事務所の自販機の前の椅子にて。
「と、いうわけで、無事にお付き合いすることになりました」
ニコニコ微笑みながら、文香は奏とありすに言った。
「そう、おめでとう(結果は知ってたけど」
「おめでとうございます(結果は知ってたけど)」
二人は微笑みながら拍手をした。
「……これも全部、お二人や皆さんのおかげです。ホントにありがとうございます」
「そんな事ないわよ。私達が協力しようとした頃には、あなた達はすでに相思相愛だったもの」
「むしろ、なんでお付き合いなさらないのか、不思議なくらいでした」
「………そ、相思相愛だなんて……えへへっ」
文香は頬をポリポリと掻いた。
「………だけど、ホーンテ○ドマンションに乗る直前、私の正体が周りの人にバレてしまったのが、少し冷やっとしましたね。騒がれなかったのが不思議なくらいです……」
「あ、あら…そうなの」
ちなみに、その時に奏達もホーンテ○ドマンションに並んでいて、乗りたくないとパワフルに駄々を捏ねたありすのお陰で、ストーカーしていたメンバー(奏、ありす、凛、加蓮、奈緒、唯、周子、フレデリカ)諸共周りにバレて、「あの男はマネージャーか何かなんだな」という話に落ち着いた事実を文香は知らない。
「でも、これで言い訳できなくなったわね」
「………なんのことですか?」
「だって、これまでは本当に恋人ではなかったのだから、何とでも言い訳はできたけど、もう恋人になってしまったし、どうやっても言い訳はできないわね」
「……………」
文香の顔に、ドッと汗が浮かんだ。
「うちの事務所は、恋愛ダメなんですか?」
「さぁ?でも、多分ダメなんじゃないかしら?」
ありすの質問を奏が首を捻って返し、さらに文香の顔色が悪くなった。
「ま、仮に禁止だとして、バレたら文香どころか私達にも飛び火するかもしれないわね」
「…………」
「あ、文香は気にすることないのよ?それを承知で私は協力していたのだし」
「………で、ですが………!」
「それに、鷹宮くんはその手のその場凌ぎは得意みたいだし、何とかなるわ」
「………いや、それ全然安心できないんですけど」
「ま、どうせ彼に言われるだろうけど、一応言っておくわね。なるべく外では会わないこと。これまでと同じように本屋か家でね。それと、どちらかの家に行くときは、必ず待ち合わせないで家集合にする事」
「………なんでですか?」
「お互いの部屋に入るって事は、異性では普通は恋人以外ではありえないことなのよ。あなた、私があなたに黙って鷹宮くんの部屋で1日過ごしてたらどう思う?」
「…………少し嫌です」
「でしょ?そういうことよ」
なるほど、と文香は顎に手を当てた。
「………アイドルの恋愛って大変ですね」
「そうよ、ありす?あなたは真似しちゃダメだからね?」
「はい。分かりました」
「………ちょっと奏さん。どういう意味ですか」
「は?あなた本当は駄目なことしてる自覚はないの?」
「…………申し訳ありませんでした」
凄まれ、素直に肩を落として謝った。年上の威厳ゼロである。
「ま、あなたは気にしない方が良いと思うけどね」
「………なんで、ですか?」
「だって、あなたはそういうの考えるの苦手じゃない」
「……そう、ですか?」
「ええ。そもそも、本当はスキャンダルとかあまり理解してないんでしょう?」
「…………は、はい」
「そういうの理解出来ていない子に、出来ることなんて何もないわ。むしろ、裏目に出るのがオチね。だから、あなたはあまり気にしなくても良いと思うわよ」
「………そうですか。分かりました」
少し考えた後、文香は頷いた。それを見て、満足そうに奏は微笑むと、話を変えた。
「………それで、なんて告白されたの?」
聞かれて、文香は気まずそうに目を逸らした。
「……それは、ちょっと言いたくないです」
「なんでよ。良いじゃない」
「…………いや、ホント嫌です。あまりカッコ良い台詞でもありませんでしたし」
「私も聞きたいです、文香さん!」
「………ありすちゃんの頼みでもこれはダメです」
「じゃあ、その理由だけでも教えてよ」
奏に聞かれ文香はどう答えようか迷ったものの、面倒だったので告られた台詞を答えた。
「『………鷺沢さん。俺……なんか、こう……鷺沢さんがいないとなんかダメみたいです。……まぁ、つまり……好きなんで俺と、付き合って下さい』って言われました」
「…………それは、告白なの?」
「……そう言われると思ったから、言いたくなかったんです」
文香にため息をつかれ、奏は思わず「ごめん」と謝ってしまった。
「でも、文香さん告白されたって嬉しそうにさっき言ってましたよね?」
「っ………」
「嬉しかったのって、告白以外の所にあるんじゃないですか?」
「…………流石ありすちゃんですね」
文香は頬を赤く染めながら、恥ずかしそうながらも嬉しそうに言った。
「………その、告白の場所が嬉しくて……」
「どこでされたの?」
「………本屋です」
「は?」
奏が思わずイラっとした声を出したが、慌てて文香は首を横に振った。
「……違うんです。テキトーに選んだわけではなく、私のバイト先の本屋で告白していただいたんです」
「…………なんで?」
「……その……私と、出会った場所であり、私と鷹宮くんを繋ぐ場所だからって……えへへ………」
幸せそうに微笑む文香を見て、奏もありすもイラリを飛び越えて微笑ましくなってしまい、その様子を見て温泉に入ってる時のようなほっこりした笑顔になった。
「………で、どうしたの?その後」
「……そこから先は、ちょっと言えないです……」
「あ、文香さんが何かしてあげたんですね。是非聞かせて下さい」
