鷺沢さんがオタク化したのは俺の所為じゃない。   作:バナハロ

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ガノタだけオタク扱いされないのはおかしいと思う。

 翌日、朝の四時に目を覚まし、シャワーとトイレと朝飯と歯磨きを済ませ、スマホをポケット、スマホの充電ケーブルと携帯充電器と携帯充電器の充電ケーブルとプレ4を鞄の中にしまって家を出た。

 346事務所の最寄駅まで電車で移動し、そこからは徒歩。一応、集合と言われた時間の10分前に到着できるようにしている。

 

「おはようございます」

 

 到着して、既に外でバスの人と話してたプロデューサーさんに挨拶した。

 

「ああ、おはよう。さっそくで悪いけど、機材とかの積み込みを手伝ってくれるかな?」

「はい。あ、自分の荷物どうしましょう」

「んー、大きい荷物は先に入れちゃって。小さい荷物はバスの中の自分の席に置いてくれる?」

「分かりました。……自分の席、決まってるんですか?」

「いや、好きなとこで良いよ」

 

 ふむ、じゃあ一番前の窓際だな。バスの一番後ろはリア充と相場が決まっている。いや、グラビア雑誌に出る奴なんてみんなリア充だからどこも一緒だけど。

 バスの中に荷物を置いてから、事務所の中の機材をバスの中に積み込んだ。なんか照明やら何やらを運んでるけど、こういうのって事務所にあるものなのか?いや、もしかしたら前日のうちにこっちに移したのかもしれんけど。

 せっせと蟻のように荷物を運び、バスに積んで行く。けど、グラビアの荷物ってこんなもんなのか?さっきから運んでるのは、写真撮影とかで使う丸くて黒い円盤みたいな奴とか、とにかく色々。なんか、こういう仕事楽しいな。グラビア雑誌に出るアイドルなんかに興味はないが、自分の知らない世界を知るという意味では勉強になる。

 しばらく機材をバスに詰め込んでると、ちらほらと外見は可愛い女の子達が集まって来た。多分、被写体の女の子達だろうな。どうやら、スタッフと被写体の子達は別々の時間のようだ。まぁ、そりゃそうか。

 

「鷹宮くん、これ最後な」

「あ、はい」

 

 最後、と言われた所には衣装箱やら小道具箱やらの山があった。

 

「………最後ってそういう意味?」

「さっ、頑張ろう」

 

 時刻は5時57分、女の子達が集まって来た時間的に逆算すると、おそらく6時集合だったのだろう。と、いうことは6時から何か予定があるんだろうな。開会式的な。

 ………やるしかないか。プロデューサーさんだって頑張ってるし。

 俺は息を大きく吸い込むと、ボソッと呟いた。

 

「EXAM SYSTEM STAND BY」

「トランザム!」

 

 あんたガンダムも見てたのかよ……。ていうか、割とノリ良いなあんた。と、思ったらプロデューサーさんは俺をニヤニヤしながら見ていた。え、何その顔。もしかして、ガンダムネタで切り返せたからって勝ったと思ってんの?上等なんですけど。

 

「貴様には分かるまい!この僕を、通して出ている力が‼︎」

「RGシステム、完全解放!」

「見えた、見えたぞ!水の一滴!」

「…おいバルバトス。いいからよこせ、お前の全部……‼︎」

 

 やるな……ノータイムで言い返してくるとは。だが、こっちだってまだ終わっちゃいねぇんだよ。勝負はここからだ‼︎

 

「プロデューサー?早くしてくれない?」

 

 事務所の外から声が聞こえて来て俺とプロデューサーは大人しくなった。

 

「………続きは後で」

「良いよ、存分にやろう」

 

 俺とプロデューサーさんは拳を合わせると、荷物を運んだ。

 

 ×××

 

 荷物を運び終え、車に乗り込んだ。

 

「みんなー、聞いてくれー!」

 

 プロデューサーさんが声を張り上げた。すると、車内の人たちは全員前を見た。

 

「今日、急遽代理に来てくれた鷹宮くんだ。なんでも言うこと聞くからよろしく頼む」

「え、ちょっ……プロデューサーさん。つーか、なんでも言うことは流石に……」

 

 文句を言おうとした俺の台詞が止まる。ヤケにシンッ……としてる車内。なんか、みんなすごい俺のことを睨んでる(気がする)。いや、何人かニコニコしてる子もいるけど。

 

