授業を進める先生の声と、黒板とチョークがあたり擦れる音。校庭から聞こえる体育の声。
そして、妙に響く時計の針の音。
机に突っ伏している俺は、そんな音を聞きながら授業とはまったく関係ないことを考えていた。
最近、俺と絵里の心の距離が少しだけ遠い気がする。というのも、普段はなんら変わりない仲のいい親友だと思うのだが、あることに関してはすれ違っている気がするのだ。
そう、"廃校"の問題のことだ。
とは言っても、根本的な考えは俺も絵里も同じなのだ。この学校がなくなってほしくない!自分に何かできることがあったら…!
そんな時、穂乃果たちがスクールアイドルを始めると言い出した。俺は、穂乃果たちをサポートする立場になった。しかし、絵里は俺たちのやろうとしていることを反対している。
そこに原因があるのはわかるけど、なぜ絵里がそこまでこだわるのか、反対するのかがわからない。
ーーーやってみてできなかった。なんてことになったら………
さっきの屋上でも、言葉では核心をついていることを言っていたが、絵里のことだからそんなのいくらでも言えるはずだ。そして、その言葉で穂乃果たちが揺らいだのも事実。
しかし、俺はそんな生徒会長な絵里に少しばかりイラついている。そんな自分にも、な。
俺はただ、そこまで難しいこと考えなくてもいいってことを言いたいだけなのに。
絵里にそこまで責任感じてほしくないだけなのに。
みんなで笑っていたいだけなのに。
そんで廃校阻止できたら、よかったねってまた笑いあえばいいだろ。
いや違う、そんな簡単なことじゃないのはわかってるけど、とにかく楽しく高校生活最後の一年を過ごしたいのだ。
そんなの、言葉にしなきゃ伝わるわけないのにな。
それはそれで恥ずかしいんだけどね…
「…ね……ひ、……。……大翔!」
「っはい!?」
いつの間にか寝てしまってたみたいで、思い切り背中を叩かれたことで目が覚めた。
絵里だと思ったら違ったようで、俺のことを起こしてくれたのは真姫だった。
三年生の教室に一年生がいるのはいろいろと視線もあるだろうと思い、真姫の手を取って廊下へ連れ出す。
「真姫。どうしたの?」
「いや、その…まず手を離しなさいよ」
俯いて真姫はそう小さく呟いた。髪の隙間から見える耳は真っ赤になっていて、俺が今とんでもない失態をしてしまっていることに気づく。
「ごめん!」
「べつに、いいけど」
もう一度ごめんと言うと、わかったから!って怒られてしまった。
「それで、どうして俺のとこに?」
「だから、放課後…音楽室に来ない?って、その」
つまりは、俺にピアノを聞かせてくれるという事だろう。
「いいの?ありがと、嬉しいよ」
「その、朝とかも態度悪かったし。とにかく来なさいよ!」
まぁ、朝のことは真姫は少しも悪くないんだけど。せっかく素直に謝ってくれてるんだし、なにも言わないでおこう。
「おう!」
「じゃあ、私は行くから」
「ん。教室まで送ってこうか?」
「いい。大翔といると目立つし」
真姫の言うとおり、さっきからチラチラといろいろな人に見られている。
そりゃあ、真姫みたいな美人な一年生と三年の俺が話してたら周りも気になるだろうよ。
「そっか。じゃあ、また放課後!」
手を振ると、真姫も小さく手をあげてくれた。真姫はそのまま自分の教室に帰っていった。
「ふーん。彼女、大翔のお気に入りなのね」
「うお!?え、絵里さん!?いつの間に!」
隣からひょっこりと絵里が顔をだした。俺はもうびっくり仰天。
絵里はそんな俺を冷たい目で見る。
「べつに。早くお昼ごはん食べるわよ」
さほど興味なかったのか、それだけ言うと教室に入っていってしまった。
「なんだったんだ…」
*
放課後、音楽室に行くと真姫はまだ来ていなかった。
「早く来すぎたか…真姫はまだかな」
中に入ってピアノの前に立つ。意味もなく適当に鍵盤をたたく。
ポーン、ポーンと響くピアノの音を聞いても、綺麗な音だとは思うがそれ以外は何も思わない。
やっぱ、そうだよな。
実は、真姫のピアノを初めて聞いた日、家に帰ってからクラッシックなどの音楽を聴いてみた。しかし、やはり真姫のピアノのように心を奪われるようなことはなかったのだ。
つまり、俺があの時魅力を感じたのは真姫が奏でる音楽だったということだ。
あの時のあの感じ、絵里と初めて会った時に少し似ていた。
もう完全に心を奪われちゃって。
「なにやってるの?」
真姫はいつの間に来たのか、俺のすぐ横で髪の毛をくるくると弄っていた。
「あ、真姫…早く聴きたくてな」
真姫はなにそれ、と言いながらカバンを置いてピアノの椅子に座り、そのまま目を閉じて鍵盤をそっと撫でた。
ほんの少しだが真姫の口元が緩む。その反応を見て、やっぱりこの子は音楽が大好きなんだなと思った。
「リクエストとかあったら、聞くけど?」
少し上からなのが真姫らしい。
そんな彼女に、俺はなんの迷いもなく答える。
「じゃあ、この前聞いたやつがいい」
「わかった」
真姫は小さく息を吐くと、ゆっくりと鍵盤に指を滑らせ始めた。
愛してるばんざーい!
