鷺沢さんがオタク化したのは俺の所為じゃない。   作:バナハロ

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嫁には勝てない。

 文香が一般男性と結婚する、というニュースが出た時は、それなりに騒がれたものだ。

 何せ、シンデレラガールだった346事務所の看板娘で、ドラマやバラエティでも普通に顔を出している美女が、芸能人やらプロのアスリートではなく、自分の事務所の事務員と結婚を発表したのだから。

 でも、文香はそれらのインタビューを全て顔色ひとつ変えず切り抜けて来ていた。付き合いたての頃ならヤバかっただろうなぁ。

 プロポーズは俺からだった。でも公式のプロポーズは文香から。分かりにくい? ごめんね。

 結婚の約束をしたのは大学生の時だったのよ。その時がほとんどプロポーズだったからね。文香の海外ロケに行ってしまった時、外国人のノリが良さそうな歌手と共演し、肩組んだ写真を送ってきた時、独占欲が爆発した。

 当時の事を、回想シーンにてお届けしましょう。はい、ほわんほわんほわわ〜ん……。

 

 ──ー

 ──

 ー

 

「……良かったぁ、向こうでも一応、楽しそうにやってんだな」

 

 そう何かに言い訳するように出た独り言は、明らかに嘘が含まれている。付き合って、もう4年。何度もデートに行って、旅行にも行って、お互いの両親にも会いに行って、恋人特有の事もして、噛んで匂いを嗅いで、あらゆる事をしているのに、こういう写真を見ると今でも胸を締め付けられる。

 取られる、なんて思っちゃいない。文香が浮気する、なんてことも思っちゃいない。この写真自体が浮気だ、なんても思っちゃいない。

 でも、面白くない。気が付けば、電話を掛けていた。もうこのモヤモヤを払拭するには、方法は一つしかない。プロポーズだ……! 

 

「もしもし、文香?」

『……あ、千秋くんですかっ?』

 

 ……っ、う、嬉しそうな声出したってダメだぞ。俺の不機嫌さはもう治らないんだからなっ。

 

「あの、大事な話があんだけど……今、平気?」

『……はい。ちょうど、今お手洗い休憩ですので……』

 

 直後、バシャアァァッッと音がする。

 

「もしかして、大きいのしてた? タイミング悪かった?」

『……いえ、小さい方ですので。それに、もう終わりましたし。……それで、どうしました? ま、まさか……浮気の報告ではありませんよね……?』

 

 やべ、今殺してやろうかと思っちゃったよ。でも抑えろ、俺。とりあえず、プロポーズしないと。他の男にされる前に……! 

 

「あ、あのさ……」

『は、はい……?』

「……」

 

 あれ? プロポーズって電話でして良いものなの? 絶対ダメじゃね? なんか……先走って一生後悔しそうになってない? 

 

「……」

『……あの、千秋くん?』

「ごめん、やっぱ帰ってからで」

『なんで⁉︎』

「や、大事なことだから。うん、じゃね」

『ちょっ、千秋くん……!』

 

 身勝手に電話を切ってしまった。

 

 〜三週間後〜

 

 空港にて、俺は車を走らせて来た。と言っても、スタッフと一緒だろうさ、あんまり開けっ広げに会うわけにはいかない。文香自身が、あんまり「彼氏とどんな感じなの?」みたいな話をするのは好きではないらしい。俺の自慢話はよくしてるらしいが。

 そんな話はさておき、空港のとある喫茶店で待機している。しばらくお茶を飲んでると、見覚えのあるヘアバンドが目に入った。

 同じタイミングで向こうも俺に気付いたようで、ガッツリと目が合う。

 

「あっ……ち、千秋くん……!」

「おう。久しぶり」

「ふふ……そんな感じしませんね。毎日、電話していましたし」

「ああ、そうね……」

 

 あれ以来、文香から毎日電話がかかってきた。「この前の話はなんだったんですかっ?」的な電話が。

 ちょうど、お茶を飲み終えた俺は、席をたつ。別にここで文香と何かしたいとか、そういうんじゃなかったからね。

 

「行こうか」

「あ……は、はい……」

「荷物持つよ」

「ありがとうございます」

 

 文香から荷物を預かり、そのまま空港内を歩き、駐車場に向かう。

 

「それで……この前の大事な話とは?」

「もう少し待ってて」

「むぅ……そろそろ話して下さいよ……気になって仕方ないんですから」

「他に好きな子出来たとか……」

「そうなんですかっ⁉︎」

「そういうんじゃないからって言おうとしたんだけどやめてやめてその涙目ほんとやめて」

 

 早とちりで泣かないでもらいたい。……まぁ逆の立場なら俺も泣いていたかもしんないけどさ。

 

