鷺沢さんがオタク化したのは俺の所為じゃない。   作:バナハロ

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夏になってもオタクのすることは変わらない。
大人しい奴ほど怒ると怖い。


 七月、それは火炙りの季節である。太陽は全力で自己主張をして地球を照らし、七月に入ってから熱中症というマップ兵器でぶっ倒れた人は400を超える。空からの灼熱光線と、地面の反射熱の相乗効果で発生する、灼熱反射ダブルバーガーで400人もの人が焼かれたのだ。

 そんな石川五右衛門を讃えよう、みたいな季節の中、俺は期末テストを終えてようやく夏休みである。いや、正確にはテスト返却期間があるため、それを超えて夏休みだ。

 こう見えてこのスポーツ高校に俺が入ったのは、剣道部に入るためであり、高一でやめたとはいえ、そのための体作りもしていたため、熱中症などで倒れることはなかった。それでも、暑いものは暑い。汗だくの身体を引き摺って、俺は本屋に入った。ひゃー、涼しいぜー。

 

「……いらっしゃいませ。鷹宮くん」

 

 品出しをしていた鷺沢さんが挨拶してくれた。まぁ、品出しと言っても本棚に入荷した本を詰めるだけなんだけどね。

 

「手伝いますよ。ジャンプコミックはあっちで良かったですよね?」

「……あ、すみません。ありがとうございます。大丈夫ですよ」

 

 最近、この本屋に漫画コーナーが出来た。それによって客層の範囲が広くなり、そこそこ客も来るようになった。お陰で、俺もずっと鷺沢さんと話してる時間はなくなってしまった。

 さらに、それによって鷺沢さんの二次元の範囲にもコミックは追加され、最近はワンピースやナルト、ドラゴンボールといった王道ジャンプ作品に熱中している。アスマ隊長が死んだ時、ガチ泣きしてて慰めるのが大変でした。

 本棚に本を並べ終え、鷺沢さんはレジに戻り、俺もそっちに戻った。

 

「………ふぅ」

 

 一息ついて座る鷺沢さんに、俺は鞄の中から缶コーヒーを取り出して渡した。

 

「差し入れです」

「……あ、すみません。わざわざ」

「いえ、今日も暑いですし」

「………お店の中はクーラー入ってるので、あまり苦ではありませんけどね」

「や、ほら……脱水症状とか怖いでしょ」

「……でも、汗とかあまりかきませんし、体外に水分が流れることもあまりなくて……」

「………何も言わずに受け取って下さい」

「……ふふ、冗談です」

 

 からかわれたのかよ……。最近は、鷺沢さんも冗談を言うようになった。まぁ、真顔だからすごくわかりにくいんだけどね。それでも、俺に少し心を開いてくれたようで嬉しい。

 ナルトの単行本を読みながら、鷺沢さんは呟いた。

 

「……それにしても、ナルトの世界は戦ってばかりですね」

「? そりゃ、バトル漫画ですから。戦わないと売れないでしょ」

「………でも、なんて言いますか……少しは日常パートがあっても良いと思うんです」

 

 あー、そういう意味か。まぁ、気持ちは分かるがな。アニメではそういうのあったかもしれないけど、漫画では厳しいだろうなぁ。……いやそうでもないか?

 

「………ないこともないかも」

「……えっ?あるんですか⁉︎」

「はい。いや、原作じゃないんですけどね。俺も詳しいわけじゃないからよく知らないんですけど……夏コミ?とかいうのならあるかも……」

「……夏コミ、ですか?アメコミみたいな?」

「いや、コミックの名前じゃなくて夏のコミックマーケットって奴です。正式名称は俺も知りませんけど、好きなアニメの二次創作をファンの人達が漫画で描くんですよ。同人誌って奴」

「………二次創作、ですか……?あっ、俺妹とかメイドラゴンとかに載ってた?」

「はい。あれ」

「…………いつですか?」

 

 聞かれて、俺はスマホを取り出した。

 

「っと……8月11日から3日間ですね」

「………少し待っててください」

 

 鷺沢さんは真面目な顔で手帳を取り出した。おい、待てまさか行く気か?行く気なのか?

