カメンライダー   作:ホシボシ

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※注意

Vシネマ「ゴーストRE:BIRTH 仮面ライダースペクター」の要素があります。
ネタバレって程ではないかもしれませんが、一応見てない人は注意してください。


第27話 ABAYO(前編)

 

 

時間は遡る。

竜斗達を守るために走り出したライダー達。

しかしクロスオブファイア吸収マシーンによって変身は封じられてしまった。

 

天空寺タケルはゆっくりと目を覚ました。

白く靄掛かった世界、タケルは確かに立っているものの、自分がどういう状態なのかは分かる。

変身できず、それで勝つなんて無茶な話だったのだ。

ショッカーに殺されたのは悔しいが、それでもせめて仮面ライダーとして最期まで戦えたのだと信じたい。

 

 

「ッ?」

 

 

目を凝らす。

世界には一つ、おかしなものがあった。

停留所だ。場所の欄には『あの世入り口』と書かれており、右矢印の先には『この世』、左矢印の先には『あの世』と書かれている。

まあ、つまりタケルが歩き続ければあの世に行くという事なのだろう。問題は停留所には白いベンチが置いてあり、そこに一人の少年が足を組んで座っていると言う事だ。

 

 

「……!」

 

 

タケルは目を見開き、立ち止まる。

そこに座っていたのは星の瞳を持つ少年、ブックメイカー。

 

 

「驚くなよ。死んだらあの世に行く。そりゃあ当然の話だろ?」

 

「………」

 

 

タケルは、理解した。完璧に。完全に。

ジョウジが言ったキーワード。そしてタケルが見たブックメイカーの過去。

それ等が次々に一つに纏まっていき、繋がっていく。

 

 

「……ずっと、気になってた」

 

 

タケルはブックメイカーの隣に座り、膝の上に肘をおいて遠くを見つめる。

ブックメイカーも特にアクションを起こす事は無かった。足を組んだまま、遠くを見ている。

タケルは一つ、ずっと引っかかっていたことがあると言う。

 

紅渡、野上良太郎、天道総司、日高仁志、剣崎一真、乾巧、城戸真司、津上翔一、五代雄介、門矢士、左翔太郎、園咲来人、火野映司、如月弦太朗、操真晴人、葛葉紘汰、泊進ノ介、天空寺タケル、水澤悠、千翼、宝生永夢、桐生戦兎。

 

 

「おれだけ違う」

 

「………」

 

「おれだけ――、カタカナだ」

 

 

他のメンバーは皆、名前が漢字で書ける。しかしタケルは、下の名前を『タ』『ケ』『ル』と書かなければならない。

親がつけてくれた名前だ。名前が嫌なワケじゃない。しかし今、多くのライダーと触れ合って何故だろうという疑問が生まれた。

そして自分と同じ様な人間はいる。ゴロウ、タケシ、ジョウジ。

いや、もっと分かりやすく言えば、同じ名前の法則の人間がいる。苗字は漢字。名前はカタカナ。

そう、小野寺ユウスケのような名前法則。

 

タケルは、理解していた。

ブックメイカーに触れた時、"仮面ライダーゴースト"が見えたからだ。

 

 

「おれは、リ・イマジネーション……!」

 

「………」

 

「本物のゴーストは貴方だ! ブックメイカー!!」

 

 

ブックメイカーは目を閉じ、大きなため息を漏らす。

そして組んでいた足をほどき、立ち上がると、ゆっくりと天を仰ぐ。

 

「――ああ」

 

 

苗字は――、忘れた。

名前は武だったか、健だったか、焚流だったか、それとも猛だったか。

 

 

「別にどうでもいい。その名前はもう捨てた。今の俺は本条栞、ブックメイカーだ」

 

 

一人称が変わっている。そういう気分なのだろうか。

ブックメイカーは目を開く。青い星の瞳は、キラキラと輝いていた。

 

 

「一つだけ間違いがある」

 

「え?」

 

「本物のゴーストなんて言い方は正しくない。小野寺ユウスケは偽物のクウガか? 違う。彼だって本物のクウガだ」

 

「そ、それは」

 

「それにお前だってそうだ。仮面ライダーゴーストは、お前のだよ」

 

 

タケルは沈黙する。

肩に触れたとき、ブックメイカーの過去がフラッシュバックした。そこには些細な違いはあれどタケルが歩んだ光景と近いものが広がっていた。

宇宙船に乗ったアイコンが、ライブスタジオで踊るブックメイカーを――、ああいや、こんな話はどうでもいい。

とにかく大切なのは、ブックメイカーがゴーストに変身していたという点だ。

 

 

「どういう事なんですか? 何があったんですか!?」

 

「………」

 

 

ブックメイカーはしばらく何も答えず、その場に立ち尽くしたままだった。

しかしその内に何度か頷くと、ベンチに戻り、小さくため息を吐く。

 

 

天城(あまぎ)(ある)。彼が、全ての始まりだった」

 

 

ブックメイカーが指を鳴らすと白い世界にモニタが現れる。

それはかつてフィリップが見た世界の欠片。【Ch.1】、ニュースの映像は、天城或と言う男の子が行方不明になったと言うニュースを伝えている。

 

 

「これは……?」

 

「ニュースの通りだ。或は、夏祭りの最中に行方不明になった」

 

「それはッ、どういう……? 或くんって一体――ッ」

 

「俺も知らない。世界にとっては、どうでもいいモブキャラだ」

 

「え? え……?」

 

 

戸惑うタケルをよそに、ブックメイカーは会話を続ける。

パワースポットって知ってるか? 唐突な流れにタケルはついていけず、黙ってしまう。

しかしそんな事はお構いなしとブックメイカーは喋っていた。まあ要するに世界にはそういう特別な場所がある。霊的な力が集まっていたり、神が宿るとかそういう類のものだ。

あの祭りが行われていた山も、そうした特殊な力がある場所だった。

それだけだ。たまにある話だ。神隠しは三回こっきり、そして、三回目に選ばれたのが或だった。

ただそれだけで、他には特別な理由なんてない。

 

 

「或は普通の子だった。特徴なんて何もない。どこにでもいるような子供さ。普通に幼稚園に行って、普通に遊んで、普通に勉強して。普通に――、仮面ライダーが好きだった」

 

 

別におかしな話じゃないだろう。

男なんて小さいときにはヒーローに憧れる。好きであり続けるかどうかは別としてもライダーくらいは見るし、好きになる子は多い。

 

 

「あの日も祭りを楽しみにしていただけだ。縁日で何を食べようか母親と相談していた。終わりの花火がよく見えるように、父親が肩車をする約束だった……」

 

 

思い出すように呟くブックメイカー。

 

 

「彼はただ、ゴーストが好きだっただけだ」

 

 

その言葉には、とても深い感情が込められているように思えた。

ゴーストが好き。それはタケルではなく、ブックメイカーが変身するものだ。

その点について、ブックメイカーはタケルにずっと謝罪したい事があったという。

 

 

「悪かった」

 

「え?」

 

「いくら再構成と言っても、オリジナルからはいくつかの要素を引き継ぐのは基本だ」

 

 

たとえば"笑顔"とか、"ライダーバトル"とか、"トランプスート"だとか、"修行"とか、"妹"とか。

 

 

「お前が引き継いだのは『評価』だ。ボロクソだったよ、俺は」

 

 

真面目に戦ったつもりだ。

決して世界を救うことに手を抜いたつもりはない。

けれども蓋を開けてみればブックメイカーのゴーストは神様にはさぞつまらないモノに見えてしまったらしい。

時間の無駄。見るだけで不快。ライダーの歴史を汚した。

お遊戯会の方がマシ。プリキュアまでがマジで苦痛。俺が役者なら速攻で黒歴史。

キャラクターがひたすらに気持ち悪い。などなど。

 

 

「フフフ……!」

 

 

ブックメイカーはその時のことを思い出したのか、つい吹き出してしまう。

なに、別におかしな話ではない。作品としての出来が悪ければそういう意見があるのは当然だ。

それを創作物の自分達は知ることもなかったし、それで世界は回り続ける。

調和だ。絶対的な管理のもとに組み込まれた神のシステムに触れなければ、何一つ傷つくことはなかった。

 

 

「全てはルールだった」

 

 

もはやそれは誰が決めたとかではない。

強いて言うのならば、まさに世界だ。数多ある世界、宇宙が作り出した絶対的なシステム。

たとえば『鳥はなぜ飛べるのか?』ではなく、鳥は例外はあるものの『飛べる生き物』である。そういった概念の話だ。

 

 

「それは世界のルールだ、そう言ったものに――、或は選ばれた」

 

 

祭りの途中、トイレに寄った。

或一人しかいなかった。どうやらそれがトリガーになったようだ。

早く次の夜店に行きたい、そんな想いを抱いた或が外に出た時、そこには宇宙が広がっていた。

 

 

『オメデトウ! 天城或!!』

 

 

言葉はあったのか、無かったのか、それは別にどうでもいいことだ。

大切なのは或はそこに至ったというだけの話。

かつて笛吹き男に連れられた子供達のように。超次元の世界へ足を踏み入れたのだ。

 

 

『仮面ライダーゴーストは残念ながら神には受け入れがたい世界になった。ツリーに束ねられた物語が歪な形を示したとき、神は世界の創造に走る。これは珍しいことではない』

 

 

気取った言葉は要らない。

淡々とその時の概要を説明するブックメイカー。

つまり、神々は出来の良くなかった作品を見ると、『自分が何とかしたい』だとか、『自分ならばこうしていた』だとか、そうした創作意欲を強く刺激されるらしい。

そうなると起こるのは世界の増殖だ。神々が創造のペンを持ち、或いは想像力を指に乗せてボタンをタッチすることにより世界は作り出されていく。

それは良いことなのか、悪い事なのか、そんなものは知らない。世界は今も生み出され続けている。別に評価がどうであれ、生まれることにはかわりない。

 

しかれども……、その時、世界は危惧していた。

どんな結末になるのであれ、ゴーストが生み出されることはかわりない。

ここで一つ問題が起こった。調和は絶対だ。それを行うのは、観測者の役目に他ならない。

しかし観測者もまた不完全な生き物、絶対でないものはいつか綻びが来る。

管理者は現れては消えていく。

 

 

『仮面ライダーの世界まわり、観測するものが足らず! 世界は観測者を求めている。補充が必要だ!!』

 

 

故、天城或!