「どうだった? イギリス」

「あ……は、はい。とても良い刺激をたくさんもらいましたよ。特に……美術館巡りや博物館は、本で見た以上の知識を吸収出来て、とても心地良かったです」

「心地良かったのか……」

「……今度は、千秋くんも一緒に行きましょうね? ……あ、そういえばト○イクの点数はどうでした?」

「ん、700……いくつだっけ。忘れた」

「すごいですね。……では、現地ではよろしくお願いしますね?」

「良いよ」

 

 英語だけは得意なのよ。なんかすんなり頭に入ってくる。

 そのまま二人で話しながら、駐車場に到着する。年齢を重ねるごとに、俺も男として出来ることが増えて行ったから、ようやく男女の役割逆転劇は訪れなくなって来ていた。

 車を発進させながら、文香に聞いた。

 

「文香、疲れてるとこ悪いんだけど……ちょっと寄り道して良い?」

「良いですよ?」

「……さんきゅ」

 

 ……あんま緊張してないな、俺。少しは度胸がついたってことか。大学生でプロポーズなんて気取り過ぎかもだけど……でも、まぁ冷静に考えた結果「結婚の約束をしよう」だから。おかしなことはない。

 指輪も高いの買えないから、練習用にウルトラリングにしたし。

 到着した場所は、空港付近の海沿い。薄暗い夜道と街灯が光り輝き、抜群の景色を生み出している。

 

「わぁ……! き、綺麗ですね……千秋くん……!」

「ああ。想像以上だ。ここなら、良いかもな」

「? 何がですか……?」

「手、出して」

「は、はい……」

 

 そう言って手を差し出した文香の指に、俺はウルトラリングを嵌めた。一応、ウルトラマンエースの主人公は序盤、男女二人だから、そういう意味合いもあるのよ。レオリングにしなかったのはそういう狙いがあっての事。

 

「まだ……大学生で、本当に婚姻届とか用意は出来ないけど……でも、俺は将来、必ず君を幸せにする」

「へ……?」

「結婚、してぇ下さい……」

「っ……」

「……」

 

 ……噛んだ。変なイントネーションになった……。もう何度も練習してきたのに……。なんで、俺は大事な時にいつもこう……こんなんじゃ、文香に笑われ……と、思って、チラリと文香の顔を見上げると、つうっ……と、水滴が頬を伝って流れ落ちるのが見えた。

 

「っ、ふ、文香⁉︎ どうした? 玉ねぎ切っちゃった?」

「っ、ち、違います……この状況で、どう切ったんですか、玉ねぎを……」

「じゃあ……欠伸? もしかして、俺今ウケ狙いでクソつまんないことしたと思われ」

「黙ってて下さい」

 

 ……あ、はい。黙ります……。涙を流し続ける文香に、とりあえず黙ってハンカチを差し出した。

 それを受け取った文香は、涙を拭きながら、自身の指を手で覆う。そして、指輪を強調するように摘んだ。

 夜景が綺麗でも、薄暗く文香の表情は見えづらい。そんな中、まるでタイミングを見計らったのように、雲に隠れていた月が顔を出し、スポットライトとなって文香を照らし出した。

 

「……はい。喜んでお受けいたします……」

「……」

 

 月光を浴びた文香の、涙を流したまま浮かべた笑みは、俺の決断が間違っていなかったことを指し示していた……。

 

 ー

 ──

 ──ー

 

 なんて事があった。噛んだのはほんとに死にたくなったし、自分の迂闊さを後悔した。それに、あのプロポーズに意味があったのかはわからない。だってほら、結局本番が控えていたわけだし。

 でも、やって良かったと思う。あの後の文香は、死ぬほど嬉しそうに号泣して、そのまま俺にキスをした。

 しばらく夜景をバックに新婚さんみたいなことをした俺達だが、途中で文香の奴、フヒッと思い出し笑いをした。何かと思ったら、俺が噛んだの今更になっていじってきたのだ。

 まぁその後は笑いながら帰宅した。その日、シャワーを浴びる時以外、文香はずっとウルトラリングを指に嵌めていた。

 で、俺が大学卒業してすぐくらいだ。

 

 ──ー

 ──

 ー

 

「え、俺事務員なんですけど?」

「仕事の経験だけで言えば事務員じゃないでしょ。知らない仲でも無いし、ありすの事頼むよ」

 

 ……マジか。いや、まぁ確かにそうだけども。文香とコソコソ付き合った、という意味では信用が無いが、逆に他のアイドルには手を出さないだろうし、何より仕事に対する真剣さと経験だけはある、というな微妙な買われ方をし、ありすの担当になった。