ここでよかった 私たちの今がここにある
愛してるばんざーい!
始まったばかり 明日もよろしくね まだゴールじゃない
やっぱり、すごい。
このピアノと歌唱力。おまけルックスもいい。
こりゃあ、穂乃果がスクールアイドルにスカウトするのもわかる。
まぁ、若干上からな物言いや素直じゃないところもあるが、俺みたいな年上からしたらツンデレみたいで可愛いし。
そうか、真姫がスクールアイドル。いいかもしれない。
本人にその気がないのがとても残念だが。
「ちょっと!」
思考を巡らせているうちに、曲は終わってしまっていたようだ。
真姫はぼけっとしている俺の顔を覗き込むように前のめりになって、下からじっと見つめている。
やっぱり、こんな美人な子にこんな急接近されたら心臓に悪いな。
「ごめん。なんていうか、その、俺真姫のピアノ好きだわ。ずっと聴いていたいくらい」
俺の言葉を聞いた瞬間真姫の顔がぶわっと赤く染まる。その反応を見て、自分が言ったことがどれだけ小っ恥ずかしいことだったのか理解できた。
「ご、ごめん!なんかよくわからないこと言った!今のなし!」
両手で顔を覆っても、恥ずかしいのが消えるはずなくて。
俺、どんだけダサい先輩なんだよ…なんて呟いてみて。落ち込んで。
「褒められてるのは素直に嬉しいわ。ただ、自分の作った曲だし、余計に恥ずかしかっただけよ」
それだけいうと、真姫は赤くなった顔を隠すようにそっぽを向いてしまった。
真姫が素直な言葉を口にしてくれていることに嬉しくなって、少しだけ元気を取り戻すことができた。
「そっか。でも、ほんとお前のピアノすごいよ。歌もうまいし」
「あ、ありがとう…」
二人とも熱くなった顔を冷ますように沈黙する。不思議とそんな空気でも気まずくならなかった。
そんな時に、一人の訪問者が現れた。
「たいちゃんも来てたんだね!西木野さん、ちょっといいかな?」
「…穂乃果!」
真姫は穂乃果を見るなり怪訝な顔をした。
「…何の用ですか?」
その声は、さっきと違ってぶっきらぼうだ。
俺は、邪魔をしないように音楽室の椅子に座って二人の様子を見守ることにした。
「やっぱり、もう一回お願いしようと思って」
「しつこいですね」
「そうなんだよね。海未ちゃんにいつも怒られるんだぁ」
てへへ、と頭をかく穂乃果をよそに、真姫はピアノに目を落とす。
「私、ああいう曲一切聞かないから。聞くのは、クラッシックとか…ジャズとか…」
「へぇ、どうして?」
「軽いからよ!なんか薄っぺらくて、遊んでるみたいで」
「そうだよねぇ」
「え?」
「私も、そう思ってたんだぁ」
穂乃果は真姫の次に俺のほうを見て、少しだけ笑った。俺にも聞いてほしい、という事なのだろうか。
「なんかこう、お祭りみたいにパーっと盛り上がって、楽しく歌っていればいいのかなぁって。でもね、結構大変なの。……ねぇ!腕立て伏せ、できる?」
「はぁ?」
真姫は穂乃果の発言に眉をひそめる。
穂乃果は真姫と会話をしながら俺の腕を引っ張って、俺をピアノのそばまで寄らせた。
「出来ないんだ〜」
「で、出来ますよ!そのくらい!」
すぐ挑発に乗っちゃうあたり、真姫もまだまだ子供ってことかな。
「おい穂乃果、なんで俺の腕掴んだままなんだよ」
「たいちゃんも、一緒に見てて」
腕立ての準備を始める真姫から視線をそらさずに、穂乃果は俺の腕をつかむ手により力を込めた。
「ならあそこからでも…!」
「いいから。ね?」
理解はできないが、ここは従うしかないようだ。
真姫が腕立てを始めると、穂乃果はそのまま笑ってと指示を出した。
