『あんた何やってんのよ』
バスの中。速水さんからL○NEが来た。もうバレたか………。
『ビックリしたわよ。文香に「鷹宮くんって、弟さんがいたんですね」って言われて』
『………面目ない』
結果オーライなんですけどね。……いや、まぁ俺が気を使うべきハードルは上がってしまったんですが。
『まぁいいわよ。さっきと違って文香すごいご機嫌だし』
『………俺がいない方が良いって事ですかね』
何それ泣きそう。死んじゃおっかなーもう。
『そうじゃないけれど……まぁ良いわ。その代わり、絶対バレないようにね』
『分かってる』
スマホの画面を落とした。とりあえず、向こうに着くまで寝るか。
×××
目的地に着いた。どこだか知らないけど、すごい綺麗な海が広がっていた。が、そんなものに感動してる暇は俺にはなかった。到着してから、まずは忘れ物がないかバス内のチェック、その後は支給された軍手を装備して色々な機材を運ぶ。まずは衣装箱を更衣室に運び、アイドル達に先に着替えさせ、その間にスタッフで海に撮影で使う道具やテントのセット。とにかく大忙しだった。俺は蟻の観察は大好きだが、蟻の真似事は大嫌いだと気付きました。
何より、この炎天下の中で重いものを迅速に運ぶのはキツイ。小まめに水分補給しないと死ぬ。ホント、剣道やっててよかった。
「………ふぅ」
テントの設営が終わり、次はビーチパラソルや椅子の設置。撮影でアイドル達がここに座るらしい。
パラソルを開いて固定していると、後ろから肩を突かれた。
「?」
「どう?鷹宮くん?」
振り向くと、速水さんが目の前で水着姿で立っていた。黒……いや、紺か?とにかく、暗くて濃い色のビキニ姿。肌の白さとのギャップがすごかった。
「っ!」
ABバカなのと処女ビッチなので忘れてたけど、この人も美人だ。クッソ……可愛くて美しい。あとエロい。ホントに高校生?鷺沢さんレベルでオッパイあるんじゃねぇの?
っと、とにかく褒めないと。いや、でもなんて褒めりゃ良いんだ?こう、下心なしで尚且つプロデューサーにも怒られない範囲の褒め方……よし、来たァ!
「……い、良い身体してるね、とか………?」
「っ! へ、ヘンタイ‼︎」
変態と言われてしまった。俺もそう思う。プロデューサーが近くにいなくてよかった。いたら八つ裂きにされていたかもしれない。
「誰が体を褒めろって言ったのよ!似合ってるかを褒めなさいよ!」
「あ、ご、ごめん……」
「あんたねぇ、プロデューサーに文香との関係をバラしても良いのよ?」
「すみませんでした速水さん。すごく似合ってます」
「ん、よろしい」
実際、似合ってるしな。エロい身体と色が調和してアダルティーな感じになってる。
満足した速水さんは「じゃあ……」と続いて誰かを前に突き出した。
「ありすは?」
「ひゃっ?か、奏さん⁉︎」
突き出されたのは橘ありすさん(12)。多分、この中で最年少の子だ。前に俺にイタズラ電話をかけて来た子。
着てる水着はワンピースのふりふりした子供らしい水着。とてもよく似合っていたが、俺の口から漏れた言葉はまったく別のものだった。
「………スク水じゃないの?」
「どういう意味ですか⁉︎」
「……事務所で用意された水着にスク水があるわけないじゃない」
速水さんに呆れられてしまった。
「いや、まぁ似合ってるよ」
「っ、あ、頭を撫でないで下さい」
「あ、ごめん」
そういえば、こいつもアイドルだったな。つーか、そもそも初対面か。しかし、この子の頭を撫でたくなるこの衝動は何だろうな。朝潮と暁を足して割った感じだからか?
とにかく、頭を撫でたくなる衝動は抑えないとな。プロデューサーにバレたら朝から素晴らしいコークスクリューを喰らわせられる。
で、大体この流れは読めてる。この二人が来るということは、残り一人もだろ?
