夏コミが終わり、ようやく俺の夏休みの予定は全て消えた。いや、消えるの早過ぎるだろ、と思うかもしれないが、元々は俺に予定がある事自体が稀なのであり、ましてや女性と出掛けるなんて予定は、もはや奇跡と言っても過言ではない。
そんな予定がない俺なのだが、今月は欲しいものがたくさん売られるのだった。ラノベ、ジャンプコミック、あとこの前古本屋で見つけた「亜人」も買わなければならない。あとビルドファイターズを見てから、ガンプラも作りたくなって来ている。
それらを全て作ったり読んだりする時間のある夏休みなのに、それらを手にするための金がない。鷺沢さんと2日連続デートで金が消し飛んだのもあるが、そもそも足りない。早急に短期のバイトに応募する必要があった。
「…………」
で、バイト雑誌を漁って見ていた。とにかく、短期のバイトだ。
『引っ越しアシスタント』
『パチンコホールスタッフ』
『施術スタッフ』
『小中学校塾講師』
うん、無理。もっとこう、マンツーマン的な仕事じゃなくて、色んな人と最低限の会話のみで済む仕事が良い。余り人と話すのは得意じゃない俺でも、業務連絡的会話なら出来る。ゲームと一緒で会話の選択肢が決まってるからな。パチンコ屋?霧隠れの術並みに副流煙の広がってる場所でバイトするつもりはないです。……忍法・副流煙隠れの術か……。範囲内の敵を肺がんにするかもしれない忍法?殺すのに何年かかるんだよ。確実性もねぇし誰も使わねぇなこれ。
そんな意味のない事を考えながらバイト雑誌を捲ってると「急募」の文字が見えた。
『【搬入・軽作業】グラビア撮影』
論外。搬入・軽作業って何され……いや待てよ?急募って事は、少なくとも人手が足りないって事だよな?採用される可能性は高いし、何よりグラビア?芸能人?つまり、サイン貰えばどっかで売れるんじゃねぇの(ウルトラ短絡的思考)。
よし、応募しよう。この雑誌は今日から店頭に置かれてるものだし、ワンチャンあるな。俺はスマホを取り出し、載ってる電話番号を入力した。
×××
一応、面接があるそうで。俺は346事務所、だっけ?みたいな所に来ていた。
そこの客室でプロデューサーとかいう人と向かい合った。
「いやー、助かるよ。うちのスタッフの一人に突然行かないとか言われちゃってね」
「はぁ」
そんな無責任な奴がいるのか。いや、もしかしたら身内が危篤になって地元に帰らざるを得ない一人暮らし人の可能性もあるし、あまり非難するのは違うか。
「けど、大丈夫?外での作業になるから大変だよ?」
「大丈夫です。暑いのには慣れてるんで」
真夏のクーラーのない室内空間で、面、手拭い、小手、胴、胴垂れ、道着、袴のフル装備で声を張り上げて竹刀を振ってた奴にとって、その程度はどうって事ない。俺の場合、手が臭くなるの嫌だったから小手の下に薄い手袋付けてたし。
「そっか。当日についてはこの紙に書いてあるけど、一応今も説明しておくね。当日はうちの事務所の前に午前五時半集合、向こうに泊まりになるから、着替えとか持って来てね。なるべく動きやすい格好で。それと、熱中症対策も忘れないように」
ふむ、割としっかりしてるなぁ。特に体調面の事に関して。まぁ、向こうも芸能人を連れて行くわけだし、倒れられたりすると困るんだろう。
その後も、諸々の注意を軽く聞いて、ようやく話に終わりが見えて来た。
「………まぁ、そんな所かな。それと、分かってるとは思うけど、芸能人と一緒の空間に居られるからって、決して変な気は起こさないようにね」
「大丈夫です。相手にされないことは俺が一番わかってるんで」
「そ、そっか……。でも本当に気を付けてね。連絡先を交換したり、彼女達の部屋に入ったり、現地でお祭りやってるらしいんだけど、それに一緒に行くのもダメだからね」
「大丈夫ですよ。あり得ないです。もし、俺がそんな事をするようならうちにある、涼宮ハルヒの憂鬱のアニメ映画Blu-ray全部差し上げますよ」
「うん、今ので君に害が無いことはよく分かったよ。とにかく、当日よろしくね」
「はい」
「所でそのBlu-ray、劇場版だけ今度貸して欲しいんだけど」
「はい?」
その後、帰宅の時間は夕方になってしまった。
………つーかこれ、面接っつーよりただの諸注意と顔合わせだな。
×××
と、いうわけで、バイトをする事になった。まぁ、数日間の辛抱だ。乗り切れれば、莫大な金が手に入る(日給8千円)。今から宝くじが当たった気分だ。