真姫はその通りに笑顔を作るが、腕立てを始めると笑顔は崩れてしまった。
これが意味することは、たぶんそう。アイドルが楽しく歌って踊るには、それなりの努力が必要だということ。
きっと、真姫と同じ考えをしていた穂乃果に海未あたりが教えたのだろう。
服装を正す真姫に、穂乃果は折りたたまれた紙を差し出す。それは、朝見たものと同じもの。
「読んで見てよ。そのときダメって言われたら、すっぱり諦める」
「答えが変わることはないと思いますけど」
真姫はそう言いつつも、海未が書いた歌詞を受け取った。
「だったらそれでもいい。そしたら、また歌を聴かせてよ」
「えっ?」
「私、西木野さんの歌声大好きなんだ!あの歌とピアノを聞いて感動したから、作曲お願いしたいなぁって思ったんだ!」
穂乃果も、俺と同じだったんだ。
そう思ったら顔が緩んだ。
「毎日、朝と夕方に階段でトレーニングしてるから、よかったら遊びに来てよ。ほら、たいちゃんにも練習に付き合ってもらうんだから!行くよ〜」
穂乃果は伝えたいことは全部伝えたのか、俺の腕を引っ張って歩き出した。
「ひ、ひっぱるなよ!」
真姫はなにも言わなかったが、ドアの隙間から見えた彼女の表情は、何か言いたげだった。
そのままずるずると引きずられるようにして学校を出た。
「なんで俺まで…」
「たいちゃんはμ'sのマネージャーなんだから、練習見ててくれなきゃダメなの!」
「俺がいつマネージャーになったんだよ!」
「マネージャーったらマネージャーなの!だから練習も来てくれなきゃ嫌だし、もっと一緒にいなきゃいけないの!」
むすっとして痛いくらいに腕に抱きついてくる。
それに、嫌とか、いけないのとか、それじゃまるでちっちゃい子がお兄ちゃんでも取られちゃったときみたいじゃないか。もしかしたら、なんて考えて嬉しくなる。
「寂しかったのか?」
「だって、せっかく同じ学校に来れたのに時間なんてないし。たいちゃんは中学の頃から変わっちゃってるし」
中学の頃から変わったって、どこがどう変わったんだよ。俺は俺だし。
でも、こんなに悲しい顔をされてしまったら、文句の一つも言えなくなってしまう。
やっぱり俺にとってはかわいい妹なんだな。
「まったく…よし、じゃあ俺はマネージャーってことでいいよ」
まるで泣いてしまった小さい子をなだめるように優しく。安心させるかのように頭を撫でる。
「ほんと!?」
「ほんと。だから、とりあえず腕を離してくれよ」
こんなこと言っちゃあれだが、さっきから暑苦しい。
それに、女子特有の柔らかさってのがな?いや、男としては嬉しいんだけど。
そんな俺の気づかいを知らない穂乃果は、離れるどころかさらにくっついてきた。
「やだ。神田明神に着くまで今日はずーっとくっついてるの!」
どうやら今日はとことんわがままで甘えん坊のようだ。
いつまでも、こんなかわいいままじゃいてくれなくなるんだろうな。しょうがない、今日のところは俺が折れてやるか。
「わかったよ。てか、さっきから聞こうと思ってたんだけど、μ'sってなんだ?」
「あっ!それはね、私たちのグループ名でーーー」
グループ名募集の箱に入っていた一枚の紙の話を本当に嬉しそうに言う穂乃果。
その太陽のような笑顔を見てなぜかほっと安心する。
神田明神に着くまで、海未やことりにこの状況を問いただされるまで、あと10分。
おれかの14話でした。
いつもお読みいただきありがとうございます!
文化祭終了…
次は就職試験…
時間の流れは早いものですね。