七時、俺は言われるがままマンションに来た。さっきまでバカみたいに舞い上がってて気にならなかったけど何の用だ?こんな時間から、しかも鷺沢さんの家でって……なんつーか、どんなに現実的な思考をしてもラブコメ展開しか思いつかない。
いや、もっと現実的に考えろ。現実はもっとネガティブだ。例えば、そうだな。今度は私から本を紹介します、的な?うん、それだ。間違いない。
鷺沢さん家の部屋番号を押してインターホンを鳴らすと「は、はい」と声がした。
「鷹宮ですけど」
『……す、少し待って下さい。今、開けますから……!』
「あ、はい」
なんか慌ててんな。ウィンッと自動ドアが開き、マンションに入った。鷺沢さんの部屋の前まで移動し、インターホンを押した。
数秒後、玄関がカチャッと控えめな音を立てて開いた。そこから顔を出す鷺沢さん。いつもと違って、髪を後ろで束ねた髪型だった。
「あ、どうも」
「………あの、笑いま、せんか……?」
「? 何をですか?」
「…………わ、笑いませんか?」
や、だから何がだよ。顔を赤らめながら懇願するように下から覗き込んで来る鷺沢さん。まぁ、俺は鷺沢さんを見てニヤつくことはあっても笑う事はない。
「笑いませんよ」
「……ほんとですか?」
「ほんとです」
「………ほんとのほんとに?」
「ほんとのほんとのほんとです」
すると、鷺沢さんは覚悟を決めたように息を吐いてから玄関から姿を現した。
直後、俺は思わず目を見開いた。が、これは誰でもそうなるだろう。何故なら、目の前の鷺沢さんは浴衣姿だったからだ。
「………………」
見惚れてしまった。気が付けば、ボーッと鷺沢さんを眺めていた。薄い水色の浴衣、髪を後ろに纏めていたのはこのためか。スタイルの良さを強調したような着方といい、薄っすらと赤く染めた頬といい、なんつーのかな。もう、エロ
「っ……。た、鷹宮さん………」
「っ!あっ、ご、ごめんなさい……」
「……い、いえ………」
ジロジロ見過ぎていた所為か、鷺沢さんは元々赤い頬をさらに紅く染め上げて、斜め下を向いた。
あー、えっと……なんだ。なんだこの感じ。とりあえず、何か言った方が良いよな。………でも、なんだ。なんて褒めれば良いんだ?エロ可愛綺麗なんて言ったら、罠カード「緊急脱出装置」で帰還させられるよな………。
考えろ、現代文得意だろ俺!こういう時に言葉を浮かばせろよ!や、でも可愛いとか言ったら「え?何こいつ、ナンパしてんの?死ね」とか思われるかもしれないし………!
「…………」
ダメだ!何も浮かばねぇ!………そうだ、アニメだ。アニメのキャラなら上手い事言えるだろ。発言を抜粋するのも良し、例えるのも良し、とにかく褒めろ!
「………たっ」
「………た?」
「………多摩の夏限定浴衣グラより似合ってて可愛いです……」
………いや、ダメだろ。俺の中では、多摩の浴衣は艦これの浴衣グラの中で一番似合っていた感じだったから、これ以上ない程の褒め言葉だけど、表現的にはこれ以上ないくらいの最低な言葉になってしまった。
鷺沢さんはしばらくキョトンとした後、ムッとした表情になった。その後、しばらくそのままになった後に、「まぁ、仕方ないか。鷹宮だし」みたいな顔になって、ため息をついた。
「………褒めるならもう少し普通に褒めてください」
「………すみません」
「……次からは、ちゃんと褒めてくださいね」
「は、はい。………えっ?」
次があるのか?………いや、明日の夏コミか。明日の私服は気合い入れて来るのか?よし、なら褒めよう。
それよりも本題に入りたい。そもそも、なんでその格好してんの?