 まぁ、別に嫌ではない。他の知らない子ならちょっとそれはってなるけど、なんだかんだ長い付き合いの橘さんなら、全然オッケーよ。

 

「よろしくお願いします。千秋さん」

「あ、うん。よろしく」

 

 そんなわけで、とりあえず今日は結成記念だ。飯でも食いに行くか。

 

「何食いたい? 奢るよ」

「良いんですか?」

「ああ。……あ、その前に文香に連絡取らないと」

「そうですね」

 

 それだけ話して、文香に電話を掛けた。ノーコールで応答した。今日は文香、オフだからね。

 

『……もしもし?』

「あ、文香? 今日悪いんだけど、飯いらない」

『あら、そうですか。飲みですか?』

「いや、なんか事務じゃなくてプロデュースする人、みたいになっちゃってさ」

『……それって、アイドルの?』

「そう」

 

 あ、少し驚いてる。だろうね。俺も驚いてるし。

 

『……誰の、ですか?』

「ん? 橘さ……」

「ありすです」

「え?」

『え?』

 

 なんだ急に? てか、下の名前で呼ばれるの嫌なんじゃないの? 

 

「千秋さんには、非常にお世話になっていますし、もう長い付き合いですから。私も、いつまでも子供ではいられませんし」

「あそう。じゃあ、ありすと。で、せっかくだから飯食いに行こうぜってなったの」

『……そうですか。分かりました。遅くならないうちに帰ってきて下さいね?』

「はいよ」

 

 それだけ話して電話を切り、二人で飯に行った。

 

 〜一週間後〜

 

 俺と文香は、銀座に来ていた。それも、高層ビルにあるイタリアン料理の店だ。夜景が綺麗で料理も美味い。問題は、クソ高いという事。

 店に合わせて、俺も文香もオシャレしてきた。普段、文香の私服は地味なものを選ぶ傾向があったのだが、こういう時はちゃんとしていた。

 具体的に言うと、ブルーグレーのバックプリーツドレスでのクロスベルト付きのもの。胸の下でリボンを結んであるようなデザインのそれは、ボディラインをしっかりと表立て、文香の胸元をしっかり強調している。綺麗だ。

 

「ふぅ、美味かったけど……良いの? 今更、就職祝いなんて……」

「……勿論です。正直、出会って間もない高校生の時に成績を見た時は『この子、生きていけるのかな?』と不安になりましたから」

 

 すみませんね……。めちゃくちゃ高そうなお店、奢りだなんて。

 

「それに、別に就職祝いではありませんから」

「え?」

 

 違うの……? と、顔を顰めた直後、俺の両手を包み込むように文香は両手を重ねる。

 

「……二年前にいただいたプロポーズの返事……本日、正式にお答えしますね?」

「え?」

「……私も、あなたを幸せにします。ですから、今後ともよろしくお願いします」

 

 言いながら手を離されると、俺の左手薬指には、いつの間にか銀色の指輪が嵌められていた。

 今更になって「あ、これ逆プロポーズか」と頭が理解する。プロポーズは確かに二年前に、受けてもらえた。

 でも改めて、こうして正面からプロポーズをされる側になると、胸にハートがついた矢でも刺さったように、心臓が高鳴る。

 それと同時に、爆発的な嬉しさが込み上げられてくる。それを頭で理解した時だ。目頭が熱くなり、目尻から熱湯のような温度の水滴が流れ落ちた。

 その後、文香が俺にハンカチを差し出す。

 

「ふふ……どうしました? 玉ねぎでも切りました?」

「……うっせ。お前も出てんぞ」

「私のは涙です」

「俺もだよ……」

 

 二人して、そのまましばらく涙を流し続けた。

 

 ー

 ──

 ──ー

 

 ……なんて事があったっけ。文香はプロポーズの言葉を一切、噛まずに言い切っていたっけ。そういうとこ、やっぱ俺じゃ敵わないよな、こいつには……。

 呟きながら、俺の膝の上で目を閉じている文香の頭を撫でる。

 ちなみにあの後、文香は家に着くなり俺の目の前でドレスを脱ぎ、うっすいネグリジェを解放した。

 その結果、さらに俺のもう片方の膝の上で寝息を立てている香奈美が生まれた。

 

「ふぅ……」

 

 現在、三人で映画を見ていたのだが、二人とも眠りこけて膝の上に落ちて来た。

 俺が親父をちゃんとやれてんのか、たまに分からなくなる事もある。

 でも、まぁこの二人がここまで幸せそうに眠れてんなら、少なくとも幸せにはしてやれてる。そう思いながら、とりあえず尿意を我慢し続けた。

 

 


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