おめでとう! キミは選ばれた!

ゴーストを愛するものよ! アレを愛せるのなら、君の愛は絶対だ!

だからこそ、信頼できる!

おめでとう天城或。ゴーストを愛するものよ! ゴーストに感謝せよ!!

感謝せよ! おめでとう! ありがとう、天城或!

世界は調和を保つべきだ! 規律は絶対の方が良い! 天秤は左右が等しきほうが見栄えがいい!

セカイは、平和でなければならない!

 

 

「宇宙が或の頭に叩き込まれた」

 

 

観測者は全知ではないが、無知でもない。

世界の仕組み。神なる世界。観測者機構。眼。常識を逸脱した情報の渦が、まだ幼い或の脳に叩き込まれた。

 

 

「混乱の中で仮面ライダーの単語が視えたんだろう。或は反射的に思ってしまった」

 

 

仮面ライダー、助けて。

ゴースト。助けて!!

 

 

「それが知識を求めることと思われたらしい。或は既に観測者だった、だからこそ、視る力が発動された」

 

 

大量の仮面ライダーの知識が或のなかに注ぎ込まれた。

観測方法、情報処理、それらは全て観測者側がコントロールを行わなければならない。

しかし幼く、ましてや混乱している或に理解などできる訳もない。

するとここで白い世界に舞い降りる青と赤。アダムとイブは複雑な表情でタケルの後ろに立つ。

 

 

「狂ったシステムだ」

 

 

ブックメイカーはアダムとイブを睨みつけた。

 

 

「私達も……、そう、思います」

 

 

二人は複雑な表情を返すだけ。

 

 

「どういう事……ッ?」

 

 

タケルが問いかけると、イブが答える。

 

 

「観測者に選ばれる方法は、ランダムです」

 

「ラン……、ダム?」

 

「はい。世界が選んだ者が観測者の切符を手に入れます」

 

「しかしそれは、あくまでも『なれる』だけさ。続けられるかは別なんだよ」

 

 

条件はただ一つ。

力と知識と真理に狂わずにいられるかだ。観測者の力が暴走すれば、望まぬ知識も大量に取り込んでしまう。

何を視ず、何を視るか、それを選べなければありとあらゆる情報が脳内に注ぎ込まれ、思考がジャックされていく。

 

観測者は神ではない。

"なりたて"はまさに人間とかわりない。脳には容量がある。言い方を変えれば風船だ。

空気を送り続ければどうなるか、それは前にも言ったとおり。

 

 

「観測者は悪くない立場だが、決して良い立場とはいえない。だからこそ世界は強制的に選んだ人間を、無理やり観測者に変えて適応するかどうかを選ばせる」

 

 

あなたは今日から観測者です! 終わり。

アダムたちのように続けるもの。ナルタキのようにやめるもの。

ましてや、失敗するもの。

 

 

「失敗すれば狂う。或がそうだった」

 

 

無理やり観測者に選ばれた或は、その力を理解するまえに暴走させ、膨大なライダーの知識を取り込み、耐えられずに狂った。

 

 

「狂ったら……、ど、どうなるの?」

 

 

目を閉じ、顔を背けるアダムとイブ。

ブックメイカーが指を鳴らすと二人の姿は消え去った。タケルの質問には、ブックメイカーが答える。

 

 

「最悪のゲシュタルト崩壊が起きる」

 

 

肉体の、存在の、理性の崩壊が起こるのだ。

砕け散るアンデンティティ。己もまた狂い、崩落していく。

 

 

「!」

 

 

指を鳴らすブックメイカー。白い世界に【Ch.2】が映し出される。

熱砂の上を歩く肉塊。それをブックメイカーは指さした。

 

 

「あれが或だ」

 

「!!」

 

「人は自分が人であると知っているから人であれる。だが或は違う。膨大な知識が或を狂わせ、それは肉体にも影響する」

 

 

或は肌が分からなくなった。五感が混乱で埋め尽くされた。

自分を鳥だと思った。翼は何かを考えていると知識に埋め尽くされ、理解が追いつかなくなった。

ライダーの知識が混乱を加速させる。俺の脚は仮面ライダーマシン。基本フォームは肺のオレンジジュース。

怪人が車体でライダージャンプが手にはないから、オルフェノクではないがトイレにいくと、トイレとは何かと考えたらライダーバトルは僕の脳ではないが呼吸をするには剣がないと怪人は肉。私はコーヒー電車怪人でも希望特訓交差観測でライダー山祭りではない。

 

なんて、情報の海。

狂う狂う。世界は奇書だ。

 

 

「知識は或を人でなくした」

 

 

自分を怪人とでも思っているのか、そもそも体とは何かが混乱して分かっていない。

人の姿を忘れたのならば、その形が崩れるのは必然だ。或は肉塊となり、もはや考える力さえ消えていく。

 

 

「観測者としては失敗だった。あいつは欠落品だ。観測者を集めた観測者機構に紹介される前に退場さ」

 

 

閲覧を拒むことのできない或はその後も大量の知識を取り入れ、もはや人ではなくなった。

砂漠は或が見ている景色であり、本当の景色ではない。もはや日常的に見える光景さえ、膨大な情報が塗りつぶし、認識を拒んでいるのだ。

木は木であるから木である。その情報が狂ったとき、木は木でなくなる。

 

 

『アッタドゥザフラヲアヒアカタツ、イホナ――』

 

 

或は人の言葉を忘れた。それは意図していないもので、彼は必死に言葉を放った。 

自分がどうなってしまったのかくらいは、なんとなく察する事ができたようだ。

とは言えそこからの行動はもはや考えてできるものではない。ただ本能に従い、世界を這い回り、言葉を放つ。

取り込んだ知識の一つであるアンデッド語が彼の言葉になった。尤も、少し時間が経てば情報が上書きし、グロンギ語に変わっていたかもしれない。

 

 

「……俺は、視聴率も、玩具の売り上げも最悪だった」

 

 

自虐の笑みを浮かべるブックメイカー。

誰のせいでもないが、そうなってしまったのだろう。尤もブックメイカーの物語や、どういった玩具が発売されたのかは今となっては知る由もないが。

 

 

「とにかくまあ、商業的に失敗した俺はライダーに止《トド》めを刺すかもしれない存在だ。どうやらそれは世界としてはあまり喜ばしいものじゃないらしい。世界が異常増殖を始めるかもしれない。それを管理するためには視る者が必要だ。だからこそ……! それを埋めるための観測者が必要だった」

 

 

それが或を狂わせる原因だった。

熱砂の果て、肉塊が歩く先、立っていたのはブックメイカーだった。

 

 

「ッ! あれは……!」

 

「或は俺の世界に来た」

 

 

ブックメイカー――、ああいや、瞳が星ではないから一応『本条栞』と言えばいいのか。まあとにかく今はブックメイカーで統一しよう。

最初の『ゴースト』は、はじめ這い寄って来るおぞましい肉塊を敵としか見ていなかった。

だってそうだろう? 眼魔よりもグロテスクで、言葉も耳に張り付く不協和音。何を言っているのか分からない化け物だ。

 

 

『あの日、戦いは終わる筈だった』

 

 

ライダーは終わるはずだった。

 

 

『しかし、愛する人がそれを否定した』

『人たちが認めなかった』

 

 

もっと視たいから。

 

 

『地獄を望んだ』

 

 

永遠に戦い続けろ。

 

 

『だからまた、否定する』

 

 

クソ作品は認めない。

 

 

『理由はゴースト』

『お前のせいだ』

『お前のせいで、戦いは終わる』

『お前は、愛されなかった』

 

 

なにより、お前のせいで。

お前を好きになってしまったせいで僕は、ぼくは、ボクは――!

