ワン・アイズ・クロウ・ウィズ・ワンス・サマー   作:ターキーX

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#8

 

 

(これまでのあらすじ)IS学園教師の失踪。それは暗黒メガコーポであるヨロシサン製薬の恐るべき陰謀と結びついていた。オリムラ・イチカと5人の少女はアンダーの探偵、タカギ・ガンドーと協力してその調査にあたる。結果、浮かび上がってきた真相はブッダも恐れぬ戦慄すべきものだった。

 

 

伝説的IS操縦者にしてイチカの姉、オリムラ・チフユ。彼女を素体にしたクローン計画。これが実際に運用されるようになれば、IS界隈、ひいては世界のパワーバランスをヨロシサンは掌握する事になる。この調査と推理の裏付けを取るため銀髪の軍人少女、ラウラとガンドーはヨロシサン秘密工場への潜入を図る。カラダニキヲツケテネ!

 

 

ワン・アイズ・クロウ・ウィズ・ワンス・サマー  #8

 

 

「イヤーッ!」ガンドーはラウラを首に巻き付けたまま、ビルの屋上を蹴り眼下のセントーのカワラ屋根の上に降り立った。「イヤーッ!」更にカワラ屋根を蹴り、工場により近いアパートの影に着地する。「……お客さん、到着だぜ」首筋の手をポンを叩く。するりとラウラはガンドーの背から滑るように降り、周囲を伺う。

 

 

彼らは今、廃工場の裏門の近くにいた。同じ装備、同じ顔、同じ髪型の二体のクローンヤクザが非人間的な画一的な動きで周囲を警戒している。「で、どうする?」「俺が先行する。気を引き付けている内にもう一体を」「分かった」そう言いつつラウラは懐からナイフを取り出す。一見軽装備だが、瞬時にISを展開できる彼女には銃火器は無意味だ。

 

 

「イヤーッ!」ガンドーは再度三回側転からジャンプを行い、工場の壁に貼りつくように着地した。粗悪コンクリートの壁を拳で叩く。「音がしました」左右のクローンヤクザの右側の一体がそれに気付いた。「何でしょう」「私が見てきます」アサルトライフルを構え、右のクローンヤクザは持ち場を離れた。左のクローンヤクザがそれを見送る。

 

 

次の瞬間、左ヤクザの背後に音もなくラウラが降り立った。「スッゾ……」その気配に気づき振り向こうとした瞬間、その口に小さな手が押し当てられ、首筋に冷たい光が走る。「(アバッ)」喉をナイフで切り裂かれ、悲鳴を上げる事も許されず左ヤクザは絶命した。「アッコラー?」違和感に気付いた右ヤクザが振り返ろうとする。

 

 

「アバッ」だがその瞬間に右ヤクザの首に丸太めいた腕が巻き付き、首の骨が一瞬で砕かれる。一瞬で接近したガンドーがヤクザを絞め殺したのだ。「……大した腕だ」「アンタもな」淡々と言うラウラにガンドーが答えた。彼女の容赦の無い一撃にガンドーは内心で舌を巻いた。伊達にドイツ軍特殊部隊長を名乗ってはいないということか。

 

 

懐を探るがIDカードの類は無い、どうやら警備用のクローンヤクザは工場外の警備詰め所で過ごしていたようだ。「フゥーム」ガンドーは顎に手をやり考えた。少し面倒になるかもしれない。とりあえず二体のクローンヤクザの死体を手短なコンテナに放り込み、周囲を警戒しつつ二人は敷地内に走り込んだ。

 

 

工場の裏口に到着し、ドアに触れる。ノブの横にカードリーダーらしきスリットがある。やはりIDカード式か。強引に破れば流石に気付かれるのは間違いないし、ハッキングには時間が必要となる。「ああ畜生、仕方ねえか」ガンドーは首筋に埋め込まれたIRC端子にケーブルを差し、電子錠の端子と接続しようとする。

 

 