「……てか、なんで俺呼ばれたんですか?」
「………見てわかりませんか?」
「………お祭り?」
「……はい。知らないんですか?近くの中央公園でやってるんです」
「へぇ、知らなかったです」
去年の夏休みは家から出る事がほとんどなかったし、出ても同じとこしか行かないから、祭がやりそうな雰囲気を察することも出来なかった。
「へぇ、そんなのあったんですね」
「………それを、一緒に行きたくて……」
「分かりました。でも、なんで急に……。行きたいなら、前から言ってくれれば……」
「……いえ、その……本来なら夏コミに行く予定だったじゃないですか。……だけど、再試でダメになっちゃったから、それで……」
「………すいません、ダメ人間で」
「……い、いえっ!そういうことじゃなくてですねっ⁉︎その、だから………」
鷺沢さんはそこで言葉を切ると、鷺沢さんは照れたように微笑みながら言った。
「……夏コミ1日目の代わり、ということにしませんか?」
「…………」
この人は………。母親の才能があるな………。自業自得で潰れた予定の代わりを用意してくれるとか、本当に神様かよ。
こんなもん、答えは決まっている。
「………はい。ありがとうございます」
「……では、行きましょうか」
鷺沢さんは部屋から出ると、玄関の鍵を閉めて、俺とエレベーターに乗った。
一回に到着し、俺はエレベーターの「ひらく」のボタンを押した。
「どーぞ」
「………あ、す、すみません……」
エレベーターを降りようとする鷺沢さん。が、なんかいつもより歩くのが遅い。エレベーターを降りるのでさえ、少し時間が掛かっていた。
「………大丈夫ですか?」
「………は、はい。すみません、ちょっと歩きにくくて……」
………あー、浴衣って歩きにくいのか。まぁ、確かに脚の可動範囲狭そうだもんなぁ。おまけに下駄だし。
鷺沢さんが降りたのを確認すると、俺もエレベーターから降りた。鷺沢さんが歩くのに合わせて俺も隣を歩いてると、鷺沢さんが「あのっ……」と声をかけて来た。
「?」
「……腕を、貸してもらっても良いですか?」
「腕?」
「………は、はい」
腕を貸す………?……あっ、つまり腕を組むって事か。え、マジ?別に良いけど、周りに恋人同士に見られるんじゃ………。
「……いいですけど、いいんですか?」
「……? 私からお願いしたんですよ……?」
や、そういうことじゃなくてだな……。鷺沢さんは俺と違って友達いるんだし、風評被害に遭ったら大変だろうに。日本の学生(特にリア充)は「祭」の付くものが大好きだから、周りに見つかってもおかしくないんだが………。あ、もしかしてこの辺に住んでるけど、通ってる大学は別に近くにあるわけじゃないのか?それなら大丈夫か。
「……どうぞ」
俺は左腕を体から若干浮かせた。鷺沢さんはそっと、後ろから手を絡みつかせて来た。
「ッ」
おい、マジかよ。腕組んだだけなのにオッパイが腕に当たってるんだけど。この人の胸大き過ぎない?
「……行きましょうか」
鷺沢さんは俺の腕を引いて、歩き出した。この野郎は人の気も知らないで本当に………。いや、ここは喜ぶべきだろう。俺はグッと堪えて、鷺沢さんと歩き始めた。
マンションを出て、お祭りの会場に向かう。言われてみれば、確かに中央公園に近付く度に浴衣姿の人が増えている。本当に祭なんてあったんだな。
「………去年は鷺沢さんは行ったんですか?祭」
「……いえ、去年はずっと本屋にいましたから……」
「……お互い、暗い学生生活送ってますね」
「………鷹宮くんはお祭りとか行かないんですか?」
「最後に行ったのは小学生の時、ですね。………屋台のたこ焼き食ってお腹壊して以来です」
「……そ、そうですか。今日は大丈夫ですよ。……多分」
そんな話をしながら、祭の会場に到着した。すると、鷺沢さんは俺と並んで歩く、というより俺の背中に隠れるように、斜め後ろになった。
「………鷺沢さん?」
「………す、すみません……。あまり、他の人に見られたくなくて……」
ああ、やっぱ恋人には見られたくないのか。まぁ普通はそうだろうな。何か、顔の隠せるものが必要かな。
すると、まぁちょうど良い事に、お面が売ってる店を見つけた。毎回思うんだけど、祭によく売ってる狐のお面ってあれ何なんだろうな。どこ発祥なの?