その想いが――、伝わってしまった。声色が悲痛だったせいで、敵意ならばまだしも殺意を感じなかったせいで、ゴーストは肉塊に触れてしまった。

 

 

「タケル。お前に人の過去を覗く能力があるように、俺にもそういう力はあった」

 

「じゃあ……」

 

「ああ。俺は、全てを知った」

 

 

或の過去。そして或の観測者としての知識。なにより狂った原因が全て頭の中に流れ込んできた。

凄まじい情報の奔流、コントロールは並の人間では行えない。どうやらブックメイカーも"並の人間"だったようだ。

彼もまた、或と同じく情報に脳を狂わされる。

筈、だった。

 

 

「聖徳太子って知ってるか?」

 

「え? ああ、はい。歴史の教科書とかに載ってる……」

 

「ああ。10人の声を同時に聴き分けたって逸話がある『英雄』だ」

 

 

アイコンが助けてくれた。

"聖徳太子魂"。タケルのところにはいない英雄だが、ブックメイカーは確かに絆を育み、協力関係にあったようだ。

その能力は先程言ったとおり『情報の処理』にある。ありとあらゆる情報を小分けにでき、一つずつ冷静に処理を行うことができる。

だからこそブックメイカーは或が狂った情報の奔流をちゃんと理解することができた。

 

 

「―――」

 

 

とは言え、全てを知ったブックメイカーがどんな気持ちだったのか、もはや察することすらできない。

自分のせいで、世界のシステムが動き、全く関係ない一人の幼い男の子が巻き込まれた。

意味が分からない。理解ができない。神なる世界の存在だっていきなり教えられても困る。

観測されること。そして望まれ、続いていく物語。

 

 

「………」

 

 

どれだけ時間が経っただろうか。

もしかしたらそれは1分も満たない時間だったかもしれない。とにかく、ブックメイカーは全てを理解し、そして同時に――

 

 

「狂った肉塊はもう長くは無かった」

 

 

生命であることを理解できなくなっていく或。

ブックメイカーは、助けなければと思った。

 

 

『ナイチンゲール! 治療は――』

 

 

しかし英雄は首を振る。

 

 

『ダメです。彼は――』

 

 

或は別に病気になった訳でもなければ、怪我をした訳でもない。

ただ人としての自分が分からなくなり、別の生命体になっただけだ。

つまり或は、これが或であり、健康そのものなのだ。まもなく消え行く自我、意識、命は当然であること。つまり寿命がやって来ただけ。

 

 

『ボビッ! がっバ! ブゥオ! ボゲッ!!』

 

 

口、だろうか? ビラビラがある穴からはドロドロした濁った塊が零れ落ちていく。

呼吸ができないのか。そもそも呼吸すらももう理解できないのか、肉塊は崩れ、苦しそうに悶え転がった。

肉が身から剥がれ、肉塊はますます悲鳴をあげる。

ブックメイカーは、それをジッと見ていた。

もうすぐ死ぬ命だ。放っておけばいいんだ。

 

 

『ボビッ! ボジュグッ! ベゲッ!!』

 

『………』

 

 

不思議なことに、こんな汚い肉の固まりでも、流した『悲しみの証明』はキラキラと澄み渡っていた。

分かるさ、それくらい。涎や汗じゃない。アレは間違いなく『涙』だった。

ダーウィンの力で言葉を翻訳してもらった。尤もそれは翻訳したところでつぎはぎの聞こえにくい雑音だったが。

 

 

『タじゅゲて』

 

『………』

 

『おガアざん……! おッドッうっざ! ダズゲデ……! ぼぐばッ、ごごだッよ!』

 

『………』

 

『ぐらいッ! みえ゛ナいッ! だずげで!! 怖いッッ! きごえな゛イ!!』

 

 

或はただ、お祭りに行っただけだ。

 

 

『ばずげ――ッ! べぼゥ! べッ、なんでッ! ボギッ! なぎも゛ッ、じでないのでぃ!!』

 

 

或はただ、ゴーストが好きだっただけだ。

 

 

『ぐるじ――ッ! おうぢ! がえりゅ! がえりだぎ! だずげぇ、おがあぁあ……』

 

 

肉塊の声は小さくなっていく。

観測者として認められなかった失敗作は、その命を終えようとしている。

 

 

『――どんな世界が良かった?』

 

『ボゲグ、ボ――、ボボボ』

 

 

醜悪な声。耳障りで、汚い声。

それでも悲痛な声色は、ブックメイカーを前に進めた。

 

 

『びんがッ、じ――ッッ、ァワ! ジッ! じゃが! メッッ! な……』

 

 

みんな、幸せじゃ、駄目なの?

肉塊はそれを口にしたところで地面にへばりついた。言葉が止まりモゾモゾとしか動かなくなる。

 

 

『―――』

 

 

ブックメイカーは、跪いた。

そして醜い肉塊を、抱きしめた。

 

 

『俺が、元の世界に帰してあげるよ。お父さんとお母さんに、また会わせてあげるよ』

 

 

肉塊は、声を震わせて泣いた。

その内に泣き声は消え、完全に衰弱死した。

 

 

「だが、それは終わりじゃない。そうだろ? タケル」

 

 

現在、ベンチの上、ブックメイカーは映像を睨みつける。

 

 

「まさか……!」

 

「ああ。ゴーストの世界。命を落とすことはまだ終わりじゃない。俺は或をアイコンに変えて、彼の魂を俺の魂へ重ねた」

 

 

憑依。しかし或は死して尚、その自我を失っていた。

代わりにその膨大な知識の塊をブックメイカーが受け継いだ。

同じく体内に潜ませてある聖徳太子の力で、ブックメイカーが狂うことはない。

つまり、ブックメイカーは観測者ではない。観測者の魂を憑依させたシャーマンのようなものだ。

真の観測者は"天城或"、ブックメイカーはそれを受け継いだ代理人だ。

ずっと使っていた『僕』と言うのも、或の一人称。

 

 

「俺は――、いやッ、僕は或だ。或でなければならないッ!」

 

 

尤もその魂は、首領に喰い奪われたが。

 

 

「或が望んだのは皆が傷つかない世界だ! それを成し遂げるために、俺は観測者ブックメイカーとなり! カメンライダー計画を立ち上げた!!」

 

 

そして、いつか、或の世界を見つける。

つまり、神なる世界だ。

 

 

「どうして……! どうして!!」

 

 

タケルは納得がいかなかった。

ベンチから立ち上がると、大きく手を振ってブックメイカーを睨む。

 

 

「だからってこんなやり方……! 或くんの願いとはかけ離れてる! ちゃんと事情を話して、それこそライダーを集めるだけでも良かった! みんな良い人なんだからッ、きっと或くんの事だって――ッッ!!」

 

「僕は、アペイロフォビアだった」

 

「えッ?」

 

 

この世の中には、いろいろな恐怖症がある。

閉所恐怖症、高所恐怖症、先端恐怖症。それはただ怖いというレベルを超えて、一種の精神的な病にまで昇華しているほどだ。

竜斗たちもそうだった。死を考えるだけで狂いそうになるタナトフォビア。

ミライは学校と言う場所に異常に恐怖するスクールフォビア。

過去は自分のものを取られる事を異常に恐怖するクレプトフォビア。

そしてブックメイカーは、アペイロフォビア。

別名、"無限恐怖症"。

 

 

「無限を――、永遠を考えると狂いそうになる」

 

 

ブックメイカーの言うことはウソではないようだ。

真っ青になり、キョロキョロと目をしきりに動かして挙動不審になっている。

今、考えているのか。永遠を。無限を。輪廻を。

 

 

「正直、ゴーストとして戦うのも最悪だった。死ねば終わりだと――、ずっと、思ってたのに」

 

「………」

 

「恐怖症なんて、何も知らないキミ達からしてみれば些細なモノなんだろうな」

 

 

閉所恐怖症が真っ暗なドラム缶の中に閉じ込められ、暗い海の底に沈められたらどうなるのか? それを想像してもらえれば良い。

徐々に浸水していく中で、死の恐怖と苦痛で脳が壊れる。まあ、それは誰だってそうか。

じゃあエレベーターはどうだ? 閉所恐怖症はムリだ。他の人はそうではなくとも、恐怖症の人はムリなんだ。

 

 

「僕もまた……」

 

 

ブックメイカーは立ち上がる。

 

 

「それだって、ちゃんと向き合えば――ッッ!!」

 

「向き合った結果がコレだ」

 

「え……ッ!」

 

「だから、まだ、キミは勘違いしている」

 

 

確かに、ライダー達が集まる場所で全てを打ち明ければ、何かは変わっていたのかもしれない。

もしかしたらもっと良い結果が待っていたのかもしれない。たとえばそれこそ或が元に戻り、ブックメイカーの中にあるアペイロフォビアを誰かが消してくれる! なんて事があったのかもしれない。

 

だが、あえて言おう。

それがどうしたと!!

 

 

「ぐはぁあ!!」

 

 

回し蹴りがタケルの頭部に打ち込まれる。

頬を蹴られ、脳がゆれ、タケルは白い床を転がっていく。

一方で光が走り、ブックメイカーの腰には『ゴーストドライバー』が装着された。

 

 

「或は……、僕にとってのマスクだ」

 

 

それは、言い訳。

観測者としてのブックメイカーはもうダメだ。

竜斗たちと言う眼を失ってしまえば世界に過度な干渉はできず、欠片の勝機もないだろう。

だがしかし、ブックメイカー『本来』の力ならば――?