一発で看破すると、ありすは奏と共に文香を逃がさないように、なんかよく分からない構えをした。心底アホな絵面に、文香は呆れそうになったが、しつこさと粘り強さは一人前な二人から逃げる事は不可能だと思い、とりあえず物理的逃亡は諦めた。
だが、文香は絶対に言いたくもなかった。恥ずかしいから。結婚指輪をみたく、ペアリングを渡してもらったなんて言えなかった。
「………あ、そういえば、奏さんにオススメのアニメがあるんですよ。Charlotteっていう」
「いやそれは一旦良いわよ。教えてくれてありがとう。で、何をしてあげたの?キス?」
「っ!き、キスなんてそんな……!は、破廉恥です!」
「破廉恥って……。てか、キスくらいで照れないの。中学生じゃないんだから」
「でも、キス未満の事……尚且つ恋人同士がやりそうなこと……あ、手を繋いだ、とか?」
「それはデ○ズニーでもしていたでしょう?」
「ふむ、確かに……」
奏に一蹴され、ありすはまた考え始めた。この様子なら余裕そうだな、と文香が余裕綽々でコーヒーを飲んだ直後だった。ありすが嬉しそうな顔で言った。
「あっ、分かりました!セックスですね!」
「「ブフーっ‼︎」」
奏と文香が噴き出した。それに、ありすは大きく引いた。
「ちょっ、なんですか二人とも⁉︎どうかしたんですか?」
「あ、ありす!あんた何いきなり言ってんのよ⁉︎意味わかってて言ってる⁉︎」
「へっ?いえ、ただなんか聞いたことあったので……。男女の営みということは知っています」
「それあなたに教えたのは誰?」
「荒木先生ですが」
「あの子は明日、マジで説教ね。ありす、そんな言葉は絶対気軽に使っちゃダメよ、良いわね?」
「は、はいっ……」
「文香、今のはあまり気にしないように……」
「………わ、私とっ……たっ、たたっ、たかみやくんが……セセセッ……」
「帰って来なさい文香ー!」
頭から湯気を上げてる文香に、奏は声を掛けたが戻って来ない。どうしたものか悩んだ挙句、奏は「そうだ」と手を打った。
「そ、外で鷹宮くんがベロチューしてる!」
「っ⁉︎」
「よし、戻って来たわね」
慌てて窓の外を見る文香に、落ち着いた様子で奏は言った。だが、文香はギョロンッと目玉から順に自分の方を見た。
「…………………奏さん?」
「っ!」
ビクッと肩が震え上がる奏。
「………なんの真似ですか今のは?」
「………ち、違うのよ?あなたが全然帰って来ないから、止むを得ずに……」
「……いくら奏さんでも今の冗談は許しません………‼︎」
「な、何をするつもり………?」
「ふ、文香さん落ち着いてください!」
「………ありすちゃん、少し待ってて下さい。奏さん、お手洗いに行きましょうか」
「……………はい」
抵抗する術もなくトイレに連行され、壁ドンで超お説教された。
数分後、少し不機嫌そうな顔の文香と、涙目の奏が戻って来た。
「あ、やっと戻って来………何かあったんですか?」
「………なんでもないのよ、ありす。………ぐすん」
「…………?」
「気になさらないでください、ありすちゃん」
ありすの頭を撫でると、文香は席に座り、奏も席に着いた。
「で、何をしたのですか?鷹宮さんに」
よく聞けるなあんたは、と奏は思ったが、今何か言えば涙声になってしまうので黙った。
一方、「ありすショック」とも言える激震の所為か、文香はさっきより照れが薄まったようで、普通に話し始めた。
「………ペアリングを着けていただいたんです。私が買って、まず私が鷹宮くんに着けてあげた後、鷹宮くんの方から着けていただきました」
「……わぁ、素敵ですね。文香さん」
「………ふふ、ありがとうございます。ありすちゃん」
奏も、文香の話を聞いて泣きながらも少し感心した。そこまでチキンな文香が自分だけでやったのか、と思うと少し嬉しかったりもした。
すると、文香が飲み物を飲み干して言った。
「………そろそろ、帰りますか」
「そうですね。あまり遅くなると、パパもママも心配しますし」
ありすも賛同し、奏も異論はないのか、自分の飲み物を飲み干した。
文香は帰ろうと立ち上がる前に、鞄から袋を取り出した。
「………その前に、私からお二人にお礼です」
「?」
「?」
渡したのは、リ○ルグリーンメンのキーホルダーだった。それを、ありすと奏にひとつずつ、そして文香の鞄に同じものが付いていた。
「……お二人には、私の初恋を随分と応援していただきましたから」
「………良いんですか?」
「………はい」
ありすと奏は顔を見合わせると、嬉しそうにはにかんでから、それをお互いに鞄に付けた。
×××
文香の部屋。シャワーを浴びながら、文香はありすと奏に言われたことを思い出してしまった。
『セックスですね!』
『そ、外で鷹宮くんがベロチューしてる!』
それから、どうにも頭の中から、もし仮に千秋と性行為をしたら、の妄想が止まらなかった。彼はそういうことしたいのだろうか。したいとして、そういう空気になった時、私はどうなってしまうのだろうか。考えれば考えるほど、心臓の鼓動が収まらなくなる。
ふと、秘部に手を当てると、ジトッと湿っていた。シャワーを浴びてるのだから、湿っててもおかしくないのだが、それでもお湯とはハッキリ違うと分かる液体が、確かに手に付着していた。
「……ーっ、ーっ……」
息が乱れて来た。秘部に当てた手が離れない。それどころか、指が勝手に動く。
「………く、んっ。……たか、みやく、ん……」
気付けば、恋人の名前を連呼していた。
_________翌日の文香は、鷹宮と目を合わせて話す事が出来なかった。