「鷺沢さん、ちょっと良いですか?」
「……何か、買うんですか?」
「はい」
お面の店に向かうと、俺はおっさんに声をかけた。
「すいません」
「おお、いらっしゃい」
「あの仮面○イダーのお面一つ」
「800円な」
うわ高っ。引くわ。まぁ、背に腹は変えられんか。お面を購入し、その場から離れた。
「………お面、ですか?」
後ろから俺の横を通って俺の顔を覗き込んでくる鷺沢さんの顔の上に、俺はお面を置いた。
「んっ」
「………?」
「顔、見られたくない、んですよね……?」
「……………」
………なんか恥ずかしくなって、俺は目を逸らした。何キザなことやってんだ俺………。
チラッと鷺沢さんの顔を見ると、お面の目の穴から見える鷺沢さんの目が、少し微笑んでるように見えた。
「……ありがとうございます」
鷺沢さんはお面を手に取り、頭に装着した。
「……どうですか?」
「………似合ってないです」
「……酷いですっ」
「似合ってるって言った方が酷いでしょ」
「………それもそうですね」
鷺沢さんは納得したようにお面を右斜め上に被るように着け直した。で、巾着袋から財布を取り出した。
「………あ、いくらでした?」
「え?あ、いやいいですよ別に。俺が勝手に買ったもんですし」
「……でも、私からお誘いしたんですし」
「いいですから。俺、どうせラノベ以外であんま趣味ないから金とか困ってませんし」
「………そうですか?それじゃあ」
財布を巾着袋に戻す鷺沢さん。
二人で祭を見回った。しかし、割とデカイ祭りだなぁ。よく去年気付かなかったな俺。満員電車のように人でいっぱいの中央公園を見て、つくづく思うわ。
でもなぁ……その、困った事に俺は祭での楽しみ方を知らない。どうすれば良いんだろうなこれ。鷺沢さんにお面買ってあげた辺りは、割と悪くないと思うんだが……(恥ずかしかったけど)。
とにかく、何か提案してみるか。祭は食いもんだけじゃない、射的とか輪投げとかもあるんだ。
「……なんかやります?」
すごい酷い聞き方してしまった。
「………うーん、せっかく来たんですし、そうですね。射的でもやりませんか?」
「了解です。………あ、あそこにある」
射的の屋台を見つけた。幸い、あまり並んでいなかったのですぐに入れた。一人400円との事で、俺は千円札を財布から出した。
「すみません、二人分」
「おお、いらっしゃい」
「……えっ?い、いいですよ。私の分は私が……」
「おう、姉ちゃん。ここは男に花持たせてやんな」
えっ……いや、俺小銭なかったから後で払ってもらおうと思ってたんだけど………。
「………そうですか?」
「おう。男の甲斐性ってのはこれだけよ」
「………すみません、ありがとうございます。鷹宮くん」
「あ、いえ……全然」
ちょっ、こんなペースで金使ってたら滅びるんだけど。明日、夏コミだぞ。でも、おっさんに先に言われたら後で「すいません、さっきの400円……」なんて言えねえ。………まぁいいか。ここから先、全部奢るってわけじゃないし、何とかなる。
「………鷹宮くん」
「何ですか?」
「……勝負、しませんか?」
「…………は?」
「……勝った方が、1日なんでも言うこと聞く、というのはどうでしょうか?」
「………大覇星祭のどっかのビリビリ中学生ですか」
「……はい。ああいうの、やってみたくて……。………ダメ、ですか?」
「………いや、ダメじゃないけど」
「…なら、決まりです」
………あ、だめじゃん。「なんでも言うこと聞く」の中に100パーセント含まれるのは「奢り」だろ。下手したら、明日一日奢りとかいうふざけた事になっちまう………‼︎
「あ、あのっ、やっぱやめ」
「……じゃあ、スタートです」
俺の制止を無視して、鷺沢さんは開戦の狼煙と言わんばかりにライフルを構えた。
「……ヒューネラルブリットっ」
パシュッと引き金を引いた。けどね、鷺沢さん。弾を詰めないと弾は出ないんですよ。
「??」
不思議そうな顔をしてライフルを眺める鷺沢さんに、俺は声を掛けた。
「鷺沢さん、それまず先端に弾を詰めるんですよ。それからガチャッと横の棒を引くんです」
「……す、すみませんっ………」
台詞付きでミスったのが恥ずかしかったのか、鷺沢さんは顔を赤くしながら俺の説明通りに狙撃準備を済ませ、ライフルを構えた。
