ワン・アイズ・クロウ・ウィズ・ワンス・サマー   作:ターキーX

3 / 8
#3

「エー、それでですね、オリムラ=サン」高級そうな家具と共に「ミツケル探偵社」「江戸時代からの伝統」「クレーム率1%以下」「つまり99%の顧客満足度」「最優秀探偵社賞受賞」「発見」などの勇ましいショドーが並ぶミツケル探偵社のオフィス。その応接室でイチカを前にする担当者はショドーとは対照的に言いづらそうな、落ち着かない態度で口を開いた。

 

 

「貴方から依頼された、エー、オリムラ・チフユ=サンの捜索についてですが、その、全力で調査させて、いただいたのですが、エー、当社ではご期待に添えないようでして」「エッ?」イチカは驚いて聞き返した。ミツケル探偵社はこのアッパーガイオンでも有名な探偵社であり、TVCMなども積極的に行っている会社だ。その分、依頼料は実際高い。

 

 

その時に対応したこの担当者は自信ありげに「この程度の捜索はベイビー・サブミッションですよ」とイチカに対して言い切ったのだ。僅か数日での態度の豹変に、イチカは納得できない表情で聞き返した。「どういう事ですか?」担当者としてもそう言われるのは覚悟していたのだろう。懐から出した封筒をチャブに置き、半ばドゲザするように頭を下げた。

 

 

「勿論、こちらの実力不足でしたので依頼料は全額お返しいたします。スミマセン!」「………」全く説明になっていない。まるで細かい説明なしでイチカに納得して帰って貰おうとしているようだ。とはいえ、担当者の焦りは本物である。おそらくは彼も上から指示をされているのであろう。これ以上追い詰めればケジメも有るかもしれない。

 

 

「……分かりました。他を当たってみます」流石に他人の指がケジメされるのは良い気分はしない。イチカは不満を顔にありありと残しながらも、封筒を受け取った。「スミマセン」担当者は顔を上げ、僅かに迷いつつも小声で言った。それは最後に残った、彼の探偵としての矜持か。「……他所を当たっても、無駄です。少なくともアッパーの探偵では」

 

 

「エ?」「……イイエ、何でもありません」担当者はかぶりを振ると、今度こそ何も言わなくなった。イチカは怪訝な顔のままミツケル探偵社を出て、IRC端末から別の探偵社を検索して歩き出した。既に姿を消して10日以上経つ、姉のチフユを探すために。

 

 

……その担当者の言葉が本当だったと知るのは、その日の内に三社の探偵社からイチカが門前払いを食らった後である。

 

 

ワン・アイズ・クロウ・ウィズ・ワンス・サマー  #3

 

 

「ん? イチカ=サン、出かけていたのか?」IS学園内の学生寮。ケンドーの鍛錬を終えて戻ったばかりのホウキは、大きな紙袋を抱えてエントランスから入って来たきたイチカを見かけて尋ねた。「あ!? あ、ああ……ドーモ、ホウキ=サン」あからさまな動揺を見せるイチカ。「……何だ、その紙袋は?」

 

 

「な、何でもない。それじゃ……」小走りにホウキの横を抜けようとする。その時、劣悪パルプで造られていた紙袋がピリピリと破れ、中身がバラバラとこぼれ落ちた。全て本だ。「アッ!」原色で彩られた毒々しいカラーの本が多い。ホウキは何気なく一冊を手に取ると、その顔を急激に赤くさせて叫んだ。「イ、イチカ=サン! 何だこれは!?」

 

 

ナムサン! そこに描かれているのはヘンタイ・セル調で描かれた半裸のマイコではないか! 「ちょ、ちょっと待ってくれ、ホウキ=サン!」必死に落ちた本を拾い直しつつ弁明するイチカ。ホウキは紅潮したまま手にした袋からシナイを取り出し、構えた。シナイとはバイオバンブーで造られた、安全性重点の作りの模擬刀の事だ。

 

 

「そこに直れ! ここで私が成敗してくれる!」「だから」「イヤーッ!」ホウキのシナイがイチカを打ち据える! 「グワーッ!」しかしイチカはそれに耐え、ホウキの手にした本以外を持ち直すと廊下を走る! 「待て!」「すまない、後で説明する!」言い訳を残し、イチカはそのまま走り去った。「………」追うのを諦め、ホウキは手にした本を改めて見た。【アンダーガイオン中層の歩き方】

 

 

……30分後!