「………あの、プロデューサーさん」

「なんだ?」

「………今更ですけど、これなんの撮影ですか?」

「知らなかったのか?これは『プロジェクトクローネ』っていうアイドル達の撮影だよ」

「アイ、ドル………?」

 

 すると、ブフッと吹き出す声が聞こえた。そっちを見ると、小学生くらいの女の子が、口を半開きにして俺を見ていて、その隣では大学生くらいの女性が目を見開いて、同じように俺を見ていた。見たことない奴らだが、何故か俺を見ていた。が、この際それは問題ではない。

 はい、ここからが問題。その大学生くらいの女性の肩では、鷺沢さんが寝息を立てていた。

 

「……………」

 

 とりあえず、顔に出ないように必死で表情筋を固めた。

 その俺に、プロデューサーが声を掛けた。

 

「さ、鷹宮くん。自分の席に座って。出発するよ」

 

 言われるがまま俺は席に座ったが、頭の中は「なんでいんの?」でいっぱいだった。

 ………え、なんで?本当に何でいんの?待て待て待て。冷静になろう俺。ここにあの人がいる理由を考えろ。

 

 1、バイト

 

 それはないわ。だって本屋で働いてんじゃん。バカか俺は。

 

 2、事務所の人

 

 それもねーよ。大学生だろうが。

 ………と、なると、

 

 3、アイドル

 

 ………これしかないんだなぁ。いや、マジで。だけど、それだとまずいだろ。

 確かプロデューサーは言っていた。

 

『でも本当に気を付けてね。連絡先を交換したり、彼女達の部屋に入ったり、現地でお祭りやってるらしいんだけど、それに一緒に行くのもダメだからね』

 

 ……L○NEどころか携帯番号を交換していて、出会って3日でご自宅の部屋にお邪魔し、誘われたとはいえお祭りデートで腕を組んだ。何より、鷺沢さんをアニメの道に引き込んでしまった。

 ハルヒのBlu-rayが、終わる………。

 

「……………」

 

 バレるわけにはいかない‼︎絶対に‼︎隙を出すな、ボロを出すな、ヒントを与えるな。表情、言動、態度、全てに気を使え。エージェントになったつもりになれ!

 そう心の中で念じてると、スマホがヴヴッと震えた。

 

「っ⁉︎」

 

 慌ててスマホを見ると、KANADE☆の文字。速水さんからだ。

 

『あんたなんでいるのよ』

 

 え、速水さんもいるの?後ろに並ぶ座席を見ると、鷺沢さんに寄っ掛かられてる女性が手を振って来ていた。

 

「………え」

 

 あれが速水さん?あれが17歳?どう見てもハタチ超えてる綺麗なお姉さんだろ。俺、あんな人生経験値豊富そうな人に「処女ビッチ」とか思ってたの?

 ……いや待て。つーかあの人、何で俺の顔分かったんだ?お互い初見のはずだろ。L○NEのトプ画だって、俺の奴はゼクアインだし。鷺沢さんから写メでも見せてもらったのかな?でも、鷺沢さんと写メなんて撮ったっけ……?

 まぁいいか。とりあえず返事しないと。

 

『聞いての通りバイトです。速水さんこそなんで?』

 

 頼むからアイドルとか答えるなよ。300円あげるから。

 

『決まってるでしょ?アイドルだからよ』

 

 はい、おわた。

 

『鷺沢さんも?』

『そうよ。悪かったわね、隠してて』

『別に良いです。俺でも隠すと思いますから』

 

 まぁ、実際仕方ないと思う。むしろ、ここからは俺の問題だ。アイドルと知ってしまった以上は、これからは付き合い方も考えないといけないかもしれない。この事務所が恋愛禁止かにもよるけど、鷺沢さんとか絶対そういうの考えないもん。

 

『事こうなった以上、とりあえず俺たちの関係が周りにバレないようにしましょう』

『そうね。ありすと文香には私から説明しておくわ』

『よろしくお願いします』

『そっちこそ、ボロが出ないようにね』

 

 分かってるさ。そんなヘマはしない。

 そう思いながらスマホの画面を落とした直後……。

 

「鷹宮くん、だったっけ?」

「え?はい」

 

