ファーストライブが終わり、やっと俺の周りが落ち着いてきた。
ただ、μ’sの活動が終わったわけではない。
μ’sのポスターの前でおろおろしている子が一人。眼鏡をかけていて、なんだか少し気の弱そうな…リボンの色からして一年生。
たしか、μ’sのライブを見に来てくれていた子だ。
「どうしたの?」
「はい!?あ、えっと…」
良かれと思って声をかけたが、驚かせてしまったようだ。眼鏡の奥で、彼女の瞳が怯えてしまっているのがよくわかる。
「ごめんね。驚かせるつもりはなかったんだけど…困ってるみたいだったから」
「あ、ありがとうございます」
ぺこりとお辞儀をして、一歩離れてしまった。
うん。少しだけ悲しい。
「俺は、三年の結城大翔です」
「私は…小泉花陽っていいます。一年生です」
「………」
今さらだけど、これは無理やり自己紹介させてしまっただろうか。
突然黙り込む俺に、彼女は頭にはてなを浮かべてこてんと首を傾けた。
「あ、あぁ…なんかいきなりごめんね。その、何か力になれたらなって思ったんだけど。名前も知らない人にそんなこといわれてもあれかなぁってさ」
「わかってるので大丈夫ですよ。結城先輩」
そう言ってにっこりと微笑まれる。
こ、こんなかわいい子に先輩呼びをされるなんて、萌える…
っじゃねーよ!何考えてんだ、俺。
「その、俺、先輩呼びされるのあまり好きじゃないんだ。困ったな…」
「じゃあ、大翔くんって…呼びますね?私のことは、花陽って呼んでくださぃ…」
真っ赤な顔をして、ダメな先輩のフォローをしてくれる。
「ありがとう、花陽」
一生懸命な花陽がかわいくて、思わず頭に手を伸ばしてしまう。
そのままぽんぽんと軽く頭をなでると、花陽は顔を隠すように下を向いてしまった。
「それで、何してたの?」
「あ、これ、落し物みたいで…」
花陽は手に生徒手帳を持っていた。よく見ると、西木野真姫と書かれている。
「これ真姫のじゃん。俺、友達なんだけど届けようか?」
「その…もう帰っちゃってるみたいで。家に届けようと思っていたんです」
だから、と言葉を濁す。
「じゃあ、俺も一緒に行くよ。女の子一人だと心配だしさ」
俺の言葉を聞くなり、花陽の表情が明るくなる。きっと、花陽が優しいから届けようと思ってくれたんだと思うけど、真姫のことだから教室ではツンツンしてるんだろう。
そりゃ、一人で行くのはちょっと嫌だよな。
「よし、じゃあ行こっか」
真姫の家までの道のり。俺と花陽はお互い自然に話せるくらいには打ち解けていた。
「へぇ。じゃあ、花陽はアイドル大好きなんだ」
「そうなんです!だから、音ノ木坂にもスクールアイドルができたって聞いて、すごく嬉しくて」
瞳を輝かせて、満面の笑みを浮かべる花陽に、いつしかの友人を重ねる。今は、俺の前ではそんな笑顔見せてくれないけど。
「じゃあさ、自分もアイドルやってみたいな、とか思わない?」
「えっ?」
「俺さ、μ’sのマネージャーをやってるんだけど。花陽みたいな子がいたら、もっともっとよくなるかなって」
花陽は、一瞬期待したような顔をしたが、すぐにそれは困惑へと変わってしまった。
「私なんかには、できないです」
これ以上無理に勧誘するのは、さらに困らせてしまうだろうか。
「そっか。いきなり変なこと言ってごめん。でもさ、よかったら俺にアイドルのこととか教えてよ。マネージャーとか偉そうなこと言ってるけど、あまりアイドルのこと知らないんだ」
お願い、と言うと、花陽は嬉しそうに笑った。
「ふふっもちろんです」
その後は、今どんなアイドルが人気なのかなど、詳しいところまでいろいろ聞いた。
花陽なら、にこと仲良くできるかもな。なんて、これからあるかないかわからない未来を想像して。顔はだらしなく緩むばかりで。緩む頬を引き締めるよう努めていると、花陽は突然立ち止まった。
「こ、これが。西木野さんの…?」
花陽が指差すところをみると、そこにはいかにもお金持ちが住んでいそうな家が。
念のため表札を確認するが、やはり西木野と書かれている。
「と、とりあえずピンポンするか」
言葉ではなく、首を一生懸命縦に振って答える花陽に思わず笑みがこぼれる。
インターフォンのボタンを押すと、すぐに女の人が玄関から出てきた。
どことなく真姫と似ている…?