捨てたと思っていた。しかしタケルが『(おわり)』に近づいていることで、その力が戻って来た。

 

 

「マスクの下の顔を見せてやろうか?」『アーイ!』

 

 

アイコンのスイッチを入れて、下に落とすとドライバーに装填される。

カバーを叩き上げるように閉じると、パーカーが召喚されて空中を飛行する。

 

 

「コッチが恐怖症になったのも、世界がボロクソに叩かれたのも――ッ、全部クズ共のせいだろうがァッッ!!」

 

 

怒号をあげ、ブックメイカーはレバーに手をかけた。

 

 

「カメンライダー計画により、俺はいずれ神なる世界に至る! そしてッ、ライダーを救う一方で、俺は俺達を否定したゴミ共を一人残らず殺す!」

 

「!!」

 

「俺は他のライダー達と違って優しくはなれない! 無限を強いるヤツ等を、俺は根絶やしにしてやるのさ! 変身!!」

 

『カイガン!』『オレ!』

『レッツゴー! カクゴ! ゴ・ゴッ・ゴッッ! ゴーストッッッ!!』

 

 

タケルの前に現れたのは、もちろん仮面ライダーゴーストだ。

よく知っている。いつも変身していた。

カラーリング、フォルム、紛れもなく同一の存在。

 

 

「俺の望みは変わらない」

 

「そんな事――ッ!」

 

「お前だって迷っていた。俺の気持ちは分かる筈だ」

 

「分かるけど……! でもそっちに進んだら本当に終わりじゃないか!」

 

「終わりなんてねぇよ。お前だってそれを視てきただろうが……!!」

 

 

それが怖いんだ。

今だって、終わりじゃない、新しい始まりに向かって歩いてる。それが怖くて怖くてたまらないんだ。

ちゃんと向きあえばいい? きちんと治すようにすればいい?

アホが。そういうのがイヤなんだよ。もううんざりなんだよ。

 

 

「だからこれは復讐でもあった。しかしそれでも俺は――、僕は盾にしてしまう。或のためにと、それはまだ僕の中に(ライダー)があったからか」

 

 

そう、隠したのさ。恐怖と憎悪を、善意の仮面で隠したのさ。

どちらも本心だった。今も尚湧き上がる憎悪と、或を救いたいと願った心はどちらもリアルだった。

 

 

「そこには、ウソもリアルもあった。全てを巻き込み、全てを飲み込み、僕らは此処に立っている。お前だってそうだ、人の心は光も闇も孕んでいるだろう?」

 

「グッ!」

 

 

立ち上がるタケル。その腰にゴーストドライバーが出現する。

 

 

「まだ方法はある。俺はまだ終わらない。そう、天空寺タケル。お前を消せばいい」

 

 

今はタケルがゴーストだ。

しかしそれを奪えばいい。ゴーストの椅子からタケルを蹴落とし、ブックメイカーがゴーストになる。タケルになる。

そうすればまた復活する。クロスオブファイアの名のもとに、仮面ライダーは続いていく。

 

 

「この死後の世界を脱し、僕はまたカメンライダーを――」

 

「その考えが……! 無限じゃないか!!」

 

 

バカな事だ。

もう、止めてくれ。

タケルは叫ぶ。

 

 

「今からでも皆に事情を――」

 

「タケル」

 

「!!」

 

 

仮面で表情は見えない。

けれど、声は、何よりも優しかった。

 

 

「僕は――、悪だ。そしてお前は正義だろ?」

 

「え……?」

 

「でも、大切なものを守るのに特別なモノはいるのか?」

 

 

瞬間、タケルは理解した。

ブックメイカーの最後のマスク。

 

 

「天空寺タケル。俺はお前を殺す」

 

 

そして、直後、絶大な憎悪と殺意。

だからこそ、タケルもまた正面から向き合う。

それが、礼儀だと思った。ブックメイカーは分かっているのだ。

 

 

『アーイ!』

 

 

飛び出すパーカー、タケルは印を切り、強く叫んだ。

 

 

「変身!」『カイガン!』『オレ!』『レッツゴー! カクゴ! ゴ・ゴッ・ゴッッ! ゴーストッッッ!!』

 

 

フードを外し、睨み合う二人のゴースト。

 

 

「タケル! 僕は世界を滅ぼすぞ!」

 

 

分かっている。

ウソじゃないことくらい。それが本当なんだ。それが本心なんだ。

マスクを外して見せた、むき出しの心なんだ。

 

 

「僕の存在は消したはずだった! しかしまだ、キミの名がカタカナになってしまったというヒントが残ってしまった!」

 

 

ブックメイカーが変身したゴーストは、胸に――、心臓に手をかざす。

すると闇が溢れ、アイコンが姿を現す。

 

 

「だから消してみせる。今ッ、全て! 僕の罪で!!」『Jesus』

 

「……!」

 

 

本当は分かっていた。

こんな日が、来ることを。いずれにせよもう留まれない。

旅立つ日が来たのだ。

 

 

「超えてみろ、天空寺タケル! 僕が最も恐るる無限の力でッ、この僕を終わらせてみせろ!」『セブンシンカ!』『アーッイ!』

 

 

罪の結晶、シン・ゴーストアイコンをドライバーへ装填する。

 

 

「そうすればお前はゴーストになれる。本物になれ。俺を踏み越えろ!」『シン・カイガン!』『シン・ゴースト』

 

 

交じり合う俺と僕。それは、どちらの面としても抱く感情。

黒い羽が舞い落ち、それらは闇の光りを放つゴーストへ収束していく。

それは罪の証。観測者代理としていろいろなモノを視てきた。本当にいろいろなものだ。その結果至ったのは、人の業、人の罪。

自らを流れる真っ黒な(つみ)だ。

 

 

傲慢(プライド)! 強欲(グリード)! 色欲(ラスト)! 憤怒(ラース)! 嫉妬(エンヴィー)! 暴食(グラトニー)! 怠惰(スロウス)!』

 

『ブレイク! デッドリーッ! Sin――……!』

 

 

黒い羽が舞い落ちる。真、心、信、神――、罪。

ゆっくりとフードを外したのは、黒色に染まったゴースト。形態はゴーストの最強フォームと酷似しており、角の周りは虹色に光っていた。

真っ赤な複眼がゴースト(タケル)を睨む。

タケルゴーストは、静かに胸に手を当てた。

眩い光が迸り、新たなアイコンが手に宿る。

タケルも、分かっていた。だからこそ、だからこそ――ッ!

 

 

『Faaaaa!』

 

『ムゲンシンカ! アーッイ!』

 

『バッチリミナァ――! バッチリミナァアア!!』

 

『バッチリミナァ――! バッチリミナァアア!!』

 

『チョーゥ! カイガン!!』『ムゲン!!』

 

『KEEP<●>ON<●>GOING!!』

 

『ゴ・ゴ・ゴッ! ゴ・ゴ・ゴッ! ゴ・ゴ・ゴ! GODゴースト!』

 

 

白い羽が舞い落ちる。

ムゲン魂、そしてシンゴーストが向かいあう。

 

 

「そういうものだろう? 僕達(ライダー)は。戦いの中でしか己の価値を証明できない」

 

「………」

 

 

シンゴーストの言葉を聞き、ムゲンはゆっくりと息を吸い、そしてゆっくりと吐く。

彼は、その道を選んだ。

だからこそ自分が選ぶのはただ一つだ。それを突きつけること。その意味、既に分かっているさ。

 

 

「ブックメイカー」

 

「ッ?」

 

「おれが……、仮面ライダーゴーストだ!!」

 

「………」

 

 

シンゴーストは、仮面の裏で笑みを消した。

バカな男だ。自分自身が一番分かっている。

こんなときに、いろいろと思い出が甦った。

 

 

「―――」

 

 

ありがとうと言われた。

 

 

「――ォ」

 

 

キミだけが頼りだと言われた。

 

 

「――ォオ」

 

 

愛していると、言われた事もあったんだ。

だがブックメイカーは十分すぎるほどに分かっている。

もう、戻れないという事を!