当日の準備でもするか。何を持って行こうかな。とりあえず着替えだろ?パンツ、軍手、タオル、日焼け止め、飲み物は……支給されるんだっけ?あと涼宮ハルヒの消失、プレ4。なんか映画鑑賞会する事になっちゃったし。せっかくだから、他の映画も持って行こうかな。あ、でも他の映画は実家から持って来たコナンとかドラゴンボールとかになっちまうな。ま、いっか。
あ、そうだ。珍しく予定が出来たんだし、その間はラノベ貸せないって鷺沢さんに言わないと。
ポケットからスマホを取り出して電話を掛けた。1コール、2コール、3コール………7コール、アレ?出ないな。どうしたんだろ。
「……掛け直すか」
なんか忙しいんだろうな。なら後で良いか。最近、アプリをインストールしたL○NEで残しといても良いけど、もし忙しかったら、携帯鳴っただけでも向こうの邪魔をしてしまうかもしれない。後で言えば良いや。
さて、ゲームでもしよう。最近ようやく、リヴァマグナ短剣6本揃ったんだよなぁ。俺の水属性はここからだ。
クーラーの効いた部屋でリヴァマグナの救援に入った。救援依頼を送った所で、とりあえずトレハンを入れようとした時、通話画面に切り替わった。
「ちょっ、嘘でしょ」
救援が終わっちまう!だが、通話の相手は鷺沢さんだ。切れない。
「もしもし?」
『……あ、鷹宮くんですか?』
「はい。何か?」
『………いえ、不在着信が入っていたので掛け直したのですが…』
「あ、すみません。えっと、今週の金曜日から、少し泊まりでバイトがあって、しばらくラノベ貸せないんですよ。それだけ伝えとこうと思って」
『……そうでしたか。実は私もその日から少し予定がありまして…』
そうだったのか。電話かけ直すタイミングは良くないのに、そっちはタイミング良いんだな。
「分かりました。じゃ、大体次に本貸せるのは一週間後くらいですかね」
『……そうですね』
「じゃあ、また一週間後に」
『………あの』
「はい?」
『……なんか、今週はもう会わない、みたいな言い方ですね。……会ってくれないんですか?』
「え、だってラノベ貸さないなら合う必要無いじゃないですか。……会いに行ってもいいんですか?」
用もないのに遊びに行って「え、何この人。なんで用もないのにうちに来てんの?」みたいに思われるの嫌だし。
『………私が鷹宮くんを拒んだことがありますか?』
「え、だってそれはラノベ持って来たからじゃ」
『……違います。鷹宮くんはお友達だからです』
「………」
『………ライトノベルとか持ってこなくても大丈夫ですから、遊びに来てください』
マジかよ……。天使かこの人は?そんなこと言われたら毎日行っちゃうよ。夏休み終わっても学校サボって行っちゃうよ。
『………学校サボってまで来られたら流石に拒絶しますけど。むしろお説教しますけど』
「…………鷺沢さんに説教されるならアリかも」
『……何か言いました?』
「いえ、何でも」
危ね危ね。ついうっかり本音が。
けど、そうか。鷺沢さんは俺の事を歓迎してくれるのか。流石に毎日は行かないけど、次からは事前に連絡してたまにお邪魔させてもらおう。
とりあえず、俺は明日暇だし誘ってみるか。
「じゃあ、明日辺りにでもまたお邪魔しますね」
『……いえ、でも今週は少し忙しいので、来週にしていただけますか?』
「……………」
………その流れはおかしい。絶対。
×××
木曜日の夜10時。俺はPSO2に入った。明日からしばらく会えないので、鷺沢さんから「一緒にやりませんか?」とL○NEで電話が来た。「恋人ですかあなたは」とツッコミを入れたら「お風呂入って来ます」と超不機嫌そうな顔でスルーされた。
最近始めたばかりだから、まだブレイバーのレベルは60ちょっと。鷺沢さんは忙しくてソロで入る時間がないからか、俺よりもレベルは下だ。まぁ、それでも48だけど。
すると、L○NE電話が掛かってきた。鷺沢さんからだ。
「もしもし?」
『……こんばんは、お待たせしました』
「どうも。今、ベリハ206にいます」
『……はい、今入りますね』
ちなみに、鷺沢さんのクラスは予想を反してバウンサー。と、いうのも「黒の剣士にGN-ソードビットを付けられるなんてお得じゃないですか!」と、まるで意味のわからない事を言ってた。なんか最近、邪王真眼の時ほどじゃないけど、痛々しさが出て来てる気がする。
『………あ、いました。相変わらず、女性キャラなんですね』
「女侍ってカッコよくないですか?特にこの、低身長キャラが刀を振り回してる辺り。なんかやんちゃな女の子が侍ごっこしてるみたいで」
『…はいわかりました。ありがとうございます』
遮られた……。酷い。ていうか最後、何のお礼?
