワザ!』『パーフェクト! クリティカルフィニッシュ!!』

 

 

パラゼイドは笑い、銃口を永夢に向ける。

 

 

「お前さえ死ねば、おれが本物になれるんだ! エグゼイドは、おれのものだ!!」

 

 

巨大な光弾が発射され、永夢に向かう。

ディケイドは動かない。ただ見ているだけ。光弾はまっすぐに永夢へと飛んでいく。

 

 

「――ッ!」

 

 

永夢は、動いた。

それが、選択。

人生と言うゲームで永夢が選んだ、自分だけの選択。

 

 

『マイティアクションエーックス!』

 

 

クロスに持ち構えるガシャット。右手にはマイティアクションエックス。そして左手には――

 

 

「!」

 

 

爆発が起こった。弾丸が着弾し、爆炎の中に永夢は消えていく。

 

 

「ハハハ! やったか!」

 

(アホか。それはやってない台詞だろうが)

 

 

呆れた様に息を吐く本条。

そもそも、ゲーム画面が既に広がっていた。一枚だけならば撃ち破れたかもしれないが、二枚が重なるとそうもいかない。

 

 

「………」

 

 

しかしそれでも、熱と衝撃は伝わってくる。

永夢はその中で目を細め、立っていた。そして、その前にはポッピーが微笑んでいる。これは幻か、偶像か、それとも終わりを告げる死神なのか。

 

どうでもいい。なんだっていい。

永夢は手を伸ばす。ただそこにひたむきな想いと覚悟を乗せて。するとポッピーは笑みを浮かべて、永夢の手を取ってくれた。

ポッピーは永夢を、優しく、包み込む様に抱きしめる。

だからこそ、爆炎が吹き飛んだのは必然だった。

 

 

『マイティマイティアクション! エーックス!』

 

 

エグゼイドのシルエットが見える。

そして――

 

 

『あ! がっちゃ!』

 

「!?」

 

 

それは、彼女の声だった。

 

 

『ど♪ ど♪ どれみふぁ♪ そ・ら・し・ど! おっけい! どれみふぁびぃーとぉ♪』

 

 

爆炎の中から姿を見せたのは、仮面ライダーエグゼイド、ポッピービートアクションゲーマーレベルX。

ポッピードレミファビート。それが彼女が最期に託したものだった。

 

 

 




次回、第一部最終回。
ちょっと遅れるかも、予定としては28~30辺り。

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