 

 

「オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!」

 

 

シンゴーストは思い切りベンチを蹴り壊すと、天を仰ぎ、力の限り叫んだ。

 

 

「アアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!」

 

 

そして拳を握り締めると、雄たけびを上げたまま走り出す。

一方で同じく拳を握り締めて走り出すムゲン。

 

 

「ハアアアアアアアアアアアア!!」

 

 

光を纏い、虹色の残光を残しながらシンゴーストへ距離を詰める。

 

 

「オラアアア!!」「ヤアアア!!」

 

 

拳が交差した。お互いの拳はお互いの心臓の位置ど真ん中を捉え、絶大な衝撃を叩き込む。

呻き、後ろへ下がる二人。すると白い世界が崩れて青空になる。雲があり、空があり、周りにはなにもない。

二人はそこに確かに足で立っていた。真下には町が広がっており、それが少しずつ近づいているのが分かる。

どうやら落下しているようだ。けれども二人の感覚としては陸地にいるのとかわりない。

しばらく打撃音だけが聞こえた。

 

 

「「ッ!!」」

 

 

いや、どこにいようが関係なかった。

シンゴーストは叫び、全身を叱咤させると全速力で走り出す。地面を跳ね、ムゲンの角を掴むとそのまま投げ飛ばす。

 

 

「グッ!」

 

 

地面を転がるムゲン。

素早く立ち上がるものの、目の前には拳が見えた。

 

 

「ウッ! グッッ!」

 

 

一発目のフックは弾いたが、二発目のストレートは胸に受けた。

よろけたところで肩をつかまれ、見えない地面に叩きつけられる。

 

 

「ガアアアアアアアアア!!」

 

 

引き起こされ、また地面に向かって投げられる。

しかし此処でゴーストの体がはじけた。光の粒子となり、シンゴーストの背後に現れる。

踏み込み、蹴り。だが感触はない。シンゴーストもまた粒子化すると空中を飛行していく。

刹那、ムゲンも再粒子化。黒と金の光の粒は一つ一つがぶつかり合い、火花を散らしながら空中を飛びまわる。

 

 

「ううぅ!!」「グゥウウ!」

 

 

ダメージの蓄積からか、お互い空中で実体化してそのまま地面に墜落する。

仰向けに倒れたムゲンと、うつ伏せに倒れたシンゴースト。先に動いたのは後者だった、雄たけびをあげ、立ち上がり様に前進していく。

正義のヒーローでありたかったが、それを壊したのは紛れもない守るべきものたちだ。

 

聞いているか。お前らは、クソすぎる。

人間はもはや価値のないゴミ共だ。そこに希望なんて見出せるものか。

それは本心だった。或を救いたい。ライダー達に同情しているから終わらせてあげたい。ライダー達を救いたい。人間にも希望を見せたい。それらは全て本心だった。

だから人間に絶望したのも、紛れもない本心だったのだ。

 

狂ったように叫びたかった。

頭がおかしくなるほど言い聞かせたかった。

人の嫌がる事はやめましょう。人を傷つけてはいけません。

学んだんじゃねぇのかよ。お母さんに、お父さんに。先生に言われたんじゃねぇのかよ。

なあ、なあ! なあッッ! なにやってんだよ、人間!?

 

 

「………」

 

 

アダムとイブは空の上から戦う二人を見ていた。

 

 

「かわいそうに」

 

 

イブが悲しそうな表情で呟く。

 

 

「ブックメイカー。あなたはまだ、心のどこかで人間が賢い生き物だと思っていたのですね」

 

 

アダムもまた、同じ様な表情だった。

 

 

「真の正義など――、創作物の中にしかないんだよ」

 

 

夢から覚めたほうが良かったのに。

 

 

「人間はクズだ! 今日も明日も、嫉妬ばかり!」

 

『シン! ダイカイガン!』『エンヴィー! スラップ!』

 

 

憎悪の言葉は、面白いように口をついて出てきた。

 

 

「結局アイツ等は嫉妬しているんだ。自分(テメェ)の人生がクソみたいで、何も充実してねぇから充実しているヤツ等を攻撃することくらいしか楽しみが無いのさ!」

 

 

ガンガンセイバーを取り出すシンゴースト。

 

 

「俺達を否定した連中だってそうさ! クリエイター気取りか? ガキ共の自慰につき合わされているのさ! 僕達は!」

 

 

すると刃に闇のエネルギーが纏わりつき、禍々しい手の形になる。

 

 

「嫉妬しか抱けない何もないカラッポの屑共! スカスカのアイデンティティ! そんなゴミが何千! 何万と蔓延る世界だ! 消えてしまえばいいんだよ!」

 

 

剣を振り上げるシンゴースト。

それを眼下に倒れるムゲンへ容赦なく振り下ろした。

 

 

「違う!」

 

「!」

 

 

だがムゲンは冷静に足を振るい、蹴りで剣の腹を蹴った。

軌道がズレ、エネルギーの手刀はムゲンの真横に突き刺さる。

一方でムゲンは同じくガンガンセイバーを取り出し、レバーに手をかけた。

 

 

「嫉妬は確かに悪しき感情だ! でもそれはッ、憧れの裏返しでもある!」『イノチ! ダイカイガン!』

 

「お得意の綺麗事か! そういう所が嫌いなんだよ! 俺もッ! 神々もォオッ!!」

 

「それでもおれは、おれの言いたい事を言う!」『カナシミブレイク!』

 

 

ムゲンの持つガンガンセイバーに宿る青色のエネルギー。

そのまま二人はお互いの武器をぶつけ合い、火花を散らす。

 

 

「憧れて! でも近づけなくて! 負が生まれてしまう! でもいつかそれは消えるはずだ! その時ッ、みんなが気づく! 自分の過ちに!」

 

「ならば嫉妬を肯定すると!? 傷ついたくせに! 嫉妬の刃を憎んだくせに!」

 

「痛いさ! でもッ、きっと! 本人が一番痛い!」

 

「だろうな! だがクズは気づかない! 自らの愚かさ! 罪に!!」

 

「だったら! 周りの人が気づかせてくれる!!」

 

 

刃と刃を思い切りぶつけ合った。

エネルギーが拡散し、二人は凄まじいエネルギーの奔流に巻き込まれ、悲鳴をあげながら吹き飛んでいく。

剣がぶつかった場所ではまだエネルギーが輝いている。青く拡散するエネルギーを藍色のどす黒い光がかき消そうとしていた。

 

 

「嫉妬して、それをバネに頑張って、いつかあの時の感情が間違っていたと人間は気づける! 全てはムゲンのマークみたいに繋がってるんだ!!」

 

「気づくかよ! 嫉妬で刃を作って、人に振るうヤツは永遠に気づかない! そんなクズは、もはや生きている資格も価値もない!」

 

「違う! おれはそうは思わない! そうは思いたくないんだ!!」

 

 

あの子たちの笑顔がある。

いずれ嫉妬の闇に塗りつぶされたとしても、過去が消えるワケじゃない。

誰もがみんな、仮面ライダーだった。

 

 

「笑わせる! そもそもお前は人間に夢を見すぎている! アイツらは低俗な生き物に他ならない!」

 

 

様々な犯罪が蔓延る世界をタケルは見ていない。

誰もがみんな低俗な欲望の下に動いている。

 

 

「神々は欠陥品だ。真の平和と平穏を齎すためには、大量の殺処分を行うしかない」『シン! ダイカイガン!』

 

 

いろいろな世界を見た。過去、未来、今。

交じり合う創作的時間の中、ブックメイカーは罪を視た。

人間の尊厳を無視した行為も何度も目にして来た。

舌を抜かれ、手足の無い少女が必死に助けを求める視線を送ってきたのは、今でも脳裏に焼きついている。

 

 

「ありとあらゆる創作(エンターテイメント)を容認した時、世界は終わるぞ」『ラスト・バァレット!』

 

 

ガンガンセイバーをライフルモードに変え、シンゴーストは銃口をムゲンへ向ける。

 

 

「それを生み出せる神の脳! それを楽しむ神の脳! それを欲する世界! 全てッ、破壊しなければならない!」

 

 

ムゲンの周りに無数の魔法陣が浮かび上がる。

さらにそこから銃口が伸び、三百六十度の殺意が向けられる。一瞬、ゴーストは言葉を失い、立ち止まりそうになった。

しかし歯を食いしばり、レバーを掴む。

 

 

「それでも! 愛の物語を生み出すこともできる!」『イノチ! ダイカンガン!』

 

 

ハンマーモードに変えたガンガンセイバーを掴み、ムゲンは高速回転を行う。

同時に引き金をひくシンゴースト。無数の弾丸が、回転するムゲンに向かって撃ち込まれていく。

 

 

「神も――、人も! 正しい人もいる! そうした人たちが紡ごうとしている愛をッ、おれは否定したくない!」『ラァブ! ボンバーァッ!』

 

 

ブックメイカーが見た少女を救う物語を神は創ることが出来る。

神も――、違うッ、人間は! 愛を生み出す事ができる。そして創作物たちも同じだ。タケルは今はもう亡い父と母を思い出す。

 

 

「おれが愛の証明だッッ!!」

 

 

カンカンカン! ガンガンガン! ハンマーが銃弾を弾く音が木霊する。

あっという間に全ての弾丸は消え、回転を止めたムゲンはレバーに手をかける。一方でシンゴーストもまた唸り声をあげてレバーに触れた。

 

 

『イノチ――』

 

       『ダイカイガン!』

 

                 『――シン』

 

 

ガンモードに変えたガンガンセイバーを構えるムゲン。

ハンマーモードにかえたガンガンセイバーを取り出すシンゴースト。

 

 

「それは言いワケにしか過ぎない! お前も本当は分かってるくせに!」

 

 

シンゴーストの前に巨大な眼球が現れる。

それをハンマーで打ち、野球のように眼球ボールをブッ飛ばす。

 

 

「人間には二種類のパターンがある。ヒトになれたヤツと、ヒトになれずにサルのまま生きているヤツだ!!」

 

 

眼球はムゲンに直撃すると、その中に閉じ込めてみせる。

ムゲンは抵抗を試みるが、眼球はなかなか壊れない。こうしている間に、眼球はゆっくりと瞼を閉じていく。

 

 

「その後者たる劣等種は日々増え続けている! このまま神なる世界を放置すれば、やがて全てが進化を止めた怠惰なる者達で溢れるだろう!!」

 

『スロウス・グレイブゥ!』

 

 

人が人として輝く歩みを止めたらどうなるか?