 

 

「どういう事ですの、これは!?」ホウキの部屋の中、セシリアは大声で言った。「失敗しないマイコセンター選び」「アブナイ! 行ってはいけない誘拐頻発地帯」「実際安い合法ドラッグ販売店」「エッ無料で前後!? 悪用禁止裏技」「おいしいお肉を食べるには」等の煽情的な見出しが踊る先ほどの本が手元のチャブに広げられている。

 

 

ここでキョート・リパブリックに住んでいない。あるいは旅行した事の無い読者諸氏にアッパーガイオンとアンダーガイオンについて説明しておこう。キョートの地下には逆ピラミッド型の地下都市が広がっている。地上がいわゆるアッパー、地下1層~3層がアンダー上層部、4層~9層がアンダー中層、それ以下が下層だ。

 

 

アッパーガイオンは完全に整備された景観と緑豊かな街並み、伝統を感じさせる風情を残す美しい街並みだ。建物の高さも景観を乱さないために厳しく制限されており、ウグイスが鳴き、川にはバイオカモが泳ぐ。ここに住むのはキョートの中でも上流階級に限られ、一般民はアッパーで働くだけでも相当な資金と運を求められる。

 

 

しかし大型リフトエレベーターで下層に下りると、そこにはネオサイタマの繁華街もかくやと言わんばかりの繁華街が広がる。これがアンダーガイオンである。元々は高さ制限で上に広げられない建物を下に伸ばすという発想だったのが、やがて地下都市として発展していったと言われている。

 

 

ここには娯楽、快楽、ショッピング、バッティングセンター、何でも揃っている。合法マイコセンター、大型デパート、カラオケボックス、スシバー等だ。とはいえアンダーの上層部まではキョートの警察であるケビーシ・ガードの目も比較的届いており、キョートの裏の顔をみようという物好きな観光客もそこまでは訪れる。問題はその下だ。

 

 

4層より下、アンダー中層まで下がると空気は変わる。華やかな無秩序さは影を潜め、活気の無い、しかし不穏な気配が漂い始める。息のつまるような重みのある大気、安っぽく青く塗られたイミテーション天井。謎のアルコールを提供する居酒屋、非合法マイコサービス、オハギ屋台などが堂々と店を出し始め、路地裏ではフリークスがナイフを光らせる。

 

 

更にその下、10階以下の下層となると完全に闇の世界である。最低限の衣食住のために、劣悪な環境で安い賃金で働く労働者たち。そこで生まれ、一生太陽を知らず死んでゆく者たち。人間の姿をしながらも人間扱いされない者たちが住む世界だ。イチカが買っていたのは、その中層以下についてのアンダーグラウンドな書籍だったのである。

 

 

「私が聞きたい……イチカ=サンめ、こんな本を買うまで堕ちていたとは」憮然とホウキが言う。先程のイチカの反応にホウキはこれを緊急事態と定めて自室にセシリア等4人を呼んだのだ。それにシャルが返す。「センセイが居なくなって一週間以上になるし、色々とメンタルが不安定になっているのかも……」

 

 

シャルはそう言ってイチカを弁護しつつ、内心で別の想いを呟く。(イチカ=サン。そこまで追い込まれていたのなら、ボクが、あ、相手を……)僅かに頬に朱が混じる。しかしそれをシャルは口に出さない。少女がそういった事を口にするのは奥ゆかしくないからだ。「それなら、わたくしがお相手して差し上げましたのに!」「………」

 

 