が、その構えもなんつーか……「君、射的やった事ないでしょ?」みたいな構えだった。これで俺が勝って何でも言うこと聞かせるのは流石に申し訳ないな……。
「鷺沢さん、少し良いですか?」
「?」
俺は後ろから鷺沢さんの両腕を掴んだ。ちゃんと身体には密着してないので、セクハラにはならないように注意しているので大丈夫。
「ここに手を添えて、ここのくぼみから先端のあの出っ張り?を覗き込むようにして、そこにターゲットが来るようにして……」
「……は、はい」
「あの、グ○コのキャラメルで良いですか?」
「……はい、大丈夫です」
「……よし、撃って」
「……ヒューネラルブリットっ……!」
あ、そこは変えないんだ。
ヒューネラルブリットは、見事にグ○コのキャラメルの箱の頭を捉え、後ろに倒した。
「おお、姉ちゃんやるねぇ!」
「………。あ、い、いえ。それほどでも」
オッさんが景品を拾って、鷺沢さんを褒めながら横に置いた。
「……す、すみません。ありがとうございます、鷹宮くん」
「いえ、全然」
返事をしながら、俺もライフルを構えて狙いを定めた。狙うは、景品の中でも特等といえるもの、3○SLL‼︎
狙撃した。俺の弾丸は吸い込まれるように3○SLLの箱に向かい、中央を捉えた。が、射的というのは当てれば良いと言うものではなかった。コンッ、とはじかれ、弾丸は落下した。
「……ロックオン・ストラトスとガンダムデュナメス、目標を狙い撃つッ……!」
一方、鷺沢さんはア○ロチョコの箱を狙撃した。あの、ていうかアニメの台詞一々、言うのやめてくれませんか。すごく恥ずかしいです。つーか、飲み込み早いなこの人。
って、やばい。これは負けられないんだった。俺も小物狙いに専念しよう。ライフルの銃口の先にあるのは、なんかよく分からない小さい置物。つーか何あれ、ゴリラ?
「………」
狙撃した直後、ゴリラのフィギュアを倒した。よっしゃ!いや、こんなもんいらんけど。
屋台のオッさんが落とした景品を俺と鷺沢さんの横に置いて行く。弾丸は合計五発、このままお互いに一つずつ落として行ったら勝ち目はない。
つーか、これ勝敗はなんなの?景品の数?質?数なら勝ち目はないけど、質なら勝ち目はある。
ライフルを構えて、俺はさっきの3○SLLに向けた。
「……ターゲット確認。これより、破壊する……‼︎」
あ、俺も台詞言っちゃったよ。俺はライフルの弾丸を撃ち尽くした。
全て、弾丸は3○SLLの箱に弾かれた。
「…………」
俺の手元に残ったのは、よく分からんゴリラの置物のみ。しかもなんだよこれ……絶対チョコエッグの中身だろ………。200円払ってこれかよ……。
「……ふぅ、終わりました。どうでした?鷹宮くん」
鷺沢さんも撃ち尽くしたようだ。鷺沢さんの手元には、グ○コとア○ロチョコしかなかった。
…………普通に小物狙いで勝てたじゃん……。
「………え、なんですかそれ?」
鷺沢さんは困惑の表情を浮かべていた。うん、俺も困惑してる。何なのかなゴリラ?
「………それだけ、ですか?」
「ぐはっ……!」
ヤベェ、スゲェ恥ずかしいぃ〜‼︎余裕ぶっこいて教えた結果がこれかよ………。笑えよ!笑ってくれよ!
「……と、いうことは私の勝ちですね♪」
嬉しそうに言うと鷺沢さんは俺の手を引いて、とりあえず屋台から離れた。
「………じゃあ明日一日、私の言う事を聞いて………どうしたんですか?」
顔を手で覆ってる俺に、鷺沢さんはキョトンと尋ねてきた。
「…………いや、恥ずかしくて……。余裕ぶっこいて教えた結果負けるとか………」
「……し、仕方ないですよ。そういうこともありますって……」
新たなトラウマの仲間入りだよこれ。いや、あんまトラウマとか過去にないけど。
まぁ、負けは負けだ。受け入れるしかない。
「………明日で良いんですか?言うこと聞くの」
「……はい。明日で」
明日、お金たくさん下ろさないとな……。額に手を当てて、鷺沢さんと次の店に向かった。
×××
その後も焼きそば、たこ焼き、あんず飴、かき氷と食べ歩き、型抜きにくじ、金魚掬いと遊び尽くした。「三日月落とし!」だの「金魚飛ばし」だの言う度にポイに穴開ける鷺沢さん可愛かったです。で、今は祭りの会場から道路を挟んで小さな公園を見つけたので、そこの自販機でジュースを買った。
「………ふぅ、祭りってこんな感じなのか」
「……少し、疲れましたね……」