考えなくとも分かる筈だ。と言うよりもお前達はリアルタイムで確認している筈だ。

もはや人とは思えないゴミ共が日々ワイドショーではひっきりなしに報道されている。

シンゴーストだって知っている。簡単だ。些細な話だ。まとめサイトのコメント欄で言い争っているアホどもを見れば、人を見限るのは当然だろう。

 

 

「人が支配者である時代は終わるべきだ! エンターテイメントも、国も、人も! 全てが時間とともに腐敗していく!!」

 

『イサマッ! シュート!!』

 

「!」

 

 

眼球を突き破り、粉々に破壊する光の弾丸。

ムゲンの構えたガンガンセイバーの銃口から、虹色の煙が見えた。

 

 

「おれは、おれを創ってくれた全ての人に感謝している。そしておれの想いが、少しは誰かに届いてくれたと思ってる!」

 

 

それはきっと、誰かの背中(ぜんい)を押したはずだ。前に進む力を与えた筈だ。

簡単にはできずとも、毎日はできずとも、きっと前に進みたいと思わせる力くらいは与えてあげられた筈だ。

だが放たれた意思(だんがん)は、シンゴーストが掌で受け止める。

弾丸は動きを止め、直後握りつぶされた。

 

 

「アホが、やがては歩みを止めるぞ」『シン! ダイカイガン!』『グラトニー……! バイト!!』

 

 

ガンガンセイバーを二刀流に変える。すると刃の周りにエネルギーエフェクトが出現。それは竜の頭部となる。

右の刃は上顎、左の刃は下顎に変わる。刃を振るうと竜が自動的に大口をあけ、その鋭利な牙をむき出しにして相手に噛み付いていくのだ。

 

 

「誰もが皆、自分は与えられて当然だと思っている! 本来は尊いものを何でもかんでも簡単に喰い散らかすヤツ等は、遅かれ早かれ崩壊を迎える!!」

 

「確かに愚かさはあるかもしれない! だけどッ、人間は気づく事ができる生き物だろ!? どうしてその可能性を無視しようとするんだ!」『イノチ! ダイカイガン!』

 

「なぜ俺達がそれを待たなければならない! その程度のことも理解できない様な種族が蔓延る世界はッ、今すぐに消えてしまえばいい!」

 

「だからッ、どうして無視をするんだ! どうしてちゃんとしている人たちから目を逸らすんだ!!」『ヨロコビストリィィイム!』

 

 

ナギナタモードに変えて走るムゲン。

お互いの武器が交差し、激しい光りを放つ。竜の顎を刃で受け止め、直後蹴りでシンゴーストを怯ませる。

だがそこで粒子化。呆気に取られている間に、ムゲンの背にシンゴーストが出現、竜が肩にかぶりついた――、と、思えば粒子化。

ムゲンは上空に出現し、そのまま落下ざまに武器を振り下ろす。

 

 

「生まれる中で人はいろいろな喜びを知る。食べることも、視ることも、聞く事も、笑うことも! 素晴らしいことだと思える人たちがいる!」

 

「グッ!」

 

「あなたは否定を行う人たちが嫌いだからッ、世界のためにッ、創作物のためにッ、ライダーのために神なる世界を支配するなんて言い訳を用意しているだけだ! 貴方はまだ怖いんだ! 自分がただ嫌いなヤツを殺したいから殺すって言う考えを抱くのが!!」

 

 

刃が眩い光りを放ち、シンゴーストの胴を切った。

地面に手をついて後ろへ滑るシンゴーストと、しっかりと地面に立ち、吼えるムゲン。

 

 

「いろいろ言ってるけどッ! ブックメイカー! アンタは今ッ、何のために戦うんだ!」

 

「……!!」

 

「何枚マスクをつければ気が済むんだ!」

 

「それの――ッ、何が悪い!」『シン! ダイカイガン! プラァイド・フィスト!』

 

 

ガンガンセイバーをガンモードに変え、その銃口をこめかみに押し当て、引き金を引いた。

するとエネルギーが体に注入され、シンゴーストの体が光り輝く。全身が強化されているのだろう。

武器を投げ捨てると、高速移動でムゲンの前に立ち、拳のラッシュを打ち当てていく。

 

 

「ヒーローは嫌いなヤツのためにも戦うのか! 憎むヤツを守るために自己犠牲を選ぶのか!? バカな! 無様にも程がある!」

 

「グッ! クッ!」

 

「天空寺タケル! 俺には未だお前が理解できない! 戦い続ける選択を取れるのは、お前が馬鹿だからとしか思えない!」

 

 

今もまだ、拳をガードしてくる。

なんのため? 決まっている。ムゲンはシンゴーストに勝つつもりでいるからだ。

 

 

「お前を否定する者達のために! お前は戦うと言うのか! 理解――ッ、できるかアアア!」

 

「グアアアアアアアアアアアア!!」

 

 

空の終わり。

シンゴーストはムゲンの拳を弾き、がら空きになった胴体へ全力で拳を打ち込んだ。

気づけば周囲の光景は陸地。それも、タケルのよく知る大天空寺の門の前だった。

タケルと言う存在を創り上げてきた場所だ。陸地を滑りながら、ムゲンは門をチラリと見る。

 

 

「―――」

 

 

様々な記憶が呼び起こされる。

だから倒れず、レバーを掴む。

 

 

『イノチ! ダイカイガン! シンネンッインッパクトッ!』

 

 

ライフルモードの銃口がシンゴーストの胸部に押し当てられる。

 

 

「!」

 

 

おれもまだ迷い続けるのかもしれない。答えを出したつもりでも、出せていないのかもしれない」

銃口に宿る光。まずい。そう思ったときにはシンゴーストは遥か後方へ吹き飛んでいた。

 

 

「それでも、おれは戦い続ける。おれが視た。確かなものを守るために!」

 

 

シンゴーストは目が曇っている。

憎悪や復讐、焦りや苦しみに目が霞んでいるんだ。もちろんムゲンだって同じ想いを抱いていないかと言われれば微妙なところだ。

それでも、確かに価値のあるモノを見つけた。

それは神なる世界でも。創作の中の世界でも。

 

 

「だから戦う。それがおれの信念だ!!」

 

「……!」

 

「あなたも或くんの為に戦ってる! まだ傷つく道を歩んでる! 違いますか!?」

 

 

シンゴーストはそれを仮面と言った。けれども真実とも言った。

グチャグチャに混ざり合う思考と意思。それは善と悪の板ばさみ。

そうさ、分かっているんだろう。どちらも、答えはもう出ている。しかしそれを口にしたところで何も変わらない。何も変えられない。

シンゴーストは、それを望んだ。

 

 

『シン! ダイカイガン!』

 

 

だから、教えてくれ。

 

 

『イノチ! ダイカイガン!』

 

 

だから、理解させてくれ。

 

 

『グリィードスラァッシュ!』

 

 

そして、終わらせてくれ。

 

 

『タノシー! ストッルゥァイク!!』

 

 

いつまでも強欲に求める心に、終止符を打ってくれ。

 

 

「世界は、これからも増え続ける」

 

 

迫る矢を切り伏せ、前に進む。

 

 

「否定はこれからも生まれ続ける」

 

 

ナギナタが矢を切裂いていく。

 

 

「クズはこれからも悪意を振りまき続ける」

 

 

刃がムゲンに迫る。

 

 

「でもッ、それは善意も同じだ!!」

 

 

だが、刃はムゲンには届かなかった。

代わりにムゲンが放った矢が、シンゴーストの胸を、心臓を、残り火を貫く。

楽しい世界は、これからも続いていく。続けていける。

 

 

「がッッ!!」

 

 

後退していくシンゴースト。

胸に突き刺さった矢を引き抜くと、炎が血のように流れていった。

別にそこで倒れても良かった。或はどうせ一時の善意でしかないし、『ムゲン』は怖い、それを相手にするのは今も脚が震えてしまう。

 

 

「ハァ、ハァ……!」

 

 

いっそ、このまま死んでしまったらどれだけ楽なのか。

だが、ふと、思う。

このまま死んだら、自分は、一体『何者』として死ぬことになるのか。

 

 

「アァアッ! グッ! ダァウ……ッ! ハァ! ハァ!!」

 

 

レバーを掴んだ。

グッと、強く、強く。酷く懐かしい感触を確かめるように。

なぜ、彼は、そこまでして。戦う道を――?

 

 

「――ッ」

 

 

ああ神よ。シンゴーストは問いかける。

何故だ。何故だ……! ナゼだ。ナゼ、なぜッ! 何故ッッ!

 

 

『シン!』『ダイカイガン!』『イノチ!』

 

 

「何故ッ! 俺をゴーストのままにしてくれなかった!!」

 

 

お前らさえッ、"まとも"ならば!!