「あ、あの!私、真姫…さんと同じクラスの小泉です!」
真姫に似ている女性はやわらかく微笑むと、俺らを家の中へと案内してくれた。
「それで、そっちの彼は真姫ちゃんとはどういう関係なの?」
「あ、俺も、友達です。年は俺のほうが上なんですけど」
「あら、そうなの。残念だわぁ…彼氏なのかと思っちゃった」
「俺なんかが彼氏とかないですよ!?」
そう?と首をかしげる女性。
「でも、母としてはお友達がお家に来てくれただけでも安心したわ」
そう言って、ほっと息をつく。
少しの沈黙。
「…えぇ!?お母さんですか!?」
俺がいきなり立ち上がって大きな声をあげるものだから、隣に座っている花陽はびくりと肩を震わせた。
「ええ、そうよ?」
にっこりと笑って頷かれる。
「お、お若いですね。てっきりお姉さんか何かだと…」
本心だ。大事だからもう一度言っておく、これは俺の本心だ。
「ありがとう。大翔くん」
そう言って微笑んだ真姫のお母さんは、やはり、真姫に似ていた。いや、真姫が似ているというのが正しいのだろうか?
その後、3分ほど会話をすると、部屋のドアがガチャリと開いた。
不機嫌そうな真姫と目が合う。
「ちょっと、私の家で何やってるのよ」
「あら、真姫ちゃん。おかえりなさい」
「ただいま」
真姫が帰ってきたのを確認すると、真姫母はお茶持ってくるわね、と笑顔で部屋から出ていった。
「おう、真姫。おかえり」
「ただいま…って、違うわよ!?」
何が楽しいのか一人でツッコミをすると、テーブルを挟んで俺たちの向かいの一人掛けソファに座った。
「それで、小泉さんまで。何の用なの?」
「あ、えっと…これを渡しに…」
丁寧にバックから真姫の生徒手帳を取り出して差し出す。
真姫はそれを受け取る。真姫は、渡されたそれが自分のだとわかると、表情が少しだけ柔らかくなった。
「これ…ポスターの前にあったんだけど。西木野さん、見てたよね…?」
「知らないわ!人違いじゃないの?」
必死な真姫に、くすりと笑うと。きつく睨まれてしまった。
ちょっと攻撃したくなって。
「なに?真姫もμ’sの仲間に入れてもらいたくなった?」
なんて、にまにまとしているであろう顔で聞いた。
「そんなわけないでしょ!」
噛みつくように言う真姫をなだめる花陽は。
「私、放課後いつも音楽室の近くに行ってたの。
西木野さんの歌、聞きたくて…」
ずっと聞いていたいくらい好きで…と。
本当に楽しそうに笑うから。真姫は当然、俺も何も言えなくなってしまった。
純粋すぎて、もう、ほんとかわいい。
「だってよ。真姫、どうなんだ?」
「だから…!」
「わかってる。真姫が将来病院を継がなきゃいけないことくらい。さっき、お前のお母さんから聞いた」
「そうよ。だから私の音楽はもう終わってるってわけ。それよりもあなた、アイドル…やりたいんでしょ?」
真姫は花陽に目を向ける。
花陽は少しだけ困ったような顔をした。
「この前のライブの時、夢中になってみてたじゃない」
「えっ?西木野さんもいたんだ…」
「た、たまたまよ。偶然通りかかっただけ」
嘘つけ。
「なによ。大翔は黙ってて」
「俺、今声に出してた!?」
うるさい、とさらに眉間にしわを寄せて言うから、思わず口をつぐむ。
年上の威厳も何もあったもんじゃない。
「やりたいならやればいいじゃない。そしたら、少しは応援…してあげるから…」
ふわりと微笑む真姫。滅多にない、その表情に。
たぶん、真姫の優しい気持ちが、思わず俺にまでうつってしまって。
「そうだな。俺も…応援するよ」
「ふふっありがとう…ございます」
そんな俺らに。
花陽はちょっぴり、くすぐったそうに笑った。
大切なのは、好きって気持ち。
俺は楽しいことが好き。
真姫は音楽が好き。
ーーー花陽は?
もう、答えなんて分かっているはずなのに。
前に進めない、ちょっぴり臆病な花陽が。
正しい道に進めるようにって。
俺も真姫も思ってる。
それに、力を貸してあげたいとも。
だから、花陽の好きを、大切にしてほしい。
お読みいただきありがとうございます!
更新遅くてすみません…