「そうですね。休憩しましょうか」
「…はい。実は、もう少しで花火が始まるんですよ?」
「へぇ、ここから見えるんですか?」
「………花火って見えないところあるんですか?」
「………はっ?」
「……あんなに高く上がるのに……?」
「あー……まぁ、大丈夫でしょう」
移動するの面倒だったので、説明を破棄した。公園のベンチに腰を下ろし、飲み物を一口飲んだ。
「………ふぅ、初めてですよ。祭でこんな金使ったの」
「……たこ焼き食べてもお腹壊しませんでしたね」
「………やめてくださいよ」
「……ふふっ」
ゲンナリした表情を見せると、鷺沢さんは楽しそうに微笑んだ。一ヶ月前なら、「す、すみません……」とかすぐ謝ってきたのに、随分と反応が変わったなぁ。少しは仲良くなってる、と思っても良いのだろうか。
「………鷹宮くん」
「はい?」
「……今日は、楽しかったですか?」
「そうですね。久々にハメを外した感じです」
「………良かったです」
鷺沢さんはにっこりと微笑んだ。……ああ、そうか。俺、元はと言えば自分の所為で鷺沢さんとの夏コミの約束を潰しちまったんだ。鷺沢さんは、俺がその事を気にしないようにする為に、わざわざ今日誘ってくれたんだ。俺、気を使わせてばっかだな……。
「…………すみません」
「? 何が、ですか?」
「……俺がちゃんと勉強してれば、今日は夏コミに行けてたのに……。今日だって、鷺沢さんを心配させて……」
「…………」
「………次からは、マジで勉強頑張ります。ホント、すいませ」
「……えいっ」
鷺沢さんは俺の頬を抓った。
「っ?」
「……鷹宮くん。怒りますよ?」
「えっ………?」
「………確かに、夏コミには行けなくなりましたけど、私は別に気を使って鷹宮くんをお祭りに誘ったわけじゃありません」
「…………」
「………私が、鷹宮くんとお祭りに来たかったから、誘ったんです」
「………えっ?」
それって、どういう……。や、落ち着け。そのままの意味だ。深い意味はない。
「……確かに夏コミの代わり、とは言いましたけど……アレは、建前みたいな、もので………」
が、鷺沢さんは台詞を続けて行くにつれて顔を赤くしていった。あれ?これ、深い意味ないんだよね?
「っ、と、とにかく!鷹宮くんはそんな気を使わなくて良いんです!そもそも、私の方が年上なんですから……!」
何かを誤魔化すように勢いよくそう言うと、鷺沢さんは抓っていた手を離して、今度は俺の頭を撫でた。年上は関係無いだろ。
「………頭撫でないでください。子供じゃないんで」
「………ダメですっ。鷹宮くんはまだまだ子供です」
「…………」
や、そういうんじゃなくて。なんか恥ずかしいんだよ。客観的に自分を見ると、なんか姉に慰められてるみたいで。
「……このくらいで照れてるうちは、まだまだ子供です」
「………なんで心の中まで読んでんだよ……」
エスパーかよ。そう思って、チラッと鷺沢さんを見ると、俺の頭を撫でながらそっぽを向いていた。なんで人の頭撫でながらそっぽ向いてんの?俺の疑問は、すぐに解消された。
花火が上がり、ドォンッと宙で爆発した時、鷺沢さんの顔が真っ赤になってるのがはっきり見えた。
「………鷺沢さんも照れてるじゃないですか」
「……うっ、うるさいですっ。留年の癖にっ」
「り、留年じゃないし!中間は全教科51点以上だったからまだ俺のバトルフェイズは終了してないし!」
「……え?それでなんで古典は再試になったんですか?」
「中間51点で2点足らなかったんです」
「…………」
「な、なんですかそのバカを見る目は⁉︎」
「………だって、おバカじゃないですか」
「っ……。や、もういいです。俺はバカです」
「………はい。すごくおバカです」
「なんで嬉しそうに言うんですか………」
花火を見上げながら、俺も鷺沢さんも大人しくなった。そのまま、ぼんやりと花火を見上げた。
………花火ってうるせーな。つーか、ちょっと木に隠れて欠けてるじゃねえか………。や、まぁ元々花火見ようと思ってここに来たわけじゃないんだが。
「…………やくん」
「…………」
「………鷹宮くんっ!」
「は、はいっ?」
「……明日、楽しみですね」
「……そうですね」
明日は夏コミ、かぁ。結局、前調べとか一切してないけど大丈夫なのかなぁ。まぁ、なるようになるか。
俺と鷺沢さんはそのままぼんやりと花火を眺めていた。