 後ろの席から、突然顔を出して来たのは、茶髪の女の子だった。眉毛が若干太くて、ポニーテールに髪をまとめてる女の子。

 声をかけて来たくせに何故か不機嫌そうな顔で俺を見下ろしていた。

 

「………ふーん?あたしのこと、知ってる?」

「あー……」

 

 知ってる、と言った方が良いのか?アイドルなんて他人に知られてなんぼだろうし………。

 

「し、知ってるけど」

「! ほんとに⁉︎」

 

 あ、ヤバイ。嬉しそう。心が痛い。

 

「じゃあ、名前当ててみて」

 

 ほら見ろ。えー、そもそもアイドルの名前なんて鷺沢さんと速水さんと橘さんしか知らねーのに………。

 

「ちょっと待ってて下さいちょっと親に連絡しなきゃいけないんで」

「?」

 

 ふっ、完璧だ。これぞ必殺「メールのふりしてググるアンバサダー」だ。要は、メールを打つ振りしてググる必殺技の事だ。この説明、丸々いらない。

 調べるにしても「プロジェクトクローネ」でググれば名前と顔の一覧くらい出るだろ。

 

「………よし、おk」

 

 調べ終えると、スマホの画面を落とした。

 

「神谷奈緒さん、ですか?」

「そ、そう!そうだ!いやー、あたしも有名になっ……!あ、いや、べ、別に嬉しくなんかないけどな……‼︎」

 

 そうか、すごく嬉しそうだ。喜んでくれたなら、このカンニング行為も無駄じゃなかったな。

 

「完全にスマホで調べてたよね」

「なにぃ⁉︎」

 

 神谷さんの隣から冷めた声がした。背もたれで顔は見えないが、かなり落ち着いた声だ。

 

「そうなのか?凛」

「今更、鷹宮くんが親御さんに連絡する事なんてないでしょ」

「お、おい!そうなのか?」

「いやいやいや、ちゃんと知ってますって!」

「じゃあ、私が所属してるユニット言ってみろよ!」

「……ほら、あの………ワルキューレ、とか?」

「マクロスじゃんかそれはー!」

 

 んだよー、と後ろで手を組んで小石を蹴りそうな感じで呟く神谷さん。つーか、よく分かったなワルキューレ。

 ったく、誰だか知らねーが余計なこと言いやがって。顔覚えてやるかんな、と背もたれの間から後ろを見ると、黒髪の美人さんがこっちを見ていた。何となく、前髪で目の隠れてない鷺沢さんに似てる気がする。

 

「私は渋谷凛。よろしく、鷹宮くん」

「どうも」

 

 いや、似てないわ。鷺沢さんの方が可愛い。何より、なんかこの人眼光すごい。怖い。

 ………えっと、もう良いかな。そろそろ寝たいんだけど。

 

「なんであたしのこと知ってるなんて嘘ついたんだよ」

 

 うん、君は少し察する事覚えよう。気を使ったんだよ。自分の気遣いを説明する時ほど恥ずかしいもんはねぇぞ。ていうか、そっちも気を使われたって自覚したくないだろ。

 

「まぁ、その……見栄を張りました」

 

 嘘をついた。

 

「……でもほら、俺は知らなくて仕方ないって。あまりアイドルに興味ないし、どちらかというとアニメのが好きだから」

「………アニメ?」

 

 あれ、なんか地雷踏んだ?神谷さんの目が光った気がする。

 

「何のアニメ見てるの?」

「え?あー、色々」

「kwsk」

「………最近はガンダムX」

 

 ガンダムシリーズは数が多いから、まだ見てない奴多いんだよな。あ、いやそれでも、あとはゲームと漫画除いてVとSEED外伝とAGEだけか。

 

「ガンダム!どのシリーズが好きなんだ?」

「今の所、一部を除けば嫌いな作品はありませんけど」

「………SEED、SEEDは⁉︎」

「無印なら」

「よっしゃ!ね、隣座っても良いか⁉︎」

「え、良いですけど」

 

 バスの中を歩いて、俺の隣に座る神谷さん。あー、流石アイドルなだけあって顔は可愛い。少年のような目をしてはいるけど。

 つーかお前、渋谷さんは良いのかよ。何か話そうと思って隣になってたんじゃねぇの?