「ほら、文香。こっち来なさいよ」
速水さんが後ろに声を掛けた。すると、水着の上にパーカーを羽織った鷺沢さんが歩いて来た。
「あなた、パーカーなんて羽織ってるの?」
「………む、無理です。こんな所で下着のような姿になるなんて……は、恥ずかし過ぎますっ!」
「大丈夫よ、よく似合ってるから」
「……そういう問題ではありませんっ。……男性の方もたくさんいらっしゃるというのに………。た、鷹宮くんの弟さんだって……いらっしゃる、のに……」
カァッと顔を真っ赤にして俯く鷺沢さん。パーカーで必死に下半身を隠そうとしている。
「大丈夫です、文香さん!」
「……ありすちゃん………」
「私も文香さんかわいいと思います!」
「……だからそう言う問題ではないのですが………」
尚更、落胆する鷺沢さん。可愛いなぁ、橘さんも。
すると、今度は速水さんが鷺沢さんの耳元で何か話した。
「………あんたねぇ、そんなんじゃ鷹宮くん(兄)に見せられないわよ」
「………そ、それは分かっているのですが……」
「彼、その弟なんだし本番の時の練習にちょうど良いんじゃない?」
「……待ってください。本番って何ですか」
「へ?彼、なんかあなたをプールに誘おっかなーとか私に相談して来たけど」
「ふえっ⁉︎」
あれ、なんか見えないとこで風評被害に遭った気が………。
「………ほ、本当ですか?」
「ええ。だから、今のうちに慣らしておいた方が良いんじゃない?」
「……………」
すると、鷺沢さんはパーカーのチャックを摘んだ。で、顔を赤らめたまま俯いてチャックを下ろした。速水さんより明るい色の青のビキニ。本人の元々の清楚な感じと上手く調和し、可愛さ綺麗さ美人さエロさをすべてカンストさせていた。
「………こ、ここまでで勘弁してもらえませんか?」
「…………」
チャックを下ろした所で、速水さんの様子をチラッと伺うと、速水さんはすごい真顔になって、鷺沢さんに言った。
「文香、ばんざーい」
「……へ?ば、ばんざーい……」
直後、シュバッと目で追えないレベルの速さで速水さんは鷺沢さんのパーカーを脱がした。
完全に水着姿が露わになり、鷺沢さんは顔を真っ赤に染め上げる。
「……き、きゃあぁああっ⁉︎ち、ちょっと奏さん!」
「鷹宮くん、はい」
「え?」
取られたパーカーは俺に向かって投げられた。俺がそれをキャッチすると、鷺沢さんは俺の方を見た。
「っ、た、鷹宮さん!パーカー返して!」
鷺沢さんは片手は自分の体を隠し、もう片方の手は俺に向かって伸ばす鷺沢さん。その鷺沢さんの動きを、速水さんは止めた。ああ、このパーカー鷺沢さんの匂いがする………。
「……か、奏さん!離して下さい!」
「………嫌よ?それより、どうせ見られたなら感想を聞いておいた方が良いんじゃない?」
「っ………」
速水さんのその言い草に、鷺沢さんは納得してしまったのか「離してください」と速水さんに言って開放されると、顔を赤らめながら聞いてきた。
「………ど、どう、ですか……?」
「…………結婚して下さい」
「はえっ⁉︎」
「あ、間違えた。すごく似合ってますよ」
良かったー、双子の弟設定で。ついうっかり求婚してたわ。嫌われる所だった。
チラッと様子を伺うと、鷺沢さんは顔を真っ赤にして、なおかつ不満そうな顔で俺を見ていた。隣の速水さんは無言で爆笑していた。お前後で覚えてろ。
鷺沢さんが俺に声をかけた。
「………すみません、とても勝手な事で申し訳ないのですが」
「はい?」
「……………鷹み……千秋くんの外見で褒めていただくと、その……心臓に悪いので、控えていただきたいのですが………」
「…………」
………えっと、どう言う意味なのかはあまり考えない方が良いのかな?まぁ、確かに知り合いに求婚されたらドキッとするか。俺だって鷺沢さんと同じ顔の人に告白されたら心臓吐き出すと思うし。
「……わかりました。申し訳ありません」
「………いえ、褒めていただいたのは嬉しかったです」
「プフフッ……!ふ、文香……っ!そろそろ、仕事の邪魔になっちゃうから、行くわぉっ……!」
笑いすぎだお前この野郎。最後の方言えてねーし。
「……はい。では、鷹宮さん。頑張って下さいね」