「待て、ガンドー=サン」それをラウラは制止し、視線を上に向けた。「ア?」ガンドーもそれに合わせて見上げてみると、そこには錆びついた通風孔があった。ガタガタと蓋は風で揺れ、今にも落ちそうになっている。取り外すのは難しくはなさそうだ。「ハッキングにどれだけかかるか分からない。あそこから私が行く」

 

 

「………」ガンドーは渋い顔をした。彼女の提案は確かにこの場での最適解であろう。しかし、ニンジャが存在するかもしれない場所にモータルであるラウラを送り込むのは探偵としても気の引ける決断ではあった。「心配ない、緊急になれば逃げに徹し瞬間加速を使用して音速で離脱する」

 

 

「……オーケー。いいか、ヤバイと思ったらすぐ逃げろ。そこらのサンシタでも、ニンジャは蹴り一発でアンタの首を折れると思え」せめてもの警句。「分かった」頷くとラウラは僅かな隙間に手を置き、するすると通風孔まで登ると蓋を外してガンドーに投げ渡した。「センセイを確認出来たら戻る。ガンドー=サンはハッキングで開けられたら合流を」

 

 

そのままラウラはもぞもぞと這い進んでゆく。ガンドーは首筋を掻きつつ作業に戻った。依頼者にばかり仕事をさせては探偵としてもイチカ達に顔向けできない。せめてもの矜持だ。「待ってろよ、ラウラ=サン」端子を差し込むと、ニューロンに01の奔流が流れ込む。焦りを抑えつつ、ガンドーはセキュリティ・プログラムとの格闘を始めた。

 

 

ラウラは埃っぽい通風孔の中を這い進む。「……!」気配。動きを止め、息を殺す。ところどころ取り付けられた金網越しに、青いシートのかかった何かを台車で運ぶ白衣の研究員が通り過ぎるのが見える。それとすれ違う研究者も同じ顔、同じ髪型だ。「私は20時間働いています」「私は30時間です」相互認識めいた会話。

 

 

オペレーション開始前に見た工場内の構造を思い出す。とりあえず入口周辺の構造は改築などはされていないようだ。泊まり込みの従業員のための宿泊施設が外れにある。チフユが拘束されているとすれば、おそらくはその区画の可能性が高い。ラウラは細身の身体を這い進ませた。眼帯をずらして金眼を露わにし、僅かな気配も逃すまいとする。

 

 

通風孔内を何回か曲がり、やがて彼女は居住区画へ辿り着いた。従業員用の雑魚寝部屋は無視だ。居るとすれば上長用の個室。幾つもの分岐に分かれている通風孔をラウラは迷わず進む。一つ目の部屋は無人だった。そのままずり下がり、二つ目の部屋へ向かう。先の金網から光が漏れている。誰かが在室しているのは確定か。

 

 

ラウラの携帯IRCが光った。『ロック解除完了。侵入する』ガンドーからの通信。「居住区まで移動、人の存在あり。これから接触を図る」肩を動かさず、指だけの動きで返信する。そのままラウラは這い進み、金網まで到達した。部屋の中を覗き込む。飾り気のないベッドに、申し訳程度の鏡台、壁に備え付けられたTVに机と椅子、ティーサーバー。

 

 

実際、急な住人のために文字通りの急拵えで用意したような部屋であった。「ハイその対処法に最適な一本! このドリンクの有効成分がスゴイ効く!」「ワースゴーイ!」その室内に一人、無味乾燥なヨロシサン提供の健康番組を流すTVを前に座る女性。パステルカラーの病院服を着せられた、20代の黒髪の、見覚えのある顔。

 

 

(チフユ・センセイ……!)ラウラは声を殺して更に室内の様子を確認する。防犯カメラはあるか、集音装置はあるか。「……声は出せるぞ」「アイエッ!?」室内の女性が顔をこちらに向けずに言った。思わず声が出る。「ラウラか……顔は出すな。音は録らないがカメラはある。素晴らしきプライバシーの尊重だな」皮肉めいた笑み。

 

 