 

「オタク同士、共鳴しちゃった……」

「あ、じゃあ私が凛の隣り座っちゃおー」

 

 誰だか知らないけど、茶髪で髪を二つに結んでる女の子が渋谷さんの隣に座った。条件はクリアされました。

 

「ね、何歳なの?」

「17ですけど」

「じゃあ高二?同い年だな、タメ口でいいぞ」

「え、いやそんな。俺は今日はただのスタッフだし、立ち位置的には神谷さんの下ですよ」

「良いんだよ!」

 

 えぇ……。俺は困った顔でプロデューサーの席を見た。すると、プロデューサーさんは頷いた。え、良いの?なら良いか。

 

「……わーったよ。これで良いか?」

「よろしい。でも、17歳かぁ……カミーユと同い年じゃん」

「そうだよ。シーブックともロランともな」

「お、良いね。でさ、SEED好きなんだよね?」

「まぁ、嫌いではないが」

 

 なんつーか、続きで台無しになったよなぁ。SEEDは。

 

「誰が好きだった?キャラ」

「イザーク」

「えー、キラのが良いだろー」

「いやあんな悟り開いた高校生は嫌だ。クルーゼがキラをプロヴィデンスでボコってるとことか爽快だったね。ミーティア壊れてたし」

「そうかー?でも、あそこ熱かったよなー」

「それはな。一応、ラストバトルだし。ビームサーベル構えてビーム避けずに突撃してコクピットに突き刺したところはヤバかった」

「あれ激アツだよなー!前にボコボコにされてたから尚更な!」

「ああ、ホントに熱っ……」

 

 なんか今、寒気がした。俺の後方。後ろの座席ではない。その遥か後方。バスの一番後ろの席。俺は恐る恐る後ろを見た。いつの間にか覚醒していた鷺沢さんが、闇のオーラを纏ってこっちを見ていた。

 

「あら、文香起きたのね?実は、話があるんだけど」

「………奏さん、なんですかあれ?」

「あれ?………あっ、あー……実は、鷹宮くんバイトで……」

「そんな事はどうでも良いんです」

「ど、どうでも良いの?」

「何をしてるんですかあの人は」

「な、なんかガンダムの話で意気投合したみたいで……」

「武力介入して来ます」

「落ち着いて!お願いだから落ち着いて!」

 

 ………こ、怖ぇ〜‼︎怖過ぎる!あまりの恐怖に前向いちゃったよ!もう後ろ向けない!

 

「………どうかしたのか?鷹宮」

「……えっ、あっ、いやっ………」

 

 神谷さんが隣から声をかけて来た。怖かったんだよ。泣かされるかと思った。てか何?何に怒ってんの?

 

「熱かったといえば、あそこも熱かったよなー!ほら、フリーダムが降ってくる所!敵のライフル撃ち落としてさ!」

「あ、あーうん。まぁね……」

「あたしはSEEDの中ではやっぱキラだなー。優しくて強いとか完璧超人かよー」

「そ、そうだなー。やっぱ吉良邸の討ち取りが日本史じゃ熱いよなー」

「………えっ、いきなり何の話?」

 

 き、気にしない方が良いのか?って、さっき自分で決めたばかりだろ。表に出すなってだから。鷺沢さんは俺と知り合ってない事にしておかないといけないんだから、向こうは速水さんに任せて俺はいつものように振る舞え。もし、なにも知らない俺がいきなり不機嫌になってる人を見たらどうする?関わらないようにするだろ。

 それに、今は神谷さんが声をかけて来てくれているんだ。関わらないにはもってこいの状況だろ。

 

「確かにキラもカッコいいけど、そもそも設定がチートの塊みたいな奴だからなぁ。俺はキラよりもムウの方が好きだな。ほら、スカイグラスパーでディアッカ倒したじゃん。俺はそう言う感じの活躍の方が好きだから」

「……確かに。そういうのもカッコいいかも。じゃあアレか?デュエルでフォビドゥンとレイダー倒したイザークとかは?」

「大好きです」

 

 直後、後ろからメキッという謎の音と「文香⁉︎」という速水さんの焦った声が聞こえたが、記憶から消しましたわ。

 