「それよりどうします?」
『……あ、それなんですけど。実は新しくこのゲーム始めた人がいまして、その人と一緒にやりたいのでグループ通話に切り替えていいですか?』
「いいですけど、それなら最初からグループ通話で始めれば良かったのに」
『……いえ、そういうことは鷹宮くんにも許可を取らないとダメですよ』
意外とそういうとこしっかりしてるんだな。
まぁ、つー事で一度通話を切った。すると、「鷺沢文香」にグループに招待されたので参加した。グループの人数は三人、もう一人が気になる所だが、グループ通話に招待されたので参加した。
「……もしもし?」
『こんばんは、鷹宮くん』
「………うーわ」
聞き覚えのある声。つーか間違いなく速水さんじゃん……。
『何よ、その反応』
「何でお前いんの」
『決まってるじゃない。オペレーション・トルネードよ』
「は?」
『原生種どもから赤身肉を巻き上げる!それでフランカから経験値を無料でゲットするのよ』
「お前本当何言ってんだ?」
『……すみません、遅れました』
「ああ、鷺沢さん。これどうしたんですか?」
『行くわよ、フジツボ絶滅保護戦線!』
『………その、この前鷹宮くんが私の家に置いていったAngel Beats!を一緒に見たんです』
「ああ、あれあったんですか?」
『……はい。今度返しますね。それを見て、奏さん夢中になっちゃって………』
俺の所為じゃない俺の所為じゃない俺の所為じゃない絶対に俺の所為なんかじゃない‼︎
『………それで、その……』
『ねぇ「フジツボって絶滅するの?」って聞きなさいよ』
『………こんな具合に』
………俺が言うしかないか。とりあえず、その痛々しさはマズイ。絶対周りから浮く。
「速水さん」
『かなっぺと呼びなさい』
「……じゃあ、かなっぺ。Angel Beats!は全部見たの?」
『見たわよ!レンタルビデオ屋で借りたわ。なんか最後よくわかんなかったけど』
「そうですか。実は他にも面白いアニメがあるんですけど、教えてやろうか?」
『面白い?Angel Beats!より?』
「個人的にはね」
『教えてもらおうかしら。なんてアニメ?』
「教えるのは良いんだけど、一つ注意な」
『何?』
「あまりアニメにのめり込んで、自分とアニメのキャラを同一化させてオープンにオタク趣味を出し過ぎると、世間一般の人達のオタクを見る目で周りから見られるよ」
『………どういうことかしら?』
「シャツをジーパンにしまったインスタイル、背中のリュックにはポスターをはみ出させ、顔は鉢巻に丸メガネのオタクと同じ目で見られるって事」
ピシッと凍りついたような気がした。
「けど、無理に隠すとバレた時に周りから引かれるから、ちょうど良くやるしかないよ。鷺沢さんみたいに。別に隠してるわけじゃないけど、表にも出さない、それを心掛けたら良いと思う」
『………ちなみに、さっきまでの私は?』
「キモオタっぽかったです」
『…………ごめんなさい、気を付けるわ』
よし、これでOK。気を取り直して、ゲーム再開しようか。
「じゃ、やりましょうか。とりあえず、オススメクエスト流す感じで良いですか?」
『いいわよ』
『……はい』
デイリークエストを受けた。とりあえず、パーティ申請した。承認されたのか、俺のHPゲージの上に二つ名前が出た。
ふみか:バウンサーLv.48
Tulip:ガンナーLv10
セルスリット:ブレイバーLv.61
「あっ、まだ始めたばかりなんですね」
『そうよ。少し前に文香に手伝ってもらってそれ以来かしら』
しかもガンナーて……まぁ良いか。遺跡探索のノーマルを受けて、三人で突入した。
………女の子二人連れてオンラインゲームとか、ホント何やってんだ俺。
×××
1時間後。
『そろそろ寝るわね』
速水さんの一言で、お開きになる所だった。
『文香なんか、もう眠いみたいだしね』
『……ふわわわぁ〜……そう、ですね………』
「了解です。俺はもう少しやってますね」
『分かったわ。あまり遅くまで遊んでないようにね。おやすみなさい』
速水さんが通話とPSO2から消えた。この調子じゃ、鷺沢さんもすぐに落ちそうだな。なんかすごい眠そうだし、一応忠告しとくか。
「一応言いますけど、ちゃんとスマホとか充電してから寝るようにしてくださいね。明日も何か予定あるんでしょう?」
『………ふぁい、分かってまふ……』
分かってねぇだろ……。けど、こればっかりは俺は何もできねぇしな……。
「とにかく、言いましたからね」
『……ふぁい』
「じゃあ、俺も落ちます。おやすみなさい」
『………おやすみなさい』
ログアウトして、通話から抜けた。………大丈夫だろうな、鷺沢さん。まぁ、アレでも俺より二つ年上なんだし、大丈夫だと思うしかないか。
テレビやプレ4の電源を落とし、スマホと携帯充電器を充電器に挿して、俺は布団の中に潜った。
「……………」
………一応、L○NEでも言っといてあげよう。