その様子は学校で彼女らに見せていた泰然とした態度と全く変わらない。ラウラは今すぐ救い出したい気持ちを抑え、チフユに言った。「やはりこちらに囚われていたのですね。オリムラ・センセイ」「囚われていたのではない。私は自分からここに来ただけだ」「………」予想通りの答え。「……お前ひとりで来た訳ではあるまい。協力者がいるな」

 

 

今度はチフユから問いかけてきた。「………」沈黙でラウラは返す。「その協力者に言っておけ、私は問題ない。これ以上は踏み込むなとな」「お断りします、センセイ。どの道この計画が遂行されればIS学園は終わりです」ラウラは毅然と答えた。チフユの眉が僅かに動く。「そこまで知っているのか。腕のいい協力者だな」

 

 

「………」「イチカ=サンは無事か?」「IS学園からは出さないようにしています」「……そうか」安堵の笑み。「もう一度言うぞ、ラウラ=サン。私は問題ない」「助けます」「死ぬぞ」静かな声。それは脅しなどでなく、淡々と真実を語るような響きだった。「……ニンジャ、ですか?」「幾らIS適合者のお前たちでも、相手が悪い」

 

 

「そんな事はありません。私たちの力を集めれば……」「無理だ。何よりアレが開発されれば……」「クローンなど」「……?」その時、ごく僅かにだがチフユの表情が僅かに変わった。何かが食い違っている、そんな表情。「……センセイ?」突然、チフユがチャの入ったユノミを机に強く置いた。音が室内に響く。

 

 

「……!」咄嗟にラウラは呼吸を止め、僅かにずり下がった。フスマの開く音。「……ドーモ、チフユ=サン」「ドーモ」別の女性の声。誰かが入って来た。「どうしたのだ、デコイ=サン。今日の検査は終わった筈だが」「VIPの護衛も私の任務だ。見回りだよ」金網から見える姿。髪を結った、メンポを付けたスーツの女性。

 

 

「イヤーッ!」KRAAAASH! デコイは突然垂直にジャンプすると、高く脚を上げ天井を蹴り抜いた! 三倍の脚力が成すワザだ! タイルの破片が室内に降りかかる。チフユはユノミに埃がかからないよう手を添えつつ、表面上は平静を保ったまま尋ねた。「どうした?」「フム」天井に空いた穴を見つつデコイは小首を傾げた。「気配があったのだが」

 

 

「………」ラウラは眼前、数㎝先に空いた穴を見詰めつつ息を呑んだ。あと少し下がる距離が短ければ、ISを展開する間もなく彼女の胴体は蹴り上げられ、内臓を破壊されていただろう。「もう一度、部屋を汚させてもらう」下からのデコイの声。下がって間に合うか?ISを展開して強行突破するか? ラウラは一瞬の決断を迫られた。

 

 

ブガーブガーブガー! その時、突然けたたましい警報音と共に廊下の赤色灯が光った。「侵入者、侵入者、警備担当は直ちに対応するドスエ」マイコ音声が流れる。「何?」デコイは眼を見開き、天井を一度見た後にチフユに振り向いた。「ここを動くな」そう言い残し、廊下を素早く走り去ってゆく。それを見送りつつ、チフユはチャを飲んだ。

 

 

「……アレがニンジャだ」「………」ラウラは答えない。「逃げろ」「……次は助けに来ます、センセイ」ラウラはそう言って、身体を後退させていった。「すまない。ラウラ=サン」残されたチフユは、そう呟き天井の穴を見上げた。その表情には、隠しきれない寂しさが表れていた。

 

 

BLAM! BLAM!「ザッケンナコラグワーッ!」「スッゾコラグワーッ!」研究員ヤクザ二名殺害! IRCルーム内から躍り出たガンドーは周囲の状況を確認した。廊下の奥から走ってくる数人の足音。遮蔽物の無い廊下での一斉射撃はニンジャでも危険だ。「イヤーッ!」ガンドーは床を蹴り、その音の方に全速力で駆けだした。

 