「とにかく、そういう……機体のスペックで劣ってるのに勝てたり相討ちにしたりするのが強さだと思うんだよな」

「むっ……」

「キラみたいに最強の機体をもらって無双しても強いとは限らないだろ」

「でもキラの方が強いぞ」

「それはまぁ、そうなんだけどな。あーいやでも、キラよりもアスランのが強くね」

「キラはスーパーコーディネイターだぞっ?」

「でもストライクとイージスは相討ちとはいえ、最後アスランの自爆で終わったんだし、アスランの勝ちだろ」

「SEEDdestinyのアスランはさほど強くなかったじゃないか」

「ラスト、インジャでシンをフルボッコにしてたけどな」

「キラでも出来るぞ!」

「そりゃストフリの性能がイカれてるからな。インジャだからすごいんだよ」

 

 まぁ、インジャだって実際すごい機体だけどな。なんで脚にサーベルついてんだよ、カッコいいだろうが。

 すると、ぐぬぬっと神谷さんは唸り、背もたれの後ろに声を掛けた。

 

「むー、凛はどう思う?」

「知らない。何で私に振るの」

「加蓮は?」

「いや加蓮も知らないと思うけど……」

「私もサシの勝負ならアスランな気がする」

「え?知ってるの?私だけ知らないの?私が間違ってるの?」

 

 へー、あの茶髪さんは加蓮って言うんだ。これで橘さんと速水さんと鷺沢さん以外で三人名前覚えた。

 

「おかしいぞそれは!キラはレイ相手に被弾ゼロで勝ったんだぞ!」

「だってレイじゃん。あれガンダムもらってるけどイザークとかディアッカより弱いんじゃないの」

「デストロイ相手に無双してただろ!」

「ルナマリアちゃんでも倒せるパイロットよ?あのデストロイ」

 

 あの、どうでも良いけど渋谷さんの周りでガンダムの話はやめてやれよ。廊下側に並んだ二人がそこで話すと、余るのは窓際の俺と渋谷さんの二人だけ。今度はレイとイザークの強さ談義始まっちまったし……。

 なんか、ナンパしてるみたいで嫌だが、ここは俺が気を使うところだろう。

 

「すぃっ……渋谷さんは、何年生ですか?」

 

 噛んでしまったが、声を掛けてみた。なんか後ろの席で「節操というものがないのですか……?」「文香!携帯メキメキ言ってる!」ってやり取りが見えるが、視界から消しましたわ。

 渋谷さんは不機嫌そうに俺を見ると、ため息をついた。

 

「……はぁ、別に良いよ。気を使ってくれなくて。それと、高2なんでしょ?私は一個下だから敬語もいらない」

「そ、そう……?」

「普段は二人ともあまりアニメの話とかしないんだけどね。共通の趣味を持つ男の人と初めて話すから嬉しかったのかな」

「………は?初めて?プロデューサーさんは?」

「プロデューサーは別にオタク趣味じゃないでしょ」

 

 いやーあの人は超オタクだと思うぞ。もしかして隠してるのかな。プロデューサーさんの方を見ると、口パクで「言ったら殺す」と言っていた。

 

「渋谷さんも、アニメ見れば良いのでは?」

「私はいい。興味ないし。今はアイドルやってるから」

「でも、オフの日とかする事ないんじゃないのか?」

「……いや、オフは家の花屋を手伝ってるから」

「…………えっ?は、花屋?」

「……何?似合わないって言いたいの?」

「正直に言うと」

「………じゃあ、何屋に見えるの?」

「TSU○AYA、とか?」

「………」

「いや、下らないギャグじゃなくて。なんかこう、『オススメの映画ありますか?』って聞いたらミッション・イン・○ッシブル勧めてきそうな………」

「……………」

「ごめん、ちょっと黙るわ」

「うん」

 

 隣で「ハイネとイザークの強さ議論」を繰り広げられる中、俺は大人しく前を向いて座り直した。

 バスはいつの間にか高速道路を走っていて、パーキングエリアに入って行った。そこで、プロデューサーさんが立ち上がり、声を張り上げた。

 

「じゃあ、一旦休憩にするから。20分後に出発するから、みんな遅れないようにバスに乗るように。全員変装を忘れるなよ。……鷹宮くんは最後に降りて、バスから降りた子達の人数確認。その後は、降りた子達が変な事に巻き込まれないように見ててあげてくれるか?」

「はい」

 