 

「………三日連続とも空いてますね」

「あの、鷺沢さん?」

「……なんですか?」

「行きたいんですか?」

「………行きたい、です」

「同人誌くらい、ネットとか秋葉原でも買えますよ?」

「………いえ、でもその『なつこみ』というの気になりますし……」

「…………」

 

 マジか……。大丈夫かな。中学の時のクラスメイトは「ヤバイ、とにかくヤバイ」とか言ってたけど………。その「ヤバイ」が「楽し過ぎてヤバイ」なら良いんだが……嫌な予感しかしねぇんだよなぁ。

 

「………俺も一緒に行っても良いですかね」

「………鷹宮くんも、ですか……?」

「あー……俺も欲しい本があるんで」

 

 嘘です。俺は原作やアニメで満足するタイプの人なので、二次創作まで金払って読もうとは思わない。ただ、鷺沢さんが心配なだけだ。

 

「……良いですよ。私も、鷹宮くんと一緒に行くつもりでしたから」

「っ」

 

 ………それは、どういう意味なのだろうか。いや、深い意味はないんだろうけどさ。あークソっ、一々意識すんなよ俺。

 

「………鷹宮くん?」

「いえ、なんでもないです」

 

 とりあえず、うち帰ったら全力で夏コミについて調べなければ。

 

 ×××

 

 テストが返却された。相変わらずの真夏の中、俺の中の体温は急激に冷え込んだ。………これは、ヤバイ。中間良かったからって油断し過ぎた………!

 中間と期末の合計が60点いってない科目は再試だ。しかも、実施日は8月11日。

 

「……………」

 

 さぼろう。鷺沢さんとの夏コミの方が大事だ。

 俺はそう決意すると、返却されたテスト用紙を半分の半分の半分の半分の半分に折り畳み、ジャスタウェイの形をしたペンケースの中に入れた。よし、今日はデスノートの一巻を持ってホームセンターに行かないと。ボールペン以外で引き出しの底から開けようとすると引火する仕組みを実行する時が来た。

 学校が終わり、ロッカーの中の教科書を持って帰るために鞄に入れて帰宅した。幸い、ラノベやマンガ以外で金は使ってないので、あの仕組みを作れるほどの金はある。確か、引き出しを二重底にして、一番下の底に小さな穴を空けるんだったよな。後はガソリンとビニール、だっけ?ボールペンの芯以外で開ければ静電気で引火するような仕組みを作るんだ。まぁ、詳細は1巻に書いてあるし、大丈夫だろう。

 そんな事を考えながら、自宅に到着。すると、玄関の前で誰かが座り込んでるのが見えた。誰かがっつーか、鷺沢さんだった。

 

「って、鷺沢さん⁉︎何してるんですか⁉︎」

「………あっ、鷹宮くん。こん、にちは………」

「いや、こんにちはじゃなくて……!げっ、汗止まってるし!」

「……少し、お話が……ありまして………」

「いやお話後でいいですから!」

 

 俺は玄関の鍵を開けて、鷺沢さんに肩を貸すと部屋の中に入った。速攻でクーラーをつけると、鷺沢さんにポカリを渡した。それを鷺沢さんは一口で飲み干した。

 

「んっ……ごくっ……ふぅ……。生き返りました………」

「………ふぅ」

 

 良かった、復帰したみたいだ。けど、その……なんだ。目のやり場に困るな………。汗ばんでてブラジャー透けてて……いや、悪くないけど、ここで黙ってるか言うかで人としてが別れるよね。

 

「………鷺沢さん」

「……? なんですか……?」

「その……風呂貸すから、シャワー浴びた方が………」

「………?」

「ほ、ほら、汗すごいですし。バスルームあそこなんで」

「…………あ、そうですね。分かりました」

「………ふぅ」

 

 鷺沢さんは俺の指差す先のバスルームに入った。俺は何となくホッとしつつ、タンスを開けた。もう一度、汗だくの服を着せるわけにはいかないので、替えのジャージを出した。

 シャワーの流れる音が聞こえたので、俺は洗面所に入ってジャージとバスタオルを揃えて置くと共に、鷺沢さんの服を回収した。………薄いピンク色の下着は見なかったことにしよう。

 鷺沢さんの服をハンガーに干して、窓際にぶら下げると、リセッシュを二発ぶっ放した。何時に帰るか知らんけど、これで大丈夫だろう。

 続いて、冷蔵庫を開けて氷をコップの中に入れ、麦茶を注いだ。ちゃぶ台を出して上に乗せると、皿を出してポテチ、ポッキー、カール(買いだめしといた)を盛り付け、ちゃぶ台の下に「人をダメにするクッション」と普通の座布団を設置。

 最後にテレビをつけてプレ4の中に「涼宮ハルヒの消失」をセットした。これぞ「鷺沢フォーメーション」である。梅雨だった季節に、万が一、雨に降られた鷺沢さんがうちに来た時に備えて、想定しておいた。なにやってンだよだから俺は。

 すると、鷺沢さんが洗面所から顔を出した。何故か顔が赤い。

 

「………あ、鷺沢さん……」

「…………」

 

 鷺沢さんは何故か不機嫌そうな顔で俺を睨んでいる。え、俺なんかした?むしろ、家主としては完璧だったと思うんだけど………。

 内心、だらだらと汗をかいて焦ってると、鷺沢さんはボソリと呟いた。

 

「…………えっち」

「えっ⁉︎な、なんで⁉︎」

 

 ちょっと罵り方可愛い!いやそうじゃなくて!