 

 

「ウア゛アアアアアアアアアアッッ!!」『ラァース・フレイム!』

 

 

それは最大の憎悪。最大の憤怒。

もう少し、人の気持ちが分かったのなら。

もう少し、自分に厳しくできていたなら。

もう少しだけ、正義感を残しておいてくれたのならば。

もう少しだけ、お前たちが、創作物に近ければ。

 

 

「おれは人をそんな甘い生き物だとは思わない!」『イカリスラァッシュ!!』

 

 

シンゴーストが弓を引き絞ると、背後上空に巨大な眼球が出現し、目に光が溜まっていく。

一方でムゲンはガンガンセイバーを分離させ、二刀流に変える。刃が赤く発光し、さらにそこへ虹色のエネルギーが纏わり付いた。

目が合う。シンゴーストは容赦なく手を離し、その眼球からは巨大なレーザーが放たれる。

一方で剣を交差させ、それを受け止めるムゲン。激しい光の奔流の中、叫ぶ。

 

 

「否定も、批判もッ! 罪も! 度が過ぎれば、周りがちゃんと怒ってくれる! 大罪を犯せば罰が待ってる!」

 

 

それは、他ならない、人が作ったルールだ。

もちろん正義は絶対じゃない……、のだろう。

悲しいことだが警察をはじめとした正義の機関が罪を犯すこともある。だがそれを見つける者もいて、ちゃんと立ち向かう人たちも現れる。

否定も同じだ。蔑まれても、貶められても、そうではない人がいる。

ムゲンは、タケルは、そこから決して目を逸らさない。

楽しそうに笑い、ベルトを巻いていたあの子達から。

 

 

「おれは負けない! おれは戦う! 彼らのために、彼らの心を繋ぐために!!」

 

 

いつか黒に塗りつぶされるかもしれない。

けれども、『かもしれない』に悲観するのはやめる。どうせ信じるならば希望がある方がいい。

もちろんそれだけじゃない、元の世界にいる仲間達や、そこで守ろうとしたものは『本当』だった。誰かに創られたとしても、タケルにとっては本当だった。

 

 

「そうだッ! おれはここにいる! この命が消えてなくなるその時まで、おれは命を燃やし切るッッ!!」

 

「グウゥウウ!」

 

 

ありったけの力を込めて光線の威力を上げるシンゴースト。

しかしどれだけ力を込めようとも手ごたえは無かった。光の向こう、耐えるクロスの刃、その先に巨大な炎が視える。

 

 

「おれは――ッ! おれを信じる!!」

 

 

なによりも、ゴーストを受け継いだものとして。

仮面ライダーとして!

 

 

「魂はッ、永遠に不滅だ!!」

 

「!!」

 

 

轟音が響いた。

剣を振り切ったムゲン。クロスの斬撃がレーザービームを完全にかき消した。

おかしな話かもしれない。エネルギー飛び交う中で。電子音が響きあう中で。なぜか世界は静寂だった。

 

 

「俺も――、俺だ」

 

 

仲間が笑っていた。

 

 

「いやッ、僕は……、僕になる」

 

 

恋人が笑っていた。

 

 

「だから」

 

 

或が見えた。

彼はテレビの前で、ワクワクしながらゴーストを見ていた。ブックメイカーは彼の目を見た。視線があった。

あどけない笑みが交差した。

まだこの手には、或を抱きしめたときの記憶がある。

まだこの目には、或の涙が焼きついている。

まだこの心には神に傷つけられた痛みが残っている。

 

 

「僕は――ッ、世界を変える!!」

 

 

たとえ誰しもに理解されずとも、この意思が進む道は変わらない。

 

 

「僕は! ライダーを救ってみせるッ!!」『シンダイカイガン!』

 

 

地面を蹴り、青空へ舞い上がるシンゴースト。その背には六つの黒い翼が生えた。

それは罪の証だ。六つの(つばさ)と、そしてシンゴーストと言う罪、あわせて7つ。

大罪の羽を振り撒きながらシンゴーストは雄たけびを上げた。

 

 

『シンゴースト! デッドリー・オメガドライブ……!!』

 

 

魔法陣が体を包む。羽の一つ一つが光り放ち、眩い黒が空に広がる。

 

 

(ひと)は要らない! 世界は、浄化されるべきだ!!」

 

 

思い切り翼を広げ、シンゴーストは右脚を突き出した。

何度、耳を塞いだことか。けれどもどれだけ音を遮断しても、遥か遠くの銃声が聞こえてくる。助けを求める悲鳴が聞こえてくるんだ。

何度、目を逸らしたことか。けれどもそうやって見上げた空はいつも赤かった。

いつも、泣いていた。

彼が望んだのは、いつもと同じ日々だったのに――ッ!

 

 

「誰かがその想いを――! 抱きしめなければならないッッ!!」

 

 

ブックメイカーは、或を取った。それだけだ。

だから強大な闇を放つ。絶大な負を胸に、究極なる悪で世界を滅ぼすんだ。

世界を埋め尽くさんと広がった罪の翼――! その前に、虹色の『無限大』が立ちはだかった!

 

 

「人間の可能性は無限大だ!!」『チョーゥ! ダイカイガン!』

 

 

ブックメイカーの意思に対する答えが飛来する。

 

 

「おれの命で! 運命を切り開くぜ!!」『ムゲン!』『ゴッド! オメガドライブ!!』

 

 

大罪の翼を広げ、無限大の翼を広げ、両者は信念の(かけら)を振りまきながら激突する。

 

 

「「ォオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!」」

 

 

足裏同士が密着し、心の競り合いが始まった。

かつてない衝撃が全身を包み、気を抜けば一瞬でバラバラになりそうになる。

その中でお互いはありったけに叫び、少しでも体を前に押し出していく。

だがココで何かがはじける音が響いた。シンゴーストの背中から伸びる六つの翼、その一つが砕け散ったのだ。

 

 

「―――」

 

 

可能性を否定し、終わりを目指すもの。

可能性を信じて、未来を目指すもの。

どちらに世界が微笑むかは、明らかだった。

 

 

「バカな話だ」

 

 

二つ目の翼が吹き飛んだ。

 

 

「要らないと思って手放してみれば――」

 

 

三つ目の翼が吹き飛んだ。

 

 

「未練が生まれてしまう」

 

 

四つ目の翼が吹き飛んだ。

 

 

「だが、憎悪も本当だった」

 

 

五つ目の翼が吹き飛んだ。

 

 

「結局、断ち切るしかなかった」

 

 

六つの目、最後の翼が消し飛んだ。

 

 

「それでも僕は――……、最後まで、ライダーで在りたかったのかもしれない」

 

 

最後の罪は、エゴ。

 

 

「ウオォオオオオオオオオオオオ!!」

 

 

叫び、脚に全てを注ぎ込む。一方でムゲンも叫んだ。

 

 

(イノチ)! 燃やすぜェエッッ!!」

 

「――ッ!」

 

 

シンゴーストの脚に亀裂が走り、そこから虹色の光が漏れる。

罪の翼を吹き飛ばす、人の無限大の可能性。

 

 

「ォオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!」

 

 

その時、爆発が生まれた。

 

 

「グアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!」

 

 

着地するムゲンと、爆炎に塗れて地面へ墜落するシンゴースト。

ムゲンはゆっくりと立ち上がり、振り返りながら変身を解除する。同じくして倒れたシンゴーストもまた装甲が砕け散った。

 

 

『オヤスミー……』

 

 

タケルは、ゆっくりと歩く。

そして立ち止まり、跪く。顔を下げるとブックメイカーと視線があった。

 

 

「ゴーストは……、キミのものだ。大切に――、使って……、くれ」

 

「ブックメイカー……!」

 

「いい。もう、いいんだ。俺はそれを、望んでた」

 

 

ブックメイカーは手を上げ、タケルの胸を、心臓を軽く叩く。

そこで気づいた。何かを握っている。タケルが手に触れると、そこにはアイコンがあった。

無地で、何も描かれていないブランク。

 

 

「あげるよ。使え。好きな物を視るといい。そうすれば――……、俺の残り火が、きっと、お前に……、力を……」

 

 

タケルは頷き、アイコンを受け取った。

それでいいとブックメイカーは少しだけ唇を吊り上げる。

 

 

「ショッカー首領は、僕の中にある或の魂を回収した。まだ……、使い方は分からないだろうが――、猶予はないぞ……、気づく前に、ケリを――、つけ……、ろ」

 

 

目は虚ろだった。

 

 

「或は、もう、ダメ、だ。それが……、ルール。でも、それでも、最後くらいは、せめて、ゆっくりと――、眠るように、終わらせ――……」

 

 

沈黙した。

タケルはブックメイカーを抱き起こす。

もはや、何も視えない。何も聞こえない。

ソレでよかった。ムゲンは怖いから、それで良かった。

 

 

「好きな――、もの、だけ、視ていられたら……、良かった、のに……、な」

 

 

目を、閉じる。

 

 

「やっと、終わる……」

 

 

そこで、呼吸は止まった。

ブックメイカーは光の粒子となり、空に昇っていく。

七秒ほどで完全に消え去った。

 

 

「……さよなら、オレ」

 

 

タケルは立ちあがると踵を返して歩き出す。

もう二度と振り返る事はなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ライダーとしての、大きすぎる責任がある」

 

 

現在。

ゴーストはアマダムに向かって静かに言い放つ。

 

 

「おれは、それを背負って前に進み続ける! 他の誰が、なんと言おうとも!!」

 

「雑魚が! 精神だけ鍛えても! 実力が伴ってないのでは意味がない!」

 

 

アマダムの手に宿る闇のエネルギー。

虫けらを潰す事と同じだ。アマダムは何の事はなく、それをゴーストに向けて投げた。

 