 今更だけど、それ軽作業・搬入じゃねぇだろ……。完全にプロデューサーの雑用だよね。まぁ、これで金もらえるなら別に良いさ。

 バスが駐車場に収まり、扉が開いた。神谷さんと加蓮さん、渋谷さんが降りて、続いてアイドル達がゾロゾロと降りて行く。俺の横を通る列が途切れ、後ろを確認した。なんだよ、全員降りるんじゃねぇか。

 一応、背もたれに隠れて見えない人もいるかもしれないので、後ろの座席まで回ってから、俺もバスから降りた。

 ふぅ……これからアイドル全員の行動の把握をしないといけないのか。割と大変かもな、このバイト。

 そんな事を思ってると、バスの横で三人ほど女の子達が待っていた。

 

「………鷹宮くん?」

「?………あっ」

 

 ニコニコ微笑んでるのに目が笑ってない速水さんが立っていた。

 

「……私、速水奏って言うのよ」

「あ、どうも……」

 

 そうか、初めましての設定か。

 

「………ちょっと、一緒に回らない?」

 

 俺は速水さんに連行された。

 

 ×××

 

「で、どういうつもりなの?」

 

 速水さんが俺に缶コーヒーを買ってくれて、二人でベンチに座っていた。ここなら、パーキングエリア全体が見渡せるから、俺の仕事もできる、とのことだ。

 

「だから、プロデューサーの言ってた通りだ。たまたま応募したバイトがここだっただけだよ」

「ふーん?まあ、それは良いのよ。………どうして、他のアイドルと仲良くしてるの」

「こっちから仲良くなろうとした覚えはないよ。向こうから声かけて来たんだよ」

「それも見てたから分かるわよ。ただ、文香がすごい荒れちゃってるわよ?今は、ありすに何とかしてもらってるけれど」

「………なんで鷺沢さんが荒れてんの?」

「……まぁ、それは自分で考えなさい」

 

 え、それは横暴。

 

「とにかく、一度文香のご機嫌をとって来なさい」

「え、それはマズイだろ。プロデューサーにバレたらヤバイんだよ。バイトが始まる前から約束破ってんだよこっちは」

「知らないわよ。あなたの立場と文香の心、どっちが大事なの?」

「や、鷺沢さんの立場もマズイんだが………」

「あなたには分からないわよ。隣にいるすごい不機嫌な文香がどれだけ怖かったか。『………後でストライクガスト零式の刑ですね』とか言われたのよ」

「それは怖ぇな………」

 

 ていうか、速水さんも涙目になるなよ……。いや、可愛いけど。

 

「………わかったよ。向こうに着いてからでも良いか?」

「今しなさい」

「………了解」

 

 俺は速水さんの隣から離れて、鷺沢さんを探しに行った。ついでに、全員の様子も見に行くか。

 お土産コーナーを見回ってると、鷺沢さんが橘さんを連れてガチャポンコーナーを眺めていた。橘さんは年相応のものを見ているが、なんか鷺沢さんは手鎖のガチャポンを見て「これでまず手足を封じましょう……」とか言っていた。えっ、俺今からあれに話しかけんの……?

 いや、恐れるな。とりあえず、初対面のフリをしないと。

 

「………あの、すみません」

 

 声を掛けると、橘さんと鷺沢さんが顔を上げた。鷺沢さんの頬はぷくーっと膨らみ、そっぽを向いた。

 

「初めまして。鷹宮といいます。実は、バスに乗ってた皆んなの名前を把握しておきたくて、皆さんに聞いて回ってるんですけど……」

「…………?」

「お名前、聞かせてもらえませんか?」

 

 頭上に「?」を浮かべる鷺沢さん。が、やがて何か思いついたのか、手の平を打った。

 

「………鷺沢文香です。こちらは、橘ありすちゃんです」

 

 よし、通じたか。とりあえず、このままベンチにでも誘って話を……。

 

「……もしかして、鷹宮千秋くんの弟さんですか?双子の」

「………はっ?」

「………申し訳ありません。私、てっきり鷹宮千秋くん本人だと思ってしまいました……。そっくりなんですね」

「………え、いやっ」

「……そうですよね。鷹宮くんが、アイドルのアルバイトなんてするはずありませんよね」

「………や、あのっ」

「……これから三日間、よろしくお願いしますね」

「……………」

 

 俺は腕を組んでしばらく考えた後、微笑みながら言った。

 

「はい。よろしくお願いします」

 

 ………ああ、やっちまった……。

 

 


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