三人は俺から離れていった。さて、良いもん見れたし、遅れた分は取り返すか。
×××
撮影が始まったが、俺はそれを見ることは叶わなかった。アイドル達が今の撮影をしている間、俺は次の撮影の準備をしなければならない。例えば、水着にしてもその上にパーカーを羽織ったり、頭に何かアクセサリーを付けたりする、そういう小道具の準備。
小道具箱を運んで来て、その中から撮影の終わったアイドルから順に指定の小道具を渡さなければならない。何度も思うけど、軽作業・搬入じゃない。今は、イルカの浮き輪みたいな奴を、足で踏む空気入れで膨らませていた。
すると、一人終わったのか、黒いビキニにノースリーブの上着を羽織った子がやって来た。
「スミマセン」
………独特のイントネーション。外国人か⁉︎だが、俺は問題ない。艦これをやっているからな‼︎尚、7ヶ国の模様(響含め)。
とりあえず、ヴェールヌイの国から試そうか。……あれ、いやちょっと待って。何を言えばいいんだろう。ハラショーとスパスィーバとウラーとダスビダーニャとポルノーチとポルデーニしか分からないんだけど。挨拶がないんだけど。
「………は、はらしょー」
「……あの、日本語で大丈夫ですよ?」
「あ、そ、そうですか?」
「それで、私のなんですけど」
「えっと……失礼ですが、お名前を教えていただいてもよろしいですか?」
「あ、ハイ。アナスタシアといいます」
「あ、アナ……?」
「アーニャとお呼びください」
豊穣の女主人のキャットピープルの茶髪の方みたいなあだ名だな。
「アーニャさん、ですね。今、明日筋肉痛になる覚悟で膨らませてるんで、少し待ってください」
「は、はい」
シュコシュコシュコと黄色い空気入れを踏みまくる。徐々に膨らむイルカ。
完成し、空気穴を止めた。それを持って手渡した。
「はい」
「ありがとうございます」
俺は次に来る予定のアイドルの宮本フレデリカさんのピンク色のビーチボールを膨らませ始めた。なんで外国人が多いんだよ………。
また黄色い空気入れを突き刺して踏み始めた。
「あの………」
「?」
声を掛けられ、振り返った。アーニャさんだった。いや、周りには一人しかいないからそりゃそうなんだけどね。
「何ですか?」
「いえ、鷹宮さんの事、聞きたくて」
「………俺?」
「はい。何歳ですか?」
「17です」
「そうですか。私の二つ上ですね。どうして、このバイトに来たですか?」
「んー、金が欲しいからです。今、金欠なんですよね。一人暮らしって面倒でしてね」
「一人暮らしですか?それって、一人で料理とか洗濯とかしてるですか?」
「はい。慣れれば楽ですよ。………ただ、今月は序盤で使い過ぎてですね。死ぬかと思いました」
「それは、大変ですね。何に使ったんですか?」
「何って……アニメのDVDとかですね」
鷺沢さんのデート費用とは言えないよな。妥当な誤魔化し方をした。
「アニメ、ですか?」
「はい」
「鷹宮さんて、オタクですか?」
「オタクは悪いものではありませんよ。むしろ、ジャパニメーションの国の文化に忠実と言って欲しいですね。批判されるのはおかしな話なんですよ」
「確かにそうですね!」
「は、はい……」
そんな純粋に頷かれるとなんか罪悪感が芽生えるんですけど……。いや、外国人的には日本の文化にも興味がある感じなのか?
「アーニャさんは、どちらの国から来られたんですか?」
「私はロシア人と日本人のハーフです」
「ロシア……ヴェールヌイですか」
「はい?」
さっき、一発で当たりを引いたのか。すごいな俺。
「ロシアにはアニメとか無いんですか?」
「ないことはありませんが、私はあまり興味ないでした」
「そうですか。………そういえば、ロシアが舞台のアニメがあるの知ってます?」
「ホントですか?」
「はい」
ビーチボールを完成させ、その次の渋谷さんが使う、なんかグラブルに出て来そうなおもちゃの剣を用意した。これは膨らませる必要ないので、そのまま箱の中に戻した。
で、ポケットからスマホを取り出し、ググって画像をアーニャさんに見せた。
「ほらこれ」
「………あ、見たことあるです。これ何でしたか?」