 

「!」

 

 

着弾。大爆発が起き、ゴーストは爆煙の中に消えていく。

 

 

「ッ、ふーン!」

 

 

自慢げに鼻を鳴らすアマダム。

これでまずはゴーストを始末――

 

 

「ン!?」

 

 

気配。

目を凝らすと、爆炎の中に、シルエットが二つ。

 

 

「もちろん、おれの力じゃアンタには勝てないかもしれない」

 

「だけど――、二人なら?」

 

 

ホラ貝の音が聞こえた気がした。

ゴーストの前に立ち、腰を落として構えていたのは鎧武だ。

ゆっくりと顔をあげ、オレンジの複眼がアマダムを睨みつける。

 

 

「鎧武……!」

 

「タケルは仮面ライダーだ。だからこそ俺は助太刀する――、ッてな」

 

「なに……!?」

 

「一人じゃムリでも仲間がいる。同じ志を持った仲間がな!」

 

「!」

 

 

クラクション。強烈な(ハイビーム)を感じて、アマダムは振り返る。

そこには迫る赤い車が。車体は急旋回し、急ブレーキ。

前を向いて走ってきた車はあっというまに横を向き、ドアが開くとそこからドライブが飛び出してきた。

 

 

『ターン!』

 

 

ハンドル剣を片手に前のめりになって地面を駆けるドライブ。

アマダムとすれ違い様に、一発斬撃をお見舞いする。

 

 

「グッ! チィイ!」

 

 

よろけ、すぐに体勢を立て直すアマダム。

すると前方に赤い魔法陣が広がる。銃声が鳴り響き、そこから弾丸が三発飛んできた。

 

 

「おっと!」

 

 

体を逸らすアマダム。

だが銃弾は赤い軌跡を描き、その軌道を不規則に変化させ、アマダムのもとへ飛来していく。

 

 

「なにっ!? グハッ!」

 

 

銃弾が曲がるとは予想外だった。弾丸はアマダムへ命中すると、火花を吹かせる。

まあ尤もそんなものは些細なダメージだ。アマダムは煙を払い、舌打ちを零す。

そして魔法陣――、そこから出てきたウィザードを睨みつけた。

 

 

「約束した」

 

「あァ? 何を言っている!?」

 

 

俺達は仮面ライダーだ。

その心は一つ。もし新たな危機が訪れたら――

一緒に、戦おう。

 

 

「さあ! みんなッ、準備はいいか!」

 

 

アマダムそばにある階段を上ったところ、そこに土管が出現し、エグゼイドが飛び出してくる。

 

 

「狩りのターゲットは、アマダム!!」

 

 

囲まれたアマダム。

だが焦りはない。むしろ不適に笑い、周りのライダーを睨みつける。

それもその筈。5対1? 馬鹿が、足りないにも程がある。

 

 

「馬鹿共に教えてやる必要があるな。私の魔力を、存在の意味を」

 

 

アマダムは全てのクロスオブファイアを所持している。

当然それは、全てのライダーの力を使うことができるということ。

 

 

「ハイパー、クロックアップ!!」

 

 

世界が静止する。

そして巻き戻っていく時間。さらに出現場所は自由に選べる。

決めた。鎧武が現れた時に戻り、背後からエネルギーの槍を放ち、ゴーストと鎧武を串刺しにしてやろう。

さあ、そろそろお目当てのタイミングだ。アマダムはハイパークロックアップを解除、ゴーストの背後に――

 

 

「!?」

 

 

まさにそれは一瞬。

アマダムはハイパークロックアップを使う前の時間に戻された。

周りにはライダー達。なぜ? 混乱するアマダム。なぜ時間を戻したのに、『全く巻き戻っていない』のか。

 

 

「無駄だアマダム」

 

「!」

 

 

そう言ったのは、エグゼイド。

 

 

「セーブのエナジーアイテムだ。お前が時間を操作しても、オレが記録した時間に戻される」

 

「グゥウウ!」

 

「こまめにセーブは、ゲーマーの基本だぜ」

 

 

地面を蹴るエグゼイドやウィザード。そして彼らは一箇所に集まり、並び立つ。

正面右からドライブ、鎧武、ゴースト、エグゼイド、ウィザード。

一方でアマダムは怒りに吼え、地面を思い切り殴りつけた。

すると清めの音撃が発生。音の衝撃波は一瞬でゴースト達に到達するとその内部からダメージを響かせる。

 

 

「うわぁああ!」

 

 

悲鳴が重なり、皆地面に倒れる。

あまりの衝撃で、五人の変身が一気に解除された。

 

 

「ゴミ共が! 丁度いい、どれだけ歴史が進もうとも、お前らは私の足元にも及ばないという事を教えてやろう!!」

 

 

両手にエネルギーを宿し、地面を蹴る。

が、すぐに足を前に出してブレーキ。空間に裂け目ができたかと思うと、次々にクラックからヘルヘイムの蔦が飛び出してアマダムの四肢を絡めようと試みる。

なんと鬱陶しいことか。イラつきながらも次々に伸びる蔦に、アマダムの動きが止まった。

一方ですぐに立ち上がるタケルたち。

 

 

「気をつけろ。アイツ、マジで強いぞ」

 

 

晴人は知っている。

アマダムは飄々としていたり、所々悪ふざけが目立つが、その実力は本物だ。

さらに前回の戦いよりも強化されていると来た。油断すれば即、死が待っているだろう。

 

 

「現にちょっと油断したら変身解除(コレ)だからな。大丈夫か、ベルトさん」

 

『ああ。少し怯んだが問題はない。すぐにまた走り出せる』

 

「よし。じゃあ行くぞみんな」

 

 

進ノ介の言葉に頷く四人。

まあ、しかし、考えてみれば丁度いい。

 

 

「前は少し、消化不良だったからな」

 

 

進ノ介の言葉に唇を吊り上げる紘汰。

五人は再び同じ並びで、立ち、ベルトを装着する。

 

 

『オレンジ!』

『Start your Engine!』

『アーイッ!』

『マイティアクション! エーックス!』

 

 

指輪のカバーを下ろす晴人。

ロックシードを起動する紘汰。

イグニッションキーを捻り、シフトカーを展開する進ノ介。

ゴーストアイコンのスイッチを入れ、ベルトへ装填するタケル。

ガシャットを起動させる永夢。

 

 

「オゥッ! ラァイ!!」『ロック・オン!』

 

 

晴人はハンドオーサーを操作し、魔法を認識させる状態へ。

紘汰は思い切り身体を左側に捻り、腕を思い切り旋回させながら体を右へ捻っていく。

手にしたロックシードを天に掲げ、戦極ドライバーにセット。直後握り締めた左拳をハンガーに叩きつけ、ベルトへセットした。

同じく両腕を旋回させてガシャットを持ち返る永夢と、印を切るタケル。

 

 

『シャバドゥビ タッチ ヘンシーン!  シャバドゥビ タッチ ヘンシーン!』

『バッチリミナー! バッチリミナー!』

 

 

待機音が重なり、ワケが分からなくなる。

だが五人はちゃんと分かっている。目を見ずとも分かる、頷かずとも分かる。

だからこそ、それは同時だった。

 

 

「「「「「変身!!」」」」」

 

 

声を重ね、アクションを取る五人。

 

 

『フレイム!』『プリーズ』『ヒー ヒー ヒー! ヒー!! ヒー!!!』

『ソイヤ!』『オレンジアームズ! 花道・オン・ステージ!』

『ドォッ! ラーッイブ! ターッイプ! SPEED!!』

『カイガン! オレ!』『レッツゴー! カクゴ! ゴ・ゴッ・ゴッッ! ゴーストッッッ!!』

『レッツゲーム! メッチャゲーム! ムッチャゲーム! ワッチャネーム!?』

『アイム ア カメンライダー!』『ガッチャーン! レベルアーップ!』

『マイティジャンプ!』『マイティキック!』

『マイティマイティアクション! エーックス!』

 

 

「うるせぇえええええええええええ!!」

 

 

吼えるアマダム。

だが一方で並び立つ五人の戦士たち。ウィザード、エグゼイド、ゴースト、鎧武。

そしてドライブは右手を開き、左手で右手首に触れる。

 

 

「聞いてくれライダーのみんな! アマダムはこの俺たち、"平成ジェネレーションズ"が引き受けた!」

 

 

そして腰を落とす。

 

 

「さあ行くぜ皆! ひとっ走り付き合えよ!」

 

「ああ」「っしゃウラァ!」「はい!」「おおッ!」

 

 

五人は同時に構え、一勢に走り出した。

 

 

 

 

 

 

 

 





tips

『エネミーデータ』


・観測者代理ブックメイカー

ゴーストだった者。
かつては輝きに満ちていた鎧も、今は罪に塗れて黒に染まってしまった。


………


ライダー関係の歌は好きなんでよく聞いてますし、ネタにつかったりしてます。
中でもバトライドウォー創生の『Colorless Images』は昭和ライダーと平成ライダー、さらにゴーストの歌でもあるのでよく参考にしてます。
歌ってどうとでも解釈できるのが面白みの一つですが、今回ブックメイカーと或の関係性はColorless Imagesをなんとなくですがイメージしました。
よかったら聞いてみてね(´・ω・)



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