 

「………私の服、返して下さい」

「…………?……あっ」

 

 そういう事か!ジャージ置いてくって言い忘れた!

 

「いや、違います!そんなセクハラ紛いな悪戯じゃなくて……!俺のジャージ置いておいたから、着て欲しかったんですけど………。ほら、汗で濡れた服着てたら風邪引いちゃいますし……」

「…あっ、そういう……!す、すみません!早とちりで……!」

「い、いえ、俺も言葉足りなかったですし……」

 

 もしかして、ジャージ置いてある場所わかんなかったのかな。俺は立ち上がって洗面所に向かって歩いた。

 

「あ、ジャージなら洗濯機の上に……」

「……ふえっ?…あっ、ま、待って!来ないで‼︎」

「…………えっ」←痛く傷ついた。

「………あ、あのっ……今、裸なの、で………」

「あっ………良かった……」←ホッとした。

「……な、何も良くありません!」

「え?あ、いや違くて。嫌われたのかと……や、風邪引くから先着替えて下さい」

「………そ、そうですね……。スミマセン」

「い、いえ……俺の方こそ、堂々と裸見ようとしてしまいましたし……」

「……み、見たんですか⁉︎」

「いや違います!いいから着替えてください!」

「…………あとでどういう意味か聞きますからね」

 

 ああ……畜生、なんだこれ。なんでこんな恥ずかしい目に……。それにしても、さっきの「来ないで‼︎」は応えたぜ………。軽く死のうかと思いました。

 ………しかし、よく考えたら惜しいことしたかもしれない。あれ、あのまま進んでたらすごいものが見えたかもしれないのに。

 軽く後悔してると、鷺沢さんの着替えが終わり、ようやく洗面所から出て来た。

 

「………鷹宮くん、もしかしてシャワー浴びてるところ覗こうとしたんですか?」

「……や、違います。さっきのはそういう意味じゃ……!」

 

 反論しようとした直後、すごいのが出て来た。袖の辺りはブカブカの癖に、胸だけ閉まらなくて、すごい押し寄せられたはち切れんばかりの鷺沢さんのジャージ姿。何それ超エロい。

 

「……………」

「……鷹宮くん?」

 

 ………でかいでかいとは思ってたが……まさかあんなもんを隠して持っていたとは……。最早、兵器だよあれは。

 

「………鷹宮くん?聞いてますか?」

「はっ!」

「っ?」

 

 だ、ダメだダメだ!鷺沢さんの純粋な目を見ろ!身体はどすけべでも中身は小学生並みに純真な人なんだぞ!そんな子を性的な目で見るな!

 俺は壁の前に立つと、思いっきり頭を打ち付けた。

 

「っ⁉︎ た、鷹宮くん⁉︎何してるんですか⁉︎」

「………大丈夫です。煩悩を打ち消しました」

「……も、もう……!たまによく分からないんですから!少し待ってて下さい」

 

 鷺沢さんは立ち上がって、何処からか湿布を持って来た。俺を座らせて、俺の前で膝立ちになると「動かないでくださいね……」と前置いてから俺のおでこに湿布を貼った。ありがたいけど、目の前で巨乳がふるふると震えてっから。そっちが動かないで。

 ひやっとおデコに湿布を貼ってもらい、鷺沢さんは膝立ちをやめて俺の前に座ったまま、両頬に手を当てて微笑んだ。

 

「………よし、これで大丈夫です」

「っ………」

「………もう、お世話を焼かさないでください」

 

 頭を撫でながら言われ、なんか気恥ずかしくなった俺は小声で呟いた。

 

「………鷺沢さんにだけは言われたくないし」

「っ! それどういう意味ですかっ?」

「………いえ、なんでもないです」

「……なんでもなくないです!」

「…………いえ、速水さんともう一人に『保護者』とか言われちゃう鷺沢さんには言われたくないと思いまして」

「……カッコつけて雨の中、バイクで帰って風邪引いてた人に言われたくないですっ」

「別にカッコつけてねぇし!」

「……カッコつけてました!」

「…………」

「…………」

 

 睨み合うこと数秒、なんかいい歳してバカバカしくなった俺は「ふはっ」と微笑んだ。鷺沢さんも同じだったのか、クスッと微笑んだ。

 

「………お互い様ってことですね」

「そうですね」

 

 それより、要件を聞こうか。

 