「ウサ○ッチです。うちにBlu-ray全部ありますよ」
「誰かの鞄についてました。可愛いです」
「まぁ、マスコットみたいな感じですからね。この緑の方がプー○ンで、赤の方がキレ○ンコっていいます」
「……ほ、ホントにロシアですね」
「まぁ、そうですね。他にもシャラ○ワとかレニ○グラードとかいますよ」
「人ですか?」
「両方カエル」
「な、なんだかとても気になり始めました……」
「まぁ、気になるなら見ると良いですよ。ようつべに全部あると思うし」
「分かりました。今度、見てみるです」
俺は紹介してから思った。
________また同じ過ちを繰り返してしまった、と。すると、撮影を終えた宮本さんがやって来たので、俺は膨らませたビーチボールをいつでも渡せるよう、手元に用意した。
×××
1日目の撮影が終わった。思ったより早く終わり、せっかく水着になったので、アイドル達はビーチで遊んでいる。しかし、今日は上手くやれたなー。鷺沢さんと絡む機会がなかったのが一番でかいが、これならバレる事はないだろう。
そんな事を思いながら、キャーキャーと速水さんや橘さんと遊ぶ鷺沢さんの姿をパラソルの下で眺めてると、何となくそろそろかな?と予測していた。何をって?決まってんじゃん。
「鷹宮くん、ちょっと良いかな?」
プロデューサーからのお呼び出しに決まっているだろう?アイドルと一緒に働いてるからって、アイドルと一緒に遊べるとは限らない。
「はい。なんでしょうか?」
「今日、この後はみんなでカレーを作るんだけど」
「カレー、ですか?」
「ああ。今回は、ああして自然体のアイドル達の姿にもカメラを回してるからね。食事中もアイドルの子達に作ってもらって、その姿を撮るんだ」
「なるほど……。それで、何か?」
「カレーの準備、ジャガイモと飲み物忘れちゃったから買って来てくれないかな?」
「………了解です」
「悪いね、こんなパシリみたいなこと」
「いや、いいです。ちょうど、暇してましたし。そもそもそういう雑用のために俺を雇ったんでしょ?」
「買ってきて欲しいものはここに書いてあるから。終わったら、浜辺で女の子達と遊んでても良いから」
「……撮影中なのでは?」
「鷹宮くんが映ってない奴を使うから大丈夫だよ」
プロデューサーからメモ帳をもらい、ポケットに突っ込んだ。軽く欠伸をしながら立ち上がると「あの」と声が聞こえた。
「それ、私も行ってもいいですか?」
あ、えーっと……北条加蓮さんか。
「加蓮?」
「一人じゃ大変だと思うし、私は撮影で少し疲れちゃったから、涼しい所で涼みたいなって」
「うーん……」
「ちゃんと変装するから」
「………まぁいいよ。鷹宮くんは今日頑張ってくれてたし、それくらいの役得があっても良いよね」
「ありがとうございます。じゃ、行こっか?」
「あ、はい」
加蓮さんと近くのスーパーに向かった。場所はスマホのマップで調べられる。
ながらスマホをしながら歩いてると、隣からサングラスと帽子を装備した加蓮さんが声をかけてきた。
「もう、せっかくアイドルと一緒にいるのにながらスマホ?」
「いや、場所わかんないんですよ。迷子になったら最悪でしょ」
しかし、この人は何が狙いなんだ?なんでわざわざ付いて来るんだよ。
俺の疑問は顔に出ていたのか、加蓮さんが口を開いた。
「んー、ちょっと一緒にお話ししたくて」
「俺と、ですか?ていうか、みんななんで俺に話しかけて来るんですか?」
「そりゃあ、同年代の男の子だもん。みんな話して見たいよ。中には女子校の子もいるしね」
「そういうもんですかね」
「そういうもんだよ。………それより、タメ口で構わないからね。私の方が年下だし」
「あ、そう」
「かくいう私も、鷹宮くんとお話ししたかったんだよ」
お話?わざわざ二人きりになって?まさか、鷺沢さんとのことがバレたんじゃねぇだろうな……。いや、でも今日は完璧にこなしてたはずだ。
内心ヒヤヒヤしてると、加蓮さんは口を開いた。
「シーブックとキラ、どっちが強いと思う?」
「知らねーよ」
「ずっと奈緒と話してたの!どっちが強いか!」
え、まさかキラとアスランの話から発展したの?バカなのこの人達?