セシリアは奔放であり、そのバストは豊満である。「な、何を言っているのよセシリア=サン!?」顔を真っ赤にしてリンが言う。「リン=サン! 貴女こそ状況を分かっていまして? このままイチカ=サンを放置しておけば、何処の馬の骨とも知らぬマイコにイチカ=サンの純潔を奪われてしまいますのよ!?」

 

 

「イチカ=サンの不安定な気持ちは分からなくはない」水を差したのはラウラである。「ま、まあ、私もヨメに浮気をされると、困るが……」言い淀むあたり、彼女も思う所はあるようだ。「ともかく!」ホウキがチャブを叩き、一同の視線を集めさせる。「今後、イチカ=サンを徹底監視する。報告を密に取ろう」

 

 

その意見に他の女子たちも異議は無かった。「イチカ=サンがアンダーガイオンに下るようならそれを追跡、それでもしマイコセンターにでも行こうものなら……」そう言いつつホウキは手元のカタナを手に取った。先ほどの竹刀とは異なる真剣だ。「私が斬る!」「……切り殺してどうする」ラウラが冷静な指摘を投げた。

 

 

……三日後!

 

 

ホームルームを終え、部活や帰宅に向かう生徒たち。その間を気配を殺してイチカが早足に歩く。「何処へ行く、イチカ=サン?」それを鋭く見つけたホウキが声をかけた。「何処って、トイレだよ。ホームルーム中我慢してたから」そう答えつつ、気を急くように足踏みするイチカ。「む……そ、そうか」そう言われて止める事は出来ない。ホウキは頷いた。

 

 

女性が大半のIS学園では男子トイレの数は少なく、距離もある。「悪い。何か話があるなら後で聞くから」イチカはそう言って手を小さくチョップするように振ると、再び駆けていった。一応その後を視線で追うホウキ。確かにイチカはトイレに入っていった。「……気にし過ぎか」本を読んだだけで気晴らしが出来たのかもしれない。ホウキはそう思った。

 

 

「すまない……ホウキ=サン」イチカはそう呟くと、男子トイレの窓に足をかけ、校舎を抜けだした。懐にはアンダーガイオンのガイド本。「よし……」チフユが家に入れてくれていたクレジットのお陰で、手持ちはそれなりにある。出来ればIS学園の制服でなく私服に着替えたかったが、それでは他の生徒に気付かれるだろう。

 

 

アンダーへ降下するためのリフトエレベータは学園外にある。イチカは周囲を確認し、人気が無い事を確かめて小走りにその場を離れた。「……こちらラウラ・ボーデヴィッヒ。状況A発生、繰り返す。状況A発生」……そのトイレの窓を見下ろす校舎の屋上で狙撃の姿勢のまま構える一人の少女あり! ラウラだ! 

 

 

麻酔弾を装填したスナイパーライフルを構えつつ、ワイヤレス通話で他の少女達に通信を送る。「どうする、撃つか?」返ってくるホウキの声には怒りが滲む。「イチカ=サン……! いや、撃つのはまだだ。ポイントを決めて合流して追おう。ラウラ=サンはそのまま尾行を続けてくれ」「了解。リフトエレベータまで先行する」通話OFF。

 

 

そのような連絡が飛んでいる事には全く気付かず、イチカはガイオンの優雅な街並みを進む。ISを使えばヒトットビで到着できるだろうが、ISの公の場での使用は基本的に禁止とされている(気軽に携帯・起動ができてしまうため、守る者は実際少ない)。何よりこのアンダーに向かうのは他者には秘密だ。目立つ事はしたくなかった。

 

 

アッパーガイオンの低い建物が並ぶ街並みは実際美しく、この下に様々な欲望や悪徳が渦巻いているとは思えないほどだ。そして……ニンジャも。かつてこのキョートという都市はザイバツ・シャドーギルドという巨大ニンジャ組織によって支配されていた。政府も、警察も、司法も、商業も、そして人の意識までもである。

 

 

半神的存在であるニンジャは一人でもヤクザ数十人分に匹敵する恐ろしい戦力である。それを数百人抱え、キョート城を根城に恐るべき陰謀を企てていたのがザイバツであった。しかし……その組織はもう存在しない。一人の復讐者と、一人の探偵。一人のハッカー、そして僅か数人の協力者と不確定要素の存在により、ザイバツは滅びた。