 

「スッゾ!?」こちらに向かってくるとは思っていなかったのだろう。廊下の角を抜けようとしていたクローンヤクザ数名がプログラム外の行動に対応が遅れる。その隙を逃すガンドーではない! 「イヤーッ!」「「「グワーッ!」」」クローンヤクザ三名殺害! 「チクショウ! ヤベえぞ、こりゃあ……!」その表情には焦りの色が濃い。

 

 

裏口から潜入したガンドーはラウラがチフユとの接触に成功すると見込み、自身はIRCルームで情報の吸い出しに取り掛かっていた。IRCチャットログから、本施設の状況やその目的の裏付けを取ろうとしたのだ。結果、ガンドーは新たな事実を知る事となった。そしてラウラの撤退を助けるために意図的にアラートを鳴らし、今に至る。

 

 

「イヤーッ!」廊下の奥から三回転ジャンプと共に現れる女ニンジャあり! 「イヤーッ!」ガンドーの頸椎を的確に狙った蹴りをマグナムの銃身で受けると、両者はタタミ二枚の距離で向かい合った。「ドーモ、はじめまして。デコイです」女ニンジャ、デコイが先にアイサツを決める。「ドーモ、デコイ=サン。ディテクティヴです」

 

 

ガンドーは銃身を合わせてオジギを返す。どのような状況であろうと、ニンジャ間のアイサツは絶対である。「ディテクティヴ?」その名を聞き、デコイの表情に険しさが増した。「その名、聞き覚えがあるな。ニンジャスレイヤーの腰巾着だったか」「腰巾着じゃねえよ」ガンドーは否定しつつピストルカラテの構えを取る。

 

 

「しがない探偵が何の用だ?」「人の事務所の上で喧しく何かやってるようなんでな、苦情を言いに来たのさ」二人の間の空気が歪む。その時、ガンドーのニューロンに直結させていた携帯IRCからのメッセージが彼の脳裏に流れた。「こちらラウラ、撤退完了」(……よし)今はまだ正面から乗り込む時ではない。準備が必要だ。

 

 

「ウオオオッ!」ガンドーの影から幾羽もの影で造られたカラスが出現する! 「今日は日が悪いみたいだな……」更に出現するカラスが両者の視界を妨げる。「また来させてもらうぜ!」「イヤーッ!」その影を切り裂くようなデコイの蹴り! しかし彼女が降り立った時、既にそこにはクローンヤクザの死体しか残ってはいなかった。

 

 

「イヤーッ!」ラウラは屋外に出た直後に自身のISを展開し、上空に高く飛んだ。左目の金眼でガンドーの姿を探る。やがてその眼は裏口から飛び出してきた巨漢の姿を捉えた。幾つもの銃声と共に弾丸がガンドーの背後に浴びせかけられる。「イヤーッ!」それを紙一重で避け、アパートの屋上に飛び上がる。更にそこから幾つもの屋根を越え、遠くへ、遠くへ。

 

 

駆けるようにカワラ屋根を走るガンドーをラウラは追い、暫く後に追いかける足音と銃声が収まった事を確認してガンドーはその足を止めた。ラウラもISを解除し、同じカワラ屋根に降り立つ。「オツカレサマ、ガンドー=サン」「ああ、そっちもな」ガンドーはそう答えると屋根に腰を下ろし、懐からZBR煙草を取り出すと火をつけた。

 

 

「首尾はどうだった?」「オリムラ・センセイを確認した。今のところ危害は加えられてないようだ」「ブルズアイか」頷くガンドー。ラウラは逆に尋ねた。「何か掴めたのか、ガンドー=サン?」その言葉にガンドーの表情は曇った。「ああ。ヤツら、チフユ=サンのクローン培養以外にもう一つ考えてやがった」

 

 

「それは?」更に聞くラウラに、ガンドーは煙草を一服すると顔を彼女に向けて言った。「事によっちゃあ、こっちの方がヤバイかもしれねえ……ニンジャ専用ISの開発だ」


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