「ていうか、加蓮さんはアニメが好きなんですか?」
「んー、好きっていうより昔のアニメに詳しいだけ。それよりどうなの?シーブックとキラ」
どこまで気になったんだよ。アホか。
「乗る機体にもよるでしょう。F91とストフリなら間違いなくキラが勝つね」
「ふむ、やはりか……」
「ただし、シーブックがキンケドゥで、乗る機体がX1なら分からないよ」
「………別人にしたら意味ないじゃん」
「や、キンケドゥはシーブックの三年後?だっけ?ですよ。X1にはABCマントってのがついてて、ビーム兵器効かないんですよ」
「………なるほど。ストフリはビーム兵器が多いからかな」
「その上、キンケドゥは近接格闘は尋常じゃないから、懐に飛び込めばワンチャンありますね」
「おおー。じゃあホントに分からないじゃん」
まぁ、強さなんてお互いに同じ機体に乗せないと分からないけど。まぁ、加蓮さんは納得してくれたみたいだからそれで良いか。
「いやー、鷹宮くんは良い人だねー」
「? 何が?」
「んー、いやなんかちゃんと話に付き合ってくれてるところとか」
「いや、ガンダムは俺も好きだからな。その点、アイドルの話とか振られても、俺は答えらんないし」
「いいの。褒めてるんだからちゃんと受け取ってよ。アイドルに褒められてるんだよ?」
そりゃそうなんだがな……。褒められ慣れていないもんでね。今でも正直驚いてるわ。まさか俺がアイドルの撮影に同行してんだから。一生の自慢話だよなぁ。
「ちなみにさ」
「?」
「クローネの中じゃ誰が一番好き?」
「はぁ?」
「結構、いろんな子と話したんでしょ?」
「まだ話してないのもいるけどな」
三人くらい。まぁ、別に話さなきゃいけないわけじゃないんだけどな。
「だから、外見で」
「外見、か………」
鷺沢さんと俺の繋がりのヒントになるような答えは避けた方が良いだろうな。だからこそ、俺は自信を持って答えよう。
「あれなんて読むんだ?さぎ、さわ?」
「文香ちゃんが好きなの?」
「外見はな」
中身も大好きだが。勢い余って求婚するくらい好きだし。まさか、ここで堂々と宣言した奴と俺が繋がりがあるなんて、誰も思うまい。思う奴がいたら、相当なバカだ。
「ふーん?意外だね」
「そうか?」
「あ、そこ右曲がって」
「はーい」
交差点を右に曲がり歩く事数分、スーパーが見えた。買うものは飲み物、ジャガイモ、玉ねぎ……ほとんど買い忘れてんじゃねぇか。いや、憶測でものを決めるのは良くないな。多分、明日はバーベキュー大会でもやるんだろう。その時に野菜は一通り揃えておいたけど、カレーの分だけ忘れたと捉えるべきかな。
「何買うの?」
「これ」
メモを見せると「ふむふむ」と加蓮さんは唸った。
「よし、行こうか」
二人でスーパーの中を回った。お目当の野菜をカゴに入れていった。
飲み物はお茶を二本買い、あとついでにアイスの箱を買った。後は領収書を貰えば何とかなる。両手に袋を持って海に戻った。
この調子なら、鷺沢さんとの関係もバレずに何とかなるかもしれない。俺、スパイの才能あんのかもな。
そんな事を考えてると、スマホが震えた。
「ごめん、電話きた」
「あ、うん」
片方の袋を加蓮さんに持ってもらってスマホの画面を見た。
………げっ、鷺沢さんからだ。どうしよう……。いや、でも出ないと嫌われるよなぁ………。電話きたって加蓮さんに言っちゃったし。
「もしもし?」
『………鷹宮千秋くんのお電話ですか?』
「あー……はい。さ……」
………なんて呼ぼうかな。鷺沢さん、とも文香さんとも呼ばないよなぁ。
「………ふ、ふみふみ?どしたんですか?」
『ふ、ふみふみ⁉︎どうしたんですか鷹宮くん⁉︎』
「な、なんだよ。いつも通りですよふみふみ?それよりどうしたんですか?」
『………あの、何か悪いものでも食べたんですか……?』
「そんな事ないですよ。それより、ほんとに何か御用ですか?」
『………あ、いえ。今、お友達と海に来てまして。ちょっと休憩中だったのでお話ししようと思いまして』
………やっぱ、アイドルであることは隠してんなぁ。まぁ、当然だけど。でも、なんかこう……釈然としない。なんでだろうな。頭では理解してるはずなのに。
「すみませんけど、俺今少し忙しくて。後で掛け直しても良いですか?」
『………後って何分後くらいですか?』
あーそうか。撮影は無いにしても、みんなと一緒にいる時は電話なんてできないもんな。
「……5分後くらいです」
『……あ、それくらいなら、はい。分かりました』
ふぅ……あとは、向こうに着いたらトイレとか言って加蓮さんと別れて、掛け直せばそれで良いだろう。やっぱスパイの才能あるわ。
そう思った直後だった。
「鷹宮くん、私気にしないから話しながら歩いても大丈夫だよ?」
………加蓮さんが声を発してしまった。その直後、電話越しでも鷺沢さんの空気が変わったことに気付いた。
『………鷹宮くん?今、聞き覚えのある声が』
「い、いや気の所為ですよ。………ちょっと加蓮さん、お願いだから黙ってて」
『…………加蓮さん?』
あ、俺のバカ。墓穴マントルまで掘り進めた。
『…………加蓮さんって、北条加蓮さん?』
「いや、違いますよ。阿良々木火憐さんです。とうとう、二次元に飛べる装置の開発に成功して……」
『………………』
ヤバイ。バレる。通話を打ち切った方が良いなこれ。
「すみません、休憩終わりみたいなんで。ちょっと」
『………あ、待っ』
通話を切った。訂正しよう、俺にはスパイの才能なんてない。