 

 

本来ならば英雄と讃えられるべき彼らのイクサを知る者は当人たち以外居ない。賞賛も、勲章も、栄誉も、ドネートも無いイクサであった。しかし、成さねばならないイクサであった。彼らは満身創痍になりながらも勝利し、互いの肩を叩き合い、そして其々の日常に、あるいは次のイクサに散っていった。

 

 

「アー……」アンダーガイオン8層タコ区画19番地、シャッターの降りた店の多い通りに古びた一軒の探偵事務所あり。年季を感じさせる鉄の看板にはブルズアイ・ランタンじみた道具を持って飛翔するカラスの絵が描かれている。その下には「ガンドー探偵事務所」の文字。中に入ると、やはり古びたリキシの色紙や「探偵」と書かれたショドーが出迎える。

 

 

「アー……畜生」ジャンク基盤や使用済みアンプルやらが散乱する机に足を置き、半ば仰向けの姿勢で座りながら氷嚢で頬の引っ掻き傷を冷やす巨漢あり。その髪は完全に白く、ほうれい線が頬に深く刻まれている。年の程は40~50くらいだろうか。しかしながら中年から壮年になりつつある男の身体は、日々のカラテトレーニングにより引き締まったままだ。

 

 

「どうするかだよなァ……」その男、ガンドー探偵事務所所長──と言っても、現在はアシスタントも不在で唯一の所員でもあるのだが──タカギ・ガンドーはそう呟きつつ氷嚢を机に置いた。酷い仕事だった。ペットのミニバイオ水牛の捜索という仕事自体は珍しいものではなかった。依頼人から提示された報酬も良かった。

 

 

だがそれを失くした所が問題だった。アンダー上層の会員制秘密クラブ。当然ヤクザのシノギも絡んでいる場所だ。色々な表向きの交渉が不本意な結果で終わった結果、ガンドーはそこのバウンサーと大立ち回りを演じる事になってしまったのだ。では頬の傷はそれなのか? 否、これは依頼者から受けた傷である。

 

 

手乗りサイズのミニバイオ水牛は、猫を相手にしてすら命の危機に陥る。案の定、探し当てたそのペットは別の客の持ち込んでいたジャコウネコの餌となっていた。当然ガンドーは血の付いた首輪を渡し顛末を説明したが、その際に激昂した依頼人から引っかかれたのだ。報酬も大幅に減額されてしまった。それが今の彼の口から出る愚痴の原因だ。

 

 

おかげで元々苦しい状況であった事務所の今月の収支は見事に炎上。このままでは翌月にはガンドーは干物となってしまうだろう。「ニンジャが干物か。笑えねえな」乾いた笑みを浮かべ、彼は机から残り少ないZBRアンプルと使い捨て小型注射器を取り出し、慣れた手つきでアンプルを割り、注射器に注ぐとそれを肘の裏側に突きさし、押し込んだ。

 

 

「アー……遥かにいい」ZBRが全身に回り、意識が明確になり、気分が晴れやかになってゆく。実際のところ、このZBRの購入が事務所の運営に多大な影響をもたらしているのだが、それを改善するつもりは彼にはない。彼にとってZBRは仕事をする上で食事や睡眠以上に必要なものだからだ。痛みも治まり、ガンドーは今朝の新聞を手に取った。

 

 

顔をしかめる。「『血液型ウラナイ・金運悪し。急な来客に注意。女難の可能性あり』……ハハ」他愛ないウラナイにガンドーは笑うと椅子から立ち、部屋の隅の木人相手にカラテトレーニングを始めた。もう一度彼の名を言おう。タカギ・ガンドー、ガンドー探偵事務所の所長にして、ザイバツ相手に「復讐者」と共に死闘を繰り広げた探偵にして、ニンジャ。

 

 

……ガンドー探偵事務所半壊まで、あと三時間。


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。