「それで、何の用だったんですか?」

「………いえ、夏コミについて聞きたくて……。私の部屋にはパソコンがありませんから、鷹宮くんの部屋で一緒に調べたいと思ったんです」

「わかりました。じゃ、パソコン用意するんで待ってて下さい」

「………あの、鷹宮くん」

「? なんですか?」

「……あれ、学校の鞄、ですよね?さっき持ってましたから……」

「あ、はい。そうですけど」

「………教科書とか入ってるんですか?」

「入ってますよ」

「……現代文も?」

「はい」

「………見せてもらっても良いですか?」

「いいですよ」

 

 ふむ、流石と表現していいののかは分からないが、やっぱラノベ以外にも興味あるんだな。鷺沢さんは俺の鞄のチャックを開けた。

 

「………学校専用の鞄とか懐かしいです……」

 

 ………あれ?なんか忘れてるような……。今日、確か鞄の中に隠さなきゃならないものが………。

 

「……えっ、と……現代文の………」

 

 今日って学校何しに行ったんだっけ……。授業はなくて、一斉にテスト用紙を返す日の………。

 

「………あ、これか」

 

 テストを、返す日………?確か、テストはアフターウォーの如くひさんな世界で………。

 

「……? 鷹宮くん、これなんですか?」

 

 ジャスタウェイの、ペンケースの中………‼︎

 声をかけられた直後、俺は横を見た。ジャスタウェイは、鷺沢さんの手の中に………!

 

「そいつに触れるな!爆発するぞ‼︎」

「へっ⁉︎ば、爆発⁉︎」

 

 これで鷺沢さんは本当に手を離すんだから可愛い。まぁ、本当にその場で手を離しやがったもんだから、ジャスタウェイは床に落ち、頭が取れて中身を全部ぶちまけた。つまり、俺の悲惨なテスト全部。

 

「…………これは?」

 

 鷺沢さんはめちゃくちゃ折られた紙を開いた。俺はその場で倒れこんで、狸寝入りを決め込んだ。

 

「……………」

「……………」

 

 ………嫌に静かだな。何が起こっている……?

 鷺沢さんを確認しようと薄眼を開けると、目の前に鷺沢さんの顔があった。

 

「っ⁉︎」

「………起きましたね。ていうか、起きてましたね」

「………はい。起きてました」

 

 ち、近いよ……。頼むから異性としての意識をもう少し待ってくれ……。いや、そんな場合じゃないな。鷺沢さん、すごい不機嫌そうな顔で俺を睨んでるもん。

 

「………鷹宮くん」

「は、はいっ」

「……正座しなさい」

「…………はい」

 

 正座する俺の前に並べられるテスト用紙。俺はそれを眺めた。

 現代文:96点 古典:7点

 数学Ⅱ:4点 数学B:9点

 生物:8点 化学:2点

 日本史:5点 世界史9点

 英語(W):91点 英語(R):93点

 保健体育:6点

 

「…………なんですか?この点数」

「……………」

 

 黙って目を逸らした。

 

「……黙ってないで答えて下さい。この点数はなんですか?と聞いてるんです」

「………油断しただけなんです。中間テストがまぁまぁ良かったから……」

「…そんなの言い訳になりません」

「………はい。すみません」

 

 俺が頭を下げると、鷺沢さんは大きくため息をついた。

 

「………この点数だと、再試ありますよね」

「……いえ、ないです」

「…ありますよね?」

「…………あります」

「……いつですか?」

「……8月15日です」

「……いつですか?」

「……………8月11日です」

「……………」

 

 なんでこの人は俺の嘘を簡単に看破できるんだろうか……。どこまで俺のこと詳しいんだよ。

 

「……鷹宮さん。再試科目は一桁の奴、全部で間違いないですか?」

「いえ、中間期末の合計60点以上ならセーフなので古典だけです」

「………分かりました。私が面倒見ます」

「………はっ?」

「……再試までに、私が古典を教えてあげます。それで合格してスッキリしたら、残り2日の夏コミに行きましょう?」

「……………」

 

 良い人だなぁ、この人は本当に。なんでこんなに良い人なんだろうか。普通、こんな風に面倒見てくれる人はいない。出会ったばかりなら尚更だ。あ、いやもう一ヶ月近く経ってるから、出会ったばかりではないけど。

 

「………わかりました」

「……では、早速今日からやりましょう」

「えっ?き、今日から……?」

「……はい。再試まで、1日も無駄に出来ませんから」

 

 ………あ、なんか嫌な予感がする。こう、スパルタ的な……。悪意がない分、余計に怖い。俺は引きつった笑みを浮かべながら、静かに覚悟を決めた。

 

 


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